8月の日記

8月31日(金)
芸能関係の友達から、今度発売になる中島みゆきのアルバム「心守歌」のデモMDを頂く。狂喜乱舞して喜ぶ。夕方仕事が終わって、YASU−Eの奢りで焼肉を食べに行く。焼肉を食うのも久しぶりなので嬉しい。ついでにMDウォークマンも借りて、帰りの電車の中でずっと中島みゆきを聞きながら家に帰る。
8月30日(木)
すっかり忘れていたのだが、ヒップスの浴衣祭りのときに締めていく帯が、どうにも気に入ったのが見つからなくて、仕方なく新しく買ってきてしまってたことをアメックスの引き落としの通知を見て思い出す。とほほ。わざわざ買わなけりゃ良かった。今月は東京にも遊びに行ってしまったので、すでにかなりキツイ。でも、どうしてもあのとき新しい帯が欲しかったのさ♪。この新しい帯さえして行けば、何かいいことがあるかもしれないって、そのとき思っちゃったのさ♪。でも結局何も無かったのさ(涙)。カードは後から効いてくる。
8月29日(水)
営業で名古屋市の西郊外、七宝町とか津島市、弥富町とかを廻る。こっちの方まで来ると名古屋市内に比べて田んぼも多く、のんびりとしている。蜻蛉を見ました。パレードも終わって夏も終わったような今、蜻蛉を見ると秋がやって来たのを実感しました。蜻蛉の古名は「秋津(あきつ)」とも言って、秋津国と言えば日本のことも指したのです。さらに古い言い方では日本国の美称として、「秋津島豊葦原瑞穂国(あきつしま、とよあしはらの、みずほのくに)」とも言います。長ったらしいですね。意味としては、「トンボも一杯で、葦も茂り、豊かに稲が沢山実る良い国だよ日本は。」と言ってるのです。
早いところではもう稲刈りもしてあって、トンボも飛んで稲も実ってて、きっとこんな風景を昔の人も秋の風景と捉えたんだなと思いました。良くぞ日本に生れけり。
8月28日(火)
やたらと電話の多かった日。仕事から帰って来て家にいる間に、何本も電話があった。こんなに立て続けに電話が掛かってくるのは珍しいことだ。だいすけからも電話が有り、「アンタ、おとつい2丁目で、どえらい飲んどったそうだがねぇ。なぁんか、映がデロデロになっとるよと、アタシんとこにも連絡があったがぁ。どぉ〜なっとるのぉ〜一体?。ア〜ンタ、それじゃあソ●子と一緒よぉ〜、絶対っ」げっ!。早くも2丁目から情報が名古屋まで行ったか。思ってたよりも早い!。狭すぎる社会じゃのぅ。しかしソ●子にまで例えられたら、もう後が無い。「ヤバいで気を付けな、かんにぃ。あそこは女子大じゃ無いんだでぇ〜。敵陣へ行くのに、おっ広げ過ぎよぉ〜」うう、耳に痛い言葉だ。『2ちゃん●る』とかで散々悪口を書かれようと、屁とも思ってなかったのだが、親しい友達から直で注意されると効くなぁ。確かに飲み過ぎました。反省してます。「まぁ、飲んでまったもんはしょうがないけどねぇ〜。あ、ところで今度ビア・ガーデン行こうねぇ〜。じゃあね♪」・・・何じゃそりゃ。
8月27日(月)
朝5時起き。眠くて死にそう。6時に東京駅北口に「どらっち」と待ち合わせをしていたので、チェック・アウトを済ませてホテルからタクシーで駅へ向かう。羽根はもうどうしようもないので、ある程度粉砕してホテルで捨ててもらうようお願いする。これでほぼ手ブラで名古屋へ帰れる♪。名古屋へ帰り着くまでの間、新幹線の中で寝ようと思ってたのだが、どらっちとずっと2時間しゃべりっ放しで寝ずに終わる。名古屋駅へ8時くらいに着き、ここで名古屋観光をするどらっちと別れて、地下鉄で会社へ向かい、そのまま仕事。ものすごくキツかった。何とか終わらせて家に帰り着くも、眠たさに負けてそのまま撃沈。鬼のように眠る。8ヶ月ぶりの東京旅行は、やっぱり良かった。
8月26日(日)
