登山のテクニック

登山道や沢筋での事故者の救助・搬出−2003年都連盟救助隊搬出訓練レポートから
これは雑記帳のページに公開していた2003年7月の東京都勤労者山岳連盟救助隊主催「沢の救助・搬出訓練」のレポートを「登山のテクニック」コーナーに移動して公開するものです。もう少し詳しい資料を加えたいところですが、とりあえず再公開しておきます。時間が有れば追々イラストなども増やして改訂していこうと思っています。


一般の山歩きでも下山で道に迷ったり登山道から滑落したりして沢筋へ落ちて事故のケースが少なからずあります。その場所から搬出・搬送するにはどうしたら良いか。自分がリーダーだったらどうすべきか? 色々なケースを想定して救助方法を考えてみることは必要なのではと思います。

@登山道での怪我人の搬送


私らのパーティーは今回以下のような流れで訓練を行いました。

@支点の工作作業
Aレスキューハーネスを使用して怪我人を背負い、滝を引き上げ・引き下し作業。
B現地調達の木とロープを組み合わせて担架を作り、チロリアンブリッジを使って対岸から対岸への輸送。
C細く急な登山道での担架搬送

結局訓練には十分な時間がないので搬送に重点を置いたものになりましたが、実際はこの手順の前に怪我人の応急手当が済んでいることが前提であることはいうまでもありません。
●救急法については拙ページの雑記帳2「安全登山シンポジウム(日本山岳レスキュー協議会)」をご参照

@支点の工作作業
参加者の皆さんは自らの会では指導的立場の方々ですが、確保支点のボルトやハーケンを打った経験はあまり無いようでしたので実際にその作業をしてもらいました。支点が出来上がったところで流動分散による支点の取り方を講師が実演しました。
A-1
A-2
A-3
いままで通常の流動分散と言われてやってきた支点の取り方は上の図のA-1〜A-2です。(3箇所からの支点を流動分散させる場合)。
これですと、ひとつの支点が破壊されても別の支点が加重を分散しながら持ちこたえてくれますし、カラビナがスリングから外れることもありません。
しかし1箇所でも支点が破壊されたときは全てに掛けている※印のカラビナの位置が下がることになります。A-2図 下がると破壊されていない残った支点にもショックが掛かります。したがってA-2のようにセットできたら、さらに各スリングを個別に結んでしまうと、支点が破壊されても※印位置のカラビナは下がりません。A-3図 (図ではスリングは8の字で結んでいますが、一重結び/オーバーハンドノットでも構いません)

また流動分散をするスリングが長いスリングを利用できる場合は、全てのスリングをひとまとめに結んでしまう方法が安全であるといわれています。
まずは長いスリングで流動分散をしたあと、加重の引かれる方向を考えてスリングの束をその方向に向けて8の字で結びます。
実際このスリングを束ねて結ぶことを計算に入れると3つの支点からの流動分散するスリングの長さはダブルの長さで2m以上のものを用意することになります。

左・中・右、どの方向に引かれるかを考える。

加重の方向が決まったらその方向でスリング全部を8の字で縛る。

Aレスキューハーネスを使用して怪我人を背負い、滝を引き上げ・引き下し作業。
負傷者を背負って搬送する場合に、斜面を引き上げる方法・引き降ろす方法をやりました。
@で使った支点を利用して引き上げ・引き下し・結び目の通過などのシステムを講師が実演し、その後一人一人実際にやってもらいました。
右の図はプーリー(滑車)2つとユマールなどの(登高器)2つを使った3分の1の引き上げシステム。
引き上げている最中にすこし戻したい場合や引き下しに移行する場合もあります。
この場合Aの部分は半マスト結び※1とマリナー・ノット※2を併用して仮固定式にしておくと即座に融通が利いていいようです。最後に末端はカラビナでバックアップしておけば言うことなし。
ユマールなどの代わりにペツルのグリグリやカンプのロープクランプなどを使えれば仮固定式にしなくてもメインロープの融通は利くと思われます。注意することはこの下ろす作業に移行する場合はC部分の滑車を解除し、必ず8環など確保器に替えてから下ろす作業を行うこと。

Bの戻り止め部分はふつうは重りなどを付けて対処していますが、負傷者+搬送者の荷重によって引かれる方向にハーケンなどで支点を作り、スリング&カラビナで方向を固定してしまうと引上げ作業が安定して行えます。
システム拡大図
上図Aの部分の詳細↓

※1 半マスト結び

※2 マリナー・ノット

完成図

これらの基本的なシステムを理解してもらったうえで、実際の登山では滑車などは携帯していないことが多いのでその際に必要最小限の装備で引き上げる方法を私が実演しました。

必要最小限度の装備で引き上げる方法。カラビナ部分の摩擦抵抗が無ければ5分の1の引き上げシステムになります。
カラビナ4〜5枚、スリング長短各1本。

Aの部分はガルダー・ヒッチ
(下図参考)

