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2006年02月25日
「鋏痕」とは…。
「鋏痕」と書いて「きょうこん」と読みます。もちろん広辞苑にも出ていない国鉄部内用語で、「改鋏」(かいきょう)、つまり改札用の鋏(パンチ)の痕跡のことです。すっかり自動改札化されてしまった今では、あの“パチン・パチン”という改札ラッチのパンチの音も懐かしい思い出となってしまいましたが、当時はあの改鋏=パンチが不正乗車防止の大きな役割を担っていたのです。
▲30年以上前、一日乗車券「国電フリー乗車券」を携えて山手線の鋏痕を集めて回ったことがある。鋏のキレが悪くて判別しにくいものもあるが、一応、上辺左上から時計周りに大崎・有楽町・神田・新橋・新宿・御徒町・高田馬場・品川・上野・鴬谷・恵比寿・西日暮里・秋葉原・駒込・田町・五反田・品川・上野・渋谷・原宿・池袋・巣鴨・田端・日暮里・目白・目黒・渋谷・浜松町・新大久保・東京・代々木の順。
これまたすっかり死語となってしまいましたが、「煙管(きせる)」と俗称される不正乗車が頻発していた時代です。煙管乗車とは煙草の煙管からきた言葉で、煙管が雁首と吸口だけ金属(つまりは金)で、その中間が竹などで出来ていることから、“中抜き”乗車を表す隠語として一般化したものです。このような不正乗車を防止・摘発する策のひとつが「鋏痕」でした。
鋏痕は駅によってその形状を定められており、当然ながらその法則と形状は絶対的な部外秘でした。今や公開しても何ら不正の引き金とはならないでしょうから、今回、とりあえず東京3局の鋏痕を歴史的な資料としてお見せすることにしましょう。南・北・西の東京3鉄道管理局管内で使用されていた「本鋏」は実に35種類、そのほかに主要ターミナルのみで使用されていた「特殊鋏」9種と、不正乗車常習者を撹乱するための「予備鋏」2種が改鋏の全貌です。
▲乗降客数の多いターミナルでは「特殊鋏」と呼ばれるパンチが使われていた。予備鋏(予備鉄とあるのは誤植)は時間限定で使用されるケースが多かった。
規定によると、改鋏は縦横とも0.5センチ(必要に応じて変更することもありえる)の範囲内に様々な形がデザインされていました。「鋏こんの側面に日付を表示できるものを使用することがある」と規定されていますが、少なくとも私は現物を目にしたことはありません。さらに予備鋏に関しては、「予備鋏は局において設備し、臨時に旅客多数又はその事由により常備改札鋏に不足をきたした場合に旅客課の指示を受けて使用する」、また「駅員無配置駅用として、予備鋏2号を使用することがある」と記載されています。実態としては「予備鋏1号」は中央線緩行区間各駅の午前中限定で使用されていたのが知られていますし、多客時の不正防止として、電報手配でスクランブル的に使用されていました。
ついでに東京3局の車内改札用の鋏痕もご紹介してみましょう。いわゆるエンボス=浮き出しのカレチ(旅客専務車掌)用改鋏です。こちらは規定によれば、「直径または一辺の長さ0.75センチの浮き出し文字の下部に円型のせん孔式のもの」を使用し、やはり「鋏こんの上部に日付を表示できるものを混用することがある」とされています。
▲こちらは東京3局管内の車内改札鋏痕。いろは順になっているが、「へ」は飛ばしてある。
すべてがデジタル化されてしまった現代から見れば、何かほっとする余裕を感じさせる超アナログなシステムでした。あの無味乾燥なピンポーンという自動改札が閉まる音を聞くたびに、賑やかだった改札ラッチのパンチの音色と、そこにあった人と人とのふれあいを思い返さずにはいられません。
▼東京南・北・西局管内の標準鋏痕一覧。もちろん当時は部外秘の乱数表のようなものである。首都圏在住の皆さん、あなたの最寄駅の鋏痕は何号でしたか?クリックするとポップアップします
投稿者 名取紀之 : 2006年02月25日 14:05