◇日本「包囲網」着々
地球温暖化対策として誕生した排出権取引市場。国や企業に温室効果ガスの排出枠を設定し、その権利を売買する。市場をリードしているのが欧州勢だ。
7月の新潟県中越沖地震で全7基の原子炉が停止に追い込まれた東京電力柏崎刈羽原発。「排出権を買わないか」。地震発生翌日、欧州系証券会社などが東電に相次ぎ打診した。原発停止で火力発電所が稼働すれば、二酸化炭素(CO2)の排出増は必至だった。
東電は日本経団連の自主行動計画制度の一環で、CO2排出削減計画を持つ。「地震前後で内外の金融機関との付き合いに変化はない」(東電広報部)と言うが、守れなければ排出権の追加購入を迫られる。
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「排出権市場の基軸通貨はドルではなくユーロ」。本郷尚・国際協力銀行環境ビジネス支援室長は言う。
欧州連合(EU)は05年に域内排出権取引制度を導入した。主要企業にCO2の排出枠を課し、達成できない企業は市場から排出権を購入する。06年の取引額は前年比3倍の243億ドル(約2兆6000億円)。世界市場の8割に達した。
京都議定書が定めるのは国同士の排出権取引だが、EUは域内の市場と連動させた。狙いは制度の世界標準化だ。10月には米国、カナダの11州などがEUとの提携に合意、ポルトガルで式典が開かれた。EU方式が広がれば、実績を持つ欧州企業は取引で強みを発揮できる。ユーロ建てなら為替リスクの心配もない。
排出権取引は元々、97年の議定書採択時に米国が提案した。EUは「実質削減につながらない」と反対したが、一転して05年に制度を導入した。米が議定書を離脱する中、制度を横取りした形だ。欧州委員会の外交担当者は「取引の拠点はロンドン。欧州の地位は揺るぎない」と言う。
温暖化対策が強化されれば市場も伸びる。政府高官は「英は昨年の国連事務総長選で、潘基文(バンギムン)氏を推薦する代わり、国連で温暖化問題を議論するよう求めた」と明かす。潘氏は就任後、南極を視察するなど温暖化の危機を訴え続けている。
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「主要先進国で最も対応が遅れている」(外資系証券幹部)のが日本だ。産業界は、政府が企業に排出枠を課すEU流の取引制度には反対で、企業会計上の排出権の扱いなど流通ルールも不透明なままだ。
日本は90年度の排出量の1・6%分を排出権購入で削減する方針だ。価格はEU市場に左右される。財務省の試算では1兆2000億円に上る可能性があり、ツケは国民に回される。
議定書の対象期間は来年からだが、英国勢は06年、途上国での削減で生まれた排出権の半分を買い占めた。外資系証券幹部は「今は仕込み時期」と言う。日本などで需要が高まれば転売して一もうけする算段だ。
政府関係者は言う。「08年の大統領選で民主党が勝てば米も取引に乗り出す。欧米が日本包囲網を作り、高値での購入を仕掛ける恐れもある」【温暖化問題取材班】=つづく
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毎日新聞 2007年12月15日 東京朝刊