登山のテクニック

登はんの道具(ビギナー編)
あぶねえ山屋のページに来ていただいているお客様の中には、これからバリエーション登山をやりたいと思われている方も、いらっしゃるようです。
もう3年前ぐらいになりますが、以前所属していた山岳会の会報に連載した原稿があります。若干の改訂も交えて美味しいところだけをご紹介しようと思います。

三ツ道具

現在はミツドウグなんて言葉は「死語」かもしれません。「三種の神器」なんてことばがありますが、以前は登はん(クライミングの意味)の分野でも「三種の神器」に似た意味合いの「三ツ道具」といわれるものがあって、これはハーケン、カラビナ、ハンマーを意味しました。なぜ死語になってしまったかというと、最近はフリークライミングによる登る技術のレベルアップによって本番の岩登りでもハーケンを打たなくても、またハーケンに頼らなくてもクライミングが可能になってきています。そしてフリークライミング=クリーンクライミングの意識が浸透してきて、岩場では無闇にハーケンやボルトなどを打たない、打ってはいけないというのが、プロガイドや実力のあるクライマーなどによって声高に広められており、常識のようになっています。ましてや登る前進用としてハーケンやボルトを打って登っていく行為などは、古い時代の岩登りをするものとして恥ずべきことであると非難されます。そして岩登りにあまり使われなくなった、その行為を見かけなくなったことが、死語になってしまった理由かもしれません。

それはそうとして、私は登はんの基本として、自分を守る技術として、ハーケンを打つ技術は、絶対にできなければいけないと思います。
特に日本独特のクライミングである沢登りでは、毎年のように状況も変わるし不確定な要素が多すぎます。これにはこの技術なしに自分を守る、仲間の安全を確保するといったことも難しいと思うからです。

○ハーケン(ピトンなどとも言う)
 最近は、岩場も登るルートが整備されていて、人気のあるルートではハーケンなどは打たなくても、いちにちが済んでしまうことがあります。沢登りも同様で、ハーケンを打たない山行(さんこう=山行きのこと)を経験されている方も多いでしょうし、道具を持参していない人もパーティーの中でいるのではないかと思います。この行為は経験が全てですから、実際に自分がやってみないかぎり技術の向上は望めません。リーダーや先導者がその行為をしているのをただ見ているだけでは、私からするとせっかくの機会なのにもったいない話だと思います。
 ハーケンを打って自分や仲間を確保するというのは、岩場や沢に意外と適当なリス(岩の割れ目)がなくて結構時間が掛かったり難しいものです。かといって岩登りのゲレンデなどで打つ練習をしようものならヒンシュクを買います。ですから私などは計画する沢登りなどで休憩時間の合間に打つ練習というか「遊び」をしてもらっています。

<種類>
主に軟鉄製のものと硬鉄製(クローブモリブデン鋼=通称クロモリ)に分かれます。両者の違いは、軟鉄製は使い捨てタイプ、硬鉄製は再利用が可能と考えておきます。



軟鉄製は形が兼用型、縦リス型、横リス型の3種類で、表面がツルツル無地のものと、波型のウェーブ地のものがあります。
ただし波型のウェーブ地で横リス型ハーケンは、最近では矢印の部分が折れやすいという報告があり、使わない傾向にあります。
私は横着者なので「兼用型」しか使いません


硬鉄製は表面には波型などはなく無地で、色が黒か銀ネズ。
その代わり用途に合わせてサイズが小さいものから大きなもの、厚みのあるもの、薄いもの、∧型のアングル型といわれるものなど色々あります
名前もナイフブレードとかバカブーとか色々あって、似たようなものでもメーカーによって名前が違ったりもします


<使い方>
 ハーケンは、岩や滝などにあるクラックまたはリスといった「割れ目」の幅よりも、やや厚めのものを選びます。そして岩質が硬い岩なのか?石灰岩のように軟らかい岩なのか?といったことも考慮して軟鉄・硬鉄のどちらを使うか選択します。

ハーケンを岩に打ち込んだ様子を横からの断面図
軟鉄は軟らかい岩向きで、割れ目に打ち込むとハーケン自体が割れ目内部の形状にそって変形しながら深く食い込んでいきます。
しかし硬い岩質の割れ目の場合には、深く食い込む以前に材質が軟らかいので曲がってしまい根元まで深く打ち込むことができません。
硬鉄の場合は、硬い岩質のリスにはガッチリ食い込んで効きます。そして引き抜いて回収し、再利用が可能な材質で作られています(再利用の回数はその消耗度により異なります)。
ただ軟らかい岩質のリスなどでは、ハーケン自体が硬いため岩の割れ目をこじあけて広げてしまい、良く効かないことがあります。

ハーケンの効き具合はリス=割れ目に打ち込んだ時の音で判断します。コン・コン・コン・コン・・・次第に音が高くなっていけば効いています。ただし最後までその音が低くならないことが大事で、最後の最後で音が低くなったり、鈍い音になった場合は、割れ目の内部が広がってしまい効き目がダウンしたと判断します。
ハーケンを打つ場合は通称アゴと呼ばれる部分を岩に密着させると効き強度が増します。

