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☆ジェット オン ドリーム 〜夢幻飛行〜  第2部
1  elyming♂  2006/11/23 22:35:55 


    【 ジェット オン ドリーム 】

      〜 夢幻飛行 第2部 〜  

        <第15幕>



2  elyming♂  2006/11/23 22:38:01 



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                     【おことわり】

この物語は、ドキュメンタリー タッチのフィクション ドラマです。
登場人物、会社団体、地名等、内容は、すべて架空のものです。
 
また、航空機に関する事項も事実とは限らず、実際の運航オペレーション等を
再現しているものではありません。予めご了承下さい。

なお、画像はシアター効果を高めるためのものであり、必ずしも本文と合致いたしません。

||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||


3  elyming♂  2006/11/23 22:45:42 










      〜 JANA 飛行訓練生 応募要件 〜



江里 博志(えり ひろし)は、大手エアラインのパイロットを志願する
青年の一人だった。若くして結婚し、愛妻とかわいい子供二人を持つ子煩悩な
父親の顔も持つ。遊覧飛行や調査飛行を行う(株)カービュー航空の第1線で
操縦桿を握る日々を送っていた。時折、大空高く尾を曳く白い飛行機雲の帯を
望むたびに、彼は何か言い知れぬ憧れを抱き続けていたのだった。


そんなある日、民航JANAが、パイロット訓練生を新規募集しているとことを
聞きつけ、ダメモトでもいいと思いながら、問い合わせの電話のしようと決心する。
いつもと同じ電話の受話器。なのに、何故か重く感じられたのは心の迷いがあった
のかもしれない・・・



「もしもし、パイロット訓練生の募集に関する問い合わせなんですけども・・・」

『はい、ありがとうございます。ご応募はA制度でしょうか? B制度でしょうか?』

「A制度です・・・内容を詳しく教えて頂ければ、ありがたいんですが」

『はい。では、メモのご用意よろしいでしょうか?』

「はい、どうぞ」期待と不安が入り混じる。


4    2006/11/23 22:54:00 
<この発言は削除されました>
5  elyming♂  2006/11/23 22:56:24 



      〜 JANA 飛行訓練生 応募要件 〜



『まずは必要な応募資格です。陸上多発の事業用操縦士技能証明。計器飛行証明。
航空無線通信士資格。これらは日本国内でのライセンス保有が条件となります。』

「はい・・・」

『次に語学力ですが、英検2級以上の英会話ができるのが条件となります。』

「はい・・・」

『身体条件ですが、第1種航空身体検査基準が必要となりますが
一般的な視力や健康的な体であれば、まず問題ないと思いますので』



「はい・・・やはり理系でないと大手民航は厳しいですかね?」

『いえいえ、文系出身の方々も沢山活躍していますので、ぜひチャレンジしてください』

『詳しくは、JANAのホームページをご覧ください。エントリーシートをプリントアウト
期日までに指定形式のエントリーシートと必要書類を同封の上、A制度採用係宛に郵送です。
書類選考の上、後日、1次試験、2次試験等の日程をお知らせします。』

「はい、ありがとうございました・・・」「ふぅ・・・」



やっぱ、エアライン パイロットは、むずかしそうだなぁ・・・
江里 博志は、溜め息まじりに電話を切り、高空をゆく遠い飛行機雲をぼんやりと見つめていた。


6  elyming♂  2006/11/23 22:59:45 








      〜 JANA 飛行訓練生 応募要件 〜



彼は、帰宅後、パソコンからJANAのホームページにアクセスした。
IDを取得し、ログインする。

__________________________________________________________________________________

提出書類 @指定エントリーシート
     A最終学歴の卒業証明書 
     B健康診断書(航空身体検査証明書でも可)
     C航空経歴書(及び取得ライセンスの写し)
     D英語資格証明書(英検、その他の資格があれば、その写し)

     E必要があれば、現在勤めている雇用主の承諾書を提出
      していただくことがあります。

1次試験 面接と筆記試験(理数図形、国語、英語)
2次試験 実技試験(シミュレーター及び実機)

最終試験 身体検査 及び最終面接

__________________________________________________________________________________

「雇用主の承諾書かぁ・・・」

彼にとって、それが最大のハードルかもしれない。

彼は、悩んだ末、航空大学校からの同僚パイロット、渡鳥 翔太(わたとり しょうた)に
JANA応募のことを打ち明けたのだった。

渡鳥 翔太「そうか、頑張れよ・・・ヒロシ、お前なら、きっといいエアラインパイロット
になれるよ。合格したら教えてくれよ。パァーッと派手に(飲み会を)やろうな。俺もあと
をついていくかもしれないけど(笑)」 

そう言ってくれた彼の言葉が嬉しかった・・・


7  elyming♂  2006/11/23 23:04:19 



        〜 社長室にて 〜



ある日、(株)カービュー航空の代表取締役、拝羽 一岩(はいば かずいわ)が
彼を社長室に呼んだ。どこで情報を聞きつけたのか、彼のJANA応募を知っていたのだ。


拝羽 社長「やぁ、しばらくだねぇ・・・最近、顔色が冴えないって聞いてたもんでね」

江里 博志「社長・・・実はですね・・・」

拝羽 社長「知っているよ、JAJAに応募したんだって」

江里 博志「え? 何でご存知で・・・」

拝羽 社長「はは、社長たるもの、そのくらいのアンテナは張っているつもりだよ(笑)」

江里 博志「社長、今まで隠していたわけではないんですが・・・申しわけありません」


拝羽社長「いやいや、気にしない、気にしない(笑)・・・もし、優秀な君を失うとしたら
わが社にとっても痛手なんだが、君の人生は君自身が決めることだ・・・君がJANAの
第一線で活躍するなんて、すばらしいことじゃないか・・・会社としてもバックアップ
するつもりだから、君、何にも心配するな。」


江里 博志「しゃ、社長! ありがとうございます!」


予想だにしていなかった 社長の言葉に、彼は目頭の奥が熱くなるのを感じていた。


その半年後、彼は南西諸島にある上地島の訓練施設に旅立っていった・・・


8  elyming♂  2006/11/23 23:09:20 










        〜 航空訓練学校 〜




JANA航空訓練学校 ――― ここは江東区京浜島。パイロット養成学校の研修所である。

航空界では団塊世代のパイロットが大量退職し、航空需要が高まる中、今後パイロット
不足が予測されているため、航空各社も優秀な人材の確保と育成に力を入れ始めていた。

ここは、その第1研修室。教室の窓ごしには、遠く羽田の飛行場風景があり
離発着するエアライナーの飛翔を望むことができる。

研修時間の休憩の合間、その優雅でダイナミックな飛翔を望むたびに
訓練生たちは胸を躍らせるのだった。

彼らは、南西諸島 上地島でのジェット練習機を使った厳しい訓練課程を修了していた。
そして、小型旅客機を飛ばすためにステップアップした精鋭の訓練生たちでもあった。

私生活にも厳しい制限のある全寮制の訓練期間。それに耐えかねて脱落してゆく仲間たち。
しかし、いつの日か大空へはばたくことを夢見る強靭な信念が、今ここに残っている彼ら
の背中を後押しするのだった。その訓練生の中に、江里 博志(えり ひろし)の凛々しい
姿があった。彼は厳しい訓練を脱落することなく、夢を追い続けていたのだった。



午後の昼下がり。食堂での談笑もつかのま、昼食後の時間帯だけに睡魔に襲われがちだ。
訓練生たちは、航空に関する勉強を連日深夜までしていたからである。
しかし、そんな甘えは許されない世界でもあった。



この日の座学オリエンテーリングでは、元JALの機長経験者である
渡 鳥男(わたり とりお)講師によって、基調の講話が行われていた。


渡 鳥男 講師「さて、意識レベルの下がってきた人も見受けられるので
・・・ちょっと目の覚めるような話でもしましょうかね(笑)・・・」


9  elyming♂  2006/11/23 23:15:15 










        〜 研修所教室 〜


渡 鳥男 講師「多くの人命をあずかるエアライン パイロットにとって、事故はあっては
ならないものですね。ちょっと古い話になりますが、1985年に起きた日航ジャンボ機
の墜落事故は、みなさんはご存知かな?」


江里 博志 訓練生「はい、御巣鷹尾根の日航機事故・・・」


渡 鳥男 講師「はい、そうですね。わが社でも、あの事故を風化させてはならない
との声の大きさもあり、事故原因とされた事故機の圧力隔壁などを、あの羽田の
一角に保存しているんですが・・・みなさんの中で見たことある人は?」


訓練生一同「・・・・・」


日本における航空機事故の歴史を淡々と語る講師の話に、訓練生は真剣に耳を傾けた。


渡 鳥男 講師「はい、いらっしゃらないよね。今後、見る機会をつくりましょうかね。
・・・突然、襲い掛かる困難に正面から向き合い、自分を犠牲にしてでも、お客様を
守りぬく・・・エアラインのパイロットが求められる資質だよね。この気概と自信が
ない者は、今この場を立ち去ってもかまわないからね。」


訓練生一同「・・・・・」


渡 鳥男 講師「みなさんのような精鋭訓練生に対して、ちょっと愚問だったかな(笑)」


10  elyming♂  2006/11/23 23:29:14 








        〜 研修所教室 〜



渡 鳥男 講師「さて、ここでゲストをお招きしました。元航空事故調査委員をされていた
浦安 哲蔵(うらやす てつぞう)さんです・・・さ、こちらへ、どうぞ」


渡 鳥男講師「浦安さんは、航空宇宙技術研究所に在籍されていました。国内における
数々の航空事故の調査と研究に従事されてきた方です。」


浦安 哲蔵 講師「みなさん、はじめまして。浦安 鉄蔵と申します。よろしく お願いします」


訓練生一同「よろしく お願いします」


浦安 哲蔵 講師「みなさんが生まれる前の古い話ばかりで退屈かと思いますが(笑)
残り時間、リラックスして聞いていただければと思いますので。今日は、日本の国内
で起きた古い航空事故について、お話しようと思っています。」



遠近両用メガネを使い、時には資料を、時には遠くの航空機を見つめるような
まなざしで、白髪の紳士は静かな口調で語り始めた。

遮音された教室ではあるが、時折、着陸してくるジェット機の音が聞こえてくる。


11  elyming♂  2006/11/23 23:34:25 










        〜 研修所教室 〜



浦安 哲蔵 講師「私が最初にかかわったのは1966年の2月でしたか・・・札幌発
東京行き 全日空ボーイング727の‘東京湾墜落事故’でしたね。当時、航空会社
では、競合する路線で‘速さ’を競い合うような風潮があったようですが、ひょっと
したら、それが遠因ではなかったかと思っていますが・・・」

浦安 哲蔵 講師「B727は、当時の旅客機の中では運動性能がよくて、巡航高度へ
の上昇性能とか、大きな降下率を誇る機体でした。昔ながらの職人パイロットも多く
いらっしゃったと思いますし、機長の権限も絶大だった時代ですね。」


渡 鳥男 講師「機長、副操縦士間のコミュニケーションの重要性は、今後、勉強して
ゆくことになりますよ」



浦安 哲蔵 講師「この全日空機の東京湾墜落事故は、羽田空港への着陸進入中に発生
しまして、夜を徹して捜索活動が行われたんですが・・・NHKのテレビで事故現場
の中継をしてましてね・・・海から引き上げられた機体の残骸がサーチライト浴びて
映し出され、お茶の間のテレビに映し出されたわけですから、一般の方々にとっても
ショッキングな映像だったんじゃないかと・・・そして、搭乗者名簿のお名前が次々
のアナウンスされ・・・」


訓練生一同「・・・・・」


12  elyming♂  2006/11/23 23:41:04 







        〜 研修所教室 〜



浦安 哲蔵 講師「一見やわらかいはずの水面も、航空機のような高速物体が突っ込むと
突入具合によっては、水がまるでコンクリートのような応力を与えることをあの事故は
世間に知らしめたんじゃないかと思います。」


浦安 哲蔵 講師「この札幌からの便は、茨城の大子VORを経由して、羽田へ降下して
いったわけですが、エンジンから黒煙が出ていたなどの目撃情報などもあり、時間短縮
のためにパイロットが無理な飛行をした結果、エンジンが不調になったとか、いろいろ
な憶測があったんですね。しかし交信記録やレコーダー解析などでも事故原因は不明の
ままで謎の多い事故でしたね。」


訓練生一同「・・・・・」


渡 鳥男 講師「ジェットエンジンは、最大運用限界を越えてオーバーブーストさせる
ケースもあるんだけど・・・例えば、離陸中にエンジンが1発停止して残りで必要な
推力を確保するために緊急的に限度一杯のパワーを使う場合があるよね・・・しかし
これも、ある一定時間内を越えて連続使用しまうとエンジンの寿命に影響して場合に
よっては、エンジン交換となるわけ(笑)・・・いや、笑いごとじゃないぞ。」


13  elyming♂  2006/11/23 23:47:22 



        〜 研修所教室 〜



浦安 哲蔵 講師「そうですね(笑)・・あとですね、この1966年という年は、日本
の空にとって‘魔の年’と言われました。2月に全日空機の事故が起きて、そのわずか
1ヶ月後の3月・・・今度も羽田空港に着陸進入中に墜落炎上事故が起きましね・・・
驚いたのもつかの間、その翌日には、富士山の近くでまた旅客機の墜落事故ですから
私ら航技研の連中は息つくヒマもありませんでしたね。」


浦安 哲蔵 講師「3月の事故は、悪天候で視界の悪い状況の中、カナダ太平洋航空の
DC−8が、管制官との交信誘導で羽田の滑走路に向かっていたんですが、なんとか
して羽田に着陸したいという焦りもあったんでしょう・・・当時は、ILSのような
計器着陸装置は、まだ普及前ですから・・・飛行時間の長いベテラン キャプテンなり
の判断もあったんでしょう、濡れた滑走路でオーバーランを警戒したのか、管制官の
コース指示よりも低めの高度で滑走路に進入しようとして着陸に失敗・・・滑走路の
直前で墜落してしまったんですね。」


渡 鳥男 講師「‘魔の11分’って知ってるよね」


江里 博志 訓練生「離陸後3分と着陸前8分の、リスクのある時間帯のことですね」


浦安 哲蔵 講師「そうですね、みなさんも実際に操縦桿を握ってきた体験から、緊張
する場面であることは肌で十分感じていらっしゃることでしょう。」


浦安 哲蔵 講師「カナダ太平洋航空事故が起きたその翌日、富士山の近くで発生した
墜落事故もまたショッキングなものでした。墜落した便は・・・東京発 香港行きの
英国海外航空(BOAC)ボーイング707型機で、前日に発生した墜落現場を横
にして羽田を離陸していったわけですから、皮肉なものです。」


14  elyming♂  2006/11/23 23:50:48 










        〜 研修所教室 〜



浦安 哲蔵 講師「墜落したのは富士山の太郎坊付近で、そこには事故の碑があるはずで
確か・・・BOAC慰霊碑だったかな・・・」


渡 鳥男 講師「太郎坊って、どのあたりか知っている人?・・・はい、そこの君。」

訓練生「富士山の御殿場側だったと思いますが?」


渡 鳥男 講師「そうだね、富士の副火山っていうのかな・・・みなさん知っている‘宝永山’
の東側、ちょうど御殿場からの登山道が通じている裾野にあたる所だね。自衛隊出身者なら
‘東富士演習場’が近くにあるから、‘太郎坊’の大体の位置関係、分かるでしょう。」


渡 鳥男 講師「事故機は、富士山の山越え乱気流に巻き込まれ、空中分解して墜落したことが
判明しましたが、墜落直前まで乗客が撮影していたフィルムビデオが回収され、その分析など
でも、その乱気流の衝撃の大きさがある程度解析できました。」


渡 鳥男 講師「‘山越え乱気流’という新たな危険概念を発見した事故でもありましたね。」


訓練生「事故機を墜落させるほどの乱気流だったんですか?」


浦安 哲蔵 講師「そのとおりです。事故調査の課程で、乗客が残したフィルムビデオを見ると
ですね・・・羽田を離陸したBOAC機は、道志山塊上空から山中湖あたりにさしかかって
いたようで、撮影されたフィルムのコマがですね、あるコマから、いきなり真っ黒になって
飛んでしまっていたほどで、そのときの乱気流の衝撃がいかに大きいものだったかを物語って
いました。」


15  elyming♂  2006/11/23 23:57:37 










        〜 研修所教室 〜



浦安 哲蔵 講師「回収されたフライトレコーダーの解析結果からも、乱気流の疑いは濃厚で
私ら調査委員は、富士山に見た立てた風洞実験を行った結果、事故機が空中分解に至った
経過も、だんだん判ってきたんです。」


渡 鳥男 講師「富士山のような独立峰の風下で起きる‘山越え乱気流’は、冬場の季節風でも
容易に起こりえるようですね。」


浦安 哲蔵 講師「このとき、BOAC機は事故直前までは、比較的安定した気流の中を飛んで
いたようです。しかし、富士山が近づいてきた時、突然、尾翼が倒壊するほどの激しい乱流を
受け空中分解してしまったわけで、乱気流の怖さを思い知らされた事故だったですね。重要な
ことは、このような乱気流に遭遇する直前までは、まったく気流が安定しているということが
風洞実験から判りました。・・・はい、それでは、そろそろ時間のようですので・・・」


渡 鳥男 講師「東亜国内航空YS−11‘ばんだい号’の函館事故とか、松山空港沖事故とか
それから全日空B727と自衛隊機の雫石空中衝突事故、日航機123便の御巣鷹山事故など
いろいろあるわけですが、今日は時間がありませんので、またの機会があれば・・・」


16  elyming♂  2006/11/24 00:03:23 









        〜 研修所教室 〜



渡 鳥男 講師「先生、今日はお忙しい中、ありがとうございました。」

訓練生一同「ありがとうございました」


『キンコン カンコン・・・』(終業のベル)


渡 鳥男 講師「航大で飛行計画を作るのに色々苦労した経験もあるでしょうが、みなさんが
今後エアラインの第一線で活躍するときにも、フライトプランと航路上の天候や気流の検討
重要な課題になりますからね・・・はい、それでは、今日の講話はここまでにしましょう。
次の時間は、模擬計器室に移動ですね。」



江里 博志 訓練生「起立! 礼!」

訓練生一同「ありがとうございました」


渡 鳥男 講師「あ、それから言い忘れましたが、明日、JANAの現役機長の講話があり
ますが、予定していた白矢 義参(しろや よしぞう)機長のスケジュールの都合により
カリキュラムが一部変更になりました・・・え〜と・・・国際線のジャンボ機に乗務され
ているフェアレ・オッサーニ キャプテンが講師としてきます。外人機長ですが、日本語
ペラペラですから、大丈夫ですよ(笑)」

渡 鳥男 講師「ここでの座学とシミュレーター訓練が終わると、また上地島での厳しい
飛行訓練が待っていますからね・・・笑えるのは、今のうちかもしれませんね(笑)」


訓練生一同「はい(笑)」


遠く飛行場の方角で、着陸したばかりのジェット機の逆噴射の轟音。
それが、訓練生たちの耳に、かすかに聞こえていた。




                    <第16幕につづく>


17    2006/11/28 21:23:08 
<この発言は削除されました>
18    2006/11/28 21:25:50 
<この発言は削除されました>
19    2006/11/28 21:27:19 
<この発言は削除されました>
20  elyming♂  2006/11/28 21:28:20 






【 ジェット オン ドリーム 】

  〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
    <第16幕>



21  elyming♂  2006/11/28 22:38:16 








     〜 シックス センス 〜


飛行訓練生たちにとって長い一日が終了した。
ガランとして人けを失った教室。その空間には、静かな時の流れの中で
教室に掲げられた時計の針だけが規則正しいリズムを刻んでいる。

陽は西に傾きかけていた。

渡 鳥男は、教務員室に戻り、パソコン画面をひらく。今後の飛行訓練課程の
調整のため、教官となる機長たちのスケジュールをローカル・ネットワークの
データベースセンターで確認するためである。教育カリキャラムに変更が必要
かどうかをチェックするのも日課の一つであった。

厳重なセキュリティーによって管理されているため、外部の人間がパイロットなど
運航乗務員の勤務スケジュールに関するデータベースにアクセスすることはできない
ようになっている。


22  elyming♂  2006/11/28 22:39:56 








     〜 シックス センス 〜


渡 鳥男『A51期生の・・・指史礼 武(さしれ たけし)君のフライトは・・・
・・・うむ、もうすぐ、羽田にランディングなんだな・・・』

教え子たちのフライト便を確認するのも、彼のひそかなたのしみである。
つづいて、定期運航便のタイムテーブルをひらいた。


渡 鳥男『ん?・・・北日本と・・・沖縄の便に一部遅れが出ているな・・・』


天候とか何かの障害でも発生しているのかもしれない。


23  elyming♂  2006/11/28 22:43:28 








     〜 シックス センス 〜



渡 鳥男「よ〜し OK、カリキャラムに問題ナシ。さてと、窓閉めて そろそろ帰るか」


今日は天気のいい暖かい日よりだった。そんなとき、彼はこの場所にいるときは決まって
窓を開ける習慣があった。無音の空間よりも、なぜか航空機の音を聞くと安心する習性が
あるのかもしれないが、着陸便を観察するたのしみもあるからである。

教務員室を出た後は、いつも決まって羽田空港に足を向け、JANAの運航管理本部に
顔を出す。それも彼の日課の一つであった。

開けていた部屋の窓を閉める際、羽田を離陸する双発機が遠く上昇していくのが見えた。
彼は目を細めながら、その機影を追う。そして今度は、東京湾から接近してくる着陸機
を双眼鏡で確認する。全日空の B747−400Dが‘羽田カーブ’をこなして城南島
京浜島の上をかすめるように滑走路 16Lにランディングした。


渡 鳥男「彼は、あの便かな?・・・今日も羽田は平穏だな・・・」


24  elyming♂  2006/11/28 22:46:25 






     〜 シックス センス 〜



彼は7階の教務員室を出て、静まり返ったいつもの廊下を通り、正面玄関に通じる
階段を足早に降りた。エレベーターなど使っていては、足腰が弱るとばかりに彼は
いつも階段を使うのだ。

   タンタンタンタン

下りの勢いにまかせて、リズミカルで軽やかな足音を響かせた。


  トントン トントン


すると、下の階からも誰かが登ってくる音がした。
もうすぐ3階付近の踊り場である。


『こんな時間に誰かな?・・・』


やさしい足取りの感じからして、どうも女性のようである。
渡 鳥男は、何故かしら、なつかしい第6感を感じていた。


25  elyming♂  2006/11/28 22:53:28 










     〜 シックス センス 〜



渡 鳥男「あれえ もしかして? 富士 峰子さん!?」

峰子「あ、やっぱり渡さんですね・・・私のこと覚えて(微笑)」

渡 鳥男「当たり前じゃないか。いや〜それにしても立派に・・・ええ!?」

渡 鳥男「その制服・・・!」

峰子「ヘヘ、そうなんです・・・今度、JALのCA訓練生に・・・」

渡 鳥男「へえ〜知らなかったなぁ、ビックリだよ〜」



彼女は、日航ジャンボ機 御巣鷹尾根の事故で、父親を亡くしたのだった。
当時、渡 鳥男は、日航社員として遺族を回っていたのだが、そんな中
まだ幼い少女だった彼女と出会っていたのだった。



峰子「JANAのセンターに聞いたら、この研修所で時々先生を務めてるって聞いた
ものですから・・・で、さっき受付で聞いたら、いつも、この時間に、この階段を
使って降りるって(笑)」

渡 鳥男「はは、こりゃ一本取られたなぁ・・・いや〜しかし、おめでとう!」

峰子「渡さんには、いつも励まして頂きましたから・・・だから、早い機会に
今の私を見て頂きたいと思いまして・・・」

渡 鳥男「そうでしたか・・・あ、ここで立ち話も何だから、そこの会議室で話しよっか」

峰子「ええ、そうですね」








26  elyming♂  2006/11/28 22:57:32 










     〜 遠きにありて 〜



西日が当たりはじめた午後の会議室 ――――― 


渡 鳥男「節電でうるさいから(笑)・・・まだ、電気は要らないよね」

峰子「ええ(笑)」


彼の教え子である訓練生たちが、ここで何かのミーティングをしていたらしく
航法に関する文字と数字が、ボード一杯にびっしりと書かれている。

渡 鳥男「ったく、つわものどもが夢のあとかぁ(笑)・・・後始末してから帰れよなぁ」

渡 鳥男は、苦笑いしながら、白いボードに書かれた文字の羅列を消す。



渡 鳥男「あれから、もう何年になりますかねぇ・・・命日には、お母さまと
いっしょに毎年(御巣鷹の尾根に)登っているの?」

峰子「ええ、ただ・・・2年ほど前に母が病気で倒れてからは、あの山道は・・・
杖を付いてでも、母にとって辛い山道になりましたけど・・・」

渡 鳥男「そうですか・・・あ、いや、こんな暗い話はよしましょうかね(苦笑)」

峰子「いいんですよ・・・今はまだ実習生ですけど、晴れてアテンダントバッチを
付けることができたら、その時は、また是非お会いしてください」

渡 鳥男「んん、たのしみに待ってるよ、でも、先輩のイジメも大変だろ?(笑)」

峰子「ええ、ネチネチと(笑)・・・いえ、でも、後輩を思っての指導だと思い
ますから・・・大空に飛びたつことが、私にとって父への供養になると・・・」


27  elyming♂  2006/11/28 23:00:17 







     〜 遠きにありて 〜



渡 鳥男「君が中校生になった頃だったよね・・・ある日、ボクのところへ
ひょっこり来て・・・123便の‘事故報告書’見たいって言って。」


峰子「ええ、そうでしたね。」



 ――――― 父を奪ったジャンボ機、何故あんなふうに墜落したんですか?

 ――――― わたし本当のこと知りたいんです


そのときの彼女のまなざしと、鋭い言葉が、彼の脳裏に焼きついていた。



しかし、専門調査委員会がまとめた事故報告書は、膨大な内容であった。
航空分野の専門用語を知る者でさえ、その記述は、きわめて難解であった。
破壊に関する部分など専門的な知識なしでは読解できるものではなかった。



渡 鳥男「でも、君の熱意には驚いたよ。新聞の切り抜きや、むずかしい航空用語が
書かれた資料 びっしり詰まった君の自作のファイルを見てからね・・・」

二人の間に、しばしの沈黙が流れる。


28  elyming♂  2006/11/28 23:04:14 








   〜 遠きにありて 〜


峰子「渡さん、ほら・・・これ・・・」

彼女は、ショルダーバッグの中から、小さな‘お守り’を取り出した。
その袋を開け、中から一片の汚れた紙切れを広げた。



     みっこ イマおとうさんわヒコウきのなかだよ

     だぶんこのひこうきわオチルトオモウ

     キミがうまれてきて ほんとにおとうさんおかあさんはしあわせだった

     デモモウダメダトオモウ ママ みっコをたのむね

     まま あいしている ぱぱワおちているおちてく




異常事態が発生したJAL123便の機内で、彼女の父親は‘死’を覚悟していた。

しかし・・・墜落現場からは、遺体の残骸さえ判らず、父が残した遺書とも言える
メモ帳だけが唯一の遺品になってしまったのだった。いつも肩車をしてくれた父親
の大きな背中の記憶だけが、幼かった彼女にとって唯一の心の遺影であった。



峰子「きっと、揺れる機内で満足な字体を書くことすら出来なかったんでしょうね。
父は無念だったことでしょう・・・これ 私にとって、生涯のお守りなんだと・・・」


渡 鳥男「君は、えらいな、強いな・・・ほんとに立派な娘さんになったんだな。」


29  elyming♂  2006/11/28 23:06:34 








     〜 遠きにありて 〜



峰子「最近、不思議な夢見るんです・・・不思議な夢・・・どこまでも ず〜っと
雲の平原が続いていて・・・何も聞こえないし誰もいないのに、お父さんがそばに
いる・・・お父さんの声が聞こえるような錯覚がして、ハッと目が覚めるの・・・」

峰子「それから、深い深い青い空の上に、ひとすじの不思議な雲があって、その方向に
向かって体は上がろうとするんですけど・・・苦しくて苦しくて上がれないんです・・・
‘おとうさん! おとうさん!’って叫んでいるんですけど、苦しくて声を出せなくて。」


渡 鳥男「・・・・きっと、お父さんは天国で君を見守っているから、安心しなさいって
いうメッセージじゃないかなぁ・・・いや・・・ボクのかってな想像だけど・・・」


峰子「ごめんなさい・・・こんな私の話で暗くなってしまって」


渡 鳥男「いや、私こそ・・・ところで、同期の訓練生とは仲良くやってる?」

峰子「はい(微笑) 今夜、飲み会の幹事しますから」

渡 鳥男「そっか、一人立ちするまで大切な仲間だからね、大事にしなよ」


30  elyming♂  2006/11/28 23:10:54 










     〜 遠きにありて 〜



 研修所 正門 ――――― 


峰子「今日は、こんな時間におじゃまして、すみませんでした。」

渡 鳥男「いや、とんでもない・・・こちらこそ心機一転でノックアウトさぁ(苦笑)」


帰りぎわ、峰子は握手を求めてきた。そして彼はその手を両手で固く握り返した。


渡 鳥男「いつか君がはたらく便に乗りたいものだね。その時はよろしくね。」

峰子「はい」


その手の中で亡き父のぬくもりを感じていたのだろうか。


大きな左旋回を行い、つぎつぎに羽田カーブを経由して舞降りてくる着陸便。
淡い影を帯びながらランディングするJALのジャンボ機。その機影が16L
滑走路方向に消えてゆく。

遠くから聞こえてくる逆噴射の轟音が、夕刻ちかい空にこだましていた・・・




   ジェットストリーム シアター 間奏曲 ――――




    都はるみ 「♪愛は花、君はその種子」より


     やさしさを押し流す 愛 それは川

     魂を切り裂く 愛 それはナイフ

     とめどない渇きが 愛だと言うけれど

     愛は花 いのちの花 君はその種子(たね)




     くじけるのを畏れて 踊らない君のこころ

     さめるのを畏れて チャンス逃す君の夢

     奪われるのがイヤさに 与えないこころ

     死ぬのを怖れて 生きることができない




     長い夜 ただひとり 遠い道 ただひとり

     愛なんて来やしない そう思うときには

     思い出してごらん 冬 雪に埋もれていても

     種子は春 お日さまの 愛で花ひらく




    (スタジオ・ジブリ『おもひで ぽろぽろ』エンディング・テーマ)



31  elyming♂  2006/11/28 23:30:48 



       <第17幕につづく>


32  elyming♂  2006/12/06 19:13:31 

   【 ジェット オン ドリーム 】

     〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
       <第17幕>
33  elyming♂  2006/12/06 20:42:09 


  〜 JANA 第1機体整備部 格納庫 〜


     夕刻の羽田整備場 ――――

JANAの文字も ま新しいボーイング747−400D型 国内線仕様のジャンボ機が
エンジンや車軸の検査を受けている。機体全体が支えられて、車軸の格納や降着の動作
など入念なチャックが行われている。

JANAではJAL、ANA双方の機材で運航を行っている。したがって、それぞれの
機体整備は、運航母体会社が受け持っている。

となりの作業地区では、JALのボーイング777−300型機が C整備、D整備の
入念な点検を受けている。主翼からエンジンが下ろされたり、つばさの動翼 エルロンや
フラップ、スポイラー、ラダー、エレベーターなど重要な操縦翼面の作動具合のチェック
が行われている。飛行中の胴体与圧を受けとめる圧力隔壁検査が行われている機体もある。


鉄道や自動車と同様、旅客機は、規定の飛行時間によって、運航前点検、Aチェック
Bチェック、Cチェック、Dチェックと呼ばれる機体各部の定期メンテナンスを受ける。
また、使用機種において何らかの不具合が起きた場合は、耐空改善命令によって臨時の
改善整備も行われる。このような、さまざまなメンテナンスがあるからこそ、航空機は
安全に空を飛ぶことができる。整備場は、一般には表からは見えない縁の下の力持ち的
部門でもある。‘空の安全’を維持するには、多大なコストがかかるのものである。


34  elyming♂  2006/12/06 20:47:15 










   〜 JANA 第1機体整備部 格納庫 〜



機体整備のためのメンテナンスカードは何十枚とあり、それぞれの作業項目ごとに
色々なサンプリングレイトが適用される。

「G2インスペクション」「ライト」「T−9スプレー」


圧力隔壁を点検する作業員が、手順を確認する声。別の場所では、部品ナンバーや
機体の作業通算ナンバーを読み上げる声がハンガー(整備格納庫)内に響く。
JANAの文字が入った安全ヘルメット、つなぎの作業着を身にまとい
テキパキと動く整備部員らが、慣熟した確実な作業をこなしている。


「お〜い! 記入漏れに注意しろ!」「C−11 申し送り、確認よし!」

「チーフ、D−05 確認済み、作業に入ります」「よ〜し、OK」


見習いの整備員が、先輩からの叱咤を受けながらも
その熟練の技と知識を吸収するのに余念がない。


各整備区の進捗状況をチェックしているのは、登雷 星三(とらい ほしぞう)である。
彼は、JANAの運航整備本部長でもある。かつて、3発機 代表機種の一つでもあった
ロッキード トライスターや、4発機 ジャンボなどの大型機体の整備に長年かかわって
きた経験の豊富なことは、JANA社内の右に出る者はいなかった。

整備ハンガーの一角、第2機体整備部では、規定運航時間に達したB747ジャンボ機の
ジェットエンジン本体が機体から下ろされて、精密な検査が行われようとしていた。


35    2006/12/06 20:50:38 
<この発言は削除されました>
36  elyming♂  2006/12/06 20:53:03 









   〜 安全への進化 〜


福岡空港を離陸した日本航空 DC−10がエンジントラブルを起こし、同空港に引き返す
という事故が発生していた。夜間の離陸だった為、上昇中の機体から一瞬上った爆発的な
オレンジ色の炎がハッキリ判るほどであった。また、飛行コース周辺の地上には破損した
エンジン部品の一部が落下した。大きな被害が出なかったことは不幸中の幸いであった。

この事故原因は、エンジン燃焼回転の心臓部ともいうべき‘タービンブレード’の破断
であった。エンジンメーカーの標準的点検間隔では、破断する可能性があることが判明。
日航では、すでにDC−10型機の退役計画があったが、この事故をうけて、JANA
においても同型機の退役スケジュールは確定的になっていた。

また、同じ形式のエンジン搭載機種及び、同メーカー製のエンジンは
点検間隔の短縮と改良型ブレードへの全面交換を行い万全を期した。
安全のためのコスト負担は非常に大きいものになったのだった。


かつて、全日空が導入していた3発機 ローキード L−1011型機 愛称トライスター。
名門ロールスロイス RB型エンジンを搭載していた。マスターチップ・ディテクター
オイルシーリングの不良など、潤滑油系統に関わるエンジントラブルも経験していた。
エンジントラブルが多発したことで、一時期、定期便の運航停止という異常事態にまで
なったほどであった。


航空機(旅客機)は、製造初期型に何らかの欠陥があれば、それを改善しつつ
より安全なシステムの集合体として、安全進化を続けていく。


37  elyming♂  2006/12/06 20:54:55 








   〜 タービン ブレード 〜



ボーイング 777 など最近の大型ジェットエンジンは‘高バイパスエンジン’が
主流になっている。大きな推力と低騒音化には好都合だからである。

このタイプの ターボファン ジェットエンジン は、最前面にある大口径のファンブレードが
いわば‘プロペラの役割’を果たし、巨大な非燃焼流(副流=バイパス流)を発生させている。

高バイパス型のジェットエンジンは、最前面の大口径ファンブレードが回転することで得られる
非燃焼副流(バイパス流)が推力の多くを占め、今やエンジンパワーの約7割近くを受け持つ
ようになってきている。

高バイパス型のジェットエンジンと、国産プロペラ機 YS−11などに搭載されている
ターボプロップエンジン(エンジンはロールスロイス製)とで、推力の機械的発生部分を
比較すると ―――― 高バイパス型ジェットは、大口径ファンブレードが飛行推力の主体
であり、ターボブロップ機は‘大きなプロペラ’が飛行推力の主体だ。ジェットエンジン
とプロペラエンジンである両者だが、機械的構造に違いこそあれど、飛行推力を生み出す
ために燃焼機関の空気回転力を利用して‘大きな羽を回す’その原理は大変よく似ている。


38  elyming♂  2006/12/06 20:57:55 








   〜 タービン ブレード 〜


高バイパス型ターボファンジェットエンジンの最前面にある
大きな‘逆扇風機(ファンブレード)’を動かす原動力は
エンジン内部の高圧縮燃焼タービン機関である。

そこでは‘タービンブレード’と呼ばれる羽の集合体が回転し、その1本1本の羽が
ジェット流を生み出す回転部分を構成している。圧縮燃焼温度を高くすればするほど
大きな回転推力(最前面の大口径ファンブレードを回転させることで得られる推力)
を生み出すことができる。しかし‘タービンブレード’は大きな遠心力と高温にさら
されるため、その過酷な環境に長時間耐えなければならない。

航空機の離陸時には、運用限度に近い最大推力を使うため、エンジンにとっては
最もリスクのある時間帯である。それに耐ええるために、タービンブレードには
特殊な耐熱合金が使われている。



初期のジェットエンジンは、タービンブレードの耐燃焼温度の限界から、今日のような
バイパス比の大きい高推力エンジンは難しく、エンジン前面のファン口径も小さかった。
そのため、燃焼ジェット流が多くの推進力を受け持っていた。ジェット流が主体である
ため、必然的に大きな騒音を発生させる。

ジェットエンジンの高バイパス化、高出力化のためには、タービンの燃焼温度をさらに
高めなければならないため、タービンブレードの耐熱耐久性は、たえず改良が重ねられ
高出力、低燃費、低騒音、しかも、長距離用双発機にも通用する信頼性の高い大口径
エンジンの開発が進められてきた。



ブレードを構成する材質や形状は時代とともに改良され、ジェット燃焼機関の燃焼温度は
どんどん高くなっていった。精密なる設計に基づいたレーザー光線照射等によって小さな
穴(空気の通り道)をタービンブレードに加工することで、ブレード本体を空気の流れで
冷却できるようになった。つまり燃焼温度を高めることが可能となったのである。

高い燃焼温度による回転推力 = 最前面大口径ファンの回転力を強め、大きな副流による
推進力の増大と低騒音化を図ったのが、今日一般的になった高バイパス比のターボファン
ジェットエンジンなのである。


39  elyming♂  2006/12/06 21:00:42 








      〜 タービン ブレード 〜


しかし、この新しいタイプのタービンブレードでも耐久性には限界がある。また
冷却に必要な‘空冷穴’が何らかの理由で塞がってしまったりすると、ブレード
本体の温度が急激に上昇し、強度低下の原因となる。また、小さな亀裂があれば
同じく強度低下の原因となる。材質の耐熱性が著しく低下すると、大きな遠心力
のかかったブレードは、ついに破断してしまうのである。これが燃焼機関の内部
で起こると、エンジンは大きなダメージを受ける可能性が大きい。


原子力発電用タービンブレード同様、航空機用エンジンのタービンブレードにも
厳しい安全性が求められるのは言うまでもない。その耐用時間や寿命の見極めは
余裕あるものでなければならない。


