お知らせ

日本学士院新会員の選定について
PJA Ser. Aが創刊号より閲覧可能になりました
院長就任挨拶
日本学士院長の選定について
日本学士院第47回公開講演会のお知らせ
Emmanuel Le Roy Ladurie 客員 来日記念シンポジウムについて
日本学士院第97回授賞式の挙行について
日本学士院公開講演会を開催しました
日本学士院賞授賞の決定について


日本学士院新会員の選定について

 日本学士院は、平成19年12月12日開催の第1014回総会において、日本学士院法第3条に基づき、次の9名を新たに日本学士院会員として選定しました。
 今回の選定で会員数は138名となります。

(1)第1部第1分科
氏名 難 波 精一郎(なんば せいいちろう) 難波精一郎
現職等 大阪大学名誉教授
生年月日 昭和7年4月4日(75歳)
専攻学科目 心理学
主要な学術上の業績

難波精一郎氏は、国際的にも著名な音響心理学の第一人者です。学界の主流であった定常音の研究を革新し、独自の実験装置や時々刻々の音の印象を捉える「カテゴリー連続判断法」を開発して、複雑な変動音と機械音の研究への道を開きました。

この革新を踏まえた難波氏の業績の中核は音色の研究です。高さ、大きさ、音色という音の3つの属性のうち、音色は心理的にも物理的にも多次元的であり、その解析はきわめて困難ですが、難波氏は自身の設計による装置を駆使した精密な実験を中心にして、音色問題の広範囲な領域で前例のない先駆的・先見的な成果を挙げました。騒音制御や機械音の改善、各種の音源に関する言語的記述の国際比較は、その成果の一端です。また、難波氏は変動音に関する研究に基づいて、1998年わが国の「騒音に係る環境基準」の改訂に貢献するとともに、音楽演奏の評価や機械音の設計を発展させました。さらに難波氏は、機械的騒音の評価に騒音レベルだけでなく音色が大きく影響することを明らかにして、機械音の改善を推進しました。

難波氏は海外での評価も高く、アメリカ音響学会特別功労賞やドイツ・オルデンブルグ大学名誉哲学博士を授与されています。

【用語解説】

○定常音と変動音
定常音は時間の経過によっても変化しない音、変動音は時間の経過とともに変化する音
○カテゴリー連続判断法
時々刻々変化する音を聞いてその時々刻々の印象を連続判断し反応盤に入力する方法
○機械音
洗濯機・冷蔵庫・空調機、動力・工作機械、自動車・電車・航空機などから発生する音
○各種の音源に関する言語的記述の国際比較
例えば、主要な音の属性を表現する「大きい」という用語は、日本とスウェーデンでは主に音楽と音声に用いられて他の音源には選択されず、ドイツとアメリカでは多くの音源に高頻度で選択され、中国では空間を表現する語であって音の表現にはほとんど使われない、などの比較文化的特性の実験による解明

(2)第1部第1分科
氏名 玉 泉 八州男(たまいずみ やすお) 玉泉八州男
現職等 東京工業大学名誉教授
生年月日 昭和11年2月25日(71歳)
専攻学科目 英文学
主要な学術上の業績

玉泉八州男氏は、特にシェイクスピアの生きていた16世紀から17世紀にかけてのエリザベス朝演劇史についての、当時の膨大な資料に基づく緻密な研究によって、優れた業績を挙げました。

玉泉氏は、シェイクスピア時代の演劇資料をはじめ、イギリス・ルネサンスに関する様々な一次資料、二次資料を長年にわたって丹念に渉猟し、時間をかけてこれを咀嚼し消化して、イギリス文学史でもっとも活気にあふれていたこの時代の全体像を明らかにしました。

玉泉氏の研究の対象は、論文、著書、編著、学術研究書の翻訳など、終始一貫してシェイクスピアとその時代に関するものですが、特に主著『女王陛下の興行師たち―エリザベス朝演劇の光と影』(藝立出版、1984)及び『シェイクスピアとイギリス民衆演劇の成立』(研究社、2004)は、その研究成果の集大成ともいうべきもので、そこに展開される独創的、かつきわめて説得力のある見解は、学界からも高く評価されています。

【用語解説】

○エリザベス朝
チューダー朝(イングランドの王朝。1485-1603)5代目の女王であるエリザベス1世(在位1558-1603)治世の時代

(3)第1部第1分科
氏名 青 柳 正 規(あおやぎ まさのり) 青柳正規
現職等 独立行政法人国立美術館国立西洋美術館長、東京大学名誉教授
生年月日 昭和19年11月21日(63歳)
専攻学科目 西洋美術史
主要な学術上の業績

青柳正規氏は、イタリアを拠点に旺盛な活動を展開する考古学者であり、西洋古代美術史家です。

青柳氏はナポリ近郊の古代ローマ遺跡ポンペイの研究で国際的に名高く、欧米各国の専門家に呼びかけて、当該遺跡に現存する作品を中心に、500点余の壁画図版に学術的解説を施した日本語版・フランス語版の大部の美術書を完成したことにより、高い評価を得ています。昨年さらにポンペイ研究の第一人者U.パッパラルド氏とともに、1000点に近い高精度の画像と詳細な調査報告とから成る資料集成をイタリアで出版して、美術史家としての声価を高めました。

このような青柳氏の研究経歴の基礎には、30年余にわたるイタリア各地での地道な考古学的調査と、英語・イタリア語による報告書・論文の持続的発表があります。発掘調査は、ポンペイ、シチリア西南岸アグリジェント、イタリア中部タルクィ二ア、ヴェスヴィオ火山北麓ソンマ=ヴェスヴィアーナといった各地所在の4遺跡に及び、彫像や床モザイクの出土をもたらしたほか、古代ローマの上層市民たちの住宅・別荘の構造と変遷を克明に解き明かしてきました。

その際、遺構の盛衰と地中海世界の経済的発展・衰退との関連にも考察の眼を向けるなど、考古学・美術史の域を超え、政治と社会の動きをも視野に入れて古代ローマの全体像に迫ろうとするところに、青柳氏の研究の特徴が認められます。数々の受賞は、青柳氏の業績が学界のみならず広く社会の知的関心に応えうる学問的魅力を具えている証左といえます。

ソンマ=ヴェスヴィアーナ(左、2006年)とソンマ=ヴェスヴィアーナ出土ディオニュソス像(右)

ソンマ=ヴェスヴィアーナ(左、2006年)とソンマ=ヴェスヴィアーナ出土ディオニュソス像(右)


