平成19年刑(わ)第901号「脅迫および威力業務妨害」 第四回公判(論告求刑) 2007年11月14日午後1時30分より約60分間 東京地方裁判所 515法廷 ----------------------------------------------------------------------- 平成19年(刑わ)第901号 2007年11月14日 東京地方裁判所 刑事第12部 御 中 被 告 弁 護 人 本件公訴事実がなんら犯罪を構成するものではないことは、当公判廷において取調べ済みの関係各証拠により、既に明らかとなっている。 ところが、検察官は、これが刑事犯罪を構成するとあくまで強弁するため、以下、検討を加えることとする。 第1 前提事実 1 池内ひろ美とは 池内ひろ美(以下、「ひろ美」という。)は、社団法人日本ペンクラブ、社団法人日本文藝家協会の会員であり、夫婦・家族関係に関する書籍を執筆出版し、「東京家族ラボ」なる団体を主催して夫婦・家族問題の有料相談業務などを行い、テレビのワイドショー番組などのマスメディアに夫婦・家族問題の専門家・評論家として出演したり、コメントを寄せるなどしていた。また、同人は、かねてからインターネット上に、「池内ひろ美の考察の日々」と題するブログ(以下、「本件ブログ」という。)を開設し、自己の意見などを記事にして掲載公表していた。 2 2ちゃんねるとは 次に、検察官は、前提となる事実として、2ちゃんねるについて、独自の見解を述べている。 しかし、2ちゃんねるについては、次の事実を確認しておく必要がある。 すなわち、インターネット掲示板である2ちゃんねるは、通称「便所の落書き2ちゃんねる」と呼ばれる。各スレッドには、そのスレッドを立てた者によって、テーマにちなんだスレッド名(タイトル)が付けられ、そのスレッドでは、そのテーマに関する書き込みがなされることが一応の前提とされる。しかし、実際には、そのテーマに限定されることはなく、テーマとはずれた、あるいは無関係の受け狙いの書き込みがなされたり、さらに、その書き込みを話題にして盛り上がったり、AA(アスキーアート)と呼ばれる絵が描かれたり、書き込みした参加者同士での煽り行為等が行われたりといったことが行われるのであり、そのテーマに限定された書き込みが真摯にされているわけではない。そのため、2ちゃんねる主催者である西村博之(ひろゆき)の「ウソをウソと見抜けないと〜」という言葉にもあるように、情報リテラシーの低い人間が2ちゃんねるを利用することは困難である。 また、スレッドへの書き込みは、ほとんどの場合、匿名で行われるが、投稿者の意思で、投稿者が誰であるかをスレッド上で特定できるようにすることができる。また、通常の場合、インターネットに接続されたどのパソコンから当該書き込みが投稿されたかは特定することができるが、これを隠蔽することもできるのである。 3 本件の発端 − 期間工差別記事とブログ炎上 ひろ美は、2006年10月19日頃、本件ブログ上に「期間工(トヨタ)」と題する記事を掲載し、その中で「彼ら(トヨタの期間工)は『トヨタ』を漢字で書くことができるのだろうか、と、ふと思いつつ」、「彼ら(トヨタの期間工)に年間300万円以上も払っているトヨタは偉い」といった記載を行った。これに対し、同月23日頃、本件ブログに批判のコメントがよせられると、ひろ美は「これは日本の将来に関わる大きな問題です。したがって、この記事は削除しません」と強弁するコメントを掲載した。 同年11月18日頃から、上記の記載は期間工を職業差別するものであるとの批判が社会的に巻き起こり、本件ブログには批判のコメントが殺到した。 これに対し、ひろ美は、一旦、上記の記事を本件ブログから削除した後、同月21日頃、本件ブログ上に、「期間工(再掲)」との標題の下、上記の記載は期間工全員を差別したのではなく、期間工と自称した男の子を批判しただけである旨の反論を掲載するとともに、上記の記事を再掲した。すると、この反論に対して、さらに大きな社会的批判が巻き起こった。 この経過については、インターネットニュースJ−CASTでも、11月21日及び22日に報道された。 このような批判の高まりを受けて、ひろ美は、何の理由も自己の考えも示さないまま、同月26日頃までに、上記の差別表現のうち「彼ら(トヨタの期間工)は『トヨタ』を漢字で書くことができるのだろうか、と、ふと思いつつ」との部分を秘かに削除するに至った。 