2007-12-26
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自由とは非管理から生じ、平等とは管理から生じる。非管理と管理が背反である以上、自由と平等が同居するわけがないのだが、日本人の「ごった煮」精神が同居を可能にする。というより、実際は同居などしていないのだが、「ええじゃないか」の法理により、同居していることにされている。
■自由と平等が妥協するこの汚き世界
論理はなるべく簡潔でなければならない。そうでなければ限界がはっきりしないからである。この点、ヒトラーは全体主義を採り、西洋は一般に自由主義を採った。これは分かりやすい。全体主義なら、その頂上理念で体系付けられるので限界がよく分かるし、自由主義は、他者の権利を侵害しないところに限界があるので明確である。これに対し、日本は、自由主義を取りつつ、これを全体主義で修正するという汚い論理を採用した。おかげで、公共の福祉という、限界として不透明なわけの分からない概念が発生した。もうこの時点でだめである。あまりに汚すぎる。
■「空気読めよ」に対する反論「法律あんの?」
「そんなことしちゃだめよ、公共の福祉に反するから。空気読めよ」
「公共の福祉に反するという証拠は法律なわけだが、こういうことするなっていう法律はあるの?」
「ないけど」
「じゃあだめじゃん」
■日本人に鬱・自殺が多い理由=「日本では条件が一つ変われば法が変わる」
ここでいう法とは、法律のことだけでなく、広くものの考え方のこと。
日本では、たとえば、相手が誰かで法が変わる。また、同じ相手でも、居る場所や場面によって法が変わることもある。同じ親子が家に居る時と外に居る時(または三者面談で先生の前に居る時)とでは態度が違うのをみれば分かる。要するに、日本人は神経質なまでに妥当な落としどころを探ろうとする。70点で我慢するという考えがない。そのために常に精神の安定が崩されている。日本人に鬱や自殺が多いメカニズムは、簡単な話、これ。
これに対して欧米人は、精神の安定を確保するため、何事も70点で済ます。できるけどやらないという考えが定着している。そういう社会的合意がある。サクサクやる。そのため、サッパリしている。精神病も少ない。
■日本ではTPOでルールがコロコロ変わるので生きにくい
日本文化は、色々な味がしてヴァリエーションに富んでいるが、統一性や一貫性がないために、安定性が害されている。つまり、日本文化とは、「安定性を大きく犠牲にしても実を追求する文化」とまとめることができる。
■日本は文系社会、実益優先社会
日本というのは要するに日本語以上でも以下でもない、という趣旨の評論文は受験でさんざん読んだはずだが、これの意味が本当に分かるのは経験が必要。結局、日本文化はごった煮と妥協なんだよね。それだもんで、若い頃に、西洋的な論理に憧憬を覚えた人にとっては、日本は行き難いことこの上ない。日本にマッチしている普通の人には理解しがたい息苦しさがある。
■[レベル3][行政法]容姿偽装の規制等に関する法律(容姿偽装規制法)平成21年法律第79号
(目的)
第一条
この法律は、国民が過剰に容姿を装飾している昨今の異常な事態が、人に対する正しい評価を誤らせているばかりでなく、若年層の浪費を横行させ、また、人の外見の自然性を著しく侵犯していること、および、生活や職業における国民の欺瞞意識を助長するおそれがあること等にかんがみ、容姿や身支度およびその宣伝等に関するマスメディアおよび国民の責務等を定めることにより、国民の正常で健全な外見、ひいては欺瞞意識のない良好な精神性を回復させ、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。
(公正装飾委員会の設置)
第二条
1 容姿の装飾が正常な範囲であるかどうかを審査するため、各都道府県および市町村に公正装飾委員会を設置する。
2 国民は、容姿を装飾するときは、予め公正装飾委員会に届け出なければならない。
司法警察職員は、この法律に違反しているとみえる者に対して、これを呼び止め、公正装飾委員会の審査を受けるよう指導しなければならない。