JANA 第3機体整備部では、検査のベテラン、豊田 松夢(とよた まつゆめ)
技術部主任と、その優秀な部下たちがタービンブレードの検査に取り掛かっていた。

ジェットエンジンを分解し、バラバラにされた沢山のブレード1枚1枚の変質を
丹念に調べる根気のいる作業である。特殊な蛍光試料を使った表面検査や内部の
断層検査装置を使い肉眼では見えないような微細な亀裂までも走査するのである。


40  elyming♂  2006/12/06 21:02:55 








      〜 タービン ブレード 〜


エンジンの燃焼回転力の心臓部となるタービンブレードは、1000度近い
過酷な燃焼温度と、すさまじい遠心力にさらされる。このため、規定時間に
達したエンジンをバラして、回転羽のブレード1本1本をバラバラに分解し
精密な検査を行い、材質破断の兆候をいち早く発見しなくてはならない。

小さな亀裂やその兆候を見逃したのが、たとえ、たった1本のブレードで
あっても、その小さな1本が破断すれば、エンジン全体に致命的な損傷を
与える可能性がある。しかも、場合によっては、その損傷はエンジン内部
にとどまるだけでなく、周辺外部の機体損傷にまで発展する可能性もない
わけではない。

エンジントラブルの確率をゼロに近づける――――このタービンブレード
の精密検査は、航空会社にとって極めて重要な作業の一つであった。



しかし、機体を運用する航空会社と、エンジンを製造するメーカーとでは
エンジンの信頼性に対する温度差があるようである。メーカー側は、1基
のエンジンがトラブルを起こす確率をコストとのバランスで見ているフシ
があるようだ。

離陸中のRTO(リジェクト テイク オフ:離陸中断)の確率は極めて少ない。
たとえエンジン1発が停止しても安全に離陸できる性能が保障されている。
つまり、1発のエンジントラブルは緊急事態ではない。空港に引き返すこと
で安全は確保できるという見方である。

一方、現場のパイロットは、離陸滑走中のV1前後での‘RTO’には
非常にクリティカルな状況になる場合もあることを肌で知っているから
前述のようなメーカーの見解をすべて容認できる立場ではないのが本音
であろう・・・


41  elyming♂  2006/12/06 21:04:46 








      〜 ジレンマ 〜



JANA運航整備本部長 登雷 星三 は、機体整備部の一角で行われている
タービンブレード精密検査の経過を見守っていた。


登雷 運航整備本部長「今日は何本くらい(不良品が)出ているかね?」

豊田 技術主任「え〜 今のところ、18本ほど・・・まだありそうですが。」


交換が必要な本数が増えるほどに、そのコストは膨大なものになる。
しかし、エンジントラブルによる損害もまた大きいものである。
安全と運航整備コストという大きなジレンマの一つである。


登雷 運航整備本部長「確実にハジかないとね。マッツン君(豊田 松夢技術主任の社内愛称)
ここは優秀なチームだからね、まず間違いはないと思うが、しっかり頼むよ。」

豊田 技術主任「部長、我々は他のチームには負けない自信ありますよ。」

登雷 運航整備本部長「もちろん知ってるよ(苦笑)」


42  elyming♂  2006/12/06 21:07:42 








      〜 プライド 〜


現場には『俺たちが安全の支えになっている』という高い自負と誇り、そして技術者と
してのプライドもあるのだろう。


結局、この検査で38本のタービンブレードに亀裂と変質が見つかり、すべて破棄された。
38本の小さな羽根 ――― 巨大な旅客機から見れば本当に小さな羽根である ――― が
新品のブレードに交換となった。


小さなブレード38枚といっても大変高価な部品である。羽の交換数が増えれば、そのまま
整備コストに跳ね返ってくるのである。当然、エンジンの数が多ければ多いほど確率的には
ブレードの交換数も増えることになる。一機あたり数千万〜億単位のコストがかかる場合も
ある。こうしてみると、4発機、3発機に比べて、双発機の整備コストは、このような場面
でも俄然優位性が出てくるのであろう。



                      <第18幕につづく>



43    2006/12/06 21:10:53 
<この発言は削除されました>
44  elyming♂  2006/12/06 21:12:12 
   【 ジェット オン ドリーム 】

     〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
       <第18幕>


45  elyming♂  2006/12/06 21:16:20 







      〜 たそがれ色の中で 〜



イグニッションを回すと軽やかに愛車のエンジンが始動した。さすがに夕刻が近い時間帯だ。
点灯するインパネのメーター類が、陰りゆく小空間に浮かび上がる。

夕日はすでに西の空に落ちかけていた。たそがれ色の残照が空に拡がりはじめる頃である。
仕事を終え帰りを急ぐクルマで首都高速の渋滞列がのびてくる時間帯でもある。

渡 鳥男は、京浜島のJANA研修所をあとにして、羽田空港へと向かった。


自らハンドルを握るクルマのカーラジオは、音質のいいFM放送局にチューニングされていた。
夕方の音楽番組が終わると、いつものように、ジェット機の始動する効果音が流れてきた。

『時刻は午後5時45分になりました。・・・ギィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン(番組効果音)』

『羽田 フライト インフォーメーション・・・ジャパン・エアネットがお送りいたします。』


ジェットストリーム オーケストラが奏でる♪ミスター ロンリー のBGMが静かに流れる中
キャビンアテンダントを思わせるような優雅な口調の女性アナウンサーが、羽田空港の出発便
到着便の情報を伝え始める。北日本方面や沖縄方面の運航便の一部に遅れが出ているようだ。


46  elyming♂  2006/12/06 21:22:35 










      〜 たそがれ色の中で 〜



渡 鳥男がハンドルを握るトヨタ ウィッシュは、空港中央のトラックパターン周回道路に
入った。動力性能、安定性、室内空間など優れたバランスと心憎いまでのパッケージング
が人気の秘密である。専用ゲートから空港関係者指定駐車場に入った。カーラジオからは
いつもの時間帯いつもの道路情報が聞こえていた。

『ドライバーのみなさん、つづいて、JANAトラフィック 交通情報です。道路交通情報
センターからお伝えします・・・首都高速道路 18時からのランプ閉鎖は、外苑、西神田
一の橋、芝浦、霞ヶ関の両方向・・・湾岸東行きは空港中央を頭に東京港トンネルをすぎて
有明ジャンクションまで・・・渋滞通過に30分です・・・都内では事故のため環七外周り
・・・次の交通情報は18時10分です。提供は‘いつも、あなたの翼 ’JANA・・・』

渡 鳥男「夕方の渋滞だな・・・さてと、ちょっと寄り道していくか。」

愛車を降りた渡 鳥男は、大きく背伸びをしたあと、JANA事業計画部に足を向けた。
いつもなら、真っ先に運航管理部に行くのだが、ある‘プロジェクト’が順調に進んで
いるのか、その進捗ぐあいが気になっていたからである。


47  elyming♂  2006/12/06 21:34:35 










      〜 もう一つの機材プロジェクト 〜


その頃、羽田整備場 JANA第5機材整備部の一角では、B767−300の大きな
機体がある作業を受けていた。ま新しい沢山の座席が、ハンガーの床いっぱに並べられ
ている。座席の交換である。

しかし、ただの座席交換ではない。JAL、ANAとも‘機材軽量化’プロジェクトが
進んでおり、その一環としてJANAの運用機体もその対象となっているのである。

厳選された軽量高品質な素材を生かして作られた座席は、1座席あたり950gの
軽量化が図られている。たかが1kg弱であるが、キャビン全体では大きな減量に
なるのである。また、座席だけでなく、貨物室に搭載される標準カーゴボックスや
客室乗務員が使うサービス・トレー、乗客が使う食器類すべてに渡って、徹底的に
減量作戦が進められており、これによって、ジェット燃料の燃費改善を目指そうと
いうものである。燃料高騰のあおりを受け、航空各社は消費燃料の節約も重要な
課題になっているのだった。


田尾 三重男(たお みえお)事業計画部長によれば、保有機数、運航便数などで
得られた試算では年間数億円以上のメリットがあるものとされた。減量効果による
固定費削減の成果は、今後実証されることだろう。



羽田整備場周辺は、とっぷり暮れる夕闇につつまれてきたが、ハンガー内部から漏れる
照明灯が機体を煌々と照らしている。JANAのロゴが入った安全ヘルメットにツナギ
作業服すがたの整備部員が行き交い、作業を進める声がハンガー内に静かに響いている。
作業内容によっては徹夜になるのもあるようだ。

遠く旅客ターミナルの駐機場では、照明灯の下で翼を休める旅客機の機体が、夕刻の暗闇
とは対照的に輝きだす時間帯である。轟音を残しながら飛び立つ離陸機、逆噴射を轟かす
着陸機、それらのチカチカ点滅する衝突防止灯さえもハッキリと判るほどに夕のとばりが
訪れていた。


48  elyming♂  2006/12/06 21:37:11 










  〜 羽田飛行場 午後6時00分 〜



各地からの到着便で混雑する時間帯を控え、空港ロビーは一段と賑やかだ。



    第1旅客ターミナル  ―――――  


    ピンポンピン パ〜ン

  ジェイ ティー エー 日本トランスオーシャン航空より ご案内いたします。
  沖縄からの5318便は、只今のところ、到着が30分ほど遅れる見込みでございます。
  本日午後、那覇管制エリアにおきまして停電による管制障害のため、沖縄方面の運航
  ダイヤが乱れております。

  また、7053便 岡山行きも 機材運用の都合により40分程度の遅れが見込まれます。
  お急ぎのところ、大変ご迷惑をおかけいたします。

  繰り返し、ご案内いたします。

  沖縄からの5318便は・・・




北日本では、寒気を伴った寒冷前線の通過があり、各地で一時的な強風が吹き荒れていた。

一方、沖縄地方では、熱帯性低気圧に伴う湿った気流が流れ込んだため、午後になって
活発な前線上に‘スーパーセル’と呼ばれる巨大な積乱雲が発生した。

突風や竜巻、集中豪雨や落雷など被害が相次ぐ中、那覇空域の管制機関、米軍嘉手納ラプコンの
管制レーダーシステムも停電のため使えなくなってしまった。バックアップ電源にもトラブルが
あったもようだ。悪天候に加えて、管制は無線だけによって行われていた為、安全確認にも時間
がかかった。復旧するまでの間、航空機の離発着に大きな影響を残した。沖縄から各地に向かう
便にも、かなりの遅れが発生していた。


また、西日本も西から活発な雨雲がやってきており、九州では熊本をはじめ所により
大雨になっていたが、今のところ羽田周辺は比較的穏やかな天候のようである。


49    2006/12/06 21:46:39 
<この発言は削除されました>
50  elyming♂  2006/12/06 21:48:42 








 〜 羽田飛行場 午後6時10分 〜



 第2旅客ターミナル ―――――


ピンポンピン パ〜ン

  エー ネヌ エー  全日空よりご案内いたします。
  航空機ご搭乗前におきまして、手荷物類などの持ち物検査、及び身体検査を
  行っておりますが、国土交通省からの通達により、只今、航空各社では
  お客さまの履物類の検査もあわせて実施いたしております。

  このため時間帯によりまして、検査ゲートが大変混雑いたしますので
  ご搭乗手続きと安全のための検査は、お早めにお済ませ下さいませ。



ピンポンピン パ〜ン

  エアーニッポン 2709便 帯広行きは
  まもなく搭乗手続きを開始いたします。なお、本日は機材変更となります。
  また、繰り返しのご案内でございますが、現地の天候によっては、着陸地が
  変更になりますので、予めご了承下さいませ。


51  elyming♂  2006/12/06 21:52:17 









  〜 羽田飛行場 午後6時20分 〜



空港内の喧騒も届かない こぎれいな化粧室の中の一室。
用をたしながらの大学生。その携帯電話の向こうでは、元気のいい通話音声が漏れている。

「こっち(熊本)はよぉ〜 カミナリと雨が凄かとよ〜!
 雨男のオマエがくるからとねぇ〜(笑)ヒコーキ降りこなかったら帰ると(笑)』

「カミナリ? マジでほんとかよ? まぁ夜遅く悪いな、降りれたら
 迎えよろしく頼むな」


空港トイレ天井のスピーカーからは、ときおり、さまざまな案内放送が流れてくる。


   ピンポンピン パ〜ン

     ジェイ エー エヌ エー  ジャパン エアネットより ご案内いたします。
     19時10分発 広島行き 2703便は、濃霧と悪天候のため、只今
     天候調査を行っております・・・



案内放送のバックグランドは、パーシーフェイス オーケストラ ♪夏の日の恋。
耳になじんだストリングスBGMのしらべが、美しく静かに流れている。

一方、空港の喧騒に包まれた待合ロビーの一角では、幼い女の子が、親の携帯電話に
呼びかけて、たのしそうな笑顔を振りまいている。

「あ、もしもし、おばあちゃん? これからヒコーキ乗るからね、待っててネ♪」


ロビー2階のインターネットカフェでは、ネット掲示板にかじりつく若者。
レストラン、ファーストフードコーナー、書店、土産販売など、空港内は
ちょっとしたスモールタウンである。

人とモノとが行き交う空港の雑踏。そこには、さまざまな人生が交錯している。


52    2006/12/06 21:56:54 
<この発言は削除されました>
53  elyming♂  2006/12/06 21:59:07 













  〜 羽田飛行場 午後6時30分 〜



     空港 見学デッキ ――――― 


羽田管制塔  「ジャパンエア 3019 アドヴァイス ウェン レディ」

JAL6207  「トゥキョー グランド リクエスト プッシュバック」

ANA2253 「タキシーイントゥ ポジション アンド ホールド ランウェイ 16R」


羽田空港ターミナル屋上の見学デッキでは、航空マニアがエアバンドを聞いている。
彼は、いろいろと周波数をかえて、興味のあるチャンネルを探しているようだ。


東京コントロール「アメリカン ゼロシックス、ポジション ワン・ハンドレット マイルス
          ノースイースト オブ チョウシ、 レーダーサービス ターミネッテッド
          スコーク 1823、 コンタクト トーキョー レディオ 
          ワン・ツー・シックス デシマル セブン」

(アメリカン航空 6便へ、位置は銚子VOR/DMEから北東へ100マイルの地点です。
 識別符号は1823、レーダー監視は終了しました。以後、周波数126.7MHZを使い
 東京レディオに交信して下さい。)


54  elyming♂  2006/12/06 22:09:38 










  〜 羽田飛行場 午後6時40分 〜



     空港 見学デッキ ―――――

新東京国際空港(成田空港)を離陸した国際線が、東京管制エリアの管制官と最後の交信を
しているのが聞こえる。アメリカ行きのこの便は、やがて、はるか太平洋の彼方へと消えて
ゆくことだろう。バンドのチャンネルを換えると、今度は、成田の進入管制所のATCが
聞こえてきた。
 

成田進入管制所「エアネット3618 クリアードフォー ILS アプローチ ランウェイ 34L」


   「へえ〜、その受信機、成田便のエアバンドも拾うんですね」

   「いやぁ〜オークションでの掘り出しものですよ(笑)」(と言いつつ、ご満悦)



遠い地平線が最後の色を残すその頃、千葉県九十九里海岸沖 太平洋上 ヴィーナスポイント付近。
ホノルル発 新東京国際空港(成田)行き JANA 3618便 ボーイング 747−300が
成田空港 滑走路34Lへの着陸進入順番を待ちながらのホールディング(旋回待機)中であった。
順番待ちをする たくさんの航空機。その衝突防止灯が夕刻の暗闇の空をまるでホタルのように
回っている。JANA3618便は、どうやら、成田へのランディング許可が下りたようだ。

成田空港周辺では、鹿島灘からの冷たい北東気流が強まっていて
右からのクロスウィンド――――厄介な横風着陸のようである。

この便のコクピットクルーは、フェアレ・オッサニー機長、メタル・ジィフォース副操縦士の
外人コンビであった。彼らにとっては、1週間ぶりの日本であった。

フェアレ・オッサニーは、JANA飛行研修所で訓練生に教鞭をとる予定が入っており
彼らが日本での滞在をゆっくりとたのしむのは、また別の機会になりそうである・・・


55    2006/12/06 22:13:11 
<この発言は削除されました>
56  elyming♂  2006/12/06 22:14:09 
   【 ジェット オン ドリーム 】

     〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
       <第19幕>
57  elyming♂  2006/12/06 22:21:13 










〜 羽田飛行場 午後6時50分 〜


  第3旅客ターミナル ―――――


  キンコンキン カーン  

  ジャパン エアネットより ご案内いたします。
  新千歳からの1206便は、只今到着しました。
  出迎えのお客さまは、到着ロビー1番ゲートまでお越し下さいませ。




北海道からの便、ボーイング777−300の機体は、すでに1番スポットに
ランプインしていた。コクピットでは、来賀鉄蔵機長、仁屋悟郎副操縦士が
到着後の点検を行い、インタフォンで地上スタッフと連絡を取り合っている。

ボーイング777−300の胴体に接続された2本のボーディング ブリッジ。
その2箇所の出口では、客室乗務員らが機内から降り始めた乗客たちの列を
にこやかな笑顔で送り出している。

この機体は、369便 福岡行きとしての準備が行われる予定であった。


到着ロビーへの出口付近では、ベルトコンベアから流れてくる自分の荷物を
まだかまだかと待つ乗客たちの列がすでに出来ていた。今頃、地上作業員は
受託手荷物の運び出しで大忙しであろう。


58  elyming♂  2006/12/06 22:24:36 










     〜 旧友再開 〜


羽田空港 第3旅客ターミナルでも、夕方のラッシュ時間帯を迎えていた。
空港ロビーの雑踏にも、どこか、慌しさがある。到着便の乗客を待つ人たち。
そして羽田を発つ人たち。しかし、そこには、空港独特の微笑みの世界があった。

大地 北之(だいち きたゆき)は、JANA1206便で羽田に降り立った。
なつかしい友人たちとの再会を心待ちにしながら到着ゲートの出口へと向かった。



友 人  「よぉ〜〜〜! 大チャン、ひさしぶりぃ!」

大地 北之「やぁみんな〜 元気そうだねぇ〜♪」

ゲートを出ると、二人の友人が笑顔で出迎えてくれた。
北海道からの上京だ。彼らとは何年ぶりの再開だろう。



友 人  「千歳便 大体予定通りだったね、しっかし荷物いっぱいだな〜(笑)」

大地 北之「北海道の土産もいっぱい持ってきたんだから、そんな言い草は(笑)」

友 人  「冗談冗談(笑)・・・でも、まるで海外旅行みたいだし(笑)」

大地 北之「娘のところで一週間 世話になるんだから、金銀財宝ぜ〜んぶ持ってきたの(笑)」

友 人  「(笑)・・・‘クロネコ’使えばよかったのにさぁ。」

大地 北之「ま、昔と変わらず、心配性ってこと(笑)」

友 人  「荷物重いだろ、1ッコずつ持ってくよ」

大地 北之「お、サンキュ!・・・ あれ? そう言えば、あいつは?・・・」


59  elyming♂  2006/12/06 22:32:01 










     〜 旧友再会 〜


友 人  「あ、クルマで留守番(笑)」

大地 北之「はるばる北の大地から上京してきたっつうのに(笑)・・・で、クルマは?」

友 人  「今日はどこも満車でさ、あの立体駐車上の一番上だよ、屋上だよ屋上。」

友 人  「ハハ、あいつなりに留守番する事情あるみたいよ(笑)」
 
大地 北之「これから‘湾岸’走るンだろ? 何年ぶりだろなぁ・・・渋滞してなかった?」

友 人  「横浜からくるときは、けっこう順調だったけどね・・・今の時間、どうだか?」

携帯の i モードで渋滞情報を見るが、都心環状線に一部‘赤’が表示されているものの
周辺部は‘黄色’もしくは‘無表示’で、いつもの夕方にしては交通量は少なめのようだ。



   キンコンキン カーン

   スカイ・エアラインズより、お出迎えの お客さまに ご案内いたします。
   北九州からのスカイ・エア 712便は、只今のところ 到着が10分ほど
   遅れる見込みでございます。大変恐縮ではございますが、今しばらく
   お待ち下さいませ。なお、到着ゲートは・・・



   ジャパン エアネット 369便 福岡行きをご利用の
   紀伊田 襟和(きいた えりかず)さま。紀伊田 襟和さま。
   葛野 夢貴(かつや ゆめたか)さまが、お待ちでございます。
   1階 JANA案内所まで お越し下さいませ。
   
  

羽田空港で北海道からの友人を出迎えた一行は、出発便、到着便などの案内アナウンスと
人々の雑踏が響く空港ロビーをあとに、弾む話もつきないといった感じで空港立体駐車場
へと向かった。


60  elyming♂  2006/12/06 22:33:58 










     〜 旧友再会 〜


友 人  「この荷物だかんなぁ〜 ヤツにこの階までクルマ移動してもらうか? 」

友 人  「おもての道路っぱたまで?」

大地 北之「いや、いいよ。この時間じゃ、リムジンやタクシーだらけでしょ?」

友 人  「それも、そうだな・・・やっぱ、止めとくか。」

空港駐車場で待つ もう一人の友人に、携帯電話でクルマの迎えを頼もうとして
連絡を入れようとしていたが、路線バスやタクシーなどに迷惑になるかもしれない。


    ガラガラガラガラ・・・

大きなスーツケースを引きずる音が、空港の雑踏にまぎれ込む。
連絡通路から駐車場へのエレベーターに乗り込んだ。ガラス越しに見る外の景色は
すっかり暗くなって、空港ターミナル周辺の道路照明が明るく輝いている。
エレベーターの中は、各地から到着した人たちや出迎えの人たちで満員だ。

   グ〜〜〜〜ン チ〜ン

途中の階に何度も停止するが、この箱はすでに満員御礼である。
閉まるドアの向こうに、ちょっとばかり苛立って見える順番待ちの顔々・・・


61  elyming♂  2006/12/06 23:03:23 







     〜 旧友再会 〜


   グ〜〜〜〜ン チ〜ン

エレベーターが空港駐車場棟の最上階で停止する。屋外は、とっぷり暮れている。

    ガラガラガラガラ・・・

大きなスーツケースを引きずる音。遠く聞こえる離陸機、そして着陸機の轟音・・・
毎日のように繰り返される空旅の音響であり、空港旅情を醸し出す絶好の舞台装置である。


屋上駐車場の水銀灯が煌々と点灯し、その明るい照明光の下で
ひときわ白い光を放つ1台のミニバンが止まっていた。

ドライバー席のウィンドーが開く。


江里 民悟「よぉッ 大チャン、元気そうじゃん!」

大地 北之「あれぇ? エリシオン? クルマ買い換えたんだ?」

江里 民悟「へへ、走り屋は、とっくの昔に卒業でさぁ。で、何でココで待っていたか?
ってこと聞きたいんでしょ? 顔に そう書いてある(笑)」

大地 北之「さっすが、図星だよ(笑)」

江里 民悟「話せば長くなるんだけどね。つい最近、車上荒らしに遭ってさぁ・・・
クルマの修理代で・・・まだヘコんでんの(苦笑)」

友 人  「イモビと防犯アラームで、すぐ気付いてセーフだったらしいけど。」

江里 民悟「盗難防止のハザードとクラクションに驚いて、犯人逃げていきやがった。」

友 人  「クルマの中めちゃくちゃだったって。ま、泣き寝入りってわけ。」

大地 北之「そうだったんだぁ。ほんと最近物騒な世の中だよな〜」

友 人  「というわけで・・・その後遺症のため、ココで お留守番ってわけ(笑)」

大地 北之「な〜るほど(苦笑)」

江里 民悟は、エリシオンの後部3列目シートを畳み
はるばる北海道から上京してきた彼の大きな荷物 ――― スーツケース 大1個
旅行カバン 中1個、ショルダーバッグ大 1個、みやげ袋 3つ ――― を
クルマに積みこんだ。大人4人のクルージングだが、それでも余裕のキャビンである。


62  elyming♂  2006/12/06 23:07:49 











     〜 旧友再会 〜


江里 民悟「しっかし、すんげぇ荷物だなぁ(笑)」

大地 北之「ったく、また言われたよ(笑)・・・」

江里 民悟「さぁ、乗って乗って」

友 人  「じゃさぁ、ちょっと遠回りして行こっか?」

大地 北之「渋滞してない?」

江里 民悟「今日は、いつもより空いているみたい。」


キュルル ギュィ〜〜〜〜〜ン 

イグニッションをひねると K24A i-VTEC エンジンの 軽やかで乾いた
メカニカルノイズが始動した。インパネやキャビンを包み込む純正のブルー
イルミネーションが青い光を放つ。エリシオン独特の青い光の演出は
ナイトクルージングの新たな世界へいざなうかのようである。


大地 北之「ずいぶん、キレイなインパネだねぇ・・・」(半分、お世辞)

江里 民悟「いやぁ、ただの飾りさぁ(笑)」(お世辞とは言え、内心、悪い気分ではない)


63  elyming♂  2006/12/06 23:09:49 










     〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜


エンジン始動とともに
CDチェンジャーに入れられたCD−R ディスクNO.1がローディング。
フラットでクセのない周波数特性と優れたデジタル変換システムを持つ純正
カロッツェリア・オーディオの透明感ある音が6つのスピーカーから鳴り出した。


   ● ABBA ♪Chiquitita


北欧的な美しいサウンドとリズムが、エリシオンの静かなキャビンに流れる。

クルマは、空港の駐車場棟を駆け下り、一路、首都高速への流入路へと向かう。
予定していた横浜とは逆方向に進路を取ったのは、どこか遠回りするつもりなのだろう。
羽田空港の北トンネルを抜け出て、湾岸線東行きに進路をとる。

大地 北之「こりゃ湾岸ミッドナイトだね(笑)」

江里 民悟「んん、昔は、みんなでバトルしたっけね(笑)」


大井の東海道新幹線車両基地を横目にしながら首都高速の料金所を通過する。
クルマの流れは順調だ。大都会の光のパレードが、これから左右に拡がることだろう。





   ***シアター バックグランド ミュージック***


   ♪たそがれどきを飾る街に 沈む夕日も もう一度昇り出す

    明日は明日さ まつりはこれから 二人でいっしょに口笛鳴らそう


   ♪ごらんパレードがゆくよ〜 ごらんパレードがゆくよ〜 

    カーニバルのパレードが カーニバルのパレードが



         山下 達郎  ♪パレード より


64  elyming♂  2006/12/06 23:12:43 




     〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜


中央車線の流れに乗りながら、東京港トンネルに入る。トンネルの上は
その名のとおり、東京港の海である。

   ダァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

周囲を走る大型トラックの走行音が壁に反射し合い、威圧的な空間を演出する。
左右の照明灯がイリュージョンのように視界の中で光跡の流れを作りながら
後方へ飛び去ってゆく。トラックを抜こうと右ウェインカーを上げた。
背後から迫る音・・・


   ボォォォォォォォォォォォォォォォォン〜〜〜〜〜〜〜〜〜


後方、右追い越し車線。低いエキゾーストサウンドとともに、黒のZ32が
Tバールーフを全開にして走り抜けていった。追い越しざま、ハザードを一瞬。
こちらも『どういたしまして』のパッシング。お互い‘走り屋’の血が流れて
いるのを感じていた。

トンネルを抜け出ると13号地、そして、お台場だ。
右後方から、また1台。今度も黒いクルマだ。

友 人  「オ! 何だ、ありゃ? GTO?」

一見すると、コルベットのような端正なマッスを持ったボディラインである。

友 人  「ありゃ改造ボディだな・・・あのカタチは、GTOだよ。」

友 人  「ん、GTOだな。こうして見ると、けっこう大きなボディだよな。」


GTウィングを付けたテールが、あっという間に視界から遠ざかっていった。
そして、また1台 ――― 今度は白いZ33である。ローダウンの端正な
エアロをまとっている。

そのまた後方から、同じZ33。こちらはシルバーのロードスターだ。

一連のクルマは、まるで意気投合するかのように、つかず離れずといった
紳士的な動きをしていた。バトルのような追走ではない。
先頭をゆく黒いZ32が、グループのリーダーか?


友 人  「おい、江里。追っかけてみようぜ。」

江里 民悟「 ば〜か、ついて行けるわけないって(笑)」


65  elyming♂  2006/12/06 23:14:34 










     〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜


友 人  「大チャン、こうして湾岸走るの、たぶん10年ぶりくらいでしょ?」

ついさっき、千歳からの1206便 羽田着陸目前の機窓からこの場所を見下ろしていた。
その湾岸線周辺の夜景の中を今走っている。確かに10年ぶりであった。
しかし、こうして仲間たちと再開してみると、その年月を感じることはなかった。

大地 北之「そうだね、あの頃を思い出すよなぁ・・・」

今、その光のイルミネーションを、友人のクルマの中から眺めている。
考えてみれば、数時間前には、まだ北海道の大地を踏んでいたのである。
その距離、その時間の不思議な感覚は‘空旅’のあとの独特な余韻であろうか。


   ● Carole King ♪Now and forever


友 人  「昔は、いい曲が多かったと思うね・・・」

江里 民悟「俺も80年代くらいのポップス好きだねぇ」


中央環状線 内周りの直線路に入ると、交通量が減ってきた。
左手には東京湾に注ぐ荒川放水路が黒々と大きく水面をたたえ、その奥の方には
東京都心部のビル群の影が、どこまでも連なっている。

その中に埋もれることなく、オレンジ色を発色した東京タワーの光が目をひく。


66  elyming♂  2006/12/06 23:15:48 










     〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜


まだ、宵の口だが、ヒタヒタと押し寄せるかのような夜のとばりにふさわしい
シンセサイザーと哀愁漂うヴォーカル、その深いサウンドのシャワーが
エリシオンの青白い光のキャビンを包み込む。


   ● 10 c c ♪I'm not in Love


友 人  「お! テン・シー・シー かぁ・・・ 江里っち なかなか いい趣味してる。」

江里 民悟「30年前のサウンドとは思えないよなぁ〜♪」


  トントン     トントン      トントン


道路のつなぎ目を通過するリズムと同調するかのような
ドライビンミュージックが心地よい。CD−Rに収録された次の曲


   ●Tears For Fears ♪Everybody want to Rule the World


友 人  「いや〜これも 懐かしい! ♪ルール・ザ・ワールド だよな!」


67  elyming♂  2006/12/06 23:17:06 










     〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜



4人を乗せたエリシオンは、中央環状線から6号 向島線に入った。

今までの荒川放水路沿いとは違った感じに見える夜景は
やはり隅田川沿いの土地柄であろうか。


前方の道路情報電光掲示板には、都心環状線 外回り 銀座ランプ付近に
事故か故障車を示すバツ印が点滅している。



江里 民悟「ありゃ? 事故かねぇ?」

大地 北之「銀座のあたりだねぇ。あそこは、変なカーブ多いからね。」

友 人  「しょうがねぇなぁ・・・あそこの外周り通過はボツ(笑)」

江里 民悟「せっかく大チャン来たんだからサービスして(都心環状線の)内周りするか。」



首都高速ジャンクションは両国、箱崎、江戸橋、竹橋、三宅坂、谷町へと続く。
都心環状線 C1は、分流と合流が連続する。しかも上り下り、トンネル
ブラインドコーナー、錯綜する交通など、息つくヒマもない。
慣れない初心者には、かなりシンドイ道路である。

C1 内周りをこなして、芝浦付近までくると、左手には、ひときわ高く
ひときわオレンジ色に輝く東京タワーが大きい。
そして、六本木ヒルズの青い光が対照をつくる。
心憎いばかりの都市の演出・・・


68  elyming♂  2006/12/06 23:18:22 










     〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜


エリシオンのキャビンには、大人びた哀愁を感じさせる曲相のポップミュージック。
前後ダブルウィッシュボーンサスを奢り、上質な乗りごごちと 矢のような直進性や
旋回安定性を両立した その濃密で質感のある走りは、同乗者にも安心感を与える。



   ● Cutting Crew ♪I've been in love before



友 人  「カッティング・クルーだねぇ・・・ '80年代前半のヒット曲だっけ?」

大地 北之「いや〜こんな夜景は久々に見たよぉ〜 BGMもいい感じだし♪」

江里 民悟「じゃぁ、最後のトドメは、やっぱレインボーブリッジの夜景っしょ。」


4人を乗せたエリシオンは、C1 浜崎橋ジャンクションで進路を右にとり
11号 台場線へと入ろうとしていた。


69  elyming♂  2006/12/06 23:19:36 










     〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜


江里 民悟「エリシオン マイナーだけどね‘走り’は捨てたもんじゃないでしょ(笑)」

友 人  「たまにゃぁ ミニバンも いいやね。 ちょっと高い目線でね(笑)」

江里 民悟「ホメてんの? ケナしてるの?(笑)」

友 人  「さぁ、どっちでしょう(笑)」


レインボーブリッジの直前、上り勾配左コーナー。後方からの爆音とともに
何かの殺気を感じる。見ると、FD、R34、NSXの3台が激しいバトル。
またたくまにブリッジの下り勾配を駆け下りていった。
赤いテールが、右に左に交錯している。


大地 北之「こんな夕方の時間にバトルかぁ・・・ったく若いねぇ(苦笑)」

江里 民悟「ったく危ねえよなぁ・・・大チャン、昔の血が?・・・(笑)」

友 人  「‘走り’なら、やっぱ スバルか、三菱っしょ。」

江里 民悟「F1スピリットのホンダだよ、最近微妙だけど(笑)」

友 人  「いや、ファン・トゥ・ドライブとくりゃ、マツダのロータリーだな!」

江里 民悟「ロータリーのマツダもいいよね。」

大地 北之「トヨタ、日産の実力を知らないな(笑)」

江里 民悟「トータルバランスじゃ、やっぱりトヨタが一番かなぁ。」

友 人  「アホ言え! スバルのAWDをマネできるメーカーはない!」

江里 民悟「‘Z’‘GT−R’ 日産の血統も好きだな〜」

友 人  「ロータリーのマツダに決まってんだろ!」

江里 民悟「ま、欧州車にも、いいクルマは色々あるわけだし・・・」

友 人  「‘インプ’‘ランエボ’‘タイプR’だろ、魂のあるクルマは!」


70  elyming♂  2006/12/06 23:20:53 










     〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜


江里 民悟「おいおい、こんなところで何熱くなってんだよ(笑)」

大地 北之「何だかネットの‘掲示板’みたいだし(笑)」

友 人  「カービュー掲示板(笑)」

江里 民悟「ったく、首都高走りで血の気が騒ぐようじゃ、まだまだ修行が足りん!」

友 人  「うっるせえ〜(笑)」

大地 北之「ヒコーキから、はるか地上見たらさ、下界で速いだの遅いだのって・・・」

江里 民悟「ハハ、確かに、虫さんのレースかもねぇ(笑)」

友 人  「おお〜! 大チャン、江里っち、すっかり悟りを得てる(笑)」

友 人  「大チャン、それを言っちゃあ おしめえよ!」(『フーテンの寅さん』のパクリ)

江里 民悟「それを言うなら‘大チャン’じゃなくて‘おいちゃん’だろ(笑)」

一 同  「(大笑い)」

大地 北之「元走り屋の銀走族たちも、ずいぶん丸くなったもんだ(苦笑)」


71  elyming♂  2006/12/06 23:23:12 










     〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜


やがてクルマは、C1環状線を周り、レインボーブリッジを渡る。
北海道の友は10年ぶりに見た夜の大東京、その夜景ドライブに、すっかりゴキゲンだ。

右手はお台場、左手は東京港の広がりの先にビルの影が、どこまでも連なっている。
有明ジャンクションで進路を右にとり、再び湾岸線。今度は西行きに合流だ。

江里 民悟「じゃ、このまま横浜まで行くよ」「OK」



   ● Christopher Cross  ♪All right



友 人  「クリストファー・クロスかぁ・・・なっつかすい〜ね〜♪」

友 人  「確かデビュー・アルバムは‘南から来た男’だっけ?」

江里 民悟「んん、ジャケットの表紙はピンク色の鳥、フラミンゴ(?)だっけ。」

友 人  「いい曲がいっぱいあったよなぁ  ♪Never be the same とか ♪Sailing とか」

江里 民悟「♪ニューヨーク・シティ・セレナーデ は、ヒットしたよな〜」



大都会に渦巻く感情を押し殺しながら、しかし、とどまることのないヘッドライト
テールライトの流れが、夜のしじまを破っている。


72  elyming♂  2006/12/06 23:25:11 










   〜 遠回り 東京ナイトクルージング 〜


江里 民悟「さてと、そろそろ腹も減ってきたことだし・・・」

友 人  「大チャン歓迎の おたのしみ・・・今夜のディナーは中華だね。」

大地 北之「今夜は中華料理?」

友 人  「そ。横浜の中華街に予約入れてあるから。丸るいテーブルを囲んでね。」

大地 北之「で、10年のときを越えて・・・テーブルをグルグルと(笑)」

江里 民悟「そういうこと(笑)・・・で、大チャン、店の名前聞いて、笑わないこと。」

大地 北之「え? 何だい?」

友 人  「‘珍萬楼’っていうのよ(笑)」

大地 北之「チンマンロウ?(大笑)」

江里 民悟「な、股間がうずきそうな店の名前だろ?(笑)」

友 人  「でよぉ、安くてウマくてボリュームあり。」

友 人  「しかもよぉ、セクシーなチャイナドレスもオススメ(笑)」


13号地、東京港トンネル、そして、再び羽田空港下の地下トンネルをくぐり抜けると
進行方向の暗い夜空に舞い上がる機体の点滅が、あっという間に遠ざかってゆくのが見えた。


友 人  「なんだかんだ言って、ヒコーキのスピードには、かなわねえよな(苦笑)」

大地 北之「ま、そういうことだね(微笑)」


73  elyming♂  2006/12/06 23:26:23 

   【 ジェット オン ドリーム 】

     〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
       <第20幕>
74  elyming♂  2006/12/06 23:27:57 










   〜 会食 〜


   羽田空港ビックバード 午後7時30分 ―――――


   ジャパン エアネット 369便 福岡行きは、只今 ご搭乗の手続きを行っております。
   ご利用のお客さまは、お早めに出発カウンターまでお越し下さいませ。


   スカイマーク エアラインズより ご出発便のお客さまへご案内いたします。
   東京よりお越しの 団 悟(だん さとる)さま。
   お連れのグループが、ご出発階の待合ロビーでお待ちでございます。
   恐れ入りますが、73便 新千歳行き 出発ゲートまたは、お近くの案内所へ
   お越し下さいませ。


   ピンポンピン パ〜ン

   日本航空1807便 大分行きは、まもなくご搭乗の手続きを開始します。
   ご利用のお客さまは・・・



羽田到着便のラッシュが一息つく頃であろうか。空港ロビーでは各地への出発便案内を流す
アナウンスが、あわただしい人の動きを誘っている。

そんな中、JANA機長 白矢義参は、飛行学校研修所の渡 鳥男(査察機長)とともに
フライト後の会食をたのしんでいた。二人の対面席には、航空自衛隊の友人パイロット
肩菜 住市(かたな じゅういち)一等空尉がいた。


75    2006/12/06 23:33:40 
<この発言は削除されました>
76    2006/12/07 21:34:46 
<この発言は削除されました>
77  elyming♂  2007/01/03 21:55:35 








   〜 会食 〜


   羽田空港ビックバード 午後7時40分 ―――――



肩菜 住市「(談笑)・・・ファイターにとって加齢は最大の敵ですよ(笑)」

渡  鳥男「でも君は、まだまだ現役だろう?」

肩菜 住市「いや、こう見えても、けっこうシンドイですわ。血管やら心臓やら血圧やら心肺機能の低下
      ・・・高いGがかかる旋回中の失神は即命取りになりますからねえ。虫歯もご法度です。」

白矢 義参「へえ〜虫歯も?」

肩菜 住市「アゴが虫歯で踏ん張れないと高度な機動飛行に影響するもんで。(笑)」

白矢 義参「なるほどねぇ・・・いろいろと大変なんだねぇ・・・」

肩菜 住市「身体的に高いレベルを維持するのは、若いうちですね。」

渡  鳥男「まぁ君が乗るF−15がF1マシンだとしたら、747、777は・・・
      ・・・さしずめ、観光バスって感じかねぇ(笑)」



   ピンポンピン パ〜ン

   ジャパン エアネット 1037便 大阪行きは、ただいま ご搭乗の手続きを・・・



渡  鳥男「大阪便かぁ・・・」(遠い目)

白矢 義参「渡教官、もしや・・・あの事故のこと思い出して?・・・」

渡  鳥男「ん、今日の夕方、峰チャン(富士 峰子CA訓練生)と逢ってねぇ。」

白矢 義参「そうでしたか・・・たしか彼女、JALの訓練生になったと聞いていますが。」

渡  鳥男「泣き虫だったあの峰チャンがねぇ・・・立派な娘さんに なったもんだよ。」

肩菜 住市「その話って、あの123便のことですよね。」

白矢 義参「ああ・・・君はまだ小さかっただろうけど。」

肩菜 住市「現地捜索隊だったオヤジの話、よく聞いたもんです・・・」


78  elyming♂  2007/01/03 21:57:09 








   〜 遠きにありて 〜



肩菜 住市「あの事故報告書、膨大なものでしたよね。でも、今だに疑念の声もある・・・」


渡  鳥男「300ページもある膨大な内容だけど、その道の専門家たちが、限られたサンプル
      の中で導いた科学的な結論だろうとは思うけどね。だけど、ほんとうに、それが
      真実なのかは、ボクにもわからないが。」

白矢 義参「やはり大事件となると、真偽不明のキナくさい話は出てきますからね。」

肩菜 住市「ケネディ暗殺、アポロ月面着陸、大韓航空機撃墜事件、9.11テロとか。」

白矢 義参「最近じゃ、元国家裏組織の亡命者が、放射性物質で暗殺とかね・・・」


肩菜 住市「・・・123便のボイスレコーダー、たしか破棄される予定でしたしね。」

渡  鳥男「ん、運輸省が破棄すると発表したあと、驚くほど克明に記録されたテープが公にされ
      民放テレビがスクープしたの驚いたね。心ある‘内部告発者’に敬意を払いたいね。」





     あの忌まわしき夏の日の記憶。

     遠い時の流れの中に埋もれてゆくもの。

     しかし、消し去ることのできないもの・・・





渡 鳥男は、副操縦士として、また機長昇格訓練期間中のパイロットとして
あの123便に乗る予定だった。しかし、機材トラブルによる運航の乱れが
あり、予定の乗務シフトが狂ったのであった。


123便の機材JA8119号機は、その昔、大阪でしりもち事故を起こしていた。
そして、胴体後部の圧力隔壁が修理された。すべては、そこから始まったのだった。

しりもち事故を起こし機長は ―――― それが御巣鷹尾根の墜落事故に結びつく
一つの原因を作ったのだという重責を感じ、その後、自らの命を絶つ道を選んだ。
それを知った渡 鳥男は愕然とした。

人命をあずかるパイロットという職責の重さ、厳しさをかみしめた。


そして、時を戻せば、あの時 ―――― 運命が変わっていなければ、8月12日の
123便に乗務していたはずだった・・・

あの美しい鶴丸の日航ジャンボ機が、世界一安全な旅客機といわれたあのジャンボ機が
堕ちるなんて、にわかには信じがたいことだった。しかし、事故は起きた。

運命と宿命の糸に自問自答する日々を重ねた。しかし、後輩パイロットへの安全教育こそ
自らに課せられた使命だと心に誓ったあの日。今もなお、それを忘れることはなかった。


79  elyming♂  2007/01/03 21:58:26 



 ***** シアター 間奏曲 *****


     ♪Longer    

          by  Dan Fogelberg


Longer than there've been fishes in the ocean
Higher than any bird ever flew
Longer than there've been stars up in the heavens
I've been in love with you.