Bの部分はプルージック結びなど
上図Aの部分ガルダー・ヒッチ作成図例↓

○引き下しの確保図例
(都連盟救助隊テキストよりイラスト引用)


※8環にロープは2重に掛けて摩擦抵抗を増やす。


B現地調達の木とロープを組み合わせての担架の作成。チロリアンブリッジを使って対岸から対岸への輸送。

頚椎や脊椎の損傷のなど場合背負って搬送すると取り返しのつかないことになります。このような難しい重傷者の場合は担架による搬送しかありません。身近にある木、衣類、ロープ、テーピングのテープ、ザックなどを利用して担架を作ります。
今回は木とロープ、スリング、針金、そしてガムテープなどで補強して担架を作りました。

通常はザイルがあればザイル担架を作成します。私もこの担架は何度か使ったことがあります。ただ搬送される側(負傷者)からすると全体的にザイルの網で締め付けられて苦しい感じになることがあります。ザイル担架作成の注意点は、搬送者の肩・腰あたりになる輪の部分は止め結びを使うことで、これは最も荷重のかかる部分から荷崩れ起こすようになることを防ぐ意味です。


担架に使えそうな木が入手できれば、木枠で担架のベースを作りザイルを併用してしっかりしたものを作ります。木と木をしばる部分は角しばりで固定します。細引きや結んで使っていたスリングを解いてしばり紐として使うといいでしょう。

 今回はスリングでの角縛り+針がねで補強しました。木枠にロープを絡ませる方法は上の図のような千鳥掛けのような方法が一般的ですが、今回は下のように真ん中からただグルグルと木枠に巻き付けるだけの方法をとりました。巻きつけた後、木枠とロープの接点は下右図のように、ガムテープでで固定しました。

実際は上の図よりもガチガチにガムテープで補強しました。

ロープが無い場合の担架の作成は、テーピングのテープや雨合羽・衣服などを利用して作ります。
一例としてテーピングのテープを利用した担架作製図↓



木枠とロープで作成し補強ができたら、銀マット、シートなどを乗せ寝床を作り、負傷者を乗せます。

負傷者の肩・腰・足の部位はスリングなどを両脇から出して真ん中で固定します。腰の部分は取り外しのできるウエストベルトのザックを使っていれば、ウエストベルトで担架の裏からクルッと回してお腹の位置で固定できればしっかり固定できます(↑印部分)

○チロリアンブリッジの留意点

・チロリアンブリッジを行う場合は、9ミリロープの場合は荷重が掛かると相当伸びてしまうので搬送目的の場合は2本使用して張ります。これに引っ張る側・引っ張られる側(ブレーキ側)の2本が必要なります。
搬送する装備としてロープが2本しかない場合はかなり強引な方法かもしれませんが、伸びてしまってもチロリアンは1本で張り、もう1本を引き上げシステムを使い対岸へ引き寄せるような方法を考えます。注意点はチロリアンのロープを強く張りすぎると切れやすくなるので目一杯ピンピンに張らないことです。
・今回は立ち木から滝壺を越して対岸の立ち木へ張りました。
・下図でAの部分は最初に固定する側で、 立ち木にロープをインクノットで巻きつけ、末端はブーリン結びまたはエバンス結びで固定します。

・引く側のシステム
以前は引く側のロープのAの場所に8の字結びのポイントを作ったり、ユマールやカラビナバッチマンなどで引くポイントを作りCの部分でカラビナ+滑車も利用してロープを張り、末端を何重か立ち木に巻きつけた後AとCとを巻きつけて間に末端を入れて縛る方法などが用いられていました。
最近の考え方はAの部分にプルージックまたはマッシャー結びでポイントを作り、メインのロープを立ち木にBのように2重に巻きつけた後Cのようにターンして、滑車があればCの部分で利用しながら、メインロープを引っ張ります。張るたびにBのまきつけている部分も少しずつずれていきます、ロープを対岸からしっかり引っ張ったら、末端のほうは緩まないように立ち木とロープの摩擦を利用して尚も立ち木に2重・3重と巻きつけ、Cの部分はすべて解除します。
巻きつける際は、右矢印の部分のようにロープの内側に1回通すように巻きつけます。
ロープは何重か立ち木に巻きつけると摩擦抵抗で緩むことはなくなります。末端は張っているメインロープに2重に巻きつけてフィッシャーマンで固定+末端処理でもう一度メインに巻きつけて固定します。
結び目は最後になるべく立ち木へピッタリと付けるようにします。この方法は、ロープを張るときに作ったポイント部分を全て解除してすっきりしておけるので、搬送者をチロリアン・ブリッジに乗せる場合にメインロープに目障りなものが無く、より立ち木に近い安全な場所から搬送者を吊る〜送る支度が可能になります。
チロリアンのロープを張る方法はいろいろな確保器具などを用いた方法もあります。
例えば右の図のように別の長いスリングを立ち木に巻きつけて、ペツルのグリグリをセットします。チロリアンを張るロープをグリグリにセットした後、上でやったように引っ張りポイントを作って1/3システムでチロリアンのロープを引っ張り。グリグリを使うことのメリットは固定のしやすさと最終的な装備の解除が楽な点がいいといわれています。
チロリアン・ブリッジ担架搬送画像1


