登山のテクニック

ビバークをしてみよう
 最近は、中高年の登山ブームもあって百名山など人気の山では登山道・指示板・道標などが整備されてかなり歩きやすくなっています。山小屋も人気の山域では混雑して窮屈でしょうが建物は綺麗ですし食事も美味しい。行きたい山の情報もネットでたやすく得ることができるようになりました。
ハードの面、そして情報というソフトの面は整備されてきていますが、ユーザーの人たちの面はどうなんでしょうか?
こんな時間まで山登りをして・・・という時間まで無理して登山をしている方に出会ったりします。挨拶の言葉は「○○小屋まではあと何時間ぐらいですか?」。というのがほとんど。
例えば去年秋の夕暮れに、北アルプスの前穂高〜奥穂高間の3000mの稜線で挨拶を交わした初老の男性は、これから岩場の続く登山道を小屋まで3時間(日中のタイムで)掛かる道のりを暗くなっても登り続けるわけで、とても複雑な気持ちになりました。単純にたいへんだろうなあ〜と思うのと、もし事故でもあったら救助するほうも大変だろうなあ〜という気持ちでした。事実去年そのコースでは死亡者が出ているんです。
そもそも計画に無理があるのか、その日の体調がちょっとバテ気味で行動時間が余計に掛かってしまったのか。意識と身体のギャップがありすぎてこんな時間まで行動することになってしまったのか。いろいろ要因や事情はあるでしょうが、それでもなんとか小屋まで辿り着こうという執念みたいなものを目の前でみると、「気持ちにゆとりのある山登り」をされているのかなあ〜と思ったりします。
それではおまえはそのときどうっだったんだ? と尋ねられると私は早々に平地を見つけて暗くなるちょっと前にビバーク(露営)をしてました(^_^;)。
この日の私は、翌日別のところへ登る目的でしたので、当初から「何時ごろまでにA地点ぐらいまでしか行程がはかどらなかったらA地点でビバーク」、「B地点まで行けたらB地点でビバーク」みたいな予定をたてて臨んでいたので、ほんとうの緊急ビバーク(不時露営)ではありませんでした。

登山は経験ですから、暗くなっても目的地まで歩き通すような登山も忘れられない経験として蓄積されるのでしょうが、それも下山できてのあとの話で、失敗すれば、良くて他人様に迷惑を掛けながら生還できるか、悪ければあの世行きみたいなことになります。(まあ、あの世に行っても遺体は麓まで救助隊の皆さんに迷惑をお掛けして運んでもらうことになりますが)
いろんなアクシデントで時間が掛かり、計画通りに事が進まない状況の場合、選択肢は3つあります。
@諦めて引き返すこと。
A無理してでもなんとか頑張ってしまうこと。
Bこの場所で一夜をあかすこと。翌日再度計画を継続・または断念の判断をすること。

すっかり諦めて引き返すことは誰でもわかることですが、これの判断・踏ん切りは結構難しいです。「山は動かないからまた挑戦すればいいじゃないか」というセリフがありますが、最近は中高年の皆さんに言わせると「山は歳とともに逃げていく」というのが決まり文句で、ですからこの機会に無理してでも登りたいと思うようです。
無理してでも計画を続行した場合、最悪の結果は動けなくなります。動けなくなれば疲労凍死もありえます。
この場所で一夜をあかすこと・・・・・これは体力の消耗をこれ以上はさせずに、翌日に備えるためですが、これを選択する場合は前もってこのことを予想して計画を立て、そのようなこともあると心構えて臨んでいないと、かなり精神的にも辛いものがあります。
さらに、以上の判断を下す以前に、疲れてしまって引き返すこともできないというケースもあります。まあそんなこともありますので、予測していた・していないに関わらず「自分の身を守る技術」としてビバークはできるようにしておきたい・・・ということになります。

さて、山で一夜をあかすとき、いちばん気をつけなくてはいけないことは風対策だと私は思います。もちろん雨や雪、そして気温の変化にも注意が必要でしょうが、実は風が自分の体内からエネルギーを奪い取る、体力を消耗させることを数倍加速させます。
ちょっと話題が逸れますが、雪山で雪崩等で埋まってしまったとします。運良く生きていて助けられて、堆積した雪から掘り出されます。このとき地上に風が吹いていたら、その外気に自分がさらされるだけでいとも簡単に低体温症であの世行きになります。また、夏山などで身体が疲労しているところに風にさらされると気温に関係なく疲労凍死につながったりします。
ビバークの要領はまず防風対策でなければいけません。となると風除けとしては被って包まることが可能なものが有効になります。

ビバークは腰を掛けられるというか座れるスペースさえあれば、どこでもできます。そして道具はツエルト(旧語ではツエルトザックなどと言われる簡易テント)、ツエルトのフライシート、或いは簡易タープ、サバイバルシート、シュラフカバーなど、これの中のひとつでもあれば役立ちます。
以下はツエルトの例をご紹介します。
ツエルト
これはオプションのポールと張り綱を使ってテントとして自立させた例↓