Stronger than any mountain cathedral
Truer than any tree ever grew
Deeper than any forest primeval
I am in love with you.

I'll bring fires in the winters
You'll send showers in the springs
We'll fly through the falls and summers
With love on our wings.

Through the years as the fire starts to mellow
Burning lines in the book of our lives
Though the binding cracks and the pages start to yellow
I'll be in love with you.

Longer than there've been fishes in the ocean
Higher than any bird ever flew
Longer than there've been stars up in the heavens
I've been in love with you
I am in love with you..


80  elyming♂  2007/01/03 22:01:39 



|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||

               【おことわり】

この物語は、ドキュメンタリー タッチのフィクション ドラマです。
登場人物、会社団体組織、地名等、内容は、すべて架空のものです。
 
航空に関する事項も事実とは限らず、実際の運航オペレーション等を
再現しているものではありません。予めご了承下さい。

画像はシアター効果を高めるためのものであり、必ずしも本文と合致いたしません。
一部、動画リンクがありますが、サイトの都合によりリンクが無効になることがあり
ますので、ご容赦ください。

なお、実際に起きた航空事故を題材にして物語を構成している部分が多々ありますが
組織名や人名など、多くの場面で実際とは異なる脚色であることをご承知おき下さい。
また、事故報告書の見解に準じて物語が構成されていますが、それとは違った意見も
あることを付け加えておきます。

あらためて、無念にも事故の犠牲になられた方々への追悼の意とご冥福を祈ります。
そして、このような深い悲しみが二度と訪れてはならないことを願ってやみません。


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81  elyming♂  2007/01/03 22:02:12 



   1985年8月12日 午前


82  elyming♂  2007/01/03 22:03:31 












   航空自衛隊 入間基地 ―――――


朝から真夏の日ざしが照りつけ、入道雲が湧き上がる暑い一日が始まっていた。
太陽光線の傾きが どこか夏の終わりを予感させるには、まだ早いようである。

    カナカナカナカナカナ・・・・

それでも、どこからともなく聞こえてくるヒグラシやセミの啼き声が
基地内にある木立ちに涼しげな空気感を作っていた。

ここは埼玉県西部にある入間基地。いつもと変わらない定期輸送便や訓練飛行の風景があった。

飛出 実(ひで みのる)自衛官は、そんな平穏なる入間基地の風景を管制塔から望む いつもと
変わらない一日を過ごしていた。第2航空輸送団 第402飛行隊 C−1定期輸送便が、愛知県
小牧基地に向けて出発しようとしていた。


83  elyming♂  2007/01/03 22:05:08 












 ▽C−1定期便
「イルマ グランド、 コスモ ワン・スリー スポット ワン・セブン リクエスト タキシー」

(入間地上管制へ こちら定期便 コスモ 13便です。17番オープンスポットにいます。
 地上走行の許可願います。)


 ◆入間地上管制
「コスモ13 スタンバイ ヒューミニッツ」


 ◆入間地上管制
「コスモ13 ランウェイ ワン・セブン  キュー・エヌ・エイチ
 ツリー・ジロ・ワン・ネイト  ユー アー ナンバーツー
 ディパーチャー アフター ワイ・エス・ワン・ワン」
        
(定期コスモ13便へ 離陸滑走路は17 QNH気圧高度補正値は、30.18インチ
 貴機は、YS−11の出発後 2番目です。)


 ▽C−1定期便
「ランウェイ ワン・セブン  ツリー・ジロ・ワン・ネイト ロジャ
 ウィーアー ナンバー・ツー ディパーチャー   コスモ13」 

(離陸滑走路は17 高度気圧補正30.18インチ了解。出発2番目 こちらコスモ13便。)



 ◆入間地上管制
「コスモ13 コンタクト タワー スリー・ツー・ツー デシマル ツー」

(定期コスモ13便へ 以後は、入間タワー 322.2MHZと交信して下さい。)


定期便 C−1輸送機がタキシングを開始。やがて交信は「入間タワー」に引き継がれた。

ブルーラインが特徴的な YS−11P型機 が、ロールスロイス ダート10サウンドの
独特の音色を残しながら南空に向けて離陸してゆく。プロペラとタービン排気音が混じり
合うターボプロップエンジンの軽やかな音色は、YS−11型機の独特のサウンドである。
それは、遠くで聞いていても、すぐにそれと判るほどの個性がある。この便は、鳥取県の
美保基地へ向かう便のようである。


84  elyming♂  2007/01/03 22:06:22 










 ◆入間タワー管制
「コスモ13 タキシーイントゥ ポジッション アンド ホールド
 ランウェイ ワン・セブン・・・チェンジ チャンネル ヨコタ ディパーチャー
 フリクエンシー スリー・シックス・スリー デシマル エイト アフター エアボーン」

(定期コスモ13便へ 滑走路17に進入して待機して下さい。離陸後は、横田出発管制
 363.8MHZに交信を切り替えてください。)


飛出 実 管制管が、出発後の管制移管を伝える。
入間基地周辺上空には、米軍横田管制空域が大きく拡がっているためである。



 ◆入間タワー管制
「コスモ13 ウィンド ワン・フォー・ジロ ディグリー アット セブン ノット
 クリアード フォー テイクオフ ランウェイ ワン・セブン」

(定期コスモ13便へ 風は140度 7ノット 滑走路17 離陸に支障ありません。)


 ▽C−1定期便
「チェンジ アフター エアボーン アンド コンタクト ヨコタ ディパーチャー 
 スリー・シックス・スリー デシマル エイト
 クリアー(ド) フォー テイクオフ ランウェイ ワン・セブン
 コスモ ワン・スリー  グッディ」

(離陸後、横田出発管制363.8MHZと交信。滑走路17 離陸。こちら定期コスモ13便 )


太い胴体とT字尾翼が特徴的な国産双発輸送機が、ジェット流の大きな音をたてながら
南空に湧き上がる入道雲に向かって、ゆるやかに上昇してゆく。機内には、基地間移動
の自衛隊員や定期輸送物資が積み込まれている。


85  elyming♂  2007/01/03 22:09:19 









基地には、輸送機、訓練機、戦闘機、電子機、点検機など、さまざまな機種が飛来してする。
そんな中、茨城県 航空自衛隊 百里基地 所属のF−4EJ ファントム が入間に接近する。


 ◆入間タワー管制
「シリウス71 グッドゥモーニング イルマタワー、 リポート ダウンウィンド
 ユアー ナンバーツー アプローチ、 アンド ナンバーワン トラフィック アナザー
 ティー・スリー・スリー アプローチング イニシャル タッチ アンド ゴー」

(シリウス71 こんにちは 入間タワー管制です。ダウンウィンドレグに入ったら報告願います。
 貴機は2番目、他機1番目は T−33 ジェット練習機で、現在地表確認地点に接近中で、この
 練習機は、タッチ アンド ゴー を実施します。)


ついで飛行点検隊のYS−11が、百里基地での航空無線施設チェック飛行の任務を終え
入間に向かって降下中だ。点検隊のYS−11は赤い特徴的な塗装からレッドチェッカー
の愛称で呼ばれている。横田空域から管制移管したパイロットからの無線が入ってきた。

無線を交わす 飛出 実 管制管にとって、今日も多忙な一日のようである。


 ▽YS−11FC
「イルマタワー トライアー01  ナイナ マイルズ  サウスウェスト フロム イルマタカン
 リクエスト トラフィックパターン アプローチング アンド ランディング  オーバー」

(入間タワー こちら飛行点検隊 YS−11FC トライアー01です。位置は、戦術航空無線施設
 入間ボルタック VORTAC の南東9マイルを飛行しています。場周回経路での進入着陸を要求
 します。どうぞ。)
  


日本の空には、民間の定期旅客便以外にも、官庁、自衛隊、米軍、自家用機など、たくさんの航空機が
飛び交っている。

基地近くの西武線 稲荷山公園駅を秩父行きの電車が通過してゆく。航空祭のときには、たくさんの
航空ファンが押し寄せて賑わいを見せるが、ふだんの駅周辺は、いたって静かであった。
入間基地の周辺には、武蔵野の面影をしのばせる雑木林の丘陵が多かった。西を望めば奥多摩や奥秩父
に連なるブルーパープルの山影が、まじかだ。その山なみの影をさえぎるような大きな雄大積雲の群れ。
基地を離発着するジェット機の轟音も止んで、木陰からしみるセミしぐれが晩夏を静かに謳っていた。


86  elyming♂  2007/01/03 22:09:52 



   1985年8月12日 午後


87    2007/01/03 22:11:57 
<この発言は削除されました>
88    2007/01/03 22:20:05 
<この発言は削除されました>
89    2007/01/03 22:20:36 
<この発言は削除されました>
90  elyming♂  2007/01/03 22:22:32 










   東京モノレール 羽田空港線 ―――――


始発駅 浜松町をあとにしたモノレールは、首都高速1号羽田線の混雑を横目にしながら
見晴らしのよい高い軌道上を一路 羽田空港に向けて走行してゆく。車内は羽田から各地
へ帰省する人々で混雑していた。

ビルなどの建造物の間に見え隠れする東京湾の濃紺色の海面。風の日は海上に立つ白波が
見えるほどだが、夏の日差しを浴びる今日の東京湾は、比較的穏やかな表情である。

     キィ〜〜〜〜〜ン ゴ〜〜〜〜〜

上空を見れば、最終着陸態勢に入った全日空のジャンボ機が、左旋回をこなしながら
モノレールをあっという間に追い抜いてゆき、その大きな機影が滑走路方向に消えて
いった。


羽田沖合い拡張事業に伴い開港した現在のビックバードであるが、以前の羽田は現在よりも
川崎寄りにあった旧ターミナルと旧滑走路を使っていた為‘旧羽田カーブ’の着陸コースは
今より陸地寄りを飛行していた。ちょうど首都高速 大井 平和島料金所の南上空で左旋回を
終え、左手に太田市場を見下ろしながら、ランウェイ15へのファイナルコースを降下した。
首都高速羽田線を走らせる車のウィンドウごしに、その機影を仰いだ人も多いことだろう。



モノレール車両中央にある座席は、車窓の外側に向かって座ることができる。天気のいい日
ならば、その‘特等席’からは、うつりゆく景色を堪能できるのだが、今日の車内混雑では
パノラミックな客席構造の恩恵は半分といったところであろうか。

やがて、モノレールも昭和島あたりまでくると、もう東京湾の運河と海面が車窓
まじかに拡がって、海に臨む羽田空港の広大な飛行場風景も見えてくる頃である。

鶴丸カラーの日航機、スカイブルーカラーの全日空機、特徴ある東亜国内航空機。
駐機場でつばさを休める大小の旅客機の遠い機影。これから乗る飛行機に想いを
馳せながら、空旅を前にして心が躍る瞬間であろうか。

今日乗る機材は何だろう。

B−727、B−737、B−747、DC−8、DC−9、DC−10。
L−1011トライスター、そして、日本の翼 YS−11。

日本の空旅を担う新旧の主役たち。
考えただけでも、たのしくなってくる人もいることだろう。


 子供「パパ、ママ、見て見て〜 あそこ ヒコーキいっぱい!」

 父親「あ、ホントだねぇ。ボクが乗るヒコーキがどれだろね?」

幼い男の子も、車窓の海面向こうに見えてきた飛行場風景を指さして、半ば興奮ぎみに
つぶらな瞳をキラキラ輝かせているのも微笑ましい。

 男性「坊や、ヒコーキでどこへお出かけかな?」

近くに立つ見知らぬ乗客に声をかけられた男の子は、ちょっと恥かしげに両親に
すり寄り、それでもなお、遠くの飛行機を見つめている。

 父親「すいません、ウチのボウズ、まだ人見知りしますもんで(苦笑)」

 母親「実家が北海道なもんで、そちらへ・・・」

 男性「ハハ、今が一番かわいいときでしょうね。ウチの娘も小さいときは同じで(笑)」

 父親「そちらは、仕事関係で?」

 男性「ええ、大阪の方に出張でして。この時期に仕事ですわ、仕事(笑)」

白髪の紳士は、そう言いながらハンカチでひたいの汗をぬぐった。


『まもなく羽田整備場、羽田整備場、お出口は左側です。』

飛行機の整備地区だけに、モノレール駅の乗降客は今の時間ほとんどいないようだ。
格納庫が立ち並ぶエリアには、官庁の小型機やプロペラ練習機なども駐機している。
民間定期便の発着ターミナルは建物の影にかくれて見えない。そんなこのエリアは
旅客ターミナルエリアとは、ちょっと違った雰囲気がある。羽田のもう一つの顔を
感じさせる駅である。

ドアの外から真夏の午後の暑い外気が車内に入り込む。
ほどなくドアは閉まり、混雑した車両が再び動き出す。



『つぎは終点の羽田空港 終点羽田空港です。お出口は変わりまして右側です。』

『なお、最後部ではホームと車両の間が広く開いているところがありますので、お降りの際
 お子さま連れのお客さまは足元を十分ご注意下さい。また車内に、お忘れ物落し物ござい
 ませんようご確認下さい。本日も東京モノレールのご利用ありがとうございました。』
  
 
車内アナウンスは、もうじき空港到着が近いことを告げる。航空機という非日常的空間へと
人々をいざなう飛行場がもう目前である。


91  elyming♂  2007/01/03 22:24:16 



   1985年8月12日 夕刻


92  elyming♂  2007/01/03 22:25:16 










   羽田 東京国際空港 ―――――


福岡発 東京行き 日本航空366便 B747SR−100(JA8119)は
17時12分羽田空港に着陸した。

この便は、このあと123便 大阪行きとして再び羽田を離陸するジャンボ機であった。
この日この機材 JA8119 は、すでに504便、363便、366便として3回の
飛行を行っており、123便 大阪行きのフライトは、この日4回目の飛行であった。


尾翼にシンボルマークである赤い鶴丸をあしらった日航のジャンボジェットは、日本の
フラッグシップに相応しい堂々たる貫禄と優雅な美しさをかもしだし航空ファンならず
とも一度は乗ってみたくなるような人々を魅了する巨人機であった。

ボーイング747型SR仕様のジャンボ機は、東京〜大阪など短い路線が多く、離着陸を
頻繁に繰り返す日本専用の機種として、日航や全日空が導入し運航していたものであった。
燃料搭載容量を減らし最大離着陸重量を抑え、胴体や車輪など機体の補強がなされた日本
国内向けに作られた短距離仕様機である。

ボーイング747型SR仕様のジャンボ機は、一度に500名以上の旅客を乗せながら
その大きな巨体が急角度で離陸上昇するさまは、ダイナミックな光景であった。
その運動性能の良さから‘スーパージャンボ’の愛称で親しまれていた。


93  elyming♂  2007/01/03 22:27:41 










   〜 日航123便 大阪ゆき 〜



福岡〜東京便として羽田に着陸したこのジャンボ機 JA8119は18番スポットに入った。
363便、366便から乗務している航空機関士は、ひきつづき大阪ゆき123便に乗務する。
機長と副操縦士が羽田で乗務を交代した。

JAL123便のフライトプランによると、飛行時間は54分を予定していた。

予定されている飛行ルートは、大島、伊豆半島上空から紀伊半島の串本をへて
大阪の伊丹空港へアプローチするものであった。

左機長席には昇格訓練中の副操縦士が座り123便の主な操縦を担当した。
教官役の機長は、右副操縦士席に座り、管制機関とのATC無線交信など
コパイロット(副操縦士)オペレーションを担当した。

機体は、18番スポットで 123便としての準備と飛行前点検が行われた。



夏も8月半ばを過ぎると太平洋高気圧も梅雨明け頃のような盛夏の勢いがなくなって
北から寒気が入りこみやすい傾向にあるようだ。このため大気の状態が不安定になり
午後になると、山ぞい時には平野部でも、にわか雨や雷雨の原因となるカミナリ雲が
発生し、激しい気象現象を引き起したりする。わずか30分たらずで巨大な積乱雲が
局地的に発達することも少なくない。

そのような雷雲の影響は、ライン運航の旅客機にとっても時は脅威となるのである。

空港周辺に大きな雷雲が発生したり、また通過したりすると、航空機の離着陸にも
大きな影響を受けるのは言うまでもないが、着陸できずに上空旋回を行ったあげく
出発地に引き返したりする事態も想定しなくてはならない。
羽田⇒大阪へと飛んで現地で着陸をあきらめ、再び羽田に戻ったら今度はこちらも
雷雲。結局、成田へダイバート(着陸変更)して避難。などという気象条件により
最悪のシナリオさえ飛行計画を立てるうえで余裕を持たせる場合もあるのである。

旅客機の搭載燃料計画も、予定航路分の必要量にプラスして、そのような色々な
要件を加味しながら、かなり余裕を持った燃料搭載量が決定される場合が多い。
飛行計画を決定する上で、運航管理者やパイロットの経験も生かされている。


123便は飛行計画通り、3時間15分飛行できる量のジェット燃料が搭載された。


94  elyming♂  2007/01/03 22:29:24 










   〜 日航123便 大阪ゆき 〜



 ◆カンパニー
「パッセンジャー509名、ブロックアウト 00分 変更ありません。」

 ▽機 長  
「123便 509名 00分(18時00分 ランプ出発)了解。」

コクピットではフライトに備えたプリパレーション チェックリストが進められ
いよいよ羽田出発時刻を迎えようとしている。

 『・・・キュー・エヌ・ヘイチ  スリー・ゼロ・ワン・ナイナ 
  テンパラチャ ・・・  デューポイント ・・・ 
  アドヴァイス ユーハヴ インフォメーション ユニフォーム 』

羽田の自動音声空港情報 ATIS の最新インフォメーション U(ユニフォーム)
を受信。空港海面高度の気圧補正値 30.19をセットする。

海面高度の標準大気圧値 29.92 と実際の気圧との誤差の補正である。
この補正により離陸上昇時に海面 0フィートからの真高度を得ることができる。

離陸上昇フェーズから、巡航高度に移行した全航空機は、今度は標準大気圧である
29.92in-Hg (1013ヘクトパスカル)の値を統一基準として飛行することに
なる。巡航中の全航空機が、この統一基準値を使うことにより、たとえ実際の気圧
高度と計器表示高度に誤差があっても、安全な高度間隔を保てるからである。


また、近年の航空機は、レーダー反射の原理を使った電波高度計を備えていて
着陸の際など滑走路からの正確な高度を計れるため、パイロットに飛行情報を
付加する上で重要な装置になっているが、これを巡航中の高度計に使った場合
海上と山岳地帯とではレーダー反射波に距離の時間差が生じ、飛行高度の表示
に大きな相違が生じることになる。このため、飛行中は気圧高度計がメインで
使用されることになる。


95  elyming♂  2007/01/03 22:31:05 












   〜 日航123便 大阪ゆき 〜



お盆期間中とあって、123便の機内は、ほぼ満員に近い状態であった。
いつもの平日と違って、家族連れや子供の姿も多いようだ。


 乗 客  「あ、スチュワーデスさん、これ 37A(の席は)どのへんですかね?」

 客室乗務員「はい、37Aでございますね、こちら側の通路をお進み下さい。」

 乗 客  「あ、どうも」


搭乗者名簿の中には、歌手 坂本 久(さかもと きゅう)タレント 明石家いわし
など著名人の名があったが、明石家いわし は急遽仕事のキャンセルがあり、この
123便に搭乗することはなかった。

123便航路は、また、東京と大阪を結ぶ日本の大動脈である。企業団体組織の幹部も多数
乗り合わせていた。スケジュール多忙な企業戦士にとっても、短時間で移動できる航空機は
欠かせない存在であろう。



 ◆地上整備
「コクピットへ ブロック アウト5分前です プッシュバック準備完了しました。」

 ▽機 長
「グランド、5分前 了解。」


羽田の管制塔から飛行計画承認の交信が入り、無線を担当する機長がこれに応答した。
18番スポットのランプアウトは、18時00分の予定であった。


出発5分前。

羽田のデリバリー管制から受け取ったATCクリアランスを確認し、承認内容を復唱する。

 ▽機 長
「トウキョウ デリバリー ジャパンエア ワン・ツー・ツリー 
 クリアードフォー オオサカ インターナショナル・エアポート
 バイア ウラガ スリー ディパーチャー
 タテヤマ ヴイ・オー・アール フライプランドルート 
 メインテイン フライトレベル ツー・フォー・ゼロ・・・スコーク・・・」 

(日本航空 123便 大阪国際空港への飛行計画承認 浦賀第3出発方式
 館山VOR経由の飛行計画通りのルート 巡航高度は24000フィート
 ATCトランスポンダー レーダー識別符号は・・・)


96  elyming♂  2007/01/03 22:32:27 










   〜 日航123便 大阪ゆき 〜



 客室パーサー
「ご搭乗のみなさま、本日も日本航空をご利用くださいましてありがとうございます。
 この飛行機は、123便、大阪国際空港行きでございます。
 機長は・・・客室のチーフは・・・」


ほぼ満席のキャビンににボーディングアナウンスが流れ、フライト1時間に満たない
大阪への短い空の旅が始まろうとしていた。

乗客乗員合わせて524名を乗せ JA8119号機の日航ジャンボ機は
およそ1時間の駐機時間ののち、再び夕刻の羽田を飛び立とうとしていた。

駐機場18番スポットを出発するランプアウト・タイムは、数分遅れにとどまり、ほぼ定刻での
出発であった。誘導路をタキシングする頃には、緊急時の酸素マスクや救命胴衣の使用方法など
エマジェンシー デモンストレーション が行われ、離陸前の規定保安業務を完了した。


18時10分すぎ。日航123便 ボーイング747 SR−100型 スーパージャンボ機は
管制塔からの許可を受け、羽田空港のヘディング15 滑走路末端に進入した。

機の前方には、着陸機のタッチダウンスリップでタイヤ接地痕が黒々と残る着陸帯が伸びて
その延長、はるか滑走路の先は、東京湾、房総半島方向である。


       ポン ポン ポン

コックピットから離陸の合図を告げるチャイムがキャビンに鳴る。


 客室パーサー
「みなさま、当機はまもなく離陸いたします。お座席のシートベルトを
 しっかりとお締めください。また小さなお子さま連れのかたは・・・」


 ◆羽田管制塔
「ジャパンエア ワン・ツー・スリー ウィンド ワン・セブン・ゼロ
 ディグリー アット ワン・スリー ノット、クリアードフォー
 テイクオフ ランウェイ ワン・ファイブ」

 ▽機 長
「クリアー(ド)フォー テイクオフ  ジャパンエア ワン・ツー・スリー」


羽田の滑走路 ランウェイ15 に進入した日航123便 ジャンボ機は
機首を東京湾 房総半島方向に向けた。いよいよ離陸の瞬間を迎える。

離陸スピードの節目にあたるV1、VR、V2速度にセットされた速度計の
バグ(小さなマーカー)を再確認した。


97  elyming♂  2007/01/03 22:35:00 










   〜 日航123便 大阪ゆき 羽田離陸 〜



 副操縦士 「ワン・ポイント・ワン イー・ピーアール」(エンジン出力値EPR1.1)

副操縦士は右手でスラストレバーを若干前に出した。

 航空機関士「オールエンジン スタビライズ」(全エンジン回転出力安定)

 副操縦士 「セット マックス パワー 」

副操縦士はブレーキを解除し、推力レバーを最大出力値付近までスムーズに前進させた。

 ギィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

プラット アンド ポイットニー社製 JT9D を4発装備した巨大なジャンボの機体は
強烈な加速Gを伴いながら怒涛のごとく滑走を開始した。

航空機関士は、4本のパワーレバーを後方席から補助し、4基のエンジンが
離陸最大出力値になるように微妙に調整する。左側機長席に座る副操縦士は
右手をパワーレバーに軽くそえ、機長役としてRTO(離陸中断)に備える。

 ゴ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

右側席に座る機長は、後方に座る航空機関士とともに、速度計やエンジン計器など
それぞれの重要な計器類をスキャンし監視する。

対気速度を示す計器が動きだす。あらかじめ離陸計算によって算出された速度位置にセットした
小さなマーカー付近に目を落とす。動き出した速度指針は、やがて各マーカーの位置を越えてゆく。

 機 長 「エイティ ノット」

 副操縦士「チェック」

 機 長 「・・・・・・・・V1」(離陸中断臨海速度)

速度V1を超え、すぐに機種上げ速度に達する。

 機 長 「・・・VR」(機種上げ速度)

コクピット右側で離陸速度を監視し、コールするキャプテン。
左側機長席に座る副操縦士は、離陸決心速度のV1コールで操縦桿を両手で握り
若干の横風修正操作を行いつつ慎重に操縦桿をひいた。

    ズズン ズズン

滑走路長の中間付近に塗布されたクロスラインを車輪が踏み越える音と振動が通り過ぎる。
巨体は ほどなく地面を離れた。

 機 長 「V2」(離陸安全速度)

一瞬、エレベーターが昇るときの下から持ち上げられるような上昇Gを感じつつ
飛行場の景色が、そして羽田沖の海面が、あっという間に眼下に遠ざかってゆく。




 ●18時12分

JAL123便 ボーイング747SR−100 は、羽田の滑走路 ランウェイ 15を
轟音とともに大阪に向けてダイナミックに離陸した。湧き上がる夏雲の合間からは夕日が
射し込み、眼下には東京湾が大きく拡がった。


98  elyming♂  2007/01/03 22:36:25 












 〜 日航123便 大阪ゆき 羽田離陸 〜



 機 長 「ポジティム クライム」

 副操縦士「ギア アップ」

 機 長 「ギア アップ」(副操縦士役の機長は、右側席で左前にあるギアレバーを上げる)

     ゴ〜〜〜〜〜〜〜〜ゴトン

胴体の下で風を切る車輪が、大きな油圧によって格納される音が聞こえ、機内の音圧が静かになる。


     『 ポン 』 


離陸して すぐに‘禁煙サイン’が消灯した。‘ベルト着用サイン’は、当然まだ点灯中である。


    サァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


機内の空調と与圧が作動し始める。『待ってました』とばかりに、窓際に座っていた
何人かの愛煙家が、タバコに火をつける。その煙は、キャビンの空調換気システムに
よって、窓ぎわのダクトからドンドン強制排気されてゆく。優れた空調のおかげで
キャビンは煙ることなく快適な環境を提供しているが、愛煙家近くの席は、やはり
煙と匂いが全く気にならないわけではない。


機外の景色は斜めに傾き、座席の背に体重がもたれかかる感覚を乗客に与えたまま
大きな上昇角度でエアボーンしたジャンボ機は、なおもグイグイ高度を上げながら
東京湾上を南に向けて上昇を続ける。


その巨体に似合わない短い離陸滑走距離、大きな上昇率。短距離仕様のSRジャンボ機
らしいダイナミックなエアボーンである。燃料満載の国際線仕様のLRジャンボ機とは
一味違う軽快さ、力強さを感ずる光景である。


99  elyming♂  2007/01/03 22:38:07 










   〜 日航123便 大阪ゆき 東京湾沖を上昇 〜


やがて、エンジンスラストは、テイクオフパワーからクライムパワーに若干絞られ
離陸直後の急上昇から、ゆるやかな上昇経路に移行しながら、出発方式にしたがい
東京湾の外海に向け機首をゆるやかに右旋回。飛行方向を南東から南に変えたあと
房総半島南端部の館山に向けて順調に上昇を続けてゆく。

ADI(飛行姿勢を表示する水平儀計器)の縦横のコマンドバーが、最適な上昇コースや
飛行コースの方角を示している。計器の中でバーが十字になっているのは、機体が予定の
コースから外れることなく順調に飛行しているからである。

眼下には、空ゆく旅人の行く末を見守るかのように、傾いた太陽光線が海面の白波を
夕色に輝かせ、遠く浮かぶ大小の入道雲は、夏の日の午後のなごりであろう。

羽田の管制塔では、123便の機影が東京湾上をグイグイと上昇するのを視認しながら
IFR(計器飛行方式)管制ルームへのハンドオフを伝える。



 ◆羽田管制塔VFRルーム
「ジャパンエア ワン・ツー・スリー コンタクト ディパーチャー」

 ▽JAL123(機長)
「ワン・ツー・スリー コンタクト ディパーチャー  タワーグッディ」


出発後の管制交信は、羽田空港の管制塔最上階 VFR(有視界飛行)ルームから
IFR(計器飛行)ターミナル管制レーダー室にハンドオフされ、順調に上昇して
いる123便からの交信が入る。それに対して、管制官も応答する。


 ◆羽田管制塔IFRルーム
「グッドゥイブニング  ジャパンエア ワン・ツー・スリー 
 トウキョーディパーチャー  レーダーコンタクト  コンティニー
 クライム アンド メインテイン フライトレベル ツー・フォー・ゼロ」

(JAL123便こんばんは 羽田出発管制です。貴機をレーダーで補足しました。ひきつづき
 2万4000フィートへ上昇してその高度を維持してください。)

IFRルームのレーダー画面には東京湾を南に移動するJAL123便の機影を捉えている。





 ●18時13分55秒

日航123便は、指示対気速度170ノット、高度3200フィートを通過した。

やがて、羽田の出発管制所は、123便に対して、東京航空路管制区(東京コントロール)
への通信切り替えを指示する。

123便は東京湾の外海 浦賀水道上空をひきつづき機首を南に向けて上昇を続ける。
速度の上昇とともに段階的にフラップが引き込まれ、空気抵抗が減少してゆく機体は
エアスピードを加速させてゆく。


右手に見下ろす川崎、横浜から横須賀にかけての海岸線が、夏雲のすきまに見え隠れし
綿のような雲のかたまりを突き抜けるつばさが、しなやかに揺れた。


100  elyming♂  2007/01/03 22:39:02 












 〜 日航123便 大阪ゆき 東京湾沖を上昇 〜



 ●18時16分55秒

 ▽JAL123(機長)
「グッドゥイブニング トーキョー コントロール ジャパンエア
 ワン・ツー・ツリー リクエスト ディレクト シーパーチ」

(東京コントロール こんばんは 日本航空123便です。シーパーチへの直行を願います。)


 ◆東京コントロール
「ジャパンエア ワン・ツー・ツリー ロージャ スタンバイ」

(JAL123便へ 了解しました。 他の航空機等、安全を確認するのでお待ち下さい。)


 ◆東京コントロール
「ジャパンエア ワン・ツー・ツリー プロシード ダイレクト シーパーチ」

(日航123便へ 東京コントロール了解しました。シーパーチへ直行して下さい。)


123便は、東京コントロールに対して予定航空路上の フィックスポイントであり
位置通報点である「シーパーチ」に直行したい旨を要求し、管制官はこれを承認した。


   シーパーチの位置は、大島から方位253度、74マイル(海里)=約137kmの地点


  ※距離を表す「マイル」には、一般的な「陸マイル=1.609km」と「海里=1.852km」があり
   航空管制や航法においては、海里(NM:ノーティカルマイル)が使用される。



101  elyming♂  2007/01/03 22:40:31 









 〜 日航123便 大阪ゆき 相模湾沖を上昇 〜



 ●18時18分30秒

指示対気速度290ノット、高度1万2200フィートを通過した。

123便は、やがて、「シーパーチ」フィックス・ポイントへ直行するため、房総半島の館山沖で右旋回し
進路を西南西に向けて上昇を続ける。右手は相模湾の拡がり。その海岸線が夕雲の群れの中に見え
隠れする。



 ●18時21分36秒

指示対気速度300ノット、高度1万8900フィートを通過した。

やがて伊豆大島付近の北上空を航過し、ひきつづき進路を西南西に向けて上昇を続ける。


  ※速度は計器上の指示対気速度であり、実際の対地速度より小さい値になっている。


102  elyming♂  2007/01/03 22:41:56 










 〜 日航123便 大阪ゆき 相模湾沖を上昇 〜



 ●18時24分12秒

指示対気速度300ノット、高度2万3400フィートを通過した。
予定巡航高度である2万4000フィート(約7300メートル)が近づいていた。

日航123便 ボーイング747 SR−100(JA8119)ジャンボ機の機体は
あと1分ほどで伊豆半島南部 下田市付近上空へとさしかかろうとしていた。



コックピットのパイロット対して、客室乗務員から業務連絡が入った。

 客室乗務員「・・・たいとおっしゃるかたが いらっしゃるんですが
       よろしいでしょうか?

