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□ 講談社 現代新書カフェ〜015〜
□ 2007年12月18日
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‖ 〜〜 メニュー 〜〜
‖ 《1》新書12月新刊4点です!
‖ 《2》★連載企画★
‖ 1)『丹後ミツルの妄想気分 第9回』香山リカ
‖ 2)『世界のことばアイウエオ〔28,29〕』黒田龍之助
‖ 3)『おっさん、裁判員制度を考える 第2回』北尾トロ
‖
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現代新書カフェにようこそ。
今年最後のカフェです。
現代新書は書籍シリーズですが、
雑誌のように発売日が決まっているので、
「年末進行」というものがあります。
年末年始休みの分、1月新刊のスケジュールが通常月より1週間ほど
前倒しになるわけです。
「休み中に現代新書を!」というわけで、
年末進行で慌ただしい現場よりお届けします。
ちょっと早めですが、今年1年ありがとうございました。
良いお年をお迎えください。
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◆ 《1》新書12月新刊4点です!◆
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◇1919『国家・個人・宗教〜近現代日本の精神』稲垣久和 定価756円
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2879190
【担当者挨拶】
戦後、日本の知識人が意識的にせよ無意識にせよ避けてきた重大なテーマが
あります。
それが宗教の問題です。
明治半ば以降、終戦にいたるまでの五十数年間、主権者(天皇)がまた神で
もあるという非常に特異な「国家神道」の時代が続きました。その間、個人の
内面における信教の自由は保障されたものの、国家神道と少しでも対立する信
教は容赦なく弾圧されました。
その反動か、戦後、宗教の自由が謳われるようになっても、宗教について、
きちんとアカデミックの場、公共の場で、議論はなされてこなかったのです。
しかし宗教は本当に必要ないのか、なぜ必要ないものを世界中の人が信じて
いるのか、そして宗教を忌避し続けてきた戦後日本で起こっていることは?
著者は、個人の精神的な成長に、宗教がきわめて大きな役割を果たしてきた
ことを事例を通して説明するとともに、“宗教なき現代日本”で起こっている
新興宗教、愛国心、そして昨今のスピリチュアル・ブームといったさまざまな
問題を、“未成熟な「私」”がもたらしている現象だと鋭く指摘します。
本当の意味で私たち日本人が「自立する個人」になれるのかどうか、著者が
提起している問題は非常に今日的で重要なものです。 (TH)
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◇1920『ニッポンの大学』小林哲夫 定価777円
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2879204
【担当者挨拶】
イギリスの「タイムズ」の大学ランキングを見るたびに、「日本の大学って
全然いけてないんだ」と素直に信じ込んでいたのですが、実はとてもいい加減
な調査方法であったと冒頭で知り、びっくり。
その他、入試倍率、偏差値の虚像が暴かれたかと思ったら、女性誌やグラビ
ア登場回数の多い大学から、就職率、有名作家輩出校の話とか、などなどなど。
まさにジェットコースターのような展開でいっきに読めます。
1時間でニッポンの大学の今、がわかってしまう本書、ヒットの予感ありで
す。 (MT)
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◇1921『モテたい理由』赤坂真理 定価756円
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2879212
【担当者挨拶】
いま女性ファッション誌を開くと、そこには「モテ」があふれています。モ
テ服にモテメイク、モテ子……。端的に言えば「モテ」とは「出し抜く」とい
うことですが、そのために壮絶な神経戦が展開されているのです。
いったいどうしてこんなことになったのでしょう? それでいったい誰が幸
せになるの? 女性誌ウォッチャーである作家・赤坂真理さんが、混迷する男
女の今をグイグイえぐります。
もしあなたが男性なら、女性が何を望み、どのように世界をとらえているか
を知って、きっと驚かれることでしょう(男である私・編集担当は驚愕しまし
た)。もしあなたが女性なら、男という生き物が昔からびっくりするほど変わ
らないことを知るでしょう。女性誌が振りまく「モテ戦略」がいかに男を置き
去りにしたものかも、よくわかります。
読み終えると、女も男もそんなに無理しなくていいのに……と少し気が楽に
なります。真の男女相互理解のために必読の一冊です。 (KH)
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◇1922『発達障害の子どもたち』杉山登志郎 定価756円
http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2800403
【担当者挨拶】
小学生のころ、先生の話に集中することが苦手でした。じっと座っていられ
ない性格で、いまの時代なら間違いなく「多動児」のレッテルを貼られていた
と思います(社会人になれたことを、母はいまだに「信じられない」と漏らし
ます)。
言葉が幼い、落ち着きがないといった「育ちの遅い」子どもはいまも多く見
られますが、そのうちどのレベルだと「特別支援クラス(むかしの特殊学級)」
なのか、どう治るのか、まだまだ理解されていないままです。親や教師はもち
ろん、スクールカウンセラーのような専門家でさえ、児童の不具合がアスペル
ガーなのか多動なのか学習障害なのか、ちゃんと区別できていないのです。
でも大丈夫。きちんと対応すれば障害は軽減します。30年にわたって数多
くの発達障害児と向き合ってきた第一人者が、豊富な具体例をもとに、やさし
く解説する一冊です。 (H.O.)
