診療報酬と時間の関係は?

 医療機関の報酬は手術や検査などの医療行為ごとに細かく定められているが、「診療報酬と時間」はどのような関係にあるのだろうか。診療報酬について考えるとき、投入した医療資源(コスト)に対する報酬という側面を重視すれば、時間をかけた医療行為を高く評価する方向に傾く。一方、患者にとって良い医療の提供(医療の質)という側面を重視すると、時間と診療報酬は切り離して考えることになるのだろうか――。人工透析(4時間以上の透析の評価)と外来管理加算(説明時間に応じた評価)を審議した12月7日の中央社会保険医療協議会(中医協)基本問題小委員会(会長=土田武史・早稲田大商学部教授)を振り返りながら、診療報酬と時間について考えてみたい。(新井裕充)

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 医療費にかける予算の総枠は決まっているため、具体的な配分は診療報酬点数の増減によってなされる。
 例えば、看護師の人数が多い場合には入院基本料が高くなるなど、診療報酬の点数は人件費や設備などのコストを評価するが、政策的に医療機関の診療や患者の受療行動を誘導する面があることも指摘されている。

 一方、厚生労働省は医療行為の結果や医療の質などを診療報酬上で評価することも検討している。例えば、外科医の手術経験や症例数によって手術料に差を付ける方針を検討したが、「相関関係が現段階では結論付けられない」として次期改定での導入は見送られた。

 これに対し、「質の評価」を診療報酬に反映させる初めての試みとして厚労省は、回復期リハビリテーション病棟の診療報酬について、在宅復帰率や重症患者の入院率などを基準にして差を付ける方針を示している。しかし、具体的な評価の基準については批判もある。

 このように、診療報酬に医療の質が反映される項目もあるが、多くは政策誘導か、または医療にかかるコストを評価しているように見える。

 では、診療報酬と時間との関係についてはどうか。厚労省は、精神医療について診療時間に応じた評価を提案し、大筋で了承されている。
 この方針は、診療時間を長くかけたほうが患者にとって望ましいという「医療の質」の側面からも、診察にかかる「コスト」の側面からも説明できる。

 しかし、人工透析(4時間以上の透析の評価)と外来管理加算(説明時間に応じた評価)については、医療の質と経営効率が両立しない難しい問題が潜んでいるようだ。



■ 人工透析
 人工透析について厚労省は、長時間をかけて透析を行った方が死亡率が低下することを理由として、「4時間以上の透析」を診療報酬上で高く評価することを提案している。

 厚労省が前回(11月14日)の小委員会で提案した際、支払い側の松浦稔明委員(香川県坂出市長)が「透析時間の短縮は良いことではないのか」と繰り返し反発した。
 診療側の竹嶋委員も「現場では患者さんへの説明が難しい。極端な例だが、3時間50分を4時間5分にすることも考えられるので、患者さんに説明できる理由がないと現場は困る」と不満を表し、意見がまとまらなかったという経緯がある。

 長時間透析の評価について2度目の審議となった12月7日の小委員会で厚労省は、「透析時間と生命予後」に関する日本透析医学会の調査結果を提示。3時間30分から4時間までの透析時間と生命予後(寿命)との関係を「1」とした場合、3時間30分以下の透析は生命予後への危険性が1.862倍になり、5時間以上の透析では0.653倍とのデータを示した。



 質疑の冒頭で、松浦委員は前回の発言に対して多くの反響があったことを伝えた。「前回はこのようなデータがなかったので、『透析時間が短いのは良いことだ』と言ったが、多くのメールをいただき、面談を申し込まれて実際に会った。私はあくまでも正常な医療が行われていることを前提に発言したが、透析時間が短ければコストが減少するという理由で短時間透析が増えているのであれば、私の発言は不適切だった」と述べた。

 松浦委員は「短時間透析は施設にとって都合が良いかもしれないが、患者にとっては命を削られる思いだ」という患者から寄せられた意見を紹介し、「長時間が手厚くされれば、現在短時間の病院も長時間にするだろうという感情を患者さんが持つことはあってはならない。これを解決するのは診療報酬しかないのか。医療に携わっている人は猛省して、ここをいかに直すかも考えてほしい」と診療側の委員に訴えた。

