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宮崎正弘の国際ニュース・早読み


 評論家の宮崎正弘が独自の情報網を駆使して世界のニュースの舞台裏を分析

最終発行日2007/12/18読者数10339人 発行周期ほぼ日刊WebサイトHPあり
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     宮崎正弘の国際ニュース・早読み
        平成14年(2002)6月25日(火曜日)
             通巻368号
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http://www.melma.com/mag/06/m00045206/a00000060.html   
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「遵義会議」の跡地は観光名所化に失敗し閑古鳥が鳴いていた
 瀟洒な商店街、遵義の街の活況はまだ夢を持たせるが。。。。。。。
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遵義会議会址は随分と遠い。延安までの長征の途次に毛沢東の党内主導権が確立された歴史的会合の場所であるが、今日、そういうことに歴史的意義を認識する中国人さえが珍しい。
 時代は迅速に価値観を変化させている。
 
 ○魯迅の孫の亡命手記

 まずは次の逸話から始めよう。
 文豪・魯迅の嫡孫は周令飛である。魯迅の本名は周樹人。妻は海嬰。周令飛は北京で特権階級の家庭に育ったせいか、かなり勝手気ままで慇懃無礼な性格である。
 当時、北京ではじめてオートバイを乗り回したので「どら息子」と言われた。父親は西欧のレコードを山と収集していたが文化大革命の最中にすべてを棄却した。
 周令飛は小さな頃から買い与えられたカメラ、ビデオ撮影に興味を持ち、「先進国」だった日本へ「ビデオ技術」修得のため留学する。
 
 「事件」は日本を舞台におきた。
 同じく台湾から東京へ留学していた女子学生と恋に落ちたのだ。女性のほうの父親は篤実な国民党支持者として知られた。
 周は悩み抜いた挙げ句、1982年に台湾へ「結婚亡命」するのだ。
無論、台湾では大歓迎を受けたが、周は「中国は一つ、私は台湾を旅行しているに過ぎない」とするスタンスをとり、この巧妙な台詞で、今では台湾と日本ばかりか、中国大陸へも自由に渡航している。
 
 さてここからが私事にもわたる。台湾への亡命直後、私は「週刊文春」の取材で、この周令飛に台北まで遭いに行った。同行者は当時、週刊文春編集部にいた中村彰彦(直木賞作家)氏だ。
 周令飛は我々をさして「日本から初めてきたジャーナアリストだ」と言った。
 なるほど、あの当時、台湾にあった日本のマスコミ支局は産経一社のみ、各紙は北京に配慮して魯迅の孫の亡命劇を大きく扱わなかった。
 周令飛とのインタビューの中身は拙著「中国の悲劇」(山手書房刊)に詳述したのでここでは繰り返さない。

双方の記憶が鮮明だったせいか、それからおよそ十年後に羽田空港でバッタリ周と再会した。彼も東京で仕事をしたあとで台北へ帰るところ、偶然にも同じ飛行機で、私はと言えば村松剛氏と台湾へ取材へ行くところだった。機内で村松氏とともに色々な話をしたものである。

 彼が書いた亡命手記「さらば北京」(産経新聞社刊)は、斯界でしか注目されなかったけれど一番興味をそそられたのは中国共産党内部の常習行為、即ち「写真の改竄」について触れた箇所だった。

 冒頭に紹介したように周は北京で写真技術を活かして党の宣伝部に所属していた。かれはそこで日常茶飯に、「誰と誰を写真に付け加え、誰と誰を写真からはずせ」という党幹部の命令に従い、歴史的な党史を書き換える手伝いに駆り出されていた事実を淡々と述べているのである。
 
 この逸話を、これから綴る「遵義会議レポート」の枕に置いた意図は既におわかりだろう。

 ○それは1935年1月のことだった

「1958年11月、トウ小平が遵義を再訪問した折、遵義会議記念館に飾られた会議参加者の写真のなかに、自分の写真がないことに不快を隠さず、この会議に参加したことを主張した」(寒山碧著「トウ小平傳」、中公新書、伊藤潔訳編)。

