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渡辺葉さんが語る「やっぱり、ポートランドでよかった」

「ゆるやか暮らし」インタビュー【後編】

宮崎 敦子(2007-03-04 16:26)
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 緑豊かな「絹雨」の街・米国オレゴン州ポートランド暮らしを綴った著作『樹のあるところに、住みたくなったから。~オレゴン州ポートランドのゆるやか暮らし』をこのほど上梓したエッセイストの渡辺葉さん。インタビュー後編では、2001年9月11日の同時多発テロをニューヨークで経験した葉さんが、9.11前後に感じたこと、そしてポートランド生活を経た現在、今後について思うことなどを聞いた。(前編はこちら

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ニューヨークのソーホー地区にある、お気に入りのクレープ屋さんで (撮影者:宮崎敦子)
 ニューヨークからの移住を決めた理由に9.11の同時多発テロがあったか、と問われれば、それもありましたね、ある意味で。直接的に、例えば怖くなったから、とかそういうことではなく、でも、世界が変わった感は確かにあって。9.11で思ったのは、確実なものなんてないな、っていうことでしょうか。

 社会の枠組みとか、ちょっとした人間同士の、誰かに裏切ったとか裏切られたとか、恋に落ちたとか、そういう変化は知っていても、あんな風に、あんなに大きなものがいきなりなくなってしまって、っていうのは、とっても衝撃的だったから。とにかくニューヨークっていう街の気配が変わったな、って思ったのは確かなことです。

 それから、9.11というよりは、そこから連鎖して起こったアフガンへの侵攻であり、イラクへの派兵であり、そういった時期に疑問を感じて。「戦争をやめようよ」というデモもすごくあったんですね。デモだけじゃなくて、みんなで一斉にろうそくを灯すとか、ネットでいろいろなことを呼びかけてもいて、みんないろいろなことをしていました。

 でも、どんなに人々がデモをしても、戦争を防ぎきれなかった。1つにはそれで感じた、「戦争は起こす人は起こしてしまう」という無力感があって。それに直面したときに、じゃあ自分が変えられるものってなんだろう、と考えました。自分の手で変えられる何か、確かめられる何か、というのは結局、自分の生活と、生活に関する感覚なんじゃないかと思ったんです。たぶん、それを確かめてみたかったというのはありますね。なんだかこう、人がつくったものへの疑問みたいなのもあって。ニューヨークって人がつくったものばっかりだし、それはそれでおもしろいんですけど、もっと自然に帰ってみよう、という気持ちになりました。

 ニューヨークにいたころは、忙しかったという事実に加えて、忙しくしてなきゃいけない、というような強迫観念があったんですけれども、ポートランドに行ってみたら、忙しくなくてもみんな生きていて、そうか、そんなにしなくてもいいんだ……と。

 今は、昔ニューヨークにいたときほど、いろんな人にしょっちゅう会ってないんですね。ポートランドのときほどじゃないけれど、かなり1人で過ごす時間が多くて。前だったら不安になっていたと思うんですよ。みんなが人と会ってるから、1人でずっと過ごしてたら隠遁生活みたいな感じがしていたと思うんです。

 やっぱり、数年離れてみなかったらこうなっていなかったと思います。月並みな言い方なんですけれど、離れてみて分かる良さみたいなものもあるし、そこにいるときには、これはこういうもの、と思っていたのが、離れてみたら、そうじゃないやり方、そうじゃない付き合い方、そうじゃない可能性もあるよねっていうのが見えてきて。

渡辺葉さん (撮影者:宮崎敦子)
 ニューヨークから一度離れて、今後またニューヨークじゃないところに行くかもしれないし、分からないけれども、人生のあの時点において行くには、やっぱりポートランドでよかったな、ってすごく思います。西海岸に行くっていうのは最初はあんまり考えていなかったんです。「本当にニューヨークから離れていいの?」っていう気持ちがあったので、マンハッタンからは出ても、ロングアイランド(ニューヨーク州南東部の島)かな、とか、アップステイト(ニューヨーク州でマンハッタン島より北側)かな、とか。

 実際に行ってみたら、ポートランドは住みやすく、日本人にも暮らしやすい。ポートランドの人と、ニューヨークなど大都会の人とは、人と人との距離感が少し違う気がしました。ポートランドの人は、気がついたら横にいて、話しているという感じ。素朴でホンワカしている。ニューヨークの人はみんな忙しいので、人と人との関係も直接的でダイナミック。その違いが面白かったですね。

 この間もニューヨークのカフェで、サンフランシスコから来たウェイトレスの女の子と話していて、「なんでニューヨークに来たの?」って聞いたら「来るべきだと思ったから来た」って。だけど、「でも、すごくイヤ、サンフランシスコに帰りたくて帰りたくてたまらない、お金ためて帰る」って。彼女も「こうやってニューヨークに来たことで、私が本当にいるべき場所が分かってよかった」って言っていたんです。

 ニューヨークは、そこにいる意味があるからこそいる、っていう状態じゃないとつらいと思うんですよね。魅力はあるけれど、疲れる街でもあります。自分自身も今は、なぜニューヨークにいるのか、前はお芝居を勉強するためっていうとっても具体的な理由があったんですけれど、いまはちょっと考えているところでもあるんですよ。ニューヨークにいて、私はこれからなにするのかな、っていうのも、自分でカシャカシャ考えて考えて見つけ出す、っていうよりは、有機的にニョキニョキで出てくるのを待つべきじゃないかな、と思っているところです。

 私も結局、ニューヨークに戻りましたけれど、ポートランドは日本からすごく行きやすいんです。サンフランシスコより近くて、8時間ぐらいで着けるんですね。私が住んでいる間にも少しずつ、日本人の女性のグループや、若い人のグループ、ときどき60代ぐらいのご夫婦なんかも、ガイドブック片手に歩いていらっしゃるのを目にするようになりました。歩きやすい街ですし、車がなくても回れるので、オススメです。

 アメリカを体験するとき、ニューヨークはニューヨークでとても素敵だけれど、なにしろ遠いし、エネルギーのある街なので疲れるし、ちょっと違うアメリカを見たい、というときに、例えばこの本をたまたま読んでくださった方が、「ポートランドってどうなんだろう? 行ってみたいな」と思って出かけてみてくださったらうれしいな、と思っています。「もう1つのアメリカ」としてね。(談)


【関連記事】
渡辺葉さんが語る「木漏れ日、炭火焼のピッツァ、魔法の森のポートランド」(インタビュー前編)
『樹のあるところに、住みたくなったから。~オレゴン州ポートランドのゆるやか暮らし』編集者レビュー

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渡辺 葉(わたなべ・よう):

エッセイスト、翻訳家。東京生まれ、慶應大学文学部英文学科卒。カリフォルニア大学サンタ・クルーズ校へ留学。演劇を学ぶため、単身ニューヨークへ渡り、以降、現地で舞台女優として活躍。2004年、10年住んだニューヨークを離れ、オレゴン州ポートランドに移住。06年10月、ニューヨークに舞い戻り、翻訳・執筆を中心に活躍中。エッセイに『おさかなマンハッタンをゆく』(日経ホーム出版社)、『やっぱり、ニューヨーク暮らし。』(集英社)、『ニューヨークで見つけた気持ちのいい生活』『ニューヨークで見つけた気持ちのいい「ふたり生活」』(青春出版社)、訳書に「ミア・ファロー自伝」「アマンダの恋のお料理ノート」「月の光のなかで」など多数。作家・椎名誠氏と渡辺一枝氏の長女。
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