 副操縦士 「気をつけて・・・」

 航空機関士「じゃ、気をつけてお願いします。」

 副操縦士 「手早く・・・」

 航空機関士「気をつけてください。」

 客室乗務員「はい、ありがとうございます。」




その間にも、東京管制区を飛行する航空機のATC無線交信が飛び交う。


 ▽全日空574便
「トウキョーコントロール オールニッポン ファイブ・セブン・フォー
 メインテイン ワン・ワン タウザンド グッドゥイブニング サー」

(こんばんわ 全日空574便です。高度1万1000フィートを維持しています。)



 ◆東京コントロール
「オールニッポン ファイブ・セブン・フォー グッドゥイブニング
 アンド キュー・エヌ・エイチ スリー・ゼロ・ワン・ナイナ」

(全日空574便 こんばんわ。気圧高度補正値は、30.19インチです。)



 ▽全日空574便
「スリー・ゼロ・ワン・ナイナ サンキュウ サー」

(気圧高度補正値30.19インチ了解 ありがとう。)


103  elyming♂  2007/01/03 22:43:05 










 ▽全日空35便
「ア〜 トウキョー オールニッポン スリー・ファイブ リービング・・・フローム
 メインテイン ツー・ツー・ゼロ  アプローチング ミハラ」

(東京コントロールへ 全日空35便です 高度2万2000フィート維持 三原へ飛行中。)
         


 ◆東京コントロール
「オールニッポン スリー・ファイブ ラジャ スタンバイ レーダー ベクター」

(全日空35便へ 了解しました。 まもなくレーダー誘導を行いますので お待ち下さい。)


 ◆東京コントロール
「ジャパンエア ワン・セブン・スリー・ツー
 コンタクト トウキョウ ワン・ツー・ファイブ ポイント ナイナ」

(日本航空1732便へ 以後 東京コントロール 125.9MHZと交信して下さい。)


 ▽日本航空1732便
「レディ ファイブ・ナイナ グッディ」

(周波数は125.9MHZですね。 さようなら。)


104  elyming♂  2007/01/03 22:44:09 










 〜 遠きにありて 〜



 ●18時24分35秒

指示対気速度300ノット、高度2万3900フィート。
予定巡航高度(約7300メートル)まで、あと1000フィートでレベルオフである。


 『 パ〜〜〜ン!!!!!・・・・・ 』(客室後部で何かが破裂したような音)

 「きゃっ」「うわっ!」(驚いた一部の乗客が声を上げた)


突然、機体後方の天井付近で巨大な空気銃を発射したような破裂音が轟いた。と同時
に客室は一瞬、霧のような白いモヤに包まれた。そして、その爆発音とともに大きな
気圧変動が機内を駆け抜けた。およそ5秒ほどで、客室内の気圧は、高度7000m
付近の外気圧と同じになったのである。多くの乗客は、瞬間的な風圧とツ〜ンとした
耳の違和感に襲われていた。急減圧に伴う白い霧のようなモヤは5秒程で消えていた。

客室最後部の天井付近で起きた何かの破裂は、秒速300メートルもの激しい風速
を発生していたが局所的なものであったため、客室全体に大きなダメージを与える
ものではなかった。客室の一部では、台風なみの風が一瞬吹いた程度であった。

その気圧変動と音の波は、全長70メートルものジャンボ機の客室全体に音速(※)
で伝わった。機首付近では、「ド〜〜〜〜〜ン」という鈍い爆発音として聞こえた。

   (※)例えば、閉めきった家屋の玄関を開けたときに、2階にある部屋のドアが
     同時に動くことがあるが、これも空気の圧力変動が音速で伝わっている。


飛行機の気圧センサーが感知し、客室内には‘酸素マスク’が自動的にドロップした。
それらは、しばらく飛び跳ねるように揺れていた。そのとき、機内はパニックになる
ようなことはなく、この時点では乗客たちは、まだ比較的冷静であった。

しかし、それは日航123便が‘胴体後部圧力隔壁の破断’という‘悪魔’に
とり憑かれた瞬間であった・・・


105    2007/01/03 22:45:51 
<この発言は削除されました>
106  elyming♂  2007/01/03 22:48:27 










   〜 遠きにありて 〜



破裂のような音圧の拡がりは、客室と同じ内圧環境にあるコクピットの中にも音速で伝わった。
それは何かの爆発音としてCVR(コックピット・ボイスレコーダー)にも記録されていた。


 ●18時24分35秒 ―――――  「ドド〜〜〜ン ドドドドゴゴ・・・」(爆発音)

   プッ プッ プッ プッ プッ プッ プッ プッ・・・ 

何かの爆発音が伝わり、わずか5秒たらずで外気圧と同じになったコックピットに
客室高度警報音または離陸警報音の緊急アラームが鳴り出した。


 ●18時24分39秒 ―――――  機長「なんか爆発したぞ」

 ●18時24分42秒 ―――――  機長「スコーク77」 (緊急遭難信号を意味する声)

 ●18時24分43秒 ―――――  副操縦士「ギアドア」

               ―――――  機長「ギア見て、ギア」(車輪格納状態を確認する声)


 ●18時24分44秒 ―――――  航空機関士「えっ」

               ―――――  機長「ギア見て、ギア」


 ●18時24分45秒 ―――――  客室パーサー「酸素マスクをつけてください。
                        酸素マスクをつけてください。ベルトは
                        ベルトをしてください。」



日航123便に起きた異常事態を知ることもなく、航空無線が大空を飛び交う。


 ▽航空自衛隊 定期71便
「トウキョー ジャパン エアフォース スケジュール
 セブン・ワン リクエスト レス アルティチュード オーバー」

(東京コントロールへ 航空自衛隊 定期輸送71便です 降下許可を願います)


 ◆東京コントロール
「ジャパン エアフォース スケジュール セブン・ワン  ディセンド アンド
 メインテイン・・・ア〜・・・フライトレベル ワン・ファイブ・ゼロ」

(航空自衛隊 定期輸送71便へ 高度1万5000フィートまで降下して下さい)



 ▽航空自衛隊 定期71便
 「スケジュール セブン・ワン・・・フライトレベル ワン・ファイブ・ゼロ
  ナウ リトル ワン ポジッション ツー・ナイナ・ゼロ」


107  elyming♂  2007/01/03 22:55:37 










   〜 遠きにありて 〜



 ●18時25分16〜18秒

 機 長「ライトターン」(右旋回指示)


急激な機内減圧が発生したにもかかわらず、パイロットが酸素マスクの使用を忘れる
ほどの突然の異常事態であった。

航空交通管制用の識別応答装置トランスポンダーコードに 7700 の数字がセット
されると、管制官のレーダースクリーンには緊急事態を知らせる特別なライトが点灯
するが、このときは、123便から無線で通報された。フライトにおいて何か突発的
なことが起きた場合に、パイロットは本能的に「スコーク77」の緊急宣言を即座に
行う習性があるのは、定期審査などで厳しい訓練を重ねているからである。



客室自動音声「ベルトを締めて下さい タバコを消して下さい 只今 緊急降下中」

離陸後、まもなく消えた‘禁煙’サインは、再び自動的に点灯していた。




 ●18時25分21秒

日航123便は、埼玉県所沢市の東京航空交通管制部に対して非常事態発生を告げた。
低酸素症状を思わせるような息の荒い声であった。

 ▽JAL123(機長)
「ア〜 トーキョー(コントロール) ジャパンエア ワン・ツー・スリー
 リクエスト フローム イメディエイト・・・え〜・・・トラブル リクエスト リターン
 バック トゥ ハネダ、ディセンド アンド メインテイン ツー・ツー・ゼロ、オーバー」

(東京コントロールへ 日航123便 緊急事態発生 羽田空港に引き返したい
 2万2000フィートへの緊急降下を要求する どうぞ。)


 ◆東京コントロール
「ラジャ アプルーブド アス ユー リクエスト」(了解 要求を許可します。)


108  elyming♂  2007/01/03 22:56:55 










   〜 遠きにありて 〜



 ●18時25分40秒

 ▽JAL123(機長)
「ラジャ ベクター トゥ オオシマ プリーズ」

(了解 伊豆大島へのレーダー誘導をお願いします。)

日航123便は、東京航空交通管制部に対して、羽田空港へ戻る際のゲートウェイとなる
大島へのレーダー誘導を要請した。


 ◆東京コントロール
「ラジャ ユー ウォント ライト オア レフトターン?」

(了解 右旋回にしますか? 左旋回にしますか?)


 ▽JAL123(機長)
「ゴーイング トゥ ライトターン、オーバー」(右旋回したい どうぞ)


 ◆東京コントロール
「ライト ヘディング ゼロ・ナイナ・ゼロ  レーダーベクター トゥ オオシマ」


東京航空交通管制部は、右旋回反転で進路090度(東)で大島へのレーダー誘導を指示した。
そして123便もこれを了承した。




 ●18時26分27秒

 機 長  「ハイドロ(油圧)全部ゼンブだめ? 」
       
 航空機関士「はい 。」




  123便客室 ―――――

「ファースン ユア  シートベルト  プットアウト ユア シィガレッツ」
「テイク アンド ユース ユア オキシジェン マスク」 
「ディス イズ ア エマージェンシー ディセント」

「シートベルトを締め、タバコを消してください。」
「酸素マスクを使用してください。」
「只今、緊急降下中。」





 ●18時28分頃

羽田空港航務課に航空機救難調整本部(RCC)が置かれ、緊急着陸の準備が始まっていた。
また、航空自衛隊第44警戒群レーダーサイトは、123便の緊急事態を傍受し確認していた。
そして埼玉県入間基地にある中部航空方面隊に一報を入れ、緊急事態に備えた各部隊への連絡
体制が着々と進められていた。



109  elyming♂  2007/01/03 22:58:00 










   〜 遠きにありて 〜



 そのとき123便客室は ―――――


客室最後尾付近に座っていた非番の客室乗務員は、あることに気が付いていた。

化粧室の上にある横長の壁がほとんど全部外れていたのである。トイレのドアは閉まっていたが
その上の壁がすっぽりと外れて、その奥は屋根裏部屋のような感じに見えていた。
その壁のパネルが、どこかにいったのかは見当もつかなかった。

その壁の外れた‘屋根裏部屋’の奥の方には、運動会でよく見るテントの生地のようなものが
風にあおられたようにヒラヒラしているのが見えた。

また、前方頭上の天井には、整備用の通路(50センチ四方の長方形の穴)があり、蓋である
パネルがついているはずであったが、その蓋がこちら側に向いて開いていた。何かの はずみで
開いたような感じであった。オーバーヘッドストレージパネル(乗客の荷物収納棚パネル)は
すべて閉まっていたようである。


110  elyming♂  2007/01/03 22:59:24 










   〜 遠きにありて 〜



 そのとき123便客室は ―――――


破裂音のあと、乗客たちは各自冷静に酸素マスクをつけていた。会話はほとんどなかった。
慣れない酸素マスクの使用と呼吸のため、お互い会話する余裕はなかった。
中にはキョロキョロと不安そうに窓の機外を覗く乗客もいた。

キャビンには「EXIT」と「 非常口 」を示す、エマージェンシー・ライトが点灯していた。
そろそろ夕刻が迫りつつあり、時間的にも外は暗くなる頃であった。

このときは、まだ機体が降下している感じはしなかった。ゆっくりとした動きで左右に大きく
蛇行しながら旋回しているような動きを感じるようになったのは、酸素マスクを使い出して
しばらくしてからであった。

しかし、このとき、日航123便は圧力隔壁破断に伴う爆風で、すでに‘垂直尾翼’の大半を
失っていたのだった。さらに悪いことが重なった。4系統ある油圧のすべてを失いかけていた。
油圧がないと動翼である操縦舵など機体で動く部分は全く機能不全となる。つまり、操縦桿も
ラダーペダルほか操縦に必要な装置は反応せず、機体のコントロールは非常に困難になるのだ。
航空機としての操縦特性を失った‘魔の迷走飛行’が、123便を襲おうとしていたのだった。


111  elyming♂  2007/01/03 23:00:21 










   〜 遠きにありて 〜



 そのとき123便客室は ―――――


一方、その頃、客室乗務員のアシスタントパーサーは、不時着を想定した緊急アナウンス用
のメモ書きを作成していた。客室乗務員が懸命に乗客の不安感を取り除き、保安要員として
の職務をまっとうしようというプロとしての決意が、そこにはあった。



  おちついて下さい ベルトをはずし 身のまわりを用意して下さい
  荷物は持たない 指示に従って下さい

  PAX(乗客)への第一声 各DOORの使用可否

  機外の火災CK(チェック) CREW(乗員)間CK

  ベルトを外して ハイヒール荷物は持たないで
  前の人2列ジャンプして機体から離れて下さい

  ハイヒールを脱いで下さい 荷物を持たないで下さい 年寄りや体の不自由な人に手を貸

  火災 姿勢を低くしてタオルで口と鼻を覆って下さい

  前の人に続いてあっちへ移動して下さい



まぎれもなく訓練で行ってきたことを今まさに実践しようとするかもしれない非常事態である。
アシスタントパーサーは、そのことを すでに感じ取っていたのであった。



                         <第21幕につづく>


112  elyming♂  2007/01/03 23:01:21 


【 ジェット オン ドリーム 】

  〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
    <第21幕>

113  elyming♂  2007/01/03 23:02:00 



   1985年8月12日 夕刻


114  elyming♂  2007/01/03 23:02:47 










    〜 下町 18時30分 〜 



  今日も町工場が稼働する下町の一角 ――――― 


西の空は、すでに夕焼け色を映し、家々に灯る明かりは、一日の終わりを告げている。
汗だくの工員たちが、今夜の配送便トラック積み込みに備えての作業をしている。
この工場では、あしたからお盆期間中の3連休を控え、最後の追い込みである。


配送表に従って、大小のスチール部品がトラックの待ちうけ場所に置かれる。

 工 員「あいよ〜 サン・ニー・マルが 10ユニット!」

 学 生「うっ!・・・」

 工 員「ほれ、そこの若けぇの! ちゃんと返事して受け取らねぇとケガすんぞ!」

 学 生「すんません!」

夏休みを利用しての学生アルバイターが二人。
暑さの中で体力を使う過酷な肉体労働を何日もこなしている。
さすがに、かなりバテているようすだ。

しかし、クルマ購入の資金を貯めるには、高い時給は魅力的だった。
学生援護会を通し苦労して見つけたバイト。ここは我慢のしどころなのだろう。


 親 方「おう〜し、おっわりぃ〜! みんな ご苦労さん!」

 工 員「おつかれ〜 あとはトラックの運ちゃんがリフトで積み込んでくれっからよ。」

 工 員「はいよぉ、お疲れさ〜んっと!」


115  elyming♂  2007/01/03 23:04:17 










  〜 下町 18時50分 〜


 工場裏手の奥からは ―――――

「はいはい、みんな、お疲れさんねえ、明日から連休だし今日はみんなウチで
 ごはん食べて泊まっていきなよ〜 ビールもたらふく用意したかんね〜」

 町工場の裏方を仕切る おかみの声も威勢がいい。



汗と油にまみれた重労働ではあるが、人情味のある家族的な環境に囲まれながら
この町工場は支えられているようだった。


 工 員「ウッス! 今日は親方の誕生日っすよね」

 工 員「お、いい匂いがしてくるな〜 へいへい、ごっつぁんで〜す!」

 おかみ「若い衆も泊まっていきなよ」


 学 生「あ、いや、家で親が心配しますんで・・・」

 学 生「俺、これからデートなんすよ、すいません」


 工 員「なんだぁ、なんだぁ、二人そろってよぉ、付き合い悪りぃなぁ(笑)」

 おかみ「そうかい・・・明日から工場も3連休だし・・・ま、気をつけて帰んなよ〜」

 親 方「そこの学生さん、デートなんだろ? ココでシャワー借りて汗スッキリ流していきなよ」

 学 生「あ、そうっすね・・・じゃ、そうします」



二人一組でシャワーを浴びながら、汗の労働のあとの何とも言えない充実感をこの狭い空間
で共有する。夕暮れどきの裸電球に映るその顔々は、みな満面の笑みである。風呂場の窓を
開けると、夏の日の淡い夕焼け色も暮れかけた空。国鉄操車場の車両基地が照明灯に煌々と
輝き、貨物連結前の電気機関車が鈍い唸りを上げて待機していた。



 工 員「学生さんよぉ、そんな金ためてよぉ、クルマ何買うんだい?」

 学 生「ベンツの190Eっすけど。」

 工 員「ほぉ〜 ガイシャかい? 渋いねぇ〜 ま、ガンバリなよ〜」

 親 方「ほれ、ビール。若けぇ衆は運転すっから、コーラで我慢しろよ(笑)」

 学 生「ええ、ボクもともと飲めないんでOKっす(笑)」

 工 員「おっと、親方ぁ サンキュウっす!」

 工 員「(ゴクッ ゴクッ ゴクッ ゴクッ)ファぁ〜!やっぱ、労働のあとのビール最高っす。」


風呂場の脱衣場で、若い衆たちの威勢のいい声が響いている。

工場の作業所では、責任者の工場長が、火の元の点検など最後の確認を行っているようだ。


116  elyming♂  2007/01/03 23:05:29 










   〜 下町 18時56分 〜


一番奥の作業所に置いてある小型のAMラジオから聞こえてくるのは、NHKの天気予報のようだ。
AMラジオ特有のレトロな周波数特性の音響が、控えめなボリュームで作業所内に鳴り響いている。

 『・・・今夜は北よりの風、晴れのち曇りで、山沿いでは所により、にわか雨か雷雨が
  あるでしょう。あすは北よりの風、日中は南の風、晴れ時々曇りで、山沿いでは所に
  より、にわか雨か雷雨でしょう。』

 『時刻は、午後6時56分になりました。つづいて首都圏の交通情報をお伝えします。
  道路交通情報センターの花房(はなぶさ)さん。』

 『はい、お伝えします。この時間、ふるさとや行楽地に向かうクルマで、首都圏から各地に向かう
  高速道路の渋滞が続いています。まず、東名高速道路は・・・』
 
 『つづいて、一般道路では、埼玉県新大宮バイパス下り線が事故のため混んでいます。
  笹目橋北交差点でトラック2台と乗用車がからむ事故により・・・』

 『はい、ありがとうございました。つづいて、NHKからのお知らせです。日曜昼の‘のど自慢’観覧
  についてのご案内です。きたる・・・』



 工場長「おい、じゃ電気消すぞ。ブレーカーも落とすからな。」

 工 員「へ〜い。OKっすよ。」


117  elyming♂  2007/01/03 23:07:35 










   〜 下町 19時00分 〜


その頃、親方宅にあるテレビは、民放の歌番組がスタートしていた。

『 〜 FNN 思い出の昭和歌謡 〜 』 


 親方「お、なつかしい歌が聴けるな、うれしいじぇねえか。」


歌謡コンサートの舞台では、歌の前奏が始まっていた。
ステージに向かって大きな拍手があがっている。


 司会『作詞 佐伯孝夫 作曲 吉田正・・・歌は・・・‘いつでも夢を’・・・・・・
    さあ、おなじみの 橋 幸男さん、吉永 小百合さんのお二人です、どうぞ〜!』

昭和の名曲「♪いつでも夢を」の懐かしいメロディが流れ始めていた。
軽やかな曲のリズムに合わせ、会場には手拍子が湧き上がった。


      (前奏)


   ♪星よりひそかに 雨よりやさしく あの娘はいつも歌ってる
   ♪声が聞こえる 淋しい胸に 涙に濡れた この胸に

   ♪言っているいる お持ちなさいな
   ♪いつでも夢を いつでも夢を

   ♪星よりひそかに 雨よりやさしく あの娘はいつも歌ってる

      (間奏)      

   ♪歩いて歩いて 悲しい夜更けも あの娘の声は 流れくる
   ♪すすり泣いている この顔上げて 聞いてる歌の なつかしさ

   ♪言っているいる お持ちなさいな
   ♪いつでも夢を いつでも夢を

   ♪歩いて歩いて 悲しい夜更けも あの娘の声は 流れくる

      (間奏)

   ♪言っているいる お持ちなさいな
   ♪いつでも夢を いつでも夢を

   ♪はかない涙を うれしい涙に
   ♪あの娘はかえる 歌声で〜

   ♪あの娘はかえる 歌声で〜


      (満場の拍手)


118  elyming♂  2007/01/03 23:08:43 












   〜 下町 19時10分 〜


 工 員「親方ぁ〜 これ、聞いたことあるぜ。」


 親 方「そっかい? ありゃたしか‘東京オリンピック’の頃だなぁ、あの頃はよぉ
     ウチのかあちゃんとなぁ、よく銀座や有楽町でよ、デートしたもんだ(笑)」

 おかみ「あら、お前さん、若い衆の前だよ、何言うんだい!アッ〜ハッハ〜(高笑)」

 親 方「けっ、今じゃ色気もそっけもねぇ(笑)」



歌手が歌うステージのバックスクリーンには、高度経済成長の時代を映すように
東京タワー、東京オリンピックの開会式、東海道新幹線の開業、名神高速道路や
東名高速道路、首都高速道路の開通、米国のアポロ月面着陸、大阪の万国博覧会
新婚カップルで賑わう昔の羽田空港など、その時代時代の映像が流れている。
古きよき昭和時代の投影であろうか。

国産マイカーでさえ、庶民にとっては贅沢品だった戦後。
淡いセピア色をした戦後昭和の風景が、そこにはあった。


119  elyming♂  2007/01/03 23:09:59 










   〜 下町 19時30分 〜


 親 方「あの頃はよぉ、夜になると、テレビだけが娯楽だったからな。家族総出で
     テレビを囲んで見たもんだ。何て言うかよお、一家団欒の中心にテレビが
     あったようなもんだな。今じゃよお、そんな光景ねえだろ?」

 工 員「昔はテレビが主役? ま、今の俺んちなんか見たい番組は家族でバラバラだし(笑)」

 親 方「今じゃよぉ、かわいい娘らも片付いてしまったからよぉ・・・
     ま、お前ぇら若ぇ衆が家族の代わりみてえなもんだ(笑)」


   ジリリリリリィ〜ン  ジリリリリリィ〜ン(工場内の電話が鳴る)


 親 方「あい! まいど〜昭和工業所で・・・おぅ〜源チャンかい、どうしたい?」

 おかみ「アンタ、また源チャンかい? 長電話になるからキリのいいとこで切なよ〜」

 親 方「ちっ、わかってるよ〜(苦笑)」



その頃、シャワーを浴び終わった従業員が、脱衣所に置いてある小型テレビをつけ
別の民放番組を暇つぶしに見ていた。と、そのとき、番組の放映画面が突然変わり
ニューススタジオに切り替わった。


 ●アナウンサー
「はい? え〜番組の途中ですが・・・只今、臨時ニュースが入ってきました。
 え〜報道部デスクからお伝えします、報道部デスク、報道部デスク、どうぞ。」


120  elyming♂  2007/01/03 23:10:53 



   〜 下町 19時30分 〜


 ●TV局 報道部
「はい、東京航空交通管制部 ならびに 運輸省東京航空局 羽田空港事務所 からの情報に
 よりますと・・・本日午後6時39分頃、伊豆半島上空で、客室後部のドアが破損した
 との日航ジャンボ機からの緊急の無線連絡があり、その後、客室の気圧が下がったため
 高度を下げたいとの要請がありましたが、午後6時56分頃、管制レーダーから機影が
 消えたとのことです。このジャンボ機は羽田発の大阪行き123便ボーイング747型
 SRという国内専用の機種で、乗客乗員は500名以上との情報も入っております。」


 ●TV局 報道部
「まだ、未確認情報でありますが、長野県南佐久郡、北相木(キタアイキ)村付近
 に墜落したとの情報も入ってきております。」

 ●TV局 報道部
「え〜新しい情報です。日航本社によりますと、この便は乗客乗員524名が乗っており
 今夜午後7時頃に大阪の伊丹空港に到着する予定のジャンボ機とのことです。」

 ●TV局 報道部
「え〜繰り返し、お伝えします。東京航空交通管制部 および 羽田の空港事務所に
 入った情報によりますと、今日午後6時39分頃・・・午後6時56分頃、管制
 レーダーから機影が消えたとのことです。」


 ●アナウンサー「はい・・・また新しい情報が入りしだい、お伝えします。」


121  elyming♂  2007/01/03 23:12:10 



   〜 下町 19時35分 〜


工 員『・・・なんだぁ? ジャンボが堕ちたのか?』


通常のテレビ番組はキャンセルされ、人の動きも あわただしい報道フロアの異様な空気が
画面の向こうから伝わっていた。工員は、チャンネルをNHKに換えてみる。


 ●NHK 報道記者
「え〜こちら羽田の空港事務所からお伝えします・・・消息不明の日航機ですが・・この便は
 今日午後6時12分、大阪に向けて羽田を離陸した日航123便のジャンボ機で、この便は
 乗客509名、乗員15名の、あわせて524名が乗っており・・・午後7時頃に、管制の
 レーダーから機影が消えたとのことです。これ以上の詳しい情報まだこちらには入ってきて
 おりません。新しい情報が入りしだいお伝えします。以上、羽田からお伝えしました。」


122  elyming♂  2007/01/03 23:12:48 



   〜 下町 19時40分 〜


工 員「親方ぁ、親方ぁ、テレビ見たぁ?」

親 方「あん? 何だい? かわいい娘っこでも映ってんのか?(笑)」

工 員「そうじゃねってば、日航のジャンボ機がよぉ、行方不明だってよぉ」

工 員「なんだなんだ、ヒコウキが堕ちたのか?」

シャワーを浴びていた連中も、途中できりあげて、ドヤドヤとテレビの前に集まってきた。



親 方「あんだって? JALのジャンボ? バッキャァロォ〜
    ジャンボが堕ちるわけねえだろう!・・・んで、そりゃ場所はどこだ?」

工 員「親方の娘さん、二人ともJALのスッチーだんべよ?」



   JALのスチュワーデスになった娘二人が、いつも話していた。

   ―――― おとうちゃん ジャンボはね 絶対に堕ちない飛行機だよ だから安心して

   親方は台所で忙しく立ち回るおかみさんを呼び出した。




親 方「おい! アカネ(娘の名前)たちのフライトスケジュール分かるか?」

おかみ「いきなり どうしたんだい? こっちは忙しいんだよ(笑)」

親 方「おい、テレビ見てみぃ! 日航のジャンボが堕ちたんだってよ!」

おかみ「え! お前さん、ほんとぉかい!?」


123  elyming♂  2007/01/03 23:13:57 



    1985年8月12日 夜


124  elyming♂  2007/01/03 23:14:48 



   〜 ニュース情報 〜


夜通しのテレビニュースは、日航123便の遭難について、次々と断片的に入ってくる
情報をもとに、さまざまな憶測が飛び交い始めていた。



 ●アナウンサー
「今入ってきた情報です。乗員からは客室後方ドアが破損したという連絡があった
 もようです。・・・え〜日航機からは操縦不能との連絡のあと消息を絶ちまして
 今夜は番組を一部変更して、この日航機関連のニュースをお伝えしております。」


 ●アナウンサー
「スタジオには、航空評論家の都来 星一(とらい せいいち)さんに
 お越し頂いております。都来さん、これまでの情報で判ることは?」


 ●都来 星一
「ジャンボ機をはじめとする最近の航空機は、操縦舵面はすべて油圧で動いておりますが
 この747の場合、油圧系統が4系統もありますんでね・・・いきなり全部ダメになる
 というのは・・・」


 ●アナウンサー
「油圧系統が4系統あるということは、そう簡単に操縦不能にはならないと見ていいのでしょうか?」


 ●都来 星一
「いえ、ドア破損と気圧低下という情報があるようですが、それだけで操縦不能というのは考え
 にくいという意味で。ただ、どのような状況なのか今のところ断片的にしか判りませんので。」


125  elyming♂  2007/01/03 23:17:05 



   〜 ニュース情報 〜 


 ●アナウンサー
「また、新たに入った情報ですが・・・R5付近のドアが壊れたとの連絡があったもよう
 です。これは客室乗務員から操縦室に連絡があったとのことです。え〜 ・・目撃情報
 ですね?・・・はい? 群馬、長野、埼玉県境付近ですか? 北相木村の住民が低空で
 飛ぶ旅客機を見たとの情報が入ってきました。え?南相木村? あ、やはり北相木村?」


 ●都来 星一
「この模型で説明しますと・・R5付近のドアというと、ちょうどこの胴体の右側最後部の
 ドアということになりますねえ。万が一に、これが飛行中に破損したということであれば
 例えば、機体の後ろにある水平尾翼とか垂直尾翼に当たり、何らかの損傷を与えた可能性
 が考えられます。ですが・・それが油圧の4系統すべての破壊につながるとは、いったい
 どのような状況なのか? 今のところ何とも言えませんね。」


 ●アナウンサー
「え〜視聴者からも情報が寄せられています。群馬県南牧村に住む方からの情報です。
 三国岳付近の方角・・これは、埼玉、群馬、長野の県ざかいにあたる山だそうです
 三国岳付近の方角を低空飛行するジェット機の音を聞いたとのことです・・・また
 別な方から頂いた情報では午後7時前後、三国岳の北側、通称ブドウ峠付近の空に
 何か煙のようなものがあがっているとの未確認情報も入っておりますが・・・」


 ●アナウンサー
「え〜、訂正があります。さきほど群馬県南牧村からの目撃情報をお伝えしましたが
 群馬県ではなく・・・・・長野県南牧村の間違いでした。え〜いずれにしても・・
 群馬、埼玉、長野の県ざかい付近での目撃情報がですね・・・え〜情報が錯綜して
 おります。」


 ●アナウンサー「え〜新しい情報? 東京都西多摩郡奥多摩町に住む方から・・・」



各局テレビのニュース速報は、一部情報が錯綜していた。
しかし、刻一刻と入ってくる情報は、冷酷にも史上最大の旅客機墜落事故という
その悲しい事実を伝え始めていたのだった。


http://www.youtube.com/watch?v=oRC__Cnv8NM




                       <第22幕につづく>


126    2007/01/03 23:17:37 
<この発言は削除されました>
127    2007/01/03 23:19:41 
<この発言は削除されました>
128  elyming♂  2007/01/03 23:20:40 










【 ジェット オン ドリーム 】

  〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
    <第22幕>



129  elyming♂  2007/01/03 23:21:34 










     〜 遠きにありて 〜


 1985年8月12日 18時24分35秒頃 ――――


日航123便の胴体後部で起きた「バ〜〜〜ン」という何かの破裂は、このジャンボ機にとって
その後の飛行を左右する深刻な損傷を一気に与えていた。それは胴体圧力隔壁の破裂であった。

隔壁の破裂に伴う噴出流は、一瞬にして胴体最後部 及び垂直尾翼に大きなダメージを与えた。

圧力隔壁外側直下の胴体には、この隔壁破裂等を想定した圧力抜きのための弁があった。
そのプレッシャー・リリーフ・ドアが開放したが、吹き抜けた圧流量は想定以上だった。
まず最初に、APU(補助動力エンジン)の内側にあるファイヤー・ウォールいわゆる
防火壁とAPU本体が吹き飛んだと推定される。

垂直尾翼、その構造を支える「トルク・ボックス」の付け根には整備員が入るための点検穴がある。
与圧された客室から噴出した圧流は、この穴から垂直尾翼の「トルク・ボックス」内に流れ込んだ。
この部分(トルク・ボックス)は、尾翼のねじれ剛性を確保するため、四角い先細りのボックス(筒)
のような構造をしている。ボックス前縁側には10箇所ほどの小さな穴(圧力軽減孔)が空いている。

コンピューターシミュレーションによれば、想定外の高圧空気が、この垂直尾翼の「トルク・ボックス」
に流れこむと、その外側が一気に膨張し、やがて外板が剥がされるように裂けて脱落するという結果で
あった。解析によると、破れた隔壁の開口面積は、およそ2〜3平方メートルと推定された。この計算
では、防火壁やAPUは瞬時に吹き飛び、その0.3秒後には垂直尾翼が破壊された。

解析によると、垂直尾翼の倒壊が始まった場所は「トルク・ボックス」の前桁付近の中央部やや上であった。
この垂直尾翼(垂直安定板)前縁の上半分は、その後、海上で発見されており、事故解析の結果とよく符号
した。(相模湾、伊豆半島周辺に吹き飛んだと推定される垂直尾翼の破片は、捜索回収困難との理由もあり
その大半は未回収のままである)


130  elyming♂  2007/01/03 23:22:56 










   〜 遠きにありて 〜


日航123便は、垂直尾翼の大半をすでに失っていた。

この垂直尾翼喪失は、幾つかの深刻な状況を作り出すことになった。

まず、ヨーモーメント(機首を左右に振る動き)を復元させる飛行安定機能の激減である。
この飛行上の障害は、垂直尾翼の大半を失ったことによる直接的な結果である。
しかし、これは、ただちに墜落原因になるものではなかった。

深刻だったのは、垂直尾翼の破壊によって付随的に発生したものであり、この損傷は
はるかに致命的なものであった。それは、操縦に必要な「油圧系統の破壊」であった。

昇降舵、方向舵、バンク旋回用の補助翼、エアブレーキ用スポイラー、高揚力用の補助翼フラップ
車輪降着装置、着陸後の車輪のブレーキ、前輪のステアリングなど、フライトオペレーションの為
の重要な作動機構は、すべて油圧で駆動されている。ジャンボ機をはじめとする大型旅客機の機械
作動部分を直接ケーブルでつないだとしても、もはや人力では動かすことができないほど巨大な力
が必要だからである。油圧ポンプやアクチュエーター(作動装置)なしでは、もはや操作は困難な
ほどに旅客機は巨大化している。

全油圧喪失の為に、バックアップ機能として直接ケーブルで動翼を動かすことが仮にできたとしても
人間の腕力脚力では到底太刀打ちできないほどに大きなシステムフォースが必要で、実際に役に立つ
バックアップシステムには成り得ないと言えるかもしれない。


131  elyming♂  2007/01/03 23:24:42 












    〜 遠きにありて 〜


事故機であるボーイング747型機は、エンジンの数と同じ4つの油圧系統を持っており
安全性の高いバックアップシステムとして確立されていた。しかし油圧4系統のすべては
垂直尾翼の方向舵作動にかかわる油圧回路でつながっていた。

このため、垂直尾翼喪失に伴って起きたのは油圧配管の破断であった。これにより
操縦舵面を動かすのに必要な作動油が一気に漏れ、尾翼倒壊からおよそ2分後には
油圧回路4系統の全機能が失われ、オートパイロットの機体安定制御だけではなく
パイロット自身による操縦舵面のコントロールも不能に陥ったと推定されている。


この頃から、123便の飛行にある異常が見られるようになっていた。
航空機特有の‘悪い飛行特性’が出始めていたのである。




 ●18時31分

 ◆東京コントロール
「ジャパンエア123 ア〜 キャンユー ディセンド?」

(日航123便へ 降下できますか?)


 ▽JAL123(機長)
「ア〜 ロジャ ナウ ディセンディング」

(あ〜 はい、今降下しています。)



           航空機関士「オキシジェンマスクが ドロップしてます。」

             (客室では酸素マスクがドロップしています。)



 ◆東京コントロール
「オールライト セイ アルティチュード ナウ?」

(東京コントロール了解  日航123便へ 現在の飛行高度は?)


 ▽JAL123(機長)「ツー・フォー・ゼロ」(2万4000フィートです。)


 ◆東京コントロール
「ライト  ユア ポジション 72マイルズ トゥ ナゴヤ   ア〜
 キャニュー ランド トゥ ナゴヤ?」

(了解 貴機の位置は、名古屋まで72マイルの地点ですが、ア〜 名古屋に降りますか?)


 ▽JAL123(機長)
「ア〜 ネガティブ・・・リクエスト バック トゥ ハネダ」

(あ〜 いいえ、羽田空港に戻りたい。)



 ◆東京コントロール
「オールライト(了解) あ〜 これから日本語で話して頂いて結構ですから。」

 ▽JAL123(機長)「はいはい」


132  elyming♂  2007/01/03 23:26:04 



    〜 遠きにありて 〜



コックピットのインタホンが鳴った。客室乗務員からの業務連絡であった。
航空機関士が応対する。さっき機内客室後方で起きた何かの爆発後、その
状況をコックピット乗員に報告しているようである。一通り状況を聞いた
フライトエンジニアは、その内容を操縦席の二人に説明した。


 ●18時32分

 航空機関士(機内インタホン応対)
「・・・荷物を収納するところですね?」「一番うしろのほうのですね?」
「はい、わかりました」

 航空機関士(操縦席の二人に説明)
「あのですね、荷物入れてある 荷物のですね 一番うしろですね
 荷物の収納スペースが落っこちてますね・・・これは降りたほうがいいと思います。」

 航空機関士(操縦席の二人に説明)
「マスクは(酸素マスクは)一応みんな吸っておりますから。」




 ◆東京コントロール
「シックス・スリー・ワン  ザッツ アファーム  アンド トラフィック アドヴァイサリー
 ワンノクロック アンド テンマイルズ フォー ゼア オポサイト ディレクト アンド ア〜
 キャリィ ワン・・・リービング ツー・ワン・ゼロ トゥ ワン・ファイブ・ゼロ」

(・・・631便 了解しました。 1時の方角 10マイルに反対方向から・・・他の航空機が
 近づいており、高度2万1000フィートから1万5000フィートへ降下しています。)

               
 ▽全日空631便
「 ア〜ロジャ  シックス・スリー・ワン・・・ネガティブ インサイト」     

(あ〜 全日空631便 了解・・・しかし、まだ見えません)       


 ▽東亜国内航空327便
「トウキョウ コントロール  トウア・ドメス スリー・ツー・セブン
 スウィッチ トゥ ワン・スリー・スリー ポイント ファイブ」

(東京コントロールへ こちら東亜国内航空327便 交信周波数チャンネル
 133.5MHZに切り替えます。)


 ◆東京コントロール
「ア〜 トウア・ドメス スリー・ツー・セブン ラジャ」

(東亜国内航空327便へ 了解しました。)


133  elyming♂  2007/01/03 23:27:00 










 その頃、123便客室 ―――――


「パーン」という破裂音と同時に酸素マスクが落下して、およそ10分が経過した頃であろうか。

客室後部に座っていた非番の客室乗務員は、酸素マスクを外してみた。
飛行高度が下がってきたのか、体が慣れてきたのか、息苦しさは感じなくなっていた。
周りを見ると、ほとんどの乗客は、まだマスクを使っていた。

その頃、機体は左右に旋回をくり返すような傾きの、そしてゆっくりとした揺れ方が続いていた。

座席に近い左の窓から、まっ白な雲が見えていた。かなり厚い雲で、地上は見えない。


  乗客「スチュワーデスさん・・・大丈夫かねぇ?・・・」


酸素マスクを外し、客室乗務員に不安そうに問いかける乗客もいた。
そのうちに酸素が出なくなっていたが、多くの乗客たちはマスクを使い続けていた。


  客室乗務員「座席下にある救命胴衣を取りだして、つけてください。」



やがて、客室後部 L5(最後部左側)ドアエリア担当の客室乗務員が通路を移動しながら
酸素マスクを使い続けている乗客たちに対して、不時着に備えた保安指示を出し始めていた。
客室乗務員たちはライフベストを着用して各座席をまわり、使用方法を再度確認させるためであった。


見ると客室前方でも、いっせいにライフベストの着用が始まっている様子が見えた。


  客室乗務員「座席ポケットの中の‘安全のしおり’を見て救命胴衣をつけて下さい。」



  『とにかく、羽田にもどれればいいな・・・』

非番の客室乗務員は漠然とした希望を持っていたが、機外を見ると、いまだに雲の上を
飛んでいるのがわかった。彼女も座席下から救命胴衣を引っ張り出して頭からかぶった。
飛行高度は、まだ相当高そうな印象があった。


134  elyming♂  2007/01/03 23:29:53 










 〜 遠きにありて 〜



 ●18時40分頃

東京ACC(東京コントロール)では、米軍横田基地に対し
日航123便の緊急着陸の準備を要請した。

また、その日の午後、在日米軍 沖縄嘉手納基地を出発し、横田基地へ向かって飛行中の
第374空輸航空団 第36空輸飛行隊 C−130輸送機があった。123便に起きた
緊急事態発生の無線交信を傍受していたが、同機の遭難が濃厚になっていたため、捜索
支援のための飛行計画変更を検討していた。


▽インプスター・トライレッサ 一等大尉(米軍C−130輸送機乗員)
「OH・・・トラブルシチュエーション・・・イッツコンタクト ヨコタベース
 アンド トウキョウセンター アズスーンナズ フォーザ サーチサポート・・・
 ウィル チャンジァ フライトルート OK?」

(これは大変な事態だ。至急横田基地、東京ACCに連絡、捜索支援のため
 飛行ルート変更するぞ、いいか。)



▽インプスター・トライレッサ 一等大尉(米軍C−130輸送機乗員)
「トウキョウ センター サム リーパット ワン・セブン・・・・」   

(東京コントロール、米軍 第36空輸飛行隊 C−130ハーキュリー
 輸送機 リーパット17です・・・)
 

インプスター・トライレッサ 一等大尉ら米軍機の乗員は、横田基地 および
東京航空交通管制部を通じ、羽田の運輸省東京航空局へ捜索支援と救出行動
を申し出たのであった。


135  elyming♂  2007/01/03 23:31:58 










   〜 航空機の運動モード 〜


一般的な航空機の場合、大雑把に分類すると、以下のような5種類の運動モードがある。



@縦方向(ピッチ)の短周期運動モード 

機体重心を中心に胴体軸が(機首及び機尾が)上下に振れる運動である。
水平尾翼の復元モーメントが働くので運動周期は短い。
すなわち、この運動モードは早く減衰する。



A横方向(ロール)の運動モード

胴体軸を中心にした回転(ロール)運動で、ヨー(左右)運動、ピッチ(上下)運動に比べて
慣性モーメントが小さいため起こりやすい。しかし、両側にある主翼が回転モーメントを打ち
消す役目を持っているため、この運動モードも比較的早く減衰する。