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◆ 《2》連載企画 ◆
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◇1)『丹後ミツルの妄想気分 −第9回−』 香山リカ ◇
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秋。もう秋だ。しかも秋はかなり深い。
伊河谷病院の門から玄関まで続く味気ないアスファルトのアプローチにも、
どこかから飛んできた落ち葉が舞っている。それを見ながらミツルは秋を感じ、
そしてアスファルトの上の落ち葉にしか秋を感じられない自分を悲しく思っ
た。
着任したときは異常さばかりが目についた伊河谷病院だったが、気がついて
みると半年以上もの時間が経った。今ではミツルは伊河谷病院にすっかり溶け
込み、ムンクのような顔をして下足番をしている患者にも「よっ、おはよう」
と軽い調子であいさつをするようになっていた。
しかし、病院の雰囲気にはなじんだとはいえ、ミツルの中ではいくつか解決
がついていない問題があった。
まず、仕事のこと。第二病棟の患者たちとの定期外出は順調に回を重ね、す
でにのべ70人以上の人たちが、“20年ぶりの社会”の空気を吸っていた。チ
エちゃんなど最初に出かけたグループの中には、2回目、3回目の外出を経験
している人もいた。
ところが、この中からまだ退院者は出ていない。ミツルから見ると、チエち
ゃんをはじめとして「到底、ひとり暮らしはむずかしいだろう」という人ほど、
「先生、やっぱり“社会”はいいねえ。私、アパートでも借りて暮らそうかな」
と退院に対して積極的、という傾向があった。一方、この人こそがんばれば自
立も可能では、と思う人は、逆に「退院? 今さらそう言われてもねえ」と消
極的だった。そういう人たちは現実を見きわめる力、精神医学で「現実検討能
力」と呼ばれるものが高いため、社会の厳しさもよく知っているのだろう。
中には、「先生! 出て行け、なんて無責任なことは言わないでよ。私は25
でこの病院に来て、もう60に近いんだよ。放り出されてどうやって生きてく
んだ。困るよ」と怒り出すユキエさんのような人もいた。このユキエさんなど
は病状もそれほど重くないのに、どうして体力も意欲もある40代や50代のと
きに退院を考えてあげなかったのか。ミツルは、患者たちに一律に「一生いな
さい」と言った前の院長を恨めしく思ったが、「あなたは40のときなら退院で
きたかもしれないのにね」などと言うのも残酷に思い、口をつぐんだ。
退院の可能性がないのだとしたら、結局のところ定期外出も単なる“気晴ら
し”ということになってしまう。それはそれでよいのかもしれないが、ミツル
は一抹のむなしさを感じていた。
それから、さらにむなしいのはプライベートのほうだ。デパートで妻同伴の
姿を見かけて以来、上原チアキとは会っていなかった。電話はたまにかかって
くるが、「ちょっといま忙しくて」などと言って切っている。精神医学のAB
Cを教えてくれた先輩ということもあり、「もう二度とかけてこないで」と強
いことを言う勇気はミツルにはなかった。
チエちゃんの息子、ケンちゃんとも、相変わらず「母の主治医」を越えた関
係にまではなれていない。ケンちゃんはミツルの計画した患者の定期外出には
非常に協力的で、時間があるときはワンボックスカーを出して送り迎えまでし
てくれる。それも、母親がグループに含まれていないときもだ。それを知った
事務長の銀髪鬼は「患者さんの家族に協力を頼んで、もし事故でも起きたら責
任はどうなるんだ」と渋い顔をしたが、「じゃあ、病院の車を出してもらえま
すか。そうだ、前の院長が使っていた黒塗りのロールスロイスがいいかな」と
言うと、黙ってしまった。
ケンちゃんの車で定期外出に出かけるときは、もちろんミツルも同乗するの
で、今が接近のチャンスといろいろ話しかけてみる。ケンちゃんは笑顔でそれ
に答えてはくれるのだが、さすがに患者の前で「また食事でも」とは言い出せ
ない。手紙でもわたしてみようかな、とも思うのだが、それも中学生のようで
気がひける。それに、運転しているときや買い物の付き添いのとき、ケンちゃ
んはミツルとだけではなく、ほかの患者たちとも話をしようと気をつかってい
るようだった。医療者でもないケンちゃんがそこまでしてくれているのに、自
分が下心丸出しでケンちゃんを独占というわけにはいかなかった。
そして、ミツルの心をさらに悩ませているのが、院長の周一の熱烈なアプロ
ーチだった。断っても断っても誘ってくる周一に音を上げ、「一応、経営者な
のだからあまり断り続けるのも悪いか。まあ一度、食事でもすれば気がすむだ
ろう」と思ったのが間違いだった。「この町にこんなレストランが」と目を疑
うようなゴージャスなレストランの個室で最上級の食事をしながら、周一はい
きなりミツルに小さな包みをわたしたのだ。
「あの、これはなんでしょう」
「い、いや。ちょっとした気持ちだから。うん、気持ち」
「先生、お食事はありがたいのですが、プレゼントはいただけません」
「そんなこと言わないでよ。ミ、ミツル……」
いきなりミツルを呼び捨てにした周一は、自分の席を立ってミツルに近づい
てきた。「襲われる!」と思わず身を硬くして目をつぶったのだが、いっこう
に肩や腕がつかまれる気配はない。恐る恐る目を開いたミツルの目に映ったの
は、ミツルの足元にひれ伏している周一の姿だった。
「ミ、ミツル……。キミは女神だ。美の化身だ……」
それ以上は何を言っているのかわからなかったが、何かを足元でブツブツ言
い続ける周一の不気味さに耐え切れなくなった。
「すみません、先生、私、忘れてました。病棟で点滴しなきゃならない患者さ
んがいたんです。今日はごちそうさまでした!」
「ちょ、ちょっと待って、ミ、ミツル。だってキミだって恋人がほしい、って
言うから……」
周一の言葉を最後まで聞かずに、ミツルは個室を飛び出して帰ってきた。
――あの包み、やっぱり指輪か何かだったんだろうか。もしかすると、プロ
ポーズ?
