俺が以前所属していたLSは、俺と同世代の若い冒険者が一から作ったLSで、皆低レベルからずっとやってきたところだった。
 それだけ長く一緒にいるとスタンスも似てくるもので、あまり高級な武器防具には興味のない、毎日楽しく過ごせればそれでいいや、という人間の集まり。LSで集まることはあったけれど大抵は誰かのミッションやAFの手伝いで、難しい戦闘をこなすことはなかった。
 そのままずっと変わらずにいられればよかったのだろうけれど、結婚やら何やらで人がぽつぽつ抜けていき、気がつけば全員集めても1PTにも満たない人数になっていたのが一年前。シャウトで募集するのはちょっと、ということで、メンバーのフレを勧誘しだした。
 俺は別に反対しなかった。仲のいいLSメンのフレならきっと上手くやっていけるだろう。現にそれまでも、必要な人数に足りない分は誰かがフレを呼んだりしていて、そのこと自体には抵抗がなかったし、誰かのフレならきっといい奴だという思い込みがあって、緊張することもなくのんびり構えていた。そうやって入ってきたメンバーの一人がアロイスだ。
 何も最初から彼と上手くいかなかったわけではない。特に萌えも難もない、普通の人という印象だった。
 そうやっていつのまにか人数が二十人近くなっていたけれど、来なくなった人もいたので、最終的に十人を超えるくらいの人数に落ち着いた。
 あれ、と思ったのはその頃だ。リーダーが嬉しそうに、「これなら空NMもやれそう。リンバスも定期的にやれそうだね」と言った。
 前々からリダ含む前衛メインの奴らは、佩楯欲しいなあとしきりに言ってはいた。少数派である後衛メインの俺たちは、トリガ集めたら手伝うよ、くらいの反応だった。俺たちは後衛を上げた時期が早かったので、空LSが台頭しだした時期に知り合いに手伝いに駆り出されることが度々あり、一応の経験があった。
 アロイスやリダも含め、前衛メインの人は皆、空LSに入ったことのない人たちだ。佩楯欲しい欲しいとは言っていたけれどアクションを起こす様子はなく、空LSに所属するデメリットと物欲を秤にかけて、デメリットが大きいと判断したのだろうと思っていた。つまり、諦めているのだと。
 でも実際は、後衛ジョブを上げていない彼らは空LSの募集に乗れずにいただけらしい。それなら後衛を上げればいいのに、と俺なんかは思ってしまうが、興味のないジョブは上げたくないという。最近は空程度なら身内で済ませるLSもあるようで、リダたち前衛はそれに憧れていたようだ。後衛を上げずに済む、長い順番待ちをせずに済む、ポイント管理など面倒なことをせずに済む、といいことばかり考えていたようだ。
 びっくりしたのは後衛メインの俺たちだ。空装備で欲しいものなど特になく、一回や二回の手伝いならいいけれど定期的に参加を強制されるのではたまったものではない。
 というわけで、リダの野望は結局実現することなく、またLSは、佩楯いいなあ欲しいなあ、と言い合うだけの場に戻った。もしかしたら、その頃から俺は疎まれていたのかもしれない。積極的にそんなのイヤダと発言したわけではないけれど、NMだけなら手伝ってもいいよと真っ先にはっきり言ったのが俺で、後衛メインの数人がそれに追随する形になっていたから。
 皆レベル上げやメリポをするだけの毎日。俺は逆にそういったものに興味が薄れていた時期で、偶々係長が募集していたサルベージに参加した。終わった後に、定期的にやっているからもしよかったら参加してくれと言われ、フレ登録した。
 それからだ。
 固定に潜り込める伝手もなくシャウト募集に乗れるようなジョブもない前衛陣と、特に欲しいものがあるわけでもないけれど係長に拾われたことで何にでも呼ばれるようになった俺。最初は、いいなあ、と羨ましがられるだけだったのが、次第にわざわざ通信で、俺も誘ってもらえないかなと打診されることがちらほら増え、断っている内に今度は、奴隷乙といった嫌味が増えた。
 嫌味だけならLSを抜けるところまでいかなかったかもしれない。