頭がズキズキして起きる。起きたら午前10時。物凄い二日酔い。羽根を持ってタクシーに乗り、代々木公園へ向かう。今回の東京旅行のメイン・イベント「東京レズビアンANDゲイパレード」に参加。昭彦たちと合流し、昭彦に手伝わせて、公園の片隅で羽根の装着(笑)。BENちゃんたちと合流。歩道橋のところで写真を撮ったりする。NGR組とも合流。とにかくいろんな人達に会う。羽根を付けたままフラフラする。パレードの内容事態は去年とあまり変わらず。今回は『バディ』と『週刊金曜日』に写真を撮ってもらい何故か「Vバディ」のビデオ・インタビューもされるが、何も考えていなかったので、しどろもどろな回答しか言えなかった。おそらくボツだろう・・。パレード中に田口カメラマンからも撮ってもらう。フロートは「ラブ・サーフィン」のところでエントリーしてたので、元気があって楽しかった。この夏の良い思い出のひとつになりました。パレード終わって2丁目へ又タクシーで移動。羽根をホテルに置いてきて、夕方から新宿2丁目のレインボー祭りに参加。昼飯も二日酔いで食べれなかったので、いろんな屋台のモノを食べる。着替えに戻っていた昭彦とまた合流して、屋台でやっていた「流しそうめん」を食べたり、インドの楽器を二人で買ったりして楽しむ。だんだん人が混んできたので、「ガンツ」に移動。濃ゆい話を延々と楽しむ。そのうちキビちゃんたちとも合流。8時近くまでいて解散。そのあと合う約束をしていた友達と会って、疲れてきたので大人しくホテルに戻りました。
8月25日(土)
土曜日出勤。羽根やらカバンやら両腕に持ちながら電車に乗って会社へ向かう。職場で羽根を見られると「それは何だ」と追求してきて五月蝿いので、営業車の置いてある駐車場へブルーシートにくるんで隠しておくことにする。通常通りの仕事をこなすが、東京に用事があるということにしてあったので、急いで仕事を片付ける。昼飯も喰わんと働いて、昼の2時には終わらせる。3時前の新幹線に乗って東京へ向かう。車内で、『ジュリエットの悲鳴』(有栖川有栖著・角川文庫)を読む。東京駅に着いてからタクシーでホテル「JALシティ四谷」に向かい、チェック・イン。何か結局ありきたりのホテルを選んでしまった。羽根をホテルに置いて、そのまま中野へ向かう。んが、行き方が分からなかったので、ジープロに顔を出し、どうやって行けばいいのかを聞く。地下鉄が便利と言われたので四谷3丁目駅まで歩いて行くが、地下鉄路線図を見ただけでうんざりしてきたので、地上に戻ってタクシーに乗ることにする。これが結果的には大失敗であった。新宿から中野駅まで大渋滞で、想像以上に時間が掛かった。どんどん鬼のように上がっていくタクシーのメーター。内心焦ったのだが、途中で降りても右も左も分かる筈無いので、「東京はこれだから。渋滞ばっかりで嫌ね」ぐらいの涼しい顔で通すことにする。タクシーの運ちゃんも恐縮していたが、ビタ一文まけてくれる訳でもないので、中野に着いたらサッサと降りることにする。中野駅にて、いきなり迷子になる(汗)。交番のおまわりさんに道を聞いて、「NGO・サークル・レセプション」の会場にやっと着くことができました。2時間ほどいろんな人と歓談。社交界っぽくて良い♪。「アカー」・「ぷれいす東京」・「東海ACT」・「すたこん企画」などの方々と挨拶。NGO紹介の部分で、司会者からのリクエストで壇上に上がり、エンジェル・ライフ・ナゴヤの代表役員として簡単なスピーチみたいなことを言ったりする。夜の8時すぎには退席。またまたタクシーで中野駅から新宿へ戻る。今度はわりと空いていた。2丁目に出て「ゲンパパ」で飲む。そのあと「GONG!」をエースでやっていたので顔を出し、蜜柑山と会う。踊ってたら一気に酔いが回り、ここから暗転。記憶が断片的となる。憶えているのは路上で村瀬と会ったことと、気が付いたら何故か「九州男」にいたことと、いつの間にやらサキタと「あさとも」と3時ごろまで飲んでたことくらい。虎、野に放たれて大暴れって感じで東京の一日が終わる。ぐおぉ。
8月24日(金)
何とか夜中までかかって、とりあえず羽根が完成する。色を塗ったりとかも考えたけど、時間も無いので諦める。素材が発泡スチロールなので、東京まで運ぶ間に壊れやせぬかという面だけが心配。ちょっと休憩して、夜中の2時から明日の出発に向けての準備。着ていくものとかなかなか気に入らないので、いろいろ引っ張り出してみたり、こんな時間になってから持って行く服を洗濯したりする。寝る時間はあるのだろうか。札幌の友達から横道坊主のCD「リサイクル」が送られてきたので、それを聞きながら踊ったりして準備を進める。踊ってる場合か!。どうにかこうにか朝方4時過ぎになって準備も完了したので、寝る。