 共産党の歴史のなかで、最も重要とされる会議となったのが貴州省の奥地、どちらかと言えばトウ小平の生まれ故郷である四川省に近い遵義で開催された。
正式には「政治局拡大会議」だが、1935年1月に毛沢東、周恩来、朱徳、陳雲らが集まった。会議が行われた場所は国民党第25軍師団長だった柏輝章の私邸だった。
 当時の遵義では一番立派な建物、それを国民党の幹部が会議及び宿舎として提供したのだ。
 トウ小平にとって青春時代の想い出にも繋がり、しかも中央書記として正式に参加したにもかかわらず、その後の失脚によって革命後の展示でも、トウの写真パネルが欠落していた。

 「遵義会議」がなぜ重要か。それは「長征」で延安へと潰走する中国共産党が、途中に寄り道をした場所で、その後の方針を決め、ここで毛沢東の主導権が確立されたからである。同時に周恩来、朱徳の軍事指導者としての地位も確立した。
 この遵義会議に出たか、出ないかでその後の党の序列が揺れることになろうとは!その当時、誰もが予想できたことではなかったが。。。。

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6月4日、丁度天安門事件から13周年の日と重なったが、私は深センから飛行機で貴陽市へ飛んだ。
 貴州省の省都である貴陽市の人口は260万人。三日と太陽は雲間から覗かず、太陽をみると犬が吠えるという。太陽がそれほど尊いので「貴陽」と命名された。
 この都市には太陽が燦々と降り注ぐ日は一年に何日もなく、こんもりとした雲に覆われ、雨の降る日が多い。しかしこの町は意外に活況を呈している。

 飛行時間は一時間十五分、結構満員である。着くと三十五度くらいの酷暑、からだがふらりとなって何かに寄っかかりたい。
 売店をからかう気力も湧かず、バスで市内へ。途中、何村か少数民族のバザールが出ていたが、写真を撮るのももどかしく、ともかくターミナルの手前でバスを降りてタクシーを掴まえ、金筑ホテルへ入った。
 いそぎ旅装をとくとカメラと地図と帽子をもって飛び出し、長距離バス駅へ向かうべく再びタクシーに乗る。
 貴陽から遵義まで汽車でも行けるが、一日に7,8本しかない。長距離バスは三十分に一本の割で出ている。
ただし二時間もかかる。それを午後から夕方までに往復しようという腹づもりのため、ホテルを飛び出し、昼飯もとらず、ひたすら先を急ぐことにしたのだ。

 遵義の街は意外に通りが美しい。物価は安いようで市場に人が溢れている。路地裏に迷い込むと小さな個人商店、屋台、行商人たちの阿鼻叫喚。独特のにおいの奥にこじんまりとした「小休息」(つまり淫売宿)がつづく。
 私は市場を通り抜け、ちょうど大通りの角で客待ちしていたオートバイ・タクシーに飛び乗った。日の高いうちに、ともかく会議所跡地へ到着できた。
 周辺は観光客を当て込んでの瀟洒な商店街になっている! 浅草ほどでないにしても地蔵通り商店街のごとき整然とした町並みは人工的で美しい。しかし観光名所化の思惑がはずれ、買い物客が殆んど居ないのだ。

 その商店街を曲がったところが「遵義会議会址」で手前の窓口でチケットを買う。
 入り口は確かに中華門だが、「記念館」の建物それ自体は西洋風の二階建て。二階奥の狭い部屋ーー楕円形のテーブルを囲んで十人も座れないーーが、中国共産党を画期した「歴史」の原点とは、とても思えないほどあっさりとした間取り、家具にしても安物である。
 (えっ。これだけ?)

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 ○ヤルタ、ポツダム会談の跡地とくらべる

 私はポツダム会議が開かれた東ドイツの「ツェツェリンホフ宮殿」とヤルタ会議の行われた「リバーディア宮殿」の壮麗さを即座に思い出し比較してみるのだった。
 東西冷戦が終わってすぐに東ベルリンからクルマをチャーターしてポツダムへ行ったことがある。その会議場となったツェツェリンホフ宮殿は華麗なホテルを兼ねていた。
 周囲は広大な庭園で、緑がどこまでも広がり、庭の中には清澄な小川が流れている。ここではポロ競技も出来ればゴルフも出来る。
げんに乗馬を楽しむドイツ人が、広大な緑のなかで愉しそうに馬を馴らしていた。