 けれど彼らは───アロイスだけではなくリダ含めた前衛連中皆がだ、俺がいるエリアをわざわざサーチして、そのとき組んでいるメンバーの粗探しをするようになった。
 幸いというべきか係長やその部下たちのことは皆知らなかったようだけれど、偶に呼ばれる外部の人が有名な人だったらしい。あいつホモなんだってな、といった下卑た野次を彼らは飛ばし、根も葉もない噂を得意げに披露した。
 冷静に考えれば、ただの性質の悪い噂だ。でも俺は、もうここにはいられないと思った。
 俺は決してホモではないし、この妄想癖は一応隠してはきたけれど、腐った性根が何となく伝わったのだろう。
 そういった嫌味や陰口を率先して言うのはアロイスだったけれど、リダ含めた長年の付き合いのあるメンバーたちまでその口車に乗ったことにも呆れ果てた。後から聞いた話だけれど、アロイスは元々空だけでなくサルベージにも興味があって、まだ戦術が固定されていない時期にLSに入っていたこともあったらしい。しかし規模縮小した際、持ちジョブの都合で整理の対象になったそうだ。彼からすれば、俺の幸運は腹立たしいものだっただろう。
 俺が係長に誘われてナイズルに行きだした後、LSでも六人集めてナイズルに挑戦しだした。経験者であることを買われてか俺も誘われたのだけれど、サルベージのためアサルトの戦績を貯めないといけないので、とても週に二回はこなせない。断ったことで、ますます印象が悪くなったのだろうと思う。
 俺がパールを外したことに気づいて、気にかけてくれるメンバーもいた。あれはちょっと目に余るからリダに言っておくよ、と言われたことで、俺はパールを外すだけでは済まないのだと悟り、脱退する旨をリーダーに伝えた。
 アロイスがせめてリーダーのフレじゃなければよかったのかもしれない。気にかけて声を掛けてくれた奴も後衛メインだ。そんなことをリダに言ったなら、俺と同類めいた見方をされかねない。
 今だけだ。気に食わない俺がLSにいるから、連中は苛々する。もう脱退することは伝えたし、しばらくして落ち着けば元の雰囲気に戻るだろう。
 LSを抜けることになったことをショックだと思う余裕は、正直あまりなかった。
 ショックだったのは、リダや前からずっと一緒だった面子の変わりぶりだ。アロイスがいなかったとしても、皆内心では同じように思うのだろう。
「───っ…」
 居住区前の人混みをとろとろ歩いていたらいきなり腕をつかまれて、飛び上がりそうになった。叫びかけた俺に気づいたのか、俺だっつの、と言わんばかりにそいつが顔を近づけてくる。ジッカだった。
「うお、びっくりさせんなバカ」
「話があんだけどさ」
 ジッカはまだ俺の腕を掴んだまま、睨むように見据えてくる。いつもぬぼーっとしているだけに、やたら迫力のある顔だ。
「あ? なに?」
「おまえの部屋行こう」
「あ、暇ならメシ食いに行こうぜ」
「おまえの部屋に、行こう」
「いや、散らかってるから」
「いつもじゃねえか」
「や、ホモ本が! 秘蔵のお宝SSが!」
「別にいいよ」
「よくねー! 絶対見せねー!」
 前衛のジッカが無理矢理歩き出そうとする。俺は足を踏ん張るのだけれど、腕を掴まれているのでは逃げようがなく、へっぴり腰でずるずると引きずられていく。周囲の人が迷惑そうに舌打ちした。
「おーいー、ちょっと待て、迷惑だろうこんなの」
「ならさっさと歩けよ」
「待てって、なあ! 離せよ、ちょっと待て、ほんとに困る」
「何が困んの?」
 無表情に言ったジッカが、ふと口をつぐんで俺の背後を見やった。眉が寄せられ、今度こそはっきりと怒った顔になる。な、何だろう、とへっぴり腰のまま振り返ると、そこには係長(受)がいた。
 彼は俺の腕を鷲づかみにするジッカの手首を握っている。
「ルツィエに何か用かな」
 係長も恐ろしいほどの無表情だった。俺に目もくれず、ジッカを見据えている。
 なんだ、この状況は。俺は一瞬、自分が受になったような錯覚に陥った。
「誰? そっちこそ何の用?」
