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リ ク  ト ウ
六韜 著者 呂尚? 時代 西周時代?


『六韜』は、呂尚秘伝の兵法書といわれます。
『六韜』は文韜、武韜、竜韜、虎韜、豹韜、犬韜の六篇から成ります。韜とは、もともとは弓や剣を入れておく袋を意味し、ここでは兵法の秘策という意味です。 篇の名前は別に意味はなく、一冊の書物を内容によって6つに分けているだけです。
『六韜』は全巻を通じて、周文王もしくは武王と呂尚の問答で成り立っています。 文王と武王がたずね、それに答えるかたちで呂尚が兵法の薀蓄をかたむけるという形式になっています。
しかし著者は呂尚ではなく、後世の兵家の誰かが書いたものとされています。
代表的な兵法書とされ、三略と並んで、よく「六韜三略」と称されます。また「虎の巻」の語源となった兵法書としても有名です。

文韜第一 文師篇第二 盈虚篇 第三 国務篇第四 大礼篇第五 明伝篇第六 守伝篇
第七 守土篇第八 守国篇第九 上賢篇 第十 挙賢篇第十一 賞罰篇第十二 兵道篇
武韜第十三 発啓篇第十四 文啓篇 第十五 文伐篇第十六 順啓篇第十七 三疑篇
竜韜第十八 王翼篇第十九 論将篇 第二十 選将篇第二十一 立将篇第二十二 将威篇 第二十三 励軍篇
第二十四 陰符篇第二十五 陰書篇 第二十六 軍勢篇第二十七 奇兵篇第二十八 五音篇第二十九 兵徴篇
第三十 農器篇
虎韜
豹韜
犬韜

文韜
【第一 文師篇】
文王が狩に出かけようとしたとき、史官の編が吉凶を占って「賢人を得ることができます」と言いました。そして文王は渭水の北で狩をしたところ、 釣りをしている呂尚を見つけました。
文王「釣りを楽しんでおられるのですかな」
呂尚「私が釣りをしているのは、君子の楽しみに似ておるのです」
文王「ほほう、どこが似ているのですか」
呂尚「釣りには3つの意味があります。餌で魚を釣るのは、禄で人を召抱えるのに似ています。釣られた魚は死んでしまいますが、 召しかかえられた人が命を投げ出して仕えるのに似ています。また小さな餌では小さな魚しか釣れませんが、低い官位ではつまらぬ人しか召抱えることができないことに似ています。 このように釣りには深い道理が含まれているのです」
文王「その道理を教えてほしい」
呂尚「重臣の地位を餌にして人材を集めれば、どんな国でも取ることが出来ますし、諸侯の地位を餌にして人材を集めれば、天下でも取ることが出来ます。 しかしどんなに人材を集めても、その心をつかんでいなければ、逃げられてしまいます」
文王「どうすれば人々の心をとらえて、天下を帰服させることが出来るのか」
呂尚「天下を君主ひとりの物とせず、これを万民と分かち合うことです。これを仁といいます。困っている人を助け、苦しんでいる人を救うことを徳といいます。 人々と憂いも楽しみも同じくすることを義といいます。人間は生と利になびくので、これを保証してやるのは道です。これらに則った政治を行えば、 おのずから天下の人々を帰服させることができるのです」
文王「おっしゃったことは天の声。謹んで承りました」
こうして文王は呂尚を自分の車に乗せて帰り、師として迎えたのである。

【第二 盈虚篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「天下の盛衰はなぜ起こるのだろうか。天運の移り変わりがそうさせるのであろうか」
呂尚「君主が愚かであれば、政治が乱れて国を危うくします。政治がうまくいかないかは君主の責任であって、天運とは関係がありません」
文王「古の賢君について教えてほしい」
呂尚「
は奢侈品を身につけず、みだらな音楽を聴きませんでした。宮殿も庭も荒れていましたが、民を使役することは最小限でした。 ひたすら自分の欲望を抑えて、無為の政治を行ったのです。
また法を守る官吏は昇進させ、清廉で民を愛する官吏には禄をはずんでやりました。民に対しても、孝子や慈父を顕彰し、農業につとめる者を励まし、善行は広く表彰しました。 かくて堯は、民から太陽のように仰ぎ見られ、父母のように親しまれたのです」
文王「素晴らしいものだ、賢君の政治というものは」