B旋回(スパイラル)の運動モード

翼が左右どちらかに傾いた飛行を放置すると、大きな半径の旋回運動に入る。

機体の特性により、傾きが減少してやがて直線飛行に戻る(運動モードが減衰する)場合と
さらに機体の横の傾きが増大して螺旋状に旋回経路を降下してゆく場合とがある。
前者の運動モードは安定化しており、後者の運動モードは不安定化している。



C縦方向(飛行高度)の長周期運動モード

航空機の対気飛行速度(運動エネルギー)と、飛行高度(位置エネルギー)とを交互に
交換しながら、長い周期で繰り返す運動モードであり、一般的に運動の減衰が悪い。
また、この運動周期は、40秒、50秒、1分、1分30秒といったぐあいに
長いのが特徴だ。

つまり‘高度’と‘速度’を長周期(フゴイド)で振幅させることから「フゴイド運動」
と呼ばれている。振幅の周期が減衰し、半分になるまでに例えば1分30秒もかかること
があり、放っておくと、なかなか運動が収まらないのがこの運動モードの悪い特性である。



Dダッチ・ロール(上下左右の複合的動き)モード

機首を左右に振る「ヨー運動」と、機体を横に傾ける「ロール運動」が連成して同時に
起こる運動である。振幅の周期は一般的に5〜6秒ほどだが、この運動モードの減衰も
あまりよくない。

この運動を起こしている航空機の重心付近から主翼の先端方向を見ると、ダッチ・ロール
運動特有の動きをしている。翼端が時計周りに、ゆっくりと楕円を描いているはずである。



例えば、紙飛行機を飛ばすとき、ヘタな人と上手な人とでは、また、うまく作った場合と
そうでない場合とでは、飛行ぐあいに大きな差があるのは言うまでもない。フワリフワリ
とピッチを上下に波打つように落ちたり、ヒラヒラと左右に揺れながら飛んだり、グルリ
と旋回しながら落ちたりするのは、その紙飛行機の運動モードが現れている。仮にスロー
モーションで見ることができたら、運動モードの発生ぐあいが観察できるだろう。

上手に飛ばすには、最適な形状と最適な釣り合い状態で飛ばさなければならない。
飛ばし方の最適な釣り合いの解(初期速度、方向、角度、風成分など)は一つ。
その解に近い飛ばし方をする人は、紙飛行機の名人ということになる。


136  elyming♂  2007/01/03 23:35:38 










   〜 航空機の運動モード 〜



一般に小型機は、風などの擾乱を受けやすく、これらの運動モードが即座に現れやすい。
しかし、相対的に復元モーメントの効果が大きく、運動モードの減衰が速い。

一方、大型機の場合には、気流の影響を受けにくい。だが、いったん影響を受けて
運動モードが現れると、質量慣性が大きい為なかなか減衰しない。また、操縦舵面
の空力的効果や推力増減などの効果も数秒〜数十秒のタイムラグで遅れて発生する。

また、これらの運動モードは、飛行する高度や速度の要素によって特性が変わってくる。
空気がきわめて希薄な高高度では空気抵抗が少ない反面、各操縦舵面の効きは良くない。
旋回などの動きも小回りが効きにくい。したがって、これらの運動モードの減衰も悪い。

一方、空気密度の高い低高度ほど抵抗が大きい分、操縦舵面の効きがよい。したがって
低高度ほど(相対的に対気速度も遅くなるため)旋回などの動きでは小回りがも効く。
したがって、これらの運動モードは、高高度に比べても早く減衰する。




一般的なジェット旅客機のように後退翼を持った航空機は、機首を左右いずれに
振られるヨー成分の擾乱を受けた場合、左右の翼が受ける気流の角度と発生する
抵抗(抗力)浮力(揚力)に差が生まれる為、翼が横に傾き(ロール)機首が縦に
傾く(ピッチ)モーメントの影響を受ける。

しかし、左右の(ヨー)運動は垂直尾翼の復元モーメントが。横に傾く(ロール)運動は
主翼の復元モーメントが。そして上下の(ピッチ)運動は水平尾翼の復元モーメントが
それぞれに働き、それらの運動モードを減衰させる。また、通常はパイロット(又は
オートパイロット)の修正操舵、推力調整によって乱れた飛行姿勢をとり戻すことが
本来の飛行である。

これらの航空機特有の運動モード(飛行特性、空力的クセ)は、通常のエアライン運航
においては、ほとんど感じることはない。なぜなら多くの旅客機では「ヨーダンパー」
といった不要な動きをいち早く打ち消してしまう優秀な制御システムがオートパイロット
に組み込まれているからであり、たとえ乱気流に遭遇しても、これらの運動モードが発現
することはほとんどないからである。

巡航飛行中の客席から主翼後縁を観察していると、気流によって飛行姿勢が乱された時で
あっても、つばさの内側にある小さな補助翼エルロンが、上に折れたり下に折れたりして
いるのを見る事がある。気流の擾乱があっても、上記のような運動のモードが発現しない
ような操縦制御が行われている現場を見ているわけである。


137  elyming♂  2007/01/03 23:36:41 










    〜 遠きにありて 〜



 そのとき123便客室は ―――――


ライフベストがある場所や、使用方法のわからない乗客も多かった。
不安のあまり取り乱している若い女性のたちがいた。

ベストを着用し終わった非番の客室乗務員 は、席を立って乗客らの手伝いを始めていた。

  乗客「もしかして、非番のスチュワーデスの方ですか。」

  非番の客室乗務員「はい、そうです。」

近くの窓際の席にいた男性が声をかけてきた。
彼は、救命胴衣の着用に手間取っている乗客らの手助けをした。不安もある中、とても冷静な対応であった。
彼は自分のベストをつけ終わると、座席から手を伸ばし、前後席に座っている人の着用を手伝っていた。

非番の客室乗務員は、L5担当スチュワーデスの受持ちエリアの保安作業を手伝うべく
通路を移動していたが、機体の揺れは、じっと立っていられないほどになっていた。

ゆっくりとした左右に傾く揺れではあったが、その角度が大きくなってゆくのを感じていた。
ときどき座席につかまり、二、三歩 歩いて、まだ救命胴衣を着けていない乗客のもとへ行く。
座席の下のベストを引っ張り出し、着用を助ける。大きな揺れが続くため、ちょっと座っては
また二、三歩移動という感じである。まっすぐ歩いて周囲を見て周れる状況ではなかった。


138  elyming♂  2007/01/03 23:37:31 












    〜 遠きにありて 〜



 そのとき123便客室は ―――――


救命胴衣は機内で膨らましてはならない。飛行機が不時着水したのち、機外に脱出してから
膨らますのが基本である。

機内で膨らませてしまうと、胴衣がジャマになって十分なブレースポジション(※)が
取れないばかりか、着膨れした状態での機内移動や脱出の際にも支障をきたすことに
なるからである。


   (※)座席安全姿勢:体を前屈し膝の間に頭部を入れた状態で足首を持つ姿勢。

             妊婦や肥満体などで前屈困難な人は、背すじを伸ばして
             脚でしっかり床を踏み、前椅子の背に両手と頭部を当てて
             上体を保持する。
             
             

             
中には気が動転してしまい、ベストを膨らませてしまった男性が何人もいた。
こういう場面になると、女の人のほうが冷静なのかもしれない。


  乗客「スチュワーデスさん!どうすればいいんだ!」

機内でライフベストを膨らませてしまった若い男性が泣きそうになっていた。

客室乗務員「お客さま、そのままでかまいません。可能な安全姿勢をとってください。」

一人が膨らませると、そのとなりも膨らませてしまう光景が多かった。

あちこちで、客室乗務員の「みなさん!救命胴衣 膨らませないで!」の声が聞こえた。


139  elyming♂  2007/01/03 23:38:29 










    〜 遠きにありて 〜



通常、何かのトラブルが起きた場合、着陸可能な最寄の飛行場に降りことが先決となる。
その際、管制機関との交信(飛行変更の許可)や機体オペレーション、飛行方法などの
インテンション(意思)を表明しなくてはならない。致命的なトラブルではないかぎり
その後の‘作戦行動’に揺るぎない余裕ができてはじめて、乗客への事情説明が可能と
なる。123便の機長も状況が落ち着けば、そうするつもりであったはずだ。

しかし、今まで訓練でも(世界中のジャンボ機パイロットの誰もが)経験したことのない
異常事態(全油圧喪失)と機体の飛行特性に翻弄され始めていた。機内減圧と低酸素症状
そして思うように降下できない機体、しかも、フゴイド周期や ダッチロールが連成した
不安定な運動モードが、しだいに不安定化して大きくなっていく傾向にあった。

全くいうことをきかないジャンボの機体をとにかく墜落させないことに専念しなければ
ならなかった。長いパイロット人生経験から、大きな迎角や失速、機体バンクは致命的
でコントロール困難かつ急激な落下(例えば、きりもみ落下状態など)に陥る場合がある
ことを本能的に察知していた。推力調整、代替システムをつかった車輪降着、フラップ
作動といった貧弱な操縦手段を懸命に使い、機体をコントロールするしか残された道は
なかった。しかし、そのむずかしい操作さえ一歩間違いを犯せば即墜落に結びつくのだ。


140  elyming♂  2007/01/03 23:39:40 










    〜 遠きにありて 〜



 そのとき123便客室は ―――――


機内には、わずかに空席があった。しかし、一人でポツンと座っている乗客にとって
それは一層の不安に襲われていた。救命胴衣を着用すると、席を詰めて寄り添う光景があった。

「この飛行機は、どうなるんだ?」「このまま大丈夫なのか?」
「スチュワーデスさん、ボクらは助かるのか?」

制服を着ているスチュワーデスらに、男性客たちから質問の声がかかる。
女性を含めた家族連れの場合も、一緒の男性がいろいろと質問を投げかけている。
客室乗務員は不安感を与えぬよう冷静に対応している。


  客室乗務員「お客さま、大丈夫です。私たちはそのための訓練を受けています。安心して下さい。」

大きな揺れは続いていたが、客室内がパニックに陥るようなことはなかった。
ただ、乗客の笑顔はもうなく、客室乗務員たちの顔も緊張を隠せなかった。

乳幼児用の小さいライフベストが上の棚にあったが、それを取りだす余裕はなく大人用を使っていたようだ。

       「おかあさーん」

どこかで、子供の声が聞こえた。短い叫びのような声だった。
機内の不安と緊張は高まるばかりであった。


141  elyming♂  2007/01/03 23:41:28 










   〜 飛行高度と低酸素症 〜


ライン運航の旅客機では通常、高高度を巡航中であっても、客室の気圧は富士山の
5合目 標高2500メートル程度の客室高度(客室気圧)に保てれている。

123便に異常事態が発生し、機内減圧に襲われた高度は、およそ7000メートル。
ヒマラヤ山脈の標高に近い高度である。

一般的には高度障害が起きるのは、5000m(約1万6000フィート)以上といわれている。
この高度でも、気圧は地上のおよそ半分程度しかない。たとえ健康な人であっても体調や体質に
よっては、富士山頂の高さでも重い‘高山病(高度障害)’にかかる場合もあるが、高度に順応
する能力や生命力には、かなりの個人差もあるようである。



航空自衛隊の戦闘機など、機動飛行を行う乗員は飛行中は酸素ボンベを使うが、万が一その装置
に異常が起き酸素が出なくなったときのために、自覚症状を機敏に感じとるための訓練が定期的
に行われている。なぜ、そのような訓練が必要かというと、低酸素状態になったときの身体能力
低下を早期に自覚できないと、飛行が危険な状態に陥る可能性があるからである。





123便は、異常事態発生した18時25分頃から、およそ20分近い時間、機体のコントロール
不能により思うように降下できなかった。このために、上昇降下を繰り返しながら危険な気圧高度
2万5000〜1万6000フィートを飛んでいる。この間、乗客は酸素マスクを使い続けている。

事故報告書によれば、コックピットの運航乗員が酸素マスクを使った形跡はなかった。
乗員が酸素マスクを使用した場合、キャプテン席、コパイ席、フライトエンジニア席それぞれの
録音チャンネルに音声が記録されるが、123便ではボイスレコーダーのメインチャンネルのみ
音声が収録されていたからである。


18時29分頃〜同36分頃 機長と副操縦士に会話が少ないこと。
18時40分頃〜同43分頃 運航乗員間会話が極端に少ないこと。

18時33分50秒頃 航空機関士の呼びかけ「マスク我々もかけますか」
「オキシジョンマスク、できたら吸ったほうがいいと思いますけど」に対し
「はい」と答えただけで、運航乗員は酸素マスクを使用していないこと。 

また、高度が1万5000フィートを下回り、さらに降下を続けている 18時45分頃
からコックピット内での会話が増えはじめ、管制からの交信にも応答が増えていること。

 事故調査チームの報告書は、これらのことを指摘した上で次のように述べている。

『コックピットの乗員は低酸素症にかかり知的作業能力行動能力がある程度低下して
 いたと考えられる。』



142  elyming♂  2007/01/03 23:42:58 










    〜 遠きにありて 〜



 そのとき123便客室は ―――――


救命胴衣の着用に手間取っている間にも、客室乗務員からの保安アナウンスが流れた。

   客室乗務員「この飛行機は急に着陸することが考えられますので、すぐに安全姿勢を・・・」

   客室乗務員「メガネは外して下さい。ボールペンや万年筆、ヘアピンなど先の尖ったものは
         すべて外してください。安全姿勢をとってください。」

冷静なスチュワーデスの声とは裏腹に、機体の揺れはいっこうに収まらない。

   客室乗務員「管制塔からの連絡はとれております。」

アシスタント・パーサーらしき落ちつた声のアナウンスが流れる。
2階席担当のパーサーは、操縦室に入りコクピット内の状況を把握したのであろう。

やがて、機体の揺れは、いっそう大きくなっていた。とても立っていることができないほどである。

乗客の保安業務を手伝っていた非番の客室乗務員は「56C」の席に戻り、いよいよ不時着に備える
覚悟である。L5ドア担当である客室乗務員も、通路をはさんで、二つ後方の空席に座った。
乗客同様、彼女らも体を前屈させブレースポジションをとった。

本来ならば『上着があれば、衝撃の際の保護になるように着用してください』と指示も出せるはずだが
もはや、そんな時間的精神的余裕はなくなっていた。




安全姿勢は、頭を深く下げて膝の中に入れ、自分の足首をつかむのである。
非番の客室乗務員は、後ろに座るスチュワーデスとともに、保安のための大声を何度も叫んだ。

     「足首をつかんで、頭を膝の中に入れる!」「全身緊張!」

他のエリアでも同様の光景があったはずだが、大きくて長いジャンボ機のキャビンすべての状況を
今は知るすべもない・・・エンジンの音が変化し、機体が大きく揺れて続けている。

このような緊急事態のときは「・・・してください」とは言わず命令口調となる。
日頃の華やかな接客業務をこなす客室乗務員は、すでに乗客の生命を守るための保安要員と化している。




ブレースポジションをとる直前のことであった ――――
非番の客室乗務員は、すぐ近くに座る男性と短い会話をかわした。

   非番客室乗務員
  「緊急着陸して私がもし駄目だったら、後のL5ドア開けてお客さまを脱出させて下さい。」

   男性乗客
  「わかりました。スチュワーデスさん、そのときは私に任せておいて下さい。」

とても冷静な声で彼からの返事を受け取った。彼女と彼が言葉をかわしたのは、これが最後であった。


143  elyming♂  2007/01/03 23:45:15 










  〜 フゴイド運動とダッチロール運動が連成した123便 〜



推力一定の航空機の飛行経路角が上昇に転ずれば、対気速度はドンドン落ちてゆく。
降下に転ずれば、スピードがドンドン速くなるのは言うまでもない。

例えば、アクセル一定のクルマが、登り坂ではドンドン速度が落ち、下り坂では
ドンドン速度が上がるのは誰でも理解できることで、航空機の場合も同じである。

フゴイド運動は、この繰り返しを長い周期で発生している状態である。

123便のように、不安定な運動モードに陥っている機体の飛行を外から見ると
いったい、どのような動きにに映るのだろうか?

例えば、123便に救援機が追いついたとして、真横(この場合、右側とする)から見ると
翼を左右に揺らしながら、反時計まわりに前進上昇〜後退下降〜前進上昇〜後退下降という
ぐあいに周期的に大きな楕円を描くような独特の飛行をしているのがわかるはずである。




巡航中の航空機が速度を上げるためには、経路角を変えず(操縦桿で上昇を抑える)推力を
上げる方法、もしくは推力を変えなくても降下することで速度を上げることが可能となる。
速度を落とすには、推力一定で飛行経路角を上昇させる、もしくは経路角は変えず(操縦桿
で降下を抑える)推力を落とすことで可能となる。またエアブレーキ(スポイラー)を使う
方法もある。


144  elyming♂  2007/01/03 23:47:07 










  〜 フゴイド運動とダッチロール運動が連成した123便 〜


123便のフライトレコーダー解析によると、フゴイド運動に伴うエアスピードの大きな
増減はあるが、異常事態が発生しコントロール不能に陥ってから、富士山付近を通過する
までの速度は、300ノットから200ノットの一定範囲内におさまっているのがわかる。

大月付近を円旋回降下し、奥多摩上空(青梅市の西方)に向かう頃、さらに高度を落として
いるが、降下しているにもかかわらず、その間の平均速度200ノット前後で推移している
のがわかる。

昇降舵の操作を行わない場合(123便の場合‘操作不可能’だった)航空機の特性として
推力だけを変化させても飛行の経路角(上昇、降下)を変えることはできるが、平均的速度
を変えることは難しいという傾向がある。操縦舵の効かなくなった123便の場合も、この
特性を持っていた。

全体的に見ると、300ノットから平均200ノットに速度が落ちているが、これは高度が
下がってきて空気抵抗の影響が出てきたためと考えられる。


145  elyming♂  2007/01/03 23:48:52 









  〜 フゴイド運動とダッチロール運動が連成した123便 〜


全油圧系統の喪失に伴い、オートパイロット(およびパイロットによる)飛行制御を失った
123便の場合、長周期のフゴイド運動とダッチロール運動が連成し発生していた。それは
減衰することなく、しだいに振幅が大きくなる傾向にあり非常に不安定な状態になっていた。


123便の場合、この速度増加(上昇モードに移行)と速度低下(降下モードに移行)を
繰り返す悪夢のフゴイド運動を抑えるには、上昇と降下のタイミングを予測してエンジン
推力を‘左右対照に増減’するしかない。しかし、大型機の場合には、推力増減の効果は
かなり遅れてやってくるので、そのタイミングを合わせるのは至難の技であろう。しかも
123便の場合はダッチロールによる左右の揺れも連成していた。ダッチロールを抑える
には、エンジン推力を‘左右非対称に増減’しなくてはならない。

ダッチロール運動抑制に専念すれば、フゴイド運動の増幅につながるかもしれない不安定な
飛行状況であった。フゴイド運動抑制に専念すれば、ダッチロール運動が増幅するかもしれ
ない。気流による擾乱も加わる。これが123便の悪夢と苦悩である。


また、大型機の場合、推力増減の効果は、遅れてやってくる。ちょっとしたタイミング
が狂えば悪い運動モードをさらに増幅させるかもしれない。大きく姿勢が乱れて、いつ
機体が失速しても、また大きく転覆して制御不能な落下(墜落)になっても、おかしく
ない状況であった。にもかかわらず、長時間にわたって懸命に迷走飛行を続けなければ
ならなかったパイロットの苦境は想像を絶するものであろう。




機 長 「バンク そんなにとんな」「気合を入れろ」
      「あたま、下げろ」「ストール(失速)するぞ」

副操縦士「はい」

このような懸命に飛行状態を立て直す言葉が、何度も交わされているのは
フゴイド運動による姿勢の乱れ、速度の変化に翻弄されて失速による墜落
を警戒しているためであった。


146  elyming♂  2007/01/03 23:50:30 












  〜 フゴイド運動とダッチロール運動が連成した123便 〜


123便のような状況で、不安定に連成した運動モードを推力の撹乱で増幅させないためには
何もしない方がよいのだろうが、いつまでも空を飛んでいるわけにもいかない。燃料も限りが
ある。連成した不安定な運動モードを抑え、何とかして機体を安定して降下させる方法を探さ
なければならなかった。

機体は、時は上昇姿勢と速度低下で失速寸前となり、時には翼が左右に大きく揺れ続けた。
もはや、飛行のコントロールは、4本の推力レバーしかなかった。不安定な運動モードを
かかえているかぎり、地上へ戻ることはおろか、ジャンボ機の巨大な機体が転覆して墜落
してしまう危機と長時間戦い続けなくてはならなかった。

123便のコクピットクルーは、車輪を出すことで不安定な上昇降下の運動を打ち消し
空気抵抗と機首下げモーメントの発生を期待した。油圧の効かない中、非常システムを
使って車輪を出した18時40分頃から、徐々に飛行高度が落ちていた。機体は富士山
の北方上空をかすめて、大月市付近にさしかかっていた。

車輪出しの効果があり、推力を調整しながら飛行高度を落としていったが この頃には
搭乗者にとって悪夢のような長周囲のフゴイド運動は収まり始めていた。


なお、非常システムを使って車輪を出した場合、再び車輪を格納することはできない。
海上着水の場合においては車輪出しによって受ける機体損傷の確率は大きくなるので
生還確率を下げることになる。この車輪出しは、滑走路や地上への不時着を目指して
本来使われるものだと言えるが、123便の場合は姿勢の制御と飛行高度を下げると
いう別の目的で使われたようである。


147  elyming♂  2007/01/03 23:51:24 










   〜 遠きにありて 〜



  123便客室 ―――――


安全姿勢をとり続ける非番客室乗務員 赤野 汝央は、一度、上体を上げて窓の外を見やった。
ふと気が付くと、窓の外のやや下方に富士山が見えていた。
それは、とても近い距離感であった。

西日本へのフライトのとき、富士山が最も近く見えるルートがあった。
それと同じくらいの近さに感じていた。

夕方の夏富士。その黒い山肌には、夏の入道雲がかかっていた。
本来の飛行コースならば、富士山の近くを飛ぶはずがなかった。
この飛行機がどのようなルートで飛んでいるのかは全く見当がつかなかった。

123便は、駿河湾横断後、静岡県焼津付近から内陸部へ入り、北に進路をとった。
やがて東に変進。富士山の北方上空をかすめながら、山梨県大月市方向に向かった。
大月市付近では、機体は円を描くように旋回しながら、徐々に降下していた。

左の窓の少し前方に見えた富士山は、すうっと後方に移動したように見えた。
非番客室乗務員 赤野 汝央は、富士山が窓のちょうど真横にきたとき
再びブレースポジションをとって頭を下げたのだった。





  東京航空交通管制部 ―――――

 ●18時40分55秒

 東京コントロール
「ジャパンエア123 ジャパンエア123  トウキョーコントロール
 イフ ユー リード ミー   アイデント プリーズ」

(日航123便へ 東京コントロールです。聞こえましたら、識別強調信号を送って下さい。)

東京航空交通管制部コントローラーは、多くのトラフィックをさばきながら多忙であったが
123便の異常事態に対処する為、レーダー上で123便と他機とを識別する必要があった。
管制機がATCトランスポンダーのアイデント・ボタンを押すことで、識別強調信号が発信
されるが、123便からの応答はなかった。パイロットは、ノーコントロール状態での運動
モードと懸命に戦っていて、それどころではなかったのだろう。




 ●18時41分55秒

 東京コントロール
「オールステーション、オールステーション、 エクセプト ジャパンエア 123 アンド
 コンタクト トウキョーコントロール    コンタクト トウキョーコントロール 
 ワン・スリー・フォー ポイント ゼロ」

(全航空機に告ぐ。日航123便を除く全航空機は 134.0MHZで東京コントロールと交信。)


東京コントロールとの交信で使用している周波数を、123便との専用交信チャンネルとして
使うべく、他の全航空機は違う周波数(134.0MHZ)に切り替えるよう指示が出された。
しかし、切り替えせずにコンタクトしてくる定期便は多かった。トラフィックの多い時間帯だ。



 ●18時42分38秒

 東京コントロール
「・・・364  コンタクト134.0  ウィ ハブ エマージェンシー エアクラフト
 134.0 ナウ」

(・・・364便へ 今は周波数134.0に切り替えて交信ですよ。緊急事態機がいます。)


148  elyming♂  2007/01/03 23:53:32 









 〜 遠きにありて 〜



 ●18時47分07秒

 ▽JAL123(機長)
「ア〜 リクエスト レーダーベクター トゥ ハネダ ア〜 キサラズ」

(羽田、あ〜木更津へのレーダー誘導をお願いします。)


 ◆横田アプローチ(横田管制区進入管制所)
「ジャパンネア 123  ジャパンネア 123・・・」

 ◆東京コントロール
「(日航123便へ)了解しました。(横風用)ランウェイ22なので、ヘディング090を
 キープしてください。」

 ▽JAL123(機長)「ラジャ」


     航空機関士「ハイドロクォンティがオールロスしてきちゃったですからなあ・・・」

           (油圧用の液量が全喪失してきちゃったですからなあ・・・)






 ●18時47分16秒

 ◆横田アプローチ(横田管制区進入管制所)
「アテンプト コンタクト ヨコタ ワン・ツー・ナイナ ポイント フォー」

(日航123便へ 横田管制 129.4MHZと交信を試みてください。)


 ◆東京コントロール
「(日航123便へ)現在コントロールできますか?」


 ▽JAL123(機長)
「アンコントローラブ(操縦不能)です。」


 ◆東京コントロール「了解」


その頃、123便は横田基地に最も近い場所、東京都青梅市の西、奥多摩上空を飛行していた。
横田の進入管制所も、レーダーで日航機の機影を追いつづけている。

 米軍 横田基地の管制官は ―――――
「YOKOTA APPRORCH on guard, If you hear me, squwak 5423・・・」
(こちら横田アプローチ 緊急着陸体制をとっています。日航123便 もし聞こえて
 いましたら、レーダー識別符号を5423に・・・)

といったように、いつでも緊急着陸できるよう基地は万全の体制であることを
日航機に対して何度も呼びかけを行っていたが、それに応答することはなかった。


149  elyming♂  2007/01/03 23:55:49 










    〜 遠きにありて 〜



123便の飛行高度が下がるにつれ、空気密度が増えてきた。
段階的にフラップを下げ、飛行速度を押さえ、何とか地上に戻る希望が欲しい・・・

大月市付近で右円旋回をしたのち、さらに東、相模湖方向へと向きを変え
なおも降下を続けていた。奥多摩上空にかけては最も高度を下げている。

この低空飛行するジェット機を不審に思った住民によって、地上から123便が
撮影されていた。写真に写っていたジャンボの機影は、垂直尾翼のほとんどを
失っていたショッキングなものであった。

なおも迷走が続き、どこへ飛んでゆくのか予測がつかない機体 ――― 相模湖の
山間部を過ぎれば、その先は八王子市の近郊である。関東平野の市街地が、もう
すぐそこまで広がっている。市街地への墜落は最悪のシナリオであろう。



相模湖付近上空で、航空機関士の「フラップどうしましょうか?」という問いに対して
機長は「まだ早い」と答えている。

2万2000フィート付近だった飛行高度は、このとき青梅市の西方で6600フィートまで
降下していた。エンジンスラストは1.5EPRから1.0EPR前後に絞られ、降下が進むに
つれて空気密度と抵抗が増えていった。この頃からフゴイド運動は徐々に収まってきていた。

 ●18時45分〜48分頃 ――― 奥多摩付近上空を東から北へ変進した頃、その運動
                 モードが一時的に消失している。

しかし、行く手には、奥多摩や秩父の山なみが迫っていた。
エンジンEPR は、およそ1.0から最大1.6の間を断続的に変化していた。
失速させないため、山にぶつからないためのパイロットの懸命な推力操作の表れであろうか。


      機長「これは だめかもわからんね」


ジャンボ機の特性を熟知したベテランパイロットでさえ、思わず口から漏れた
無念とあきらめの言葉だったのだろう・・・

傷ついたジャンボ機123便は車輪を出したまま、夕暮れの秩父山系、その奥深い山なみへと
飛行方向を変え、なおも迷走飛行を続けてゆく・・・あの日本のエアラインを代表する優雅な
赤い‘鶴丸’の尾翼を失ったまま・・・







       ――― シアター バックグランド ミュージック ―――

            ♪6番目の駅 (音楽:久石 譲)

      スタジオ・ジブリ「千と千尋の神隠し」サウンドトラックより 


150  elyming♂  2007/01/03 23:56:59 










    〜 遠きにありて 〜


速度は150ノットから280ノットまで加速、上昇に転じた機体は、再び悪い運動モードが
出始めた。上昇に伴って最低速度108ノット、迎角30.9度となった。急激に高度を落とし
30秒後には170ノットに増速している。123便は、さらに奥秩父の山深い方向へと迷走
飛行を続けていった。パイロットが無意識のうちに関東の市街地を避ける為、そのような飛行
ルートになったのか。機体の飛行特性とただの気流の気まぐれだったのかは分からない。


ジャンボ機の場合、エンジンまたは油圧の1系統が故障しても、緊急事態にはならない。
2系統ロスではじめて緊急事態が宣言される。まして、4系統の油圧が全滅することなど
訓練でも想定されていない。4系統全滅の警報が出た場合、多くのパイロットは警報それ
自体を疑うという。世界を飛ぶジャンボ機パイロットの誰であろうが今まで経験したこと
のない異常な飛行は続く。


奥秩父山系は2000〜2500メートル級の山々が連なっている。
123便は、その主脈の一番深い高みへと向かっていた。


151  elyming♂  2007/01/03 23:58:00 










    〜 遠きにありて 〜



●18時51分すぎ

機体は 飛行高度1万フィート(約3000メートル)付近まで上昇した。

   航空機関士「フラップは」

   副操縦士 「下げましょうか」

   機  長 「下りない」


123便は油圧システムを失ったため、通常の操作ではフラップは展開しなかった。
非常用の代替電動システムを使う手段は残されていた。しかし、油圧駆動時と違い
展開スピードは遅く、また、左右の展開タイミングに差が出てしまう傾向があった。
そうすると左右の主翼で、揚力や抵抗にも差が生まれ、機体が横へ傾く(ロール)
運動モーメントが発生しやすくなる。それでも、正常に操縦舵が効く機体ならば
パイロットの修正操舵でロールモーメントを打ち消すことができるわけであるが
しかし、123便のようなノーコントロール状態では、この左右の非対称的特性
の運動モード発現は、深刻な飛行状況をもたらす可能性があった。

しかし、眼下に山が迫っている状況では、推力増大のみによる不安定な姿勢も
危険を感じさせるものであった。操縦室乗員は、残された操縦動翼フラップの
揚力効果と失速防止効果に期待するしかなかったのかもしれない。


152  elyming♂  2007/01/03 23:58:47 










    〜 遠きにありて 〜




   123便の最期 ―――――


123便のゆくてには、2000〜2500メートル級の山々が連なる奥秩父山系が
迫っていた。困難な姿勢制御と、失速時の急降下によって、山に墜落するのは悪夢の
シナリオであろう。これは何としても避けるべき最大の危機であった。



 航空機関士「いま(フラップは)オルタネート(代替手段)で出ていますから」

 機 長  「あったま、下げろ」(機首が上がりすぎて失速を警戒)

 副操縦士 「はい」



 ●18時53分すぎ  ――― 機体は飛行高度1万3400フィートまで上昇するが
               再び大きな降下が始まる。

               平均降下率 3000フィート/毎分 以上になった。
 

 ●18時54分12秒 ――― フラップ20°下げ

 ●18時55分42秒 ――― フラップ25°下げ


153  elyming♂  2007/01/04 00:00:01 










    〜 遠きにありて 〜




   123便の最期 ―――――


オルタネート(代替電動で)フラップを展開させた123便だったが、左右の主翼で発生する
揚力、抵抗に不均衡が生じ、機体が大きく右に傾く予想外のモーメントが発生した。
その左右の不均衡は、修正できないまま急激に高度を失う降下を招くことになった。
代替手段でフラップを出しすぎたことの代償は、あまりに大きかった。


 ●18時55分43秒 ――― 機 長 「フラップ 止めな」


 ●18時55分45秒 ――― 不 明 「あ〜〜〜」


制御困難な飛行姿勢の乱れに気づいたパイロットは、ただちにフラップを上げ始める。

だが、代替システムでは思うように戻らず、左右の不均衡が引き起こしたロールモーメントは
右への横揺れ角 50〜60°バンクとなり、機体は急降下を始めた。


 ●18時55分47秒 ――― 機 長 「パワー! フラップ(アップ)
                    みんなでくっついちゃダメだ」

 ●18時55分49秒 ――― 副操縦士「フラップアップ、フラップアップ!」

 ●18時55分51秒 ――― 機 長 「フラップアップ!」

               副操縦士「はい!」


 ●18時55分56秒 ――― 機 長 「パワーパワー! フラップ(アップ)!」

              航空機関士「(フラップを)上げてま〜す!」



操縦舵面の効かない123便にとって、これは致命的な運動モードであった。パイロットは
機体の急激な落下を食い止めようとする。しかし、操縦機能はすでに失われていて本能的に
操縦桿を引きパワーレバーを前進させるしかなかった。


154  elyming♂  2007/01/04 00:01:54 








    〜 遠きにありて 〜




   123便の最期 ―――――


非番の客室乗務員は、頭を下げながらも機内をちらっと見た。たくさん垂れている酸素マスクの
チューブの多くが、ピーンと下にひっぱられているのが見えた。マスクをつけたまま安全姿勢を
とった乗客が大半だったのだろう。そのうち、安全姿勢をとっていた座席のなかで、体が大きく
揺さぶられるのを感じた。船の揺れなどというものではなく、ものすごい揺れであった。客席の
前のほうで、女の子の「キャーッ」と叫ぶ声が聞こえた。それほどの揺れである。これが客席で
聞いた最後の人の声だったのかもしれない。


そして、すぐに急降下がはじまった。それはまったくの急降下で、まっさかさまに落ちてゆく
ような感覚であった。まるで髪の毛が逆立つくらいの感じである。頭の両わきの髪がうしろに
引っ張られるような、声も出せないような加速度を感じながの急降下だった。

客室ではもう誰一人として声が出なかった。というより墜落の恐怖のあまり出せなかったのだ。

非番の客室乗務員も『これはもう死ぬ』と覚悟を決めるほど、とにかく機体はまっすぐ落ちて
ゆく感覚の中、目を閉じたまま体全体がかたく緊張しているのを感じていた。

それまでの人生が、まるで走馬灯のように駆け巡った。しかし、それはスローモーションのような
光景が幾つもつなぎ合わさったような不思議な時間感覚であった。
数秒、数日、数ヶ月、数年・・・もう何が何だかわからない。

傷ついたジャンボ機が、確実に堕ちていることを感じていた。





 ●18時56分04秒 ――――――― 機 長 「頭上げろ!・・・頭上げろ!・・・あ〜!」


 ●18時56分07秒〜11秒 ――― 大きく右に傾く角度を深めながら急激に高度を下げ
                     始めた。落下方向への垂直加速度、速度ともに上昇。
                     機首下げは約36°右横揺れ角は約70°に達した。

エンジンパワーの増大は、速度をさらに加速させ、大きな右横揺れバンクを伴った飛行姿勢は
もはや‘航空機本来の飛行’と呼ぶには程遠いものであった。

まるで、紙飛行機が渦の中心に向かって落ちてゆくかのように右円を描きながらの急降下で
ある。そして、夕暮れ迫る奥秩父山系北部の連なる山なみが迫っていた。



http://www.youtube.com/watch?v=Ydq2H3uHfkU&mode=related&search=


155  elyming♂  2007/01/04 00:03:08 










    〜 遠きにありて 〜




   123便の最期 ―――――


飛行速度、垂直加速度を増しながら落ちてゆく機内では、すでに墜落を予感したのか
わが身の死を悟った乗客たちが、これが遺書となるかもしれないメモを手元の手帳に
したためていた。そこには恐怖、無念、感謝、愛情の気持ちが綴られていた・・・


    ギィ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン

客室ではエンジン音の増大が聞こえていたが、それに気づくよりも
急激に落下してゆく機体の加速度に耐えるのが精一杯だった。






 ●18時56分10秒 ―――  機 長 「パワー!・・・」

右バンク急降下というジャンボ機の巨大な慣性モーメントに打ち勝つすべは、もはや
無いに等しかった。まるで、渦の中心に向かって落ちてゆくような急降下であった。
夕暮れ近い山、その地表の暗闇が眼前に迫っている。



 ●18時56分15秒 ―――

  ウープウープ 『プゥゥル アップ』 ウープウープ 『プゥゥル アップ』 (引き起こせ)

    コクピットにGPWS(対地接近警報装置)の警報音と合成音声が鳴り出し
    それは墜落の瞬間まで続く。


 ●18時56分21秒 ――― 機 長 「もうダメだ・・・」

  ウープウープ 『プゥゥル アップ』 ウープウープ 『プゥゥル アップ』 (引き起こせ)


 ●18時56分23秒 ――― ガガガ(最初の衝撃音)


 ●18時56分26秒 ――― ガガガガガ(地表接触衝撃音)


日航123便 JA8119号機は、激しい機種下げと大きなバンク姿勢のまま
時速600キロメートルもの猛スピードで、樹々が生い茂る山肌に機体の一部を
接触させる。水平尾翼など機体の一部は別方向に飛び、落下姿勢はさらに乱れた。

そして、その勢いは止まらず、山の斜面と谷をおよそ500メートル程飛び越えて
地表接触から数秒後・・・


 ●18時56分30秒 ――― 山つづきの頂きから南側に張り出した尾根の中腹
               その稜線上の樹林帯斜面めがけて 激突した。

                力尽きた123便の墜落であった・・・


墜落直前、迷走飛行最期の姿勢は、まるで大きな巨人の手が、ジャンボ機の胴体をわしづかみにして
機体をさかさまに投げつけたようなショキングなものであった。




http://www.youtube.com/watch?v=iOA4GTR8wHU&NR


156  elyming♂  2007/01/04 00:04:02 










  〜 遠きにありて 〜



 ●18時57分00秒

 東京コントロール
「ジャパンエア123 ジャパンエア123  ディスイズ ヨコタ アプローチ
 コントロール オン ガード    ユア ポジッション イズ 4・・・35マイルズ
 ノースウェスト オブ ヨコタ   ユーアー クリアー トゥ ランド アット ヨコタ
 リパート  ユーアー クリアー トゥ ランド アット ヨコタ」

(日航123便へ、横田進入管制所は貴機の着陸のため警戒体勢をとっています。貴機の位置は
 横田基地の北西 4・・・35マイルにいます。繰り返しますが、横田基地への着陸に支障は
 ありません。横田基地への着陸に支障はありません。最優先で着陸できます。)
 

 ●18時57分10秒

 東京コントロール
「ジャパンエア123 ジャパンエア123  トウキョーコントロール
 え〜 もし出来ましたら、横田アプローチ ワン・ツー・ナイナ デシマル フォー に
 コンタクトしてください。」 
                ――― しかし、それは、もはや応答のない交信だった。