「とりあえず離れろ。穏やかじゃねえな」
 なにこいつ、と顔に書いてジッカがますます俺の腕を引き寄せようとする。係長がすっと動いたので、俺は慌ててその肩を押さえた。
「ま、待ってください、つかジッカも待て。こいつはフレです。ジッカ、この人LSのリーダーだから」
「どっちのLS?」
「今の」
 ふうん、と言う割には腕の力を緩めてくれない。係長もとりあえず止まってくれたものの、まだ睨みあっている。
「あの、ほんとに危ない奴じゃないんで…。騒いでてスミマセン」
「フレって言ったね」
 係長がようやく目を向けてきた。
「はい」
「前のLSに関係ある人?」
「ないですナイナイ、皆無です」
 ふうん、と係長も鼻を鳴らした。でもやっぱりジッカを睨んでいる。
 俺が受みたいだね! でもよく考えたらこの二人も受だから、攻を取り合っている状況とか……いや無理がありすぎる。
 とりあえず衆目を集めていることに気がついて、俺は逆にジッカの腕を掴んで引き寄せ、人混みから離れたところへ退避した。係長も数歩遅れてついてくる。その様子に、何故だかジッカが警戒して俺の前へ出た。
「おいいジッカ、大人しくしろって!」
「うるさいな」
 今にも拳を振り上げそうで羽交い絞めにしようと試みるのだけれど、悲しいかな、今は白の俺の手は簡単に振り払われてしまう。ジッカは忍者のようだ。さすが回避が高い。
「ヒゲさん、なんかスミマセン、こいつピリピリしてるみたいで。ほんと何もないっすから」
 情けない顔で言う俺に、ようやく係長が笑った。
「ピリピリする気持ちは分かる気がするね」
 笑っているけどまだ目が怖い。これは俺に怒っているような気がしないでもない。
 ジッカはまた何故だか全身を緊張させて、一歩前へ出ようとする。慌てて背後から腹に腕を回して止めると、何故だか手の上に手を重ねられた。
 掴むのではなく、重ねるだけ。ぎゅっと甲を握られる。
「あんたは赤の他人が言うことを信じた?」
「…ジッカ! 何言ってんだおまえは」
「こいつのこと信じてやれないなら、あんたのとこに置いておけない。俺のLSに連れていく」
「ジッカ!」
 もうバカ黙れよ、と抗議しても、背後からではジッカとは目も合わない。
 係長はジッカを見やり、しばらくしてから俺に視線を移した。
「事情を全然知らないのは俺だけ?」
「……えっと、いえ、ジッカも知らない、です」
「今説明してくれたら嬉しいんだが」
「……ハイ」
 俺は溜息を吐きながらジッカを離す。ようやくジッカが係長を睨むのをやめ、心配そうに俺を覗き込んできていた。



 そういえばリンバスの集合時に、心配するなといったことを係長に言われていたんだった。
 あれは何か勘付いていたか、前LSの誰かがジッカやシリルに言ったようなことを本当に係長にまで言ってしまったかのどちらかだったんだろう。
 とりあえず往来で話すような内容でもないので、俺たちはまたジュノの酒場へやってきた。アトルガンには酒が飲めるところがない。女の子やカップルがたむろしている茶屋で話すのも嫌だし。
 俺に話を促す前に、係長は簡単に自己紹介をした。つられてジッカまでぼそぼそと自己紹介をする。なんだかさすが係長だと思う。名乗るだけでなく俺とフレ登録したいきさつ、LSに呼んだきっかけも説明してくれた。人の信用を得ることに慣れている。
「君、エミールのとこの人だろ」
 係長は少し砕けた様子でジッカに言う。俺は知らない名前だったけれど、ジッカは驚いたようだった。
「あ、はい」
「フレがいるよ。ジルってやつ」
「ああ…」
 ジッカと俺は同時に頷いてしまって、ちょっと笑った。
「ルチも知ってんの?」
「何かで一緒になったことがある。ヒゲさんよくフレ呼ぶからさ」
「へー。前言ってた汁ちゃんってのがそのジルだぜ」
「あ、元気な末っ子って言ってたやつか。そんな感じした」
「そそ」
「本当にフレみたいだな。安心した」
「……」
 係長の笑みを含んだ声に、ジッカが沈黙した。
