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法務省が「共謀罪」のwikipedia情報を編集して情報操作

 http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0708/29/news059.html

 Wikipediaを編集した組織や企業が分かるツール「WikiScanner」を使って、法務省(ip range=202.214.11.0-255)を調べると、「共謀罪」に関する情報を何度も編集していることが分かる。

 http://wikiscanner.virgil.gr/f_JA.php?ip1=202.214.11.0-255&ip2=&ip3=&ip4=

 「批判論者」と「賛同論者」を対比させる形で表面上は客観性を装いながら、共謀罪導入を推進する立場から編集が加えられていることが明らかである。

 たとえば、原文では、

<理論的には、実行行為(構成要件を実現する現実的危険性をもつ行為)概念を中心とした従来の刑法学の体系との整合性が問題となる。要するに、共謀罪の創設によって主要な犯罪類型のほとんど(2005年7月12日の衆議院法務委員会における法務省答弁によると615個の犯罪が共謀罪の対象となるとされる)が、実行行為が存在しなくても処罰可能となるため、「正犯にせよ共同正犯にせよ狭義の共犯にせよ、実行行為に直接つながる行為をすることによって、法益侵害(構成要件の実現)の現実的危険性を引き起こしたから処罰される」という従来の刑法学の基本的発想が崩れてしまう可能性がある。 >

となっていたものに、次のように「賛同論者」の見解が追加されている。
 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=prev&oldid=3740954

<これに対して、賛同論者は、組織的な犯罪が、綿密な計画の下に役割分担をして実行されるという特質を有し、実行された場合の被害が多大であることから、実行に至る前に検挙・処罰する必要性が高く、このような犯罪の共謀に限って処罰の対象にすることは、我が国の刑事法の在り方とも整合的であるという。我が国の現在の刑事法においても、一定の罪の陰謀、共謀や予備等を処罰の対象にしているのである。 >

 原文では「政府は~」となっていたものを「賛同論者は~」と書き改め、政府と反対派ではなく、民間の賛成派と反対派が対峙しているかのように印象付けようとしていることも窺われる。
 あるいは、原文では

<外務省は、仮訳が正しく、これは共謀罪と参加罪の片方のみ不要とする内容であるとする。>

となっていたものに、次のような記述が追加されている。
 http://ja.wikipedia.org/w/index.php?diff=prev&oldid=6309502

<そもそも、条約にどう規定されているかがまず重要であるが、条約上、共謀罪と参加罪の双方又は一方を犯罪とする義務があることに疑いはない。立法ガイドがこれを覆すわけがなく、立法ガイドも、少なくともどちらかを選択する義務があることを当然の前提とし、片方を選択すればもう片方は選択しなくてもよいという意味で書かれたものである。
反対派の読み方は、条約の規定を置き去ったもので、反対のための反対でしかない。>

 ところで、このwikipediaの編集は、法務省ないし法務省職員であることを秘匿してなされているものである。
 そのような情報の発信は、情報の真実性の如何に拘わらず、発信者を明示していない点において、情報操作に他らならない。
 そもそも、法務省が本当にwikipediaの記述が不正確ないし不当であると考えるのなら、法務省のサイト上でその旨見解を表明すれば済むことなのである。
 ちなみに、この202.214.11.4は他にもこんな情報を編集している。
 
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E5%88%A5:Contributions/202.214.11.4
 
 どう考えても業務に関係ないことを勤務時間中に編集していることが分る。
 これは公務員の職務専念義務にも違反している。
 その他、「202.214.11.4」に関する情報(一部)はこちら。

 http://www.junmas.com/langkawisquare/wforum.cgi?list=new&page=0&mode=allread&no=1883
 http://d.hatena.ne.jp/okumuraosaka/20050308/1110275694


<付記>
 英語のwikipedia情報は概ね記述の根拠となる出典が明記されている。
 wikipediaそのものの内容はともかくとしても、どんな関連文献があるのか調べるのに便利である。その中でも発信者が明確で、ある程度信頼できるものは引用ができる。
 ところが、日本語版の場合は、そういうルールがないのか、いったい何を根拠に事実認定しているのか皆目分からない。これでは怪文書と何の変りもない。したがって、ほとんど参考にならない。

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