【正論】秦郁彦 誰も支持しない裁判員制度
09/24 05:49更新
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■陪審制に変更するか、試行期間を
≪世論の7~8割が消極的≫
裁判員制度という希代の悪法(とあえて言う)が、2009年5月から実施されようとしている。裁判員法が成立した04年5月から「4年程度の周知期間」に、政府、裁判所当局が涙ぐましいほどの広報・啓発活動を進めているにもかかわらず、各種の世論調査では7~8割が反対ないし消極派で、この比率はむしろ増大する傾向さえある。
マスコミに登場した識者の論評も少なくないが、当局側の関係者を除くと、積極的な賛成意見を見た記憶がない。
新聞の論調も同様だったが、どうせ実施は不可避と達観したのか、最近は「官民一体環境整備を急げ」(1月4日付本紙)とか「万全の準備で懸念を払しょくしてスタートの日を迎えたい」(5月22日付毎日)とか腰砕け気味になってきた。
では懸念は払拭(ふっしょく)されたのかだが、裁判員を保護するため、最高裁が「金属探知機設置 法廷まで専用通路 駅送迎案も」(8月4日付読売夕刊)という記事を見て愕然(がくぜん)とした。
お礼参りを防ぐためだそうだが、護身用のピストルを持てるアメリカの陪審員と違い、この程度で裁判員の身の安全が確保できるか疑問だ。暴力団の組長を裁くときには、丸腰でイラクへ向かうぐらいの勇気が必要かもしれない。
≪「奴隷的拘束及び苦役」か≫
法学者のなかには、裁判員制度は「奴隷的拘束及び苦役」を禁じる憲法第18条に違反し、赤紙一枚で国民を戦場へ駆り出した旧憲法の「兵役の義務」に劣らないと唱える人もいる。
たしかに六法全書を開いたこともない人にとって、初耳の法律用語が飛びかう評議の席に1週間も釘付けにされ、半知半解のまま「棄権」したくても多数決で死刑が決まるほど後味の悪いものはなかろう。
そのうえ友人に聞かれてうっかり評決の内容を漏らし、守秘義務違反で懲役刑を科せられたら、二重の「苦役」になりかねないと考え込んでいたら、『裁判員制度の正体』と題した新刊書の新聞広告(8月21日付朝日)が目についた。「元判事の大学教授が〈赤紙〉から逃れる法を伝授!」といううたい文句である。アメリカで陪審員逃れの秘策を耳にした覚えがあるから、このハウツー本は大いに活用されるのではあるまいか。
それにしても、これだけ悪評だらけで世界に先例のない裁判員制を誰が思いついたのか、参考書を読んでも判然としない。
そこで友人の法学部教授に聞いてみると、「かの中坊公平氏など、2~3人の名前は出るんだが、当の本人がいずれも違うと否定するので不明、裁判官たちもみんな俺は反対だったんだがと逃げ腰なんだ」との返事。
どうやら「国民の司法参加」という「錦の御旗」にさからえず、もののはずみで決まったものの、今や失敗を見越して責任逃れの流れらしいと見当がついた。年金不祥事の始末と同様に、典型的な日本的意思決定の産物らしい。
また地裁レベルの裁判官の質が低下したので第1審は官民混成に変え、まともな裁判は職業裁判官だけで構成する第2審以上にシフトする戦略だとか、10年かかるのも珍しくない長期裁判を裁判員の導入を機に1週間程度へ短縮するのが狙いだという、うがった見方もある。
≪手間のかからぬ2つの私案≫
ともあれ、この悪法に正面から反対しても手おくれ気味と思われるので、代わりに手間のかからぬ私案を提案したい。
第1案は、アメリカ映画「十二人の怒れる男」でなじみのある陪審制度への方向転換である。陪審員は有罪か無罪かだけを評決し、刑期の決定は裁判官に委ねる。所要時間は映画だと3時間くらいですんだから、死刑をふくむ刑期まで決める裁判員制に比べ、物心両面の負担はうんと軽くなる。お礼参りの危険もまずない。
最大のメリットは、過去にわが国で陪審法による裁判を実施した経験があることだろう。1928年から施行されたが、被告人に通常裁判との選択を認めたので辞退者が多く、戦時中に停止するまで484件の実績がある。終戦直後の46年に陪審制復活を閣議で決定、現行の裁判所法でも存置されたので、少なくとも失敗ではなかったと見てよい。
なぜか最高裁は休眠のまま放置してきたが、葬ってしまうのは惜しい。多少の手直しを加え復活させれば、裁判員制度よりも「国民の司法参加」の理念にかなうのではあるまいか。
第2案は、全国一律の同時施行とせず、ある地域(たとえば北海道)で試行してみて、問題点を整理、改善した形で全面施行に持ち込む手法である。司法当局の再考を求めたい。(はた いくひこ=現代史家)
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