福田政権で初の予算編成となる08年度一般会計予算財務省原案は、次期衆院選を意識した政治的な歳出圧力に配慮しながらも「霞が関埋蔵金」と呼ばれる特別会計の剰余金などを活用して新規国債発行を4年連続で削減するなど、なんとか財政健全化路線を維持した。しかし、教職員の定数増など政府の既定路線に反する妥協も目立つ。景気の減速懸念で税収の大幅増が見込めない中、市場では「財政再建に向けた動きは一歩後退した」との見方も出ている。【須佐美玲子】
◇新規国債は減少 税収増、剰余金頼みが実態
教職員の定数は、文部科学省が7121人の増員を求め、国と地方合わせて総額504億円を要求。国の経済財政運営の基本方針「骨太の方針06」は「(07年度から)5年間で1万人程度の純減」を打ち出していたため、財務省は抵抗した。
しかし、与党や教育現場からの増員圧力は強く、純増を1000人規模にとどめ、教員OBや社会人を非常勤雇用することを条件に増員を受け入れた。文科省は08年度だけでなく、3年間で2万1362人の増員を求めており、09年度予算でも同様の攻防が繰り返されそうだ。
また、医師の技術料にあたる診療報酬本体をめぐっても、財務省は診療報酬の引き下げを求めたが、日本医師会や与党の反発を受け、国庫負担は304億円増えることになった。
防衛関係費で在日米軍駐留経費負担(思いやり予算)を約90億円削減するなど、歳出削減の努力もうかがえる。額賀福志郎財務相は記者会見で「財政健全化に向けた強い姿勢を内外に示すことができた」と胸を張った。
しかし、みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは「与党からの歳出増圧力に財務省は抗し切れなかった。特別会計の剰余金を繰り入れなければ、国債発行額は増えた計算になった」と、改革後退色の強まりを指摘している。
◇財政投融資は14兆円下回る--9年連続減
財務省が20日発表した08年度の財政投融資計画は、07年度比2・1%減の13兆8689億円となり、9年連続で減少した。14兆円を下回るのは31年ぶり。ピーク時の96年度(40兆5337億円)の3分の1の水準までスリム化が進んだ。ただ、地方に配慮し地方自治体への融資の減額幅を前年度より圧縮したことなどから、財投計画の減少率は規模縮小が始まった97年度以降で最も小幅になった。
全体の規模は縮小したが、成長力強化や地域活性化などで新規融資案件を盛り込んだ。レアメタル(希少金属)の安定供給確保に向けた民間の事業活動支援に100億円、高性能小型ジェット機開発に50億円、「地域力再生機構」の創設に100億円など。奨学金の貸与人数増や羽田空港の再拡張にも対応する。
自治体向けは07年度に大幅減少したが、08年度は前年度比1・2%減にまで減額幅を抑えた。【岩崎誠】
◇3年ぶり交付税増、地域再生効果は限定的
自治体が増額を強く要望していた地方交付税は、今年度より2000億円増の15兆4000億円と3年ぶりの増額で決着した。国が元利償還を支援する自治体の借金「臨時財政対策債」を含めた実質的な交付税は4000億円増の18兆2400億円となり、5年ぶりの増額となった。
交付税は2年連続で減らされ、07年度はピークの00年度との比較で約3割減。自治体側には小泉内閣時代の「三位一体の改革」で交付税が減額されたことに不満が強く、7月の参院選に大敗した自民党でも、次期衆院選を意識して増額を求める声が高まっていた。
増額決定を受け増田寛也総務相は「傾向を変えることができた」と自賛したが、00年度比では、なお6兆円少ない。財政力の弱い自治体に重点配分する新設特別枠には4000億円が計上されたが、人口10万人規模の市で2億円程度の配分にとどまり、地域再生効果は限定的だ。増額分をひねり出すため、08年度に予定していた交付税特別会計の借金返済(1兆2300億円)を先送りしたことも、財政規律をゆがめる恐れがある。【七井辰男】
◇診療報酬上げ 財源、無理なやりくり 健保の国庫負担つけ回し
医師不足対策などが叫ばれる中、08年度の社会保障費は医療費が大きな焦点となった。
診療報酬のうち医師の技術料などにあたる「本体部分」こそ8年ぶりのプラス改定となる0・38%(304億円)増で決着したものの、社会保障費の総額を2200億円圧縮する方針は例年通り。「本体」を増やす財源を捻出(ねんしゅつ)するため、厚生労働省はかつてない無理なやりくりを迫られた。