(4)第1部第2分科
氏名 西 尾   勝(にしお まさる) 西尾勝
現職等 財団法人東京市政調査会理事長、東京大学名誉教授
生年月日 昭和13年9月18日(69歳)
専攻学科目 行政学
主要な学術上の業績

西尾 勝氏は、日本の行政を的確に分析するための基礎概念と学問体系の構築に、大きな貢献をしました。また、都市行政・地方自治の実証的研究において、高い業績を挙げてきました。

行政学における基礎概念の整理は、行政学独自の学問体系を構成する上で不可欠の作業です。特に「行政」の概念を中心とした行政学の基礎概念に関する業績は、その後の日本における行政学の共有財産になっていると評価されます。

さらに、西尾氏の業績は、アメリカや日本の都市行政・地方自治を対象とする研究に及んでいます。なかでも、地方行政の計画機能に着目し、住民参加が持つ機能に視野を拡大した業績は、その後盛んとなるボランティア論や「新しい公共性論」を先取りした成果として、高い評価を得ています。

また、行政学を学問的背景とした、行政・地方自治改革への実践的関わりは、西尾氏の研究の大きな特徴です。

【用語解説】

○新しい公共性論
「公共」を政府や官に限定せず、NGOやNPO、市民などの公的性格に着目する方法論

(5)第2部第4分科
氏名 外 村   彰(とのむら あきら) 外村彰
現職等 株式会社日立製作所フェロー
生年月日 昭和17年4月25日(65歳)
専攻学科目 物理学
主要な学術上の業績

外村 彰氏は、高輝度で高干渉性の電子線を世界に先駆けて実現し、これを用いて電子線ホログラフィーを世界ではじめて実用化することに成功しました。これを用いて、アハラノフ・ボーム効果を完璧な形で検証する実験を行い、長年の論争に決着をつけ、自然界のあらゆる力の統一理論と目されている“ゲージ場理論”の基礎を築きました。

また、直接的実証は不可能とされていた電子の「粒子性と波動性の二重性」を疑義のない形で示す“二重スリットの実験”を行い、国内外の物理学の教科書に紹介されるなど、量子力学の基礎に多大な寄与を果たしました。

さらに外村氏は、電子線干渉顕微法により、強磁性体中の磁力線を直接見ることを可能にし、磁気テープの高密度磁気記録の開発に寄与するほか、超伝導体中の磁束量子を直接、しかも動的に観察する道を開き、これによって“磁束ピン止め現象”の観察を可能とし、臨界電流の大きな超伝導材料を開発する指針を得ました。

【用語解説】

○電子線ホログラフィー
物体に当てた電子線と、物体に当てないそのままの電子線とを干渉させてパターンを作り、それに光を当てて物体の像を再生させる手法
○アハラノフ・ボーム効果
磁場の傍らを通過する電子は、磁場が完全にゼロの場所しか通らなくてもその位相が変化するというアハラノフとボームの予言。この予言に対するそれまでの実験的検証には疑義が出されていた。
○ゲージ場理論
空間の各点で長さの尺度を変えても不変であるような場の理論。電磁相互作用、弱い相互作用及び強い相互作用の各理論がゲージ場理論の形式で書かれている。
○磁束量子
超伝導体にある程度高い磁場をかけると、磁力線は沢山の細い束になって超伝導体を貫く。その一本一本を磁束量子という。
○磁束ピン止め現象
磁束量子は超伝導体に電流を流すと動き出して熱を発生し、超伝導を壊してしまう。超伝導体中になんらかの欠陥があると磁束量子はそれに捕捉されて動けなくなり、大電流を流すことができる。

(6)第2部第4分科
氏名 柏 原 正 樹(かしわら まさき) 柏原正樹
現職等 京都大学数理解析研究所長・教授
生年月日 昭和22年1月30日(60歳)
専攻学科目 数学
主要な学術上の業績

柏原正樹氏は1970年代から現在まで、世界的なリーダーとして代数解析学の革新と発展、その応用を主導してきました。

柏原氏は、超局所解析により線形偏微分方程式を佐藤幹夫氏、河合隆裕氏と共に深く研究し、その研究を基にD加群の理論を構築しました。関数の性質はその特異点に集約され、その性質は関数の満たす方程式の特異点を調べることによって理解できるというリーマンのアイデアを現代数学に甦らせ、D加群を用いてリーマン・ヒルベルト対応の高次元化に成功しました。さらに、D加群により幾何と代数を繋ぐ手法を表現論に応用するなど、現代数学に新たな地平を切り開きました。

これにより代数解析学とD加群の理論は、線形偏微分方程式論を超えて、現代数学の基本的手段として位置付けられ、現代数学の中に大きな流れを作り出しています。

【用語解説】

○代数解析学
代数幾何学が図形を代数方程式の解として研究するのに対し、代数解析学は関数を微分方程式の解として研究する。
○超局所解析
波動を三角級数に分解するというフーリエのアイデアを押し進めて、空間と運動量をともに考えた空間で関数の特異性を解析する手法
○線形偏微分方程式
未知関数の偏微分の関係を与える方程式。波や音などのふるまいを記述する基本的な手段
○D加群
線形偏微分方程式を代数的に研究する枠組み。幾何と代数を繋ぐ架け橋としてその重要性が高まっている。
○リーマン・ヒルベルト対応
線形偏微分方程式は、その解の幾何学的性質によって一意的に決まってしまう。これは、ヒルベルトにより1900年に20世紀の主要な問題として提出された23の問題の一つ。
○表現論
対称性をいろいろな角度から研究する分野

(7)第2部第5分科
氏名 堀 川 清 司(ほりかわ きよし) 堀川清司
現職等 東京大学名誉教授、埼玉大学名誉教授、武蔵工業大学名誉教授
生年月日 昭和2年8月24日(80歳)
専攻学科目 土木工学(海岸工学)
主要な学術上の業績

堀川清司氏は、海岸工学を学問の一分野として確立する上で多大の貢献をしました。海岸工学は1950年米国において、土木工学の一部門として創始され、わが国には1953年台風13号による高潮災害を機に導入されました。国土面積当たりの海岸線延長が、米国の42倍にも及ぶわが国では、これは極めて重要な分野です。

堀川氏の最も大きな業績は、漂砂現象の解明と、海浜変形予測手法の開発です。浅海域における波の変形や、波によって誘起される海浜流場を求め、これらを基に底質の移動量(漂砂量)を評価し、その上で当該区域の地形変化を予測する手法を提示しました。この際、底質移動の沖側限界を求める必要があり、流体力学の理論的考察に加えて実験や現地観測のデータを用いて、移動限界水深を求める方法を示しました。

