2007年12月17日 (月曜日)

本番10日前の矛盾・・・。

 所属バンドの解散コンサートまで10日を切った。

 昨晩もバンドの練習があったのだが、メンバーの中に風邪を引いた人がいたり、「体調管理」が大変な時期になってきた・・・・。

 巷ではインフルエンザが流行し、私も、うがい手洗いを忘れないようにしている。でもいくら気をつけていても、どこで風邪を引くか分からない・・・というコワサがある。「冬」のコンサートは、コンディション調整がとにかく大変だ。

 すご~~~~~く矛盾する言い方だけれど、

 もし風邪をひくなら、今だ!

 こじらせなければタイミング的には10日後の本番には治ってるはず。もしも本番3日前くらいに風邪になったら、もう当日には間に合わないだろう。だから、風邪をひくなら、今ひきたい!!

 ・・・・・な~んて、そんな「矛盾した気持ち」になってしまうくらい、今の時期、一番「弱気」になる。

 なんとか、無事に、コンサート当日にたどり着きたい。

 でも、こんな不安を抱えながら過ごすのも、今年が最後だ。バンド解散した来年からは、この時期に、何もないのだ。

 

 でも、

 またまた矛盾した言い方だけど、

 今年バンド解散で、正直、ホッとしている。

 ライブ期日を決めて、ポスターチケットを作成し、お客さんに宣伝し、チケットを売って、そのライブ当日の「たった2時間」の為に、風邪を引かぬよう、ケガをしないよう、「お葬式」が入ってもナントカ日程が重ならないよう、、、、、そういう「ヤリクリ」を考える事が、だんだんしんどくなってきた。

 やっぱり、それは僕が今年「住職」になったからかもしれない。そして、今日も「葬儀」があったのだが、大切に仏教をお伝えしなきゃならない「葬儀」を、ソワソワした気分で勤めるわけにいかない。そういう「気持ち」の置き方を考える事も、だんだんしんどくなってきた。

  

 仲間はすぐ集まれる。すぐ再結成できる。いつでも飲める(!)。

 だから、解散は、サビシイけど、

 どこかホッとしている。

 だから、最後の今年のコンサート、なんとか良いコンディションで歌いたい。

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Mail Heart Concert VOL.10

Last Concert メロディの風と共に去りぬ~

とき・平成19年12月26日(水) 

午後6時15分開場(バンド10周年のビデオ上映があります)

午後7時00分開演

ところ・信金コスモスホール(国道37号線グルメシティ伊達店(旧ダイエー)西向い・伊達信用金庫本店ビル2階)

入場券・500円

問合せは minoyamail@yahoo.co.jp まで!

 

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2007年12月16日 (日曜日)

遺体なき葬儀

  いろんな事件がある。

  今日もニュースをつければ、散弾銃乱射事件、犠牲者の葬儀を伝えていた。

  最近、『「死」の教科書~なぜ人を殺してはいけないか~』産経新聞大阪社会部(扶桑社新書)を読んでいる。そこには、JRの脱線事故で突然に愛娘を失った方の日記も紹介されている。

  突然に、最愛の人がいなくなってしまう、受け入れがたい現実を前に、人はどう想い、どう考え、その後、どう歩いていくのか・・・

  

  今日、葬儀があった。

  でも、いつもの葬儀と違うのは、そこに「遺体」はなかった。

  実は、15年前に突然に失踪した方の葬儀だった。事件に巻き込まれたということ。警察も「殺されている」と認めた上で捜査をしてきた。

 その「現実」の中を、15年間もの長い間苦しみながら生きてきた母であるバアチャン。結局、息子さんは帰って来ないまま。そして、15年。

 バアチャンは最近、夜になると、「息子さんの夢」を見る回数が増えた。同居している家族の皆さんもバアチャンを支えながらも共に苦しんできた。

 そして、バアチャンは「区切り」「ケジメ」として、その息子さんの「遺体のない葬儀」を執り行うことを望んだ、そういう法要だった。僕にとっても、初めてのケースだった。

 受け入れ難い「現実」を前にした家族、その人たちにかける「言葉」など、僕には持ち合わせていない。それがよく分かった時間だった。

 ただ、バアチャンは明るかった。割り切れないまま、でも、明るかった。

 「これで、心残すことなく、息子のとこへ逝ける・・・」

 そう言ってまた笑った。

 受け入れがたい現実を受け入れるのは、本人しかいない。その受け入れ方も、人それぞれにあるのだろう。

 受け入れられないままに受け入れたバアチャンの笑顔のように。

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2007年12月15日 (土曜日)

