登山のテクニック

単独で登る方法  其の壱 「ループ登り」編
まず単独で岩や滝を登るときに心がけなくてはいけないことがあります。、
「絶対に落ちないこと」
これは単独登攀確保器の使用説明書にあったコメントです。落ちたくて落ちる奴なんかいるか!・・・なんて、アホらしくてちょっと拍子抜けの感じもしますが、私は「結構言い得て妙な言葉」だと思っています。
私はこのコメントを「何が何でもシブトク落ちない工夫と悪あがきをしなさい」みたいな解釈をしてやっています。
単独の登山は心理的・精神的な面が8割くらいのウェートを占めます。「落ちたらどうしよう、事故を起こしたら・・・」という不安・重圧が常に心の中にあります。しかし実際現地に行ってしまえば、そして登山行為に没頭してしまうと、割とその重圧は忘れているものです。これが頭の中をよぎった時は手も足も萎縮してしまいいつもの実力の半分も出せずに終わったりします。
ですからフリークライミングで登る技術を向上させて、それに加えてロープワークとか、バックアップのシステムとか、より安全にベターなことを考えて「シブトク落ちない工夫」をしておくことが、絶対落ちないことにつながるように思います。
その意味で私のレポートが、ヒントであったり、たたき台になってくれれば幸いです。

さて、ふつう岩壁や滝などを登るときには、同行者がロープで墜落防止の確保にあたります。つまりクライミングは安全面を考えると複数の人数で行なうというのが基本前提になります。

ところがひとりで登らなくてはならない場合はどのようにしたら良いのでしょうか。
私は独学で登山を始めました。その頃、今から15年くらい前ですと私の周りにクライミングの技術書などを置いている本屋などはありませんでしたし、神田の神保町あたりの山岳専門古書店にまで行って、有名な登山家の廃刊になったものなどを探さないとその手の書籍の入手は困難でした。
山へ行けば抜かれっぱなしで、体力もそんなに無いと自覚している自分ですから、有名な山岳会の門をタタクようなこともできませんでしたし、岩登りの講習会でも初心者向きの講習会ですからそのような事を教えることはまずありません。おそらく今でも単独でのクライミングについての専門の技術書はないように思いますし、山岳会でも相当に先鋭的な山岳会でないと、それもその会に所属しているエキスパートに個人的に教えてもらわないとわからない技術のように思われます。ですから少ない技術の情報を得て、自分で考えて実行するしかないような感じです。

登山道を歩き頂上を目指すピークハントや、それをつなげた縦走、そして人工的な登山道に頼らずに谷筋からの登山(沢登り)や、登山道から見える登ることの不可能なような岩稜や岩壁に足を向け始めても、「困難な場所を登るには複数人で臨む」ということを知りませんでしたし、気がつきませんでした。それでもビギナーズ・ラックというのか知らないものの強みというのか最初のうちは事故も無く登れていけました。しかしそれはある程度のレベルまでで、それ以上の困難なレベルの場所ではやはり実際に20mほど滑落〜墜落を経験しました。

有名な単独登山家の著書や登山記録などを見ますと「難所だったのでザイル(ロープ)を出して登った」などと書かれていましたが、どうやって「ロープを出す」のかという方法がよくわかりませんでした。
前記で20mほど滑落したことを書きましたが、これは山梨県の笛吹川渓谷の東沢・東のナメ沢というところで、沢の出合から3段260mの滝が頭上に高く望めました。事故は最初に100mの滝を2つ登ったあとの10m登った付近でのアクシデントで、この時は補助ロープを使っていたので滑落〜墜落距離が20m程度で済みました。ロープが無ければ210メートル落ちていました。

このとき滑落・墜落距離が20mで済んだ方法は、上の図のように途中に打たれていたボルトのリングに、自分のハーネス(安全ベルト)からの補助ロープを通してその末端をまたハーネスに結びつけ、自分の腰前で補助ロープが「ループ」になるようにして登る方法で、登っている最中に考え出しました。
これですと腰前の結び分の余裕を差し引いて、いちどに登れる距離がリング(残置支点)から9m程度までは可能で、9m登る間にまた残置の支点を発見できればその支点を利用してまず自己確保を行い、腰前の結び目を解除してロープを引っ張ればロープはリングを通って回収が可能なわけです。
仮にこの動作の間に滑落や墜落があった場合は、ロープを通していたリング(支点)が抜けたり破損せずに、ロープの輪が切れなければ、ロープの伸びを考えても最大で20mで済むようなバックアップの方法でした。
この登り方は「デン助登り」などと聞いたことがありましたが、わかり易く「ループ登り」と呼んでおきます。ただこの方法は、このあと色々と安全を考えて工夫を重ねることになりました。

まず、リングやハーケンの穴に直接ロープを通す方法は、ロープに過重が掛かった際に細いリングの断面や鋭角なハーケンの断面でロープが切断される例があることを知り、残置できるスリングなどを間に介してロープを通すか、後に出てくる「末端固定法−登り返し方法」などの場合ではカラビナも回収できますからカラビナも利用しました。