上記の予測手法は、その後集積された現地データを用いて改良され、現在多くの海岸に適用されています。

【用語解説】

○海岸工学
海岸で見られる種々の自然現象(波浪、高潮、津波、潮汐、流れ、水質、地形変化等)を対象として調査研究し、併せて海岸の環境や安全性を良好な状態に維持するための施策を追究する工学分野
○波の変形
浅海域の波が、水深の変化、地物や構造物の存在によって波の浅水変形・波の屈折・波の回折・砕波・反射などの様々な変化を生じること
○漂砂
海浜において、波や海浜流によって移動する底質、あるいは底質の移動する現象をいう。
○海浜流
浅海域で、砕波によって打ち寄せられた水塊は、海岸線にほぼ平行した沿岸流や、ある地点から沖に向う離岸流を生じる。これらの流れを総称して海浜流という。
波・流れ・漂砂・地形の相互作用

【波・流れ・漂砂・地形の相互作用】


(8)第2部第6分科
氏名 喜 田   宏(きだ ひろし) 喜田宏
現職等 北海道大学大学院獣医学研究科教授、北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター長
生年月日 昭和18年12月10日(64歳)
専攻学科目 獣医微生物学
主要な学術上の業績

喜田 宏氏は、インフルエンザの疫学研究を地球規模で行い、ウイルスの遺伝子解析と感染実験の結果、夏にカモが営巣するシベリアの湖沼水中に存続しているウイルスが、渡りガモによって中国南部の池に持ち込まれ、そこでアヒル等を介してブタに伝播する経路を明らかにしました。さらに、ヒトと鳥のインフルエンザウイルスに同時感染したブタの呼吸器で新型ウイルスが出現する機構を実証しました。

また喜田氏は、ウイルスの宿主域、病原性と抗原変異などの現象が、ウイルスと宿主細胞の遺伝子やタンパク質分子間の相互作用によって起こることを明らかにしました。これらの成果を基に、世界の高病原性鳥インフルエンザと新型ウイルス対策ならびに人獣共通感染症克服のため、広範な研究を展開し、国際協力研究にも多大な寄与をしています。

【用語解説】

○宿主域
ウイルスが感染する生物種の範囲。例えば、インフルエンザA型ウイルスはヒトを含む哺乳動物と多種の鳥にも感染するが、BおよびC型ウイルスはヒトにのみ感染する。
○病原性
微生物が感染した宿主を発病させる性質。高病原性鳥インフルエンザウイルスはニワトリを殺すが、カモやガンは感染しても、普通重症化しない。
○抗原変異
ウイルスが感染した動物には、免疫抗体ができる。その抗体が結合しない変異ウイルス(抗体が結合する部位を構成するアミノ酸残基が置換したウイルス)が選択される結果、抗原性が異なるウイルスが優勢となること。
新型インフルエンザウイルスの出現機序

(9)第2部第7分科
氏名 須 田 立 雄(すだ たつお) 須田立雄
現職等 埼玉医科大学ゲノム医学研究センター客員教授、神奈川歯科大学客員教授、昭和大学名誉教授
生年月日 昭和10年3月31日(72歳)
専攻学科目 歯学(歯科基礎医学)
主要な学術上の業績

須田立雄氏は、40年以上にわたり、生体のカルシウム代謝を調節する最も基本的な因子であるビタミンDの代謝調節、作用のしくみ、活性型ビタミンD(強力な生理作用を持つビタミンD代謝産物)の臨床応用のための基礎研究に取り組んできました。特に、須田氏の考案した活性型ビタミンDの合成誘導体(1α−ヒドロキシビタミンD3)は、近年新しい生活習慣病としてクローズアップされている骨粗鬆症患者の基本的な治療薬となっています。

また須田氏は、活性型ビタミンDの分化誘導作用の研究から出発して、骨吸収の主役を演じる破骨細胞の形成には、骨形成に関与する骨芽細胞と破骨細胞前駆細胞との間に細胞間接着を介して破骨細胞分化因子(ODF)と名付けたタンパク質が関与するという作業仮説を提唱し、その仮説が正しいことを分子レベルで証明しました。

須田氏の一連の研究は、基礎生命科学と医学・歯学の進展に大きく貢献するものです。

【用語解説】

○1α−ヒドロキシビタミンD3
ビタミンD代謝が正常に行われない慢性腎不全患者や骨粗鬆症患者などに投与することで、活性型ビタミンDの合成を誘導し、症状を改善する。現在、100万人以上の骨粗鬆症患者が毎日服用している。
○破骨細胞分化因子
骨は、形成と吸収を繰り返す動的な組織であり、生体内のカルシウムの貯蔵庫ともなっている。破骨細胞は、骨吸収の過程を担う重要な細胞であり、骨芽細胞の細胞膜上に発現する破骨細胞分化因子(ODF/RANKL)は、破骨細胞を形成するための鍵を握る因子である。ヒト型抗RANKL抗体を骨粗鬆症患者に投与すると、骨吸収が著明に抑制され、一回の抗体投与でその効果は3ヶ月以上も持続する。

上部に戻る



PJA Ser. Aが創刊号より閲覧可能になりました

Proceedings of the Japan Academy, Ser.A Mathematical SciencesがProject Euclidにおいて全掲載論文が創刊号より閲覧・検索可能になりました。

http://projecteuclid.org/pja

院長就任挨拶

久保正彰院長の就任挨拶を掲載しました。 就任挨拶


日本学士院長の選定について

長倉三郎院長の任期満了に伴い、平成19年10月12日開催の第1012回総会において選挙を行い、久保正彰氏を24代院長として選定いたしました。院長の任期は就任日(平成19年10月12日)より3年と規定され、2期(6年)を限度としています。

久保正彰新院長の略歴並びに主要な学術上の業績は、次の通りです。

久保正彰
(くぼ まさあき)

・・

久保正彰院長

生年月日
昭和5年10月10日(77歳)
専攻学科目
西洋古典学
出身地
東京都
現住所
東京都杉並区
略歴
昭和28年 6月 ハーバード大学卒業(古典語学・古代インド語学専攻)
同 32年 3月 東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了
同 34年 4月 東京大学教養学部助手
同 40年 4月 成蹊大学文学部助教授
同 42年 4月 東京大学教養学部助教授
同 43年 10月 東京大学文学部助教授
同 50年 4月 東京大学文学部教授
同 60年 4月 東京大学文学部長(昭和62年3月まで)
平成 3年 5月 東京大学名誉教授
同  4年 4月 東北芸術工科大学学長(平成10年3月まで)
同  4年 12月 日本学士院会員
同 10年 4月 東北芸術工科大学名誉教授
同 14年 2月 日本学士院第1部部長
同 18年 3月 日本学士院幹事
同 16年 5月 瑞宝重光章受章
同 19年 10月 日本学士院長
主要な学術上の業績
久保正彰氏は、西洋古典−ギリシア・ラテンの双方にわたる−の言語・文学・文献・歴史等について日本での最高の業績をあげたのみでなく、欧米の諸大学においても高く評価され、諸国学士院協賛の下に進められているラテン語の大辞典の作成にも参与し、いまなお研究を続けており学問的活動は真に顕著です。