ただし∧型のアングル型ハーケンはリス(岩の割れ目)に対して3点を接触させるように打たなくてはいけません。
また、縦のリスに縦用ハーケンを打ち込むときは岩の面に対して直角よりもやや斜め上から打ち込むようにすると良く効きます。

どうしてもハーケンが最後まで打ち込めないときは、できるだけ岩に接した部分にスリングを利用してイ結びスリップノットで補って使うようにします。浅打ちのままカラビナを掛けて使用すると、加重が掛かった場合テコの作用でいとも簡単に抜けてしまいます−図A。

図A
          タイ結び
流れ止めBackUp
をすればより安全

スリップノット

実際の岩や沢で既に打たれている「残置ハーケン」を利用する場合は必ず効き強度のチェックをします。ハンマーでハーケンの頭をたたいて音やグラグラ動くかどうかのチェックなどをしても良いですが、手っ取り早くて確実なチェック方法はハーケンにカラビナとスリングを掛けてスリングをグイグイ引っ張ってみるのが良いみたいです。

残置ハーケンには打ち込まれ過ぎてカラビナが通らないものも結構あります。そのような場合のためには、幅が10mm程度で軟らかめのスリングを用意しておきます。登山用具店で売っている既製のソウンスリング、また切り売りの10mmテープや直径5ミリ程度のパワーロープを結んで輪に作った手製のスリングなどを使います。
●私のスリングの作り方は以下のようなものです
確保支点に使うような長いスリングのときは別の話ですが、通常ランナー(中間支点)に使うスリングの長さは、フィッシングの世界でよく使われる言葉ですが「ひとひろ」といって、左右の手で持って真横に広げた長さ(結構アバウトなんですが)が適当なようで、切り売りのテープ(パワーロープ)をこの長さで切り、切り口末端はライターなどで溶かしてホグレ止めの加工をします。
結び方には色々あります。定番は、テープの場合はテープ結び。パワーロープの場合はダブルフィッシャーマン結び。どちらも良い結び方でしょうが結び目に振動やショックが度々掛かったりしていると解ける可能性もあります。
私の場合はテープ、パワーロープのどちらも8の字結びで結んでいます。ちょっと想像では結び目が大きくなってしまうように考えがちですが、そのようなこともなく気にならない結び目の大きさになります。
片方の末端でロープの直径の10倍以上の長さを残して8の字結びを作ります。
次にもう一方の末端を逆方向から8の字結びのロープをなぞる様に差し込んでいって、最後は逆方向から出します。4本出たロープは全てしっかりと引っ張って締めます。このとき結び目は2本のロープがきれいに平行線をたどっている様な形に結ばれているように、よじれがあれば直します。
最後に、私は径の10倍以上出した末端を市販されている絶縁ビニールテープでバックアップしています。これは末端が動くと、8の字の結び目が緩みだすかもしれないといった万が一の時への備えです。
最初に末端をひと巻きして下地を作り、次にループの本体と一緒に2重ぐらい巻きつけています。
このスリングは本番の岩場や沢登りなどでハードに使っていますが、ビニールテープの部分すらめったに取れたことがないです。

ついでに、打ち込まれすぎたカラビナの掛からないハーケンへの、スリングの掛け方ですが、
二つの図で良くやるのが右の図のような掛け方
これよりは左のような掛け方のほうがより強度は高いし安全だといえます

<ハーケンの携帯方法>

ハーケンの携帯方法ですが、ハーケンを掛けるギアラックみたいなものも市販されていますし買ったこともありますが、いざ使う段になって取り出しに苦労したり使い勝手はよくありませんでした。
こんなことからハーケンはカラビナに掛けて携帯するのが手っ取り早いような感じなのですが、これにひと工夫して私はハーケンにはすべて、¢3ミリ〜4ミリの切り売りパワーロープを直径4センチ程度のスリングにして穴に取り付けています。
図で見ていただいたとおり、単純にカラビナに掛かる枚数が多くできます。
それと、沢などで特に多い失敗としてハーケン回収時にポチャンと滝壺に落としてしまうようなことがあります。それを防ぐためにもハーケンに付けたスリングの輪に、カラビナと別のスリングを付けて片手で持っておくと、引き抜くときに勢いあまってポトリということを防げます。つまりハーケンのビレイ(確保)が可能という利点もあります。

またこのハーケンに付けられたスリングの輪は、本番の岩登り(本チャンといいますが)などでリングボルトのリングが無いものなどに、ハーケンから解いてそのリングの抜けたボルトの穴に通してまた結び、そこにカラビナやアブミを掛けてリングの代用をすることもあります。

[カラビナ]
カラビナには色も形もとにかく色々あります。形として大きく分けると、Oオーバル型、D型、D型ベントゲートタイプの3種類、ゲートがワイヤー式になったものなどもあります。その形の中で安全環の付いたものもあります。形としてはオーバル型、とD型、そしてHMS型などがあります。

