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社説:07年を振り返る 空気読めずに政治が迷走 民意つかみ「信」の回復を図れ

 ニセものが横行した1年だった。

 相次いで発覚した老舗や名門ブランドの食品偽装は消費者の信用を木っ端みじんに吹き飛ばした。政治の世界では戦後最年少首相が掲げた「美しい国」の看板がはげ落ち、年金記録の不備や公約のウソも露呈した。「信頼」という言葉がこれほどむなしく響いた年も珍しい。

 食品の消費・賞味期限付け替えや産地・ブランド詐称などの偽装は年明けの不二家から始まり、ミートホープ、「白い恋人」の石屋製菓、赤福、比内鶏、船場吉兆などへ波及した。利益優先で消費者をあざむく「偽装風土」の広がりにりつ然とさせられた。

 その多くは組織ぐるみで行われ、隠ぺい工作まで図られていた。のれんの権威にあぐらをかいたり、名産品ブームに悪乗りした“ブランド詐欺”である。とりわけ、船場吉兆が牛肉偽装を仕入れ担当者やパート従業員のせいにしようとしたずるい行為は、弱い立場の者に責任を押し付けがちな現代社会の風潮の一端を見せつけた。

 ◇ねじれに右往左往

 「KY」という言葉が今年の新語・流行語大賞の候補にノミネートされた。空気を読めない人間を揶揄(やゆ)する言葉である。偽装のうえに責任転嫁を重ねれば世間から二度と相手にされなくなる。世の中の空気を読めないと痛い目にあう。

 「KY」が政治の世界も侵食したのが今年の特徴だろう。世の中の空気を「民意」と言い換えてもいい。見誤るとどういうことになるかを端的に示したのが7月の参院選だった。

 「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍晋三前首相の路線が国民多数の共感を得られなかったのは無理もない。国民はスローガン先行の「美しい国」より、年金、雇用、医療制度の充実などの「生活の安心」を求めているのだ。

 そのことにそっぽを向いた政治に支持が集まるはずもなかった。自民党は歴史的敗北を喫し、安倍氏はその後、退陣に追い込まれた。

 内閣府が年初に発表した世論調査結果によれば、日ごろの生活で不安を感じている人は7割近くにのぼった。1958年の調査開始以来の最高だ。不安の内容は「老後の生活設計」が最も多い。年金制度への不安が重くのしかかっているとみることができる。

 働く者の3人に1人が非正規雇用で、生活保護受給者は105万世帯に及ぶという数字もある。今年は生活保護世帯より所得の低い「ワーキングプア」や、住居がなくネットカフェや漫画喫茶などに寝泊まりする「ネットカフェ難民」の存在もクローズアップされた。格差を拡大した小泉改革の影の部分である。

 それに対して十分な手立てを講じてこなかった政治の責任は大きい。安倍政権はポスト小泉政治を模索しながらも中途半端で幕を閉じた。後を継いだ福田康夫首相はいま、衆院と参院で多数党が異なる「ねじれ国会」の中に身を置いて翻弄(ほんろう)されている。

 しかし、「KY」という意味では福田首相も同じ過ちを犯した。だれのものかわからない「宙に浮いた」年金記録5000万件のうち4割が持ち主の特定が困難とわかると、「公約違反というほど大げさなものか」と口走った。「生活の安心」に鈍感な政治に対する国民の憤りを肌で感じていれば決して出てこない発言だろう。

 一方、「大連立」を密議した自民、民主両党のトップも「KY」の一例といえるかもしれない。当事者にとっては「ねじれ国会」乗り切りへの方策だったのだろうが、密室合意をトップダウンで押し付ける手法が受け入れられるはずもなかった。政治リーダーの判断の軽さが政治不信を増幅したことは否めない。

 閣僚の無責任発言も、民意を政治から遠ざけるのに手を貸した。柳沢伯夫前厚生労働相の「女性は産む機械」、資金管理団体の光熱水費にからむ松岡利勝元農相の「ナントカ還元水」、原爆投下に関する久間章生元防衛相の「しょうがない」など、見識を疑う暴言や放言は枚挙にいとまがない。

 ◇官の世界にも波及

 役人の怠慢や行政の停滞も、緊張感を失った政治と無縁ではない。社会保険庁による年金記録のずさん管理は国民の怒りを爆発させた。「宙に浮いた年金」や「消えた年金」の責任はいったいだれが、どうとるつもりなのか。政治はそのことに口をつぐんでいる。

 防衛省でも、インド洋での海上自衛隊による補給燃料の給油量隠ぺいや、航海日誌破棄など、信じがたい不祥事が相次いだ。揚げ句の果てが、官僚トップの前事務次官の汚職である。

 薬害C型肝炎訴訟の被害者救済問題は年の瀬になってようやく決着の見通しとなった。しかし、国の謝罪と責任に関する政治決断は後手に回った。これも、官僚任せにしてきた政治の責任といえよう。

 福田首相は「国民の信頼なくしてはどのような立派な政策も実現できない」と言う。そうであるなら、まずは政治が民意をしっかりつかむことから出直しを図らなければならない。

毎日新聞 2007年12月31日 東京朝刊

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