書窓
中小企業基盤整備機構・後藤芳一氏「奇貨居くべし」
見えないものが見え、聞こえないことが聞こえることが大切だ…と後藤さん
誰かに本を薦めるという行為は簡単ではない。思いを込めて薦めても、“外す”ことがある。親しい相手だと、そのダメージが大きくなるので、なおさら慎重になる。自分自身のことでも今と1週間後で読みたい本は変わるので、人にピッタリというのは難しい。
一方、知人と本を薦め合う利点もある。広く一般に向けて推薦された本に比べると、自分をよく知っている人からのものは、それだけで意味がある。相手が何かの気持ちを持ってくれているからで、それを思いながら読むだけでも本の内容とはまた別の価値がある。
広い分野にわたって読んでいるつもりでも、知らないうちに自分の関心のある分野から選んでしまいがち。他人から薦められることで「見えていながら見えていなかった」ような本、あるいはすれ違ったままの本に出合う機会もでてくる。
一昨年の暮れ、宮城谷昌光氏の『奇貨居くべし』が送られてきた。送り主は、中小企業の後継者向けに経営を教えている公認会計士。私自身も助言を受けている。いわく、中小企業経営でまず大切なのは、会社をつぶさないこと。大きくするのは慌てなくても、いろいろ手がある。これは、船場商人の「扇子商法」にも通じる。
ところで経営のレベルには大きく3段階あるのではないかと思う。第1段階は、きっちり続ける現場のレベル、第2段階は戦略などにたけていること、第3段階は会社とは何か、長い目でどうあるべきか考えること。経済成長期は全体が伸びるので第1段階で良かった。大手であれば第2段階。一方、中小の場合、一人の経営者が経営のカジを取る期間が長いので第3段階が必要になる。
第3段階は、歴史観、流れ、哲学、勘、運が効いてくる。この領域は、傾向と対策など決まった勉強法では思うようにいかない。囲碁で言えば大局観、マージャンで言えばツキの流れをどう読み、それとどう向き合うか。技を磨くのは簡単だが、決勝点はその先にある。それには目の前で起きていることだけではなく、見えないものが見え、聞こえないことが聞こえることが大切になる。
『奇貨居くべし』にはその世界がある。主人公は国同士の争いに翻弄(ほんろう)されながらも綽々(しゃくしゃく)と立ち向かう。自分で動かせることと、そうでないこと。そうした営みに、天がほほ笑みかけることもある。そういうことを思い出しながら、送り主のお顔を思い浮かべる。
【余滴/自身も“循環”率先】
後藤氏自身が本を薦めたのは、ある組織で研修を頼まれた際。講演料分を本にして、箱に詰めて持ち込んだ。ビジネス書から小説まで、これという30冊。『奇貨居くべし』も入れた。その方法をとったのは、相手が驚きや感動の提供で有名な組織だったこともある。「先方のすごいところを習ってみた」と振り返る。研修で興味を持った人が借りて読んでいるようだ。後藤氏の本棚には送られてくる本も並ぶが、自身も“循環”を率先する。(山下裕子)
[2007年10月23日]