3月の日記
3月31日(月) |
戦争は長期化しそうな気配。やはりアメリカ人は馬鹿だ。昼間は旅行の片付けをやったり。夕方に、親がまた新しく見つけて来た大工が家にやって来て、廊下の壁紙を貼る見積りを立てていった。これは前回の改築のときに、前の大工が「できない」と言い出して、ほったらかしになっていた部分。これでやっと、人が遊びに来ても変な廊下じゃなくなるので嬉しい。実際の工事は、年度替わりで大工の時間が今は取れないとのことで、4月10日以降になりそう。夜になって、新婚旅行のお土産を配りに行く。姉たちにも電話で、「土産があるので家に取りに来るように」伝え、電車に乗って名古屋へ。NOBUとアッコに餅菓子。ヒップスと駄駄にお饅頭をそれぞれ持って行く。大須大助にも葛菓子など。ヒップスでワインを飲み、駄駄でビールを飲む。23時半には家に帰って来る。 |
3月30日(日) |
朝7時に起床。仲居さんが7時30分にも貸し切りの温泉を準備してくれたので、朝風呂に2人で入る。8時から朝食。外のお客さんは大広間で食べていたのだが、自分達は個室が用意されていて、仲居さんの給仕で食べる。昨日の精進料理の朝ご飯も美味しかったが、今日の旅館の朝食も美味しかった。9時に仲居さん達に見送られて旅館を出る。そのまま歩いて吉野山観光。金峰山寺の蔵王堂では拝観料を払って内陣でお参り。吉野山から谷向こうの如意輪寺まで行き、多宝塔や後醍醐天皇陵まで見て周り、太平記に書かれた南北朝時代の歴史を楽しむ。吉水神社というところで、源義経が隠れていたという部屋や、豊臣秀吉の金屏風なども見る。まだ桜は全然咲いていないのに観光客も多く、やたらと親に連れられた子供も見たような気がする。久しぶりに駄駄を捏ねて道路に寝っ転がって泣き叫ぶ子供とかも見つけて、「今どき、絵に描いたような子供だねぇ」となおすけと話しながら、その泣き叫びっぷりと、怒る親とのコンビネーションが見物だったので、こっそりと観察したりもする。名産品の葛菓子なども、良く店を吟味して購入。見て廻るところも多いが、やはり山道なので足が疲れてくるのが早い。お昼になったので、名物の「柿の葉寿司」と「くずきり」を食べたりした後、ロープ―ウエイで吉野山を降り、吉野駅を13時30分発の近鉄特急に乗り、途中4度も乗り換えをしながら18時前に家に帰り着く。「あー、やっぱり家が一番落ち着く」とか、「いい新婚旅行になったねぇ」とか言いながら荷物を解き、買ってきた柿の葉寿司と、旅行前に冷蔵庫の中を片付けておいたのでワカメしか具のない味噌汁をなおすけが作り、2人で簡単な夕食を食べながら今回の旅行の思い出話をして寛ぐ。それから食後はごろんごろんしながら、途中の駅で時間つぶしに買ってきた文庫本・『マークスの山』(高村薫著・講談社文庫)を、夜中の1時過ぎまで掛かって上・下刊の2冊を一気に読破。確かに直木賞を取るくらい、読むのが面白い作品だ。 |
3月29日(土) |
朝7時に起床。お坊さんから6時半に、「朝のお勤めがあるので、その時間には本堂に来て下さい」と言われていたのだが、寝過ごす。目覚まし時計を持って来ていなかったので、予想としては、「皆さん、朝です。本堂に集まって下さい」と放送が入って、皆それで起きるのだろうと思っていたのだが、そういう事ではなかったようだ。起きてすぐにお坊さんが部屋にやってきて、また「次の間」に朝食を用意してくれる。お寺の朝食は思っていた以上に美味しい。朝食を食べている間に布団も上げられてしまったので、8時には桜池院を出発。部屋食で食事も摂ることができたし、とても良い宿坊であった。「また来たいね」と2人で話す。宿坊を出て、高野山内をいろいろと回る。金堂や大塔を再び見て、弘法大師の眠る「奥の院」まで足を伸ばす。ここは、生きている人よりも死んでいる人の方が多いんじゃないの?と言いたくなるくらい、沢山のお墓があった。安土桃山から江戸時代初期にかけての戦国大名たちの巨大なお墓を見たり、変わった形のお墓を見つけたり。奥の院では、お灯明と線香を弘法大師の墓前に上げる。お線香を上げるのにも、お遍路さんたちと良い場所を取り合うので大変。みんな狭い空間にギュウギュウ詰めになってお参りしていた。此処に来るまでに、既にお土産を買っていたのだが、奥の院を出てバス亭に着いたときに、バスに乗る拍子にベンチに忘れてきてしまう。お饅頭やらお香やら、色々と買っていたので、昼食を食べてすぐにタクシーで現場まで引き返してみたのだが、わずか1時間足らずの間に無くなっていた。2人とも忘れてしまったことなのでショックは大きいが,お互いに慰め合い、「また買えば済むことだから」と、楽しい旅を続けることにする。再び饅頭屋やお土産屋で買い物をしたりする。お香は部屋の匂い消し用にも自宅使いとして欲しかったのだが、なおすけが「あのお香、お寺の匂いがするから、やっぱり止めようよ」とも言うし、買いに戻るには場所も遠かったので、諦めることにする。「受戒」も出来るという場所も見つけて、面白そうだし又とない機会なので申し込んだが、お坊さんの手違いで1時間あとじゃないとできない事になり、そろそろ昼も回って疲れてきたので、それは諦める事に。でも、そのお坊さんが、ややガチムチになりかけのガッチリ型で、声も渋くて良かったので、許す事にしよう。タクシーを拾って,南海電鉄・高野山駅へ。駅に着いたのが15時前後。朝の8時からそれまで高野山内を観光して回ったことになる。また電車を乗り継ぎ、JR吉野口駅まで戻り、そこからは近鉄で終点の吉野山駅へ。ここまで戻ってやって来るのに3時間近く掛かってしまった。