8月23日(木)
ランチを共和駅近くの中華料理屋で初めて食ったのだが、「ご飯大盛りにしてね♪」と言ったら、ご飯もオカズも信じられない量で出てきた。見ただけで「残すかもしれない・・・」と思ってしまう量。必死になって食べるが、ちっとも減ってくれない。自分が「テレビ・チャンピオン」の大喰い選手権の予選会場にでも来てるような気になってきた。30分もかかって、何とか平らげる。苦しくて吐きそう。サービスにも「ほど」ってもんがあるのではないかと、初めて思った。仕事が終わって夜、「ラ・ロンド」へ行き、アキラさんにGOGOで借りたハーネスとか衣装一式を返してお礼を言う。生ビールをちょこっと飲む。家に帰ってきてから、また羽根作り。切り出したパーツをサンド・ペーパーで削る作業。
8月22日(水)
美容院に行って髪を切る。帰り道で「ザ・めしや」というところで遅い食事を摂ろうかと思ったが、何故か夜の9時だというのに満員で、人が並んでさえいるので、あきらめてマクドナルドで食べる。この不況の中でも平日(しかも夜)なのに流行ってる店が有るもんだなぁと感心した。家に帰って来てから、また懲りもせず羽根作り。夜中の2時までかかって、パーツの切り出しを終わらせる。眠たい・・・。
8月21日(火)
台風がやってくる。夕方から夜中にかけて物凄い雨風の音。家が壊れてしまいやせぬかと気になって寝つけない。朝方に雨も小降りになって止む。
8月20日(月)
また営業車を借りて、再び発泡スチロールを買ってきて家に運び込む。羽根作りは面倒臭いので、明日からやることにする。
8月19日(日)
大須だいすけの家に泊めてもらって、昼頃から起きだし、栄に向かう。お昼ご飯は「鈴の屋」で豆腐田楽セット。昼の1時にジャパンメディカル(株)というコンドームのメーカーの社長と会い商談・兼「ゲイの為の勉強会」の打ち合わせ。3時前に会場のドラムに入る。今回の勉強会は司会をやってて面白かった。なかなか為になる勉強会になりました。夕方6時すぎからゲイ・レボリューションの検査班・イベント班合同の打ち上げ会。すき焼きとしゃぶしゃぶ食べ放題・飲み放題コース。たらふく喰って、且つ飲み、しゃべり、笑う。楽しい時間をすごしました。何人かは2次会に繰り出したのだが、自分は明日も仕事があるし電車で帰らないといけないので、それから帰りました。
8月18日(土)
土曜日出勤。仕事を終わらせて一旦家に帰り、着替えを持って栄に出る。ヒップスで浴衣に着替えて飲む。今年最後の浴衣姿。BENちゃんや大須だいすけ、ペットたちと飲む。途中「キャンプ」に行き、飲む。またヒップスに帰って来て、ケンちゃんも交えて飲む。後半何故かピンクレディーの振り付け大会となる。モンスターの振り付けを忘れてしまっている自分が悔しい。杏里のCDとかも掛けてもらったりする。電車も無くなったので、だいすけの家に泊めてもらい、「Wの悲劇」のDVDを酔っぱらいながら二人で何度も繰り返し見る。朝方、沈没するように眠る。
8月17日(金)
羽根作りの後片付けが1段落したので、サキタと2人でパソコンのメンテナンスを始める。途中仮眠を取ったり、俺はレス書いたり、どうにか朝6時まで掛かって、やっとパソコンの復旧が済みました。ちゃんと終了をクリックすると電源が落ちるようになり、再起動しなくなった!。これで安心して寝られる!。一時間だけ仮眠。7時過ぎには起こされて、今日から会社です。サキタは2時間。俺は結局1時間しか仮眠が取れなかった。二人ともフラフラしながら駅へと向かう。太陽が黄色い。どうにもナチュラル・ハイになりながら、何とか仕事をこなす。いい連休の締めになりました。
8月16日(木)