 それから二、三年してウクライナを一週間ほど旅行したときにヤルタをまわり(寝台列車でキエフから十九時間)、リバアーディア宮殿の中に入った。ここが「ヤルタ会談」の跡地だ。
贅を極めてつくられたロマノフ王朝の夏の別荘だけに、それはそれは立派な外見をほこる、白塗りの建物である。当時の雰囲気をそのまま残し、目の前は黒海の漣(さざなみ)。
 ヤルタ会議の会場は歴史教科書にも出てくるが、華麗な宮殿の中の宴会場と思しき部屋があてがわれ、いま、その前で記念写真を撮ることも出来る。

 それらに比べると遵義会議址は侘びしく、貧弱である。
 もっともこちらは当時の反蒋介石ゲリラ組織の、しかも解体寸前という脆弱な環境のなかで、それも敗残中のゲリラ部隊が追い込まれて、たまたま立ち寄った遵義の宿舎でしかないのだ。第二次大戦中に列強が大がかりに「戦後秩序」を決める議定書作りの場としたセレモニー会場の輝かしき場所と一緒に比較するわけにはいかないだろう。

 (それにしても。)と私は思った。何かが欠けている。
 遵義会議会祉のなかに立つ「遵義会議記念館」には、あの毛沢東旧居や劉少奇旧居へ護符を求めて全国から駆け付ける中国人の熱気を殆ど感じることが出来ない。
 中はそれほど閑散としている。会議そのものが風化しているからであろうか?
 会議場で、たまたま紛れ込んできた若いアベックに写真を撮ってくれ、と頼むと「どうしてこんな汚い部屋の前で写真を撮るのか」と訝しげな顔をされた。
 会議祉の建物を出ると中庭の壁に毛沢東の詩が掛かっている。売店は日溜まりの中に窒息しそうなほど、手持ちぶさた。売り子らは、私に見向きもしないでテレビをみている。

 そこから庭園を抜け、民家の脇をくぐって細道を辿ると今度は「紅軍総政治部」の跡地へと通じる。対面に小学校があり、何と江沢民が揮毫した大きな石碑が正面玄関を飾る。学校のゲート前にはアイスクリームがおやつを売る行商屋台がズラリ。一人っ子の子供達の小遣い銭を狙う商売がこれほどまで逞しいのも中国である。

「紅軍総政治部旧祉」は孔子廟のごとき風情を保ち、なかなか立派な建物であるが、これまた閑散として展示物も少ない。
 入り口で僅かに毛沢東伝記などを売っているが誰も手に取らないのだ。
 ナルホド、遵義会議なるは共産党潰走中の偶発事件で、後世に毛沢東神話が形成されてゆく過程で浮かび上がってきた(米国人作家ソールスベリーは毛沢東のたどった「長征」のコースを精密にたどり、あれは作り話が混ざり、実際の潰走ルートとは異なるのではないかと疑義を呈した)。
 後智恵の産物には現世の御利益が少ないと言うわけなのか。

 ○辛い料理とマオタイ酒と

 帰り道、遵義の鉄道駅(火車点)に行ったが貴陽行き列車は夜まで無い。
 仕方なくバス駅へとぼとぼと歩いて、構内の粗末な食堂で牛肉素麺を注文した。四川よりも辛いのが貴州料理、舌が火傷したかと錯覚するほど辛く、泪がでてきた。
 そうだった。貴州にマオタイ酒がつくられるのは、この辛い料理に合わせるためでもあるのだ(マオタイ酒は小瓶でも千五百円、豪華箱入りの大瓶には十万円以上のものがたくさんある)。
 と言うわけで遵義は「辛さ」と「泪」しか印象が残らないのである。
 

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下記は宮崎正弘のホームページです
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●(休刊のお知らせ)●小誌は6月29日から7月9日ごろまで休刊します●
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本誌はほぼ日刊(平日)★転送自由★(C)宮崎正弘事務所2002年★
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■ 最新の30件を表示

