「国民総背番号制度」は必要だ
社会保険庁の年金番号をめぐる混乱が続いているが,政府はこの問題について,年金・医療保険・介護保険の個人情報を一元的に管理する「社会保障番号」を2012年度までに導入する方針で検討を始めた。
しかし,こうした「国民総背番号制」は,これまで何度も提案されてはつぶされてきた。国民総背番号制によって「プライバシーを侵害する」とか「監視社会になる」などという恐怖をあおり,住民基本台帳ネットワークシステム(以下,住基ネット)のような住所・氏名程度の情報まで「厳重に保護しろ」と騒ぎ,個人情報保護法で民間企業の個人情報まで規制する法律を作った。その頃騒いでいた人々は今度の社会保障番号の導入については沈黙を守っているが,彼らのヒステリックな反対運動のおかげで,行政の効率がどれほど大きく損なわれたか,責任を感じているのだろうか。
基礎年金制度は1986年にでき,その後まもなくオンライン化も完成したのに,基礎年金番号の導入は1997年まで遅れた。これは社会保険庁の労働組合(自治労・国費協議会)の反対によるものだった。自治労は当初,「プライバシーの侵害」を理由として,基礎年金番号の導入にも反対していたのである。
1979年の社会保険庁と労働組合との労使交渉の「確認事項」には,「オンライン化に伴い『国民総背番号』『納税者番号』などの問題に結び付けることは,社会保険庁としては考えていない」と書かれている。もちろん本当の理由は仕事が増えるのが嫌だからだろうが,「国民総背番号制反対」と言えばもっともらしい反対の理由になったわけだ。
1980年に,マル優(300万円以下の貯蓄)や郵便貯金を名寄せする「少額貯蓄等利用者カード」(グリーンカード)ができたときも,法律が成立したあとになって,金丸信(自民党元副総裁)などが「プライバシー保護」を理由にして反対し,延期したあげく廃止してしまった。その後,金丸の多額の闇献金が発覚したことを見ても,本当の理由が脱税にあったことは明らかだ。
その後も野党は,住基ネットを作る住民基本台帳法の改正に際して,国民総背番号に反対した。このとき,毎日新聞を筆頭に各メディアも「監視社会の恐怖」をあおるキャンペーンを張り,日本弁護士連合会は「自己情報コントロール権を情報主権として確立するための宣言」を発表して,個人情報の保護を「基本的人権」だと主張した。
民間でも感情的な反対論が横行し,櫻井よしこ氏などは「私は番号になりたくない」とか「住基ネットは国民を裸で立たせるものだ」などの常軌を逸した主張を,さまざまなメディアで繰り返した。
おかげで国民ひとりに1つの番号を付ける「ナショナルID」はタブーとなり,各省庁でばらばらに番号化が始まった。厚生労働省だけでも基礎年金番号と健康保険番号は別々に管理されており,住基ネットの機能は旧自治省の事務合理化に限定されたため,無用の長物となった。納税者番号は,たびたび政府税調で答申されながら先送りされてきた。実際には,税務署のシステムの中では納税者番号が付いているのだが,納税のとき使えないので名寄せには役に立たない。結果として,膨大な脱税と年金の支給不足が生じているのである。
個人についてのデータを処理するとき,個人に番号を付けることは不可欠であり,それがプライバシーの侵害だとか監視社会だとかいうのは,情報社会を否定する発想だ。「私は番号になりたくない」という櫻井氏は,免許証も銀行口座も持っていないのだろうか。
また,民間企業ならよいが政府が番号を付けるのはだめだとか,自治体ならよいが国が付けるのはだめだとかいうのも,根拠のない感情論だ。そもそも国家より民間企業のほうがはるかに多くのディープな個人情報を持っている。たとえば「櫻井よしこ」をGoogleで検索すれば,約40万件の彼女の個人情報が出てくる。またAmazon.co.jpは,私が過去にどんな本を買い,どんな好みを持っているかを詳細に知っているが,私にとってはそれは便利な情報であって,プライバシーの侵害ではない。
さらに悪質なのは,1つの番号で全官庁のデータが処理できるようになったら「個人が裸にされる」という類の,情報の内容とIDを混同する議論だ。すべての人に★一意の☆IDを付けることは,情報の内容を★一元的に☆管理することとは別の問題だ。たとえば,複数のWebサイトで同じIDを使っている人も多いだろうが,そのIDを知っていても,すべてのWebサイトにあるあなたの情報を見ることはできない。パスワードさえちゃんと管理すれば,IDが同じでも問題はないのだ。
まして役所の場合には,よくも悪くも情報管理は各官庁ごとに縦割りで,相互に見られるようにはできていないし,管理者用パスワードは厳重に管理されているので,ほかの官庁のデータを見ることは,犯罪でもおかさない限り不可能だ。
したがって効率性から考えれば,新たに社会保障番号を作るよりも,現在すでに全国民に付与されている住基ネットの番号を社会保障番号にも納税者番号にも使える共通の番号にすべきである。住基データは,年間200億円もかけて厳重に保守・警備されているので,同じようなシステムを官庁ごとに作るのは税金の浪費である。
私たちにはWebサイトにアクセスするたびに背番号が付いており,インターネットには膨大な個人情報が流通している。現在の行政の問題は,むしろ情報の電子化が不足していることだ。今回の騒動を教訓にして,プライバシーを理由にして非能率的な業務を守ろうとする抵抗勢力を排除し,国民背番号によって官庁の情報化を徹底する必要がある。〓