思い出すたびにぞっとする。そして、あのプレゼント以上に気になるのは、
周一の「キミだって恋人がほしい、って言うから」という不気味な言葉だ。い
ったい何を勘違いしているのだろう。
周一は医者には向いていないというだけで、悪い人ではないかもしれないが、
自分とは何かが違いすぎる。「不倫でボロボロのおまえには、男を選ぶ権利な
んかないんだ」という天の声が聞こえてきそうだが、それでもこの男じゃない
だろう、と思う。
しかし、その後も周一はこりずにミツルの自宅に電話をかけてきたり手紙を
送ってきたりする。手紙といってもリルケだかハイネだかの詩のコピーと、「ま
た食事に」といった短い誘いの言葉が書いてあるだけなのだが、疲れきって帰
宅してポストにそれが入っている日は、重い足が何倍にも重くなるのをミツル
は感じた。
不倫は破綻、本当に好きな人とは進展がなく、思ってもいない相手からしつ
こくつきまとわれる。よくある話なのかもしれないが、ミツルは我が身の男運
のなさをつくづく情けなく思った。
医局の研修医時代をすごした大学には、ときどき研究会などに参加しに足を
向けていたのだが、最近は遠ざかりがちになっていた。上原と顔を合わせたく
ない、というのもあったのだが、それ以上に、大学病院で行われている高度な
医療と伊河谷病院の医療とのあいだにはあまりにギャップがあり、研究会で語
られることがなんだか絵空事にしか感じられなくなってきたからだ。
あるときの研究会では、ずっと大学病院に所属している3年ほど年長の先輩
が、「統合失調症の新しいリハビリ」について熱く語っていた。
「彼らの認知のシステムに直接的に働きかけるような方法が望まれますよ。ほ
ら、ここに20例の患者から取った慢性期の事象関連電位のデータがあります。
それからこっちは最新のMRI画像。これを見ても、これまで言われていた前
頭葉よりも、むしろ大脳辺縁系の活動に問題が見られることが明らかでしょう。
だから、従来のような集団で何かやるリハビリではなくて、あくまで個人の認
知機能に合わせた個別プログラムのリハビリじゃなければ意味はないんです
よ」
ほかの参加者も、「ほう」と驚いたり「そうそう」とうなずいたりしていた。
しかし、ミツルには「あ、そう。それで?」としか思えない。たしかに理想的
には先輩の言うとおりかもしれないが、受け持ち患者は200人などという今
の状況では、とても個別プログラムなんて組めるわけはない。大学病院は浮世
離れした理想郷なんだ、私はもうそこを出てしまったし、きっともうここには
戻らないんだ、とミツルは強く感じていた。
こうして大学病院からも足が遠のきつつあった頃、医局の同期であった妙子
から電話がかかってきた。
「ミツルちゃん? 私。山中です」
「あ、妙ちゃん。久しぶり。どう、そっちは?」
「うーん、やっぱり田舎だしね。伊河谷は、大学から近くてうらやましいな」
「いやいや、近くたって全然、違うよ。社会とは。い、いや、大学と市中病院
じゃ」
思わず伊河谷用語を使ってしまい、ミツルはあわてて訂正した。妙子は、大
学病院がある町からは車で3時間以上かかる地方都市の病院に赴任したのだ。
「ミツルちゃんは来年、どうするの? まだしばらく伊河谷?」
妙子は、ミツルに来年の去就について尋ねてきた。たしかにそういう季節な
のだ。大学病院から外の病院に赴任するよう命じられた場合、もし「次の年は
別の病院で」と望むならそろそろ大学に希望を出さなければならない。大学病
院、もっと言えばそこの教授の命令は絶対的なのでほとんど自分の意思は通じ
ないのだが、どうしても勤務先を変更したい場合は、数ヵ月にも及ぶ交渉が必
要になるからだ。
「来年かあ。まだ全然、考えてなかったな。毎日の仕事に追われちゃってさ。
これじゃいけないんだけど、もう先のことなんてわからないよ。妙ちゃんは?」
「私? あのね、私、実は……」
それから30分にわたって妙子が話したことを要約すると、妙子は着任した
病院の御曹司に見初められ、来年、結婚することになった、ということなのだ。
「披露宴はそっちでやるの。来年の2月なんだけど、ミツルちゃんも来てね」
同期で女性はふたりだけ、ということもあり、医局時代、妙子とはけっこう
仲良くしていた。伊河谷病院の仕事に追われてしばらく連絡を怠っていたが、
妙子からの電話に、「そうだ、定期外出の問題、妙ちゃんに相談してみればよ
かったんだ!」とミツルはすっかり話す態勢に入っていたところだった。それ
なのに、電話の用件は婚約の報告だったとは……。
「そうか。え、結婚したらしばらく精神科医はやめる? そうなんだ……奥さ
ま業に専念する、ってわけね。優雅だなあ、私とは全然、違う生活になっちゃ
うんだ。差がつくなあ、なんだかうらやましい」
妙子の結婚はそれほどのショックでもなかったが、あちらはマダム、こちら
は相変わらず患者連れで定期外出、と生活にあまりの格差がついてしまうこと
を思うと、ミツルは自分がなんだか惨めなように感じられた。しかし、それに
続く妙子の言葉は、「同期が婚約」 ということの何倍ものショックをミツル
に与えるものだった。
「そんなことないよ、ミツルちゃんだってほら、そうしようと思えばできるじ
ゃない。私なんかよりもっとゴージャスな生活だって……」
「え、ゴージャスな生活ってどういうこと? 私、いまつき合ってる彼氏もい
ないし」
「またまた。上原先生から聞いたぞ。ミツルちゃん、伊河谷病院のいまの院長
とアツアツだって。伊河谷なんて、私の彼の病院より何倍も大きいじゃない。
長者番付の上位でしょう、毎年。うらやましいのは、こっちだよ」
ミツルは、自分の耳を疑った。上原がなぜ、周一とのありもしない噂を妙子
に告げたのだろう。もちろん、妙子は自分と上原との不倫には気づいていなか
ったはずだ。冷静を装いながら、ミツルは尋ねた。
「えー、上原先生ってミーハーだなあ。元研修医の恋愛の噂なんかをしちゃう
わけ? なんかエッチー。幻滅しちゃった」
「ミツルちゃん、それは違うよ。上原先生は、私たちのこと、すごく考えてく
れてるんだよ。去年の研修医の赴任先にしても、私たちは独身の医者がいると
ころに行けるように、教授に進言してくれたらしいよ。私が婚約の報告に行っ