[ 名無し ] 2007/12/17
いやあ。支那の経済状況は、すばらしいですね。貴殿の情報を自己的に「分析」した結果、中国株価がもたないのは、どうも、五輪の前になりそうです。我が国の、バブル期以降名声を博した人々に、その後の「指南」を受けたいと、支那から招聘状がその内、届きそうですね。 当時の、日銀総裁も、うってつけの人材でしょう。(我が国では、ボロクソに罵倒されていましたので) 米国の都合で「元」の切り下げを阻むのは、いいかげんにしないと、落差が大きい。イランが、ドルを止めてユーロ決済にもって行きたい気持ちが分かりますね。
[ 名無し ] 2007/12/17
久しぶりに新宿に行きましたが「西」は兎も角「東」は完全にダメですね、これが日本かと?一度掃除の必要が有るのでしょうが、遅いですね。
[ 名無し ] 2007/12/16
森田必勝に関する一考察は文字化けがひどくて、途中からとても読む気にならなくなりました。大阪・黙さん
[ 名無し ] 2007/12/16
一部読めませんでした、私の年代では日本軍が殺人をやる筈が無いといえるのですが戦争も戦後も知らない人が読むと「漫画」の世界ではなくなるんでしょうね、本当に朝日は悪質と思います。
[ 名無し ] 2007/12/16
いつもメルマガ配信ありがとうございます。 > 途中退席した渡部昇一氏が、日本の雑誌を読める外国人学者や外人ジャーナリストなんて見たことがない。だから我々は英語の土俵で戦い、そこで勝負しなければいけない。 英語に堪能な方には「Rape of Nanking」へのネット上の書評(コメント)での定常的な反論などがいいかも知れませんね。 http://www.amazon.com/s/ref=nb_ss_gw/103-3273725-1079068?url=search-alias%3Daps&field-keywords=Rape+of+Nanking&x=0&y=0
[ Ru ] 2007/12/15
残念ながらメルマが届かなくなって数ヶ月たち登録し直しても確認のメールすら届きません。宮崎先生のメルマガをまぐまぐでも配信されることを希望します。是非ご一考を。
[ 産経山系 ] 2007/12/15
日本医師会の自見氏の記事。小泉、竹中改革はアメリカ=ゼネコンの片棒を担いだ、富の偏在と国家の衰退を招く売国的改革?であったと言う意見・・どう思われますか?
[ snap shots ] 2007/12/15
最近はチベット関係のニュースを聞かないのですが、中国人の入植政策など、民族抹殺を思わせる状態はどうなっているのでしょうか ?
[ 名無し ] 2007/12/14
当時の欠片を知る私達の年代が生活に追われ歴史に対して真剣に取り組む事もせず、当時の大学生としてう悠々と金の心配も無く学生生活を三流学者に教わった連中が反日運動に精を出して居ました、嘘が続々と検証されるにしたがい、声を大きくし出し尽くした。 現状が最高潮でしょう、歴史を知り始めたネットで若者を啓蒙して下さる人が有る。 これだけで救われる想いがしています、私も声を出して(ネットで)年関係なく貢献したいと思います。
[ 名無し ] 2007/12/14
毎回非常に興味深い内容で配信を楽しみにしております。この台湾の記事も非常に考えさせられる内容でした。さて、私は現在香港及び広東省深圳で仕事をしておりますが、ここ最近聞く話では、東莞地域の台湾系の会社は、2,000社ほどがすでにベトナムへの移転を決めているそうです。当社の仕入れ先の台湾メーカーもベトナムへのシフトを始めていたり、大陸撤退ということを 粛々と進めているという現象も見られます。ちなみに、日系の中小企業でもベトナムへ徐々にシフトという動きもあります。反対にこれからも大陸での展開を全面的に図っていくという会社もありますが…。当社は前者です。当社の台湾人に聞くと、台湾人も結構シビアに状況を見ているようで、人件費の高騰や来年度からの労働法の改定もあり、儲けが見込めないから大陸撤退という選択を自然にとっているようで、 今後もそういう動きが顕著になるのでは、 という話しをしておりました。
[ 名無し ] 2007/12/14
k.s 米国の金融機関を救済するのわ、値上げで,儲けているアラブに任せておけば良い、日本のクラッシュ時、だれが助けた、 この時とばかり、買収したのわ、米国の強欲資本だろう。黙って見ていれば良い。
[ uchida ] 2007/12/14
メルマの配信が届かなくなり、配信停止処理後、再度登録しましたが、未だに届きません。同じ処理により「頂門の一身」は、配信されるようになりました。 あいつらの仕業かもしれない、と思うのは私だけ???