お昼頃起床。羽根作りに励む。やっとパーツの削り出しが終わって次の作業に移る。ガラス繊維でできた織物を貼って、ウレタン樹脂でコーティングする作業。グラス・ファイバーの織物が普通のハサミで切ると硬くて難儀する。夜になってやっとサキタが家に来てパソコンのメンテナンスをやってくれる。ウレタン樹脂は3液タイプになっていて、主剤に対して硬化剤と促進剤を各1%入れなければならない。硬化剤と促進剤を直に合わせると爆発・若しくは発火してしまうので慎重な作業と正しい計量が必要。しかも3液を混ぜると急速に硬化が始まるので時間との戦いとなる。混ぜた瞬間からハケでぺたぺた塗っていく。部屋の中でやっているので大変な作業だ。結論を先に言おう。作戦は大失敗の巻に終わる。溶液をこぼすわ・固まると重くなるわで、ちっともいいとこが無い。どうしてこうなるんだ!。部屋中ガラス繊維のカケラでちくちくするし、シンナーの匂いが部屋に充満して、サキタと2人で気分が悪くなる。シンナーの匂いが部屋から取れず、「突っ張ることが男の〜♪」と懐かしの横浜銀蝿か「不良少女と呼ばれて」のような事態となる。ああ、頭がズキズキする。俺はひと昔前の中学生か!。あうう。思いっきり頭に来たので、材料一式を纏めて捨てることにする。サキタと2人で家の外に運ぶ(要は視野に入らないところに持って行っただけ)。チクチクするガラス繊維がたまらないので、掃除機をかけることにする。結局、昨日やった作業よりも更に後退する結果となる。このままだと羽根つくりは間に合わなくなってしまうが。果たして大丈夫なのだろうか。
8月15日(水)
パレードの衣装に付ける「羽根」を作っているのだが、なかなか難しくて進まない。とりあえず発泡スチロールをカットして、カッターで切ってぼろぼろになった部分にサンド・ペーパーを当てて滑らかにする作業に取り掛かる。なんとかパーツの切り出しも済んで、こんなものかなと思ってたら時間があっと言う間にすぎてしまうのに驚く。発泡スチロールの粉だらけになるのと飽きてしまうので、ホームページの更新をやったりコンビニへ煙草を買いに行ったりしてしまい、やっぱり進まない。西尾市の米津橋のところで打ち上げ花火があるので見に行く。沢山の人出だったので自転車で見に行ったのは正解。自動車だったら止める所に苦労したことだろう。米津橋より1キロ下流の安城市側の土手に寝転がって、夕方7時30分より花火を見る。すごく綺麗だった。ただ蚊が多いのが難点なだけであった。家に帰って来て姉の家で食事でもご馳走になってやろうかと(←偉そう)電話をすると、姉の家にも叔母よりそうめんが届いていたらしく、「今日はそうめんだけど食べに来る?」と聞かれたので断る。発泡スチロールの粉がやっぱりすごいので、掃除機をかけることにする。
8月14日(火)
そろそろ遊び疲れが出てきたので、昼寝をしたりごろんごろんして過ごす。夕食は今日もそうめん。
8月13日(月)
「ダンス・へヴン」が終わって、まだ電車が動いていなかったのでYASUーEに運転してもらって、車で家まで送ってもらう。家に着いたのが朝6時。まだラメの付いた頭のまま、7時に迎えにきたGAWの車に乗って、浜松の米津海岸まで出かける。天気が良かったので午前中だけで充分焼ける。周りに誰もいないことを良い事に、マッパで焼いたので海パンの跡もつけずにすみました。米津海岸のハッテン場は、お地蔵さんがあった地点からかなり西へ4キロほど移動したらしい。昼1時には米津を出て、途中豊橋の銭湯に寄って塩(ラメも)を落としたり、豊川で蕎麦を食ったりして家に帰る。夕方5時から8時まで仮眠。栄にGAWの運転で出て、ヒップスの浴衣まつりなので浴衣に着替えて飲む。そのままの格好で「キャンプ」へ行き、GONちゃん達と飲む。
8月12日(日)
朝から大雨。今日は夜からゲイ・ナイト「ダンス・へヴン」。最後の練習もあるから昼の2時には栄に出て行かないといけないのに、雨がちっとも止む気配が無いので、自転車に荷物を積んで傘を差して出かける。駅に着いたら着いたで大雨の為電車が運休になるわ、待っててやっと来たかと思ったら快速電車が来ずに各駅停車になるわで大幅に遅刻。今回「OZ」のメンバーとして「ダンス・へヴン」でGOGO・BOYをするので、衣装としてハーネスやらムチやら革製品を紙袋に入れて電車内に持ち込んだところ、紙袋が雨で濡れて破けてハーネスやらムチやらが車内でポロリと出てしまう。