 試されていたらしい。恐ろしい受だ。さすがオッサン受。
 このジルという人が、結構有名人らしかった。ホモだの何だのとうちのLSで嘲笑されていたのもこの人だ。いい装備を着けていたし、何でも慣れていたようだったから、そういう面で僻まれて悪評を立てられているのだろう。
 そういえばシリルが、ホモホモ言われてたら本当にホモになった奴がいるとか何とか言っていた。ホモというのはポピュラーな悪口らしい。男所帯だからかもしれない。
 運ばれてきた酒をそれぞれ手に取ってから、さて、と係長が口を開いた。
「先に俺とジッカが手の内を明かしてからの方が話しやすいかな」
「あー…」
 どっちでも、ともごもご言っていると、隣に座ったジッカが目を向けてきた。咎めるようではない、不安そうな心配そうな目だ。
「さっき、おまえが帰ってきてるのかと思って部屋に行ったんだけど」
「あー…うん」
「ドアに」
「あー…」
 それで、俺の部屋に行こうとしつこく主張していたわけだ。
 何を言っても俺はのらくら逃げようとする。見間違いじゃね? とか、部屋間違えたんじゃね? とか、しまいには、あれは魔除けの呪術なんだよ、くらいは言い出しただろう。
 それで現物を見せた上で問いただしたかったわけか。
「落書きとか?」
 硬い表情で訊いて来る係長に、ジッカは首を振った。
「使用済みのコンドームが括り付けられてた」
「……」
「見る?」
「うわバッカおまえ持ってきたのかよ! 手洗ってこい、捨ててこい早く!!」
「あんなもの放置してられるか」
 思わず最大限に距離を取ろうとした俺に、ジッカは憮然と言う。どこに隠しているんだ。素手で触ったんだろうか。気持ち悪いやつだ。道理でさっきからしつこく手を拭いていると思った。
「ルツィエの反応を見ると、初めてじゃなさそうだな」
「……あー、まあ…はい。ときどき」
「いつから?」
「前のLSを抜けてから…」
 係長の問いに答えれば答えるほど、隣でジッカの怒りが強くなるのを感じる。なんだかもう髪を逆立ててそうなオーラだ。
「あまりその辺の事情を聞いたことがなかったね。シャウトして来てくれたときにはもう抜けてたんだっけ?」
「いえ。あのときは抜けるつもりも全然なくて。ちょっと揉めてパール外しだしたのが、それから一ヶ月くらいしたときかな…。サル以外にも空とか誘ってもらうようになった頃です」
「なんで揉めたの」
 係長の訊き方はやさしげだけど、ジッカのは詰問口調だ。なんでおまえが怒ってるんだ。むっとした俺にか、それともジッカのきつい言い方にか、係長は苦笑したようだった。
「まあまあ。そうやって責められるとルツィエも話しづらいだろ。ここまで言わずにきた負い目もあるだろうに」
 負い目くらいあるよな、と嫌味を言われているようだ。くそ、係長もやさしくなかった。
「えーと…、簡単に説明すると、多分妬まれたっつーか僻まれたっつーか…」
「詳しく説明して欲しいところだね」
「はあ…」
 ですよね。俺は仕方なく口を開いた。
 俺が係長と知り合った頃前のLSはちょうど人を増やしだしたところで、その背景に身内だけで空をやりたいというリダの思惑があったこと、空アイテムを欲しがる連中は皆前衛メインで、空の経験がなかったこと。リダが連れてきたフレは特に、空だけでなくサルや固定でのリンバスにも興味があって、うらやましがられていたこと。
 俺が係長に誘ってもらって色んなコンテンツに参加しだしてから、皆の態度が変わっていったこと。面倒になってパールを外していたら、係長にパールをもらったこと。
 エリアサーチされて、一緒にいた人の噂話やら悪口やらを言われたことは黙っておいた。そんなことを話して悪感情を煽る必要はないし、一番有名だったのが係長のフレであるジルだろうから、何を言われたか見当がついてしまうだろう。
 もしかしたら言われ慣れているかもしれないけれど、そのことに過敏に反応したと思われたくない。
 本当にホモだろうとノーマルだろうとどうだっていいんだ。俺にはまったく関係のない世界の話。自分が他人の恋愛対象にならない以上、恐れる必要も期待する意味もない。