【第三 国務篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「国を治めるにあたって、もっとも大切なのは何か教えてほしい」
呂尚「民を愛すること、これに尽きます」
文王「民を愛することとは、どういうことか」
呂尚「民に有利なように取り計らい、生業が成り立つように配慮し、生かすことを心がけ、与えることを心がけ、楽しく暮らせるように配慮し、 喜んで暮らせるようにしてやることであります」
文王「もう少し詳しく教えてくれないか」
呂尚「働き口を保証してやること、農繁期に使役に駆り出さないこと、罪のない者を殺さないこと、重い税金を課さないこと、王宮の造営に金をかけないこと、 役人が清廉で民の生活にわずらわしい干渉をしないことであります。これがすなわち、民を愛するということになるのです」

【第四 大礼篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「君臣の礼はどうあるべきか」
呂尚「万民に君臨するのが君主、上の命令に従うのが臣下です。ただし、君主は君臨しても臣下を遠ざけるようなことをしてはなりません。 臣下は命令に従っても隠し立てはなりません。君主はあまねく恩恵を施し、臣下はそれぞれに職分を守るものです」
文王「では、君主として心構えについてはどうか」
呂尚「ゆったりと構えて動かない。柔軟に対応しながら筋を通し、与えることを心がけて人と争わない。虚心になって公平を常とし、つねに正道をもって万民に臨むことです」
文王「では、進言を聞くときの心構えについてはどうか」
呂尚「みだりに聞き入れず、頭から拒否しないようにします。君主の心はつねに平静で、臣下からはうかがい知ることができないものです」
文王「では、明知であるためにはどうすればよいか」
呂尚「目はよく見え、耳はよく聞き取り、心はよく察することが大切です。この3つのことを心がければ、明知を発揮してなにごとも見通すことができるようになります」

【第五 明伝篇】
文王が病に伏し、呂尚を召した。
文王「天がわしを棄てようとしている。発よ、周をおまえに継ごうと思う。今、呂尚から教えを聞き、子孫に伝えようと思う」
呂尚「どのようなことをお聞きになりたいのですか」
文王「聖人の道は廃れた時もあれば栄えた時もある。そのわけを教えてほしい」
呂尚「良いことだとわかっていても実行せず、好機がきても決断をためらい、悪いことだと知りながら改めようとしない。道が廃れた理由はこれでございます。また、 柔軟に対応しながら妄動しない、相手に対する敬意を忘れず謙虚に振舞う、強さをひけらかさず相手の下手に出る、辛抱強く対応しながらここぞというときには断固やり抜く、 道が栄えた理由はこれでございます」

【第六 六守篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「君主が民の主となりながら、その地位を失うのはなぜか」
呂尚「6つの守り、3つの宝を大切にしないからです」
文王「6つの守りとは?」
呂尚「仁、義、忠、信、勇、謀。この6つを身につけた人物のことです」
文王「そのような人物を選ぶにはどうすればよいか」
呂尚「金を与えてみて人を踏みつけにしないかどうか、高い地位につけてみて人を見下さないかどうか、重い責任を与えてみてそれをやり遂げるかどうか、 仕えさせてみて隠し立てをしないかどうか、危険な目にあわせてみて尻込みしないか、問題を処理させてみて途中で投げ出さないか、これを観察するのです。
人を踏みつけにしないのは仁のある人物です。人を見下さないのは義のある人物です。重い責任をやり遂げるのは忠のある人物です。隠し立てしないのは信のある人物です。 尻込みしないのは勇のある人物です。途中で投げ出さないのは謀のある人物です。
また、君主は3つの宝を人に貸し与えてはなりません。たちまち君主としての権威を失ってしまいます」
文王「3つの宝とは?」
呂尚「農、工、商のことです。これらを所持すれば国は富み、臣下が君主よりも豊かになることはありません。要するに6つの守りがしっかりしておれば君主の地位は安泰であり、 3つの宝がそろっていればその国は栄えるのです」