     ――― シアター バックグランド ミュージック ―――

              ENYA ♪ Only time





                            <第23幕につづく>


157  elyming♂  2007/01/04 00:04:36 


【 ジェット オン ドリーム 】

  〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
    <第23幕>


158  elyming♂  2007/01/04 00:05:01 



   1985年8月12日 夕刻


159  elyming♂  2007/01/04 00:05:48 










  奥秩父 十文字峠 ―――――


武蔵の国 秩父大滝村と、信濃の国 南佐久川上村を結ぶ峠である。
一帯はシラビソやコメツガなどの美しい原生林に覆われ、峠の近くには1軒の山小屋が建っている。

峠の尾根つづきは、北は三国峠 三国山 1818m(埼玉・群馬・長野県境) 両神山 1724m など
外秩父や遠く西上州の山々に連なっている。南の尾根つづきは、日本百名山のひとつとしても
知られる甲武信岳 2475m(山梨・埼玉・長野県境)そこから さらに西に尾根を辿れば 奥秩父
の主脈、国師岳 2592m そして日本百名山の一つ 盟主 金峰山 2598m など 山梨県境に連なる
秩父山系の山々がゆったりとした山容をならべて連なっている。

中部山岳に比べると、山頂付近まで森林に覆われた山が多い奥秩父山域は、どこか地味である。
だが、その森林の美しさ静けさに惹かれて、何度となく訪れる登山者もいるようである。

峠から東に下れば、武州の秩父大滝村。西に下れば信州の南佐久川上村。
南に辿れば甲州境の甲武信岳。北に辿れば上州境の三国山。それらの道が
この峠で十字に交差していることから‘十文字峠’の名がある。

つづら折りの峠道をゆくと、背負子を背負い カスリの着物を着た若い娘が家路を急ぐすがた・・・。
そんな光景にヒョッコリ出会うのではないか。などという錯覚に襲われる。‘峠’という国字から
連想するのは、そんな日本的風景なのかもしれない。


160  elyming♂  2007/01/04 00:06:31 










  奥秩父 十文字峠 ―――――


森のこずえの西の空に、淡い夕焼け色を望む頃。峠の小屋にも昔ながらのランプの
ともしびが灯る。夏休み期間中にもかかわらず訪れる人は少なく、静かな夏の日の
夕暮れを迎えていた。今夜の泊まり客らしき登山者がひとり、秩父側からの峠道を
辿って登ってきた。さっき聞こえたジェット機のような音、しばらくして聞こえた
遠い雷鳴のような音が気になっていた。深い樹林帯の中、しかも夕暮れどきの時間
とあっては、音だけで判断するしかない。



  カラカラ カラン・・・カラカラ カラン

山慣れた服装の 飛山 広端(とびやま ひろはし)は、熊よけの鈴をかすかに鳴らしながら
最後の坂を登りつめてゆく。森の中は、すっかり薄暗くなりかけている。

そろそろヘッドランプを出そうかと思っていたところ、尾根の上に出て、峠の道標を見る。
峠の反対側に降りれば信州の南佐久地方である。左に進むと今夜泊まる予定の小屋がある。
あたりは、うっそうとした森林の静寂がみなぎっている。わずかに足を運ぶと峠の小屋が
見えてきた。彼にとっては初めての小屋だ。それでも何故か、なつかしい気持ちがわいて
くるのだから、山というのは不思議なものである。
       

  バキッ スッコ〜ン カララン 

山小屋の主人は斧を振るい、夕食の釜土火を起こす薪を炊事場の横でせっせと割っていた。


161  elyming♂  2007/01/04 00:07:50 












  奥秩父 十文字峠 ―――――



 主 人 「おや、お客さん、こんな時間に到着? もうちょっと待っておくんなさい・・・」

 飛山広端「秩父側は、やっぱり山が深いねぇ・・・ところで、さっき鳴ったのカミナリかねぇ?」

 主 人 「ほう? 鳴りましたかのお?」

 主 人 「飛行機のような音なら聞こえたかのぉ? 最近、耳も遠くなりましてな(笑)」

 飛山広端「いやねぇ・・・北のほうで ドドンっていう音が聞こえたような気がして・・・」

 主 人 「んじゃ今夜は、群馬の方から ひと雨くるかねぇ・・・」

薪を割る手を休め、あごヒゲを撫でながら、木々の間に淡く残る遠い夕焼けの空を見上げた。



 飛山広端「この頃になると、山の夕立 多いですからね〜」



彼が聞いた遠い雷鳴のような音は、ちょうど北方に連なる三国山の方角から聞こえてきたものだった。
しかし、それがカミナリ雲による稲妻の音なのか否かは知るよしもなかった。


162  elyming♂  2007/01/04 00:10:58 










   〜 遠きにありて 〜   



 ●18時56分すぎ

日航123便の機影がレーダーから消失した。

その一報は、羽田の救難調整本部、各地自衛隊、警察庁外勤課、海上保安庁警備救難課
運輸省航空局、管制保安部運用課に伝えられ、やがてその情報の断片は各報道機関にも
流されていった。

米軍横田基地では、所属のC−130輸送機に捜索依頼を決定した。



 ●19時01分

自衛隊レーダーサイトからの独自の提案を受け、航空自衛隊百里基地(茨城県)から2機の
F−4EJ戦闘機が捜索任務のため緊急発進した。日本側における最初の機動飛行であった。

防衛庁上層部からの出動要請は、まだ行われていなかったが、現場上官の迅速な判断で行われた。

F−4EJが発進したあと、百里基地では、ひきつづきMU−2救難機、V−107ヘリが救助
活動のため待機中であった。しかし、通常は正式な出動命令が出ないかぎり、自衛隊は出動でき
なかった。航空自衛隊側は、何度も運輸省など要請権者に出動要請を促していたが対応は遅れて
いたのだった。


163  elyming♂  2007/01/04 00:11:40 










     〜 遠きにありて 〜


    航空自衛隊 百里基地 ―――――


百里偵察飛行団 第501飛行隊 斗来 保志一(とらい ほしいち)、日出見 栃郎(ひでみ とちお)
城屋木 吉人(しろやぎ よしと)らは、ただちに出動態勢に入った。


  百里F−4EJ 2号機前席 日出見一等空尉「コントロールチェック コンプリート」

  百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉 「チェック コンプリート」



 ▽百里F−4EJ 1号機後席 城屋木一等空尉
「ヒャクリ タワー レインボー01 02 リクエスト ゴー ゲイト」

(百里基地管制塔へ AB アフターバーナーを使用しての離陸許可願います。)


 ◆百里基地 管制塔
「レインボー01 02 ラジャ  アプルーブ エービー 
 コンタクト ディパーチャー アフター エアボーン」

(出発機 了解。アフターバーナー使用での離陸を許可する。離陸後は出発管制に連絡せよ。)


164  elyming♂  2007/01/04 00:12:49 










  〜 遠きにありて 〜


二人一組4人が乗った2機のF−4EJ 偵察機は、スクランブル発進のごとく轟音を上げて
百里基地の空に舞い上がった。アフターバーナー(AB)を点火した機影が急上昇してゆく。


 ▽百里F−4EJ 1号機後席 城屋木一等空尉
「ヒャクリ ディパーチャー レインボー01 02 エアボーン」

(百里基地 出発管制へ われわれ2機は離陸しました。)


基地管制塔のレーダースコープを監視しながら管制管が応答する。

 

 ◆百里基地 出発管制
「レインボー01 02  ヒャクリ ディパーチャー  ラジャ レーダーコンタクト
 リポート リーチング フライトレベル ツー・ゼロ・ゼロ
 バックアップ フリクエンシー ワン・ツー・ツー デシマル シックス」

(百里F−4FJ  レインボー01 02 了解 レーダーで機影を補足。高度2万フィートに
 達したら報告せよ。予備の緊急周波数は、国内航空機用共通の122.6MHZとする。)


AB点火による急上昇により一時的に燃料消費は多くなるが、短時間で高高度に達することができ
これにより目的地への飛行時間短縮が可能となる。


 ◆百里基地 出発管制
「レインボー01 アルティチュード リストリクション キャンセルド
 ポジッション トゥウェニィ・ワン マイルズ ウェスト オブ ヒャクリ
 レーダーサービス ターミネイテド、 フリクエンシー チャンジ アプルーブド
 イン エマジェンシー  コンタクト ヒャクリ オペラ アンド トウキョーコントロール
 ワン・ツリー・フォー ポント ワン・ファイブ」

(百里F−4FJ  レインボー1号機へ 高度制限を解除する。貴機の位置は、百里基地から
 西に21マイルの地点。レーダー監視を終了する。緊急時、周波数の変更は可能である。以後
 飛行部隊司令所 および 関東西セクター VHF周波数帯 134.15MHZに連絡せよ。)


165  elyming♂  2007/01/04 00:13:33 










 〜 遠きにありて 〜



 ◆東京コントロール
「レインボー01 ユア アイ・エフ・アール キャンセル
 レーダーサービス ターミネイテド、リーブ オン フリクエンシー
 コンタクト ヨコタ ツリー・シックス・ツリー ポイント エイト」

(百里F−4FJ  レインボー1号機へ レーダー誘導終了です。交信周波数を
 変更しても構いません。横田管制連絡 UHF周波数帯 363.8MHZ。)



 ▽百里F−4FJ 城屋木一等空尉
「トウキョーコントロール レインボー01 
 ヨコタ ツリー・シックス・ツリー ポイント エイト ラジャ」

(東京コントロールへ こちら百里レインボー01 横田基地 363.8MHZ了解。)



 ▽百里F−4FJ 城屋木一等空尉
「ヨコタ エアベース  ジャパンエアフォース レインボー01 02
 ウィアー フライング トゥザ クラッシュサイト オブ ジャパンネア」

(横田基地へ こちら百里F−4FJ 2機編隊 日航機123便の墜落現場に向かっています。)



その頃、米軍横田基地に向かっていた同軍C−130輸送機は、横田管制の指示と位置情報を受けながら
すでに日航機の墜落現場へと急行していた。軍事衛星等の正確な位置情報は、遭難機捜索の際にも強力な
武器となるであろう。


166  elyming♂  2007/01/04 00:15:38 










   〜 遠きにありて 〜



 ◆プーゼット・ホワイティー(米軍横田基地管制官)
「レインボウ ゼロ・ワン ロジャ、 サム シー ワン・サーティ ハーキュリー ゴーイング
 ジャパンネア クラッシュポイント、 コウション シーフィット アンド コリジョン」

 ◆プーゼット・ホワイティー(米軍横田基地管制官)
「トランスミット ア ネンパァシス アイデンティファイング シグナル 」

(百里F4EJへ 横田は了解した。なお、こちら米軍の C−130輸送機も墜落現場に向かって
 いるが、貴機も山や他の航空機との衝突に注意されたし。貴機の強調識別信号を送信されたし。)

‘シーフィット’は、突然、山などの地表にぶつかる現象を、‘コリジョン’は航空機同士の
 衝突を指している。

 日本の空域、とりわけ羽田空域の西側に壁のごとく大きな管制権領域を持つ米軍である。
 日本の空に制空権を持つ横田レーダー米軍管制管の指示は的確なものであった。


167  elyming♂  2007/01/04 00:16:25 










  〜 遠きにありて 〜



 ◆プーゼット・ホワイティー(米軍横田基地管制官)
「レインボウ ゼロ・ワン ゼロ・ツー  ヨコタコントロール エリア  キャンセル
 リストリクション  ヴィ・エフ・アール アプルーブド、 リーブ オン フリクエンシー
 アンド コンタクト ユア ジー・シー・アイ スリー・ツー・セブン ポイント フォー」

(百里F4EJへ 横田空域の飛行制限は解除しています。有視界飛行可能です。以後そちらの
 地上要撃管制 GCI 327.4MHZとの交信や、周波数の変更は構いません。)



 ▽百里F−4FJ 城屋木一等空尉
「ヨコタベース レインボウ ゼロ・ワン ゼロ・ツー ラジャ サンキューサー」



 ▽百里F−4FJ 城屋木一等空尉
「GCIコントローラー、 レインボウ ゼロ・ワン、 ウィアー ダーリングサーチ
 フライト トゥーザ ジャパンネア クラッシュサイト、 スタンバイ ディセント
 ア〜 リクエスト ポジション オーバー」

(GCI司令へ、こちら百里F−4FJ 編隊です。墜落現場への捜索飛行中ですが
 まもなく降下を開始します。飛行位置を確認したい。どうぞ。)


百里偵察飛行団 第501飛行隊 城屋木 吉人(しろやぎ よしと) 一等空尉は、フライト
ナビゲーションと同乗パイロットの交信をモニターチェックしながら有視界飛行でF−4FJ
ファントム編隊の飛行を監視する。独特のクセを持つ機体ではあるが、飛び慣れた愛機である。
ジェットの頼もしい音と振動が後尾から伝わってくる。GCI司令レーダーサイト等の情報を
受けながら、徐々に高度を下げてゆくことになる。


168  elyming♂  2007/01/04 00:18:56 










    〜 遠きにありて 〜



 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「山が近いせいか、やけに雲が出てきたな・・・」

 ■百里F−4EJ 2号機前席 日出見一等空尉
「先輩、ブリーフィングじゃ、山の方、サンダーセルの情報はなかったですよね?」

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「サンダーセルかぁ・・・マルチ(マルチセル)だろうがスーパー(スーパーセル)だろうが
 空の脅威(雷雲)はなぁ、くるときは くるものさ。」

 ■百里F−4EJ 2号機前席 日出見一等空尉
「とにかく一刻も早くインサイトポジション(墜落現場の視認位置)特定ですね。」

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「助けられる命があるのを今は信じるしかない・・・」

 ■百里F−4EJ 2号機前席 日出見一等空尉
「先輩、まさか空の脅威はないと思いますが・・・エマジェンシーコマンドのセレクターは
 マニュアル通り、ノーマルですよね?」

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「さぁなぁ・・・あの雷雨の最中のスクランブル事故以来なぁ、俺はこいつ(ファントム)と
 運命共同体だと思っているのさ。市街地への墜落を避けるため己の命を捨ててまで脱出手段
 を選ばずに死んでいった同僚の事故以来なぁ・・・」

 ■百里F−4EJ 2号機前席 日出見一等空尉
「ええ? じゃ、今回の出動も脱出セレクターいじってあるんですか?」



169  elyming♂  2007/01/04 00:19:57 










    〜 遠きにありて 〜



 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「我々の任務は国民の生命と財産を守ることだろ? ならば俺もあの事故と同じコントロール
 困難になった機体をだな、最後まで市街地を避けるべく操縦する道を選んだと思う。たとえ
 それが内規の緊急脱出手順要綱に反することだとしてもだ・・・」

 ■百里F−4EJ 2号機前席 日出見一等空尉
「ということは、先輩・・・今回、万が一のことがあったら・・・」

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「俺が愛機もろとも死を選ぶとしてもだ、前途有望な後輩の命をムダに捨てる理由はないさ。
 君が座る前席の脱出だけは可能だからな・・・」

 ■百里F−4EJ 2号機前席 日出見一等空尉
「しかしですね、先輩・・・」

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「だがな、安心したまえ。今回の出動ではノブは内規とおりノーマルのままだ。」

 ■百里F−4EJ 2号機前席 日出見一等空尉
「それを聞いて安心しましたよ。」

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「優秀な君のことだ。ゆくゆくは教導隊で活躍するはずさ。君は君なりの考えで後輩たちの
 安全教育をしたまえ。俺はじきに引退の身さ。これからは君らの時代だから・・・」

 ■百里F−4EJ 2号機前席 日出見一等空尉
「先輩・・・」




 ●百里F−4FJ 1号機後席 城屋木一等空尉
「レインンボー ゼロ・ツーの お二人さん。レディオが入りっぱなしで、ひみつの話まで
 聞こえているぞ。」

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「ゼロ・ツー 了解。モニターはツーカーでよろしく。」


170  elyming♂  2007/01/04 00:20:55 










    〜 遠きにありて 〜



 ●百里F−4FJ 1号機後席 城屋木一等空尉
「チェック スイッチング ガード」(UHF 緊急周波数 243.0MHZ 切り替えチェック)

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「ガード ノーマル」(緊急UHFチャンネル 切り替え異常なし)


 ●百里F−4FJ 1号機後席 城屋木一等空尉
「チェック スイッチング ドッグ」(VHF 緊急周波数 121.5MHZ 切り替えチェック)

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「ドッグ ノーマル」(緊急VHFチャンネル 切り替え異常なし)


目的地が接近してきた。雲の多い夜間降下を前に、先導機と僚機との間で緊急無線機能試験を行った。
この二つ(UHFチャンネル、VHFチャンネル)の国際緊急用無線チャンネルは、コクピット内の
レディオ コントロール パネルのスイッチ操作だけでチューニング可能だ。



 ●百里F−4FJ 1号機後席 城屋木一等空尉
「ゼロ・ワンからゼロ・ツー、ヘディング280、マックホールド キャンセル
 これより雲の下へ降下する。」


171  elyming♂  2007/01/04 00:21:49 










    〜 遠きにありて 〜



 ▽百里F−4FJ 1号機後席 城屋木一等空尉
「ヒャクリ オペラ、 レインボー ゼロ・ワン ゼロ・ツー  レス アルティチュード
 ・・・ア〜 エンジェル ワン・ゼロ オーバー」

(百里飛行司令へ、こちら百里F−4EJ2機編隊 え〜 高度1万フィートへ降下する。どうぞ。」



 ◆百里基地飛行部隊司令
「レインボー ゼロ・ワン  オペラ コントロール ラジャ
 ディセンド アルト ワン・ゼロ タウザンド  コウション シーフィット」

(百里レインボー 部隊司令了解した。高度1万フィートへ降下せよ。ただし地表衝突に注意せよ。)



 ●百里F−4FJ 1号機後席 城屋木一等空尉
「ゼロ・ワン ゼロ・ツー ディセンド・・・ナウ」(01から02へ 降下開始)

 ▼百里F−4EJ 2号機後席 斗来一等空尉
「ゼロ・ツー ディセンディング」(02 降下了解)



パイロットパネルにあるメイン水平儀計器と予備回路の計器が
暗闇の夜間飛行でも空間認識を得る上で重要な航空計器となる。

計器表示やパイロットの身体に異常が起きれば、空と地表と機体姿勢などの空間認識を失う
バーディゴ(空間識失調)に陥ることになる。


夜雲のすきまに見えていた、星くずをちりばめたような関東平野の街あかりは、しだいに地上から
消えつつあった。夜間の訓練飛行で慣れていることとはいえ、秩父山系一帯の夜の暗闇が、眼下に
不気味に拡がり始めていた。


172  elyming♂  2007/01/04 00:23:04 










    〜 シーフィット 〜


夜間における低空飛行、とりわけ、切り立った地形がつづく山岳地帯に分け入っての
遭難救助飛行は大きな危険を伴っている。

いわゆるシーフィット( CFIT : Controlled Flight into Terrain ) というリスクである。
これは、航空機に何ら異常がないにもかかわらず、地表や山に衝突してしまうことの航空用語で
パイロットが地形など事前の危険性を認識せずに激突してしまう現象だ。特に、雲中飛行、また
晴れていても夜間時間帯での発生頻度が高い。‘シーフィット’は、突然、山や地面に激突する
ので、全員死亡の確率が高い恐ろしい現象である。

小型機やヘリが何のSOSを発しないまま行方不明となり、捜索の結果、山中に激突している
といったニュースを聞くことがあるが、これも機体や計器のトラブル以外に、雲中や夜間での
低空飛行に多い‘シーフィット’が、かなりの確率で含まれているといわれている。

小型機やヘリに限らず、旅客機も例外ではない。

統計によると、1988年から1997年までの10年間に起きた全航空機事故の死者のうち
実に、およそ41%が、この‘シーフィット’によるものといわれている。


古い事故では、1971年の夏、札幌(丘珠空港)発 函館行き 東亜国内航空 63便 YS−11
ばんだい号 横津岳墜落事故があげられる。(※)

   (※)事故当時の夕方、悪天候による視界不良の中、函館空港上空での旋回アプローチ中
      空港から北西約15キロの横津岳に激突した。機長の体調不良説や、来日間もない
      副操縦士を含めた操縦乗員の空港周辺の航法地理や標高地形の誤認説などがある。


1990年代では ――――
1992年 タイ航空のエアバス機が、カトマンズ空港北方でヒマラヤ山系に激突した墜落事故。
1995年 アメリカン航空のボーイング757型機が、カリ国際空港手前の山に激突した事故。
1997年 大韓航空のジャンボ機が、グアム国際空港手前の丘に墜落した事故などは典型的な
      シーフィットによる墜落事故といわれている。


近年の旅客機には、GPWS(対地接近警報装置)が装備されていて、危険が差し迫った場合
パイロットに警告を発する。しかし、装備されているGPWSのタイプによっては、飛行状況
により(例えば、フラップ、ランディングギアが降りている場合)警告を発しないタイプがある。
衛星による地形走査を併用した改良型のEGPWS(機能向上型の対地接近警報装置)の普及が
望まれる。しかし、飛行の状況や地形によっては、このようなハイテク装置をもってしても
回避操縦が間に合わずに山に激突してしまうところに、‘シーフィット’の恐ろしさがある。


救助ヘリが山岳地帯を飛ぶ場合、2次遭難にも注意が必要で、特に山岳地帯では
晴れた日の日中であっても予測できない気流の変化があり、ベテランパイロット
であっても油断できないという。雲量の多さや夜間ならば地表や地形の誤認など
なおさらリスクが大きいことは言うまでもない。

気温が上昇する昼間は、谷風と呼ばれる上昇気流や雲が発生しやすい。
気温が降下する夜間は、山風と呼ばれる吹き降ろしの下降気流が発生することがある。
しかし、これも気象条件や地形で異なり、局地的な気流を予測するのは、むずかしい。
山岳遭難における救助活動において、天候や日没後といった時間帯で、その日の捜索が
いったん打ち切られることが多いのも、そのような2次的リスクを回避するからである。


173  elyming♂  2007/01/04 00:23:52 










  〜 遠きにありて 〜


 1985年8月12日 夜 ――――


 ●19時19分

米軍機C−130は、ついに墜落現場を確認した。暗闇の秩父山系にあがるオレンジ色の炎と煙は
まぎれもなく、日航機の墜落地点であった。


 ▽インプスター・トライレッサ 一等大尉(米軍C−130輸送機)
「ヨコタ レーダー、 リーパット17、 ラージファイヤー アット ナイティーン・ナイティーン
 サーティフォー マイルズ ツリー・ゼロ・ファイブ ディグリー フローム ヨコタ・タカン オーバー」  

(横田基地へ、こちら第36空輸飛行隊 C−130 リーパット17。午後7時19分 無線
 標識 横田TACAN から方位角305度、距離34マイルの地点で大きな火災を発見した。)



そして、まもなく 航空自衛隊 百里基地から発進したF−4EJファントムも墜落現場を確認した。
城屋木 吉人 一等空尉(百里基地 F−4EJ 偵察機パイロット)は興奮と落胆を抑えつつ無線で
コントロールへ連絡を入れた。

 ▽百里F−4FJ 1号機後席 城屋木一等空尉
「ア〜 コントロール、 レインボー ゼロ・ワン、 イット コンファームド ビッグ ファイヤー
 アット ザ ジャパンエア クラッシュサイト、 ポジション アバウト・・・
 スリーツー マイルズ スリー・ゼロ・ゼロ ディグリー フロム ヨコタ ボルタック」

(部隊司令へ、こちら百里F−4EJ レインボー01 日航機が墜落した現場の大きな炎
 を確認した。おおよその場所は、横田VORTAC から300度、32マイルの地点です。)


174  elyming♂  2007/01/04 00:24:38 










〜 遠きにありて 〜


 ●19時35分

当初、墜落現場は長野県側の県境付近との情報が流れていた。
長野県警では事故に関する情報の収集を各地元警察署に指示を出しはじめていた。
長野県臼田署では、南佐久郡北相木村を中心に捜索を開始した。

 ●19時45分

運輸省航空局長に、日航123便墜落の対策本部が設置され、全国の警察を所管する警察庁にも
日航機墜落情報を受けて事故総合対策室が設置された。


 ●22時ごろ

自衛隊空幕は、運輸省運用課に対して、千葉県嶺岡山のレーダーサイトから日航機が消えた位置は
北緯36度02分、東経138度41分であると連絡を入れた。




 ●19時54分

 航空自衛隊 百里基地 ―――――

 バタバタバタバタバタバタ・・・(V−107ヘリの音)

 パイロット 宇都宮 英美(うつみや ひでみ)は、すでに離陸のためのクロスチェックを終え
 基地の指令に出発の無線を入れる。

 ▽百里航空救難団救難隊 V−107ヘリ
「ヒャクリタワー ヴァイタル55 エアボーン」

 ◆百里基地タワー管制
「ヴァイタル55 リポート リーチングレベル・・・」

事故から1時間ほどのときが流れていた。しかし、政府、運輸省などからの災害派遣出動要請はなかった。
まだかまだかと出動要請を待つ航空自衛隊 百里基地では、航空救難団救難隊 V−107ヘリが離陸する。
出動要請を見越しての、いわば見切り発進であった。


20時すぎには、群馬県警 警備2課にも日航機墜落の事故対策室が設置され
その後、政府内にも対策本部の設置が決定されるが、初動の遅れは否めなかった。



175  elyming♂  2007/01/04 00:25:13 



  〜 遠きにありて 〜



  警察庁 ―――――

その頃、警察庁の外線電話に1件の情報がもたらされた。発進元は、日本アイソトープ協会であった。
設置されたばかりの日航機事故総合対策室に内線電話が鳴った。


警察庁事故総合対策室「はい、事故総合対策・・・」

警察庁渉外 担 当 者 「もしもし、対策室ですね・・・え〜、今、日航機墜落事故にからみまして
           日本アイソトープ協会から緊急に電話が入っております。外線つなぎます。」


日航機墜落事故に関係して、日本アイソトープ協会から緊急情報が警察庁に入ったのであった。


 警察庁事故総合対策室
「はい、こちら警察庁 日航123便 事故総合対策室です。」


日本アイソトープ協会 阿華野 丈皇(あかの たけおう)専務理事からの一報であった。


 日本アイソトープ協会 阿華野 専務理事
「あ〜もしもし、アイソトープ協会です。え〜至急、捜索関係機関にお伝え願いたいのですが
 ・・・日航機123便の貨物にですね、医療用のラジオアイソトープ(放射性同位元素物質)
 がですね、92個ほど、積載されております。放射能の強度や周囲への危険性はこちらでは
 判断できませんが、緊急情報として流してください。」


 警察庁事故総合対策室
「わかりました。至急、防衛庁、自衛隊、地元警察、消防団など関係部署に
 連絡いたします。情報の提供ありがとうございました。」


 日本アイソトープ協会 阿華野 専務理事
「はい、よろしくお願いいたします。」


警察庁に入ったこの緊急の情報は、東京 市ヶ谷にある防衛庁 東部方面総監部をへて
埼玉県大宮市(現さいたま市)陸上自衛隊 大宮駐屯地 化学学校(※)にも伝えられた。
しかし、実際にその情報が化学学校に伝えられたのは、翌午前2時のことであった。

   (※)生物化学兵器など、毒物に関する自衛隊研究機関の一つであり
     地下鉄サリン事件の際にも活動を行っている。



アイソトープ情報は、政府、運輸省、科学技術庁、防衛庁、自衛隊、地元警察機関等に伝達されたが
これから深夜に入る時間帯だったこともあり、連絡を受ける担当者の対応もまちまちであった。日頃
の危機管理意識の薄い部署では、担当者の対応によっては情報が末端に届くまで時間が必要であった。


176  elyming♂  2007/01/04 00:26:56 



  〜 遠きにありて 〜


 ●20時21分

長野・群馬県境‘ぶどう峠’付近をパトロール中の長野県警臼田署のパトカーから長野県警本部に
無線が入った。


臼田署パトカー「長野臼田35より県警本部へ、長野臼田35より県警本部へ」

長野県警本部 「こちら県警本部、ナガノ35どうぞ」

臼田署パトカー「え〜、現在位置 北相木村の東、え〜‘ぶどう峠’から200メートルほど群馬県側
          長野・埼玉県境方向・・・ ‘ぶどう峠’から見て南東方向にあたると思われますが
          山の上に黒煙があがっているのを確認。どうぞ。」

長野県警本部 「ナガノ35、了解しました。え〜、ゲンジョウ(現場)の黒煙視認は‘ぶどう峠’の
        南東方向、埼玉・長野県境でよろしいか?」

臼田署パトカー「え〜県警本部へ、こちらナガノ35、南東方向、三国山方向と思われます。どうぞ。」
        

この一報は、警察機関を含めた地上からの目撃としては、最初の客観的な情報であった。これを受けて
長野県警本部は、パトロール中の各警察車両や各駐在所に対して、目撃情報のさらなる収集を指示する。
現地警察官らは、ぶどう峠、および三国山、三国峠(ぶどう峠の南東方向:埼玉・長野県境)付近一帯
で事故現場の捜索や住人への聞き込み捜査を開始した。




 ●20時33分

日航機墜落から、およそ1時間半・・・運輸省 東京航空局 航空機救難調整本部 羽田空港事務所より
航空自衛隊 中部方面航空隊(入間基地)に対して、災害派遣要請が出た。これにより、航空自衛隊の
救難部隊をはじめとする航空機は、その出動根拠を ようやく手にしたが、各地に展開する陸上自衛隊
の地上師団には、この時点では まだ救援出動要請は出ていない。

群馬県内では、陸上自衛隊 相馬原 第12師団偵察隊や第12戦車大隊などが、長野県内では、松本
第12師団、第13普通科連隊情報小隊、第13連隊などが救難支援活動のための出動態勢を整えて
いたが、運輸省側からの要請はなかなか出なかった。防衛庁から運輸省への要請催促も行われていた。
その後、防衛庁内にも日航機事故への対策本部が設置される。


177  elyming♂  2007/01/04 00:27:53 










  〜 遠きにありて 〜



 関越自動車道 ―――――

午前中から続いていた お盆の帰省ラッシュはピークを過ぎていたが
夜に入っても下り線の混雑は残り、依然として流れは悪かった。

「まいったなぁ・・・まだ混んでんのかよぉ・・・」

親譲りの スカイライン ジャパン のハンドルを握る若者は、練馬インターチャンジから
本線に入ってそうつぶやいた。助手席には 今度結婚する彼女を乗せている。彼の実家で
ある軽井沢に向かう途中である。

カーショップでオイル交換したばかりで、クルマの調子は快調そのもの
だったが、とてもハイウェイクルーズを堪能する速度ではない。

それでも、ときどきクルマの流れがよくなる区間はあった。


彼氏「そろそろ、サービスエリア入る?」

彼女「そうね、実家にも遅れるって電話したら?」


今までの渋滞は、徐々に解消に向かっているようだが、愛車スカイラインは
左にウェインカーあげて高坂サービスエリアに入り込む。

駐車スペースは、この時間でさえマイカーで埋まっていた。場所さがしも、ひと苦労である。
エリア内をグルグル周ってみたが、ゼブラゾーンや路肩駐車の車にウンザリ。休憩施設から
ほど遠い北側の大型スペースに、なんとか空きを見つける。ここもマイカーで埋まっている。


  バタバタバタバタ ババババ ブ〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン ダダダダダダダダ・・・


クルマを降りて夜空を見あげると、大型のヘリらしき機影が衝突防止灯をチカチカと
点滅させながら、東の空から西の方角へ飛び去ってゆくのが見えた。南西の方角にも
何かの航空機らしき点滅光が複数移動しているのがわかった。


彼氏「自衛隊のヘリかな?」

彼女「けっこう低空飛行みたい・・・こんな時間に何かしら。」

休憩施設に向かう二人は、用を済ませマイカーに戻る女性ドライバーとその子供
そして車で留守番する家族らの会話に耳を疑った。

父親「ママ、遅かったね(トイレは)混んでた?」

母親「女子トイレ人でいっぱい、けっこう並んでいたわ。」

父親「じゃ、パパもトイレ行ってくるからさ、クルマの留守番たのむよ」

子供「ねえパパ、ヒコーキが長野の山ん中に堕ちたんだって。」

父親「ママ、ホントか? またパパをからかうんじゃ・・・」

母親「日航のジャンボみたいよ・・・さっき(施設の)中のテレビでやってたわ。」

父親「長野の山ん中って・・・まさかウチの実家の方じゃないよな?」

母親「ラジオつけてみれば? ニュースやってんじゃない?」



長野の山の中に旅客機が墜落? それも日航のジャンボ機が?・・・
にわかには信じがたい話である。

彼女「ホントかしら・・・」

彼氏「長野の山ん中だってよ・・・オレんちの近くじゃないよな・・・」

彼女「早く実家に電話しなきゃ・・・ね?」


  ブ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン


また1機、小型のヘリらしき音が、付近の夜空を通過してゆく音が聞こえた。
どうも、ただごとではないことが起きているらしい・・・

二人は駆け足で電話ボックスに向かった。



178  elyming♂  2007/01/04 00:30:14 










  〜 遠きにありて 〜



 ●20時42分

航空自衛隊 百里救難隊のV−107ヘリが墜落現場上空に到達した。

宇都宮 英美(うつみや ひでみ)航空自衛隊 百里救難隊 V−107救難捜索機ヘリパイロットは
上空を旋回しながら、現場の状況を報告する。


 ▽百里航空救難団救難隊 V−107ヘリ
「オペル コントロール ヴァイタル55 ウイ リーチド ザ クラッシュサイト スカイ オーバー」

(部隊司令へ、こちら百里救難隊 ヴァイタル55 墜落現場上空に到達しました。どうぞ。)


基地司令の管制管も、午前中から基地管制業務の激務がつづいていた。しかし、日航機墜落という
非日常的事態を前にして、疲労の色を出すわけにはいかなかった。


 ◆基地司令
「ヴァイタル55  ラジャ レイディオ コンタクト バイ ジャパニース プリーズ」

(ヴァイタル55へ 司令了解した。なお以後の交信は、日本語でお願いします。)


 ▽百里航空救難団救難隊 V−107ヘリ
「ヴァイタル55 了解しました。え〜 墜落現場は、150から200メートルにわたり
 山腹が炎上しています。え〜現場の位置は、横田タカンから299度、35.5マイル。」


 ◆基地司令
「横田TACANから299度、距離は35.5マイル 了解しました。受信はパラレル。
 以後この周波数でOKです。現場の詳細を報告できますか?」


 ▽百里航空救難団救難隊 V−107ヘリ
「え〜 現場付近上空は、捜索の航空機が集まってきている。現場への接近を試みる。」
 

 ◆基地司令
「え〜 ヴァイタル55 指令了解  空中衝突に注意されたし。飛行を十分監視するように。」


 ▽百里航空救難団救難隊 V−107ヘリ
「ヴァイタル55 指令了解・・・現場の状・・・すが・・・煙の・・・」(交信が途切れる)


 ◆基地司令
「ヴァイタル55 応答せよ、ヴァイタル55 応答せよ。」


  なぜか、しばらくの間、通信が途切れ途切れとなる。


 ▽百里航空救難団救難隊 V−107ヘリ
「こちらヴァイタル55から司令へ え〜墜落地点の状況ですが、山肌に大小の炎が上がっており
 煙が立ち込めている。距離や面積は地表の暗闇で不明。降下を試みたが、高度がつかみにくい。
 谷に入ると地形のためか、交信がうまく入らない。夜間の接近は危険と判断される。どうぞ。」


179  elyming♂  2007/01/04 00:31:02 










  〜 遠きにありて 〜



 ●20時50分

米海軍 厚木航空隊基地を飛び立った海兵隊救難チーム UH−1ヘリも、墜落現場上空に到着した。


 ▽米軍海兵隊 プリメラァ・ヒロターン一等海尉(救難機 UH−1ヘリ)
「コントロール ドラゴン11 フロム ナウ イットユースア サスペンションズ ディセント ロープ
 アンド プランズトゥ ロウワー トゥーメンバーズ トゥ ザ クラッシュィング スポット 」

(基地指令へ こちら海兵隊ドラゴン11 これより2名をロープ懸垂降下で墜落地点に降ろす予定。)


米軍のUH−1ヘリは、墜落現場付近に海兵隊員2名をラペリング(垂直降下)する計画であった。
しかし、厚木および横田の基地司令部は、事故現場からの帰還命令を出していた。


 ◆ピニン・キャメラーナ司令官(基地指令)
「ドラゴン11  ベースコントロール  ナウ ストッパ レスキュー アクティビティ アンド
 リターン トゥ ザ ベース オーバー」

(基地指令からドラゴン11へ 救助活動を中止し、基地へ帰還せよ。どうぞ。)


 ▽米軍海兵隊 プリメラァ・ヒロターン一等海尉(救難機 UH−1ヘリ)
「ベースオペラ  ホワッツ ザリーズン フォー ストッピングア レスキュー アクティヴィティ?」

(基地指令へ 救助を止める理由は何か?)