18時過ぎに吉野山駅へ到着。駅の前に今夜の旅館・「さこや」の送迎バスが来ていたので乗り込む。信じられないような角度の山道をグングンとマイクロバスで登って行き、5分後には旅館に到着。仲居さん達が玄関でお出迎えをしてくれて、今夜の宿に到着する。山の中なので、さすがに辺りはもう暗くなっていた。宿帳を書き、仲居さんに部屋まで案内して貰い、泊まった部屋は旅館で一等良い「貴賓室」。戦前に久爾宮殿下・同妃殿下がご宿泊になった部屋とのこと。とても良い部屋であった。吉野山は桜の名所だが、まだ10日は咲くのに日数が掛かりそうとの話。今回は温泉に入ってゆっくりすることが目的だったので、あまり桜の事は最初から咲かないだろうと思っていたので何とも思わなかったが、仲居さんが、「このお部屋からの桜の眺めが一番良いんですよ」と言われると、少し勿体無かったような気もする。温泉は露天風呂で快適。タイミング良く貸切のような状態になり、なおすけとのんびり露天風呂に長々と入る。露天風呂に地酒の木樽が置いてあり、誰でも自由に飲んで良い事になっているので、1合マスで二杯飲んだところ、温泉で身体も温まっているのでアルコールの廻りも早い。湯船に漬かりながら飲む地酒は美味い。これで露天風呂の上を覆っている桜が咲いていたとしたら、極楽であっただろう。夕食は部屋まで仲居さんが料理の出来上がった順番に運んでくれる会席料理。ビールや日本酒を飲みながら2人で食べていると、女将が着物姿で挨拶に現れ、貴賓室に過去に泊まった著名人の説明や、宿の歴史なども話してくれた。予め、なおすけに祝儀袋に心付けを入れておくように言っておいたので、それを女将に渡す。女将も恐縮しながらも、「では、部屋付きの仲居に渡しておきます」と礼をして受け取り、あとから仲居さんも、「先ほどは女将さんを通して心付けを頂戴しまして」と、お礼の挨拶を言いにやって来た。気持ちよく酔っぱらい、ご馳走を沢山食べて、21時に予約しておいた貸し切り露天風呂へ仲居の案内で入りに行く。貸し切り風呂は、大浴場とは別に別館の奥にあって、仲居さんに案内して貰わないと絶対にたどり着けないような場所に作られていた。星空を見ながら、貸し切った温泉にゆったりと入る。昨夜は昨夜で楽しかったが、今夜は今夜で楽しい。湯上りに部屋でサイダーを飲んで、23時には眠る。 |
3月28日(金) |
朝7時半頃に家を出て、なおすけと新婚旅行。JR三河安城駅から名古屋まで移動。いつもと違うのは、通勤時間帯なのに、2人とも会社へ行く格好をしていないこと。会社へこの電車で通っていた頃は、「このまま金山駅で降りずに、どこかへ行ってしまえたら」と思った事もあったけど、それを今日決行。近鉄名古屋駅で駅弁を買い、8時30分発の近鉄特急で、近鉄八木まで。車内で駅弁を食べたり、2人で景色を楽しんでいるうちに、2時間程で八木駅に到着。更にここから乗り換えて、橿原神宮前駅を経由して、近鉄吉野口駅へ。ここまでで11時近く。結構電車も乗り換えをしたし、朝から考えると4時間近く電車に乗り続け。でも、急ぐ旅でもないので、のんびり話をしたり、ボーっと景色を見たりしながら電車に揺られるのも楽しい。近鉄吉野口駅からJR和歌山線に乗り換え、更に橋本駅で南海電鉄に乗り継ぐ。途中、各駅停車の電車に乗ったり、単線の線路を走る電車に乗ったりした。南海電鉄・極楽橋駅からケーブルに乗って、高野山駅に着くまで、朝から数えて6時間の旅。さ、さすがに疲れて来た。途中で鮎鮨を食べたり、コーヒーを飲みに寂れた定食屋さんへ入ったり。駅からメインストリートが50メートルしか無いような、ほぼ無人駅化したような駅も見た。半日以上掛けて、高野山へたどり着く。高野山駅からはタクシーで高野山金剛峰寺内に入る。取り合えず今夜の宿へ向かう。高野山内は、宿坊寺院が50近くあり、桜池院というお寺に今回は泊めて貰う事になっている。山の中なので、さすがに寒い。大阪と気温が10度も違うという話だ。お寺の玄関のベルを鳴らすと、すぐにお坊さんが出てきて、宿泊する部屋まで案内してくれる。廊下は古いが磨き込まれた板張りで、スリッパを履いていても足元が冷たい。案内された部屋は、一番奥の書院で次の間付き。だけど部屋にはコタツもストーブもあって、予め到着時間を言っておいたので温かくされていた。最初にお茶と羊羹が出て、宿帳をコタツに入りながら書く。夕食の時間やお風呂の事をきいたりした後、なおすけが今年本厄なので、お護摩を焚いて加持祈祷をして貰う。ちょっとお茶を飲んで休憩した後、正装に着替えたお坊さんが部屋へやって来て、お坊さんに連れられて、2人とも本堂へ。お不動さまの前で2人正座。それから45分間、お坊さんが陀羅尼真言や見慣れぬ作法をお不動さんに捧げ、願主のなおすけの名前が読み上げられ、護摩壇に火が入る。お香や護摩木の燃える匂いや、メラメラ燃える火炎や、お坊さんのお経に合わせて合掌礼拝。法悦をタップリ楽しんだ45分間であった。途中でなおすけが正座に耐えられなくなってモジモジしだしたので、アグラをかくように小声で言う。景気良く焔が上がる護摩はやはり良い。お坊さんの印を結んだり真言を唱える姿も法悦の醍醐味だ。最後に護摩の灰を頭に掛けてもらって、ご祈祷は終了。また部屋に戻り、のんびりとする。まだ時間が15時くらいなので、金剛峰寺の金堂や大塔を拝観に行く。お守り授与所にいたお坊さんが、まだクリクリとした二十歳前後の感じがしてニキビの残る笑顔も愛らしく、可愛らしかった。お坊さんによって作務衣の色が違っていたが、あれは階級によって色分けされているのであろうか。お遍路さんの集団ともすれ違う。宿坊に戻って来ると、団体客が着いたのか、玄関に白い靴が一杯であった。予想した通り、17時からのお風呂は、何人かの老人たちと一緒に入る事に。お風呂は窓が無かったので、やや密閉された感じ。この団体客は老婆たちの比率が高いのか、お爺さんよりもお婆さんたちと良く廊下で擦れ違った。18時から夕食。部屋までお坊さんがお膳を運んでくれて、次の間で夕食を頂く。献立は全部精進料理。精進料理と言えど、二の膳まで付いた豪華さで、特にゴマ豆腐は絶品の味であった。お酒も飲んで良いことになっていたので、ビールを一本飲む。次のまで夕食を2人で食べている間に、お坊さんたちが部屋に布団を敷いてくれる。外も暗くなり、外出しようにも寺ばかりしかないので、仕方なく19時には布団に入り寝てしまう。想像以上に夜が早過ぎ。 |