4 諸々の疑惑等の判明 ひろ美の上記の言動については、同月18日頃から、インターネット上の掲示板である2ちゃんねるに継続的に多数のスレッドが立てられ、多くの批判の書き込みが行われるようになっていた。そして、同年12月20日までの間に、そのスレッドへの参加者は、ひろ美についての公開されている情報を収集し、ひろ美に関して次のような疑惑や問題視されるべき言動があることを指摘するに至っていた。 これらの疑惑や問題視されるべき言動は、すべてひろ美またはその夫である池内仁が開設したブログやホームページ、同人らの2ちゃんねるの掲示板への書き込み、週刊誌の記事などを根拠とするものであった。 @ 弁護士法違反(非弁活動)疑惑 A 売春斡旋(周旋)疑惑 〜 キム・ミョンガンとの関係 B 韓国での偽ブランド品大量購入疑惑 C 本件ブログへの自作自演疑惑(自らによる他人を装ってのコメント投稿) D 本件ブログへの問題記事の掲載(阪神大震災への感謝、気に入らない女性を「豆タンク」と誹謗中傷) E 霊感商法疑惑(ラピス製品、念珠等のネット販売) F 2ちゃんねるでの自作自演(他人を装っての自己擁護の書き込み) G 2ちゃんねるでの煽り行為 なお、これらの詳細については、被告人作成に係る陳述書(弁第146号証)を援用する。 5 ひろ美の対応の問題性 ところで、ひろ美は上記の諸々の疑惑や問題視されるべき言動のいくつかについては、2ちゃんねるのスレッドで指摘されるや、ブログやホームページから削除したり、訂正するなどの対応を行った。しかし、ひろ美は、自己がそのような対応を行った理由については、何の弁解も説明も行うことはなかった。 そればかりか、ひろ美は、自己が批判されている2ちゃんねるのスレッドに他人を装って自己を擁護する書き込みを行ったり、発端となった期間工差別記事に関連して、その差別対象である期間工を装って「某自動車会社の期間工ですが死にたい」と題するスレッドを立て、その期間工自身がひろ美を擁護しているかのような書き込みを行うなどした。 6 被告人が本件書き込みに至った経緯 被告人は、2006年11月19日頃、2ちゃんねるのスレッドを見て、上記のひろ美の問題ある言動や、これに対して社会的な批判が広まっていることを知った。そして、被告人はひろ美の言動に疑問を抱き、ひろ美関係のスレッドへの書き込みを始めるとともに、ひろ美関連のブログ、ホームページ等を調べ始めた。 そして、被告人は上記の疑惑や問題視されるべき言動を知り、ひろ美が「出版やテレビ出演を行っている公人なのだからいくらでも弁明する機会や手段があるのに、なんて姑息な人間なのだ」と思い、また、「数々の疑惑に対して、何故、捜査当局は動かないのか」と常々思うようになった。 そうして、被告人は、ひろ美の疑惑等が解明されるように書き込みを行おうと考え、2ちゃんねるや他のひろ美を批判するブログに、告訴や告発を促す書き込み等を行うようになっていった。 被告人ら、ひろ美の疑惑を追及する人達の書き込み対し、2ちゃんねる初心者で、「書き込みに励まされて、ひろ美から被害を受けたことについて被害届を出した。それに感謝している」という女性も現れた。他方では、告訴、告発を呼びかける被告人に対し、執拗な煽り行為の書き込みも日に日に酷く行われるようになっていった。 なお、これらの詳細については、被告人作成に係る陳述書(弁第146号証)を援用する。 7 本件講座について ところで、ひろ美は本件ブログにおいて「執筆・取材 雑誌・新聞、出演 テレビ・ラジオ他」との標題にて、自己の行動予定等を公表しており、12月14日以前には、12月20日に名古屋、栄中日文化センター(以下、「文化センター」という。)における講座(以下、「本件講座」という。)の予定が記載されていた。ひろ美は、12月14日頃、その記載を削除し、講座を中止することを暗に明らかにした。 ところが、ひろ美は、12月19日午後9時9分頃、本件ブログに「名古屋でお食事を頂きました」という記事を掲載し、同日は名古屋に宿泊し、翌日、本件講座を行うことを暗に示すという言動を取った。 かかるひろ美の言動は、多くの2ちゃんねる参加者に挑発と受け取られて、反感を買った。 なお、後にも述べるが、ひろ美は12月20日に名古屋において本件講座が予定されていたにもかかわらず、前日の19日に名古屋で夕食を取った後、東京の自宅に戻っている。かかる経過からすれば、ひろ美は遅くとも19日の時点で、20日の本件講座は中止にすることを決めていたと考えられる。 