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「クリスマス閑話休題」

「飾りつけはここでいいですか。」
天井を見上げはしごに登ってクリスマスツリーに天使を飾っているウェルに椎茸は言う。
「お、それでいいんじゃね。」
「おいしそうですね、それ。」
梯子から降り椎茸が運んでいる料理の数々を指す。
ソファに赤い布を被せていたエムが椎茸に近寄り皿の上からミートローフを一つ拝借する。
「こら、まだ食べてはいけないでしょう。」
ウェルに叱られ口に運ぼうとしていたそれを見詰めるエムに椎茸が苦笑する。
「ちょっとくれぇいいんじゃねぇの。」
「食べていい?」
「おー、いいぜ。これも食うか。」
最後に焼き上がったチョコレートケーキを料理の真ん中に置き、小さく切り取り小皿に盛り付けるとフォークと一緒にエムに差し出した。
エムの笑顔が輝く。
まったく、と呆れるウェルにも同様に差し出すとその頬がほころんだ。
はにかんだように笑うと椎茸はもう一切れケーキを切り取った。
そんな三人から少し離れUB313はそわそわと落ち着きなくドアを見詰めていた。
赤い布がかぶせられたソファに座ったり立ったり、また紙テープや星の形に折られた折り紙で飾りつけられた部屋の中をうろうろと歩き回ったりしていた。
切り取ったケーキを盛り付けた熊の絵が描かれた可愛らしい小皿を持ち椎茸がUB313に歩み寄った時だった。
「メリークリスマス。」
クラッカーの音が鳴り響き部屋の中に紙ふぶきが舞う。
赤と緑のリボンで縁取られた箱を手にしたオルカとウルフが部屋の中に入ってくる。
肩に白い雪が掛かったコートをフックに掛けウルフは椎茸を素通りし料理の方へと行ってしまう。
UB313へと笑顔で近寄るオルカに椎茸が話し掛ける。
「やっぱ来たのか。」
「うっさい、黙れ。俺はお前に会いに来たんじゃない。」
そっけない物言いにむっと眉を寄せる椎茸が持つ小皿の上に乗ったケーキに気づいたオルカがそれを指し示す。
「そのケーキ。」
「ああ俺が作ったんだぜ。ゆうのために特別に甘くてうまいのを。」
「ばーか。ゆうはあんまり甘いのは好きじゃないんだよ。」
UB313のことなら何でも知っている、と言いたげにオルカは持って来た箱を椎茸に突き出した。
それを開けると中にはアイスクリームケーキが入っていた。
「オーダーメイドで作らせたんだ。二万元もしたんだぜ。」
「てめぇこそ馬鹿じゃねぇのか。大切なのは気持ちなんだよ。買ってきた高ぇもんよか俺の作ったやつの方が愛情がこもってる。」
「何を。」
しばし睨み合う二人。
やがてお前の潰れた顔を見に来たんじゃない、とオルカが肩をすくめた事で睨み合いは終了した。
椎茸はまだオルカを睨みつけていたが。
見当たらないUB313の姿をオルカが探す。
「あれゆうは?」
「さっきまでここでそわそわしてたんだけど。どこ行ったんだ。」
二人が、料理が置かれている方へ視線を向けると同時に目を見開いていた。
そこにはソファに腰掛けたウルフの膝の上でグラスに注がれたブランデーを飲んでいるUB313の姿があった。
UB313は借りてきた猫のようにおとなしくウルフに腰を抱かれ頭を撫ぜられている。
その場で硬直する椎茸とは対照的にオルカは血相を変えてウルフに迫った。
「何飲んでんだ、ゆう!」
「はひ?」
その頬は紅潮しまぶたがとろんとしている。
呂律の回らない舌と子供っぽい仕草は明らかに酔っ払っている証拠だ。
ウルフがUB313の腰を撫で、可笑しそうにオルカを見上げる。
予想通りにオルカの口元は歪んでいく。
「ブランデーだ。俺が飲んでいるのを飲みたそうに見ていたから飲ませた。何か問題でもあるのか。」
「ゆうに触んな。」
「や。ウルフと一緒にいる。」
「こんな野獣と一緒にいたら何されるか分かったもんじゃない。こっちおいで。」
UB313の腕を掴み己の方へと引き寄せようとする。
そんなオルカを楽しげに眺めつつウルフはUB313が持つグラスをその手から取り近くのテーブルの上に置いた。
「ちょっと待て。」
連れて行こうとするオルカに抵抗するUB313の顎を掴み自分の方を向かせる。
UB313が小首を傾げた時だった。
「んむ、んんんっ。」
いきなり唇をふさがれ舌を差し込まれる。
ウルフは硬く目を瞑ったUB313を押さえ込むようにして抱き締めた。
逃げようとする暖かな舌を己のそれで絡め取り唾液を注ぎ込む。
ウルフの服を掴むUB313の指先が微かに震えている。
赤い髪の隙間に指を差し込み角度を変え更に深く口付ける。
紅潮したUB313の目じりに涙が浮かんだ。
唇を離せばウルフとUB313を銀の糸が繋ぐ。
「何してんだ、この白髪!」
ウルフがUB313の唇をその指先でなぞった事にはっとしたオルカがウルフの腕の中からUB313を奪い取りその体を抱き上げる。