3月27日(木) |
昼から大須大助と、車で三重県亀山市へ。今2人が一番リスペクトしている「富永一郎記念館」を見に行く。東名阪自動車道を使い、途中のサービスエリアでアイスクリームを買って食べたりしながら、14時半には亀山インターを下りる。富永一郎記念館の場所は2人とも良く分かっていなかったのだが、インターを下りた瞬間に、一郎先生による「女忍者」の大きな看板を発見し、意外とインターと目と鼻の距離であることを知る。ドキドキ逸る心を抑えながら、500円払って記念館に入館。そこは富永一郎先生の偉大な作品に溢れる素晴らしい場所でした。富永一郎先生の出演していた中京テレビの番組・『お笑いマンガ道場』のDVDも、会場内に設置されたテレビで見ることが出来て、館長らしき人が、そのDVDも途中まで流されていたのにも関わらず、自分達が席に着くのに合わせて、また最初から巻き戻して見せてくれたのは有り難いことでした。って、そのDVDも、子供がまだ見ている途中だったにも関わらずである。入館者は、自分達と子供が1人と老人が2人程。『お笑いマンガ道場』は、総集編みたいな形で纏めてあり、笑うツボを良く心得た、憎い構成になっていて、静かな館内に自分達の爆笑する声だけが響いていました。展覧室の壁に展示された作品は、どれも女忍者がオッパイ丸出しで荒唐無稽なバトルを繰り広げる、まるでVシネマの『くのいち忍法帳』のような、「ふつー、ありえないから」と突っ込み所の多い作品ばかりで、とても楽しませて頂きました。最後にグッズも買って、記念館を出たのは15時頃。それから隣の亀山地ビールの店で、記念に地ビールを1本買い(500円)、東海道・「関」の宿場の名物・「関の戸」という和菓子をお土産に購入して、次は「折角遠出したのだから、温泉にでも行こう」という話になり、湯ノ山温泉へ。途中で、「あの記念館、いつかキャッツ・アイに狙われるかも」とか言ってたら、本当に喫茶店「キャッツ・アイ」というのが近くにあったのには笑えた。狙わないから。湯ノ山温泉では、日帰り温泉(タオル付き・600円)に入り、自然薯(じねんじょ)麦飯料理の店で食事(1600円)をして、また東名阪道に鈴鹿インターから乗り名古屋へ戻る。途中喫茶店でコーヒーを飲んだりしながら、金山駅まで大助に送って貰って、19時には家に帰って来る。有意義な1日であった。 |
3月26日(水) |
NLGRの用事で、朝から名古屋市役所へ行ったり愛知県庁へ行ったり、中日ビルで打ち合わせをしたりする。それで午前中は殆ど潰れる。午後からパルコの中にある本屋へ行き、『アタゴオル物語@〜B』(ますむらひろし著・メディアファクトリー刊)の3冊を購入。家に帰ってゆっくり読もうと思っていたら、金山駅まで着いたところで、豊橋駅近くで人身事故があったらしく、JRが止まってしまっていた。仕方が無いので、駅のベンチで1時間ほど買ってきた本を読み。電車が再開してから家に帰る。家で一服してから、修理に出していたなおすけの自転車を、てくてく歩いて自転車屋まで取りに行く。夜になって、なおすけと家の近くのレストランに食事に行き、洋食を食べる。「よさこい」の件について、プラスのアキちゃんと電話。 |
3月25日(火) |
丹波屋に草餅を買いに行く。今日もNLGRの用件で、メールを書いたり電話を掛けたりで一日が終る。夜になって、プラスの絵描きさんとかと打ち合わせ。「よさこい」の方は、あれから進まず。 |
3月24日(月) |
NLGRのことについて、やらなければいけないことが山のようにあったので、一日中掛かってメールを書いたり電話をしたり、あれやこれやと働く。NOBUの方からも、「公式ガイドブックの編集の締め切りも近いことだし、ピッチを上げてくれー」と言われているので、本当に1日それに費やしてしまった。夕方に、なおすけの自転車のチェーンが外れてしまい乗れなくなっているので、自転車屋まで押しながら持って行き、帰りは歩いて帰る。夜になって虚脱状態。会社にいたときよりも働いてるような気がするよ。まだバナナが4本残っていたので、2本食べる。 |
3月23日(日) |
BATTELEが終って朝の6時。もう外は明るくなりだしている。2会場の後片付けや着替えやミーティングなどをやる。流石に自分も踊り疲れて、腰もフクラハギも痛い。記念写真をフタッフで撮って、レンタル機材や衣装等の資材をフタッフの車に分けて積み、打ち上げの意味で、スタッフ全員堂山の「すかいらーく」へ行く。全員鬼のように食べる。暫くすかいらーくで和んで、8時頃には解散。自分はまたタモツさんの家に泊めて貰って、死んだように眠る。完全熟睡。夕方18時過ぎになって、やっと起き出す。まるでお水の人のようだ。それからタモツさんに、新大阪駅まで送って貰う途中でしゃぶしゃぶをご馳走になり、20時50分くらいの新幹線「のぞみ」に乗って名古屋へ帰る。家に帰り着いたのは23時30分頃。また眠る。BATTELEのオーガナイザーの「KATSUJI」さん「Shinya」さん、お世話になりました。映の世話を担当してくれたタモツさんも、ありがとうございました。 |