リングの強度というのは新品でも200`ぐらいで破損してしまうという実験結果も知りました。これを踏まえたうえでも直接ロープを通す方法は危険だと知りました。

中間支点が得られる場合
ルートを登っているときに、登れるロープの長さの範囲内で、さらに1つ、2つ支点が見つかった場合、これを中間支点(ランニング)として利用しない手はありません。
滑落・墜落した時でも最初の支点だけでなく中間支点を1つ使えば、それぞれの支点で掛かる滑落・墜落の過重を分散できますし、2つ使えば3つの支点で分散して負担を少なくできます。墜落するときには墜落者から一番近い支点からショックが掛かるわけで、その支点が抜けたり壊れても、次の支点で持ちこたえられるかもしれないし、それがだめでも次の支点でと・・・。多く利用すればより助かる確率は高くなります。

さて、ループ登りで中間支点を利用するにはどのような方法が考えられるでしょうか? まずはハーネス(安全ベルト)に結び付けていたロープの両末端を工夫しなくてはいけません。片方の末端はハーネスに直接8の字結びでつけるとして、もう片方の末端は自在になるように安全環付カラビナをつけてハーネスに装着するという形が考えられます。

中間支点が得られるなら、残置しても良いスリングを掛けてその輪の中に、カラビナ付自在のロープを通して、すぐまたハーネスにつけて登れば良いでしょう。それと登山の時間に余裕があり、次の支点がしっかりしていれば、懸垂下降をまじえて残置スリングを回収すればいいし、登る前から回収可能がわかっている場合は、中間支点にはカラビナをヌンチャク方式で通常のランニングをとる方法で行なえば良いといえます。

●スリング・捨て縄について
ちょっと余談ですが、岩や沢への登山は、単独あるいは複数に限らず持っていく装備の中に、残置しても良いスリング(捨て縄なんて言っていますけど)を、多めに持っていきたいものです。岩では墜落〜宙吊り〜自己脱出のときには2本は最低使いますし、穴が小さくてカラビナが掛からないハーケンも結構あります。沢では滝の高巻いたあとにまた沢へ降りるのに懸垂下降をする場合もあり、その場合下降支点に残置するスリングが必要になります。私は岩・沢どちらも最低10本は持っていきます。
最近はフリークライミングの影響で、ヌンチャクとよばれるカラビナ+短スリング+カラビナのセットになったものを多く持ってきている人が多く、残置に使える余分なスリングはあまり持ってこない人も見かけます。なるべく「本チャン」と呼ばれる自然の岩場や沢に臨むときは多めに持参したいものです。
先日お盆に甲斐駒の尾白川本谷へ一人で行きました。滝を越えるのに荷物が重たくてフリークライミングですとバランスを崩す恐れがありどうしてもアブミがほしいところがありました。結局下のような即席のものをスリングで作って登りました。また、最近自己確保用に定着した感じのするディジーチェーンを使ってもアブミはできます。良くあるケースですが人工登攀などで誤って落としてしまったときに、パニックに陥らずこのようなものでも代用できることを心得ておきます。

アウトドァ・スポーツは、サバイバルになるとマニュアルにない独自のアイデアや工夫が求められます。そのときは危険な方法だったり、無駄と思われる方法であっても、いずれそれが活きるときがあります。

●ループ登りの思わぬ使い方
ループ登りは、スケールの長いルートなどには適さないと思います。ただしこれを考え出したことで思わぬことができました。
沢登りの初心者を連れて2名で丹沢の水無川へいきました。いくつか滝を越えて登っていきますと、滝の左斜面をトラバース(ヨコバイしながら通過すること)するところが出てきました。

登山で危険な場所の通過がある場合は、パーティーとしては経験者2名が初心者1名を挟んで登る方法が安全だと思われます。というのは上記の図のように2名で登山すると、確保のセオリーでたとえロープを使ってAの人間がBを確保していても、Bが誤ってバランスを崩してしまうと滝のほうへ振り子のように振られて落ちます。3名の場合ですと最後を経験者にすることによって、最低限初心者の落ちることは防げます。私がこのとき考えて行なったのは「ループ登り」の応用でした。


トラバースする最初の残置支点にカラビナまたは残置スリングを付けて、まず自分がループ登りで危険箇所を通過します。安全地帯までたどり着いたらロープは確保支点に固定します。初心者には自分のハーネスからカラビナを掛けてもらって危険箇所を通過してもらいます。(上の図)
通過後にカラビナを回収したい場合は、自分がもう一度危険箇所の往復を繰り返して回収します。カラビナを使っていない場合は固定ロープを解除して
片方を引っ張って回収します。

上のような沢登りの事例に限らず、一般の登山道などでも危険箇所のある登山を強いられることがあります。リーダーとして初心者を引率する場合などは、たとえそれが基本通りの登り方や確保法であっても「自然の中ではケース・バイ・ケースなのだ」という柔軟な考えを心がけて、万が一の事故につながる方法であれば極力避けます。そして自分の労を惜しまず手厚いフォローで窮地を乗り越えたいものです。

一人で登る方法を考えていたことが、それが危険な考えであっても、考えて実行して、失敗して、工夫して、そんなことの繰り返しが別の場面で役に立ったりします。私はアブナイことをやればやっただけ守備範囲がひろくなったように思います。みなさんも色々工夫してやってみることをオススメします。

その弐へつづく。


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