日本学士院第47回公開講演会のお知らせ
(上野の山 文化ゾーンフェスティバル〜講演会シリーズ〜)

日本学士院では、広く一般の方々を対象として、会員を講師に春・秋年2回講演会を実施しており、秋の講演会を下記のとおり開催する予定です。 多くの方々のご参加をお待ちしております。

<日時・場所>

○平成19年10月27日(土)午後2時〜5時10分
○日本学士院会館

<講 演>

「格差はなくせるか」

村上淳一
(日本学士院会員、桐蔭横浜大学終身教授、東京大学名誉教授)
村上淳一会員
「細胞内のミクロの運び屋、分子モーター;脳の働きの制御、体の左右の決定から腫瘍の抑制まで」

廣川信
(日本学士院会員、東京大学大学院医学系研究科教授)
廣川信隆会員

講演要旨

1)格差はなくせるか     村 上 淳 一

いま盛んに論じられている格差の問題は、どこから起こったのだろうか。格差は、とくに身分制的な旧弊を脱しきれない社会に見られる現象なのか、それとも、身分的な格差が否定されて自由な活動が可能になった近代社会は、別種の格差に悩むことになるのか。格差が生じたとしても、それを解消するための再チャレンジが可能なのが近代ではないのか。それとも、再チャレンジは現実には困難なのか。困難だとして、それはなぜか。

1998年に亡くなったドイツの社会学者ニクラス・ルーマンは、身分制を克服した自由な近代社会は政治や経済や法や学術や芸術や教育等々のさまざまの分野で自由な活動が展開される社会だが、それは、それぞれの分野で活動するための基準がそれぞれの分野ごとに自由に設定されるということでしかない、と説いている。それぞれの基準に合わない者は、やはりそれぞれの分野から閉め出されることになる。そして、多くの分野から閉め出された者は、さまざまの分野からなる社会全体から閉め出されてスラムを形成することになりかねない、と言う。

そればかりではなく、ルーマンは、それぞれの分野で近代化された体制を実際に動かしているのは、先進国においても合理化された組織ばかりではなく、フェイス・トゥ・フェイスの人間関係も一役買っていると指摘する。この講演では、ルーマンの所論を参照しながら、現代の格差問題を理論的に理解するための糸口を探したい。

2)細胞内のミクロの運び屋、分子モーター:脳の働きの制御、体の左右の決定から腫瘍の抑制まで      廣 川 信 隆

私たちの体を作っている細胞は、私たちの社会と似ている。私たちの社会では、農村で米、野菜、果物などを作りそれを飛行機、列車、トラックなどの様々な運び手によって都市部に輸送し、また都市部の近郊で作られた電化製品は、やはり様々な交通手段によって地方に輸送され私達の生活は、成り立っている。私たちの体を作っている、脳の神経細胞、消化管の上皮細胞、筋肉の細胞、血管の細胞などすべての細胞のなかには、微小管という直径5ナノメーター(1ミリの百万分の1)のレールが規則的に張り巡らされ、その上を数10種類にも及ぶ多彩なモーター分子が異なった速度で、細胞がつくり私たちの様々な生命活動に必須な蛋白質などの素材を極めて巧妙な機構で製造所から終着点まで送り届けている。モーター分子(〜100ナノメーター)が私たちの大きさとすると直径5メートルの土管の上を秒速100メーターの速度で10トントラックほどの大きさの積荷を担いで地球から月までの距離を走り回っていることになる。私達は、人のモーター分子のすべての遺伝子を発見し、生命科学のあらゆる先端的方法を駆使してこの生命活動に必須なモーター分子の働きを解明してきた。その結果これらのモーター分子群が、記憶、学習などの脳の高次機能、脳の神経回路網の形成、体の左右非対称性の決定、腫瘍や癌の抑制などをはじめとする私たちの生命の要ともいえる大変重要な現象をコントロールしていることが分かった。これらの先駆的研究成果をご紹介する。

<申込み方法>

申し込みの受付は終了しました。

<本講演会に関するお問合せ先>

日本学士院 公開講演会係
 〒110−0007
  東京都台東区上野公園7-32
 TEL 03-3822-2101
 FAX 03-3822-2105
 電子メール kouenkai@japan-acad.go.jp

<関連リンク>

※上野の山文化ゾーンフェスティバルは、上野の山の各文化施設が一斉に企画展やイベントを催すものです。詳しくは下記ホームページをご覧ください。
2007上野の山文化ゾーンフェスティバル(http://www.city.taito.tokyo.jp/index/000024/045989.html
講演会シリーズ(全10回)(http://www.city.taito.tokyo.jp/index/000024/018392.html

また、台東区文化ガイドブック「文化探訪」では台東区の様々な文化資源をご紹介しています。(http://taito-culture.jp/home.html


Emmanuel Le Roy Ladurie 客員 来日記念シンポジウムについて

日本学士院では、わが国における学術の発達に関し、特別に功労のあった外国人研究者を日本学士院客員として選定しています。 20年3月の来日を機に、下記のとおりシンポジウムを開催する予定ですのでお知らせいたします。 詳細決定後、改めてご案内いたします。

<開催予定時期>

○平成20年3月中旬

<シンポジウム>

French Ancien Régime and Tokugawa Japan: Is comparative history possible?
(フランス・アンシャン・レジームと徳川日本:比較史の可能性を探る)


Emmanuel Le Roy Ladurie
(日本学士院客員、コレージュ・ドゥ・フランス名誉教授)
Le Roy Ladurie客員

*シンポジウムはフランス語で行われる予定です。(同時通訳付き)

<シンポジウムに関するお問合せ先>

日本学士院
 〒110-0007
  東京都台東区上野公園7-32
 TEL 03-3822-2101
 FAX 03-3822-2105


日本学士院第97回授賞式の挙行について

日本学士院は、平成19年6月11日、午前10時30分から、本院会館において天皇皇后両陛下ご臨席のもと、第97回授賞式を挙行いたしました。式に先立って、各受賞者が両陛下にそれぞれの研究内容やその成果を御説明し、陛下からの御質問に答えました。授賞式では、秀村選三・審良靜男両氏に恩賜賞・日本学士院賞、杉山正明氏ら9名に日本学士院賞が授賞されました。[日本学士院の授賞制度について]