3月22日(土) |
朝10時くらいに起床。タモツさんに車で、家の近くのイタリアンレストランへ連れて行って貰い、そこで朝食兼昼食。昼からは今夜のナイト「BATTELE」の準備で、タモツさんも機材準備やレンタル品の運搬など忙しいので、自分は会場入りする前にジムに行こうと思い、トレーニングをやりに行く。大阪のジムは機材が揃っていて使い心地がとても良かった。マシーンも自分の普段通うジムに無いようなものもあって、「こりゃーいいわい」と思いながら色々と試してみる。京橋(だったかな?)のティップネスはいい!。ひと通りトレーニングを終えて、暫くは街を散策する。歩いていると、思いもしない場所に裏路地があったり、場末な雰囲気の通りが有ったりして面白かった。16時前にタモツさんから電話があり、迎えに来て貰って今夜の会場の『ジャック・イン・ザ・ボックス」へ行く。そこで、でびちゃんやリュウちゃんと合流。タモツさんも加わって、4人で「大吟醸z」のショーの練習をする。練習が始まるまで、「振り付けを憶えられるだろうか」と不安な部分もあったのだが、でびちゃんの教え方がとても上手な上に丁寧なので、思ったより早く憶えることができました。会場の設営をしているBATTELEのフタッフのお手伝いもしたり、途中で4人で食事に行ったり、また練習を重ねたりで大忙し。最後にミーティングをやったりして、ギリギリ開場の21時に間に合いました。それからの自分の仕事は、ひたすら会場のフロアで踊り続けること。でびちゃんやリュウちゃんと「あー、この曲、懐かしい!」とか言いながら、3時間近く踊り続ける。お客さんの入りが凄くて,始まってすぐの時間から皆踊り出し、23時半ごろには人がギュウギュウ詰めで、踊るのも大変なくらいの大盛況振りでした。0時にKENJI君とGEN君によるショー。絶対に大吟醸zには踊れないような、激しくて格好良いダンス。迫力が有るなー。途中で「本番になったら自分、振り付けを忘れてしまわないだろうか」と不安になって、リュウちゃんと休憩時間に会場を抜け出して、近くの人が来なそうな裏路地にて、2人で練習のおさらいをしたりする。KENJI君たちのショーが終ってから、更にフロアは盛り上がり、そして1時から大吟醸zのショー。4人で必死に練習しただけあって、そんなに自分も失敗は無かったと思うけど、どうなんだろう。見に来て呉れた人たちからの感想を後から聞いてみると、「良かったよ〜」と言って貰えたので嬉しい♪。続いてGOGOギャルズのショー。自分は舞台の裏の控え室にいたので、見れなかったのが残念。その後に「ねるとん」が有って、またフロアはダンスで盛り上がる。大吟醸zの4人は、日付が変わる前はBATTELEのスタッフTシャツを着ていたんだけど、ショーが終った後からは、白のハッピに白の半股引き・鉢巻きの姿でお立ち台に上がり、踊り続ける。2時まで踊って、一旦大吟醸zは休憩。3時からまた1時間、お立ち台の上で踊り続ける。そして4時でジャック・イン・ザ・ボックスの方は終了。『はゆる画報』の愛読者の方も大勢来てくれて、差し入れを頂いたり、握手をしたりお話をすることが出来ました。来てくれて皆さん有難うございました。会場で「いんばちゃん」や「サキタ」とも会ったり、久しぶりに「雷電(雷ちゃん)」と話をしたりもする。一旦ジャック・イン・ザ・ボックスを閉めて、フタッフ全員もうひとつの会場・「エクスプローション」へ移動。今回のBATTELEは2会場使って開催されたので、こちらで最後のフィーナーレを5時に迎える。2会場併せて600人以上の動員数。大成功のうちに台0回目のBATTELEは終了する。スタッフの皆さん、お客さま、皆さんお疲れさまでした。ありがとうございました。 |
3月21日(金) |
お彼岸のお中日なので、神棚にお供えする用に安城駅前の丹波屋まで牡丹餅を買いに行くが、午前10時半というのにオバサンたちの行列が出来ていた。大体15人くらい。自分もなおすけと2人でその行列に並ぶ。丹波屋の店員も2人でやっているので、牡丹餅を作るのに時間が掛かり、買うまでに20分くらいかかって購入。自分達が買い終わってからも、オバサンたちの行列は引きも切らず。マシーンのように只々ボタモチを作り続ける店員の人が凄かった。昼から会社から持ち帰った私物の整理をしたり色々として、夕方の5時過ぎに三河安城駅を出て名古屋へ。近鉄名古屋駅から18時30分発の近鉄特急に乗り、大阪は難波駅へと向かう。近鉄難波駅へ到着したのは21時少し前くらい。新幹線に比べて安いんだけど、やはり時間が掛かるなあ。21時半にはBATTELEのタモツさん(ジーメンモデル)が車で駅まで迎えに来てくれたので、途中明日の準備の為に「小鉄」に1度寄りながらも堂山へ。ライズ・カフェにてママを始め、明日のスタッフの方々と挨拶をしたりする。近鉄電車の中で駅弁を軽く食べていただけなので、お腹が空いてタモツさんとラーメンを食べに行ったり。揚子江のラーメンはあっさりしていて美味かった。明日GOGOをやる「大吟醸z」の同じメンバーのリュウちゃんも途中から合流。ライズ・カフェを出て、3人でタモツさんの家に行き、明日のショーの練習をする。練習が終ったのが1時過ぎ。それからそのままタモツさんの家に泊めて頂く。リュウちゃんはタモツさんにその後車で家まで送って貰い、タモツさんの家で留守番をしていた自分は、そのままグウグウ寝てしまっていた。 |