[ 名無し ] 2007/12/13
「米中戦略経済対話」から、人民元の大幅切り上げなど出る事はないと誰もが思います。 担当者がボールソン氏であるからだけではありません。 今や米中は、史上まれに見る蜜月関係なんですから、どちらがこけても困るのです。 昔の日米貿易摩擦と、現在の米国の対中貿易赤字は根本的に構造が違うのです。 中国はアメリカ企業のアウトソーシングを請負い、米国は安価な製品や消費財を輸入しています、その実態は中国輸出の70%が外資系企業によってなされています。 中国の輸出産業は米国の産業経済の一部としてプログラムされているのです。 そのような状況下で、急激な元高は外資系企業である米国企業(日本企業もですが)自身のコストに多大な影響を与えます。 議会は、もはや猶予はならないと怒ってはいますが、中国を為替操作国と指定し制裁を科す事など出来なでしょう。 それはまさに、米国産業界から猛反発を受けるでしょうし実行すら出来なでしょう。 中国にとっても、幾らドルを溜め込んでも実質ドル・ペック制から抜け出す事は出来ません。 確かに、表向きは05年に10通貨指定のバスケット制に移行していますが、官制により厳しく規制され、今日まで元は10!)位しか上昇していません。 米国においては、サブプライムローン問題を端緒に景気の先行きが不透明になってきました、今後の情勢如何では米国がコケ、中国がコケ、順次世界恐慌の様相を見せる可能性すら予見できる情勢ではないでしょうか。 ならない事を願ってはいますが。 先日投稿しましたコメントにハンドルネーム入れるの忘れました。 NIEの報告・・ だったと思います、失礼しました。 “修羅扇”と申します アセアセ
[ 名無し ] 2007/12/13
アメリカ・中国のご都合主義に振り回される日本も哀れです。 福田首相や野党党首の態度を見ていると本当に怖くなります、門戸を明けっぴろげ何でもし放題、日本は対策を考えるどころの騒ぎでは有りません「生活第一」ですからと富も技術もご自由に、アホらしく成ります。危機と言う言語を理解しない国の行く末を憂うるのみ。
[ 読者 ] 2007/12/12
私のところも、11/20以降のメルマの配信が届かなくなりました。 再登録が必要でしょうか?
[ 名無し ] 2007/12/12
世界で一番素直で軽薄な民族に成りつつある様な気がします。叩かれても、バカにされても、返答もしない、生きているのか死んでいるのか、全てを見透かされても、表も裏もない、薄っぺらい紙?の様な国。 首相自ら「人の嫌がる事はしない」尻っぽを垂らして、気概も方向も回りも見えないで「相談・話し合い」ピリッとしてくれませんかね。 変態男・変態女が議員でノウノウとしている国なんてそうザラに有るとも思えませんが「呑気」な国です。
[ 他称右翼 ] 2007/12/11
いつもほかほかの貴重な情報を有り難く読ませて頂いております。 宮崎先生のメルマガがいつの頃からか削除済みアイテムに入るようになり、そして驚くことに本日はきちんと受信トレイに来ておりました。なにも弄くってなかったのにです。なんなんでしょうね。
[ 名無し ] 2007/12/11
読者の投稿欄興味ありましたが、文字化けが随所に見られました。文字の変換相違も散見。(大阪の黙さん)
[ 名無し ] 2007/12/11
南京の集いに参加しました。大盛況で何よりでしたが、三階にいた友人からスパイらしき人々がいたと聞きました。五、六人いて、絶対に拍手せず、ふんぞり返って見ており、ちょくちょく電話をかけに出ていったそうです。お互いに目配せをしたり、メモを取ったりしていて、百歳近い方々に対する敬意のかけらも感じられない態度で、友人は「わざと大きく拍手をしていた」そうです。きっと今頃はどこかのサイトにこの日の盛り上がりを残念がるコメントが出て、「若い世代の右傾化を阻止すべき!」云々と書かれたりしていることでしょう。元勇士の方々は、一ヶ月前に脳梗塞で倒れ車椅子で登壇されたり、風邪でドクターストップがかかったのに「どうしてもお話したい」といらっしゃるなどしていました。日本という国はいったいいつまであの方たちを戦わせておくのでしょうか?あの場にいた人たちの胸には元勇士の方々のお話をけして忘れることはないでしょうが。
[ 田中秀雄の妻の知美です ] 2007/12/11
[ 名無し ] 2007/12/11
出身県は違っておりますし、世代的に少々上ですが共感しております。同姓のよしみもあり愛読させていただき感謝してます。
[ 日本の子供を守れ ] 2007/12/11