左からオーバル、D型、D型ベントゲートタイプ、HMS型


●オーバルは幅広く用途に適したオールアラウンドタイプですが強度の点ではD型に劣ります。私はこのタイプはセルフビレイ(自己確保)など支点固めに利用しています。インクノットなどの結びを掛けやすい点、そしてビレイからの脱出、ザイルを固定したりする点、荷揚げや事故者の引上げなどでのプーリー(滑車)の役目をさせ、加えて2枚使ってガルダー・ヒッチ(別の機会に説明します)を作って引き上げるのにも適しているように思うからです。ただし強度の点での不安もありますから必ず2個以上で、そして安全環付きのものを利用しています。
●D型カラビナは強度の点で安心できます。ランニング(中間支点)の用途にはこのタイプを使っています。
●ベントゲートタイプはD型をより開きやすくザイルをクリップしやすくしたタイプです。このタイプはその開きやすい特性ということで、本チャンの登攀では危険であると言われています。
●安全環付きのHMS型カラビナというのもあります。これは安全環の部分が特殊で90度ねじるだけでゲートが開放できます。閉じるときも90度ねじって放すだけ。頑丈さと大きさなどから主にハーネスの前に装着し、確保器や下降器などを装着して使われています。それと冬山などでネジ式の安全環の場合凍りついてしまって回らないことがあります。このような場合でもこの形式のカラビナは有効です。
但しこのカラビナでは、ビックリ冷や汗ということも何回かありました。単独登はんの時に胸前に8環を装着し懸垂下降していました。その時に胸の前には単独登攀の確保器もあったり、下降しながら回収したスリングなどがあったりでゴチャゴチャしていました。ふと見るとなんとこのカラビナのゲートが開いてしまっているのです。HMS型の安全環の部分が、胸前のスリングの束と、私のおなかの間で、なんとゲートが90度ねじれていました。
こんな事が2度ほどあったので、それからは本チャンの登攀には使わなくなりました。
最近は、この形のカラビナに、不意にネジレテ開かないようなカバーのついたものも発売されています。

カラビナの特性について。カラビナの特性としては縦部分の荷重に耐えられるようになっており、横への荷重には非常にもろいです。
またゲートが閉まっている時に荷重に耐えられるのであって、開いているときには自分の体重程度の荷重が掛かっただけでもいとも簡単に壊れてしまいます。

[ハンマー]


さてハンマーです。色々あります。これはちょっとカタログが古いので最近はもっといろいろあるでしょうが、大まかな種別が写されているのでこれで説明します。
いちばん左のものはヒッコリーという木のシャフトを使っているもので、往年のベテランさんには根強い人気があります。
左から2番目のチョックの長いタイプは、沢登りなどで草付きのドロ斜面や雪渓などを登るときに重宝するタイプです。ただしこのタイプはわりと重量が軽くデザインされているものが多いので、打撃力が弱く、固い岩などにハーケンを打ち込むときや、ボルトなどを打つときには苦労します。
右から2番目はチョックも割りと長めで沢にも使えますが雪渓には少し難はあります。シャフトは軽量化してプラスチック製ですがハンマー部分の重量は手ごろで打ちやすくなっています。
いちばん右は、シャフトの末端にボルトレンチのついたタイプで、ボルトをよく打つ壁屋さん向きだといえます。
特殊なボルト打ちなどの作業を考慮しないで判断すると、いまのところいちばんオールマイティなのが、左から2番目の型で最近はこのメーカーでそこそこ重量のある打撃力のあるものも発売しているようです。
ハンマーを選ぶだいたいの目安としては、まず握ってみて適度な重さがあること。また別売りで色々ハンマーホルダーがありますがそれとの相性ですぐにホルダーから抜けてしまうようなものはオススメできません。適度な重さからの打撃力、そして装着携帯性を重視して選んで下さい。
それと道具は使い勝手を考えると、目的が沢なのか岩なのか、残雪期なのか、雪解け以降なのか、などによって使い分けても良いかもしれません。(まあお金に余裕があればですけど)

■終わりに
ハーケンやハンマーというのはパーティー単位で沢登りを行なう場合には共同装備に入れられることがあります。はたしてそれでよいのでしょうか?。
滝のリードをする人や、したい人は必携です。滝を登って滝上に確実な支点があるとは限らないし、自己確保や後続を確保するにも、また、登っている最中にルートを間違えたりハマッテしまったときなど、クライムダウンするにしてもハーケンが打てれば割と安全にクライムダウンができますし、この時などに事故は起きやすいのです。また、リードをする者は自分が登っていて「この部分の登りは後続の仲間の中には難儀をするひとがいるかもしれない」と感じたら、急所の付近の上などで1本打って長めのスリングを掛けて「お助け」を作り、パーティーを安全に通過させる配慮をすることもリードする者の心得です。そして、そのリードする人を確保する者、つまりラストに登る人も確保支点を探すかハーケン打って作らないといけないし、リードした人が仮に途中でハーケンを打ったりしていれば、それも回収しながら登っていかなくてはならないので、ラストの人も確保支点工作用のハーケンを2〜3個と、支点やランニングで打たれたハーケンの回収用にロックハンマーはどうしても必要になります。ですからほんとうは山行に臨む際には個人装備として認識していた方が良いと私は思います。


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