【第七 守土篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「領土を守るにはどうすればよいか」
呂尚「親族を粗略に扱ってはなりません。民を見下してはなりません。左右の者をいたわり、四隣の国々の侵略を許さないことです。手にしている権限を臣下に貸し与えてはなりません。 弱い者を踏みつけにして強い者を助けるようなことをしてはなりません。
また好機を逸せず、手加減をしてはなりません。
さらに何をおいてもまず富の蓄積に努めなければなりません。富がないと仁を施すこともできませんし、親族を大切にすることもできません」
文王「それでは仁義とは何を言うのか」
呂尚「民を敬愛し、親族を大切にすることです。民を敬愛すれば国内は平和に治まり、親族を大切にすれば民から喜ばれます。これが仁義の基本にほかなりません」

【第八 守国篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「国を守るにはどうすればよいか」
呂尚「身を清めた上でお話しましょう」
そこで文王は7日間身を清めてから、あらためて師に対する礼をとって教えを請うた。
呂尚「四季に見られるように満ち溢れたら隠れ、隠れたらまた生じるといったふうに、天地の道には始まりも終わりもなく、極まりがありません。 聖人はこのような天地の道に則って天下を治めるのです。ですから天下が泰平であれば聖人は姿を隠し、乱世になると姿を現して救済にあたるのです。
物事は行き過ぎて極端になると元に戻るもの。ですから、前に進んで人と争ってばかりではいけませんし、後に退いて責任のがれを事としてもいけません。 このような姿勢で国の守りにあたれば、天地の道に匹敵するような成果をあげることができましょう」

【第九 上賢篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「王たる者はどんな人物を尊重し、登用すべきであろうか。またどんなことを禁止すべきであろうか」
呂尚「不肖者を避けて賢者を尊重し、人をだますような者を避けて誠実な者を登用し、暴力と贅沢を禁止すべきです。それについて『6つの賊』『7つの害』というものがあります」
文王「もう少し詳しく聞かせてほしい」
呂尚「臣下の身でありながら立派な御殿や庭園を作り、遊びにうつつをぬかしている者。これは王の徳を損ないます。
民のなかで、農事を怠って遊侠気取りで遊びまわり、役人の指示に従わないで、平気で法令を犯す者。これは王の教化を損ないます。
臣下で党派をつくって賢者の登用を妨げ、君主の明知を塞ぐ者。これは王の権力を損ないます。
士のなかで、自説を主張して気炎をあげ、諸侯と交際して自国の君主を軽んずる者。これは王の威光を損ないます。
臣下でありながら爵位を軽んじ、上司を馬鹿にし、主君のためにあえて危険を冒そうとしない者。これは功臣の苦労を損ないます。
勢力家で弱者を痛めつけて収奪している者。これは庶民の生業を損ないます。これらの者を6つの賊といいます。
7つの害ですが、
知略もなく権謀もないのに高い地位を与えられ、勇気にはやって無謀な戦いを仕掛け、万一の僥倖を期待する者。このような者を将軍に任命してはなりません。
評判が高い割に実力がなく、その時々で言うことが食い違い、人の悪口ばかり口にし、進退に抜け目がない者。このような人間を相談相手に選んではなりません。
ことさら質素をよそおって粗末な衣服を身につけ、無為無欲を口にしながら実際は名声や利益を欲しがるのは、食わせ者です。このような人間を近づけてはなりません。
冠帯や衣服を飾り立て、学識をひけらかし空論を闘わせて外面を飾り、独り閑居して時流を批判するのは、腹黒い人間です。このような人間を寵愛してはなりません。
口先がうまく、たくみに取り入って官職を求め、俸禄のためなら、血気の勇にはやって命まで投げ出すこともいとわない。しかし、国家の大事には無関心で、 ただ利益を求めて行動し、空虚な意見を偉そうに説きたてる者。このような人間を任用してはなりません。
器物や建物に彫刻を施し、金銀をちりばめ、きらびやかな装飾を事として農事を怠る者。このようなことは断固禁止しなければなりません。
怪しげな方術やまじない、邪教、不吉な予言によって良民を惑わす者。これも必ず禁じなければなりません。」
文王「よくわかった」