 ◆ピニン・キャメラーナ司令官(基地指令)
「ビコゥズ ジャパンネアフォース アンド アナザーエアクラフト イズ ヘディングフォー
 ザ クラッシュサイト・・・アンド ゼアイズ デンジャー オブ コリジョン オーバー?」

(日本の自衛隊などが墜落現場に向かっているため、現場上空は飛行機同士の衝突危険性がある。)


その間、米軍海兵隊や自衛隊の無線交信をモニターしながら、それまで上空で旋回待機していた
米軍C−130輸送機も 無念ではあったが、UH−1ヘリと共に基地への帰還飛行を決断した。


米軍機が墜落現場上空を離れる頃、朝日新聞東京本社ヘリ「ちよどり」が
墜落現場上空に接近していた。


180  elyming♂  2007/01/04 00:31:50 










  〜 遠きにありて 〜


123便の客室後部に座っていた非番の客室乗務員は、墜落と同時に激しい衝撃を感じ
一瞬にして意識は遠ざかった。しかし、その一瞬の時間の中で、多くのことが走馬灯の
ように頭の中を駆け巡っていた。

どれくらい時間が経ったのかは判らなかった。やがて真暗な暗闇の中で ヘリコプター
の音が聞こえた。あかりは見えなかった。しかし、音は、はっきりと聞こえていた。
それも、そんなに遠くではなかった。

『ああ、これで、助かるんだな』夢中で右手を伸ばして手を振った。

しかし、ヘリコプターの音は、しだいに遠くの方に去っていった。
もう一度一生懸命に手を振る。

  『助けて』『だれか来て』しぼるように声を上げてみたが・・・


このとき、彼女の周囲では、まだ、何人もの荒い息遣いが聞こえていた。

家族の顔や、それまでの人生など、いろいろなことが走馬灯のように再び頭を駆け巡っていた。
そしてまた、あの激しい衝撃を思い出す。意識が、また薄れていく・・・



                            <第24幕につづく>


181  elyming♂  2007/01/04 21:49:51 


【 ジェット オン ドリーム 】

  〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
    <第24幕>


182  elyming♂  2007/01/04 21:50:39 


   1985年8月12日 夜

183  elyming♂  2007/01/04 21:57:08 



夜の9時すぎ、日航は123便の搭乗者名簿を発表。
羽田東急ホテルには乗客の家族らも ぞくぞくと集まっていた。
5名の医師、看護婦を含む85名の日航派遣団が結成され、現地への出発準備に入った。

羽田東急ホテルでは、乗客の家族や親類らが日航職員に問い詰める光景もあった。

「ほんとに堕ちたのか?」「救援体勢はどうなっているんだ?」
「パイロットのミスじゃないのか?」

非番の職員も駆けつけ対応に追われたが、十分な情報が入ってこない。
満足な説明はできないまま沈痛な時間だけが流れてゆく。



そんな中にあって、まだ幼い女の子を抱きかかえ、目を真っ赤に泣き腫らした
若い母親のすがたがあった。母親は子供を床に降ろし、搭乗者名簿の中に夫の
名があったことで、気が遠くなっていくのを感じていた。

幼女「マンマ マンマ だっこ  おとうたん おとうたん どこ?」

母親「・・・みっこ・・・はい、だっこするね、大丈夫だからね・・・」

まだ何も事情を知らない幼いわが子。そのまん丸で つぶらな瞳が、涙をこらえた
若い母の顔を不思議そうに見つめていた子供・・・それが幼少の富士峰子だった。

そんな光景に、日航職員も言葉を失うしかなかった。 


日航の現地派遣団は、長野県 南牧村 北相木村方面に向けて、羽田をバスで出発する。
しかし、お盆期間中のため帰省ラッシュの渋滞に巻き込まれ到着は遅れた。


184  elyming♂  2007/01/04 21:58:30 



夜の9時半を過ぎて、ようやく・・・
陸上自衛隊に災害派遣出動要請が出され、第12師団偵察隊、13連隊情報小隊が出動。
また、航空自衛隊では、熊谷基地から地上先遣部隊10名が出発した。



 ●21時50分

朝日新聞社の報道ヘリ、地元の住民らは、正確な墜落現場の位置をつかみ始めていた。

一方で、NHKテレビは、地元住人の目撃証言として、日航機123便は長野県北相木村の
御座山(2112m) に墜落したもようと報道する。長野県警、埼玉県警のパトカーなどが集めた
目撃情報では、事故機の墜落地点は、すでに群馬側と判断していた頃である。

墜落地点の情報が混乱する中、不正確な位置の測定や、テレビ局の未確認情報
――墜落現場は長野県の御座山――に左右された捜索隊はそれに従うこととなる。

自衛隊航空幕僚本部は、千葉県嶺岡山のレーダーサイトが確認した 日航機の機影がレーダー
から消えた位置の緯度経度は「北緯36度2分 東経138度41分」であるとする情報を
運輸省運用課に連絡した。

墜落現場の位置は長野県北相木村の御座山(2112m) 北斜面に確定したという情報が、警察庁、
長野県警、自衛隊、日航に通知され、墜落現地付近で捜索を続けていた警察官らは長野県側
御座山へ移動する。

しかし、実際の墜落地点は、御座山(2112m) の東南東およそ8キロの長野県境から群馬県側
に入った‘御巣鷹山付近’であった。




 ●23時30分

情報が二転三転する中、長野県警は墜落地点の公式見解を正式発表した。

  「 現場は群馬県内、と判断している 」

この発表を受けて、群馬県警機動隊は、上野村 御巣鷹山方面に向かって捜索活動を開始する。


185  elyming♂  2007/01/04 21:59:27 


   1985年8月13日 夜明け前


186  elyming♂  2007/01/04 22:02:22 









 ●午前0時

 ピ ピ ピ ポ〜ン(時報)

NHK第一放送「午前0時になりました。ひきつづき日航機墜落関連のニュースをお伝えします。」

日航機123便が墜落して、およそ5時間が経過していた。日付は変わり、8月13日となった。

その頃、警視庁機動隊員200名、埼玉県警機動隊員222名が群馬県警に到着した。
また、防衛庁では対策会議が始まっていた。

航空自衛隊 MU−2救難機 V−107ヘリが再度、墜落現場に向けて出動する。
夜間出動の隊員らの顔にも、しだいに疲労の色が濃くなってゆく。





 ●午前1時〜2時

群馬県警、上野村役場に現地対策本部を設置。出動人員は他県からの応援を含んで
1000名以上の警察関係者が現地に集まっていた。




一方、その頃、入間基地を離陸したV−107ヘリは、墜落現場上空に到着した。
場所を計測し位置情報を防衛庁空幕に送信。

 ▽V−107ヘリ
「航空幕僚本部 こちらヴァイタル27 確認地点を報告。入間から291度、距離36.3マイル。」

その後、V−107ヘリは、着陸灯を点灯し、地上にいる車両を現場方面に誘導しようとするが失敗。
また、群馬県側 上野村にいた車両のヘッドライトを見て、県境‘ぶどう峠にいる車両’であるもの
と位置を誤認し、間違った位置情報を航空自衛隊幕僚本部に通報した。

夜間の暗闇は、パイロットの地表認識、空間認識をいとも簡単に狂わせてしまうのだった。




陸上自衛隊 第13連隊情報小隊 及び 第12偵察隊、第13連隊の本隊が、長野県北相木村に到着。
各部隊は、メディアのニュースや目撃情報をもとに、長野側にある御座山北斜面の捜索を始めていた。
また、陸上自衛隊では、この部隊とは別に、第12戦車大隊、第12施設大隊などが現地に向かって
いるところであった。しかし、各部隊とも目的地は、墜落現場ではない長野県の北相木村であった。

また、これに前後する8月13日深夜、日航派遣団の第1陣が、ようやく長野県側の南牧村に入った。


187  elyming♂  2007/01/04 22:04:11 



   東京 市ヶ谷 防衛庁幕僚本部 事故対策会議室 ―――――


 陸海空の幕僚幹部が集まり、今後の対策について深夜の会議が行われていた。

「日航123便の医療用ラジオアイソトープ搭載の件だが、同位元素の種類や放射能の
 強度や拡散状況は今のところ不明である。協会には再度詳しい情報を求めている。」

「空自、陸自とも、すでに運輸省からの要請を受けて現地に向かっているわけだが・・・」

「大宮の化学学校に災害派遣準備命令を出す予定だ。場合によっては、一時部隊の撤退や
 周辺住民の避難も考えねばならん。」

「出動している各部隊のすべてに情報は流れているのか?」

「県警では、この情報を受けて、地元消防団への出動要請をためらっているようだが。」

「現在、科学技術庁でも情報精査をしているところだ。結果が判るまでは現地も身動きが取れんだろ。」


 会議室の壁には、現場一帯の大きな地形図が掲げられ
 各部隊の動きなどが逐一報告される。


「ヘリ部隊には、ラベリングは行わないようにと指示を出してある。隊員らの被爆は
 何としても避けねばならない。」


 時計の針は午前2時を回ろうとしていた。東京市ヶ谷 防衛庁 東部方面総監部は、陸上自衛隊
 大宮駐屯地 化学学校に対して災害派遣準備命令を発動する。


     日航123便に医療用ラジオアイソトープが積載
     種類、放射能の強度は不明。人員、装備を準備し
     出動体勢を整えよ。


188  elyming♂  2007/01/04 22:05:55 










 ●午前2時半

羽田空港事務所 捜索救難調整部(RCC)から海上保安庁運用司令室に対してある情報が伝えられた。

『客室のドアが外れた場合、乗客が機外に吸い出される可能性がある。』というものであった。

その通報は、管轄する第3管区海上保安部に伝えられ、駿河湾で行動中だった巡視船「おきつ」
下田港に停泊中の「まつうら」 清水港に停泊中の「しずかぜ」にも伝えられ、深夜未明の伊豆半島
周辺沖にそれぞれが展開し、日航123便の遭難者捜索行動を開始した。漆黒色をした夜の相模湾や
駿河湾が不気味にひろがっていた・・・


189  elyming♂  2007/01/04 22:08:48 










 ●午前3時頃

群馬県警の機動隊は、群馬側林道終点(船坂山南・中ノ沢林道行き止まり地点)から、さらに奥地
長野県境側の尾根に向けて現場捜索を開始する。



 ●午前4時頃

   バタバタバタバタバタバタバタバタバタ・・・

東の空が、うっすらと明るくなり始める頃、入間基地をV−107ヘリが離陸した。
やがて空が明るくなれば、地表の確認と位置関係は、より正確に把握できるはずである。

 ▽V−107ヘリ
「司令へ  ビタル33 ナウ エアボーン ヘッディング280 墜落現場に向かう。」

 ◆基地司令
「了解。バックアップ周波数は、国内共通122.60MHZとする。他の航空機に注意せよ。
 墜落現場の詳細が判明したら報告せよ。放射能大気サンプルは、広範囲に収集されたし。」

 ▽V−107ヘリ
「オペル(司令へ) ビタル33了解。」


190  elyming♂  2007/01/04 22:10:21 










 ●午前4時半

北相木村役場付近に集結していた自衛隊約700人が‘ぶどう峠’から東へ移動する。
県警の指示の遅さにしびれを切らした地元消防団の一部は墜落現場に移動し始めていた。

   ――――― 後に、この消防団員達が生存者を発見することになる。

現場付近の山や谷は、渓流釣りや山仕事、熊などの有害駆除で入る猟友会関係者以外は
ほとんど人間が入り込むことがない山奥であった。事故現場の尾根に人跡はほんどなく
木々が鬱蒼と茂るけわしい山の尾根が続いていた。




航空自衛隊 入間基地を午前4時頃に出発したV−107ヘリは、およそ40分程で
墜落現場上空に到着した。うっすらと明るくなりつつある秩父山系の緑に覆われた
山肌の中腹に、日航123便のものと思われる機体の残骸を発見した。
やはり墜落の事実は確定的であった。

 ▽V−107ヘリ
「ビタル33から作戦司令へ。 墜落現場を確認した。位置は三国山の西3q、扇平山の北約1q
 と思われる。どうぞ。大気サンプルを収集して帰還する。」」

 ◆基地司令
「ビタル33 位置は、三国山の西3q、扇平山の北1q 了解した。」



   科学技術庁が、日航機に搭載されていた医療用のラジオ
   アイソトープは人体に支障なしとの見解を発表したのは
   午前5時前のことだった。


191  elyming♂  2007/01/04 22:11:59 










陸上自衛隊 松本連隊情報小隊14名は墜落現場を目前にしていた。

しかし、東部方面総幹部から発令された医療用ラジオアイソトープの安全情報が上官に
伝わっていなかったため、墜落現場の手前で足止めされていた。


 赤野 丈夫(せきの たけお)二等陸尉
「このまま、行くべきであります。救出を待っている生存者を見殺しにするわけには。」

 御前 地治(ごぜん ちはる)一等陸尉 部隊指揮官
「気持ちは判るが、おまえらの命は誰が守るのだ? 無防備な部隊を被爆させるわけにはいかん。」

 赤野 丈夫(せきの たけお)二等陸尉
「しかし上官、われわれの任務は、国民の命を・・・」

 御前 地治(ごぜん ちはる)一等陸尉 部隊指揮官
「ばかもん! そんなこたあ分かっておる!」


隊員らの顔にも疲労の色は隠せなかった。
ヘルメットに付けたヘッドランプバッテリーが減り、その光も心もとない。
しかし、すでに東の空は明るく、夜が明ける頃であった。


    「こちら松本連隊情報小隊、本部応答願います。」

    「・・・・・ガガ(雑音)・・・・・」

    「こちら松本連隊情報小隊、本部応答願います。」

    「山の尾根が通信を遮っているものと思われます。」


 御前 治(ごぜん おさむ)一等陸尉 部隊指揮官
「よし、場所を移動する。また上へ上がるぞ。転落に気をつけろ。」


深夜、重い装備を背負いながら、長野県北相木村から捜索活動を開始。
道なき尾根を暗中模索で進んできた。山の中の暗闇で見えない足元。
木々が茂るヤブの斜面、時には、冷たい沢の水に浸りながらの前進。
勿論、休憩地などない。思わぬ崖、苔で濡れた岩、木の根、崩壊地
前をゆく隊員が押しのける木の枝が顔面を直撃する痛さ・・・


サバイバル訓練の経験は十分積んでいたが、それでも夜の山を移動する隊員らの精神的
プレッシャーは相当である。バリバリと木々のヤブを押しのけた体はアザだらけである。


192  elyming♂  2007/01/04 22:13:59 










123便の客室後部に座っていた非番の客室乗務員は、墜落の衝撃で重症を
負いながらも、その命のともしびは失ってはいなかった。

気がつくと、あたりは明るくなっていた。うっすらと夜が明けていたのだ。
物音は何も聞こえず、周囲は全く静かになっているのを感じた。


『生きているのは私だけかな』と思ったが、声を出してみる。

『がんばりましょう』という言葉が自然と出た。しかし、周囲から返事は返ってこなかった。


昨夜、たしかに聞こえていた「 はぁはぁ 」という荒い息遣いは、もう聞こえなかった。
あとで、自分と3人の母子少女が助かったこをと聞いた。助かった彼女らも、すぐ近く
に寄り添うようにいたのだが、このときには、その気配を全く感じなかったのだった。
彼女は、再び、ウトウトと眠りに陥っていた。


   実際には、4人以外にも生存者がいたことが証言されているが、夜が明け
   翌日から始まった救出活動前に息絶えてしまったことが悔やまれた。


193  elyming♂  2007/01/04 22:14:56 



   1985年8月13日 夜明けとともに



 
194  elyming♂  2007/01/04 22:17:05 










  8月13日 午前5時 ――― 関東地方の日の出時刻を迎えていた。


航空自衛隊 入間基地ヘリの現場確認のあと、今度は陸上自衛隊のヘリ OH−6ヘリが
墜落現場付近上空に到達した。

 ▽OH−6ヘリ
「オスカー27から司令へ 墜落地点を報告する。御座山の東5q付近と思われる。どうぞ。」




午前5時半過ぎ、深夜の闇も遠ざかり、秩父山系一帯に夜明けの明るさが訪れていた。
山々の尾根は、光と影が分裂し、その地形もハッキリと視認できるようになっていた。
その頃、北アルプスなどの山岳遭難で活躍する長野県警のヘリ「やまびこ」が日航機
墜落現場を確認し、県警本部に一報を入れる。


操縦桿を握るのは、この道15年の鉄野 霧蔵(てつの きりぞう)機長であった。
長野県警ベテランレスキュー隊員、御山 参二(みやま さんじ) 綿利 登理雄(わたり とりお)も
同乗している。事故現場の惨劇に胸を痛ませつつも、山岳遭難救助の経験から養ってきた山岳地形
の的確な把握と、気流の読み、そして これからの救助活動の全体像をイメージしようとしていた。    


 ▽長野県警ヘリ
「え〜 やまびこ から本部へ。え〜墜落地点をほぼ特定しました。え〜場所は・・・
 御巣鷹山の南南東約2q、県境から東方に700m。現場は明らかに群馬県側です。」

 ◆長野県警本部
「本部了解。位置は、御巣鷹山の南南東2q、県境から東に700メートルで、群馬県側。」



195  elyming♂  2007/01/04 22:20:31 









 ●午前5時半

アイソトープの安全情報を受けて、群馬県上野村に集まっていた消防団員に
現地出動命令が流された。夜が明けるとともに、現場の位置がしだいに判明
してきていた。

陸上自衛隊 第12師団は、すでに1000名あまりの捜索人員を出動させていた。

陸自第12師団の発表では ――― 御座山東7q、南4qの地点に白い尾翼を発見。
                      さらに500メートル離れたところに黒こげ物体発見。

長野県県警本部の発表では ――― 御巣鷹山南南東2q、県境の東700mのところに墜落物体発見。
 



 ●午前6時半

現場上空を飛ぶヘリコプターから、陸上自衛隊東部方面総幹本部に現地画像が届く。
緑をたたえた秩父山系の山なみは朝の光を受け、現場の地形や位置関係が明らかになってきた。

画像を分析した東部方面総幹本部では、ヘリコプター部隊からラペリング(※)に
よって墜落現場に部隊を下ろすことを提言。これを受けて、千葉県の習志野駐屯地
第1空挺団の部隊編成が開始された。

         (※)懸垂降下:地面に垂直ロープを垂らし人員を降ろす



午前7時前、日航本社対策本部には『遺体は群馬県側に下ろした方が得策ある』とする
日航現地派遣団からの連絡が入る。




 ●午前7時頃

群馬県警 機動隊40名は、群馬県上野村地方猟友会会長の案内によって本谷林道から
現場へと向かった。これと平行して、上野村消防団の全分団も、中ノ沢と本谷の2つ
の林道に分かれて現場に向かった。またこれとは別に 陸上自衛隊 松本連隊情報小隊
14名が長野県側から県境越えで現場付近の山に向かっていた。




 ●午前7時半

 日本航空本社事故対策本部に警察庁から連絡が入った。

      遺体は群馬県側に下ろす。
      検死は上野村小学校で行う。
      遺体の安置場所は藤岡市民体育館。
      遺族休憩所は安置所付近に設置予定。



196  elyming♂  2007/01/04 22:23:45 










 ●午前8時前

陸上自衛隊 第1空挺団のヘリが習志野駐屯地を離陸する。
この部隊には73名の隊員が乗っていた。




一方、墜落現場への隊員降下を検討していた長野県警ヘリ「やまびこ」は、墜落地点である
尾根周辺の地形その他を総合的に判断しながら、レスキュー隊の垂直降下地点を探していた。

       ブルルルルルルルルルルルルルルルルル

ヘリ機体のローターが回転する音と振動は、いつものことだ。
コックピットの丸いグラスエリアには、奥秩父山系の緑深い山なみが拡がる。
眼下は長野・群馬・埼玉県境の三国山。その北方に見える墜落地点は、山肌がV字上に剥げて
いまだに煙が立ち昇っている。南側には2500m級の山々が連なる奥秩父山系の主脈があり
目を東の方角、埼玉県側に転ずれば、ゴツゴツした異様な岩尾根を持つ‘両神山’が見える。


       ブルルルルルルルルルルルルルルルルル


ヘッドフォンマイクを通じ、パイロットとレスキューとの間で、降下地点を検討する会話が飛び交う。



 綿利 登理雄 レスキュー隊員
「機体の残骸付近は、まだ煙上がっているしね。再炎上の危険性あるんじゃないかね。」

 御山 参二 レスキュー隊 隊長
「機体の残骸付近を避けて、墜落現場から下流側にある谷から上をせめてみるか?」


       ブルルルルルルルルルルルルルルルルル


 鉄野 霧蔵 機長
「今のところ、気流は安定してるよ。午後は上昇気流や雲出るな。午前中が勝負じゃないか?」

 綿利 登理雄 レスキュー隊 隊長
「御山隊長の言う通り、あの尾根から東側に下った谷ぞいに接近しましょうか?」

 御山 参二 レスキュー隊 隊長
「鉄野キャプテン どうだろう? あのあたりで・・・」

 鉄野 霧蔵 機長
「OK やってみよう。ウィンチ準備いいね。よし、いくぞ!」



197  elyming♂  2007/01/04 22:28:06 










鉄野機長は、墜落地点の東側に落ち込む谷沿いに向かって慎重に高度を下げてゆく。
さらに高度を落とし、煙をあげている墜落地点の尾根が左後方に遠ざかる。



 鉄野 霧蔵 機長
「よし、ラペリングポイントだ。二人とも慎重に頼むぞ。」


     バタバタバタバタバタバタバタバタバタ


機体は、空中でホバリングし、まず綿利レスキュー隊員が必要装備を背負い懸垂ロープを
伝わって降下した。ついで御山レスキュー隊長が懸垂降下した。周囲に茂る雑木の枝々が
ヘリの回転ローターの風圧を受けて激しく揺れる。

沢沿い近くの地面に降り立った2名の隊員は、親指を出した片腕を大きく上に振り上げ
降下完了と懸垂ロープの引き上げサインを出す。ウィンチを操作する隊員もOKサイン
で応え懸下ロープを引き上げてゆく。



 ▲御山 参二 レスキュー隊 隊長
「え〜 こちら長野レスキュー やまびこ レシーバーの受信感度いかがですか?」

 ▽長野県警ヘリ「やまびこ」
「長野レスキュー 感度良好です。尾根の影に入ると、おそらく受信できないので
 ヘリが見える位置で上空待機する。どうぞ。」

 ▲御山 参二 レスキュー隊 隊長
「レスキューから やまびこ へ  了解。 生存者の発見など、現況に変化あるまで
 送信を停止する。そちらは、受信待ち待機のままで お願いします。」

 ▽長野県警ヘリ「やまびこ」
「御山隊長、了解。健闘を祈る。」


2名のレスキュー隊員は、沢沿いにそって上流に移動していった。
谷ぞいの鬱蒼と茂る木々の木立ち越しに、煙を上げる墜落地点の山尾根が右奥に見え隠れする。





 ●午前9時前

陸上自衛隊 習志野の第1空挺団のヘリ部隊は、墜落現場上空に到着した。事故現場の尾根上に
直接ラペリング降下を開始する。隊員73名全員の地上降下が完了したのは、降下を開始して
からおよそ1時間後のことであった。

隊員の降下と平行して、現場付近の生存者捜索が開始されたが、機体残骸の損傷は激しく
生存者の痕跡は、とても見当たらなかった。

第1空挺団から陸上自衛隊幕僚本部に「降下地点、目下生存者なし。」と報告が入る。



198  elyming♂  2007/01/04 22:32:10 










 ●午前9時20分

陸上自衛隊 松本連隊 情報小隊14名が墜落現場直前に到着した。
部隊は、アイソトープ放射能情報により本隊300人と合流するまでの間、待機していた。
現場を目前にして動きがとれなかったのである。この間、東部方面総幹部からは、医療用
ラジオアイソトープの無害情報が発令されていたが、情報がただちに現場の指揮官に伝達
されなかったためであった。




 ●午前9時25分

長野県警レスキュー隊 御山隊長と綿利隊員は、山の斜面に機体の一部が落下しているのを見つける。

 長野県警レスキュー 御山隊長「これは、ジャンボの尾翼だな。どうして、こんな所にあるんだ?」

 長野県警レスキュー 綿利隊員「形からして水平尾翼でしょう。ヘリに連絡入れましょう。」


長野県警レスキュー隊の2名は、JAL123便の水平尾翼の落下地点を発見する。
場所は機体本体が墜落した地点から東に500メートル程離れた谷底に近い尾根の斜面だった。

のちに、この水平尾翼は墜落直前の地表との接触で、胴体部分とは違った方向に飛ばされた
ものであることが判明した。この水平尾翼は最終激突墜落地点の1キロ以上手前の斜面から
機体主要部の飛行方向とは別方向(右斜め前方)に900メートル程飛んだのち、この谷底
付近の斜面に落ちたものと推定された。




午前9時半、群馬県上野村の消防団第5分団は、ふもとの谷を辿りながら徒歩で墜落現場に到着した。
すでに多くの自衛隊員らが集まっていた。

第5消防分団長 肩菜 重市(かたな しげいち)、消防副分団長 埼玉 浜男(さきたま はまお)
本願 多力(もとねがい たりき)らは、現場の惨状に驚きつつも一行の消防団員らに生存者の捜索
を指揮する。尾根上に激突した機体は 逆デルタ状に左右に拡がっているようである。尾根の右斜面
下方にも、数百メートルにわたって機体の残骸が飛散していた。


  肩菜 重市 第5消防分団長 「下の方にも捜索範囲を広げる。いいか、あきらめるなよ。」

  埼玉 浜男 第5消防副分団長「よ〜し、右手の斜面を降りるぞ。」

  本願 多力 第5消防団員  「お〜い、誰か〜声出してくれ〜! 手振ってくれ〜!」


  ハッピ姿の消防団員らは、懸命に声を上げながら足場の悪い斜面をズルズルと下ってゆく。
  午前10時すぎには、群馬県警 機動隊も墜落現場に到着する。





 ●午前10時40頃

長野県警レスキュー隊の2名は、墜落現場近くに到着した。彼らは沢に降りる途中で
上野村消防団と合流。足場の悪い中、ひきつづき生存者の捜索を続ける。

一方、陸上自衛隊 第12師団第3次偵察部隊の2名、第1次隊の2名も墜落現場に到着した。
その後も現場には、時間を追うごとに捜索人員や報道関係者などが入り始め、本格的な捜索と救助活動の
下地が整ってゆく。こうして空から地上から、さまざまな組織の人間が墜落現場に多数集まりつつあった。



199  elyming♂  2007/01/04 22:33:33 



   奇  跡



200  elyming♂  2007/01/04 22:37:08 








 ●午前10時54分

 御山 参二 レスキュー隊 隊長
「お! そこで誰か手上げているぞ! 生存者だ! 生存者がいるぞ!」


確かに小さな声の反応もある。にわかには信じがたいことだったが
それは長野県警のレスキュー隊が、生存者1名を始めて発見した瞬間であった。
山の斜面を削るように散乱する機体残骸の破片になかば埋もれたような状態である。




 長野県警レスキュー隊員(綿利 登理雄 )
「わかった、わかった、いま、いくから。よく がんばったね。いいから、そのまま安静にしていて。」

 ▲長野県警レスキュー隊長(御山 参二 )
「え〜こちら長野レスキュー 午前10時54分 生存者1名発見。場所は激突地点の北東側下方斜面。
 意識はハッキリしているが、応急処置が必要。至急、医師団の派遣を要請する。やまびこ、どうぞ。」

 ▽長野県警ヘリ「やまびこ」機長(鉄野 霧蔵)
「やまびこ から長野レスキューへ  生存者1名発見了解! 本部に医師の派遣要請を連絡する。」



 ▲綿利 登理雄 隊員
「え〜、やまびこ、また自衛隊には、こちらからも生存者の搬送要請を行う予定。」

 ▽長野県警ヘリ「やまびこ」機長(鉄野 霧蔵 )
「やまびこ、了解。医師団は、ヘリで輸送することになると思う。」

 上野村消防団長(肩菜 重市)
「お〜い! こっちに生存者が見つかったぞ! こっちだ、こっち!」

 陸上自衛隊 第12師団偵察部隊
「おい!生存者見つかったぞ! 至急、上の空挺に連絡しろ! 担架の搬送準備もだ!」




 ●午前11時00分 ――――― 上野村消防団は、陸上自衛隊 第12師団偵察部隊と合流。
                      自衛隊部隊は尾根の上にいるヘリ空挺団に生存者発見を連絡する。

 ●午前11時03分 ――――― 長野県警レスキュー隊員は、ほぼ同じ場所で さらに2名の
                      生存者を発見する。

 ●午前11時05分 ――――― 長野県警レスキュー隊、上野村消防団は、ほぼ同じ場所で
                      さらに1名の生存者を発見する。



これで、生存者の数は、計4名になった。少女2名、そのうちの母親1名、非番の日航客室乗務員1名。
いずれも、すべて女性であった。惨状を呈した墜落現場で一命をとり止めたことは、誰もが奇跡に思えた。
4人の生存者は、いずれも胴体後部客室に座っていた。



201  elyming♂  2007/01/04 22:43:44 










半ば逆立ちしたような飛行姿勢で尾根上の山肌に激突した123便であったが、激しく破壊した
機体中央部とは別に、胴体後部は墜落の衝撃でちぎれ、さらに尾根を数百メートル飛び越えて山
の斜面をえぐるように尾根右奥の沢底付近まで滑り落ちていた。この破壊形態が致命的な衝撃G
を緩和し、炎上の範囲も逃れられたのであろうか。生存者は、ほぼ同じ場所で発見されている。
座席に固定されたまま、破壊された機体の残骸とともに落葉や地肌の堆積物に埋もれていた。



 ●午後12時30分 

日赤の医師1人、看護婦3人がヘリコプターで墜落現場の尾根に到着。
生存者4名の応急処置を始める。


これに先立つこと、午前10時前には藤岡公民館に日航機事故対策本部が設置され
正午前には現地からのテレビ局生中継が可能となっていた。



 ●午後1時半

現場で応急処置を受けた生存者4名のヘリコプターつり上げ収容搬送作業が
始まった。自衛隊ヘリ、東京消防庁ヘリに収容される救出シーンは、テレビ
でも生々しく放映された。





       バタバタバタバタバタバタバタバタバタ


自衛隊ヘリのローターが巻き起こす風の下で、まず、4人の中では負傷の程度が比較的軽かった
少女が自衛隊ヘリで吊り上げられた。

機体を安定してホバリングさせるパイロットも、日頃の訓練以上に慎重な操縦であろう。
救助用具と自衛隊員の両手両足によって、しっかり体をサポートされた少女の体。
それがゆっくりと吊り上げられて無事ヘリの中に収容される。

現場にいる人間はみな息を呑みながら、それを見守った。

つづいて、もうひとりの少女とその母親、そして非番客室乗務員の残る3名もヘリに収容された。
最初の少女よりも重症と判断され担架が使用された。ヘリに吊り上げられる担架が回転しながら
ゆっくりと上昇する。それを下から見守る自衛隊員、県警隊員、レスキュー隊員、地元消防団員
医師団、報道陣など。これで墜落現場から4つの命の救出と救急搬送がほぼ成功したことになる。
何という奇跡であろうか。

緑おおう木々をなぎ倒し、焦土と化したジャンボ機の墜落現場という惨劇の中にあって
それは一抹の光を感じる光景でもあった。しかし、多くの尊い命を失ったということは
現場の惨状を知った人にとって厳然として動かぬ事実であった。




運輸省 航空事故調査委員会は、この日(8月13日)のうちには、事故調査を始めないことを
決定した。夕方 ―――― 長い一日が暮れようとしていた。群馬県警機動隊は、現場での作業を
終了させた。その間、自衛隊部隊は、墜落現場での生存者救出と遺体搬送のためのヘリポートの
建設など、ひき続き徹夜で作業を続行した。

そして、御巣鷹山の尾根 墜落現場に ヘリポートが完成したのは
事故から二日目の8月14日早朝であった。



202  elyming♂  2007/01/04 22:52:11 










 8月13日 夕刻 伊豆半島周辺海域 ―――――


 ●午後6時時10分

 海上保安庁東京湾海上交通センターに一報が入る。
 相模湾で試運転中だった自衛艦「まつゆき」からの連絡であった。

「え〜、こちら‘まつゆき’・・・相模港の居島灯標から方位246度、8.1海里の地点で
 航空機の破片らしいものを発見しました。ひきつづき、捜索活動を行います。」



この時発見されたのは垂直安定板(尾翼の一部)で、この後、下部方向舵の一部と
APU(補助動力装置)のエアダクトが発見された。

この他に巡視船「おきつ」「まつうら」「しずかぜ」が相模湾で捜索活動をしていた。



 ●午後6時時55分

自衛艦「まつゆき」から海上保安庁東京湾海上交通センターに再び連絡が入る。

「破片を回収しました。え〜、垂直尾翼の一部だと思われます。日航機のものと思われる
 赤い鶴のマークが一部確認できます。厚さは、およそ65センチくらいで、リベットが
 打ってあります。」といった内容の詳細報告が入った。



 ●午後9時頃

館山湾にて ―― 浦賀水道航路を哨戒中だった巡視艇「あきづき」は、「まつゆき」から
回収された破片を受け取った。


 ●午後10時時40分

巡視艇「あきづき」は、発見された尾翼の一部とともに横浜港に入港。

その後、事故調査委員会の検分によって、回収された尾翼の破片は、製造番号から事故機の
垂直安定板の一部ということが判明する。



                              <第25幕につづく>



203  elyming♂  2007/01/04 22:52:54 



【 ジェット オン ドリーム 】

  〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
    <第25幕>



204  elyming♂  2007/01/04 22:55:02 










 事故から数日後、群馬県藤岡市 現地対策本部 ―――――


遺体安置所となった第1小学校体育館と市民体育館には、身元不明の遺体が次々に運ばれていた。
時間を追うにつれ、安置所に運ばれてくる遺体の多くは、離断体になっていた。検死に立ち会う
法医学の権威、帝國院大学医学部教授、司路 哉義三(つかさじ やぎぞう)医師は、それまで彼が
行ってきた数々の司法解剖や検死経験とは違った異様さを目の当たりにしていた。

時間を追うごとに、日を追うごとに収容される遺体の‘かけら’は断片ばかりになっていった。
歯型などの特徴がないかぎり、遺体特定の困難度は大きくなるばかりであった。

鉄道遺体の検死経験では、どんなにバラバラになった遺体でも集めれば一つの体になった。
だが、今回の場合は違っていた。どう集めても、一つの体にならない。しかも検体の数は
半端ではない。

棺にはドライアイスが入れられても真夏の環境下では、線香の匂いでは消せないほどの
異臭がした。時には、おえつのような声、時には、すすり泣く声、あちらこちらで上る。
身に着けていた身分証明で、かろうじて身元が判明した遺族は、棺を直視することさえ
できずに、その場で泣き崩れる。そんな光景ばかりを目にする司路医師は胸を痛めた。
もう、この場を立ち去りたい衝動にかられるほどだ。しかし検死の作業は続く・・・


205  elyming♂  2007/01/04 23:05:44 




    〜 新聞記者 〜




一方、その頃、毎朝新聞 専属記者である武藤 襟好(むとう えりよし)は 事故調査団
側近に接触をはじめていた。何か事故原因のヒントの一つでもいいから新聞記事になる
情報を集めていた。そんな矢先、ある重要な話を耳にしていた。

   『これは、スクープになるかもしれない・・・』

今までの記者生活の中でも、こんな興奮は始めてである。彼は、さっそく毎朝新聞編集局に
電話を入れようとしたが、村の公衆電話を探すのに苦労である。一軒の雑貨屋に入り、電話
を貸してくれと頼み込むことにした。

  武藤 襟好 記者「すいませ〜ん。どなたか いますか〜? すいませ〜ん。」

  雑貨屋の主人 「あいよ〜。今日は店休みだぁ〜。タバコなら表の販売機でのぉ。」

雑貨屋の主人が奥から出てきて声をかける。麦わら帽の下に日焼けした顔をのぞかせた。
この店の若息子は、日航機墜落に関係した消防団の召集に駆り出されて不在のようである。
店の裏手の納屋には、古びた農具があった。

  雑貨屋の若嫁 「じっちゃん 畑さ出かけてくるっから、ほれ、孫ほったらかしにすんな。」

  雑貨屋の主人 「はぁっ もう行くんさね? 気つけてな。」


  武藤 襟好 記者「あ、どうも。東京の新聞社のものですが、ちょっと電話を借りたいもので。」

  雑貨屋の主人 「また記者さんかい? さっきも読経新聞の人がきなさったがのぉ。」

  武藤 襟好 記者「畑じゃ、どんなもん獲れるんですかね? あれは養蚕の道具で?」

  雑貨屋の主人 「カイコ(養蚕)はのぉ はぁもう先代のじさまで止めた。」

  武藤 襟好 記者「やっぱり、野菜なんか?」

  雑貨屋の主人 「ネギに、コンニャクに、キャベツに、ま、いろいろだ。」

  武藤 襟好 記者「あ、なるほどね・・・電話借りていいですかねえ? お礼はこれで・・・」

  雑貨屋の主人 「ああ、遠慮せんで・・・おたくも はぁ、いろいろ大変だいのぉ。」


奥の居間にあるテレビから、墜落に関連したニュースの音声が聞こえてくる。
見れば墜落現場での生存者救出の録画シーンを流していた。

武藤 襟好 記者は、さっそく毎朝新聞 編集局チーフ 間山 羽一(まやま はねかず)の
専用デスクに一報の電話を入れる。



206  elyming♂  2007/01/04 23:14:19 


    〜 新聞記者 〜



  毎朝新聞 編集局チーフデスク ―――――

 ・武藤 記者
「あ、もしもし、間山チーフ? スクープですよ、スクープ。」

武藤記者は、事故調査チームの側近から漏れてきた ある内容のメモを見ながら話を進める。
それは、以前 事故機はしりもち事故を起こしており、圧力隔壁の修理を行っていたことや
飛行中にこの隔壁が破壊された可能性があるとの情報をつかんでいたのだった。



 ●間山 編集局チーフ
「ホントか? ウラ(情報の信憑性)取れてるんだろな?」

 ・武藤 記者
「事故調メンバーの側近から漏れていた情報なんで、まず間違いないね。」

 ●間山 編集局チーフ
「で、ヨソ(他の新聞社)の動きはどうなんだ?」

 ・武藤 記者
「たぶん、ウチが最初じゃないかな。」

 ●間山 編集局チーフ
「よ〜し、今夜じゅうに(事故調査委員に)直接ウラとれ。タイムリミットは・・・
 午前0時だ。ナカズリ(印刷)とハンバイ(販売)にはオレから話をつけておく。
 いいな、午前0時だぞ。タイムオーバーなら、差し替えなしでボツだぞ。いいな。」

 ・武藤 襟好 記者
「なんとか、やってみますよ。こうみえてもオレ、工学出身ですから・・・
 オレの記事で一面トップ・・・お願いしますよ。」


 ●間山 編集局チーフ
「バカ、声がでかいぞ。周りに聞こえる・・・」

 ・武藤 記者
「(小さい声で)チーフ、だいじょうぶ。民家の電話からかけてますんで。」

 ●間山 編集局チーフ
「甘いぞ。壁に耳あり、障子に目ありだからな。」

 ・武藤 記者
「はいはい、わかってますって。」

 ●間山 編集局チーフ
「一応、期待してるから、頼むぞ・・・今度、夕飯ご馳走するよ。」

 ・武藤 記者 
「じゃ、さっそく動きますんで、また・・・」



毎朝新聞の記者は、現地にほど近い万場町に宿を確保した。といっても、現地周辺の旅館は
どこも事故関係者で埋まり、ようやく見つけた宿であった。事故調査団も、ここからさほど
遠くない場所に宿泊していた。万場から西へ、長野県境方向の山奥へ国道を進めば、墜落の
現場となった上野村がある。



207  elyming♂  2007/01/04 23:16:54 









    〜 新聞記者 〜



万場の町と言えば、かつて西上州の山々を愛した登山家たちにとっても、なじみ深い宿場の
町であった。南には、二子山、叶山、父不見、両神山。北には、西御荷鉾山、赤久縄山など
その名もあまり知られていない低山がある。今では山頂付近を林道が貫いており、かつての
ような西上州らしい低山独特の渋い味わいは薄れてしまった。そのほかにも、西上州の県境
付近には、牧歌的な雰囲気を持ち軍艦のような山容をした「荒船山」ギザギザした不気味な
山容の「妙義山」など、個性的な岩山が散在している。



武藤記者は、ここ数日、事故現場の上野村、宿泊地の万場町、現地対策本部が置かれた藤岡市
などを何度となく社用車で往復していた。午後の西空を区切る山なみに高々と架かる送電線の
あたり、何かの鳥の群れが横切っている。日没前の帰巣だろうか。

その日は朝から どんよりとしていた空だったが、いつのまにかドス黒い暗雲におおわれて
今にも夕立がきそうな気配の空模様である。


  ピカッ ・・・・・ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・


案の定、雷が鳴り出していた。武藤記者は、いったん宿の旅館に戻ることにした。
一帯は、夕方から激しい夕立となった。天はまるで怒り狂ったかのように雨を降らせている。


  武藤 記者  「うわ〜 すげぇドシャ降りだ・・・」


  ピカピカッ カラカラカラ ズドドドド〜〜〜〜〜ン! ゴロゴロゴロ・・・


宿に着くなり、クルマを急いで降りて、旅館の玄関に飛び込む。
受付横のコイン電話の受話器を取り、ポケットの10円硬貨、100円硬貨の枚数を確認した。
さっそく本社の編集局に連絡を入れる。



 ・武藤 記者
「・・・そんなわけで、もうちょっと時間かかりますんで。」

 ●間山 編集局チーフ
「わかった。何なら航空に詳しい記者連中の応援出すぞ。」

 『ビー ビー ビー』(電話硬貨切れの音)

 ・武藤 記者 
「イヤ、俺一人のほうが動きやすいんでね。」

 ●間山 編集局チーフ
「そうか・・・こっちも紙面変えはいつでもできる体制はとってある。」

 ・武藤 記者
「じゃ、また・・・」(プツンと電話が切れる)

「ったく(硬貨が)落ちるのがはやいなぁ(苦笑)」



  ピカピカッ バリバリド〜〜〜〜〜ン!!!