3月20日(木) |
とうとうアメリカとイラクとの間での戦争が始まる。ブッシュ大統領を見ていると、どうも白人は頭が単純で馬鹿なのではないかと思うが、フセイン大統領も大統領で、どうかと思う。誰が可哀相かというと、そういった指導者に統治される国民であろう。喧嘩両成敗とも言うし、お互いの国同士、もっと自国の利益ばかり追求せずに考えることが必要だと思う。特にアメリカは相手に譲るとか、謙譲する気持ちに欠けているので、もっとそういう道徳を勉強するべき。日本は日米安保条約などがあって、いざ北朝鮮が攻めてきたときにはアメリカに守ってもらわないといけないので、アメリカにお追従しないといけない立場も分かるが、小泉総理大臣も、もっと事前に国民に対して説明をするべきだったと思う。始まってしまった事は仕方が無いので、今度は早く戦争を終結させる方法を考えるべきだ。何にせよ、イラク国民が一番悲惨な立場であろう。仕事を今日退職。お祝いになおすけと、金山の「かに道楽」まで行き、カニを沢山食べる。カニは本当に美味しいと思う。かに雑炊も美味しかったが、できれば最後にカニ寿司も食べたかった。 |
3月19日(水) |
21時から栄の中日ビルに集合して、NLGR検査会の打ち合わせを、HIVと人権・情報センターの方とする。風邪は大分良くなる。 |
3月18日(火) |
バナナが依然として7本も残っている。全然減っていない。おまけに、かなり黒々とし始めた。まあ、これぐらいの方が美味しいから良いのだけれども。あと仕事も3日で終わりなので、引継ぎが色々とあって忙しい。風邪は徐々に快方へと向かう。あと1日くらいで大丈夫であろう。なかなか新しいジムのマシーンにも慣れないが、今日トレーニングをやっていて、使い方が面白いので気に入ったマシーンを見つけた。背筋と肩を鍛えるマシ―ンで、ボートを漕ぐような感じで動かすやつ。結構効きそうな感じがするし、これを続ければ、ボート部みたいなガッチリになれるかも。少しでも継続できるように頑張ろう。 |
3月17日(月) |
とある件につき、「書類にハンコが欲しい」と言うので、仕事が終ってから栄まで出たのだけれど、待ち合わせ場所に相手が何時に来るかも分からず、ずっと待たされた上に、「何時になったら来るのか?」と、こちらから携帯に連絡を入れて訊ねたところ、「今日は忙しくて来れない」との返事。忙しいなら仕方が無いが、来れないと分かった時点で連絡をしてくれればいいのに。風邪を押して、自分は一体何の為に栄まで出てきたのだろう。物凄く時間の無駄になったし、こちらに対して失礼とは思わないのだろうか。この件のみならず、この相手は先日、敬称も付けてこない物凄く失礼な文章で自分にメールも送ってきたので、そのときも「きっと忙しくて余裕が無いのだろうから、こんなことで目クジラを立てるようじゃ、自分も大人気無い」と思い、何も言わずにおいたのだが、こういう礼儀知らずなことが2度も続くと、「この子は本来頭の良い子なのに、何故こういう態度に出るのだろうか」と、「自分が何かしたのだろうか?」と考えさせられてしまう。とりあえず不愉快な事だが、「仏の顔も3度まで」とも言うし、次回に会う時の態度を良く観察しておこうと思う。家に帰って来て、なおすけの作ったカレーを食べる。食後に自分が今日のお土産として、折角栄まで出たのだから買ってきた桜餅と草餅を食べる。なおすけが桜餅というものを知らなかったのには驚いた。 |
3月16日(日) |
終日風邪でダウン。喉がやられて声が出なくなる。それでも勉強会があるので名古屋に出るが、流石に倒れそうなくらい辛くなったので、勉強会も今回は司会をお休みさせて貰って家に帰る。家に帰って来て、夜まで当然ダウン。なおすけが栄養剤を買って来てくれたり、何も食べれないので胃に負担の掛からないものを作ってくれたりする。仕事の引継ぎとかも沢山有るので、明日には何とか良くなっていて欲しい。 |
3月15日(土) |
土曜日出勤。仕事が終ってから、ノンケのHIV啓発予防ボランティア団体・「プラス」の方々と、NLGRの事について打ち合わせをする。プラスはNLGRの協力団体として、今回は「よさこい」の運営等を担当。それで、プラスからスタッフが5名(男2名・女3名)、プラスの人が見つけて来た絵描きの友人1名、南山大学のHIV啓発予防サークル「キャスト」から女1名、そして自分の合計7名で喫茶店を占拠して会議。プラスの要請によって、よさこいの全国大会を仕切っている「ニッポンど真ん中祭り実行委員会」から実行委員2名がやって来て、今日はその初顔合わせも兼ねていた。が、どうも変な話。よさこいの実行委員、最初の名刺交換からいきなり、「企業の方ですか?」と、ピントの外れたようなことを自分に言って来る。キャストに対しても、「企業の方ですか?」とか言ってるし。とりあえず着席して貰って、「エンジェルライフ名古屋」というボランティア団体のことから始まって、NLGRという検査会とイベントを合体させてたものについても説明をする。それから本題。「それで、協力をお願いしたいのですが、どうでしょうか?」という話まで進んだところ、「それでは、よさこいの1団体につき、交通費として5万〜10万円を頂いているのですが」という答えが帰って来た。「はい?」。慌ててここから先は、プラスのスタッフと実行委員との話し合いが始まる。