温泉臭、その喜びと結末

   今週は、忘年会や学習会で、2回も「登別温泉」に行き、泊まった。

  先日11日の当ブログ「動けないコワサ」でも書いたように、一泊しても、結局は翌朝早くにチェックアウトして帰らなきゃならないから、ゆっくりできないんだけど・・・・

 それでも、やっぱり温泉はいい!!

 湯船の中で思いっきりを伸ばし、目を閉じてゆったりしてみた。

 「嗚呼、いつまでもこのまま、こうしていたい・・・。」

 ポチャン♪

 「非日常感」を楽しみながら、みんなと飲み、語らい、温泉での夜が更けていく。

 就寝。zzzzzzzz・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  

 2日目、早朝に「朝風呂」に入ったあと、その温泉特有の「匂い」を残したまま服を着て、僕は温泉から帰る。※湯上がりにシャワーを浴びて、温泉の香りを洗い流すのがモッタイナイ自分は、いつもそうなのだ・・・。

 朝8時30分。さっきまで温泉にいたのがウソのように、「坊さん」に変身した僕が檀家さん宅をお参りに回り始める。

 時折、そんな自分の「衣」のスキマから「温泉の香り」がモワワ~~~~ンとしてきて、僕は、まだ温泉の「余韻」を楽しんでいる。さっきまで温泉に行ってた自分が嬉しい。

 しかし、

 昼過ぎくらいからその体に残る「温泉臭」が気になり始める。ふと、鼻に手をやってみると、手のひらにも「温泉臭」が残っていた。だんだんその「匂い」が鼻にツイテくる。

 顔とかにも「温泉成分」が残っている感じで、次第になんだかベタベタしてきて、顔を洗い流したい衝動が押し寄せてくる。

 お参りを終えて、私服に着替えても、その「匂い」は残っている。シャツにも、パンツにも、靴下にも。

 「あぁぁぁぁぁ、、、、もうイヤ!!この匂い!!」

 僕は、ウチの風呂に駆け込み、シャワーを浴びて、ボディーソープで念入りにその「匂い」を消す・・・・。

 そんな「温泉臭」の結末でした。

  

 寝る前に食べたスィーツの口の中に残る余韻を消したくなくて、歯磨きをしないで寝て、結果、後悔するのと、似ている・・・・(笑)。 

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2007年12月13日 (木曜日)

活字の千春

  
松山千春責任編集『月刊松山  捨石vol.004 』を読んで、以下のように要約してみた。
  
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他人の評価、他人からの見返りを求める心が「偽装」を産む。
だから、見返りを求めず淡々と、ただひたすら淡々と、
自分の与えられた仕事をまっとうできる人生を貫くこと。
境遇や立場を嘆くばかりでなく、
そこから抜け出してみる生き方をしなければならない。
生きているからこそ挑戦できる。
見返りを求めず、コツコツと何かを成し遂げようとする生き方を。
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松山千春さんのこの冊子を毎号欠かさず買っている。
文章が「千春口調」なので、
ときどき僕はモノマネしながら音読している場合もある(笑)
 
現代の身近な諸問題をテーマに、毎号毎号、「千春節」が炸裂する!!
笑ったり、考えさせられたり、千春さんの使う「言葉」と僕の思う概念が一致せずイライラする時もある。
  
で、今号は考えさせられた。
  
「見返り求めず、淡々と、ただひたすら淡々と…」を貫く人生。
この言葉が今の僕の胸に響き、染みてきました。
  
進むべきヒントを、
活字になった「千春の言葉」が指し示していました。
  
難しいけど……

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2007年12月11日 (火曜日)

