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協議の行方

そろうか 行政の足並み
国、京都府、宇治市の関係者が一堂に会した「ウトロ地区住環境改善検討協議会」の設立会合。初めてウトロ問題の解決に向けた行政サイドの模索が始まった(京都市南区のホテル)
 「戦後に置き去りにされたかどうかは別に、劣った住環境の中で生活を余儀なくされている状況を解消する」。
 五日、京都市内で開かれた「ウトロ地区住環境改善検討協議会」の設立会合。宇治市・ウトロ地区の問題に国として初めて直接かかわる国土交通省の小田広昭住環境整備室長は、戦後補償と切り離し、あくまで住環境問題として解決を図る考えを強調した。
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 ウトロ地区と歴史が重なる問題で、同様の協議会がつくられて解決が進んだ先例がある。大阪空港に隣接する兵庫県伊丹市中村地区。いま九十五世帯二百二人の在日韓国・朝鮮人が暮らす。旧陸軍主導の飛行場拡張工事に徴用された作業員の住居地に、戦後も一部の人が住み続けてきた。
 半世紀を過ぎて「不法占拠」問題は解決へ急転した。二〇〇一年に国交省と県、市が地区整備協議会を設立。隣地の空港レーダーが移転した跡地に公営住宅を建てるほか、「航空機騒音防止法」を適用して移転補償も実現した。真新しい五階建ての公営住宅は全五十戸が埋まり、現在、東隣でもう一棟が建設中。来年三月には移転が完了する予定だ。
 国、県と地元自治会のパイプ役として奔走した伊丹市空港室の宮本孝次参与(61)は、レーダーの移転話や建設・運輸両省の統合など「幸運な条件が重なった」と話す。地元へ足を運んだのは現地調査や補償内容の説明・折衝など公式だけでも二百回以上。「戦後日本の復興・発展を支えたのは在日の人の力も大きい。世紀超えした課題の解決は地元の悲願」との思いが根底にあった。
 中村自治会の丹山判同会長(73)は「空港整備という前提がなければ事態は動かなかったかも」という。ただ、住民の間に「絶対反対」の声は起こらず、「移住は行政の職員と本音で話し、互いに納得し合う中で前向きに選んだ結果」と語る。
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 中村がウトロ問題解決に向けた「モデルケース」とみる関係者は行政、住民ともに多い。他方、ウトロ地区は国有地の中村と違って民地。国交省は「今回は国が事業の主体にはならない。ノウハウや制度運用上の良い方法を提言していく」(小田室長)。対して、宇治市は「もとは国策に起因する問題。国がどんな支援を考えているかまず示してほしい」(梅垣誠総務部長)。府の役割も含め、今後の協議の難しさをうかがわせている。
 中村では行政側と住民がとことん議論を重ねた末に、「住民が将来も誇れるまちづくり」という一致点にたどりついた。ウトロ問題も国、府、宇治市がどこに立脚点を置くかが協議の成否を左右する。

<ウトロ地区住環境改善検討協議会>

 国、京都府、宇治市が合同でウトロのまちづくりの支援策を協議する組織として5日に発足。各担当部局長と副市長の4委員、幹事会などで構成、住民が希望する公営住宅の建設など可能な支援策を探る。
【2007年12月9日掲載】