【第十 挙賢篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「賢者を登用しようと思いながら、かえって世が乱れてついには滅亡に至るのは、なぜであろう」
呂尚「賢者を登用しても、献策を採用しないからです」
文王「その原因はどこにあるのか」
呂尚「世間で評判の良い人間ばかりを登用して、ほんものの賢者を見逃しているからです」
文王「それでは、どのようにすればよいか」
呂尚「まわりが褒める人間を賢者だとみなし、貶す人間を愚者だと決めつけると、仲間の多い人間だけが昇進し、少ない人間は退けられてしまいます。 こうなると腹黒い人間が登用され、その結果、世の乱れはいよいよ激しくなって、ついには滅亡に至るのです」
文王「では、賢者を登用するにはどうすればよいか」
呂尚「それぞれに官位にふさわしい人材を登用し、与えられた職責を果たしているかどうかを調査し、相手の能力をよく勘案して、官位に見合う実績をあげるようにしむける。 これが賢者を登用する道であります」

【第十一 賞罰篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「私は1人を賞して100人に善を勧め、1人を罰して大勢の人間を懲らしめたいと思うが、どうすればよいか」
呂尚「賞というものは、約束どおり必ず与えること、罰というのは、法に則って必ず科すこと、これが肝心でございます。つまりは信賞必罰です」

【第十二 兵道篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「用兵の道はどうあるべきか」
呂尚「用兵の道は"一"、すなわち全軍を一丸となって戦わせることがもまた軍を動かす時は好機をとらえ勢いに乗じなければなりません。 ただし聖王は兵を凶器とみなし、万やむをえないときに行使したのです。王は政治の根本を心得ておられるので、軍事のような末節の問題をご心配になる必要はありません」
武王「そこをあえて聞きたいのだが、かりに両軍が対峙したとする。敵も攻めてこないし、こちらも攻め手を欠いている。こんなときどうすればよいか」
呂尚「態勢を整えながら混乱しているように見せかけ、腹いっぱい食らいながら飢えているように見せかけ、精鋭を伏せながら統制がとれていないように見せかけます。 そうした上で東を攻撃して敵の注意を引いて、西を一気に攻略するのです」
武王「わが方の内情や作戦が敵に筒抜けになっていたら、どうすればよいか」
呂尚「敵が仕掛ける一瞬の隙をついて先手を取り、すばやく敵の不意を衝くことです」

武韜
【第十三 発啓篇】
文王が鄷の都にあったとき、呂尚にたずねた。
文王「ああ、商王(
紂王)は暴虐を極め、罪のない人を殺している。いったいどうしたらよいであろうか」
呂尚「ひたすら徳を磨いて賢者にへりくだり、民に恩恵を垂れて天道の指し示すところをお確かめください。けっして王を討つことを口にしてはなりません。
礼を定めれば必ず実行され、戦をすれば必ず勝つことができます。ただし、理想的な勝利は戦わずして勝つことであり、王者の軍は決して傷つくことがないのです」

【第十四 文啓篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「聖人はどんな姿勢で政治に臨むのであろうか」
呂尚「聖人は焦ることもないし、こだわることもありません。それでいて万物はおのずから所を得るのです。焦ったりこだわったりしなくても、万物はみな集まってくるのです。 聖人は、このようなやり方で万物を感化し、終わってはまた始まるといった具合に、循環して窮まることがありません。
聖人は人々の生活をかき乱さないようにつとめます」
文王「民の生活をかき乱さないためには、どうすればよいか」
呂尚「天は一定の法則に則って運行しており、民もその法則に従って生活しています。ですから君主もまたその法則に則って治めれば、天下はおのずから安らかになります。 これが最高の政治ですが、その次は民を教化して従わせることです。このような無為のあり方こそ聖人の徳にほかなりません」
文王「そなたの語ったことは、私がかねてから思っていたことと同じである。これを日夜心に刻んで、政治にあたりたい」