「ふむ…」
 係長は頬杖をついて鼻を鳴らし、とんとんと指先でテーブルを叩いた。ジッカは怒りが有頂天のようで、声にもならないといった顔で俺を見つめてきている。
 こういうときは先手を打つに限る。俺は首を竦め、できる限り小さくなってジッカに謝った。
「ごめんな、相談もしないで」
「なんで言わなかったんだよ」
「言ってもどうしようもねえじゃん。スルーしときゃその内収まるからさ」
「この間おまえの前のLSの奴から変なtelが来たって言ったよなあ。なんであのとき言わねえんだ、めちゃくちゃ心当たりあんじゃねえかこのバカがっ」
「どいつはっきりしたわけじゃねえんだよ! こんな話したらおまえのことだからシメに行こうとするだろ! いいか、絶対口出すんじゃねえぞ、元々おまえには言うつもりなかったんだから!」
「だからなんでだ! あんな嫌がらせされて腹立てねえなんてどっかおかしいんじゃねえのか!? オラ全員の名前言え、慰謝料くらいもらってきてやるわ、折半だからな!」
「何が折半じゃボケ! だから嫌だったんだよもう、人の話聞いてんのかっ!」
「───うるせえな、静かにしろ」
 腹に響く低い声にハッと係長を見やると、彼はにっこり笑った。
「まあ落ち着きな。それ以上騒いだら酒ぶっかけるぞ」
「すいません…」
 怖い。この人怖い。さすがのジッカも決まり悪げにそっぽを向いている。おまえが謝れよ。
「ジッカの方にもtelが行ってたというのは分かった」
「もう一人のフレにも」
「あ、こいつともう一人のやつは、俺とフレだって知ってる奴が前のLSにいて…」
「なるほど。俺の名前も知ってる?」
「……知ってます。すいません、やっぱ何かtel来たんですね…」
「謝らなくていいけど。来たよ、ルツィエは物欲がすごいから気をつけろ、みたいな内容のがね」
 また物欲か。溜息が出てくる。ジッカも鼻からふがーっと溜息を吐き出して、係長へ目を向けた。
「で、あんたは心配になったってか」
「ジッカ!」
「そりゃね」
 係長はおかしそうに笑う。
「トラブルに巻き込まれてる点では心配するさ。物欲云々は有り得ないから何とも思わないが」
 不信を露にするジッカに係長は、俺がまったく何もロットしていないのだと説明した。
「ロットしないのは予防線だったのか? もしかして」
「いや、違います。単にまだ役に立ってないから…、あ、これいつものことなんで、ほんとに」
「ん、まあロットしてもらわないとこっちとしては誘いづらいんだが、今回は賢かったな」
「あの。なんて奴からtel来ました?」
 係長は黙って見返してくる。アロイスの名を出しても反応はなかったが、ジッカがシリルに通信を入れてきたというヨシュの名前を言うとややして頷いた。
 ジッカは馬鹿だと思う。係長は多分俺が心当たりを持っている人物の名前を聞き出そうとしていたのだ。この人もちょっと何を考えているのかよく分からない。
「それは多分誰かの倉庫なんで…」
「みたいだな」
 係長があっさり頷いた。何をどうやって調べたんだろう。やたら交友関係が広い人だから、聞き回れば大体の人の情報は入ってくるのかもしれない。
「方々にtelを入れまわってる奴と、ドアに悪戯してる奴が同じかどうかは分からない?」
「分かりません…」
「そうか。どうしたもんかな、気持ち悪いだろう」
「さっさと引っ越せばいいんだよ。何やられっぱなしなんだ」
 ジッカが苦々しげに吐き捨てる。
「アホかおまえは。俺が引っ越したってすぐに気づかれるかわかんねえんだぞ。次に同じ部屋になった奴が女の子だったらどうすんだ」
「おまえにゃ関係ねえべ」
「関係なくても! かわいそうだろ!!」
「はいはいそこまで」
 係長の溜息交じりの制止に、俺は縋り付いて訴えたかった。違うんです、俺が騒いでるように見えるかもしれませんけどこいつがアホなこと言うからです。ぼくわるくない。