 
審良靜男受賞者から研究業績について
説明をお受けになる
天皇皇后両陛下

 
秀村選三受賞者に授賞を行う長倉三郎院長

 
遠藤利明文部科学副大臣、役員、受賞者の集合写真

授賞一覧・授賞審査要旨
受賞者 研究題目 授賞審査要旨
秀村選三 幕末期薩摩藩の農業と社会 −大隅国高山郷士守屋家をめぐって− 授賞審査要旨
審良静男 自然免疫による病原体認識とシグナル伝達 授賞審査要旨
杉山正明 モンゴル帝国と大元ウルス 授賞審査要旨
平 朝彦 プレート沈み込み帯の付加作用による日本列島形成過程の研究 授賞審査要旨
川路紳治 2次元電子系の実験的研究 授賞審査要旨
山本 尚・玉尾皓平 有機典型元素化合物の高配位能を活用した化学反応性と物性の開拓(共同研究) 授賞審査要旨
堀 幸夫・加藤康司 トライボロジーに関する研究(共同研究) 授賞審査要旨
丸山利輔 蒸発散と流出機構に基づく広域水需給分析に関する研究 授賞審査要旨
宮下保司 連想記憶ニューロンの発見と大脳認知記憶システムの解明 授賞審査要旨

日本学士院公開講演会を開催しました

 日本学士院では平成19年5月26日(土)、大阪大学との共催で第46回公開講演会を同大学大学教育実践センター大講義室において開催しました。今回は、田仲一成会員(財団法人東洋文庫理事、東京大学名誉教授)が「中国江南農村の仮面劇−追儺と翁を中心に−」、四方英四郎会員(北海道大学名誉教授)が「最も小さい病原体;ウイロイドとウイロイド病」と題して講演を行い、多数の聴衆が聴講しました。次回の講演会は秋に日本学士院(東京・上野)で開催を予定しています。

田仲会員
プロジェクターを用いて中国江南農村の仮面劇について語る田仲一成会員

四方会員
ウイロイドとウイロイド病について聴講者の質問に答える四方英四郎会員

日本学士院賞授賞の決定について

 日本学士院は、平成19年3月12日開催の第1007回総会において、日本学士院賞9件(うち2件に対し恩賜賞を重ねて授与)を決定しましたので、お知らせいたします。
 受賞者は以下のとおりです。

1. 恩賜賞・日本学士院賞
研究題目 『幕末期薩摩藩の農業と社会 −大隅国高山郷士守屋家をめぐって−』
氏名 秀 村 選 三(ひでむら せんぞう) 秀村選三
現職 九州大学名誉教授
生年月日 大正11年12月10日(84歳)
専攻学科目 日本社会経済史
出身地 福岡県
現住所 福岡県福岡市早良区
授賞理由

秀村選三氏が著した『幕末期薩摩藩の農業と社会 −大隅国高山郷士守屋家をめぐって−』(創文社、平成16年)は、未開拓の部分が多い薩摩藩領の農村を研究するための、基礎ないし基準点を作ることを目指した、半世紀に及ぶ努力の成果としての画期的な業績です。薩摩藩領の大隅半島にあった高山郷(こうやまごう 現在の鹿児島県肝付町高山)の郷士守屋家を中心として、一つの郷、一つの家の姿を克明に描いています。

薩摩藩では、藩権力が強大で、農民の地位が低く、武士身分に属しながら地主でもあった郷士らの家に農村史料が伝えられることが多く、特に守屋家には幕末期の当主の日記(「日帳」)や「耕作日記」など貴重な史料が多く残されています。秀村氏がこの研究に着手した1950年ごろには、明治初頭生まれの古老たちから、湿田の多かったこの地域での稲作の過酷な労働の様相を聞き取ることも可能でした。今日、江戸時代の農村に関する歴史的研究は進んでいますが、このような人々の生活の具体的な実態に触れたものは多くはありません。

秀村氏の広い視野からの展望は、薩摩藩領の農村を研究対象とすること自体にも指向されています。江戸時代の藩を東北型、畿内型、西南型などに類型化することが様々な研究者によって試みられ、従来まで薩摩藩は特殊な地域と見なされてきましたが、同氏は、薩摩藩を「西南辺境型藩領国」の一つとして位置付けられると主張します。薩長土肥とよばれる雄藩の社会組織の面での共通点に注目する同氏の仮説は、明治維新の性格を考えるためにも、重要な手掛かりとなるでしょう。


用語解説

郷と郷士:薩摩藩では、鹿児島城下のほか、領内を113の郷に区分し、各郷には、それぞれ数百人の郷士が居住して、麓(ふもと)とよばれる集落を形成した。守屋家など上級の郷士は、郷の行政や農村の支配に当たった。

西南辺境型藩領国:従来の薩摩藩研究が一藩のみの独自性・特殊性を強調したものであるのに対して、西南日本縁辺部の辺境、ことに戦国期以来の歴史的伝統を濃厚にもつ旧族居付(いつき)外様大名の領国(薩摩藩のほか土佐藩、佐賀藩、長州藩など)の地域的・歴史的基盤の同質性を探り、幾つかの特質をとりあげ、それが相互に関連する複合体として秀村氏が設定した1つの研究手段=作業仮説


2. 恩賜賞・日本学士院賞
研究題目 「自然免疫による病原体認識とシグナル伝達」
氏名 審 良 静 男(あきら しずお) 審良静男
現職 大阪大学微生物病研究所教授
生年月日 昭和28年1月27日(54歳)
専攻学科目 免疫学
出身地 大阪府
現住所 大阪府高槻市
授賞理由

審良静男氏は、一連の研究により、自然免疫の重要性の確立に多大な貢献をしました。

自然免疫は、従来までは非特異的免疫とも呼ばれ、単に病原体の貪食・処理に関わる低次の感染防御反応であると考えられてきました。しかし、Toll様受容体(TLR)の発見、機能解析を通じて自然免疫が極めて特異的に病原体を認識し病原体の侵入に対処していること、さらに獲得免疫(抗体産生やキラーT細胞)の誘導に必須であることが明らかとなり、従来の免疫学の理論的基盤を、根底から見直さなくてはならない状況にいたっています。