その最たるものは、中小企業の会社員が加入する政府管掌健康保険の国庫負担を1000億円削り、不足分を大企業の健康保険組合などに肩代わりさせる案だ。08年度は医療費の削減につながる大きな制度改革の予定がなく、財源の工面に焦った厚労省は肩代わり案を強行しようとした。
しかし、根拠の薄い負担を求められた健保組合側が猛反発し、当面は08年度限りとする案で落ち着いた。09年度予算編成時にも、肩代わり策をめぐって政府・与党が大揺れとなるのは確実。舛添要一厚労相は今後をにらみ「(社会保障費)圧縮路線の抜本的見直しが必要」と言い始めている。【吉田啓志】
◇道路財源、一般財源化尻すぼみ 暫定税率扱い、与野党対決へ
揮発油(ガソリン)税などを道路整備に充てる道路特定財源の一般財源化は昨年末、安倍政権下で閣議決定されたが、7月の参院選惨敗を受けた自民党道路族などの巻き返しで尻すぼみとなった。
08年度に見込まれる道路特定財源の国税収入分は、前年度より710億円少ない3兆3366億円。このうち一般財源に回るのは1927億円で、地球温暖化対策などに充てる。07年度にも1806億円が一般財源化されたが、それを辛うじて上回る水準だ。
一般財源化が限定的なものとなったのは、国土交通省が11月にまとめた「道路の中期計画」素案で、08年度以降10年間の「真に必要な道路整備」に65兆円がかかるとの試算が示されたためだ。その後、59兆円に減額で決着したものの、一般財源に回るのは税収からそれを差し引いた後の「余剰分」に過ぎない。
火種が残るのは揮発油税などを本来の税率以上に引き上げている暫定税率。5年ごとに延長されてきたが、政府・与党は17年度まで10年間の延長を決定。民主党は暫定税率の廃止または引き下げを主張しており、08年3~4月の期限切れに向け、与野党が厳しく対立する構図になっている。【辻本貴洋】
◆主な歳出項目
◇道路・交通
道路整備は3.0%減の2兆185億円。3大都市圏環状道路は1.8%増の2053億円。整備新幹線は同額の706億円。空港整備は5.7%減の1536億円
◇住宅
住宅対策は4.4%減の6547億円。長期間住める「200年住宅」の促進策を新設、130億円を計上。耐震改修も24.5%増の170億円
◇防衛
在日米軍駐留経費負担は2083億円で90億円を削減。ミサイル防衛関連は、6%減の1714億円。在日米軍再編関連は関係市町村への交付金など191億円
◇ODA
地球温暖化問題で安倍前政権が途上国向けに提唱した新資金メカニズムを視野に入れた無償資金協力「環境プログラム無償」を新設し15億円を計上
◇医療
産科医の確保に12億5000万円。医師不足地域での研修支援に9億1000万円。医師交代勤務の導入促進など勤務医負担軽減に4億8000万円
◇福祉
肝炎患者のインターフェロン医療費助成に207億円。障害者自立支援の特別対策に100億円。原爆被害者への援護事業に1535億9000万円
◇子育て
保育所運営費負担金に3276億3000万円。事業所内託児所の増加に41億円。母子自立支援プログラム策定など母子家庭対策事業に23億1000万円
◇教育
教員OBら7000人の外部人材活用事業に29億円。小中学校でソーシャルワーカーを活用するモデル事業に15億円。学校支援地域本部創設に50億円を計上
◇雇用
若年者などの職業能力の育成を支援するジョブ・カードに24億9000万円、ニート支援の地域若者サポートステーション拡充13億5000万円
◇科学技術
0.6%増の1兆3561億円を確保。次世代スーパーコンピューター(68億円増の145億円)など「国家基幹技術」に重点配分。脳科学研究に新規で17億円
◇環境
家電などの省エネ製品買い替えPRに3億円。「1人1日1キログラムCO2削減」などの国民運動に30億円。水俣病未認定患者の新救済策として10億円を計上
◇地方
地方交付税は与党や自治体の要望で1.3%増の15兆4000億円と3年ぶりの増額。特別枠を新設し、計4000億円を財政力の弱い自治体に配分する
◇治安・防災
北海道洞爺湖サミット警戒警備経費を含むテロ対策強化に224億円。大規模災害時に他県から派遣される緊急消防援助隊の施設整備費に50億円
毎日新聞 2007年12月20日 東京夕刊