動けないコワサ

 12月も半ばになると、もうどんどん来年1月以降の予定も入ってくる。

 そこで、さっき来年2008年のカレンダーに「お寺の法事・法要などの予定」とか「KONO個人の予定」などを書き込んでみた。

 見事に週末には「法事」が入っている。研修会とか会合の日程と重なっている場合もある。出かけたかった日にも法要が入っている・・・。

 僕は、予定をカレンダーに書き込みながら、来年の「日々」をシュミレーションしてみる。

 「どうやり繰りして、この日程をこなすかなぁ・・・」

 でもね、どんなに忙しくても、ダブルブッキングさえしなければ、どうにかなるのだ。 命がある限り、動ける限り、目の前の一つ一つの事を大切にテイネイにさせていただく、それしかない。

  

それにしてもである。。。。

来年も、どこか遠くへは出かけられないみたいだ。

 海外旅行なんて、パリのセーヌ川も、世界遺産モンサンミッシェルも、インドのガンジス川も、もう行けるわけがない。国内旅行だって、長崎オランダ坂も、京都の嵐山も、東京ディズニーランドも、なかなか行けないでしょうなぁ・・・・。

 行けそうなのは、近場で「札幌」くらい。  

 例えば、「飲み会」などのお誘いでどうしても札幌へ出かけたい「夜」があるとする。(札幌は、ウチから120㎞くらい、車で1時間30分~2時間、JRだと特急で1時間30分の距離だ。)

 行きたくてもその晩に「お通夜」が入ったりしたら、当然ながらその予定はアウトになり、キャンセルするしかない。でも、通常日程ならば夕方までにその日のスケジュールを済ませて、夜に札幌へと出かけることは可能。

 問題は、①出かけた後の事。そして、②飲んで泊まった場合、その翌日の事、この2点である。

 まず、①の出かけた後、僕の不在中に入る突然の用事。

 例えば、葬儀の依頼・枕経などである。何年か前、ようやく札幌に着いたとたんに電話が入ってすぐにUターンした経験がある・・・・。でも、もう「飲酒」した後ならば、運転できないから手も足も出ない・・・。ま、今なら父に代わりに行ってもらうことは可能だけれど。でも①に関しては事前には分からない事なので、あまり考えないようにしている。 そのときはそのときの対応をするしかないのだ。

 そして、②の出かけた翌日の事。

 札幌で飲み明かして、翌日ほとんど寝ない状態で朝5時くらい出発し車で戻ってくれば、午前7時過ぎにウチに着いて、8時前には「坊さん」に変身し、通常の日程をこなすことができる。 しかし、雪道の長距離運転を恐れる僕は、「冬」はJRで札幌に出かける。で、朝1番のJRで帰ろうとしたら、到着が朝9時を過ぎてしまう。これがキツイ。でも、事前にスケジュール調整しておけば、なんとかなるのである。

 (そう言えば、みのや師匠がローグでマンスリーライブをやってた頃は、よくコレやっていたなぁ・・・。師匠と時間を忘れて朝まで飲んで、そのまま帰って坊さんコース。今思えば、ナツカシク、ゼイタクな日々だった・・・。眠かったけど笑)

 

 いや、今日の投稿は、愚痴っているんじゃない。

 「休み」が欲しくて行ってる訳じゃない。

 ヒマな日だってあるし、ボケーーっとしてる時間もある。

 

 ただ、

 だんだん出掛ける事ができなくなり、

 どんどんここから動けなくなっていく、

 そんな自分がコワイのだ。

  

  もう一度、モンサンミッシェルの「あの景色」見たいな。 

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2007年12月 8日 (土曜日)

サヨナラなんてしたくないよ・・・

※投稿タイトルは艶っぽいですけど、愛車ビートル君の事です・・(*^_^*)

  先日、ビートル君が入院して、すぐにリコールの件と、マフラーの修理と、久Xice_photo々のオイル交換と、新品の冬タイヤの履き替えが完了しました。

 