審良氏は、遺伝子欠損マウス作製を通じて、各TLRの認識する病原体成分とTLRからのシグナル伝達経路の全貌を明らかにして自然免疫の仕組みの解明に貢献しました。

このような審良氏の研究成果をもとに、現在、難治性感染症、アレルギー、癌に対して新たな治療法が開発されようとしています。


用語解説

自然免疫:生体は、体内に侵入した病原体をいち早く察知し排除する免疫というシステムを持っており、感染症の発症を防いでいる。免疫は大きく自然免疫と獲得免疫から成り立っている。従来の免疫学では、生体が後天的に獲得する、病原体各々に特異的に反応する免疫機能である獲得免疫が研究の主流であった。一方自然免疫は、下等動物から存在する原始的防御システムであり、哺乳動物では単に食細胞による病原体の貪食・処理に関わるものとして重視されてこなかった。しかし最近、Toll様受容体の発見・解析を通じて、自然免疫が病原体の生体内侵入を特異的に認識し活性化されることが明らかとなってきた。

Toll様受容体(Toll-like receptor、TLR):Tollは、ショウジョウバエの遺伝子で、1996年にJ. Hoffmannらによって成虫においてカビの感染防御に必須の受容体であることが判明した。TLRは、ハエのTollに対する脊椎動物のホモログ(類似蛋白)で、ヒトでは12種類が同定されている。各TLRは、異なる病原体の構成成分(リポ多糖、リポ蛋白、鞭毛成分、RNA、DNAなど)を認識し、これらの受容体を用いて、細菌からウイルスまでのあらゆる病原体の体内への侵入を感知することができる。
TLR


3. 日本学士院賞
研究題目 『モンゴル帝国と大元ウルス』
氏名 杉 山 正 明(すぎやま まさあき) 杉山正明
現職 京都大学大学院文学研究科教授
生年月日 昭和27年3月1日(55歳)
専攻学科目 東洋史学
出身地 静岡県
現住所 京都府京都市上京区
授賞理由

杉山正明氏が著した『モンゴル帝国と大元ウルス』(京都大学学術出版会、平成16年)は、モンゴル帝国史研究の顕著な前進に貢献した労作です。

チンギス・カン(ジンギスカン)で有名なモンゴル帝国は、13〜14世紀に栄えて、世界史に大きな影響を残しました。遊牧地と戦士をチンギス・カンの弟たちや子供たちに分け与え、各々の家系がまたこれを繰り返して、連盟をしながら諸民族の国々を征服していきました。モンゴル帝国の歴史にまだ謎や空白が多いのは、領内の言語が様々であり、また帝国が連盟で結ばれていたために統一された歴史が残らなかったためです。

杉山氏は、モンゴル帝国史を復原する最有力な手がかりとして、同時代のペルシア語の史料群、漢文の史料群を総動員して、相互に丹念に対照させて確かな事実をつきとめ、この手法をたどってこれまで分からなかったモンゴル帝国史の基本になる部分を一挙に解き明かすことに成功しました。例えば、帝国の政治軍事組織の原理構造、クビライの即位と大元を始めとする4汗国(ウルス)の成立事情、帝室一門のモンゴル高原にある本領と中国内にある所領との統治関係、帝国後半期におけるチャガタイ・ウルスの歩みの復原などは特筆されるべき貢献です。

本書は総体として根本史料の発掘法、校訂と対照法において独自の創見に満ちており、モンゴル史研究の今後の飛躍のためにパイオニア的な役割を果たしています。


用語解説

ウルス:モンゴル語で国ないし集団を指す言葉で、本書ではモンゴル人側がモンゴル語で自称した用語を重んじて、これまで・・汗国、・・ハン国と呼んできた呼称をウルスと置き換えている。

クビライ(1215年-1294年):モンゴル帝国の第五代皇帝(カアン)(在位1260年-1294年)。南宋や高麗を征服して国号を大元と改め、首都を大都(現在の北京)に定めて中国風の統治機構を整えた。また、日本にも2度出兵を行った。

チャガタイ・ウルス:14世紀頃中央アジアを支配したモンゴル帝国のうちの一国。なお、4汗国は、チャガタイ・ウルスの他、モンゴル高原の他旧西夏・金・南宋領を直轄した宗家の「大元ウルス」、西北の「ジョチ・ウルス」、西南の「フレグ・ウルス」の4国を指す。


4. 日本学士院賞
研究題目 「プレート沈み込み帯の付加作用による日本列島形成過程の研究」
氏名 平   朝 彦(たいら あさひこ) 平朝彦
現職 独立行政法人海洋研究開発機構理事・同地球深部探査センター長
生年月日 昭和21年5月30日(60歳)
専攻学科目 地質学
出身地 宮城県
現住所 千葉県浦安市
授賞理由

平 朝彦氏は、日本列島の基礎を構成する地層群を新しい観点から研究し、それらの地層群が、数千キロメートルに及ぶプレートの運動と沈み込みに起因する付加作用によって形成されたことを明らかにしました。

1970年代にプレートテクトニクスは地球科学に革命を起こし、様々な地質学的、地球物理学的な現象を合理的に説明することを可能にしました。一方、日本列島の地質構造は、地殻の上下運動を重視する地向斜論で長い間説明されてきました。

平氏は、西南日本の太平洋側に分布する四万十帯の研究によって、世界で初めてプレート沈み込み帯での付加体形成を地質学的証拠により立証しました。南海トラフ(本州・四国の太平洋側にあるやや浅い海溝)の研究では、付加体形成のプロセスを確認するとともに、島弧同士の衝突付加がもたらす山脈隆起、海底土石流による運搬、付加体の形成という一連の事象との関連を明らかにしました。

さらに、平氏は、日本列島が東アジア大陸の周辺で、数億年かけて付加作用により年輪のように成長してきたことを示し、従来の教科書の記述を根底から書き改め、地質学の発展に大きく貢献しました。


用語解説

プレート:地球表層部を構成する厚さ50−100kmの10数枚の固い岩板

プレートテクトニクス:プレートが中央海嶺で生産され、海溝でマントル内部に沈み込み、これが島弧での地震や火山活動の原因となるという理論

四万十帯:四国の四万十川流域に由来し命名・記載された約1億3000万年から3000万年前の地層群。砂岩や泥岩やケイ質のチャート(堆積岩)、玄武岩溶岩などから成る。

付加体と付加作用:プレートが沈みこむ時に海洋地殻上部の玄武岩やプランクトンの遺骸からなる地層(チャート)、さらに海溝で堆積した砂岩や泥岩などが陸側のプレートに付け加わり(付加作用)、新しい地殻(付加体)を作ること

プレートの沈み込みと四万十帯(付加体)の形成
プレートの沈み込みと四万十帯(付加体)の形成

5. 日本学士院賞
研究題目 「2次元電子系の実験的研究」
氏名 川 路 紳 治(かわじ しんじ) 川路紳治
現職 学習院大学名誉教授
生年月日 昭和7年1月11日(75歳)
専攻学科目 物理学
出身地 北海道
現住所 東京都豊島区
授賞理由