【第十五 文伐篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「武力を使わないで目的を達するには、どうすればよいか」
呂尚「それには次の12の方法が考えられます。
第一は、相手の欲するままに要求を聞き入れてやれば、やがて驕りの心が生じ、必ずや墓穴を掘るようなことをしでかします。
第二は、敵国の寵臣を手なずけて、君主と権力を二分させるのです。
第三は、側近の者に賄賂を贈って、しっかりとかれらの心をとらえるのです。
第四は、相手国の君主に珠玉を贈り美人を献じ、女に溺れて政治を忘れるように仕向けたうえ、下手に出て、相手の言いなりになって調子を合わせるのです。
第五は、相手国の忠臣を厚遇し、君主への贈物は減らして、相手の結束に楔を打ち込むのです。
第六は、相手国の内臣を懐柔し、外臣を離間するのです。
第七は、相手国の野心を封じこめるために、厚く賄賂を贈って寵臣を買収し、利益で釣って職責を怠るように仕向けるのです。
第八は、相手国の君主に重宝を贈って、わが方を信頼するようにさせ、わが方に協力させるように仕向けるのです。
第九は、相手国の君主を褒め上げていい気持ちにさせ、手も足も出ないふりをして安心させ、政治を怠るように仕向けます。
第十は、謙虚な態度で相手国の君主に仕えて心をつかみ、頼りになる味方だと思わせるのです。
第十一は、相手国の有能な臣下に、内密に高い地位を約束し、重宝を贈って手なずけ、わが方に肩入れする人間を増やすのです。
第十二は、相手国の乱臣を手なずけて君主の心を惑わし、美女や歌舞団を送って関心をそちらに向けさせるのです。
以上の12の策をすべて試みてから武力を行使するのです。つまり、天の時、地の利を考え、これなら勝てると見極めてから、はじめて軍事行動を起すのです」

【第十六 順啓篇】
文王が呂尚にたずねた。
文王「天下を治めるには、どうすればよいか」
呂尚「天下を覆うほどの度量があって、はじめて天下の人々を包容することができるのです。天下を覆うほどの信義があって、はじめて天下の人々をまとめていくことができるのです。 天下を覆うほどの仁徳があって、はじめて天下の人々に慕われるのです。天下を覆うほどの恩恵を施して、はじめて天下を保つことが出来るのです。 天下を覆うほどの権謀があって、はじめて天下を失われないですむのです。また、いざとなればためらわずに実行してこそ、あらゆる障害を乗り越えていくことができるのです」

【第十七 三疑篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「天下を統一したいのだが、不安なことが3つある。第一に、わが方の力が足りないということ。第二に、敵の君臣関係を離間できないこと。 第三に、敵の兵士の結束を崩すことができないことである。よい策はないだろうか」
呂尚「まず慎重に謀をめぐらし、ふんだんに金銭をばらまくことです。そもそも強敵を攻めるには、相手が戦力を増強し、勢力を拡大するように仕向けます。強すぎれば必ず折れ、 拡張しすぎれば必ず欠けるものです。
また寵愛されている臣下に取り入って君主の欲しがる物を与えてやります。そして急にその寵臣との関係を断ち切れば、君主は欲しいものが手に入らなくなるわけですから、 寵臣に対して疑惑の目を向けるにちがいありません。
また君主に美女や珍味や音楽にのめりこませ、君臣関係の離間をはかり、民心も離反するように工作するのです。
敵の民に対しても、惜しげもなく財貨を施してやることです。こうすることで民が集まってきますし、そのなかから賢者を見出し、彼らを登用するのです」