プラス・「あの、最初に話を持っていったときに、ボランティアに対しての協力ということでお願いをしていて、それを前提として今日まで進んだと思うのですが・・・」長くなるので要約。つまり、よさこい実行委員会は利益の出ないイベントには出ないことにしているので、お金が出ないなら、どこのよさこいのチームにも紹介はしていない。大体1団体につき、交通費は最低でも支給して頂かないといけないのだが、どのチームも大体10人編成ぐらいまでしか呼んでも来ない。。大勢呼ぶのだったら、当然金額もハネ上がります。お金が出せないなら、自分達が踊ったらどうですか?。と、言いたかったらしい。話が全然違うので、その場に居る全員が困ったことになり、どちらにしても金額がそんなに出せる訳が無いので、丁重にお断りして帰ってもらうことになった。一気にどんでん返しを受けてしまって、頭を抱える全員。「もう、こうなったら、エイサー呼ぶかあ!」とか、色んな意見が出される。全員何とかしてコネに電話をそれから掛けまくって、エイサーかよさこいか、どちらか何が何でも呼ぶ段取りを付けようと必死になる。とにかく、場が重くなったので、席を改めて兎に角飲もうという事になり、喫茶店を出る。ここでキャストの女の子は、家が遠いので先に帰る。残り6名で居酒屋へ。居酒屋でメニューを選んでいたら、プラスの女Bに電話が入り、出演料無しでも善意で出てくれるよさこいチームが見つかる。全員狂喜乱舞。そのチームが、よそのチームにも声を掛けてくれて、人数は間違いなく確保してくれるとのこと。暗礁に乗り上げていたよさこいにも、これで光明が。ど真ん中祭りの実行委員会からも、「実行委員会を通さず、そちらでチームを個人的に頼んで出てもらう分には何も言いませんが、うちからは、そういう形では紹介はできませんので」と言われていたので、個人で頼めば問題はクリヤー。やっと、うなだれていた全員に精気が戻る。それからは安心して飲み会。「自分達で踊れ?。踊れないから頼んだのに〜!」・「言いたいことは分かるけどさ〜。もう、あそこまで言うようになっちゃ、学生の運営しているイベントじゃないよね〜」とか、全員、ど真ん中祭り実行委員会に対しての不満が噴出。それを肴に飲む。善意を強制するのは良くないんだけど、やはり言い方ってものがね。今にして思えば、もう少し断るにしても、言い方ってものが有ったんじゃないかと思う。それに、もっと早い段階で、お金を頂かないと参加できませんと連絡をしてくれれば、ここまで大慌てにならずに済んだものを。それにしても、このプラスという団体の人たちは良い人たちが揃っていて、ゲイセクシャルにもHIVにも理解が深くて、一緒に名古屋で活動をお互いに協力し合っていて楽しい。男Aの連れてきた女Aは、今回ゲイを見るのは初めてだったので、「本当に女性に興味は無いんですか?」とか、色々素朴な疑問を自分に質問してくれて可愛いらしかった。男Bと女Bは付き合っているのだが、女Bが酒が進むにつれて、「この人(男B)ったら、まだ結婚してくれないんだよ〜。映さんからも何か言ってやってよォ」とか言うものだから、「Bは俺の物なんだがら、結婚しないよ」とか冗談で言ったのに、「それは絶対に許さ〜ん!。私の男を盗らないでェ〜!」とか真剣に言い出すのだから、全員でゲラゲラと笑ってしまった。女Cは途中で仕事をやりかけだったので、途中で帰ってしまった。絵描きの男の人は、見かけに寄らず良く飲むのでビックリ。女Bが「カラオケに行きたい!」と言い出したので、それから全員で観光バー「ブラッシュ」へ。レズビアンの人が自分達のテーブルについてくれたので、色々と話を楽しむ。面白かったのは、「ゲイはタチが少ないが、レズビアンはウケが少ない」と言う話。なるほど。女Bはカラオケを沢山歌ってから男Bと一緒に家に帰り、代わりに女Cが、仕事を終えてブラッシュへ。自分は男Aと、ピンクレディを歌ったり。色々と話をして全員機嫌良く解散。よさこいについては、今月末までに、参加チームの写真とプロフィールをメールで送ってくれるとのこと。、5月31日の18時から1時間枠で設けた、よさこいの構成と司会の内容については、次回の打ち合わせまでに大枠を纏めて、打ち合わせで決める事に決定。自分はいつもなら、飲むときは何か食べながらじゃないと飲めないんだけど、居酒屋でも色々と食べ物が出たのに、全然手をつけずに飲んでばかりだった。夕方何も食べていないのに変だなと自分でも思ったけど、実は風邪を引きかけていて、食欲が無かったのが後から分かった。何とか家まで帰れたが、当然、風邪が悪化。 |
3月14日(金) |
昼間にコンドームのメーカーから電話が掛かって来て、新しいパッケージのコンドームの納品の期日について、話をする。夕方に国立病院の内海先生から、HIV予防啓発用ポスターについて電話が掛かって来る。ジムの改装も終ったので、トレーニングに行く。改装しない方が良かったのでは・・と思わせるような作りになっていた。却ってトレーニングがやり難くなったような気がする。使わないようなマシーンの台数が増え、良く使うので順番待ちになるようなマシーンの台数が変わっていない。最高負荷も、前よりも軽く設定しているマシーンがあったり、使い難いマシーンにチェンジしているものもある。ランニング・マシーンとか、ウエイトを落すマシーンはすごく増えていた。大阪から、GOーGOーBOYのショー用のCDが宅急便で届く。当日までに曲を大体憶えておかないといけないので何回か聞くが、やっぱり洋楽は憶え難い。でも憶えなきゃ。 |
3月13日(木) |
