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戦国時代の領主は、とにかく国を広げるために戦うことがテーマでした。いかに自分の領地を広げるか、いわゆる“国盗り物語”の世界です。だから信虎が特異な人物だったというふうには思わないですね。
ただ、権力者というのはとかく行き過ぎてしまう。人間は権力を持つと、だんだん客観的な目というものがなくなってくるのでしょう。自信がついて自信過剰にもなっていく。信虎も甲斐を平定したところで止めておけばよかったのが、領地を広げていくうちに欲望をコントロールできなくなってしまった。そのやり方に冷酷さや、どこか狂的なところが出てきて、とうとう息子や家臣からボイコットをくってしまったということです。
そんな信虎の抱える矛盾や狂的な部分が出れば出るほど面白いだろうと思うのですが、実は今回この役を演じるまで、追放に至る経緯を含めてその人間像についてはほとんど知りませんでした。歴史資料も少ないようです。しかし役者としては、いままで信虎を描いた作品などが少ない分、自由に演じられるところがいいですね。

今回のドラマでは、信虎と晴信親子の葛藤(かっとう)が一つのテーマになっていましたが、そのもとになったのが正室の大井夫人との関係です。大井一族を打ち負かした信虎が、人質同然に略奪してきた女性が大井夫人です。しかし略奪結婚とはいえ、信虎は非常に愛していただろうと思うんです。
ただ、大井夫人にそんな信虎の思いは通じていなかったのかも知れない。それどころか、さぞかし恨んでいるんだろう。きっと『お父さんは悪いヤツなんだよ』と言って、晴信を育てたんじゃないか。いつか、この俺から甲斐を奪い取り、追放しようと思っているんじゃないか。そんな疑心暗鬼に駆られていた。
信虎は、ただ強いだけの男のようですが、実際には略奪してきた女性を自分の女房にしたことに負い目を感じたり、その間に生まれた子は『さぞかし俺を憎んでいるだろう』といったコンプレックスがあったんですね。そのコンプレックスが逆に作用して晴信との確執になったような気もします。しかし、それでも信虎はやっぱり大井夫人のことを愛していたと思いますよ。

信虎は晴信の力を相当に認めていたんだろうと思います。本来なら自分の息子が強ければその国はもっと強くなるのだから、取り立てていくはずです。ところが逆の方向に行ってしまった。そこが矛盾するところですが、相当に頭が切れ、力もある息子に対する親の嫉妬(しっと)、『いつか俺が追い越されるのではないか』という不安もあったと思います。
今回のドラマでは、そんな信虎の晴信に対する愛情についてはあまり描かれませんでした。愛情ゆえの“いじめ”というか、修行だったというふうな考え方もできるんですけどね。うーん、そうなると複雑過ぎて小説でいえば一大巨編になっちゃいますね(笑)。
役者には演じる場合の“へそ”というものがあり、それが晴信への矛盾した形。つまり愛と憎しみという表裏一体の感情の表現だと思います。最後に山本勘助に向かって『天下を制する者は晴信だ』と言うセリフがありました。演出家にも『追放された負け惜しみで言ったのでしょうか?』と聞いてみたのですが『いや、これは本音でしょう』と。やっぱり今まで出せなかった思いを、あそこですべて出したということですね。
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