竜韜
【第十八 王翼篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「軍を統率するためには、股肱や羽翼などがあってはじめてできるというが、それにはどうすればよいか」
呂尚「将たる者は、あらゆることに臨機応変に対応しなければなりません。そのため股肱や羽翼を72人も置いて、天の72節気と対応させているのです」
武王「その72人について、もう少し詳しく教えてほしい」
呂尚「まず『腹心』を1人置きます。戦略計画の策定を助け突発事態に備え、天象をはかり異変を解消し、国力の保全にあたる者です。
次に『謀士』を5人置きます。情勢の掌握につとめて安全を確保し、賞罰を明らかにし、疑問を解決して可否の決定にあたる者です。
次に天文担当を3人置きます。星の動きや風向きを観測し、天がどちらに味方するかを察知する係です。
次に地理担当を3人置きます。行軍や駐屯に際して地形のよしあし、行程や険阻の情報を収集し、地の利を失わないようにする係です。
次に兵法担当を9人置きます。彼我の情勢や戦いの帰趨を分析、兵器を選定し、違法行為を取り締まる係です。
次に食糧担当を4人置きます。食糧の必要量をはかって備蓄するとともに、輸送路を確保して補給を絶やさないようにする係です。
次に『奮威』を4人置きます。勇敢な兵士を選抜し、奇襲部隊を編成する係です。
次に『伏旗鼓』を3人置きます。これは旗や鼓をかくして敵陣に潜入し、敵情を探索する係です。
次に『股肱』を4人置きます。重要かつ困難な任務に当るもので、堀や城壁の工事を督励して、守りの面で万全の態勢を整える係です。
次に『通才』を2人置きます。君主の欠けた点や誤った点を補い、外国の使節と交渉したり、議論して紛争の解決をはかる係です。
次に『権士』を3人置きます。奇計を使い、権謀を駆使し、人目につかない所で変幻自在な策を講じる係です。
次に『耳目』を7人置きます。足で歩いて世間の風説を聞き、動向を観察し、外国の動きなどの情報を集める係です。
次に『爪牙』を5人置きます。全軍を督励して士気を高め、いかなる困難にもたじろがず、勇敢に戦わせることにあります。
次に『羽翼』を4人置きます。わが軍の勇名を喧伝し、遠方の国々まで震え上がらせて、敵の闘士を弱める係です。
次に『遊士』を8人置きます。敵側の人間を買収したり、人心を動揺させたり、敵の意向をさぐったり、諜報活動に当ります。
次に『術士』を2人置きます。あやしげな術を使ったり、神のお告げだといつわって、敵の心を惑わす係です。
次に『方士』を3人置きます。薬をそなえて傷の手当てをし、万病の治療に当る係です。
最後に『法算』を2人置きます。布陣や軍糧の費用など、収支の会計に当ります」

【第十九 論将篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「将たる者の条件とは何か」
呂尚「それについては五材と十過があります。
五材とは、勇、智、仁、信、忠の5つの条件を言います。勇であれば人から侮られず、智であればかき乱されることはありません。仁であれば人から心服され、 信であれば信頼を集めることができ、忠であれば二心を抱きません。
つぎに十過とは十の欠点を言います。
勇にはやって死を軽んずる者、
短気でせっかちな者、
欲が深くて利益を好む者、
仁がありすぎて厳しさに欠ける者、
智はあるけれども臆病な者、
どんな相手も軽々しく信用する者、
清廉であって人にもそれを要求する者、
智がありすぎて決断できない者、
意志が強くてなんでも自分で処理する者、
意志が弱くなんでも人任せにする者。
敵の将軍がこのような欠点をもっていたら、次のように対応します。
勇にはやって死を軽んずる相手なら、挑発して攻めさせます。
短気でせっかちな相手なら、持久戦にもちこみます。
欲が深くて利益を好む相手なら、賄賂を贈ってだきこみます。
仁がありすぎて厳しさに欠ける相手なら、手段をこうじて疲れさせます。
智はあるけれども臆病な相手なら、策を使って行き詰まらせます。
どんな相手も軽々しく信ずる相手なら、騙し欺きます。
清廉であって人にもそれを要求する相手なら、侮辱して怒らせます。
智がありすぎて決断が出来ない相手なら、すかさず攻撃をかけます。
意志が強くなんでも自分で処理する相手なら、どんどん仕掛けて疲れさせます。
意志が弱くなんでも人任せにする相手なら、だまして計略にかけます。
いずれにしても、戦いは国の大事、存亡の分かれ道であり、その責任は将たる者の肩にかかっています。また戦いは双方が勝ったり負けたりすることはありません。だから、 いったん国境を越えたら10日以内に敵をやっつけてしまわなければ、逆にやられて将を討ち死にさせる羽目になりましょう」
武王「よくわかった」