第2 脅迫罪が成立しないことについて 1 脅迫罪の構成要件不該当について (1) 以上の経過を経た後、被告人は12月19日から、2ちゃんねるのスレッドに本件公訴事実に記載された書き込みを含む一連の書き込みを行った。 これが刑法第222条1項の規定する「生命、身体、自由、名誉又は財産に害を加える旨の告知」に該当しないことについては、既に本年6月4日付意見書において主張したとおりであるから、これを援用する。 (2) 検察官の反論に対する再反論 ところで、検察官は論告において、漸く上記弁護人の主張に対する反論を明らかにするに至ったので、以下、再反論を加えることとする。なお、弁護人としては、もう少し内容のある反論を期待し、検察官と論争する所存であったが、検察官においてそのような実質的な反論をし得なかったことについては、残念に思っていることを付言しておく。 @ 本件書込@について その正確な書き込み内容は、「一気にかたをつけるのには、文化センターを血で染め上げることです o(^-^)o」というものである。 検察官は、ひろ美に対する諸々の疑惑の解決と「文化センターを血で染め上げる」ような事態が発生することとの間には、「何の必然性も関連性もない」などという。弁護人には、疑惑解明の手段方法は唯一ではないという意味で「必然性」はともかく、何故に「関連性」がないなどという主張が出てくるのか、全く理解不能である。 捜査機関が動かざるを得なくなれば、そのような事態が発生した原因・背景事情も含めて捜査が行われるのは当然のことであり、原因・背景事情に該るひろ美に対する諸々の疑惑についても捜査が行われるため、これらが一気に解決されるだろうというのは、あまりにも当然の客観的な意見である。 さらに、検察官は、「人の能動的な行為に言及しながら、その行為を行う、あるいはその行為が行われるという意味が含まれないとする主張は、説得力が皆無である」などという。 これまた、説得力が皆無な反論であると、お返ししておこう。検察官は言語、コミュニケーション、論理などについては全く無理解なのであろうか。上記の書き込みの構造は「Aのためには、Bがあればよい」ないしは「Aのためには、Bをすればよい」というものでり、BとAとの間の条件関係、因果関係を述べた意見である。検察官のいう「能動的な行為」とはBに該るのであるが、このような文章において、なぜBを行う、あるいは行われるという意味が含まれるのであろうか。逆に、これが含まれるという検察官の意見こそが牽強付会そのものである。 A 本件書込Aについて その正確な書き込み内容は「教室に灯油をぶちまき 火をつければ あっさり終了 o(^-^)o」というものである。 検察官は、この書込Aについては、書込@とは独立した反論すらなしえていない。そこで、上記の書込@についての再反論を援用しておく。 なお、書込Aの構造は、書込@とは多少異なり、「Bがあれば、Aとなる」ないしは「Bをすれば、Aとなる」というものであるが、AとBとの関係は上記と同様である。 B 本件書込Bについて その正確な書き込み内容は「>>882 証人請求でババア呼びますから o(^-^)o 文化センター血の海になりますよ〜」というものである。 検察官は、やはり独自の見解に固執し、ひろ美に対する諸々の疑惑の解明と「血の海になるような事態」とは「何の必然性も関連性もない」などと繰り返す。この点については既に再反論を加えたところであるので、これを援用しておく。 さらに、検察官は、「『血の海』という事態は、何者かが『血の海』をもたらすような行為をしない限り、起こりえない」ことを理由に、「これを見た者が、そのような行為が行われるのではないかと畏怖することは当然」などという。何をか言わんである。検察官は、本件各書込が行われたスレッドの流れすら、確認していないのであろうか。 被告人も被告人質問において説明したが、「血の海」という表現は、最初は、サカ豚なる人物が、「>>860 だから、そうなるとババアが「被害者」になって思う壺だろー。 凸した人達が発狂したバババに刺されて血の海になったらかたをつけられるだろうがそれは何があっても回避せねばならぬことだ。 まーた、o(^-^)o さんのAAを使う工作員かよ じゃ、お休みノシ」という書き込みで使用したものである。被告人は、これを受けて、「血の海」という表現を用いたに過ぎないのであり、スレッドを追っていた者にとっては明らかなことであって、畏怖などしないことが当然である。しかも、「血の海になりますよ〜」という文章は、検察官がいう「能動的な行為」ですらないのであるから、これを読んで畏怖するなどということはあり得ないのである。 