 しかも、冬タイヤ、今回は、憧れの

「ミシュランタイヤ」 にしてみたのですぅぅぅぅぅ(涙) http://www.michelin.co.jp/

 

 

その、ディーラーに行ったときのこと。。。

ディーラーの社長にバッタリ会ったら、いきなりこう言われた。

 社長 「KONOさん、修理もいいけど、もう10万㎞乗ったんでしょ?下取りはゼロだなぁ・・・。そろそろ新しい車にしませんか??検討してみてくださいよ・・・」

 私 「いえいえ、15万㎞、いや20万㎞まで乗りたいんですけど・・・・」

 社長 「・・・・・(沈黙)」

 P1060015_2

 ビートル君を乗り換えるなんて、考えたこともなかった。確かに、あと何㎞まで乗れるかな・・・  

まだまだ乗ります。

サヨナラなんてしたくないよ・・・

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2007年12月 7日 (金曜日)

「寺つながり」もあった!

    『KONO君って「学級委員」とかやったタイプでしょ??』

などと友人に言われることがある。  これって「マジメ」っていう意味?「面白みのない優等生」っていう意味(笑)??

 昔の僕は「ガリ勉」ではなかったし、「マジメ君」ではなかったとは思うけど、たしかに「学級委員」とか「子供会の会長」とか「生徒会」とかもよくやった。何か「役割」を決める場面がくると、周りから推薦されたり、指名されたり、押し付けられたりした(笑)。

 「寺の子」っていう「周囲の目」も意識しなかったといえば嘘になるけど、基本的にはソツなくその「役割」をこなしてきたと思う。でもホントはすごくイヤだったんだ。

 だから、「適役」に見える人が指名もされず、何の「役」もせず、そういう可能性をいつも上手に交わし、なぜか目立たない位置にいて、「自分のことオンリー」に時間を使えるヤツをウラヤマシク思ってた。 

 でも、今だから言える。

 自分の名前が挙がるってことは、実は、ものすごく有り難い事なんだなと。 本意じゃなくても、自分で望んでいなくても、どなたからか声をかけていただいたり、分相応ではない「役割」を与えられることで、否応にもその「場」に立たせてもらい、学び、色んな経験をさせていただいてきたなぁ、と。そして、ふり返れば、良かったなぁ・・・と。

 

    

 でもね、

 僕が「住職」になって約半年。お坊さんには、「檀家と寺」という「つながり」もある。今は、新住職としてのその「つながり」の中で、檀家さんと一緒にこの寺をどういう「願い」のもとにやっていくか、そのことで日々アップアップ状態な自分である。

  しかし、お坊さんには、他にも別の「つながり」があるのだ。

  それは、「寺と寺」という「横のつながり」である。同じ地区にある「同じ宗派」の寺の集まりがある。 その「集まり」の中で、来年度から「何かの役職」がこの僕に当たるらしい・・・(あくまでウワサ)

 まだ「ウチ(の寺)」の事も分からない事だらけなのに、寺つながりで「外」の事をしなきゃならないだなんて・・・・・・・・・・・・・・・・。

 でも、先述したように、本意じゃなくても、めんどくさくても、自分で望んでいなくても、どなたからか声をかけていただいたり、自分の名前が挙がるってことは、実は、ものすごく有り難い事・・・。

  しかし正直に言うと・・・。

 こんな「駆け出し」の僕なんかがやらなくても、「適役」に見える人が他にもいるはずなのに・・・とも思ふよぉぉぉぉ。

 ちなみに僕の所属するの宗派は「お東(真宗大谷派)」だが、「役職」に当たるのは「住職」になっていないとダメらしい。「お西(本願寺派)」の方では、「住職」でなくても、「副住職」でも、年齢的に若い人でも、集まりに顔を出したり、発言権があったり、「役職」が当たる場合もある。その点では、お西の方が開かれている。 

  「住職(父)」の陰に隠れて、あるいは「若いから」っていうことで、集まりにも出ず、指名もされず、目立たない位置にいて、「自分のことオンリー」に時間をタクサン使えた時代を、ちょっとだけナツカシク思う。

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