【第二十 選将篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「すぐれた人物を選んで将に任命したいと思うのだが、人物を見極める方法を教えてほしい」
呂尚「外見だけで判断してはなりません。外見と中身の一致しない場合があります。世間の人々が軽蔑する相手でも、聖人だけはその真価を認めるのですが、 凡人にはそのあたりの機微はわかりません。深い洞察力があって、はじめて見抜くことが出来るのです」
武王「どうすれば見抜くことが出来るのか」
呂尚「それには8つの方法があります。
第一に、質問してみて、返答の内容で判断します。
第二に、問い詰めてみて、どんな対応をするかで判断します。
第三に、スパイを使って裏切りを誘い、誠意を確かめてみます。
第四に、表面からずけずけたずねてみて、人柄を観察します。
第五に、財貨を管理させてみて、どの程度清廉であるかを観察します。
第六に、女を近づけてみて、どの程度貞節であるかを確かめます。
第七に、困難な任務を与えてみて、どの程度勇気があるかを判断します。
第八に、酒を飲ませてみて、その酔い方を観察します。
この8つの方法をすべて試みてみれば、おのずから賢者か愚者か見分けることが出来ましょう」

【第二十一 立将篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「将を任命する時には、どのような作法に従えばよいか」
呂尚「国難が起れば、君主は正殿を避け別殿で将軍を任じ、任命した後で太史を呼んで占いを行い、吉日を選んで将軍に斧と鉞を授けます。 出陣になると、軍内のことはすべて君命によらず、将軍の指揮権にゆだねられます。将軍は天からも地からも敵からも味方からも、 なんら制約を受けることなく戦うことが出来るのです」
武王「まことに素晴らしいことだ」

【第二十二 将威篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「将たる者は、どうすれば威信を確立し、明知を発揮することが出来るのか。またどうすれば軍令を貫徹することが出来るのか」
呂尚「威信を確立するには、地位の高い相手でも罪を犯せば誅殺しなければなりません。明知を発揮するには、地位の低い相手でも手柄を立てれば表彰しなければなりません。
また軍令を貫徹するには、罰則の適用が公平かつ妥当なものでなければなりません。ですから、一人を誅殺すれば万人が恐れ、一人を称すれば万人が喜ぶような相手を罰し、 賞すればいいのです。誅殺する相手の地位が高いほど、賞する相手の地位が低いほど効果があります。
これこそ将たる者の威信を確立する道にほかなりません」

【第二十三 励軍篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「全軍の将兵に対して号令を聞いては喜び勇むようにしたい。それにはどうすればよいか」
呂尚「それについては三種類の将軍がおります。
第一は礼将です。冬でも毛皮の服を着ず、夏でも扇子を使いません。将軍みずから苦労を体験しないと、寒暑に苦しむ兵士の辛さを理解することが出来ません。
第二は力将です。真っ先に進む将軍です。将軍みずから苦労を体験しないと、兵士の辛さを理解することが出来ません。
第三は禁欲の将です。全軍に行き渡らないうちに休んだり、食事をしたりしません。将軍みずから苦労を体験しないと、兵士の腹具合を思いやることが出来ません。
このように将たる者があらゆる苦労を兵士とともにする。そうあってこそ兵士は号令を聞いては喜び勇むようになります」

【第二十四 陰符篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「深く敵地に侵攻して作戦目的を達成するには、どうすればよいか」
呂尚「君主と将軍の連絡には、8種類にのぼる秘密の割符が使われます。
大勝を知らせる時には、長さ一尺の割符。
敵を破って大将を殺した時には長さ九寸。
城を降し町を占領した時には長さ八寸。
敵を撃退して逃走させた時には長さ七寸。
警戒を厳重にして守りを固めている時には長さ六寸。
軍糧や兵員の増強を要請する時には長さ五寸。
敗れて大将が討ち死にした時には長さ四寸。
大敗を喫して軍を壊滅させた時には長さ三寸。
割符をもたらす者が期日に遅れたり機密が漏れた場合は、漏らした者も聞いた者も誅殺しなければなりません。このことは君主と将軍だけが知っている機密で、 ひそかに連絡をとりあって情報を入手する方法なのです」
武王「よくわかった」