大勢の人に見られて気まずい気分のまま金山駅に着く。紙袋が破けて地下鉄に乗るのに不便なので、YASUーEに車で駅まで迎えに来てもらう。夕方まで「OZ」のメンバーが全員揃って練習。5時30分には会場の「オゾン」に入る。夕方には雨が上がる。楽屋が広くて嬉しい。楽屋も3部屋に別れていて、下の階が「クリスタル・ルーム」ほか2組の楽屋。その上の階が「OZ」「やっとかめダンサーズ」と「ジャジャーラ」「ビッチ」のコンビ、都合3組の楽屋。その上の階が「アッパー・キャムプ」他の楽屋と、縦に別れている。リハーサルも順調に終わる。リハの最中に大阪の松原新と挨拶。リハ終了後ドラァグ・クイーンでホームページもリンクしている「エスムラルダ(@女王サマはご立腹)」と挨拶。トイレの場所が最初分からず、オゾンの中で迷子になりかける。夜の8時に開場。楽屋でゴロゴロする。楽屋のトイレはアッパー・キャムプの楽屋にしか付いていないので、途中何度か往復することになる。エスムラルダと話をしたり、ブルボンヌと挨拶をしたりする。会場はものすごい人出。お客さんも800人は優に超えていたとか。0時35分よりショータイム。何とかできました。出番が終わって気が楽になったので、フロアで踊って遊ぶ。頭に振っていたラメが汗で落ちて身体中に付く。しばらくお立ち台でGOGO・BOYをやって、足が痛くなったので楽屋に戻ってゴロゴロする。ビッチ達とおしゃべりをしたり、またちょっと踊りに行ったりしてすごす。朝の5時に閉場。片付けを済ませてオゾンを出る。
8月11日(土)
結局、付き合っていた奴と本当に別れました。前の一件もあって、自分ももう「それならしょうがないか」と思ったので、今回はあんまし堪えていないんだな、これが。ふわっと身体が軽くなったような気がします。暫くは楽しく暮らして、また新しい出会いを捜してみましょう。「虎を野に放つ」とは、こういうことを言うのですな(笑)。心配しなくても大丈夫っす♪。
叔母から木箱が送られて来たので、嫌な予感がしつつも開けてみると、大量の「そうめん」。痛むものではないが、家族2人しかいないのにこの量では来年の夏まで食べ続けなくてはならない。田舎の人は限度というものを知らない。
8月10日(金)
昨日の夜車で家に帰ってきたので、朝7時20分に営業車で会社に出勤。会社に8時45分に着かなくてはいけない。着くわけがない。案の定、知立バイパスに乗って上重原まで行ったところで大渋滞。ピクリとも進まない。そこからノロノロ運転。時間ばかりがどんどん過ぎて大高の名古屋高速入り口まで着いた時には8時半。一般道で急ぐか高速道路でお金を払って急ぐか、そこで道は二股に分かれている。さあ、どちらを選ぶか!。650円をケチるわけではないが、ここは強気に一般道路の方を選ぶ。チキン野郎じゃないぜぃ!。一般道もそれなりに渋滞していて、会社に着いたのは9時5分。ススーっと何食わぬ顔で社内に滑り込んで、遅刻はバレませんでした。あとで分かったのだが、名古屋高速、呼続のところで自動車事故があり更に大渋滞だったとのこと。選ばなくて良かった〜。きっと2時間はプラスで遅れていたかと思うと、今回はラッキーでした。夕方仕事が終わってから、かつ子・シゲコ・大須だいすけと4人で栄のビア・ガーデンに飲みに行く。中日ビルで待ち合わせして、ビルの屋上のビア・ガーデンに飲みに行こうとエレベータに4人乗ってボタンを押そうとした瞬間、「お客サマ、本日は屋上ビア・ガーデンは中止です」と言われる。乗ってから言うなよお。それに中止だったら貼り紙なり案内なりしろって言うの!。それよりも私達は見逃さなかった。「中止です」と言った瞬間のエレベーター・ガールの笑みを。「にっこりって感じでは無く、「いい気味」という笑みだった。きっと、「私が働いてるのにアンタたちがビア・ガーデンなんて10年早いわ」とでも言いたげな、まるで店子のような笑みであった。もう一軒のビア・ガーデンに行くまで、私達4人はその話で持ちきりであった。もう一軒のビア・ガーデンも飲み放題・食べ放題で安っぽくていい感じだった。ビルの屋上の生ぬるい風もそれっぽくて良い♪。4人でビールをがぶがぶと飲む。たらふく喰って飲んで、勢いで二次会はヒップスへ。今度はワインを飲む。その後だいすけの家にシゲコと泊まりに行って、ビデオやらを見たり、コンビニで買ったアイスを食ったりしてから寝る。連休しょっぱなから楽しい夜だった。