たら、上原先生、本当にうれしそうに言ってたもん。“よかった、これで僕の
計画がひとつ形になった。やっぱり女性は何だかんだ言っても、結婚して幸せ
になるのがいちばんですから。次は丹後先生と伊河谷ジュニアですね”って。
それにしても、ミツルちゃんを超リッチな伊河谷ジュニアのところに行かせる
あたり、上原先生ってミツルちゃんのこと、相当のお気に入りだったのねえ。
うらやましいわ」
そうか。だから上原は、自分が定期外出や退院促進の計画を話したときも、
「伊河谷ジュニアと相談したか」と言ったんだ。ミツルは、上原が自分とまだ
つき合っていた頃から「将来は伊河谷の息子と結婚すればいい」と思っていた
のだろう、と気づいた。
それは、やっぱり親切なのか。いや、どう考えても親切なんかじゃない。
「頭のいいミツルが誰より好きだ」などと言いながら、上原は自分の頭脳や仕
事へのやる気などを少しも評価してはいなかったのだ。おそらくは、妙子に言
った「女は結婚がいちばん」というのが、上原の本音なのだろう。そうでなけ
れば、あんな化粧オバサンと結婚して、娘を深窓の令嬢のように育てるわけは
ない。そして、自分との仲が深みにはまって面倒くさいことになる前にさっさ
と伊河谷ジュニアと結婚でもさせてしまおう、とまで計画していた……。
そうか。ミツルの中で、謎がもうひとつ解けた。もしかすると上原は、「丹
後は恋人もいませんから、よかったら周一先生、ちょっと誘ってやってくださ
いよ」くらいのことまで言ったのではないか。だからこそ周一は、あの個室の
レストランで「キミだって恋人がほしい、って言うから」などと口走ったのだ。
「うらやましいなら譲ろうか? 妙ちゃんが周一先生と結婚すればいいんじゃ
ないの」と喉まで出かかった言葉を呑み込み、ミツルは「本当におめでとう。
披露宴の招待状、待ってるよ」と言って電話を切った。実際には静かに受話器
を置いたのだが、心の中では、叩き切る、というつもりで。
――私は、伊河谷病院に「シューイチ先生の嫁要員」として、チアキの厄介
払いとして送り込まれたのだ。冗談じゃない。あまりにバカにしている。そう
とわかったら、あんな病院にはもういられない。
ミツルはその怒りを、教授に提出する「異動願い」の書面に静かにぶちまけ
た。
翌朝、「異動願い」をポストに投函して伊河谷病院に行くと、門から玄関ま
でのアプローチに積もっていた落ち葉は、きれいになくなっていた。玄関のと
ころで、第二病棟のユキエさんが掃いた落ち葉をゴミ袋に詰めている。
「ユキエさんだったのかあ。朝早くからおつかれさま。でも、清掃当番はもう
廃止にしたはずだったよね。タダ働きなんかする必要は、もうないんですよ」
「先生、今日は私が頼んでやらせてもらってるんだよ。病棟からちょうどこの
あたりが見えるんだけど、落ち葉を誰も片づけないでしょう。今朝、看護師さ
んに頼んで、ちょっとやらせて、って出てきたの」
一応、カルテには「統合失調症」という病名がつけられているユキエさんだ
が、慢性期特有の人格変化などもほとんど見られておらず、人のよさそうな笑
顔はそのへんの小料理屋の女将さんのようだ、とミツルはいつも思っていた。
「気がきくなあ、ユキエさんは。私なんか、毎朝毎晩ここを通るのに、掃除し
なきゃ、なんて思わないもんね」
「そりゃ先生は忙しいもの。でも先生が来て、順番に“社会のデパート”に連
れて行ってくれるもんだから、みんな大喜びだよ。私もスカート買って楽しか
ったな。順番で行くと、次は来年の5月あたりだね。また頼むよ」
ミツルは、返事に詰まってしまった。異動願いが受理されれば、来年の4月
からはおそらく次の病院に転勤することになる。そうなると、ユキエさんを5
月にデパートに連れて行くこともむずかしい。ミツルの次に着任する医者が、
同じように定期外出を続けてくれるかどうかは、わからないからだ。
ミツルが顔を曇らせたのがわかったのか、ユキエさんは言った。
「あら、先生。どうしたの。もしかすると来年はやめちゃうの? いやだな、
先生にはずっといてほしいよ……」
「やめるだなんて、まだ全然、決まってないよ、ユキエさん。もし来年もいる
ことになったら、またいっしょにデパート行きましょうよ」
ミツルがあわててユキエさんの肩に手をかけると、小柄なユキエさんは箒を
手にしたままミツルの顔を見上げた。
「でもね、先生。いつまでもいてほしいとも思うけど、お嫁にだけはちゃんと
行かなきゃだめよ。赤ちゃんも産まなきゃ。そうしないと、すぐに私みたいに
おばあちゃんになっちゃうから。やっぱり女は、お嫁に行くのがいちばん幸せ
だよ」
上原がそう言ったと知ったときは猛烈に腹が立ったが、ユキエさんの言葉は
ミツルの胸に染みわたるようだった。
「ありがとう、ユキエさん。でも私は、嫁に行くよりみんなといるほうが楽し
いんだ。さ、病棟に戻りましょうか」
ミツルは、ひと仕事終えたユキエさんの背中を抱えるように、伊河谷病院の
玄関を入った。
(つづく)
┌─────────────────────────────────┐
│香山リカ:1960年、北海道札幌市に生まれる。東京医科大学卒業。精神科
│医。手塚山学院大学教授。社会批評、文化批評、書評などで幅広く活躍し
│ている。サブカルチャーにも関心が高い。交友関係も多彩で、シンガーソ
│ングライター・プロレスラーのハヤブサさんや元祖・かわいい文化・イラ
│ストレーター内藤ルネさんを支援中。著書に『なぜ日本人は劣化したか』
│ http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=1498894
│『老後がこわい』(講談社現代新書)
│ http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=1498525
│『「悩み」の正体』(岩波新書)
│『知らずに他人を傷つける人たち』(ベストセラーズ)、『仕事中だけ
│「うつ病」になる人たち』(講談社)などがある。
└─────────────────────────────────┘
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◇2)『世界のことばアイウエオ』〔28〕ネパール語 ◇