【第二十五 陰書篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「敵陣深く敵地に侵攻した時、戦局が複雑で割符では十分な連絡が取れない。いったいどうすればよいか」
呂尚「その場合は文書を使わなければなりません。文書を送るときには、一通の書面を3つに切って三部としたうえ、三人の使者に一部ずつ持たせます。こうすれば、 情報の漏れる心配はありません。これを『陰書』といいます」
武王「よくわかった」

【第二十六 軍勢篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「作戦の要諦を教えてほしい」
呂尚「進むも退くも迅速に行動し、こちらの動きたいように動いて、敵の思惑に左右されない、これが用兵の極意です。
いくさ上手は敵と対陣する前に目的を達成し、やり手の人物は事が起る前に問題を解決し、有能な将軍は軍を動かす前に勝利を収めます。 つまり、戦わないで勝つのが理想的な勝ち方なのです。したがって、敵と白刃を交えて勝敗を争うのは、良将とは言えません。
いくさ上手は有利と見かけたらたたみかけ、好機と見たらすかさず攻撃します。せっかくの好機を見逃したのでは、かえって災を受けます。そしていちど決断したら猶予しません。 まさに電光石火のような素早さです。ですから、これに当るものは破れ、近づくものは蹴散らされ、だれひとりとして対抗できる相手はおりません」
武王「よくわかった」

【第二十七 奇兵篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「用兵の大要についてうかがいたい」
呂尚「勝か負けるかは、すべて有利な態勢をつくれるかどうかにかかっています。それを心得ている者が栄え、知らない者は滅びるのです。
『戦略戦術を知らなかったら、敵について語る資格はない。兵士を思い通りに動かせなかったら、奇策について語る資格はない。治乱の道理を知らなかったら、 権変について語る資格はない』と言われます。また将軍には、まさに全軍の安危がかかっています。将軍に人を得るかどうかで、全軍がまとまりもするし、 乱れもするのです」
武王「よくわかった」

【第二十八 五音篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「律管の音階をもって、敵軍の動静や勝敗の帰趨を知ることが出来るのだろうか」
呂尚「律管には12の音階がありますが、要約すると、宮・商・角・徴・羽の五音となります。この五音こそが音声の基本でして、万代変わることのないもの、 五行相勝の理法とも合致する天地自然の道であり、戦いにもこれを応用することができます。徴の音声であれば北から攻撃し、商の音声であれば南から攻撃し、 羽の音声であれば中央から攻撃をかけ、宮の音声であれば東から攻撃をかけます」
武王「よくわかった」

【第二十九 兵徴篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「戦いを交える前に、敵の強弱を察知して勝敗を判断したいと思うが、どうすればよいか」
呂尚「敵軍の動きに目を光らせ、注意深く観察する必要があります。さらに城を包囲したときには、城の気を観測しなければなりません。
要するに、情況をよく判断し、攻めるべきときには攻め、攻めてはならないときには攻めない、これが肝心なことです」
武王「よくわかった」

【第三十 農器篇】
武王が呂尚にたずねた。
武王「天下が安定すると、攻撃用の武器を整えたり守りの備えを固めたりする必要はないのか」
呂尚「攻撃用の武器も守りの備えも、すべて農耕のなかにそなわっております。鋤や馬車や蓑や鋸などはすべて兵器として使うことが出来ます。四季の農耕作業は戦と同じであり、 村落が伍ごとにまとまっているのは、軍内が結束しているのと同じです。
このように戦時の武器はすべてふだんの農耕のなかにそなわっています。すぐれた統治者は農耕のなかから武器を調達するのです。これが富国強兵をはかる道であります」
武王「なるほど、よくわかった」



※参考文献 『
六韜・三略』 守屋 洋 著 プレジデント社