◇同成分の薬…量の調整難しく、成人は適応年齢外
乱用が社会問題化していた向精神薬「リタリン」の製造販売元「ノバルティスファーマ」(東京都)は来年から、処方できる医師を登録制にするなどの流通管理を始め、適応症のナルコレプシー(睡眠障害)以外に処方されなくなる。ただ、同薬は適応外の注意欠陥多動性障害(ADHD)の治療でも使われていた。国内初の小児期のADHD治療薬として、リタリンと同成分の「コンサータ」が19日に発売されたが、量の調整が難しいことなどを不安視する声もある。【反橋希美】
■「落ち着き」実感
関東地方に住む小4男児(9)は小1でADHDと診断され、リタリンを飲み始めた。それまでそわそわ動いて授業に集中できなかったが、落ち着いて座っていられるようになったという。母(39)は「一時期、周囲から怒られ過ぎて精神不安定だったが、薬を飲んで初めて、落ち着くとはどんな状態か分かったようだ。成功体験を積むためにも今は薬が必要」と訴える。
国立精神・神経センター国府台(こうのだい)病院の斉藤万比古(かずひこ)・児童精神科医は「欧米ではADHDの子どもの約70%に有効ともいわれ、使用経験からも同様の手応えがある。障害が原因で学校で孤立するなど、子どもが精神的に生きる場を失うほどの2次障害がある時は、薬物療法を行ってみるべきだと思う」と話す。
■選択肢なく困惑
製薬会社「ヤンセンファーマ」(東京都)が販売するコンサータも、リタリンと同等の流通管理策が取られている。両剤の成分は同じだが、リタリンは散剤と割って使える錠剤(10ミリグラム)があり3~4時間で効果が切れるのに対し、コンサータは徐々に薬剤が放出されるため効果が約12時間続く。だが錠剤(18、27ミリグラム)が割って使えず、量の調整が難しい。
前述の小4男児は、同社が実施したコンサータの治験に参加。リタリンを朝と昼5ミリグラムずつ飲んでいたが、治験中はコンサータ18ミリグラムを朝1錠服用した。母は「量が多いのか、食欲が落ちて給食を食べにくかったようだ。コンサータ承認は朗報だが、他に選択肢がないのは不安」と話す。
小児科医の榊原(さかきはら)洋一・お茶の水女子大教授は「薬物療法は慎重に効果を確かめながら行う。リタリンは朝飲むと昼に効果が切れるので、教師が効能を判断できるが、コンサータは難しい。年齢や障害で錠剤が飲めない子もいる」と指摘。「臨床的に安全で有効な薬が打ち切られてしまった」と批判する。
一方で、安易に薬物療法が行われているとの指摘もある。「林試(りんし)の森クリニック」(東京都目黒区)の石川憲彦(のりひこ)院長は「薬でごまかすのではなく、まず多様な個性が尊重される学校や社会づくりが議論されるべきだ。リタリンは副作用も多く、生活や生存に必要不可欠な時しか処方すべきではない」と話す。
■新薬は治験段階
ADHDと診断され、リタリンを服用していた成人も混乱している。コンサータの適応年齢は原則18歳未満。現在、非中枢神経刺激薬のアトモキセチンが成人のADHD適応症取得のため治験が行われているが、認可までは飲める薬がない。
斉藤医師は「成人のADHDは診断自体が難しい上に、子どもより依存や乱用に陥りやすいので慎重に処方すべきだ。ただ、一定数の必要とする人がいるのは確かで、全く使えないのは問題だ」と話す。
ADHDの人や家族を支援するNPO法人「えじそんくらぶ」(埼玉県入間市)は17日、ヤンセンファーマにコンサータの適応年齢拡大と、少量の錠剤開発などを要望。同社は適応年齢拡大について「市販から1年、適切な処方・流通が行われているか確認して臨床開発するか判断する」、錠剤開発については「技術的に可能か分からないが、早々に検討したい」としている。
◇塩酸メチルフェニデート、服用で死亡例も
リタリンの成分である塩酸メチルフェニデートは中枢神経刺激剤の一種で、一時的にADHD特有の多動性や衝動性などを抑え、注意力を高める効果がある。
厚生労働省の研究班が04年、ADHDの子どもに対する治療について、1987人の医師を対象に実施した調査(有効回答700人)では「薬物療法を行わない」と答えたのは7%。併存障害のないADHDへの第1選択薬に、薬物療法を行う医師の96%がリタリンと答え、投与中に依存・乱用を生じた症例を経験した医師は2・8%だった。
一方、米国では食品医薬品局(FDA)の薬物安全リスク管理諮問委員会が、塩酸メチルフェニデートで99~03年の5年間に服用者25人の死亡例があったとして、服用で突然死などの危険が増す可能性があるとの警告を添付すべきだと勧告した。
厚労省研究班が作成した診断治療ガイドラインは、薬物療法を「行動を統制するスキル(能力)を身につけ、協調性を学ぶ手助けをする一手段」と位置づけ▽投与は重度以上が望ましい▽中学卒業以降の新規処方は極めて慎重であるべきだ--などとしている。
==============
◇コンサータの処方
処方できる医師の登録条件は<1>日本小児科学会など関連学会の専門医<2>ADHDの診断治療に精通し(1)の医師の推薦を2人以上から受けている--などがある。他にも、処方する医師と薬剤師には、ADHDや薬物乱用に関する講習受講が義務づけられている。
毎日新聞 2007年12月21日 東京朝刊