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私は池田大作に東大の名誉教授にさせるよう命じられた!

福本潤一参議院議員が公明党除名の真相を語る

福本さんへエールを送ろう!


墓苑用のいい土地を探して来い

「あなたの力で、池田先生に東京大学名誉教授の称号を取れないものか」‘05年末、私は創価学会の地域幹部からこう依頼されました。私が東大出身だから持ちかけたのでしょうが、そんなこと土台ムリに決まっています。東大の場合、教鞭をとった実績がなければ、名誉教授にはなれないのですから。

私の信仰の中心は日蓮仏法であり、池田大作名誉会長個人を崇拝しているわけ
ではありません。古くからの創価学会信者も、私と同じはずです。そうした信心からは、「先生に名誉教授を」と言い出す学会幹部の意図がまったく理解できませんでした。

私が参院議員に当選した当時、四国には創価学会の墓苑はありませんでした。そこで学会幹部から私に、「(墓苑用の)いい土地を探して来い」と、不可思議な指示がおりてきたこともあります。有権者から選ばれた議員が、支持団体のためとはいえ、そんなことまでする必要があるのでしょうか。 公明党の議員はこのように、創価学会から無理難題を押しつけられます。それに対しての違和感が募り、私はついに離党を決意したのです。

公明党の議員は巨額の財務(学会に対する寄付行為を行っていると思っている方も多いでしょう。私自身もそれ相応のご奉公はいたしました。しかし、公明党議員に必要なのは財務だけではありません。その他にも、1月2日の池田名誉会長の誕生日や、5月3日の「創価学会の日」など、創価学会の記念日には、必ずポケットマネーを出さなければいけないのです。私はだいたい毎回、5万円ほど捻出していました。この金がいったい何に使用されたのか、いまだにわかりません。

昨年10月、池田名誉会長が200個目の名誉学術称号を受賞しました。この際に、公明党では神崎(武法・公明党前代表)さんが率先して「お祝いを贈る」ということになり、私は30万円支払いました。他の公明党議員もみんな出しているはずです。それを。“元手”に池田名誉会長を祝う大きな銘板が作られました。200個の名誉学術称号が刻まれた、2mx4mくらいの巨大なものでした。 結局、公明党議員は池田名誉会長と創価学会による「総体革命」(創価学会員による権力支配)の駒でしかないのです。私は学者上がりの議員ですから、自分自身の研究テーマがある。たとえば環境問題については入 一倍力を入れてやってきたつもりです。しかし創価学会の講演会で、そういった テーマについて真面目に話しても、「(池田)先生のことに触れていない」と学会幹部から注意されることがしばしばありました。新進党の時は、こういった押し付けは少なかった。ところが、公明党に移って2期目になると、「(公明党議員の)使命は(創価学会の)組織を守り、総体革命に尽くすことだ。福本はそれをわきまえていない」と、幹部から目を付けられるようになったのです。

公明党には全体主義的傾向がある

 公明党は「国民政党」を自称しています。であるならば、創価学会員以外の方にも広く支持を求め、国民のためになる政策で勝負しなければなりません。が、現実は、公明党は学会に尽くすことが第一義なのです。私が離党発表記者会見で述べた「公明党はアンチヒューマニズム」、「全体主義的傾向がある」というのは、こうした実態を指しています。

私のこうした違和感を感じ取ったのか、昨年5月に発表された公明党の第一次公認候補に私の名前はありませんでした。最終的に参院選公認候補に選出されなかった点について、公明党は、「昨年5月の党第丁次公認発表直後に、体力面の理由を挙げて『後進に道を譲りたい』との意向を表明していた」と発表していますが、事実は違います。私はそんなゝ発言をいっさいしていません。公認を得られなかった理由は、健康上の問題ではないのです。私は公認を得られなかったものの、今年4月の統一地方選の結果が出るまでは公明党にご奉公しようと考えていました。その上で改めて離党届を出して、了解を得ようとしたのです。実際、今年4月の沖縄補選が自公の勝利に終わった直後から、私は何度も太田昭宏代表に離党したい旨を伝えています。
しかし彼はこう言いました。「公明党に離党はない。公明党の議員は一生、公明党に所属するのだ」と。最終的に離党届も受理されず、一方的に除名という結果になりました。そもそも、私が公認から外れた一因は、昨年1月に亡くなった私の元政策秘書の葬儀にあると考えています。彼は公明党を創成期から支えたベテラン秘書でした。その元秘書の葬儀を、遺族が日蓮正宗の寺院で執り行ったのです。

ご存じのとおり、創価学会は'91年に総本山の日蓮正宗から破門されています。以来、学会は日蓮正宗と激しく対立してきました。葬儀についても日蓮正宗の僧侶を呼ばず、会員による「友人葬」、いわゆる「学会葬」へと変更したのです。ところが、元秘書の葬儀は日蓮正宗の寺院で行われた。彼は学会員で、家族もそのはずだったのに。このようなことは、創価学会ではけっして許されない行為です。学会が敵と見なしている日蓮正宗の寺院で葬儀を行うのは、最も批判されるべき。利敵行為々に相当するからです。
 このことが太田さんの耳に入り、おそらく、「秘書の葬儀を日蓮正宗の寺院でやるとは、福本の監督不行き届きだ」と激怒して、私の公認後任外しに結びついたのだと思います。それにしても、秘書の葬式の流儀でとやかく言われる政党は、公明党以外にあるでしょうか。一般有権者から見て、こうしたところが「政教一致」に映っても仕方がないでしょう。公明党と創価学会を裏切って“猛烈なバッシングを受けている竹入義勝、矢野絢也両公明党元委員長の例を見るまでもなく、私に対する批判が公明党から噴出するのは予想しています。それでも、私が証言することで、創価学会の言いなりになる公明党という、両者の歪(いびつ)な関係は、たださねぱならない。
次回は、より具体的に公明党と創価学会の実態についてお話ししましょう。

週刊現代 7月7日号より


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