医療崩壊元年、プラス改定にも危機感

 医師不足から診療科の閉鎖に追い込まれる病院が相次ぐなど“医療崩壊”がクローズアップされる中、2008年4月に実施される診療報酬改定では、本体部分を引き上げることが決まった。年明けからは具体的に医療のどの部分を評価するかの点数配分をめぐる議論がスタートするが、中小病院の間には「プラス改定」に対する期待感は少ない。8年ぶりの「プラス改定」。中小病院の受け止め方は? 関係者の声を拾った。(兼松昭夫)

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■入院基本料の見直し、方向性見えず
 「メッセージが伝わってこない。実際にどんな形になるのか、すごく不気味だ」

 病院の経営改善指導などを手がける「ASK梓診療報酬研究所」の中林梓(あずさ)所長は、急性期病院などが算定する一般病棟入院基本料の仕組みが来年4月の診療報酬改定でどのように変わるかに注目している。
 入院医療を評価する入院基本料の扱いが変われば、多くの病院に影響が及ぶ。変更の内容次第では、苦境に追い込まれる中小病院が増えかねないからだ。

 一般病棟入院基本料は、看護師の配置状況や平均在院日数(入院期間)の長さによって診療報酬に差をつける仕組みだ。

 厚労省は次の改定で、このうち報酬が最も高くなる「7対1入院基本料」(患者7人に看護師1人を配置)の算定を、一定の条件を満たす病院に絞り込む方針を示している。具体的には、「看護必要度の高い重症患者が一定以上いる」ことが求められるほか、医師の配置に関する要件も新しく組み込まれる見通しだ。
 見直しは、この点数の算定を医療必要度の高い病院に限定することで、社会問題化している看護師不足に歯止めをかけるのが狙いだ。

 これによって、大学病院などの超急性期病院に比べ、中小病院が「7対1」を算定することは難しくなるのは避けられそうにない。そのため中小病院にとっては、「7対1」以外の部分が関心事になる。

 厚労省はこれまで、「7対1」の次に報酬が高く、中小病院も比較的算定しやすい「10対1入院基本料」(患者10人に看護師1人を配置)の加算を充実する方向を示している。
 ただ、これ以外の方向性はほとんど示されていないため、中小病院では対策のとりようがないのが実情だ。

 中林さんは「(長期入院を評価する)療養病棟入院基本料については方向性が示されているが、一般病棟入院基本料は分からないことだらけ。例えば13対1や15対1は来年以降も存続できるのか。点数配分はどうなるのか」と危ぐしている。

 入院患者の在院日数を短くする仕組みがこれまでより強化される可能性も高い。柳澤伯夫・前厚生労働大臣が5月に公表した「医療・介護効率化プログラム」で、平均在院日数を15年度までに半減させることが目標に掲げられたからだ。

 病院からすると、在院日数を短くすれば空き病床の増加につながりかねない。
 新規の入院をコンスタントに獲得できなければ死活問題になる。このため、「場合によっては病床を減らすほかない」と危機感を強める関係者もいる。

■中小病院にとっては実質マイナス改定?
 8年ぶりの「プラス改定」とは言え、中小病院の受け止め方は決して明るくない。それどころか「国は中小病院を閉院に追い込みたいだけなのでは」という悲観論すら飛び出す。

 「引き上げといっても0.38%では…」

 東京都内のA病院(一般265床)の医事課長は、本体部分のプラス改定にまったく期待していない。医療財源として約300億円が確保されたとは言え、病院や診療所などにこの金額を分配することを考えれば、全体に行き渡るとは限らない。

 「ICUなど大病院に関連する部分だけが評価されたのでは中小病院は持たない。例えば入院基本料の点数引き上げを検討してほしい」

 都内のB病院(一般82床)の事務長も「点数が行くのは“超”が付く大規模急性期病院ぐらいだろう。中小病院は実質マイナス改定を覚悟した方がいい」と冷めた見方だ。

 脳性まひなど重度障害者の受け皿となる障害者病棟を運営する福岡県内のC病院(199床)の事務担当者も、プラス0.38%という本体部分の改定率について、「マイナスよりましという程度」とそっけない。

 C病院ではいま、障害者病棟の見直しの行方に注目している。これまで同病棟で受け入れてきた脳卒中などの患者を次の改定で対象から除外する方向が示されている。
 対象から外れる患者が多いほど経営へのダメージは大きくなるため、「この病棟を持つ全国の病院が注目しているはずだ」。

 今後は障害者病棟をダウンサイジングし、将来的に介護保険施設に転換させる選択肢も視野に入れている。しかし現時点では、具体的な点数設定など不透明な部分が多い。財政面での負担増を嫌う自治体が施設の新規開設を認可したがらないという情報もあり、なかなか踏み切れずにいる。

■ことしは“医療崩壊元年”
 地域の中での役割を明確に位置付けようと模索する病院もある。
 前出のB病院(都内、一般82床)の事務長は、大学病院などの急性期病院がすくいきれない高齢者の容体急変への対応が、中小病院の重要な生き残り策のひとつになるとみている。
 「超急性期病院ではなく、中小病院にしか対応できないニーズがあるはず」

 それでも不安はつきまとう。「先のことが分からない。国は中小病院にどのような役割を担わせたいのか。制度がころころ変わるので、数年先の事業計画すら立てられない」

 医師不足により一部の診療科の閉鎖に追い込まれるケースが相次ぐなど、病院医療の崩壊が大きくクローズアップされた2007年。来年4月の診療報酬改定では本体部分の改定率引き上げが決まったにもかかわらず、中小病院の危機感は拭いきれない。

 病院医療の窮状を憂えるのは中小病院だけではない。全国的に知られるある超急性期病院の経営者は話す。「2007年は“医療崩壊元年”。何年かして振り返るとそれが分かるだろう」


更新:2007/12/20   キャリアブレイン

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