少し前の話だが、引っかかっていることがある。ミャンマーで銃撃されたジャーナリスト、長井健司さんについての話だ。民放のニュース番組で撃たれる瞬間の映像が流された時、コメンテーターはこう語った。
「明らかに殺すつもりで撃ってます」「軍の上からの指示ですね」
映像だけで、なぜそう言えるのか。根拠としてミャンマー軍政の冷酷さなどを挙げていたが、それは間接的な話だ。撃ったのが「殺人兵器」の兵士だとしても、彼の心理までわかるのだろうか。
わずかでも戦闘状態を経験したことのある人間なら、あんな言い方はできないはずだ。戦場では味方に撃たれて死ぬことがままあり、説明できない死も多い。
南アフリカで死んだ著名なカメラマンは、彼をエスコートしていた警官に撃たれた。警官が緊張のあまりパニックを起こし、銃を無差別乱射したためだ。コンゴ民主共和国では、ゲリラの到来を喜んだ住民がパレードをはじめ、それが暴動に変わり、外国人が何人も撲殺された。
戦場や紛争地では、あらゆることが起こる。絵に描いたような説明はわかりやすいが、99%本当のように思えても、それは推論であり、断言しないのが識者のつとめだ。
ベトナム戦争を知る作家の開高健は、戦場の現実を伝え切ることができれば、戦争はなくなるのかもしれないと語っていた。だが、どういうわけか人間にはそれができず、戦争はいつまでも続く、と。それを伝えようとしてきた長井さんの死が、単純な図式で語られる。なんという皮肉だろう。(夕刊編集部)
毎日新聞 2007年11月25日 0時11分
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