先日「お千代保さん」にお参りに行き、そのときに参道の八百屋でバナナを安く購入したのだが、今頃になって誤算に気がついた。買った時はまだ青々としていたバナナも次第に色付き始め、熟してきたので美味しく食べていたのだが、まだ残りが10本も有るのだ。なおすけがバナナを食べないので、仕方なく1人で1日3本ずつ食べているのに、バナナの熟していく速度に追いつかない。10本とも同じ速度で熟しているので、段々と黒い部分が多くなって柔らかくなって来ている。傷み掛けが一番美味しいとは思うが、流石に毎日バナナを食べ続けると飽きて来る。まだ10本もあるのか。今日はもうバナナは見たくないので、涼しそうな板の間に置いておく事にする。安いだけで買ってはいけない。 |
3月12日(水) |
なおすけと家で、『プロジェクトX・〜厳冬・黒四ダムに挑む〜』のビデオを借りてきて見る。改めて見てみると、テレビで見たときよりも感動は薄かった。でも、この手のビデオはツボに嵌るので、今度は石原裕次郎主演の映画・『黒部の太陽』を見てみたい。 |
3月11日(火) |
来月に京都に行くので、聖護院というお寺に拝観の予約の電話をする。風が相変わらず強く、なかなか温かくならない。 |
3月10日(月) |
ヒップスとキャンプと2軒飲みに行って、帰りにJR金山駅まで行ったら、東海道本線が人身事故の為にダイヤが乱れていて、駅に着いてすぐに電車がやって来た。待たなくてラッキィ♪。普通に帰っていたら、この事故の影響で、いつまでたってもダイヤが復旧せず、ずっと待たされているところだった。 |
3月9日(日) |
昨日買って来た椿の苗木を庭に植え、何点かの植物を掘り返して、植え替えをする。日光の当り具合とかで成長が悪かった植物も、これで今年は大きくなってくれるであろう。なおすけが夕方には名古屋に帰って来るので、栄の三越で待ち合わせ。大北海道展をやっていたので2人で買い物をして、一緒に家に帰る。夕食は大北海道展で購入した食材を使って、「いくら御飯」。 |
3月8日(土) |
朝9時に、花屋のタカちゃんとテラちゃんが車で迎えにきたので、3人で岐阜の「お千代保稲荷」にお参りに行く。途中で喫茶店でモーニングを食べたりしながら向かったので、お千代保稲荷に着いたのは、12時になる少し前くらい。お千代保さんの参道には土産物屋も多く、途中にある漬物屋さんでタカちゃんと漬け物の試食をしていたら、3年古漬けのタクアンがとても美味しかったので2人とも購入。自分は草餅も名物なので購入する。お腹が空いたので、川魚料理屋に入り、鯉の洗いやウナギ等を食べる。3人とも、お千代保さんの前にある店で、油揚げとローソクを購入。拝殿にお供えをしてお参り。色々と開運のことを始め、お願い事をする。神社の横の草餅屋が店の前で、バイトとおぼしきガッチリなイケメンに臼と杵で餅を搗かせていたので、3人とも目が釘付け。しばらく餅搗きの様子を見て楽しむ。帰りにまた参道で、鮒の甘露煮とバナナを購入。バナナはびっくりするほど安かった。お千代保さんもゆっくりお参りが出来たので満足。まだ時間に余裕があるので、谷汲寺まで足を伸ばしてミイラを見に行こうという話となり、また車に乗って出発。1時間ほど掛けて、谷汲山華厳寺に到着する。ここは西国三十三箇所観音霊場の33番目の札所となるので、山奥な割に参拝者は多かった。本堂の観音様にお参り。本堂の横に「おびんずるさま」があったので、色々な場所を触る。本堂の地下にも「胎内めぐり」があったので、これも3人で参加。本堂の地下にある胎内めぐりの途中に、手探りでしか前に進めない真っ暗闇の中、観音様に繋がる扉の錠前が有り、それに触れると願いが成就するというので、灯りの差さない本当に真っ暗な迷路を3人でワーワー言いながら進んだのだけれども、3人とも錠前を見つけることが出来なかった。観音様と縁が薄いのではと心配になったので、3人とも線香とローソクを購入して再びお参り。念入りに良くお参りしておく。この歳にして3人とも、信心深くて迷信深い老婆たちのようだ。本堂から仁王門まで参道をテクテクと歩きながら、「歳を取ったら皆で養老院に入りたいねぇ」などと話をする。本当に老婆のようだ。仁王門を出たところに門前町が有り、そこで木の芽田楽を食べさせてくれる茶店を見つけて座敷で寛ぐ。田楽はあまり美味しくなかったけど、甘酒は身体が温まって良かった。近くに温泉がある情報を入手したので、3人でそこで入浴。老人たちばかりで景色は良くなかった。夕方になったので、岐阜市経由で稲沢市まで戻り、途中の植木屋で、頼んでおいた椿の苗木を受け取り、あとは名古屋まで戻って、名古屋高速とバイパスを使って安城まで戻る。家に戻る前に途中のレストランで洋食を食べる。家まで送って貰ってから、タカちゃんの購入した漬け物の量が多かったので、半分ほどタッパ―に分けてもらって頂く。草餅も5個あったので、途中の道すがら、タカちゃんとテラちゃんに1つずつお裾分けする。2人が20時くらいに帰った後、草餅でお茶を頂いて、のんびり。ミイラは後になって分かったのだが、谷汲寺から10キロ離れたところにある、横蔵寺という場所にあったことが判明。 |
3月7日(金) |
雨が夕方には止んだのだが風が強いので、今夜はジムに行くのは諦める。今日から3日間、なおすけが友達と会いに東京へ行っているので、家で留守番。桜前線が名古屋を通過するのが3月25日だというが、今夜は冷えるような気がする。29日に行く吉野山では桜は見れるのだろうか。 |
3月6日(木) |