さらに、検察官は、レスアンカー(>>)について、「不特定多数の者が自由に閲覧することができる掲示板である」ことを理由に、その対象となる「書き込みとの関連性を明らかにしただけである」などという。ここまで主観的な独自の妄想を膨らませるとは、笑止千万である。2ちゃんねる等のインターネット掲示板では、レスアンカーを返信に用いることは、パソコン通信の時代からの常識である。現に、ウィキペディアの「2ちゃんねる用語」の「アンカーポイント、レスアンカー、アンカー」欄には、次のように「どの書き込みへのレスかを明確にするために使う」ものであると、端的に説明されている。 「>>4」といったもののこと。どの書き込みへのレスかを明確にするために使う。2ちゃんねるではこのように >> にレス番号を付けて書くと自動的にハイパーリンクが張られ、クリックするとそのレスを見ることができる。2ちゃんねるブラウザではこれにマウスカーソルを乗せるとそのレスの内容をポップアップで表示するものが多い。 また、例えば、子ども達がポケモンゲーム攻略の情報交換をしている「ポケモンドリームスター」という掲示板の説明にすら、次のように説明されている(「記事引用」という訳は誤訳であるが・・・)。 レスアンカー(>>n) - 記事引用 特定の書き込みに返信するためには関連性を明らかにする必要があることは言うまでもないが、レスアンカーは単に関連性を示すだけではなく、返信(レス)であることを明らかにするために使用するものなのである。 なお、弁護人は意見書において、池内スレに本件書込Bがなされる流れや、それと目力スレへの書き込みとの関連性までも明らかにしつつ、書込Bの意味内容を解釈したが、検察官はこれに対する反論もなし得ていないことを付言しておく。 C 本件書込Cについて その正確な書き込み内容は「>>887 うんにゃ 前に書き込んだと思うけど ババアとの遊びは終わり o(^-^)o 本気で潰しますので。」というものである。 検察官は、論告において、「これ以前に、『文化センターを血で染め上げる』、『教室の灯油をぶちまく』『火をつける』『文化センター血の海になりますよ』等と書き込んだ後のことであるから」などと、虚偽の主張までして、これが脅迫文言に該ると強弁しようとした。しかし、これは弁護人の異議によって撤回されたことは記憶に新しい。 ことほど左様に、これが脅迫文言に該るなどと解釈することは困難なのである。 しかも、検察官は、この書き込みに付されたレスアンカー(>>887)の意味すら、もはや「関連性云々」とすら言えず、無視せざるを得なくなっているのである。 検察官の「弁解は説得力が皆無である」と、お返ししておこう。 D 本件書込Dについて その正確な書き込み内容は「>>913 つでに 通報も忘れるなよ これは犯罪予告だ! o(^-^)o」というものである。 この書込Dについても、検察官は反論の理由すら説明できず、「後付の弁解である」と空疎な言葉を連ねるだけである。しかも、この書き込みに付されたレスアンカー(>>913)は無視しつつ、他方で、勾留時の被疑事実に含まれていたなどと、これまた虚偽の主張を付加しながらである。 なお、勾留時の被疑事実について付言しておくと、被疑事実は「・・・別紙投稿一覧表記載の投稿日時において・・・・『一気にかたをつけるのには・・・』・・・などの文言を送信して投稿掲示し・・・」というものである。別紙投稿一覧表には、被疑事実に記載された文言以外に6個の文言が記載されているが、被疑事実においてはその「投稿日時」のみを引用しており、被疑事実として記載されている以外の6個の文言は引用されていない。検察官は、このような単純な被疑事実を「読み間違えた」のであろうか、それとも故意に虚偽の主張をしているのであろうか・・・。いずれにせよ、「弁護人が被疑事実を読み間違えているための誤解である」との文言については、削除及び謝罪を要求する。 (3) 常識的な解釈について ところで、弁護人は、上記6月4日付意見書を青木裕一氏がインターネット上に開設しているブログに掲載してもらって、これを公表し、同ブログのコメント欄でその内容についての意見交換を行ってきた。 そこで示された一般の方々の意見のほとんどは、本件書込は脅迫には読めないというものであった。つまり、本件書込は脅迫文言に該らないというのが、一般的な常識的解釈、そして客観的解釈であることが示されているのである。 