8月9日(木)
昼間のうちに電話して、パレードのときのホテルを予約する。仕事が終わってから国立名古屋病院へ行き、勉強会の打ち合わせをする。それが終わってからゲイ・シンガー「屋良朝友」と飲む。と、言っても今日は会社の営業車で家まで帰らないといけないので、ウーロン茶だけにする。家に帰り着いて23時。
8月8日(水)
コンビニでパッケージにつられて焼きそばを買ってきて、早速家で調理。どうも美味しくない。ちゃんとお湯の分量もパッケージに書いてある通りに作ったのに、ボソボソするので食べずに残す。それにしても分量を計ってちゃんと作るのって面倒臭いよな。それで失敗するなら尚更。「ひやむぎつゆ」とかでもストレート・タイプの方が、水で薄めすぎたりしなくて便利。カルピス・ウオーターがヒットしたのも、わざわざ一番美味しく飲める水の分量を計って入れる手間を省いたからだと思う。お茶製品の飲み物が多いのも、今の人たちはお湯とお茶葉の美味しく飲める分量が分からなくなってきているからではないかと思うのだが、如何か?。
8月7日(火)
パソコンの調子がかなり悪くて、(すぐにフリーズ→強制終了→エンドレスで再起動→電源を抜く))当分家でパソコンをいじれないだろうから、ネット・カフェからBBSだけでもレスをつけることにする。レス書きに真剣になってたら、何時の間にか夜の1時を廻ってしまい、終電にも乗りそびれる。仕方が無いのでヒップスに飲みに行き、吾郎さんの家に泊めてもらえるようにお願いをする。お店が終わるまでビールを飲んで、それから泊めてもらう。
8月6日(月)
昨日バージョン・アップの為「ウインドゥズME」と「ホームページ・ビルダー6」を取り込んだのだが、それからパソコンの調子が悪くなってしまい、終了をしようとしても勝手に再起動してしまうので、アタマに来て電源を抜いて終了させてしまった。今日になってサキタに電話を掛けて相談したところ、「ウインドゥズME」はそれ用のパソコンじゃないと相性が悪いとのこと。ぐわぁ。もう一度「ウインドゥズ98」に戻してもらう為に、サキタにお盆休みに家まで来てくれるように頼む。
8月5日(日)
遊びに来たYASUーEとパソコンのバージョン・アップをする。夕方から栄で「OZ]のメンバーが揃い、ドラァグクイーンとGOGO・BOYで12日のショーの練習をやる。家に帰って来て夜の10時。そうめんを食べる。
8月4日(土)
朝から荷物の整理を兼ねて、大掃除に挑戦してみる。余計散らかったような状態となる。昼過ぎに国立病院の内海先生から電話があり、「ただ今アフリカから帰って参りました〜♪」とのこと。来週の木曜日に、勉強会の打ち合わせをしましょうということになる。大掃除をして良かったこと・500円玉を発見!。悪かったこと・画鋲を2度踏む。熱田神宮で夕方から薪能があるのだが、ひとりだとお能も見る気にならず、美容院へ行くことにする。『家庭画報』はやはり面白い。
8月3日(金)
事情があって削除です。
8月2日(木)
事情があって削除です。
8月1日(水)
仕事中に本屋の前を通りすがりに見たら、『家庭画報』の新刊発売中とのこと。今号のメイン・テーマは「綺麗さび」と大見出しで書いてあった。何なんだ「綺麗さび」。すごく興味が湧いたので美容院へ行くよりも先に立ち読みでもしようと、仕事帰りに本屋へさっそく寄ってみたのだが、きれいさっぱり忘れてしまって『週刊女性』を買ってしまい、帰りの電車の中で読む。新聞を読んで知ったのだが、西川峰子が6歳年下の男と結婚したとのこと。相手は隠岐の島で後鳥羽天皇の御陵を代々守っている墓守りの青年。お相手も凄すぎ。峰子は女優を続けるのだろうか。この話題でひとり興奮してたのは社内で俺だけでした。

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