川路紳治氏は、一貫して半導体境界面における電気伝導の研究を行い、基礎物理学と半導体技術の基礎の両面にわたって大きく貢献しました。

川路氏は、Si-MOS型素子という金属と半導体の接合部に生じた2次元電子系のホール効果を計測し、ホールコンダクタンスの値が接合部のゲート電圧を変えると階段状に変化し、階段の平らなところは2次元電子密度がieB/h(iは整数、eは電子の電荷、Bは磁束密度、hはプランク常数)となる近傍であり、ホールコンダクタンスの値がie2/hになる量子ホール効果を明らかにしました。ホールコンダクタンスまたはその逆数のホール抵抗のような物質常数が普遍常数だけで決まるということは驚くべき結果であり、多くの理論的研究を引き起こし、豊富な成果を生みました。

また、川路氏は、Si-MOS型素子の電気抵抗が磁場とともに減少する現象を発見しました。理論家の研究によってこの現象がアンダーソン局在の存在を証明するものであることが示され、川路氏の研究の正しさとその意義が確認されました。

川路氏の業績は、直接的には純粋物理学におけるものですが、現在の電子技術はほとんど全てが半導体境界面の2次元電子系を利用しており、量子ホール効果やアンダーソン局在の研究は、メゾスコピック系(微視的と巨視的の中間領域で、量子力学と古典力学の両方の性格を持つ研究分野)やナノテクノロジーへと発展していきました。その意味で、川路氏の研究は電子技術の基礎をなすものであり、その影響の大きさは現代の産業の大部分に及ぶと言っても過言ではありません。


用語解説

2次元電子系:通常の金属の伝導電子は3次元の運動の自由度を持つ。その厚さを伝導電子の波長程度に薄くすると、伝導電子の運動自由度は2次元の平面内に限られるので、2次元電子系が形成される。シリコンMOS型電界効果トランジスタは酸化シリコンに接するシリコン界面の2次元電子系の電気伝導をシリコンと金属の間に加えるゲート電圧により制御する半導体素子である。MOSはMetal-Oxide-Semiconductorの頭文字をとっている。

Si-MOS型素子:半導体の部分にケイ素(Si)を用いたMetal-Oxide-Semiconductor素子

ホール効果:電流の流れている面に垂直に磁場を掛けると電流に垂直な方向に電圧が生じることを言う。この電圧を電流で割ったものがホール抵抗である。

プランク常数:量子力学の普遍常数。値は6.63×10-34ジュール秒。常数は定数とも言い、各々の物質に固有の性質を示す物質常数と物質の種類や状態に関わらない普遍常数がある。

アンダーソン局在:固体は一般に不規則なポテンシャルをもつので、伝導電子の波は局在するというP.W.アンダーソンの予言。弱い磁場により局在状態が破れて負の磁気抵抗(磁場による電気抵抗の減少)が生まれる。


6. 日本学士院賞
研究題目 「有機典型元素化合物の高配位能を活用した化学反応性と物性の開拓」(共同研究)
  氏名 山 本   尚(やまもと ひさし) 山本尚
現職 米国シカゴ大学教授、名古屋大学名誉教授
生年月日 昭和18年7月16日(63歳)
専攻学科目 応用化学(有機化学)
出身地 兵庫県
現住所 米国イリノイ州
  氏名 玉 尾 皓 平(たまお こうへい) 玉尾皓平
現職 独立行政法人理化学研究所フロンティア研究システム長、京都大学名誉教授
生年月日 昭和17年10月31日(64歳)
専攻学科目 有機金属化学、有機合成化学
出身地 香川県
現住所 東京都文京区
授賞理由

山本 尚氏と玉尾皓平氏は、分子設計によって構造と反応性の自在な調整が可能であるという有機典型元素化合物の特徴的な概念をもとに数々の有用な化学反応と機能性物質を開拓し、学術のみならず産業技術の進展に大きく貢献しました。

山本氏は、13族のホウ素やアルミニウムを含む優れた分子性酸触媒・不斉酸触媒・複合酸触媒・環境調和型触媒を設計、合成することによって、高度に制御された炭素−炭素結合形成反応などを達成し、医薬品合成などに革新をもたらしました。

玉尾氏は、14族元素に注目し、広く「玉尾酸化」と呼ばれるケイ素−炭素結合の過酸化水素による酸化法やシロール(含ケイ素5員環化合物)の合成法を開発しました。さらにシロールの高い電子受容性・輸送能を発見して、有機EL発光素子の開発につなげる業績を挙げました。


用語解説

有機典型元素化合物:典型元素(元素周期表の13族から17族元素)と炭素との結合を含む化合物の総称。13族や14族のアルミニウム、ケイ素、スズなどを含む化合物の多くは、電子供与性の分子やイオンと結合して高配位状態を取る性質がある。電子を受け取った典型元素化合物は電子豊富になり、新しい化学反応性や物性が生まれる。

高配位状態:化合物の中心元素に分子やイオンが結合して、通常よりも結合数が増えた状態。13族ホウ素は3配位、14族ケイ素では4配位が基本であるが、それぞれ4配位と5ないし6配位の高配位状態を取り得る。

酸触媒:電子対を受け入れる性質をもつルイス酸や水素陽イオン(プロトン)に基づくブレンステッド酸などが働く触媒

有機EL発光素子:有機化合物の薄膜に電圧をかけ、電子(マイナス電荷)とホール(プラス電荷)を注入し、それらの再結合で発光させる素子


7. 日本学士院賞
研究題目 「トライボロジーに関する研究」(共同研究)
  氏名 堀   幸 夫(ほり ゆきお) 堀幸夫
現職 金沢工業大学副学長・同工学部教授、東京大学名誉教授
生年月日 昭和2年8月22日(79歳)
専攻学科目 機械工学・トライボロジー
出身地 東京都
現住所 東京都杉並区
  氏名 加 藤 康 司(かとう こうじ) 加藤康司
現職 東北大学大学院工学研究科教授
生年月日 昭和18年7月4日(63歳)
専攻学科目 機械工学・トライボロジー
出身地 山形県
現住所 宮城県仙台市太白区
授賞理由

堀 幸夫氏は、回転機械の高速化・長軸化を阻んできた潤滑油膜に起因する回転軸の異常振動(オイルウィップ)の問題を回避する「オイルウィップ理論」を初めて構築して、各種回転機械の高速化及び発電機ローターの長軸化(大出力化)を可能にし、さらに突発的外乱に対する回転機械の動的耐震設計に貢献したほか、多ローター・多軸受系の安定性などを解明しました。また、流体潤滑(摩擦面間に薄い流体膜が形成され滑り抵抗の少ない状態)の代表的諸問題を解明して、その近代化に貢献しました。