閃光と同時に、床が持ち上がるような振動と音がして、館内は停電で真っ暗になった。
そうやら、近くに落雷したらしい。

旅館の おかみ「お客さ〜ん 停電 じきに直るから。この辺はカミナリ多いんでね。」


  ピカピカッ カラカラカラ ズドドドド〜〜〜〜〜ン! ゴロゴロゴロ・・・


武藤 記者  「ええ・・・上州名物 カミナリさまに、かかあ天下とカラっ風(苦笑)」



208  elyming♂  2007/01/04 23:18:50 








    〜 新聞記者 〜



停電はすぐに復旧した。彼は再びクルマに乗り込み、事故調査団が宿泊する対策本部近くの
旅館に向かった。フロントガラスを激しくたたく雨。ときおり稲妻が走り、雷鳴が遠く近く
響いてくる。街灯の少ない山間の道路。しかも夜の雷雨で視界は非常に悪い。

  キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ キュッ

左右 小刻みに動くフロントワイパーの音。そしてバケツをひっくり返したような豪雨。
こうなると、ヘッドライトが照らす前方もよく見えず、なすすべもない。


 『・・・こりゃ、まともに走れねえな・・・』


路肩が広くなっているところを見つた。クルマを寄せハザードをたいて停車する。
雨が小降りになるのを待つしかないようだ。そんなとき、彼はふと思った・・・


 『123便の困難から比べたら、こんな雨なんて・・・』


パイロットの顔、スチュワーデスの顔、乗客の顔が目に浮かんでくる・・・


 『クルマなら止まればすむ。空の上の飛行機の場合そうはいかないよなぁ。』

 『これは何としても事故原因を突き止めねば・・・』


  雨は30分ほどで止んだ。さっきまでの豪雨がウソのようである。
  西の山は、うっすらと薄暮の暗い空が見え晴れてきているようだが
  下手関東平野の方角では、遠い稲妻が しきりに光っていた。


 『運命の時計の針は、いったい どこで狂ってしまったんだろうか・・・』



209  elyming♂  2007/01/04 23:21:06 










    〜 事故原因 しりもち事故 〜



翌朝、毎朝新聞の一面トップは、日航機の隔壁破壊の記事で埋まった。

一方、事故調査委員会でも、事故機の残骸やブラックボックスの回収と分析をすすめ
なるべく早い時期に中間報告をまとめる方針であった。

また、事故調査委員会では、東京立川にある 航空自衛隊 航空医学実験隊 で試験を行い
事故機の気圧高度でハイポキシア(低酸素症)の影響が、実際に運航乗員にあったのか
どうかの実験や音声分析をその後に行った。


ブラックボックスに収められたFDR(デジタル・フライト・レコーダー)や
CVR(コックピット・ボイス・レコーダー)のデータは破壊されていなかった。
ブラックボックスは、1000Gの衝撃に0.011秒間耐えられ、1100℃
の高温に30分間さらされてもデーターが破壊されないように設計されている。
また、機体が海や湖に沈んだ場合でも、その位置を知らせる信号を約一ヶ月間
発信する機能がある。





このJA8119号機は、さかのぼること7年前 ―――――
1978年6月2日、大阪国際空港に着陸する際に機体後部胴体を滑走路に
接触させる‘しりもち事故’を起こしていた。その後、JA8119号機は
伊丹で応急修理が行われた。

その後、日航は、ボーイング社に事故機の修理を委託した。ボーイング社の
修理チームは、羽田空港において胴体後部の本格的な修理を行った。



自動車製造ラインの品質管理と同様、航空機製造ラインでも、人的ミスや不良品は
限りなく排除されたシステムで造られている。均一かつ高い品質管理が当たり前に
なっているが、さまざまな事故形態をもった航空機の修理となると、マニュアルが
あるわけではない。

事故車の復元修理と同様、製造ラインに比べて、はるかにむずかしい作業工程の
分析が必要となる。だから、ボーイング社の修理専門チームは、高いプライドと
誇りを持つ技術屋集団であった。

しかし、事故機の修理という作業に‘人的ミス’が入り込む余地があった。
また、その‘人的ミス’をフォローするチェック機能が働かなかった。

そもそも、修理をすることで‘ヒューマンエラー’が入り込むという概念が
不足していたのは否めない。



210  elyming♂  2007/01/04 23:25:05 










    〜 事故原因 圧力隔壁修理 〜



日航からJA8119号機の修理を委託されたボーイング社の修理チームは
しりもち事故による損傷がある胴体圧力隔壁については下半分を新規部材と
交換することとした。しかし、当初の‘修理計画’とは違った‘修理内容’
が紛れ込んでいた。


元の隔壁(上半分)と新規隔壁(下半分)とをつなぐためリベットを打っていくが
ある場所でリベットを打つスペースに余裕がなくなっていた。このため、上下隔壁
の間にスプライスプレート(四角い継ぎ板のようなもの)を挟んで接合することに
した。この修理計画のまま行われていれば、構造的にみてフェイルセーフ機能(※)
が働き、問題はなかったと考えられている。


(※)フェイルセーフ機能を分かり易く例えると、日本家屋の‘障子’があげられる。
  障子紙に亀裂が発生しても、縦横の骨組みである‘桟’が亀裂のストッパー役
  になっている。ただし‘すべての桟と障子紙が接着されていないといけない’

  圧力隔壁の場合、中心から放射状に伸びる「スティッフナー」が障子の縦桟に
  あたり、同心円状の「ストラップ」が、障子の横桟にあたる構造をしている。
  仮に機体のどこかで亀裂が発生しても、ストッパー役の構造部がそれ以上の
  損傷を防止し、点検時発見された疲労損傷は部材を交換することでフェイル
  セーフ機能を確保するという考え方である。



211  elyming♂  2007/01/04 23:26:36 










    〜 事故原因 圧力隔壁修理 〜



だが、1枚であるはずの、つなぎ役のスプライスプレートは実際は2枚に分割されていた。
これにより、下半分の新規隔壁部材とスティッフナー(放射状の補強材)とが直接接合して
いない部分が発生していた。しかも分割されて脆弱になった部分にフィレットシール(※)
が塗られていた為、外部からの点検で‘修理ミス’を見抜く事は困難になっていた。


(※)与圧の機密性を保つための上塗りペイントシール


上下の隔壁をつなぐはずのスプライスプレートは2枚に分割されたため、与圧の張力は
構造的脆弱箇所の特定のリベット周辺に集中することになる。


「事故報告書」によると ―――――
『後部圧力隔壁の修理作業が完了した後からでは、当該接続部分の縁がフィレット
 シールで覆われているために、指示とは異なる作業結果を目視点検で発見する
 ことは不可能であったと考えられる』という見解であった。



高度1万メートルを飛行する旅客機の客室与圧は、1平方メートルあたり約6トンもの
荷重になるが、地上に戻れば、その荷重はゼロになる。こうして、繰り返し荷重が加わる。
繰り返し荷重による疲労亀裂は、構造的脆弱箇所の特定リベット周辺に発生してゆくこと
になる。

この亀裂は、第2ストラップの左右両側に集中していた。この周辺では、各リベット間の
距離を100%とした場合、亀裂の発生は平均70%以上に達していたと推定されている。

外部から見える亀裂は19箇所、最大で10ミリメートルに達していたと見られる。
しかし、非常に細い亀裂であった。定期点検で発見することはできなかったのか?
それは作業内容、整備士の技量、発見の確率など、さまざまな要因に左右される。


例えば、マイカーのタイヤに小さなヒビ割れ(亀裂)を発見したユーザーが
高速走行時における危険なバースト発生の確率をどう判断するか? 
すぐにタイヤを交換するか?それともスリップサインが出るまでは
そのまま使い続けるか?(あくまで、身近な例え話である)



212  elyming♂  2007/01/04 23:27:40 










「事故報告書」は、こう述べている ―――――

『目視点検でどの程度の長さの亀裂まで発見できるかについては、亀裂の長さ・形状と
 発生部位、点検のための接近性の程度、塗装/汚れの有無、点検従事者の経験と能力
 など種々の要因が関与する。』

『可視亀裂長さ10ミリメートル程度の一つの亀裂の発見確率は、10パーセント程度と
 計算された。L18(スティッフナー番号:隔壁中心から放射状にのびる補強材の1本)
 接続部で進展していた多数の疲労亀裂のうち、少なくとも一つを発見できる確率は
 14〜16パーセント程度と計算された。』

『後部圧力隔壁のC整備時の点検方法は、隔壁が正規に製作されている場合、また、その
 修理が適正に行われた場合には、当該C整備の時点では疲労亀裂がこの部位に多数発生
 するとは考えられないので、妥当な点検方法であったと考えられる。
 しかしながら、今回の場合のように不適切な修理作業の結果ではあるが、後部圧力隔壁
 の損傷に至るような疲労破壊が発見されなかったことは、点検方法に十分とはいえない
 点があったためと考えられる。』



213  elyming♂  2007/01/04 23:29:13 









     〜 事故原因 〜



修理されたJA8119号機は、再びライン運航に復帰した。
その後、飛行時間ごとに定期整備や点検、検査が何度となく行われたが、修理後
における‘フェイルセーフ機能の脆弱性’を見抜くことはできなかった。

1978年6月〜7月。JA8119号機は、しりもち事故修理の期間中に
就航5回目のC整備(作業記号05C)を受けていた。この時の飛行時間は
8834時間であった。

1984年11月〜12月。JA8119号機は、11回目のC整備(作業記号11C)
を受けた。その時の飛行時間は2万3329時間であった。

この間の平均的な整備間隔は、およそ2416時間であった。Cチェックの整備間隔は
おおむね3000時間ごとに行うこととされていた。

修理から7年後、1万2319回目の飛行で、非情なる魔の手が忍び寄っていた・・・


日航123便の「事故報告書」によると ―――――
第1ストラップ、第2ストラップの間で破断が起こり、ついで第2ストラップの
内側で破断が起きたと推定している。破断の前に周囲が支えていた与圧の荷重は
第2ストラップ1本に集中することになり、これでこのストラップは耐えきれず
破断してしまう。1本のストラップ破断は、さらに周辺のストラップや構造部材
に与圧荷重を集中させることになり、今度は別の場所が破断する。

こうして、破断の連鎖が起こり、圧力隔壁は一瞬のうちに大破裂してしまった
と考えられている。

こうして、日航123便JA8119号機は、巡航高度2万4000フィートに
到達する直前で、胴体後部圧力隔壁が破裂したと考えられたのであった。



214  elyming♂  2007/01/04 23:32:00 









    〜 奇跡の生存 〜



墜落現場は、山の中腹、ちょうど稜線上にあたる樹林帯であった。
衝突の衝撃で樹木は、なぎ倒され、その稜線上にはX字状に剥き出しになった地肌と
大破炎上した無残な機体の残骸が燃え残った。

激突の衝撃で胴体後部はちぎれ、尾根をさらに飛び越えて右奥の斜面を滑り落ちていた。

このような惨状にもかかわらず、この胴体後部に座っていた4名が奇跡的に生存していたのは
奇跡としか言いようがない。

旅客機の座席は、耐空性審査要領により座席の強度が決められている。非常時の緊急不時着水
条件において機体構造部が損傷しても、乗客乗員を傷つけないように設計しなければならない。
このため設計強度は、座席が9Gまで、シートベルトが12Gまで耐えうる強度を持っている。

しかしながら、日航123便の御巣鷹尾根の墜落事故の場合には、衝突時に数十Gを超える
衝撃が加わったと推定されている。遺体の多くは、こなごなに離断し、身元の特定を困難に
した。座席のシートベルトで切断された遺体も少なくなかったという。また、大人の体内に
子供の体がのめり込んでいる遺体などは、最後まで子供をかばおうとしていたのだろうか。
目を覆いたくなるような凄惨な光景を前に、遺体捜索と収容にあたる隊員らの涙を誘った。



215  elyming♂  2007/01/04 23:33:40 










 〜 事故原因と真相の闇 〜


 123便の事故後 ―――――


航空会社では123便と同じ同型機B747SR100シミュレーターを使い
尾翼が破壊され全油圧系統を失った場合の再現実験を試み、有志の機長たちが
この過酷な飛行に挑戦した。

しかし、参加したベテランパイロットの多くは、この極限の状況で機体を
コントロールすることはできず、ほとんどの場合、機体を大きくダイブして
墜落してしまったのだった。

その中で、一部のパイロットは滑走路のある陸地への帰還はあきらめたが
海上着水の直前まで機体をコントロールすることができた。しかし機体は
それでも時速400km近いスピードが出ており(事故機123便は時速
600km以上)姿勢の制御は、接水時にどうなるかは全く予想できない
ものであった。



最終の事故報告書は300ページにもわたる膨大な内容であった。

限られたサンプル、フライトレコーダー、ボイスレコーダー、シミュレーションなど
その道の専門家が解析した内容は、ほぼ妥当な公式見解であろう。しかし、現在でも
これに対するさまざまな見解があり、事故原因、事故調査への疑念がは、すべて払拭
されているわけではない現実がある。


123便は、爆発音発生以前から何らかの異常な状態(それが何であるのかは明確ではないが)
をかかえていたとする説。また、垂直尾翼の損失は、胴体圧力隔壁の破裂以外に、何かの飛行
物体との衝突(無人標的機など)によるものであるとする説などなど・・・




                     <第26幕につづく>



216  elyming♂  2007/01/04 23:34:20 



【 ジェット オン ドリーム 】

  〜 夢幻飛行 第2部 〜
  
    <第26幕>



217  elyming♂  2007/01/04 23:36:26 










   〜 遠きにありて 〜




 そして、再び 8月12日。

 群馬県 上野村 御巣鷹の尾根 ――――― 


あの忌まわしい事故が起き、昇魂した人たちの命日である。
時は昭和から平成へと年号が変わり、すでに20年もの歳月が流れていた。

墜落事故の修羅場と化した尾根の中腹は、きれいに整地され、遭難慰霊碑に献花と祈りを捧げる
人が絶えない。あの夏の日の遠い記憶は、静かな焼香の煙の中で、その時を封印されているかの
ようであった。年老いた老夫婦、無邪気に遊ぶ幼児のすがた、赤ん坊を抱く若い夫婦、さまざま
であった。

  「おじいちゃ〜ん だっこしてぇ〜♪」 「はいよ〜♪」


冷酷すぎる宿命の歯車が動いてしまったあの日、何事も起きなければ、今頃はきっと
かわいい孫たちに囲まれた幸せな余生を送っていた人もあっただろう。絶え間ない時
の流れの中で、いつしか遺族の世代も変わろうとしているのだろう・・・

そんな慰霊登山の人たちが行き交う山道は、ふもとの谷から事故現場へと
きびしい登りが続く。




日航機墜落事故後に切り開かれた登山道は、ところどころ夏草が茂り、コケむした岩角や木の根が
20年という歳月を感じさせつつも、この命日の日に行き交う遺族たちを静かに見守っているかの
ようであった。登山道の維持管理を行ってきた地元ボランティアの方々にも高齢化が進み、山道の
手入れも行き届かなくなってくるのだろう。ひとたび、台風や大雨などで登山道が荒れてしまうと
その手入れは大変な労力を必要とするものである。

ポツリ ポツリ と行き交う人々の中に、事故で父親を失った 富士 峰子 と、その母親のすがたが
あった。杖をつきながら一歩一歩足をあゆむ母をいたわるしぐさ。やはり、親子の絆であろうか。

そして、その光景を、ひたいの汗をぬぐいながら、木かげから見守る婦人がいた。かたわらには
壮年の男性もいる。彼女は、123便で殉職した故機長夫人であった。

かたわらの男性は、その後輩にあたるJANAの現役機長、雄山 参二(おやま さんじ)である。



218    2007/01/04 23:37:34 
<この発言は削除されました>
219    2007/01/04 23:41:22 
<この発言は削除されました>
220  elyming♂  2007/01/04 23:42:44 

━━━━━━ シアター間奏曲 ━━━━━━


   ♪少年時代

          歌:井上 陽水





221  elyming♂  2007/01/04 23:45:43 









   〜 遠きにありて 〜



故機長夫人「・・・雄山さん、胸がつまりますわ・・・」

雄山参二 「ですね。・・・あの彼女、JALのCA訓練生に内定していましてね・・・
       いずれ、われわれのJANA機にも乗務するんじゃないかと・・・」


そばで二人の会話を聞いていた遺族らしき人が、声をかけてきた。
同伴しているのは実の娘だろうか。小さな赤ん坊を背負っていた。


遺 族  「あのう、航空会社の方で・・・?」

雄山参二 「ええ、そうですが・・・ご遺族の方ですね。」

故機長夫人も、伏せ目がちに挨拶をした。    


遺 族  「妻とこいつ(娘)の兄が事故機に乗ってましてね・・・」

雄山参二 「・・・」

遺 族  「仲のいい兄妹でしたから・・・亡くなった二人は、比較的きれいな体だったんで
       すぐにわかりましたけどね・・・こいつ(娘)のショックは相当だったでしょう。」

故機長夫人「・・・」

遺 族  「おにいちゃん、おにいちゃん って夜中じゅう泣きじゃくっていましてね。そんな
       こいつも、もうご覧の通り1児の母ですわ。(苦笑)」

故機長夫人「・・・ほんとに申し訳ありません・・・」深々と頭を下げる婦人・・・

遺 族  「・・・!?・・・何も、あなたが謝らなくても?・・・ええ、まさか!?」

雄山参二 「・・・実はですね、この方、その便でキャプテンだった機長の奥さんなんですよ。」

遺 族  「え! やっぱり、そうなんですか!」

雄山参二 「あ、余計なこと言ってしまいましたか・・・」

故機長夫人「はじめまして・・・娘さん、ほんとにごめんなさい・・・」



しばらく、無言の時間が過ぎていた。
近くで小鳥のさえずりがしている。遠く沢の流れる音も、かすかに聞こえる。
木々が風にふるえる音も聞こえてくる。

静かにしていると、山は一見何の変化のないようで、生きとし生けるものの
気配が感じられるものである。

重い口を開いたのは遺族の方であった。



遺 族  「そうでしたか。そういえば、ボイスレコーダー 以前テレビ局にスクープされましたね。」

雄山参二 「ええ、運輸省の方針だったと思いますが、レコーダーの破棄が決まったあとのことでして
       ・・・その音声レコーダーがですね・・・この婦人宅に匿名で送られてきましてね・・・」


遺 族  「じゃ、最初にそれを聞いたのは、こちらの奥さんが?」

故機長夫人「はい・・・丁寧な手紙が同封されておりました。事故を風化させずに、これを役立たせて
       広く伝えてくださいと書いてありました。」



222  elyming♂  2007/01/04 23:49:48 












   〜 遠きにありて 〜



雄山参二 「CVR、あ、いや、ボイスレコーダーを破棄するとの当時の運輸省方針に反発した
       心ある内部関係者がいた、ということでしょうね・・・それが‘事故調’メンバー
       の方なのか、それとも運輸省内部の方なのかは、わかりませんが・・・」


故機長夫人は、それに小さくうなずき、静かに語り始めた。


故機長夫人「送られたテープを、さっそく再生してみて驚きました・・・あまりにも鮮明な
       音声だったもので・・・すぐに主人の・・声・・だ・・と・・・」


言葉は、涙で声にならなかった・・・


遺 族  「そうですよねぇ・・・私もねぇ、今でも妻がひょっこり玄関をあけて帰って
       くるんじゃないかと・・・今思うと、いつも、ケンカばかりしてましてね
       もっと優しい思いやりのある夫でいればよかっ・・・た・・・と・・・」


彼も言葉は、涙になった。
会話を進めてゆくうちに、4人とも思わず目頭にタオルを当て、あふれる涙をおさえた。



遺 族  「正直言って、事故の直後は‘パイロットは何をしてるんだ!’っていう
       何と言うかやるせない気持ちで一杯でしたが・・あの公開された音声
       聞いて始めて・・・・最後の時までパイロットや乗員の方々が懸命に
       職務をまっとうされていたんだと知りまして・・・言葉がでません。」

故機長夫人「娘さん・・・ほんとにごめんなさい・・・」

遺族の娘 「いえ・・・若かった頃の兄とは、今でも夢の中で逢えますから。(微笑)
       ・・・ず〜っと、いつまでも逢えますから・・・」


故機長夫人「ほんとに 申し訳ありません・・・」

遺 族  「・・・いいぇ、奥さん、思いは同じです・・・どうか、お体に気をつけて・・・」

故機長夫人「はい、ありがとうございます。」


遺 族  「では、私どもはこれで・・・お二人とも、お元気で。」


故機長夫人と雄山参二は、遺族に深々と頭を下げ、その場を離れた。
男ながらに気恥ずかしいほど目の奥を赤く泣き腫らした雄山三二であった。
故機長夫人や遺族の気丈なすがたを見ると、わが胸が痛むのをどうすることもできないでいた・・・

二人は、再び、遭難慰霊碑への長くけわしい山道を歩き始めていた。

山あいの はるか雲上の高空を巡航するジェット機のカン高い響きだけが
あたりの静寂を破っていた。







     ――――― シアター間奏曲 ―――――


       ♪涙そうそう
               歌:夏川りみ



223  elyming♂  2007/01/04 23:50:41 



   東京国際空港 羽田 午後7時45分



224  elyming♂  2007/01/04 23:52:43 










   〜 もう一つの再開 〜


   羽田ビックバード 旅客ターミナル ――――



故機長夫人「白矢キャプテン、お忙しいのに、こんな所へ呼び出したりして、ごめんなさいね。」


白矢義参 「あ、いやいや・・・今日は深夜のチャーター便ですんでね、フライトまでは
        まだ時間がありますんで、気にせんでください(笑)」

故機長夫人「あれから、もう羽田には来ないつもりでしたの・・・でも、こんなにキレイに
        変わっていたんですね。」

白矢義参 「でしょう? ここビックバード オープン前の機材移動、つまり飛行機なんかの
        お引越し大変だったですよ。グランドなんか徹夜がかりで(笑)」

故機長夫人「グランドの方々も大変だったんでしょうね。ちょっと作業が遅れれば
        翌朝からの運航に即影響ですものねえ。」

白矢義参 「東京も、けっこう変わったでしょう? あ、そうそう・・・よろしければ
        空港の喫茶でコーヒーでも飲みますかね?」

故機長夫人「あ、そうですね・・・でも、お時間、大丈夫?」


白矢義参 「え、余裕持ってショウアップにのぞんでいますんで、はい(笑)・・・
        これも亡くなった先輩、いやキャプテンに仕込んでもらったおかげで(笑)」

故機長夫人「白矢さん、その明るさ、昔とちっとも変わってないですわ(微笑)」

白矢義参 「え? そうですかねぇ・・・ちょっとは成長したつもりなんですがね(笑)」



二人は、JANAのグループ会社が運営する旅客ターミナル内にある喫茶室で席を共にした。
空港カフェの窓辺には、色とりどりの光を散りばめた夜のエアポート風景があった。





   ☆☆☆☆☆ シアター バックグランド ミュージック ☆☆☆☆☆ 

       ♪見上げてごらん夜の星を

               歌:平井 堅 ( with 坂本 九 )



225    2007/01/04 23:58:13 
<この発言は削除されました>
226  elyming♂  2007/01/05 00:00:02 










   〜 もう一つの再開 〜


   羽田ビックバード 旅客ターミナル ――――


故機長夫人「へぇ〜 すてきな眺めなんですねぇ。」

白矢義参 「でしょう?(笑)」

故機長夫人「白矢さん。で、今夜のフライトは、どちらの方へ?」

白矢義参 「今夜のフライトはね、チャーター便ですよ。インチョン経由のグアム行きですよ。
        グアムはILSがロ=カライザーアプローチに変更されていることがありますから
        CFITには要注意ですがね(苦笑)」

故機長夫人「ええ、亡くなった主人も、よく‘夜のグアムは危ないな’って話しておりましたわ。
        春さきの‘香港 カイタック’もパイロット泣かせだったとか。」


白矢義参 「ま、今夜のフライトプランだと、グアムに着く頃には夜が明けてますけどね。」

故機長夫人「じゃ、そのまま、ホテルへ直行して、バタンキュですね。」

白矢義参 「そのとおり(笑) ま、人間、夜昼逆になるのは長生きしませんね(苦笑)
        これも好きで選んだ道ですから(苦笑)・・・」

故機長夫人「そうですね・・・主人も私も不規則な生活だったかもしれませんね。」



白矢義参 「事故の2年前でしたか・・・丹波キャプテンの香港カーブランディング
        見事なものでしたよ。私は、まだ副操縦士のヒヨッ子でしたが(笑)」

白矢義参 「亡くなられたキャプテンには、よく叱られましたよ、羽田の早朝訓練でもね。」




昔は、早朝の羽田でもタッチアンドゴーやサークリングアプローチ(場周回経路進入)などの
訓練飛行が見られた。

現在の羽田空港ビックバードは、旧羽田空港の沖合い事業に伴って拡張移転されたものである。
以前の旧羽田飛行場では、定期便が運航する前の早朝時間帯に、副操縦士や機長の昇格訓練の
ための離着陸のタッチ・アンド・ゴーや場周回経路飛行シーンを見ることができたが、今では
それも昔がたりになった。

白矢 義参は、羽田で訓練飛行が行われていた当時、副操縦士から機長への昇格訓練期間中であった。
彼とって123便で殉職した機長は、かけがえのない先輩パイロットの一人だったのである。




白矢 義参「今じゃ、下地島(南西諸島)や、モーゼスレイク(米国)のローカル訓練じゃ
        指導する側の立場ですからね(笑)」



227    2007/01/05 00:03:59 
<この発言は削除されました>
228  elyming♂  2007/01/05 00:05:25 










      ピンポンピン パ〜ン



『羽田空港ビックバードより、現在出発を予定しております便のご案内をいたします。』

『19時40分発 日本航空 951便 小松行きは、只今ご搭乗手続き中です。』

 ☆この便は、ボーイング747−400D型機。パイロットは ―――
  小松 方名(こまつ ほうみょう)機長、日出見 栃郎(ひでみ とちお)副操縦士。



『19時50分発 ジャパン エアネット アライアンス 369便 福岡行きは
 只今ご搭乗手続き中です。ご利用のお客さまはお急ぎください。』 
      
 ☆この便は、ボーイング777−300型機。パイロットは ―――
  来賀 鉄蔵(くるが てつぞう)機長、仁屋 悟郎(にや ごろう)副操縦士。



『20時00分発 ジャパン エアネット アライアンス 1037便 大阪行きは
 只今ご搭乗手続き中です。』

 ☆この便は、ボーイング777−200型機。パイロットは ―――
  喜多野 大知(きたの だいち)機長、江里 広司(えざと ひろし)副操縦士。

        (※このあと、この便が物語りの主役になる予定)





『20時05分発 全日空 3011便 高松行きは、まもなく、ご搭乗の手続き
 を行います。ご利用のお客さまは、ANA出発カウンターにお越しください。』

 ☆この便は、エアバスA320型機。パイロットは ―――
  四国 家夢(しのくに いえゆめ)機長、ロータスフォース・カンツリーヌードル 副操縦士。



『20時10分発 日本トランスオーシャン航空 7053便 岡山行きは、まもなく
 ご搭乗の手続きを行います。ご利用のお客さま、出発カウンターにお越し下さい。』

 ☆この便は、JTA B737−400型機が予定されていたが、運航の乱れから
  JANA A300−600R型機に機材変更された。系列会社間で機材の運用
  を融通することは、よくあることである。パイロットは ―――
  綿理 斗利幸(わたり とりゆき)機長、花布佐 衿好(はなぶさ えりよし)副操縦士。



229  elyming♂  2007/01/05 00:07:30 










   〜 もう一つの再開 〜


   羽田ビックバード 旅客ターミナル ――――


JANA機長、白矢 義参は、すでに今夜のフライトプラン概要を入手していた。
フライトのデータベースや気象などのさまざまな情報を事前に知ることができる
システムが試験的に運用されており、白矢 義参は今夜のフライトでそれを初めて
使ってみることにした。

乗員用の試験的端末機、カービューエレクトロニクス社製 CV−771SAから
プリントアウトしたフライトデータに視線を落とし、何やらボソボソとひとりごと
をつぶやいている。


使用機材は、すでにライン運航前整備を終え、予定のオープンエプロンに待機していた。
JANA ジャパン エアネット アライアンスカラー ボーイング777−200ERである。
このシップは、夕方、関西国際空港からフェリー(空輸)されてきていた。 


羽田空港は、チャーター便にかぎり、深夜時間帯の使用が認められている。
深夜便の場合、騒音を考慮したSID(羽田出発方式)を使うことになる。

今夜のチャーター便は、深夜に羽田を離陸後、韓国の仁川国際空港であらたにチャーター客を乗せ
グアム国際空港に向かうというスケジュールであった。 



 白矢 義参
「え〜 オープンスポットまでバスで移動だな・・・SIDが、OPPER ワン でと
 OPPER のフィックスが9000フィート以上・・横須賀ボルデメ、浜松ボルデメ
 オッパー ウェスト トランスでと・・・・予定の航路が、V17、河和ボルタックで
 G597に乗り、美保ボルタック、G585でインチョンFIR・・・・・
 ポンハン ボルデメ、イエチョン ボルデメ、・・・アニャン ボルデメのディセンドで
 ウェスト アプローチ・・・OK・・・ランウェイが15L・・・フライト時間・・・
 2時間半といった感じで・・・現地の天候は雨 オルタネートが北九州空港・・・。」


カバンの中から、事前に入手したフライト資料を見ながら、なにやらボソボソと独り言を発する
白矢 義参キャプテンの態度に、故機長夫人は、ちょっと苦笑いである。

故機長夫人「やっぱり、フライトのことは気になりますものね・・・(微笑)」

白矢義参 「あ、いやいや、これは失礼(苦笑)・・・ちょっと気になることがあったもんでね。」



230  elyming♂  2007/01/05 00:10:27 










   〜 もう一つの再開 〜


   羽田ビックバード 旅客ターミナル ――――


    
     ピンポン

     ジェー ティー エー 
     日本トランスオーシャン航空より ご案内いたします。
     遅れておりました沖縄からの5318便は、只今到着しました。
     お出迎えのお客さまは・・・


  沖縄空域の管制障害で、運航ダイヤが遅れていた JTA ボーイング737−400が
  予定スポット変更で、羽田のターミナルにランプインしていた。本来なら、このあとの
  岡山便に使用される予定だったが、今夜は急遽、機材変更になったようである。



故機長夫人「ご遺族の方々も、かなり高齢化が進んでいますし・・・あの(御巣鷹)尾根を毎年
        登るをためらう方もいらっしゃると聞いております。」

白矢義参 「それだけ、年月が流れたということでしょうか・・・」

故機長夫人「あの事故のあと、涙枯れるほど泣きましたよ・・・でも多くの人命が散ったことへの
        罪悪感は、日に日に強くなっていくばかりでした・・いっそ主人の後を追おうと何度
        思ったことか・・・」


白矢 義参「・・・当時、機長夫人として、相当な心労があったことでしょうねぇ・・・」


故機長夫人「わたくしだけではないでしょうが・・・あの時、本当に主人たちのチームは最善の
        フライトをしたのだろうか? と・・・あの苦悩は、もう誰にも味わってほしく
        ないものです。」


白矢義参 「僕はキャプテンの人柄もよく知ってましたから・・・あの極限の状態で最善の
        オペレーションだったとボクは今でも信じています。」

白矢義参 「ご存知でしょうけど‘事故調(事故調査委員会)’からの調査協力要請があって
        事故機と同じ条件でシミュレーションを使った飛行実験ありましたけど・・・」

故機長夫人「ええ、存じております。」

白矢義参 「あのとき、同僚の日航のパイロットだけでなく、全日空のパイロット有志も参加しましてね
        ・・・尾翼とすべての油圧を失っての異常なフライトはとても‘飛行’じゃなかったですよ。
        あのとき感じたのは、誰しもみな生還の可能性があるフライトは不可能だったですね。」

白矢義参 「なにしろ、世界中のパイロット誰ひとりとして、あのような経験はなかった。だからフライト
        シミュレーションテストに参加したパイロットの多くは、ジャンボ機の機体をひっくり返して
        墜落させてしまいましたよ・・・ごく一部の方が着水寸前までいきましたけど。あのような
        コントロール不能の機体じゃ、失速なしで 時速400km以下の速度で海面に安定した姿勢
        で突っ込むことは不可能です。つまり、どのような形で高度を下げることが できたとしても
        生還は未知数で絶望的だと・・・それほど困難な状況でした・・・それでも あの123便は
        30分間以上も飛行を続けていた・・・」

故機長夫人「はい‘事故調’の報告書にも、そのようなこと書かれて・・・」

白矢義参 「奥さんも、あの300ページもの膨大な内容、すべて目を通されていたんでしたっけね。」

故機長夫人「ええ・・・でも、ご遺族の前では、言葉を失うんですよね。」

白矢義参 「奥さん、ボクはご主人、いやキャプテンのチームは、最善の努力をしたと。」



231  elyming♂  2007/01/05 00:13:22 










      〜 遠きにありて 〜




故機長夫人「・・・事故後何年たった後でしたか、家のポストの中に差出人不明の小包み・・・
        何かのテープ。それを再生したときに、心臓が張り裂けるほど驚きましたからね。」

白矢義参 「ええ、鮮明に記録されたボイスレコーダーのテープ・・・結局、公開されましたね。
        あれで よかったんだと思いますよ。」

故機長夫人「すぐに、主人の声だと・・・今でも、どなたが届けたのか判りませんけど・・・」

白矢義参 「それまで、不鮮明な音声記録しか存在しないと思われていたんですからね・・・
       ‘事故調’関係者の良心だと思っていいんじゃないでしょうか。」

故機長夫人「あのとき、何故、主人が右旋回を選んだのかとか、わたくしなりに、あの人のこと
        を思い巡ったものです。実際には、気流の気まぐれに翻弄されたのでしょうけど。」

白矢義参 「奥さん、これはボクの想像ですが、キャプテンが右側に座っていましたからね。
        伊豆半島沖にある訓練空域をキャプテンが意識していたかもしれませんし・・・」


故機長夫人「ちまたでは、毎年3万人の自殺者がいるって聞きますよね・・・単純計算だと
        毎日90人の方が、自ら命を絶っていかれるんですよね・・・。きっと人には
        言えないような苦しみを抱えて自らの命を絶っていかれるんでしょうけど。
        一方で、あの事故みたいに生きながらにして、無念にも生涯を閉じざるを
        えなかった多くの方々がいましたし・・・運命というか宿命のいたずらと
        いいましょうか・・・わたくしは何ともやりきれませんわ・・・」


白矢義参 「奥さん・・・本当に ご苦労なさって・・・」(ちょっと目頭が熱くなる)


故機長夫人「このところ、管制や運航トラブル多いですものね・・・」

白矢義参 「運航にたずさわるパイロットにしろ整備にしろ、現場の人間は真剣に取り組んで
        いるとボクは思います・・・事故やアクシデントというのは、一つだけの要因で
        起きるよりも、複合的に不幸なことが重なって起きるのが多いんじゃないかと。」


故機長夫人「たしかに そうかもしれませんね。」

白矢義参 「‘事故の芽’というのは、見過ごされやすいほど小さなものであったりしますから。」

白矢義参 「これは航空の世界だけじゃなくて、鉄道とか運輸全般にも言えるんでしょうが・・・
        経済のグローバル化や規制緩和の下で、いつの間にか効率が優先されて、安全のための
        コストが置き去りにされている実態もあるんじゃないかと思いますけどね。
        今の日航やANA、JANAは、自前で整備人員とか整備システムを持っていますけど
        これは、世界的に見てもトップクラスの技術力なんですよ。でも、コストアップの整備
        をすべて外注に丸投げしてる会社も多いわけで、そうなると責任の所在がね・・・」




  白矢義参の業務用携帯電話が鳴った。JANA運航部からの連絡であった。
  深夜チャーター便に使用されるフライトシップ、B777−200ERは
  機体状態ノーマルで、予定通り羽田を出発するとのことだ。羽田空港出発
  を2時間半後に控えている。




白矢義参 「では、そろそろショーアップ(運航管理本部への出勤)ですので・・・」

故機長夫人「お忙しい時間なのに、お付き合いしてもらって・・・」

白矢義参 「あ、いいんですよ、コーヒ代は割り勘で、恨みっこなしで(笑)」

故機長夫人「ええ(笑) お仕事 頑張ってくださいね。」

白矢義参 「はい、ありがとうございます・・・また機会あったら、ゆっくり話を。」



232  elyming♂  2007/01/05 00:14:20 


    ―――― シアター バックグランド ミュージック ―――― 
 
           
     ♪ディア・ハンターのカヴァティナ

                 演奏:スタンリー・ブラック楽団

     (JAL ジェットストリーム アルバム「ナイト・フライト」より)



233  elyming♂  2007/01/05 00:16:01 










      〜 遠きにありて 〜




   空港の喫茶室を出ると――――白矢キャプテンは、ターミナル内の雑踏が、何故か
   まるで安全と定時運航を要求するかのような響きをもって、ザワザワと押し寄せて
   くる錯覚に襲われた。



故機長夫人「私はどんどん歳をとって、おばあちゃんになっていくんですよね。亡くなった
       ‘あの人’と・・・勿論、乗客乗員の方々もですけどね・・・あの当時の面影は
        ずっと心の中に消えることないんですよね。」


白矢義参 「生きているかぎり、私も同様ですよ。時間の流れを止めることはできませんからね。」


故機長夫人「最近ね、遺影の前でね‘あなただけ、いつも若いなんて、ズルイわ’って話し
        かけるんですよ。‘安心しなさい、いつもお前を守っているから’
        そんな言葉が帰ってくればいいんですけどね。」


白矢義参 「・・・じゃ、奥さん、いつまでも お元気でね・・・」

故機長夫人「ええ、白矢キャプテンも。お仕事 頑張ってください。」

白矢義参 「はい、ありがとうございます。じゃ、また逢いましょう!」



   故機長夫人は、白矢 義参キャプテンの後姿を見送りながら、亡き夫のすがたを
   重ね合わせていたのかもしれない・・・





  
   その数日後、彼女は不思議な夢を見た。何故か、空に四つの輪が拡がっていた。
   ぼんやりと・・・しかし静かに微笑んでいる亡き夫のすがたを見たような気がした。

   『・・・4つの命しか救えんかった・・・すまんな 』

   そのような言葉を語りかけてきた彼の影は、はるか空の彼方へと消えていった。

   『あ・な・た・・・お願い、行かないで!・・・あなたぁぁぁ・・・』



   夢中で追いかけようとするが、思うように体が動かない。・・・はっと目が覚めた。
   気がつくと一人寝室の暗闇の中にいた。となりの部屋の天井に灯る小さなマメ電球が
   目の中で にじんで見えた。とめどもない涙があふれていたのだった。

   しかし、何か暖かいものに包まれているような妙な感覚が不思議だった・・・
  





    ―――― シアター間奏曲 ―――― 

     ♪ 雪月花
            歌:松任谷 由美   






                         <第27幕につづく>



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