これはレギュラータイプで1人〜2人用で600gぐらいありますが、最近東京の高田馬場カモシカスポーツで売り出されたものは250gと軽量!。缶ビール350mlよりも軽いです。


↑この写真では青色ですがフライシート(雨よけの防水シート)を組み合わせればテントとしても十分に使えます。(但しツエルト本体のナイロン布地は最近のテントの布地と違い結露しやすいので、中で煮炊きなどをすると水滴がすごいです。このためゴアテックスのツエルトもありますが、値が張るのと1.5倍ほど重たくなります。
ツエルトは通常底の部分が割れている設計なので土足のままで上から被ったりするだけで利用できます↓

上の図のような形ですと1人用で最高4人まで入れます。
また、両脇の空気口のところに吊り下げられる輪の紐がついているので、張り綱などの紐をつけ足して木から木へ、岩から岩へなど吊り下げて利用したりもします。

ただし木の場合は最近はエコロジーブームですから、木に直接吊り紐を巻かずになにか布でも幹に巻きつけてから吊り紐を結ぶと誰からも文句を言われないでしょう。

フライシートは、軽いし握り拳くらいにコンパクトになります。夏の沢登りなどはこれだけでキャンプします。雪山のときなど雪洞を掘って入口の玄関カーテンのような代わりに使うこともあります。また大きなものは雪山での負傷者を搬送する場合に、負傷者を蓑虫みたいに包んで搬送する時にも使われたりします。

夏山などはツエルトなどを使わずに傘1本でもビバークはできなくありません。
ライチョウみたいにハイマツや石楠花などの樹林帯に潜り込んで傘を差して夜露をしのぐ方法もあります。しかし山がそれなりの高度であったり、気象条件が悪かったり、風の流れやすい沢筋だったりする場合のビバークは傘ではちょっと役不足で、ツエルトやシートを被ることによって保温できて体力温存につながるのであれば、最近のツエルトは250gと軽いものなので、缶ビールを1個、またはおやつひとつを減らしてリュックに入れていきたいものです。
自分を守る、仲間を守る、そして最近は何処へ行っても特に中高年の登山者が多くその割合に比例してちょっとした事故も多くなってきています。そのような場面に遭遇してもそれひとつ持っているだけで手助けができます。

さて、いきなり本番ではプレッシャーもあるでしょうから、予行練習としてどうやって「ビバーク」を経験していったら良いでしょうか。これは色々やり方があるように思いますが、まずは最低条件として前記の装備を携帯することと、日程に「ビバークするための予備日」を確保しておくことです(あたりまえですが)。
そして、あらかじめ時間だけを設定し何時になったらその場でビバークをするということを決めておいて、手始めは郊外のウォーキングの途中で河原などを見つけて一夜を明かしてみる。緊張感が無くて物足りないようなら、自分の勝手を知り尽くした近場でよく行くお気に入りの山でのビバークなどでも良いでしょう。そこでツエルト等の装備のみを使って実際に泊ってみる。ツエルトで風を防ぐのみで、煮炊きをしなくても行動食(おやつ)みたいなものを食べて水を飲んで過ごすだけでも一夜はあかせるものです。ちょっと辛いかもしれませんがトレーニングですから。慣れればちょっぴりタフになった自分が出来上がります。
「何時でも何処ででもビバークはできるのだ」ということを心の中に備えることができれば、「気持ちにゆとりのある登山」ができると思います。

これから寒くなり、雪山の季節です。この時期のビバークもまた楽しいものです。まず水の心配がいらない。私の基本装備はツエルトフライとスコップとスノーソー(ノコギリ)、それにマット・羽毛服など生活用具と燃料、食料。
疲れて休みたくなったらその辺に縦穴や斜面に横穴を掘って何処でも休みます。登攀装備を持っている場合は重装備なのでスコップ等は持参せず、ピッケルだけで掘ることもあります。
雪山は、計画する山の積雪推移を最低でも1ヶ月前くらいから現地情報・ネットや新聞・そしてその山麓のスキー場の積雪だよりなどの数字的材料でチェックし、実際の現場では積雪の弱層テストなどで雪の観察してから入山します。
雪山の場合は登山技術に加えて「雪の勉強」は必須です。雪の観察・雪崩の勉強などは私も受講しましたが日本雪氷学会の主催・後援する講習会で勉強するのもいいですし、手引きとしては山と渓谷社の「最新雪崩学入門」などをご覧になってもいいでしょう。
慎重に細心の準備を行って、山では大胆に攻め、かつ守る。こんなスタイルがあぶねえー山屋の私です。(ちょっと抜けてる面もあるんですが(^_^メ)


戻る
前へ
次へ