加藤康司氏は可視化法により、静止摩擦係数の発生機構を解明しました。次いで摩擦と摩耗の微視機構を解明して両者を統合することにより、初めて摩耗形態図を創成しました。これにより摩耗状態の診断・予知が可能となり、耐摩耗設計法の構築に貢献しました。また同氏の発明したトライボコーティング潤滑法は、宇宙での長期使用のために、国際宇宙ステーションにおける暴露試験を経て、実用化への開発途上にあります。

両氏の業績は、トライボロジーを学問として確立するための基礎的諸理論の構築を行い、さらに発電、生産、情報、環境、宇宙など広大な分野にトライボロジーの先端技術を開拓したものであり、国内外の学界と産業界の高い評価を得ています。


用語解説

トライボロジー:摩擦・摩耗・潤滑に関する科学と技術を統合し包括する境界学問。1966年にイギリスで創設された。

オイルウィップ:各種回転機械の回転軸の自然振動数と一致した回転数(危険速度)の2倍以上のときに発生する異常振動

摩耗形態図(ウエアマップ):摩擦の諸条件に対応して現れる摩耗の諸形態領域を表示し、摩耗形態の予測を可能にする図

トライボコーティング潤滑法:超高真空中の摩擦面に対して、摩擦中の蒸着により特殊な表面層を形成し、低摩擦・長寿命を可能にする潤滑方法


8. 日本学士院賞
研究題目 「蒸発散と流出機構に基づく広域水需給分析に関する研究」
氏名 丸 山 利 輔(まるやま としすけ) 丸山利輔
現職 石川県立大学学長、京都大学名誉教授
生年月日 昭和8年10月17日(73歳)
専攻学科目 灌漑排水学
出身地 岐阜県
現住所 石川県金沢市
授賞理由

丸山利輔氏は、陸上での水循環の主要な過程である流域蒸発散と流出機構の研究に基づき、複数の灌漑地域を含む広域水需給分析について、わが国稲作水田の特徴を踏まえた独創的、かつ広範な研究を展開しました。

流域に関する蒸発散研究では、短期水収支法を考案し、季別の蒸発散量推定法を確立しました。また、降雨と河川への流出関係を解明する流出機構の研究においては、「重みつき統計的単位図」の創案、ならびに造成農地における流出量算定法を創案・定式化しました。

これらの成果などを踏まえ、複合タンクモデルを創案し、これにより水田灌漑のように用水の循環利用が行われている地域に適用できる独創的な広域水需給分析法を確立しました。以上の研究成果は、水の利用と制御に関する学問分野の進展に貢献し、日本をはじめ、アジアモンスーン地域の灌漑排水計画や水環境整備等に大きく寄与・貢献しています。


用語解説

蒸発散:自然の地表面からの蒸発には、水面や土壌面からの蒸発の他に、植物の蒸散(植物体内の水分が空気中へ発散する作用)が含まれている。両者は厳密には区別できないため、蒸発散と呼ばれている。

短期水収支法:河川の低水流量が等しい場合に、流域内の貯水水量は等しいとして、ある期間の総降水量と総流出量の差が流域蒸発散であるという考え方で、季節別の蒸発散量を求めることが可能

重みつき統計的単位図:単位時間内の単位降雨に対する流出量の時間分布(ハイドログラフ)を単位図と称し、それに流量の重みをつけ、低水時の流量が高精度で推定できるようにしたもの

複合タンクモデル:河川水系をいくつかのブロックにわけ、その中に土地利用、水源に応じて、直列型のタンクを設ける。この直列型のタンクを利用し、農業用水を中心とした1つの河川水系の水需給の状況をダイナミックにかつ定量的に分析するためのモデル
降雨から流出への変換モデル


9. 日本学士院賞
研究題目 「連想記憶ニューロンの発見と大脳認知記憶システムの解明」
氏名 宮 下 保 司(みやした やすし) 宮下保司
現職 東京大学大学院医学系研究科教授
生年月日 昭和24年12月8日(57歳)
専攻学科目 生理学
出身地 東京都
現住所 東京都板橋区
授賞理由

日常生活になじみが深くヒト精神機能の基礎ともなる記憶について、従来は主に心理学的方法で調べられてきましたが、これを分析的な自然科学の土俵に乗せるためには、具体的に記憶を貯蔵している神経細胞(ニューロン)を発見するというブレイクスルーが必要でした。

宮下保司氏は、大脳側頭葉に図形を記憶する神経細胞(記憶ニューロン)群を発見し、「記憶はどこに保存されるか」の問いに答えました。この知見をもとにヒト記憶の特徴である連想記憶が脳内でどのように実現されているかが明らかになりました。

さらに宮下氏は、「記憶はどのように想起されるか」の問いに対して、大脳側頭葉の記憶ニューロン群が、脳の内部からの2種類の信号によって活性化されることを示し、海馬と側頭葉皮質との相互作用により側頭葉内部を逆向性に伝播していく信号が自発的想起をもたらし、他方、意識的想起をもたらす信号が大脳前頭葉と側頭葉の相互作用によって生ずる(トップダウン信号)ことを発見しました。

宮下氏の研究は、複雑な精神機能を細胞レベルの知見から体系的に解明した独創的な業績として国際的に高い評価を得ています。


用語解説

連想記憶:一般的なコンピュータは連続した場所に記録を行うが、その場所と内容には関係がない。一方、ヒト長期記憶は、内容に関わる連想に従って想起対象が芋づる式に引き出されてくる点に特徴がある(連想記憶)。宮下氏により、この連想性のメカニズムが無関係な事象同士を主体側からの意味づけによって結び合わせるニューロン群(対連合ニューロン)に存することが明らかとなった。

トップダウン信号:物忘れの大部分は貯蔵された記憶がうまく検索できなくなって起こる。こうした記憶検索の過程を制御するために、大脳前頭葉から側頭葉に検索信号が出されている可能性が心理学的に予想されていた。この検索信号は、前頭葉がヒト大脳皮質の高位の中枢であるとの考えから「トップダウン信号」と呼ばれてきたが、本当に存在するのかどうか不明であった。トップダウン信号の名称は、通常の知覚認識の信号が、後頭葉から側頭葉/頭頂葉、さらに前頭葉へと流れることから「ボトムアップ信号」と呼ばれることとの対比に由来する。このトップダウン信号の存在を立証し、その性質を調べることを可能にしたのも宮下氏の功績である。
トップダウン信号

上部に戻る