現在位置:asahi.com>健康>メディカル朝日コラム> 記事 鬱になると・・・2007年03月12日 医療職はストレスフルである。実務としての職は緊張を強いられ、それ故、普段は余裕のあるはずの言動に険が加わり、人間関係に微妙な亀裂が入る。微妙な間はまだ良いが、もともと上下関係のあるところへ、業績だの、身分だの、派閥だの、嫉妬だのが加わって人間関係は複雑になる。これがさらにストレスの原因となって…。まぁ、とにかくストレスフルなんですよ。
環境がストレスフルになるとどうなるかっていうと、やはりある一定の割合で「お心の調子」を崩される方が出ていらっしゃる。まぁ、鬱なんてすべての人の10%は生涯のうちどこかで罹患するって言うし、勤務先が変更になったとたんに付き物が落ちたように全快しちゃう場合もあるわけだから、まさに「心の風邪」、よくあることでしょう。何よりも、この勤務状況、この人間関係でばりばり元気でいられるっていうほうがどうかしているんじゃないかと思うケースもある。いずれにせよ、周りの人間の状態が少し悪いな? と感じたら、できるだけそっとしておくに限る。 H先生は、最近お心の調子がよろしくないそうである。なんせご自身でカミングアウトなさったのだから間違いはなかろう。本人から直接聞いた者以外に、他の人にも広く触れ回ってほしいとまでおっしゃった。つまり「私、今鬱状態だから、余分な仕事を回したり、気を使わせないでよね。このこと、みんなにも言っておいてちょうだい」ということらしい。あまりに断定的におっしゃるので本当に鬱なのかどうか疑わしいけれど、あ、そんなこと申し上げて鬱が悪くなってもいけないので、ここはご本人がおっしゃった通り、鬱ってことでひとつよろしく。 ところが、何も今更「気を使え」と言われてなくても、周りの人間は今までだって十分H先生に気を使ってきた。何かというとかんしゃく起こすから。いい大人だというのに、子供のように両手の甲を目の位置に当てて「うえぇぇぇえ〜ん」と泣く人を私は初めて見たし、いつも誰かしらにケンカをふっかけている。普段から何事につけ心の琴線に触れやすいと言うのか(その割には人様の琴線には無頓着にバリバリ触れてくださるが)、まぁ、そういうことを含めてH先生は極めてデリケートなのかもしれない。 「私は鬱」とカミングアウトされたH先生は、同時に「鬱」という疾患について事細かに我々に講義してくださった。曰く「鬱は可逆性の疾患であり、風邪を引くようなもの。したがって、必ず改善する」「余計なプレッシャーを与えてはいけない」「日常生活上の小さな決断ができないようになる」「周りの人間は無視してはならない」はぁ…。確かに学校でも習ったことだけれども、鬱だと言っている本人に元気に講義されると、ちょっとなんだかなぁという感じ。 そんな矢先、研究会に出席した私たちはH先生含め4人、同じ電車で帰ってくることになった。微妙に気を使いながら向かい合わせの席に座る。今日の発表で、H先生はいろいろな質問を受け(それだけ注目された良い研究だったってこと)、ある場面答えに窮する時もあった。それを「私は今、鬱」のH先生がどう感じているのか、皆心配しているのだ。 この空気のほうがよほどストレスフルだと思っていたら、とうとうH先生がグスングスンと涙を浮かべだした(あ〜、感情失禁開始!)。残りの3人がそれとなく目配せする。クールなK先生は無視を決め込む。I部長は困っているだけ。ここはひとつ私がなんとか場を取り持とうと、近くまで来た車内販売のお姉さんを呼び止める。「ね、ね、H先生、デザート食べようよ。甘い物! H先生はプリンとゼリーとどっちがいい?」「……」「プリンおいしそう! でもゼリーは3種類から選べるって。ね〜、H先生どうする?」と多弁になる私。 「私は鬱だってこの前言ったじゃない! プリンとかゼリーとか、そういう小さな決断はできないって言ったでしょ!」車内中に聞こえそうな大声でH先生がおっしゃる。「じゃ、どうすれば…?」「プリンとゼリー両方よ!!」。通路側にいたI部長はすかさずお金をお支払いになり、3種類のゼリーとプリンが我々の席に残された。もちろん、お裾分けはなく、グスングスンとしゃくりあげながらH先生がすべて召し上がった。ねぇH先生、鬱の時って食欲減退しませんでしたっけ? 筆者プロフィール
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