 が、係長は真面目に考え込んでいるようなので、俺も黙ってジッカの足を踏むだけにした。ジッカは鈍いので気づいていない。
 男でしかもキモメンの俺でさえ、あれだけびびったんだ。きっと女の子はすごく怖い思いをする。泣いてしまうかもしれない。
「前のLSで誰か…、裏とか空に行ってる人いる?」
 係長が頭を抱えるようにしながら訊いて来る。俺はうーん、と首をひねった。
「いない…です。そういうとこだったんで」
「ミッションLSとかも?」
「いないですね」
「よくメリポに行く人はどうかな」
「それなら前衛は大抵が…。なんでです?」
「いや。伝手を辿ってそのLSのことを訊いてみようかと思ったんだが」
 気分よくないよなごめん、と係長は苦笑して謝ってきた。
「あー別にいいですけど、前衛に訊いても俺の悪口くらいしか出てこないんじゃ」
「普通男への嫌がらせでそんな真似するかなってのが気になってな。何か他に誤解されてることはない?」
「ある」
「ハ!?」
 答えたのはジッカだ。何言い出すんだおまえ、と振り返る俺に、ジッカは鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「あると思う」
「はあ!?」
「ルチは根暗でオタクでエロ妄想野郎なのに、普通の奴だと思われてる」
「っ…」
 思いっきり足を踏んでやったら、今度はさすがのジッカも気づいたらしく、イテエと大声を上げた。
「喧嘩は後でゆっくりやってくれ」
 よかった、係長はただのジッカの言いがかりだと思ったようだ。さすが係長。
 でもジッカはまだ食い下がる。
「ルチは知らねえだろ。俺訊かれたことあるし」
「何をだよ…」
 また変なこと言ったらただじゃおかねえぞ。目で凄んでみせると、ジッカは恨めしそうな顔で足を抱えた。大げさなやつだ。
「ルチは彼女いるのかって訊かれたことある。女の子に」
「マジ? いつだよ」
「ミッション一緒にやった後、telがきた。フレさんなんですかぁ質問いいですかぁって」
「なんて答えたの」
「いねーっつっといた。でもその辺の女にゃ興味示さねえよって」
「おまえモテメンのくせに基本的に女の子に対する扱いが悪いよな…」
「でもいい子だった。誘っても断られたし」
「アホかっ」
「おまえは上手く隠してる。普通の奴だと思われてんだよ」
「そんなのが誤解になるか! 当たり前の話だろ」
 ハイハイと言いたそうな顔で俺たちのやりとりを聞いていた係長が、ふと目を細める。
「その辺かもな」
「え?」
「その女の子の名前は?」
「えー…なんだっけ。あのときのミッションにいた女の子」
「ヒュム?」
「いや、ミスラ」
「アレナか」
「あーそうかも」
 アレナ、と係長が口の中で繰り返した。別に心当たりがあるようには見えないけれど、覚えようとしている様子に、俺はちょっと不安になってきた。
「あの…ミスラですよ? いい子だし、あんな嫌がらせはちょっと…」
「いや、彼女がやったわけじゃないだろう」
「鈍いんだよ、おまえは」
 俺より馬鹿で鈍いはずのジッカに肘で小突かれる。
「誰かそのミスラに惚れてて、キモオタのおまえが振ったことが許せないとかで根に持ってんじゃね?」
「ええー?」
 でも俺振ってなくね? おまえがそれ以前の段階でぶち壊してね?
 好意を持たれていたと言われると、いくつか思い当たる節があった。パールを外してから、ちょくちょく気にかけてくれていたのも彼女だ。
 ああ、そういえば。
 ミスラ萌えーと叫びながら彼女を追い回していた人物が……。
「ルツィエ」
 微妙な顔で回想していたら、頬杖をついて目だけ上げた係長に名前を呼ばれる。
「ハイ」
「ここまで言ったんだから心当たりは全部言った方がいい」
「あー…リダが、アレナに惚れてるって公言してました」
 やれやれと言いたげな様子でジッカが勢いよく背もたれに背を預けた。
 なんで馬鹿に偉そうにされなきゃいけないんだ、この野郎。




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