◇ 〔29〕ノルウェー語 ◇
◇ 黒田龍之助(フリーランス語学教師) ◇
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〔28〕 ネパール語
ネパール語はネパールの言語である。
だが、それ以上のことは何も知らないことに気づく。そういうときは調べる
しかない。
まずその話者数。三省堂『言語学大辞典』によれば、ネパール語はネパール
王国の人口1600万人のうち半数以上が母語として使用し、その他の住民の第2
言語としても広く用いられているという。だが現在の統計では、そもそも人口
がこの25年間で1000万人ほど増えたようで、それでは言語人口の現状がまっ
たくつかめない。最新の情報を得るのは、想像以上に難しい。いずれにせよ、
ずいぶん多いではないか。どうも、アジアの諸言語はその言語人口がかなり多
い気がする。ヨーロッパでは、100万人に達しない言語だってめずらしくな
いのに。そう考えると、ネパール語が「大言語」に見える。
国外でも100万人をはるかに超える数の話者が存在するという。インドで
は「インドの諸言語」の一つにもなっているらしい。ネパール語はネパールだ
けの言語ではなかったのだ。わたしの頭の中では、ネパールとインドの位置関
係がごちゃごちゃしているので、こういうときは地図を開く。するとお互い隣
り合っていることが確認される。なるほど、関係があるのも至極当然。
ネパールはヒマラヤ登山をはじめ、観光旅行でも人気がある。そのためか、
ネパール語の会話集は意外とたくさん出版されている。本格的な入門書として
は『CDエクスプレス・ネパール語』(白水社)。ネパール語の文字は、ヒン
ディー語と同じナーガリー文字なので、初心者向けにラテン文字による転写が
あり助かる。さらに、ミニ知識を紹介する小さなコーナーがあって、その名称
は「ヒマラヤのしずく」。カッコイイではないか。
ネパール語はインド・ヨーロッパ語族インド・アーリア語派に属し、ヒンディ
ー語やウルドゥー語と特に近い関係にある。ギリシャ語やラテン語だって遠い
親戚。トランスクリプトされた数詞を眺めれば、1〜10はエック、ドゥイ、テ
ィン、チャール、パーンチ、チャ、サート、アート、ナウ、ダス。知らない人
には分からなくて申し訳ないが、比較言語学なんかをかじっていると、こうい
うのを見ただけで「なるほど、印欧語族だなあ」としみじみ感じる。
と同時に、同じインド・ヨーロッパ語族の言語を追いかけていても、ヨーロ
ッパのごく一部しか知らないことが思い知らされる。
〔29〕ノルウェー語
わたしの大好きなイギリスのユーモア小説、スー・タウンゼントの
“The Secret Diary of Adrian Mole Aged 13 3/4”(邦題は『ぼくのヒ・ミ・
ツ日記』武田信子訳、評論社てのり文庫)で、主人公のモール君はこんな日記を
書いている。
「四月三日 金曜日 今日、地理の試験で満点を取った。そうなんだ! 二十点
満点中で二十点取れたんだ、すごいだろう! おまけにきれいに書けてるってほ
められた。ノルウェーの皮革工業に関して、ぼくの知らないことはない」
(95ページ)
すっかり気を良くしたモール君は、その後もノルウェーの皮革工業を何かと
心の支えとし、しまいにはノルウェー皮革工業の団体から手紙までもらってし
まう。
ノルウェーはヨーロッパの中でもちょっと変わった国だ。近隣諸国とは仲良
くしているのに、EU加盟は頑なに拒んでいる。でもリレハンメルでオリンピ
ックを開催したりもする。「国民の豊かさ」ランキングなどでは、常に上位を占
める。最近日本ではノルウェーサーモンというのがすっかりおなじみになった。
そんなノルウェーの言語であるノルウェー語。言語人口460万人の比較的
小さな言語なのに、実は標準語が二つある。一つは長年支配を受けたデンマー
クの言語に、ノルウェー語的な要素を加えようとしたブークモール。もう一つ
は西ノルウェーの方言を基礎に形成されたニューノシュク。
青木順子『ノルウェー語のしくみ』(白水社)を読んでいたら、ノルウェー切
手の図版が2枚あって、国名が1枚にはNORGE、もう1枚にはNOREGとある。誤植
ではない。それぞれ、ブークモールとニューノシュクの綴りだそうだ。
両方が書かれていればまだ分かるけれど、切手によって違うなんて、いったい
どのように使い分けているのだろうか。
モール君がノルウェー皮革工業の団体からもらった手紙はノルウェー語で書
かれていた。果たしてブークモールなのか、それともニューノシュクなのか。
そもそも、イギリス人の彼には読めるのだろうか。
(次回新年1月8日号は「ハウサ語」と「ハンガリー語」をお届けします)
┌─────────────────────────────────┐
│黒田龍之助:1964年、東京都生まれ。専攻は言語学。明治大学理工学部助
│教授を経て、現在はフリーランス語学教師。現代新書に『はじめての言語
│学』がある。
│ http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=1497014
│最新刊『ポケットいっぱいの外国語』(講談社)も好評発売中。
│ http://shop.kodansha.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2141957
└─────────────────────────────────┘
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○○○○●●●○●∴∵∴∵●○●●○●○○○∴∵∴∵
◇3)『おっさん、裁判員制度を考える』 ◇
◇ 北尾トロ ◇
◇ −第2回 裁判員制度はどうして ◇
◇ 行われることになったのか ◇
∵∴●○●○●○●○●∵∴∵∴∵∴●○○○●●○●○
力をお借りしたい、と
いきなり頼まれても……
そもそも裁判員制度はどこから、どんな目的でやってきたのか。今回はその
点について確認してみたいと思う。
多くの人にとって、裁判員制度は降って湧いたようなもの。成立の経緯も知