日本の子供の洗脳は国内でも現実化してます。在日朝鮮人が関西の幼稚園で日本の園児に朝鮮の民族衣装を着せています。 http://www.mindan.org/search_view.php?mode=news&id=8933 有名な大阪加美小学校では校長と並んで民族衣装の民族学級の女性すわり記念写真をとるのが恒例です。日本の子供の洗脳です。ひるがって韓国では子供に日本を攻撃する絵を描かせて、公共の場に先生が展示してます。このままで良いのでしょうか? http://shingomatrix.jp/2007/12/post_407.html http://aog.2y.net/forums/index.php?showtopic=1550
[ 名無し ] 2007/12/11
面白い記事でした。本当に将来の日本を考える政治家が少なくなりました、中国を過大評価する。日本人の悪い癖ですね、アメリカも乗る、20世紀の反省が何も有りません「歴史を鏡」と歴史を知らない輩に脅かされ自由に操られている日本、何とも心細い限りです。
[ 名無し ] 2007/12/11
11月20日が最後でメルマガが来ません。登録は確認しましたが?joy41nat@jcom.home.ne.jp
[ 日本人 ] 2007/12/10
南京虐殺事件の裁判長は女性です、昨年初日に傍聴に行きました。被告質問のときから、裁判長席から身を乗り出し、夏氏の語る境遇に興味を示して板の印象に残っております。裁判管の主義信条に左右される判決って怖いです。これで日本の正義派守れるのでしょうか? 東中野氏の弁護団は頼りがいが無い感じでした。対して夏氏側にはシナ人を含め日本人複数のボランティア弁護士がついてました。これって良心的日本人なのでしょうか?
[ 名無し ] 2007/12/10
中国で胎児を食べる習慣は現在でも行なわれています。中国の正史を読んでもらえれば「食人」が古来から中国の食文化である事が分かります。中国人が胎児を食べる証拠となるサイトを紹介します。あまりにもリアルなので、予めお断りしておきます。1つ目は日本語訳で2つ目は中国語の原文です。 http://s2.muryo-de.etowns.net/~china/ http://hk.geocities.com/ennet369/
[ 名無し ] 2007/12/10
中国で胎児を食べる習慣は現在でも行なわれています。中国の正史を読んでもらえれば「食人」が古来から中国の食文化である事が分かります。中国人が胎児を食べる証拠となるサイトを紹介します。あまりにもリアルなので、予めお断りしておきます。1つ目は日本語訳で2つ目は中国語の原文です。 http://s2.muryo-de.etowns.net/~china/ http://hk.geocities.com/ennet369/
[ 名無し ] 2007/12/10
「NHKでは南京事件で虐殺があった」と報道..... これはNHKの陰謀で、テレビの常套手段です。兵士がいろいろな事を語ったとは思いますが、「中国偏重のNHK」は、その中から、新中国に都合のよい部分だけをピックアップし編集し放送し、金を払っている視聴者を洗脳しているのです。最近放送終了した「関口某の中国列車の旅」もドキュメンタリーでは無く、共産党の作ったシナリオによる旅行ドラマです。中国はもっと悲惨なほど貧しいのです。3億人以上の国民は、水道・電気の無い生活をし、役人の腐敗は昔のあく代官以上、いたるところで暴動が日常茶飯事に発生しています。国民の不満が党中央に及ばない様、そのはけ口を日本に向ける為のネタが、「南京虐殺」「反日教育」なのです。NHKは本来こちらを報道すべきであるのに、反日的な報道に終始しています。NHKは日本にとって不要ですし、害悪をばら撒いているのです。 視聴料の不払い然り、NHK解体活動をしましょう。
[ 名無し ] 2007/12/10
私も参加した一人です。大変に多くの方が参加されていて驚きました。しかし、昨日(日曜日)NHKでは南京事件で虐殺があったと元兵士が語っていました。私の感じではその兵士は戦争のなんたるかを理解していないのではと思われました。
[ 名無し ] 2007/12/10
中国本当に眼が離せなくなりました、日本の政治かも握手することが目的で訪中するアホ〜も居る事で中国には軽く見られる様に成りました、骨の有る政治家が居ないのか嫌に成ります。

発行者プロフィール

宮崎正弘

文豪三島由紀夫は「死後も成長する作家」といわれ、今日も文学、芸術、思想のあらゆる分野に亘っての研究成果が紹介される


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