また、本件書込をリアルタイムで見ていた青木裕一証人も、本公判廷において、主尋問に対し、「脅迫だとは、一切感じていません。」、「これで警察に通報しても、警察も迷惑だろうなと思いました。」、「脅迫には全く当たらないようなことをもって脅迫であるというふうに警察に通報しても、警察の側での一種の公務執行妨害になるんではないかと、私は思ってます。」、「(本件書込Dについても、犯罪予告だと)全く受け取っていません。」と、さらに検察官の反対尋問に対しても、「(被告人のことは)無罪だと思っています。」と明確に証言している。 従って、本件書込が脅迫文言に該るなどという解釈は、一般常識、社会通念から大きく逸脱した解釈であって、そのような解釈が許されないことは明白となっているのである。 2 脅迫の結果の不発生について (1) ところで、本件においては、本件書込によってひろ美が恐怖心を抱いたことの立証はなされていない。 まずもって確認されなければならないことは、ひろ美自身が恐怖心を抱いたという供述は一切行っていないことである。ひろ美は、本件書込について、被害届すら提出していない(立証はない!)。「被害者」とされている人物が、一切、被害結果を訴えていないし、被告人の処罰すら求めていないのである。 (2) この点に関し、検察官は、司法警察員の報告書にひろ美が「恐ろしくなり、講演を中止するしかなかった」と訴えたという記載があること、及び、ひろ美が○○○○宛に送付したとされているメールの写しに「受講生の安全確保が必要」、「『犯行』が起こる危険性があります」、「危害を防ぐためにも」といった記載があることによって、ひろ美が恐怖心を抱いたことが立証されているなどという。 検察官の指摘する上記の2つの証拠のうち、ひろ美自身が作成したとされている後者のメールにも、ひろ美が恐怖心を抱いたという記載はなされていない。前者についても、極めて抽象的な記載があるだけで、ひろ美が発した具体的な言葉は記載されていないし、しかもこれは訴追側の司法警察員の伝聞供述に過ぎないのである。 前述のとおり、ひろ美は日本ペンクラブや日本文藝家協会の会員であり、執筆活動を行っている者であり、また、自作自演で自己擁護のスレッドを立てたり、書き込みを行ったりもしているのであるから、その情報リテラシーは高いと考えるのが通常である。そのようは被害者が、本件のごとき書き込みによって恐怖心を抱くことなど考えられない。 (3) ひろ美が文化センターに連絡した経緯も、極めて不可解である。 すなわち、ひろ美は11月21日時点で、すでに「元祖池内ひろ美一家皆殺し希望」と題するブログが存在し、「池内ひろ美一家皆殺しを希望する方は、ジャンジャン書き込んでください」と呼びかけられていることを知っていた。ひろ美及びその夫である善昭が日常的にチェックしていた2ちゃんねる上にも、「決めた! この女殺す」、「ひでえ輩だ 殺せよ 写真見てるだけでムカムカしてくる顔だ」、「オラが町に来たらぶっ殺す」、「こいつ まだいきてんおか殺せよだれかw 期間工にさされてwwwwwwwwwwwwwwwww 」などといった書き込みも行われていた。これらは本件書込とは比較にならない直接的な表現であるにもかかわらず、ひろ美は被害届の提出や告訴を行っていない。 ひろ美が○○○○宛にメールを送付した経緯も不自然である。ひろ美は、本件書き込みがなされる以前から、警察を利用してインターネット上での自己に対する批判活動を止めさせようと目白警察署に相談していたが、警察は対応していなかった。ところが、ひろ美は、本件書込を見て、すぐに文化センターに連絡することなく、まず目白警察署に相談し、その上で朝方になって漸くし本件講座を休講したいことを連絡している。かかる経緯からすれば、ひろ美が文化センターに上記のメールを送ったからといって、同人が恐怖心を感じていたことにはならない。なぜなら、仮に講座を実施することに恐怖心を感じたのであれば、警察に相談する前に即座に休講の連絡をする筈であり、警察に相談した後の連絡であれば、警察官の指示ないし示唆によって休講を決めたと考える方が合理的だからである。 加えて、前述のように、ひろ美は、12月20日に名古屋において本件講座が予定されていたにもかかわらず、前日の19日に名古屋で夕食を取った後、東京の自宅に戻っている。10月の講座のときは、わざわざ前日から名古屋に泊まっていたにもかかわらず、12月には前日名古屋にいたにもかかわらず、敢えて東京に戻ったというのである。かかる経過からすれば、ひろ美は遅くとも19日の時点で、20日の本件講座は中止にすることを決めていたとも考えられるのである。 (4) 以上の諸事実からすれば、ひろ美としては、本件書込を利用して、これまで告訴・告発を促していた被告人に報復しようと考え、警察官に対し恐怖心を感じたなどと虚偽の事実を述べて、被告人の摘発を促したと考えることが自然である。ひろ美が、仮に自らが被害者であるというのなら、正々堂々と証人として出廷して証言すべきであるのに、これを拒否していることからも、ひろ美が恐怖心を感じていなかったことは明らかなのである。 3 脅迫罪の故意の不存在について (1) 本件においては、被告人が本件書込@ないしDを行った際、被告人にはひろ美に対し、その「生命、身体、自由、名誉又は財産に害を加える旨の告知」を行う目的も、意思も、認識も存在していなかった。本件各書込を行った際の被告人の認識等の詳細については、被告人作成に係る陳述書(弁第146号証)に述べられているので、これを援用する。 (2) 検察官の反論に対する再反論 ところで、検察官は論告において、漸く上記弁護人の主張に対する反論を明らかにするに至ったので、以下、再反論を加えることとする。なお、構成要件レベルと同様、検察官において実質的な反論をし得なかったことについては、残念に思っていることを付言しておく。 @ 相手を畏怖させる意思について 検察官は、脅迫罪の主観的要件として、相手を畏怖させる意思は必要ないと主張する。しかし、かかる意思が必要ないとすれば、過失による脅迫罪の成立を認めるざるを得ない結果となるが、これは明らかに明文に反する解釈であろう。 また、検察官は「本件書込をした被告人に、被害者を畏怖させる意思があったことは明白」などともいうが、なぜ明白なのかの理由も明らかにされていない非論理的な物言いであって、何の説得力もないことは言うまでもない。 A 加害告知の認識について 検察官が、被告人に加害告知の認識があったとする根拠は、a)被告人が本件書込の言葉を選んで書き込んだこと、b)被告人が「犯罪予告だ」と解説したこと、c)ひろ美がそれを閲覧、了知すると予見していたこと、d)捜査段階に作成された供述調書の記載内容の4点である。しかし、いずれの検察官の主張も不合理である。 (i) a)及びb)について まず、確認しておかなければならないことは、被告人は本件書込を含む一連の書き込みに「o(^-^)o」というマークを付し、後には「o(^-^)o」に加えて「◆in.mBbu0ME」というトリップまで付して、その書き込みが誰の書き込みであるかをわかるようにしていること、そして、インターネットに接続されたどのパソコンから当該書き込みが投稿されたかを隠蔽することもできるにもかかわらず、そのような工作も一切行っていないことである。犯罪行為を行ったという認識を有する者であれば、それを行ったのが誰であるかを隠蔽するのが通常である。ところが、被告人は隠蔽工作を行うどころが、逆に特定できるようにしているのである。これは、加害告知という脅迫行為を行ったという認識を有する者の行動ではないことは、社会通念上、明らかである。 さらに、本件書込の客観的意味内容やその際の被告人の動機・意図などはすでに主張したとおりであるが、検察官はこれに実質的あるいは形式的に、反論し得ていない。一体、どこの誰が、自らを特定できるようにした上で、敢えて犯罪予告をするというのか。検察官は、自らに置き換えて考えてみれば、その荒唐無稽さに気づくのではないか。 (ii) c)について 検察官の主張は、単なる一般論であって、具体的な本件各書込をした時点において、被告人にひろ美がそれを閲覧・了知することの予見があったことを何ら立証・論証していない。しかも、これが仮に脅迫文言であるとすれば、本件講座の開催が予定されていた20日午後1時までの半日ほどの間に閲覧・了知が完了しなければならないにもかかわらずである。 検察官が本件書込を本件講座に関する加害告知であると問議している以上、その閲覧・了知の予見が、抽象的な可能性の予見では足りず、具体的に、本件各書込がなされた時点における、各書込がなされた時点から本件講座開催までの間の閲覧・了知の予見でなければならないのは、当然である。 (iii) d)について 検察官は、客観的証拠による立証が不可能とみるや、とうとう捜査段階における供述調書による立証まで言い出した。恥ずかしい限りである。 