「ブランデーの代金だ。キス一つなら安いものだろう。」
「安いわけあるか!」
噛み付いてくるオルカにウルフは声を押し殺して笑う。
きっと睨み付けるとウルフから離れ紅潮したUB313の顔を覗きこむ。
「飲んじゃ駄目だろ。ゆうはお酒に弱いんだから。」
「むー。」
子供のようにきょとんと見上げてくるUB313の唇を袖口で拭う。
「なぁ、消毒するか。」
椎茸がオルカの腕の中にいるUB313の顔を覗きこむ。
「消毒するー。」
「!」
オルカの腕の中から逃れ椎茸の首に腕を絡ませるとUB313がその唇を椎茸のそれに重ね合わせた。
椎茸が目を見開いて驚くと共に体温が一気に上昇した。
オルカが慌てて椎茸にしがみ付くUB313を引き剥がした。
「何やってんだよ!」
「ふえ?駄目?」
駄目に決まってるだろ、と叱りつつ二人掛けのソファにUB313をそっと降ろした。
そこでオルカは何かに気づいたように立ち上がり懐から折りたたみ式ナイフを取り出した。
「ちょっと待てよ。会場のセッティングしたのお前らだよな。もしかしてゆうに酒を飲ませて酔わせてベッドに連れ込もうなんて思ってたんじゃ。」
蛍光灯に光るナイフの切っ先を向けられ椎茸は何度も首を横に振る。
「し、知らねぇ。ブランデーとか用意してたのはそんな目的のためじゃねぇ。え、ちょっ、目がマジなんですけど!」
「言い訳するな!」
「お前まだ飲んでないじゃねぇか!やめろ、危ねぇ!」
じりじりと迫ってくるオルカと後ろ向きに逃げる椎茸をUB313はきょとんと見詰めていた。
「二人とも何で喧嘩してるの。」
ウルフやオルカの後に会場に来ていた史人が料理を小皿に取り分けながら舌打ちをしていた。
「ちっ。騒がしい連中だぜぇ。ったく。山本も何で俺様んとこに来ねぇんだ。俺様だってそれなりにイケてるってのに。」
オルカと椎茸の攻防を生温かい目で見、ウェルはソファに腰掛け角砂糖が入っている小瓶へと手を伸ばす。
「ウェル、お砂糖・・・。」
ウェルに取り分けてもらった料理を食べながらエムが紅茶に角砂糖を入れているウェルを唖然と眺めていた。
「砂糖がどうかしたのですか。」
「入れすぎ。」
そうでもないですよ、とウェルは十個目の角砂糖を紅茶の中に放り込みスプーンでかき混ぜる。
さらさらしていたはずの紅茶はどろりと濁り甘ったるい匂いがしていた。
すでに紅茶というよりは砂糖水だ。
小さなシフォンケーキを小皿に盛り付けた史人がエム達の側に来、近くのソファに腰を下ろすとケーキを口に運んだ。
「あめぇ。」
「甘くておいしいよ。」
「誰だぁ、こんなくそ甘ぇケーキ作ったの。」
「ウェルが作った。」
角砂糖でどろどろになった紅茶を飲んでいるウェルに馬鹿にするような視線を送る。
「味覚が麻痺っつーか壊死してんじゃねぇのかい。食えるかってーの、こんな豚の餌みてぇなケーキ。」
ウェルの眉が曇る。
「だいだい砂糖と塩と間違えた方がまだましだぜぇ。ありえねぇぜ、このケーキ。口んなかで砂糖がじゃりじゃりいってやがる。」
ウェルは表情を消し立ち上がるとつかつかと史人の前まで歩み寄った。
そして手に持っていた紅茶のカップをその頭上で逆さにする。
粘つく紅茶が史人の髪やタキシードを濡らした。
鼻の粘膜にからまる甘ったるい匂い。
一瞬唖然とした史人だったが状況を飲み込み怒りに顔を赤らめる。
「なっ、にしやがるこのだめがね。」
「おやすみません。手が滑ってしまいました。」
悪びれたようすもなく棒読みに謝るウェルに史人の怒りのボルテージは上がっていく。
あわあわと二人を交互に見ていたエムの目の前で史人は立ち上がりウェルをソファの上に押し倒しその胸倉を締め上げていた。
「上等じゃねぇか。どうしてくれんだい、このタキシード。償ってくれんだろぉなぁ。」
「言葉の意味が分かりかねますが。」
目を細めるウェルに怒鳴ろうとした史人の腕をエムが引っ張る。
「だめー。ウェルは俺の!」
「煩せぇ、チビ。」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ六人を遠巻きに見てウルフは今さっき来たばかりの竜山と二人楽しそうに笑い合っていた。
「クリスマスくらいからかわなくてもいいんじゃない?」
「面白いから別にいいだろう。」
「ていうかあいつら単純すぎ。」
声を押し殺し盛大に笑う。
ドアが開き騒ぎの中へ杏里や大が入ってくる。
外では真っ白な処女雪が月明かりを吸い取り輝いていた。

メリークリスマス


*本編とも番外編とも関係ありません。
12/25までの期間限定公開です。それまではフリー配布も行っています。貰って行って下さるととっても嬉しい。

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