いじめや体罰を苦に自殺したり、事故でけがをした児童や生徒の保護者のグループが文部科学省に真相や原因などを明らかにする制度を作るよう請願を続けている。「せめて何が起こったか知りたい」。親たちの思いは切実だが、情報を積極的に公開したがらない学校側の対応にさらに深く傷つくケースも目立つ。遺族らは「再発を防ぐためにも『知る権利』を保障してほしい」と訴えている。【亀田早苗】
◇学校の責任逃れ…もうたくさん
◇「知る権利」、文科省に訴え
「詳しい様子を知りたい一心で学校に行っても『生徒に対する侮辱』という態度で取り合ってもらえない。学校がそんなところだったとは……」
私立高校2年の長女(当時16歳)を自殺で失った母親(47)は訴えた。今月10日、いじめ自殺の遺族や保護者ら約100家族でつくる「全国学校事故・事件を語る会」が東京都内で集会を開き、参加した約30人はそれぞれつらい体験を語った。
悲劇は3年前に起きた。この母親の長女は学校近くのマンション8階から飛び降り自殺した。同級生に無視され、自殺前日に「私はあした死んじゃう」と友だち数人にメールを送っていた。「娘が運ばれた病院に先生はにこにこと笑顔で入ってきた。亡くなった娘の顔は16年間育ててきて見たこともないさみしそうな表情だった。それが忘れられない」
別の男性(31)は私立高校1年の時、寮で上級生約20人に連日暴行を受け、左腕の靱帯(じんたい)3本が切れた。今も後遺症やPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩んでいるという。20年前のいじめが原因で自宅に引きこもっている娘の母親も参加し、悪影響が長期にわたる現状も報告された。
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同会は03年に発足。94年9月、教師の体罰を苦に自殺した内海平君(当時11歳)の父親、千春さん(48)=兵庫県たつの市=が代表を務める。内海さんは子どもの自殺後、学校の責任逃れや事実の隠ぺい、遺族による独自調査の妨害、問題を早く沈静化させようとする地域での中傷や孤立に苦しんできた。会の活動を通じ、どの遺族も共通して何重にも傷つけられていることを実感したという。
昨年、いじめ自殺が相次いだため、同12月から事実関係を公正に調査する第三者機関の設置などを文科省に求めてきた。今月は、会員の遺族ら3人が自分の体験を基にそれぞれ請願書を作成し、10日遺族らを集めた集会の前に文科省に提出した。
このうち内海さんが作った請願書では、99~05年度、教師の体罰や指導などが原因と考えられる自殺が5件起こっているのに統計上「0件」とされており、見直しを求めた。内海さんは「文科省は学校にいじめがあることはようやく認めたが、体罰など教師の叱責(しっせき)による自殺は『なかったこと』にしている」と話す。
また、99年10月「私をいじめた多くの方々へ 担任の先生へ おうらみします」との遺書を残して自殺した堺市の高校1年の女子生徒(当時16歳)の母親(54)が作った請願書には、過去の学校の不誠実さに対する要望が盛り込まれた。
01年、学校や市教委がこの母親らに謝罪し、いじめを認めたのに文科省への報告は「原因不明」としたままで、昨年、文科省が再調査を指示してようやく、原因を「いじめ」と修正した。学校が文科省に再報告したとの連絡はなく、自殺の原因の一つとされた担任の責任についても言及がなかった。
請願書ではこうした経緯を踏まえ▽文科省に再報告する際は保護者に事前に知らせる▽内容が保護者の主張と異なる場合は、保護者の意見書を添付して再報告する--を義務づけるよう求めた。母親は「自殺から8年もたち、学校との話し合いは終わったと思ったのに、改めて心が乱される」と涙ぐんだ。
内海さんは「子どもが自殺すれば親は自分を責める。さらに学校との交渉で『子どもは学校で大切にされなかったから死んだ。死んでからも大切にされない』との思いを強くする。一番怖いのは、人間不信になり社会生活ができないほど追いつめられること。元気になれなくても、せめて顔を上げて生きられるようになろうというのが目標」と訴える。
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いじめ防止に取り組む川崎市のNPO法人「ジェントルハート プロジェクト」は今年5月、文科省などに「親の知る権利」を求める要望書を会員の遺族ら約70人の連名で提出し、遺族への公開を前提とした事実調査を行うよう求めた。98年7月に長女香澄さん(当時15歳)を自殺で亡くした理事、小森美登里さん(50)は「問題が起きて初めて、学校側がいかに理不尽か気づかされる。動けなくなるほど疲れ切る親も多いが、ようやく親同士でつながりを持てるようになってきたということだろうか。もっと早く声を上げられれば救われた命があったかもしれない」と話す。
一方、川崎市や兵庫県川西市などでは学校でのトラブルを調査する第三者機関を設置している。文科省児童生徒課は「今年、いじめなどに対する各自治体の取り組みに予算をつけ、公的な第三者機関設置について調査研究を始めた。学校の対応が必ずしもトラブルを招いているとは認識していないが、データなどを集めて必要性を検討したい」と話す。また、親たちが主張する学校などからの報告の不備や統計処理の問題について「不明な点や整合性のない部分は内容を確認しており、上がってくる報告をうのみにしているわけではない」と説明している。
毎日新聞 2007年8月20日 東京朝刊