言うまでもなく、捜査段階における供述調書は、冤罪事件の温床であり、最近でも、被告人12名への無罪判決の中で「警察による押し付けや誘導のような、追及的・強圧的な取調べがあったことが強く疑われ、自白の信用性は認められない」と指摘された鹿児島選挙違反事件、逮捕当初は否認したものの、強圧的な取調べで虚偽自白がなされた結果実刑判決が確定したが、服役後に真犯人が現れたことで元被告人の無実が明らかになった富山県下での誤認逮捕事件、死刑を求刑された被告人への無罪判決の中で、自白獲得を目的とした一日10時間に及ぶ違法な長時間の取調べが、17日間続いたことが指摘された佐賀・北方事件(無罪確定)など記憶に新しい。数日前には、最高裁司法研修所が、裁判員裁判の在り方に関する研究結果を発表し、口頭主義の徹底や裁判官室で供述調書などを読み込む従来の方法は採らないことなどと指摘した。司法研修所も、従来の供述調書中心の審理は時代遅れの誤ったものであったことを自認したのである。検察官の上記主張は、時代の流れに完全に逆行するものである。 また、本件捜査段階における供述調書は、その内容に矛盾が多々あり、特に警察官面前調書と検察官面前調書との間の矛盾は甚だしい。また、特に警察官面前調書をみれば、その内容はいかにも警察官が作文したらしく、下品かつとってつけたような表現となっている。従って、これらは、それ自体、信用性を欠くものである。 しかも、そのような供述調書が作成されるに至った経過については、被告人は陳述書(弁第146号証)や被告人質問で詳細に説明している。かかる供述調書が作成されてしまった大きな要素は、スレッドすら見せずに取調べを行った警察官や検察官、誤った弁護方針を立てて被告人にアドバイスしたS井弁護人、最後になっても否認調書の作成を「言いたいことは、わかるがそれは認められない」と言って拒んだ建元亮太検事、及び、勾留中の被告人の体調(病気)にあることは明らかである。ところが、検察官は、これらについて何らの弁解もなしえていないのである。 裁判所が、安易に捜査段階における供述調書による立証を認めるべきではなく、口頭主義に徹した審理を行うべきであることは、言うまでもない。 4 小結 以上の次第であるから、本件各書込については、脅迫罪が成立することについての立証がないから、無罪が言い渡されるべきことは当然である。 第3 威力業務妨害罪の不成立について 1 脅迫罪の不成立による業務妨害罪の不成立について 本件業務妨害罪は、本件各書込が脅迫罪が成立することを前提に、これを本件講座に対する業務妨害にまで広げたという構造にある。 従って、上記のとおり、本件各書込について脅迫罪は成立しない以上、業務妨害罪も成立しないことは言うまでもない。 2 固有の業務妨害罪の不成立について のみならず、本件各書込を業務妨害罪との関係で固有に検討しても、業務妨害罪は成立しない。 (1) 業務妨害罪の構成要件不該当性について 脅迫罪について述べたとおり、本件各書込は、客観的に解釈して本件講座において講師であるひろ美や受講者らに危害を加えることを何ら意味していないから、業務妨害罪の構成要件に該当しない。 この点、検察官は、本件書込が匿名で行われたため、文化センター職員としては、最悪の事態を予想して行動しなければならないことは明らかなどという。しかし、上記のとおり、被告人の書き込みは容易に人物を特定できる方法によってなされており、匿名とは言い難いから、検察官の上記主張は前提において誤りである。 また、検察官は、「具体的に日時、場所、対象、方法・手段、結果を具体的に明示し犯行予告をした」などというが、どこが具体的なのであろうか。検察官の言う「明示」とは、自らの主観的解釈に過ぎず、本件各書込には何らの具体的特定性もない。そもそも「血の海」という言葉と「灯油」、「火」といった言葉は、それぞれ相矛盾しているし、「本件講座」も、日時も何ら明示されていない。結果であるとして明示されているのは、ひろ美の諸々の疑惑の結論が明らかになるということである。 従って、かかる本件各書込が業務妨害罪にいう「威力」に該当しないことは明らかである。 (2) 業務妨害罪の故意の不存在について 被告人には、業務妨害罪の故意は、脅迫以上にあり得ないことであることは、客観的関係からしても、当然である。被告人にとって、文化センターは、ひろ美以上に全く無関係の存在なのであり、その業務を妨害する目的や意思など持ち得ない。であるから、本件書込によって、本件講座が中止されたり、警備を強化する措置が採られたりすることは、まさに思い至るべくもない事態である。 この点、検察官は、「具体的に日時、場所、対象、方法・手段、結果を具体的に明示し犯行予告をした」ことを理由に、本件講座の中止や警備強化等の措置が採られる可能性を「当然認識していた」などと主張する。