更新:2007年12月18日 10:25インターネット:連載・コラムIT先進国・韓国の素顔規制強化でレス激減・「ネット議論」不発の韓国大統領選
今からちょうど5年前、まだサッカーワールドカップ日韓大会の余韻が残る2002年12月に行われた韓国大統領選挙はとても印象的だった。一般市民らがネットのコミュニティーやコメント欄を通じて積極的に意見を書き込んだ「インターネット選挙」は、世界中の政治の専門家が興味深い事例として分析したほどだった。ネットユーザーらは「ノ・ムヒョンを愛する集い」という組織を作って応援し、「インターネット大統領」が誕生した。そして2007年12月19日、また大統領選挙が巡ってきた。 しかし今年の選挙はオンラインでもオフラインでもいまいち盛り上がらない。今年の選挙は投票できる年齢が初めて20歳から19歳と若くなり、19歳から20代前半の有権者を狙ったネット選挙運動や動画投稿サイトなどのUCC(User-Created Contents)が活発になるだろうと予想されていた。 ■ネットで書き込み、こわくてできない 実際、今年1月に開催された「UCCを利用した第17代大統領選挙戦略説明会」は、各政党をはじめ政治家の秘書らがわんさか参加して大繁盛。UCCサイトの活用方法、動画の制作ポイントなどを熱心に受講していた。それが選挙まで後もう少しという12月になっても「大統領選挙があるな〜」というぐらいで、街中でもネットでも選挙らしい盛り上がりが見られない。 その理由は様々だが、ことネットに関しては、「インターネット実名制度」と「選挙法」が厳しくなったことの影響が大きい。ネットでの選挙関連の書き込みを禁止し、2002年のようにポータルサイトのニュースのコメント欄でどちらの候補が大統領になるべきかといった論争を繰り広げたり、匿名でコメントを残したり、特定候補のファンクラブのようなコミュニティーを開設するといった行為は今回すべて禁止され、選挙法違反になる。候補者が議会の途中居眠りしたり、人種差別的発言をしたりという決定的言動を撮影してネットに投稿するのも、特定候補を誹謗する行為に当たるため禁じられている。 選挙法のUCCガイドラインがとても曖昧なのも問題だ。「特定政党や候補の当選または落選を有利・不利にしようとする意図を含む」「単純な意見でも繰り返しいろいろなサイトに掲載する」「落選運動をする」場合などが違法行為とされているが、「意図」を判断することはむずかしい。結局「候補者ではない一般国民が掲載する動画はとにかく削除しよう」という事態に陥ってしまった。 マスコミが報道したテレビの内容を再構成して選挙関連UCC動画を制作した大学生が選挙法違反で逮捕され、5時間も取り調べを受けたというニュースが流れてから、ネットユーザーの間では「下手に意見を書き込んで逮捕されるより、何もしない、関心を持たないのが身のため」という態度が大勢を占めるようになった。同じ事実でもマスコミが報道するのはOKで個人がUCCで投稿するのは禁止、という、「IT大国」とはとても言えない事態になっている。当初は「2007年はUCC選挙が一世を風靡する」などと予測されたが、一般国民が投稿する動画のほとんどが選挙管理委員会によって削除されているのでは、盛り上がりようがない。 ■「公式動画」だけでは盛り上がらず 2007年7月から強化された「インターネット実名制度」により、自由な表現が縛られていることも影響している。ポータルサイトの説明によると、実名制度が導入されても悪質な書き込みや誹謗コメントはほとんど減らない一方、全体の書き込み件数は減るばかりで以前のような面白い討論文化がなくなりつつあるという。 その代わり、候補者側が制作したUCC動画はネットに溢れている。もっともたくさん動画を公開したのは最有力候補である保守系最大野党ハンナラ党のイ・ミョンバク候補で、3月〜11月まで240件あまりの動画を自分の選挙サイトに登録、訪問者は127万人近くに上っている。2位は進歩・革新系の大統合民主新党候補であるジョン・ドンヨン元統一相で約200件あまりの動画が登録され78万人ほどの訪問者を記録している。 しかしこれらの数字は、選挙以外の芸能人ネタやモノマネ動画が数百万のアクセスを集めることを考えれば驚くほどではない。大統領候補が制作した広報動画を見るネットユーザーの目は冷めていて、面白くもないし中身も似たり寄ったりだし、と興味を持たないようだ。選挙UCCをもっと自由に投稿できるようにして、国民が今どういうことに興味を持っているのか、次の大統領に望むのはどういうことなのかを把握する道具にすれば、大統領候補や政党と国民の双方向コミュニケーションが生まれたかもしれない。結果的に規制ばかり強化して、政治参加意欲を落としてしまった。 ■ネガティブキャンペーンで関心離れる 前回2002年の大統領選はハンナラ党なのかウリ党なのか、薄氷の勝負で二転三転していたため、国民も一生懸命政治に関心を持って投票に参加したが、今年の選挙は世論調査でハンナラ党のイ・ミョンバク候補が圧倒的な支持率をキープしている。そのせいか、イ・ミョンバク対反イ・ミョンバク陣営のようになってしまって、ネガティブキャンペーンが目立つのも国民を選挙から遠ざける要因となっている。 UCC大手のPandora.TVが開設した大統領選挙UCCページもオープンしたての頃は注目を浴び、候補者の動画だけでなくその奥様達のお料理対決動画が掲載されたり、候補者たちのお茶目な日常が公開されたりもした。候補同士で競争相手を褒める「称賛リレー」というコーナーもあったが、いつしか相手を非難するネガティブ戦略へと内容が変わってからユーザーが遠のいてしまった。 現代建設社長、ソウル市長出身で「推進力のある経済リーダー」というイメージを強調するイ・ミョンバク候補に対して、自分の財産がいくらなのかよくわからないほど多く「汚職イメージのある候補を大統領にはできない」と反イ・ミョンバク陣営は主張している。イ・ミョンバク候補は下手に対応してボロを出してはいけないと思ったのか、一切対応しない戦略を取っている。 マニフェストだけでも時間が足りないのに、お互いの足を引っ張り合う露骨なネガティブCMまで放映するのはいいかげん止めてほしいと思う人も多い。また大統領選挙を前にサムスングループの不正資金提供疑惑、韓国沖で発生したタンカー衝突による原油流出事件など大型事件が相次いで発生し話題が分散していることも影響しているとみられる。 ネットでの政治参加が禁じられ、生の選挙情報が途絶えると、20〜30代の有権者の関心は大統領選挙から遠く離れてしまったようだ。中央選挙管理委員会が12月9日実施した電話調査では「必ず投票する」と答えた人が67.0%、「できれば投票する」が24.7%だった。2002年当時は「必ず投票する」が80.5%もあっただけに、投票率も史上最悪の数字になると予想されている。 投票日の19日は休日となるが、旅行代理店によると19日の日帰りスキー旅行はどこも満員。20、21日も休暇を取れば週末と合わせて大型連休となるため、海外旅行に出かける人も多いという。19日は投票日というより「5年に一度の休暇」に転落してしまったとすればとても残念なことだ。 前向きなニュースもあることにはあった。通信大手のKTによると、今回の選挙では世界で初めてUCC動画や演説場面をKTの衛星中継を使って、天然ガスで運行される選挙車両ディスプレーに生放送で表示させる「ユビキタス選挙運動」が登場したという。ロイター通信はこれを「IT強国の最新選挙」として大きく報道していた。2002年がインターネット選挙なら2007年は全国どこでも候補の演説や動画を配信するユビキタス選挙になったという。しかし、選挙が盛り上がらない弁解のための自画自賛にも聞こえる。 WEB2.0という言葉さえ古く感じる「開放、参加、共有」の時代に、韓国で大統領選挙だけが時代を遡っているのではないだろうか。5年後の2012年の選挙はもっとお祭りのように、興味津々で感動的な選挙運動とマニフェスト議論が登場することを期待している。その頃はIPTVで投票までできてしまうかもしれない。 ■投票日直前の「問題映像」公開 以上でこの原稿を締めくくろうとした直後、事件は起こった。12月16日、投票まであと3日というこの日、一連の株価操作疑惑でイ・ミョンバク候補が嘘をついたことを立証するような動画がUCCで公開されたのだ。 この疑惑は、BBKという金融投資会社が投資家に嘘のファンド運用報告書を提出、設立者のキム・キョンジュンが380億ウォンもの会社の資金を米国に持ち逃げした事件にからんで浮上した。個人投資家を含め莫大な被害を受けたこの事件にイ・ミョンバク候補が関与しているのではないかととりざたされ、対立候補との攻防が続いたが、検察の捜査の結果イ・ミョンバク候補とBBKは関連がないという結論が下されたばかりだった。 ところが、2000年にある大学の特別講演で、イ・ミョンバク候補が自分の口で自らBBKという投資諮問会社を設立したと話している動画が公開された。この講演の発言は当時マスコミでも報道されたが、ハンナラ党は「マスコミの記事はデタラメ」と主張していただけに、打撃は大きい。ハンナラ党は、この動画を持っていたビデオ業者から口止め料を要求されたと訴えているが、大統領が疑惑の再捜査を指示するなど、終盤で大きな混乱を呼んでいる。 結局、UCCを取り締まり過ぎて盛り上がらなかった選挙は、一本のUCCで一気に火が付いた。一体誰を大統領に選べばいいのか、投票用紙を前にしても悩んでしまいそうだ。 [2007年12月18日] ● 関連リンク● 記事一覧
|
|