 これに対して、鈴木満委員(日本医師会常任理事)は4時間以上の透析のほうが効果があることを指摘しつつ、「8時間労働なので、前後の準備時間などを考えると4時間透析を1日に2人できない」と答えた。

 支払い側の丸山誠委員(日経連医療改革部会部会長代理)は「時間ではなく一定の学術的な基準があるはずだ。1回の治療行為として考えれば時間の要素が入るのはおかしい。3時間透析なら1人で1日に2人できるが4時間だと1人しかできないというのは結果であって、治療行為に時間の制限を設定するのはおかしい」と述べた。

 鈴木委員は「患者さんの自己管理を尊重している。太く短く生きたいなら3時間透析。中には途中で逃げ出す患者さんもいるし、こちらで探し出す患者さんもいる」として、患者の意思に基づく医療を強調した。
 丸山委員は「患者の希望を入れたら治療行為の評価にはならない。何らかの基準値に基づいて判断すべきだ」と反論した。

 ここで土田会長が「非常に内容のある議論なので、今回は結論を出すのはやめよう。改めて取り上げたい」と議論を収めた。

■ 外来管理加算
 
処置や検査などを必要としない患者に対し、丁寧な説明をした場合などに算定できる「外来管理加算」については、「処置をしていない場合のほうが支払い額が高い」「何もしていないのに支払額が増える」など、患者にとって不都合な点が指摘されていた。

 このため、厚労省は「患者への懇切丁寧な説明や計画的な医学管理などに要する時間などの目安を設けてはどうか」と提案している。
 厚労省の調査によると、内科を中心に診察している診療所の医師1人当たりの平均診療時間が5分以上である医療機関が9割を占めていた。



 厚労省は5分以上の説明をした場合に外来管理加算を算定できるなど、説明時間に応じた評価に変えることを12月7日の同委員会で提案している。

 質疑で、鈴木委員が「時間で切るのはなかなか難しいと思う。いや、さっきは(人工透析で)時間の話をしたが…」と苦笑すると、委員からドッと笑いが起こった。

 ここで、竹嶋康弘委員(日本医師会副会長)が補足した。「先ほどの(人工透析の)議論とも関係するが、医療の在り方の問題だ。医師の診療行為が正しく行われていることを前提に“善”と考えるかどうかで違ってくる。私は、時間によって点数を区切るのは医療の本質を壊すことになると思う」と述べ、診療時間を診療報酬に反映することに反対した。

 渡辺三雄委員(日本歯科医師会常務理事)も反対した。「歯科の場合も患者によって非常に長い時間がかかる場合がある。患者によって状況が違うので、時間で診療報酬を設定すべきでない」とした。

 西澤寛俊委員(全日本病院協会会長)は平均診療時間に関する厚労省のデータが不正確であることを指摘し、「北海道では夏と冬で違う。冬は洋服を着込んでいるので、診察の準備をするまでに時間がかかる。単純に時間評価を入れるのはいろいろな面で問題がある」と述べ、鈴木委員らの意見に同調した。

 これらの診療側の意見に対して支払い側の対馬忠明委員(健康保険組合連合会専務理事)は「健保連のアンケートでも、診療時間が十分でないという患者からの不満がある」としながらも、「時間の問題は中医協でも良い解が得られないところ。何かほかに良いアイデアがあればいいが、難しいのかな」と述べた。

 そこで、厚労省保険局の原徳壽医療課長が発言。「診療報酬を時間で決めるのは単純で分かりやすいが『そぐわない』との意見も心情的に分かる。では、診療内容や治療方針を記載した説明書を出していただくか。しかし、たぶん反対意見があるだろう。そこで、私たちとしては診察現場でどういうことを評価してほしいのか、もっと具体的に提案いただければ評価を考えたい」と述べ、時間評価に代わる提案を求めた。

 ここで土田会長が「何か代替案があれば」と診療側の委員に意見を求めたが発言はなかった。そこで、土田会長は「患者さんの意向を考えると何らかの基準が必要だろう。今回はペンディングにして、改めて議論したい。時間以外の基準があったら提案してほしい」とまとめ、継続審議になった。


更新:2007/12/21   キャリアブレイン

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