NOBUと、新しく作る予定のHIV予防啓発用パンフレット・『ぼくらのとなりのHIV・改訂版』のことについて話。これは、名古屋市の保健所のうち、2ヶ所が新年度から検査日程が変更となり、新しく夜間検査も月に1回名古屋市内の保健所で行われる事になったので、従来のパンフレットを書き換えないといけなくなった為。その話をする為に99%に行く前に、お腹が空いていたので、大須大助の店に行き食事。最近、大助と自分の中で熱いのが、地元ローカル番組・「お笑いマンガ道場」に出演していた漫画家・富永一郎先生。大助の店で食事をしながら、富永一郎先生の話で盛り上がる。そもそもこの番組は、川島なおみが「ワイン女優」になる前に、車だん吉と2人で、「だん吉・なおみの、おまけコーナー!」に出演していたというのも素敵な話だが(川島なおみ本人はこの過去を消したいらしい)、何と言っても、富永一郎先生の描く、「土管で生活する鈴木先生」などの名画も生み出され(ローカル・ネタでスマン)、番組の司会者(柏原さん)も、今じゃ広島県の議員さんになっているという、逸話の多い番組でもあった。最初は、「名古屋万博のテーマ・ソングは、水谷ミミとツボイノリオに歌って欲しい(地元タレント)」から始まって、地元のタレント話に移り、「万博のキャラクターも、もっと名古屋色を出すべき!」とい話になって、それが展開し、「万博のマスコット・キャラクターは、お笑いマンガ道場に出ていて名古屋でも有名な、富永一郎先生の書く、口の尖ったオッパイ姉ちゃんと土管で生活する鈴木義二先生がいい!」という話になり、更に富永一郎のマンガ話で盛り上がり、最後には、「私たちの敬愛する富永一郎先生の偉大な功績を称えた、亀山市にある富永一郎記念館に4月になったら行こう!」という話にまで進む(本当に亀山市内には、富永一郎記念館があります)。「『イチロー記念館』ってのは、こっちの方が断然本家本元よね〜♪」ということで纏め。グッズも色々と売っているというので、購入してしまいそうだ。 |
3月5日(水) |
お腹が空いたので、カロリーメイト(フルーツ味)とアンパンを1個食べてから、自転車で知立のジムまで行く。片道50分も時間が掛かるのは、やっぱり辛いよ。トレーニングを終えて家に戻るのも遅くなるだろうと思って、予めうどんを煮込んでおいたのだけれども、やっぱり帰って来てみれば、麺も伸び伸び。でも却って寝る前だし、消化には良いだろうと思って食べる。 |
3月4日(火) |
なおすけと仕事帰りに待ち合わせして、大須にある「やぎ屋」という焼き鳥屋で食事を取る、居酒屋メニューも豊富なので、焼き鳥の他に、サラダや青菜炒め等も注文する。なおすけは酒が苦手なのでウーロン茶。自分はビールと泡盛と焼酎を飲む。1時間程飲み食いをして、一緒に家に帰る。料理も美味しくて値段も安くて店員も元気が良いんだけど、只惜しい事にデザートメニューが少なかったので、駅から家に着くまでの途中にあるコンビニで、アイスを買って家で食べる。 |
3月3日(月) |
今年の「NLGR検査班・医師会館組」の初顔合わせを、国立名古屋病院の会議室を使って開く。19時に集合したのは、自分と「HIVと人権・情報センター」のスタッフ、国立病院の医師と看護婦さんスタッフ、名古屋市健康増進課の職員さんという顔ぶれ。いきなり大きな課題があって、それを全員で論議し、あっと言う間に時間がたって、終ったのが21時30分。仕事が終ってから2時間半も会議をしたことになるよ。それから有志で会場の下見に出掛け、金山駅まで帰り着いたのは23時。家に帰り着いたのは23時50分。それぞれに宿題も出たこともあって、次回の打ち合わせは4月上旬ということになる。 |
3月2日(日) |
昨日と打って変わって晴天となったのだが風が強い。でも少し温かくなったような気がする。今日は「家族デー」と思い、なおすけと2人で色々と出掛けようと計画していたのだが、なおすけがゲームをやるか寝てばっかりで、どうにもならない。その為、名古屋城や栄に出て映画を見るのも中止。今週分の食料の買出しも、結局ドミーまで自分1人で行く事となる。買出しから帰って来てもまだ寝ているので、夕方、明日のお供え物とかを和菓子屋まで自転車に乗って買いに行く。帰って来たら流石に起き出して来たけど、もう一日の予定が全部狂ってしまったので、1人で映画を見に行く。『レッド・ドラゴン』。今までのシリーズの中で、1番見ていて怖かったかもしれない。原作に忠実に作ってある点は、とても良かった。前作の『ハンニバル』にしてもそうだが、原作だけではイメージしにくい細かい設定の描写を、具体的に映像化し、原作と映画作品が互いに補完し合ってる例としては秀逸だと思う。ただ犯人役は、もっと筋肉質の方が原作の雰囲気に合っていると思う。アンソニーホプキンズ以外の役者は、これでレクター博士役は出来ないだろう。続く物語『羊たちの沈黙』へと繋がっていく過程も無理が無く、「『羊たちの沈黙』をまた見たい」と思わせる終わり方が何とも良かった。人肉料理は、相変わらず美味しそうで、どうも「一口でいいから食べてみたい」と思わせるので困る。帰ってきてから、やっとプラスに送る資料を纏め上げる。明日には郵送しないといけない。 |
3月1日(土) |
折角の休みなのに、一日中雨が降り続く。傘を差してでは遠くまで行けないので、ジムにも行く事が出来ない。仕方が無いので一日中家の中に居ることになるが、こういうときに自家用車が有ればどこにでも行けるのにと、つくづく思う。夕方になって、コーヒーを飲みに行く為に喫茶店に行っただけ。それでも濡れてしまった。今日予定していた事とか全部、明日になるまで出来ないので困る。夜になっても雨は止まず、本当に何処へも出掛けないまま一日が終る。 |