らず、意義も目的も知らないまま、ある日突然、「やることになったんでよろ
しく」と告げられたに等しいからだ。仮にそれなりのアナウンスがされていた
としても、その声は小さく、内容の大きさとはギャップがありすぎた。少なく
とも法案成立まで、国民はカヤの外に置かれていた感じがする。
それが、ふたを開けてみたら国民の義務みたいな話。自分に直接関係のある
ことで、たまげた、と。
たとえがヘンかもしれないが、これ、名前も知らない男を連れてきた娘に「こ
の人と結婚することにしたんでよろしく」と告げられたオヤジにちょっと似て
いる。
そんな大事なことをいきなり言われても心の準備が、とオヤジはうろたえる
わけである。出会いから結婚に至る経緯もわからず、相手の素性も不明では判
断のしようがない。でも娘はオヤジのことなどおかまいなく、式の段取りなど
をテキパキと決め始めてしまう。男は男で「結婚させて下さい」とニコニコ笑
っているだけだ。で、なんだかムカついてしようがないオヤジは、とりあえず
「そんな結婚は許さん!」と言ってみる、と。
法務省や最高裁判所のPRの仕方も親の気持ちを考えない娘みたいなもの。
「やることになったのでよろしく」のノリだった。いちおうお題目らしきもの
はあるが、これがまったく理解不能だったりする。
「国民が司法参加することによって、市民が持つ日常感覚、世間の常識を裁判
に反映させたい。また、司法に対する国民の理解を深め、司法への信頼の向上
を図ろうと思うので、皆様ぜひ協力していただきたい。あ、詳細についてはお
いおい。すでに決めちゃったんで、まぁご挨拶ってことで」
世論調査をすると裁判員にはなりたくないという答えが多い。理由としては、
おもに以下のことが挙げられる。
・法律の素人である自分に正しいジャッジを下せるとは思えない
・裁判のことは専門家に任せたほうがいい
・仕事を休まなければならないなど、日常生活に支障を来す
でも、じつのところはもっと単純な話なんじゃないか。
「裁判員制度? 何それ、聞いてないよ!」
である。だから、いまさらではあるけれど、成立の経緯を多少なりとも知っ
ておくことは無駄ではないと思うのだ。でないと、わけがわからないままで制
度開始を迎えてしまうことになりかねない。
陪審制との区別すら
つかない認識度
裁判員法(「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」)成立からいまに至る
まで、我々の会話は情けなかった。
「裁判員制度ってのが始まるらしいよ」
「何それ?」
「よくわかんないけど、一般人が裁判に加わって判決まで決めることになるみ
たいだ」
「ふ〜ん、なんで?」
「さあ……、でも始まるらしいよ」
「何それ?」
たちまちループ状態。全然盛り上がらない。お互い、裁判に関わったことも
なければ傍聴したこともないのだから、どうしてもそうなってしまう。
実施が近づいてきた昨今はそんなこともないだろう、と思う人は世間知らず
だ。最近になってシステムを正確に理解したあなたは少数派で、一般的には、
裁判員制度が始まることがようやく認知された程度だと思う。会話もたいした
進歩はない。
「裁判員制度ってのが始まるらしいよ」
「らしいね」
「一般人が裁判に加わって判決まで決めるなんて、うまくいくのかねえ」
「できればやりたくないもんだ」
「そうだね……」
ぼくの周囲には出版関係の仕事に携わる人間が多いのだが、いまだに裁判員
制度と陪審制度の区別もつかない人は山ほどいる。話していても“陪審員制
度”という言葉を使う人が多いし、大半は言い間違いにも気がつかない。同じ
ものだと誤解しているわけではなくて、陪審制度のことも、裁判員制度のことも、
よく知らないからだ。
ブログなんかも同じことで、“陪審員制度”という言葉を使って裁判員制度
について得々と語っていたりする。絶対に間違えないのは法曹関係者と傍聴マ
ニアだけかもしれない。
こんなお寒い状況で、それでも会話を続けるとしたら、話の内容は生活に密
着したことになるのは必然だ。裁判員になったら有罪か無罪かだけではなく、
有罪のときには刑期も決めなければならない。
その決定は多数決で行われる。裁判員をやることを命じられたら、よほどの
ことがないと断れない。何日間も拘束される。その間、仕事は全面ストップ。
一日1万円くらいの日当が出る。守秘義務があり、うかつなことを喋ると罰せ
られる……。
こんなところだろう。それを受けて行われる会話は、ますます盛り上がらな
い。
「大変だなあ、仕事に穴があくよ」
「それより、法律の素人が人を裁いていいわけ?」
「正しいジャッジをする自信なんかないし、気が重いね」
唯一、盛り上がるとしたら日当がもらえることか。
「一日1万円は悪くないかも」
「3日で3万か、ちょっとしたアルバイトだ」
でも、守秘義務などを考えたら、やはり割が合わない。自分が人の運命を左
右する立場になることのプレッシャーも息苦しい。
「自分だけでもいっぱいいっぱいなのに。人の人生に直接関わるのは荷が重い
ね」
「面倒だしな。審理の内容とか、ブログにも書けないんでしょ。たとえば多数
決で死刑判決になったときとか、つらいなあ。自分は無期懲役を主張したと言
うことさえできない」
「できればやりたくないね、裁判員。ぜひやりたい人とか、仕事がなくて日当
がほしい人を優先すればいい」
こうなってくるともう、否定的な意見のオンパレードだ。どうして裁判官だ
けではダメなのか。素人には無理だから、難しい国家試験を作ってプロを育て
ているんじゃないのか。それをいまさら急に、参加しろとはどういうことだ。
税金使って公務員を養い、それだけじゃうまくいかないから日当1万円で協力
求むってのは虫がよすぎる……。
いつまでたっても、国民の過半数が裁判員になりたくないという世論調査結
果が出てしまうのは当然なのだ。やってもいいと答える人も、義務なら仕方な
いという消極的賛成が多そうである。
世間の及び腰な雰囲気にあせった法務省のアピールも稚拙そのもの。司法へ
の参加を呼びかけるわけだが、そこには何の具体的な理由も示されていないか
ら、キャッチフレーズ以上の意味を持てないでいる。国民の過半数が参加した