しかし、「具体性」がないことは前述のとおりであるし、また、仮に具体性があったとしても、そのような可能性を認識するかとは別の問題であり、その者との関連性の度合いによって認識が変わることは当然である。 さらに、検察官は、再び捜査段階での供述調書を云々するが、これが証拠価値のないものであることは上述したとおりである。 (3) 業務妨害罪の因果関係の不存在について また、業務妨害罪との関係でいえば、文化センターは本件講座を中止したようであるが、これは本件各書込との因果関係を欠くものである。 すなわち、栄中日文化センタ職員が本件各書込の存在を知ったのは、ひろ美からの連絡によるものであって、これと無関係に知ったものではない。そして、ひろ美からの連絡は、本件各書込の存在・内容だけではなく、自分が講座を休講したいと考えているというものであった。しかも、ひろ美は、文化センターの職員が午前9時半に出勤するにもかかわらず、これを午前6時34分に一方的にメールで送りつけ、午前9時40分頃になって、漸く電話で連絡している。その上で、この連絡を受けた職員は、午前9時50分に出勤してきた事務局長と対応を協議し、中止を決定したというのが事実経過である。 言うまでもなく、ひろ美の居住する東京都豊島区目白所在のひろ美宅から名古屋市栄区所在の文化センターまで移動するためには、3時間以上を要する。ひろ美が外出の準備をするために要する時間や文化センターが本件講座を実施・中止を検討・決定するのに要する時間も考慮すれば、少なくとも4時間前には実施を決定しなければ、現実に実施することは不可能である。ところが、上記のとおり、ひろ美が文化センター職員に電話連絡した時刻は午前9時40分、本件講座の開始時刻の3時間20分前になってからであった。しかも、本件講座の講師であるひろ美からの要請であれば、文化センターとしては、その要請に逆らって本件講座の実施を決定することは、事実上、不可能であることは当然のことである。 逆に言えば、ひろ美が文化センターに上記の連絡をせず、あるいは連絡をしたとしても、本件講座は実施したいという内容であれば、本件講座は実施されたことは間違いない。 加えて、文化センターが本件書込に関する被害届を提出したのは、本館講座の予定日であった12月20日から2ヶ月も後の2007年2月20日になってからのことである。これは、社会通念上、捜査機関からの要請があって、初めて提出したものと考えられる。かかる事実からも、同センターとしては、実際には、業務妨害行為を受けたこと、本件講座の中止の原因が本件書込であるとの認識がなかったことを示している。 とすれば、本件各書込と本件講座中止との間には、自然的因果関係はあっても、その間にひろ美の上記の言動が介在している以上、相当因果関係はないことは明らかである。 3 小結 以上のとおり、本件各書込については業務妨害罪が成立することについての立証もない。 まとめ 被告人の本件書込には不穏当な部分があったことは事実である。しかし、この点については被告人自身も認めて反省し、ひろ美及び文化センターに謝罪もしている。 本件の背景には、日本ペンクラブ、日本文藝家協会の会員であり、執筆活動を行い、マスメディアにも登場しているひろ美が、自らのブログで期間工への差別記事を掲載しただけではなく、その事実の隠蔽を行ったこと、それをきっかけに一次ソースをひろ美やその夫のブログやホームページ、週刊文春の記事などとして、ひろ美らについての多くの疑惑や問題ある言動が明らかになったこと、にもかかわらずひろ美らは何の説明も弁明も行ってこなかったという事実がある。のみならず、ひろ美らは、夫である善昭が2006年末に2ちゃんねる参加者を自己のブログに誘導して、そのIP取得を図ったり、2007年1月に代理人である清美弁護士をして青木裕一に対してIP等の個人情報の開示請求を行わせるなどの間接的な威圧を加えるまでして、自らに対する批判の封じ込めを図った。このように、ひろ美らが説明や弁解を拒否し、逆に居直るような対応を続けていれば、これらの疑惑や対応を追及する者が後を絶たないのは当然のことであろう。 以 上 |
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青木裕一 2007/11/15 16:19 |
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