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日本 医療 NA_テーマ2
「小泉構造改革」は弱者を見殺しにする
2008/01/01

 多田富雄さんと言う方をご存知でしょうか? 多田富雄さんが今月出版された「私のリハビリ闘争」(青土社)を読んで、私は怒りと悔しさで涙が止まりませんでした。

 多田富雄さんは日本が世界に誇る免疫学者です。1971年に発表した「サプレッサーIT細胞」の発見は、ノーベル賞級の業績と賞賛されています。また、能楽にも造詣が深く、数々の新作能の作者としても知られています。

 多田さんは2001年5月に脳梗塞を患い、右半身麻痺と嚥下・発声障害の重度の機能障害を患いますが、懸命のリハビリの結果、執筆活動ができるまでに機能が回復していました。ところが昨年3月、東大病院でリハビリを受けていた多田さんは、突然信じられない通知を医者から知らされました。

厚生労働省が保険診療報酬の改定を行い、リハビリ医療に上限日数を設けたのです。そのため、脳梗塞の後遺症患者は発病から180日を上限としてリハビリ治療の打ち切りが決定された、との通知でした。

多田さんは、発病からすでに180日を軽く超えていたので、もはや1回のリハビリも受けられなくなってしまったわけです。それまで多田さんが受けていたリハビリは、理学療養師と言語聴覚師について、それぞれ週2回ずつ治療を受け、身体能力が穏やかに回復していたのです。多田さんにとって、リハビリは生きることそのものでした。リハビリを取り上げられることは、即、死を意味しました。

このリハビリ打ち切りの第1の犠牲者は、世界的な社会学者の鶴見和子さんでした。鶴見和子さんは、リハビリ打ち切り後、急速に機能を失い、前からあった癌が悪化して、リハビリ打ち切り2ヶ月後の昨年7月30日に亡くなられました。リハビリ打ち切りが彼女の死期を早めたのは確かです。

また、水俣病を告発し、「公害自主講座」で有名な東大の宇井純さんも、退院後のリハビリを制限され次第に弱って、命を落としたといわれています。

 多田さんは「このようなことが堂々とまかり通る社会は、弱者を平気で犠牲にする社会であり、戦争に突き進んでしまう社会に直結する」との思いで、猛然と「リハビリ打ち切り反対」の運動を1人で始めました。不自由な左手1本を使って、たくさんの原稿を書き、新聞や雑誌に投稿し、またインターネットを使って反対の署名運動を展開し、48万人の反対署名を集め、厚生労働省に突きつけました。

厚生労働省が医療費削減のために行った「医療改革」は、この「リハビリ打ち切り」以外に、身障者の自立を妨害する「身障者自立支援法」や長期入院を許さない「療養病棟の廃止」などがあります。すべては弱者を見殺しにする「小泉構造改革」の結果で、冷酷な本性が現れています。

 この本の中で許せないと思ったのは、厚労省の水田邦雄保険局長や原徳壽医療課長など官僚の態度です。48万人の反対署名や多くのリハビリ専門家から「リハビリ打ち切りの白紙撤回」を迫られた彼らは嘘の答弁を繰り返します。最後には「リハビリ打ち切り」を撤回せずに、「利用者を医療保険から介護保険へ丸投げ」しようとしました。

 見かねた中医協の土田武史会長が、07年3月に見直しを指示しました。しかし、狡猾な厚労省の官僚は、再改定の中に「日数制限を緩和した場合、医療費の総額が増えないように診療報酬の逓減制」という毒針を仕掛けたのです。再改定後は141日から医療機関の診療報酬が減額されるので、より早くリハビリを断る事例が出てくるのです。

 多田さんは本の中(p.100)で以下のような鋭い指摘をされています。

 「私は、こうした弱者切捨ての政策の背後には、巨大な医療資本の影を見る。国民皆保険制度が崩壊した後、儲かるのは誰かと考えると、今立ち行かなくなった国立病院などを安く買いあさっている、医療資本が顔をのぞかせている。保険制度が崩壊して、一部の裕福な人たちが、特権的な先進医療を享受する社会をめざしているとすれば、難民が出るくらいなんでもないのかもしれない。後は外資系保険会社が、甘い汁のおこぼれに預かるだけだろう。

 背筋の凍る筋書きである。」

(山崎康彦)



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[31862] 「国民皆保険制度」の崩壊後の民営化
名前:山崎康彦
日時:2008/01/01 11:32

 多田富雄さんの本の中で指摘されています「国民皆保険制度」の崩壊の件で気になっていることがあります。

テレビで毎日、米国保険大手のアリコやアメリカンファミリー保険のCMが膨大な広告費を使って流され、かなりの数の加入者を獲得している様ですが、これは、単なる民間企業の営業CMの枠を超えて、将来日本の「国民皆保険制度」が崩壊し、「医療・介護保険」を民営化するのを見越して、今から公的医療保険を当てにせず、民間保険に加入する方向へ、日本人の意識を変えさす目的があるのではないかと疑われます。 

又外資系保険会社が、例えば今回のサブプライムローンで莫大な損害をこうむり、倒産の危機に陥って海外市場から突然撤退するとすると、何百万人の日本の保険加入者への保障は一体どうなるのでしょうか?

以前私が使っていた米国のコンピューターGatewayが、業績不振で突然日本市場から撤退したことがあり、保守サービスが受けられずに大変な不便を感じました。

ことが医療や介護の保険の場合では、その影響はコンピューターと比較できないほど甚大です。

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