がっていないことを知ると、今度は “裁判員なんて誰でもできます” みたい
なことをしきりに言い始めた。
「われわれが求めるのは皆様の人生経験であり、一般常識であります。専門ス
キルは裁判官が持っていますから、カラダひとつで来ていただければ」
というわけだ。できないと言っている人に自信をつけてもらうためには、言
葉で励ますのではなく、体験的にわかってもらう以外にないと思うのだが、安
っぽいドラマ仕立ての宣伝ビデオを製作してみたり、人気タレントをポスター
に起用してみたり、税金使って上っ面を繕うようなことばかりするから、ます
ます興ざめ。知りたいのはなぜいま裁判員制度が必要なのか、制度を導入する
とどこがどのように良くなるのか、ということなのに、法務省、空気がまった
く読めてないね。
成立までのステップ
日弁連の野望
裁判員法が成立したのは2004年5月。小泉元首相の絶頂期で、野党の力も
激弱。改革路線を突っ走る中、ほとんど無風状態で法案が通ったのだと思う。
このギャップが、後の世論調査結果でモロに浮き上がってくるわけだ。
ただ、いくらなんでも、思いつきでこんな重要なことが決められるわけはな
い。1990年にはすでに、日弁連(日本弁護士連合会)
が「司法改革に関する宣言」を発表(以降、3度にわたり発表)。日弁連のサ
イトにある1999年版の提言では、我が国では官僚主導の体制からの転換が求
められており、司法も改革を進める必要があると力説している。
<「市民のための司法制度」を充実し、司法に市民が参加するという基盤が
できるとき、司法ははじめて市民にとって頼りがいのあるものになる。これが
「市民の司法」の実現である>
(http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/1999_14.html)
そこで提案されていたのは、日弁連が考える法曹一元制度(市民も加わった
裁判官推薦委員会が弁護士を中心とする法律家の中から裁判官を選ぶ)と陪・
参審制度の実現。どうやら後者が、日本流裁判員制度の“原型”のようである。
読んでみるとデカいことが書かれていて驚いた。
<まず刑事重罪事件について陪審制を導入し、さらに刑事軽罪事件への陪・
参審制、国や自治体に対する損害賠償請求など一定の民事事件に陪・参審、少
年事件に参審制の導入を検討する>(同HPより)
日弁連は当初、裁判員制度より陪審制を考えていたのだ。というか併用だな。
今回導入される刑事重罪事件は陪審制で、それ以外は参審制(裁判官が評議に
加わるもの)も加えてやっていくという複雑かつ壮大なプランである。
日弁連にとって裁判員制度(になってしまったが)はゴールではなく、野望
達成のスタートに過ぎないのだった。こんなものを一気に進めたら大混乱必至
なので、まずは刑事重罪事件から始めて様子見。うまくいくようなら刑事軽罪
事件や一定の民事事件、少年事件でも、という動きになっていくだろう。
もともと日弁連の構想は、裁判のやり方を変えることだけじゃなく、裁判官
や検察官の人材育成から司法関係予算の拡大まで多岐にわたる。1990年に発
表された、「司法改革に関する宣言」にも気合いがみなぎっているし、前述の
ように、マイナーチェンジしつつ3度も宣言していることからも本気ぶりが伝
わってくる。1991年に提案された2度目の宣言では、次のように述べられて
いる。
<わが国司法の現状が、法的紛争の適正かつ迅速な解決、人権保障、行政権
のチェックなどの面においてその機能を十分に果たしていないばかりか、むし
ろ国民から遠ざかりつつあり、抜本的な改革を要する状態であることを指摘し、
国民主権の下でのあるべき司法、国民に身近な開かれた司法をめざして、国民
とともに司法の改革を進める>(詳細は
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/ga_res/1991_4.html)
これらはあくまで日弁連の意見であり、宣言なのだけれど、動きとしては無
視できないわけで、事実、徐々に実を結んでいくことになるのだ。
成立までのステップ
司法制度改革審議会以後
きっかけのひとつとなったのは、1998年に経団連(経済団体連合会)が発
表した「司法制度改革についての意見」になるだろう。これを受けてかどうか
は定かでないが、ここから流れは一気に加速してゆく。
小渕内閣時代の1999年には、司法制度改革審議会が発足(2001年まで)。
メンバーもにわかに脂っこくなってくる。
東京大学法学部教授を始めとする大学教授や大学関係者5名に弁護士3名、
東京電力など企業から2名、日本労働組合総連合会(連合)副会長、作家1名、
主婦連合会(主婦連)事務局長など計13名が、議論を重ねることになるのだ。
サイトに残された記録によれば、その目的はこうなっている。
<21世紀の我が国社会において司法が果たすべき役割を明らかにし、国民
がより利用しやすい司法制度の実現、国民の司法制度への関与、法曹の在り方
とその機能の充実強化その他の司法制度の改革と基盤の整備に関し必要な基本
的施策について調査審議すること>
(http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/index.html)
日弁連の宣言と同じではないが、国民が司法制度に関与することは盛り込ま
れている。元日弁連会長の実力者・中坊公平氏が中心メンバーに入っているこ
とを思えば、それも当然かもしれない。
つまり、審議会が政府に意見書を提出した2001年6月の段階で、裁判のや
り方を変えること(他にもいろいろあるけれど)は既定路線となったのだ。11
月にはもう、司法制度改革推進法が成立している。その第一章第二条に示され
た「基本理念」はこうだ。
<司法制度改革は、国民がより容易に利用できるとともに、公正かつ適正な
手続の下、より迅速、適切かつ実効的にその使命を果たすことができる司法制
度を構築し、高度の専門的な法律知識、幅広い教養、豊かな人間性及び職業倫
理を備えた多数の法曹の養成及び確保その他の司法制度を支える体制の充実強
化を図り、並びに国民の司法制度への関与の拡充等を通じて司法に対する国民