画像2



C細く急な登山道での担架搬送
 
担架での搬送には頭・足の前後に左右各2名。できれば中間の腰のポイントに左右1名いるとかなり楽ですが合計すると6名の担ぐ要員が必要となります。担架の横に立って持ち上げるわけですから、担架の幅+αの幅広い登山道がなくては活動が苦しいです。登山道はすれ違いのきかないような狭い道が当たり前ですし急傾斜な道も多いのでそれにて対応した搬送方法を考えます。右の図のように担架の縦の長さを互い違いにして幅を使わないように工夫するのもひとつのアイデアだと思います

河原などを搬送する場合は割りと広くて搬送しやすいですが、反面滑りやすい箇所も出てくるので搬送者自身の安全確保に神経を使います。

今回は急傾斜な渓谷登山道を搬送してみました。歩いて5分のところを搬送するのに40分かかりました。

右図のような形で搬送でき、これですと確保者が2名、先頭で担架を持つ人1名、確保の段取り支度要員1名の4名でも搬送は可能になります。ただし先頭で持つ人の負担が大きいので交替で行うほうが良いです。
確保者の確保の位置は立ち木になるべく高い位置に長いスリングで支点を作って8環で確保します。確保ロープは常に張った状態で担架の後ろ部分を吊り上げキモチの状態にします。登山道が曲がる場合や、確保のロープが間延びしたり屈折する場合などになったら、段取り要員が次の支点を選定して支点を作り、そこからの確保に切り替えます。今まで確保していた人は確保を解除して次の確保支点へ先回りします。
登山道の傾斜が平地に近いものになれば搬送者全員で持ち上げて搬送します。


▲▲ザックとレインウェアを使った背負い方法▲▲
今回の訓練では特別参加していた登山ガイドさんからザックとレインウェアの上着を使った背負い方を勉強できました。
これは従来のザックに棒を渡して背負う方法(右図)は背負われる側としても大腿部の加重部分(棒の部分)がマットなどでソフトに補足していても苦痛になることがあるのに対して、そのような負担に感じる部分もないようで負傷者にやさしい背負い方法のようです。
右図ではザックをペシャンコにして搬送者と怪我人間にして背負うほうが安定しています。絵図ら的に理解が難しいのでこの図を用いました。

・ザックとレインウェアの上着を使った背負い方の、作成方法は、右図のようにザックのストラップの細い部分(赤の部分)にレインウェアの袖口を一重結びでかまわないから縛り付けます。
動けない怪我人の場合は最初からレインウェアのうえに寝かしてしまい、この状態から上の結びを始めると良いです。
ザックとレインウェアで怪我人を挟み込むような状態にして、レインウェアの左右の腰の部分の裾にゴルフボール大の石を包みながら細引きかスリングでインクノットに固定し、そのスリングをザックの首裏部分のストラップと結びます。
背負って歩く人は、胸前で負傷者の腕をクロスさせて重ねた腕を、片方の手で持って歩きます。

もう片方の手はフリーハンドとしてバランスを崩してもすぐに手をつけるようします。


※レインウェアでの搬送は、搬送後にレインウェアが使えなくなることを覚悟します。なるべくなら負傷者のレインウェアを使って搬送するのが望ましいようです。

完成画像@

上の画像は一人でロープを使って制動を掛けながら歩く方法で通称「チンチン電車」といわれる方法。
完成画像A
後ろから見るとレインウェアでスッポリ包まれて背負われるほうに負担が全然かからない。
 
<後記>
沢の搬出訓練への参加は3年ぶりでした。もう10年以上前になりますが今回講師としてご一緒した門平副隊長からいろいろ手ほどきを受けましたし、その頃は単純なセルフビレイのミスに叱られた思い出があります(彼は覚えておられないでしょうが・笑)。私の所属していた会は同人的な会で登るトレーニングには各々熱心でしたが、守る技術のレスキュー技術は教えてくれる先輩がいませんでしたから、この救助隊主催の技術講習会で全て勉強できたようなものでした。お陰で所属していた会で指導者となってからは仲間に技術を伝えることができましたし、山で遭遇したアクシデントにもあれこれ方策を考えて遭難にいたらず下山できたこともありました。
レスキュー技術は10人十色の部分もあって色々やり方がありますし道具も色々ありますから、いろんな人のアイデアを聞くことも勉強になりますしそれが技術の幅・バリエーションを増やしていくことにもなりますから毎年同じ講習会だから・・・・と敬遠せずにこれからも参加していきたいと思っています。救助隊の諸先輩から教えていただいたご恩に報いるべく、私のようなものでも少しでも役に立てば有難いことです。さいごに、「技術は多種多様にあるでしょうが、3つぐらいのロープワークで全てレスキューができるとシンプルでいいんだけどなあ・・・」という門平副隊長の言葉に私も同感でした。


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