の理解の増進及び信頼の向上を目指し、もってより自由かつ公正な社会の形成
に資することを基本として行われるものとする>
段階を経るにつれて表現が抽象的になるのは困ったもんだが、裁判のスピー
ドアップ、人材育成、国民参加型裁判の開始あたりが目玉と読むことができる。
日弁連の最初の宣言から10年余、日本の裁判はこのままじゃダメだ、変える
しかないね、という前提の下に、法律ができてしまうのだ。
その後の展開は素早い。同年12月には内閣に司法制度改革推進本部を設置。
本部長は小泉首相で、経団連会長や連合会長、東京大学総長、日経新聞論説主
幹など、メンバーはますます重量級になった。肩書きだけ見たら、いったい何
の推進本部なのか想像できない。
2002年3月には司法制度改革推進計画を閣議決定。2003年1月に裁判迅速
化法を成立させ、すべての裁判の一審判決を2年以内に出すことを目指すこと
が法律化された。
これにて準備完了ということになったのか、いよいよ2004年5月に裁判員
法が成立。ここで、国民の多くは、初めて裁判員制度という言葉を知ることに
なるのだ。国民参加? そんなの聞いてないよ、と。
うーん、まいった。政府がやると決め、選挙に影響するような反対の声が上
がらなければ法律なんてすいすい通るのだ。三権分立のひとつである司法の大
転換なら、選挙の争点になってもおかしくないと思うが、かけらもなかった。
まあ争点になっていたとしても、当時は改革の旗印に日本中が酔っていたよう
なものだから、同じことか。
もしストップをかけるとするならここだった。成立直後がいちばん良かった。
しかし、世間は無反応だった。
この時点では内容があいまいだったため、騒ぎにくかった面もあるだろうが、
国民が本気で嫌悪感を抱いたとは思えない静けさではなかっただろうか。
3人のトップも
裁判員制度に意欲的
日弁連としてはどうなんだろう。当初狙っていた陪審制(市民が裁判官抜き
で評議、評決)ではなく、参審制(市民と裁判官が一緒に評議、評決)になっ
てしまったことになるが、会長の平山正剛氏は、成立から約3年余を経た時期
の座談会で、まずまず満足げにこう語っている。
<(日弁連は)「新しい世紀の刑事手続」を真に憲法の理念にかない、国際
人権法の水準に見合ったものに改革していくため、捜査の可視化、人質司法の
打破、証拠の事前全面開示、公判審理の活性化、さらには、陪・参審制度の導
入など、刑事訴訟法の全面的な改革に取り組むことを宣言いたしました。われ
われ弁護士・弁護士会は、そういう観点から、今次の裁判員制度の導入を評価
いたしている面があります>(『論座』2007.10月号)
陪審制度か参審制度かでは意見が割れたこともあった、でも何とか妥協点を
見つけ、日本流の裁判員制度という着地点が見つかったのだから、まずは良か
ったと前向きに考えよう。そんな発言に受け取れる。
ちなみにこの座談会には平山氏の他、東大法学部長の司会の下、検事総長、
最高裁判所事務総長が参加していた。
最高裁判所事務総長は、裁判が国民に分かりにくかったり、一部ではあるが
時間がかかりすぎたり、量刑が国民の感覚とズレていたのが、裁判員制度の開
始によって解決するのではないかと明るい見通しを述べている。
検事総長も、プロだけでやっていると、いつのまにか国民の感覚とズレが生
じているんじゃないかと言い、<私は刑事裁判においては少なくとも、国民の
多様な意見というのを裁判内容に反映する制度が必要になってきているんだと
思います>(同前)と、新制度の意義を強調。
水面下では激しい駆け引きが行われているに違いないが、三人三様、まあや
ってみましょうというところか。
日弁連の猛烈なアタックに、最初は戸惑った最高裁や検察庁も、根はマジメ
だ。改革の推進という一致点を見出すことで、次第に気持ちが動き、それなり
の期間交際して、うまくやっていけそうな関係に。けっして、出会い頭の結婚
宣言ではなかったのだ。
*
ざっくりではあるけれど、一連の流れを確認して思うのは、裁判員制度が単
なるひとつの制度ではなくて、司法改革という枠の1アイテムだということだ。
国民にとっては目の前の大問題。実施する側にとっては絶対にクリアしなけ
ればならない第一歩。改革にはまだまだ先がある。だとすれば、多少の混乱に
は目をつぶってでもスタートしたいところだろう。やるよ。よほどのことがな
いかぎり延期は考えられない。しゃかりきに2009年5月を目指すね。
こうした大目標の一部として位置する裁判員制度というものを、ポスターや
パンフレットのかぎられたスペースで、国民に分かりやすく説明することは不
可能に近い。ブーイング必至だ。それならいっそ、簡略に簡略を重ねて、裁判
員は誰でもできますよで押し通すほうが得策では。
ほら、選挙でも結局は名前を叫び続けるだけじゃない。評判悪いけど、なん
だかんだ言って効果があるからそうするわけだし。PRはとにかく有名人を使
って、広く浅くなんとなく、理解を求めるのが鉄則でございます。
うむむ、おそろしいほど楽観性に満ちた一連の広報は、考え抜かれたものだ
ったのか……。
(つづく)
┌─────────────────────────────────┐
│北尾トロ:
│1958年、福岡県に生まれる。フリーライター。
│裏稼業のノンフィクションなどでは、ハードなテーマを扱いながらも、登
│場する人々の人間模様を淡々と、しかし共感を持って語る文体には定評が
│ある。
│オンライン古本屋「杉並北尾堂」の店主でもある。
│著書に『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』(文春文庫)、『気分は
│もう、裁判長』(理論社)、『怪しいお仕事!』(新潮文庫)、『ぼくは
│オンライン古本屋 のおやじさん』(ちくま文庫)などがある。
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
次回は1月8日、配信予定です。
ご意見、ご感想などはingen@kodansha.co.jpまでお願いいたします。
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