「実験1」

−−−溶媒や温度によって色の変化するニッケル錯体の合成−−−

1.目的

遷移金属錯体は金属イオンの種類や配位子の種類によって、さまざまな色の化合物を与える。それら遷移金属錯体の一例として、溶媒の配位能力の差によって色が変化するニッケル錯体を合成し、錯形成反応、配位構造、溶媒や温度による色の変化(クロミズム)、溶媒の配位能力について学ぶ。

2.実験の概要

1) 硝酸ニッケルとN,N,N’,N’-テトラメチル-1,2-エタンジアミン(略号:tmen[注1])および2,4-ペンタンジオン(略号:Hacac[2])から、(2,4-ペンタンジオナト)[トリオキソニトラト(1-)](N,N,N’,N’-テトラメチル-1,2-エタンジアミン)ニッケル(II) [3](緑青色)を合成する。

            Ni(NO3) 2・6H2O + tmen + Hacac + 1/2Na2CO3 -----→

                    [Ni(acac)(NO3)(tmen)] + NaNO3 + 1/2CO2 + 13/2H2O

2) (2,4-ペンタンジオナト)[トリオキソニトラト(1-)](N,N,N’,N’-テトラメチル-1,2-エタンジアミン)ニッケル(II)をテトラフェニルホウ酸ナトリウムで処理して(2,4-ペンタンジオナト)[トリオキソニトラト(1-)](N,N,N’,N’-テトラメチル-1,2-エタンジアミン)ニッケル(II)テトラフェニルホウ酸塩(赤燈色固体粉末)に変換する。 KBr錠剤法で赤外スペクトルを測定する。

            [Ni(acac)(NO3)(tmen)] + NaB(C6H5)4 -----→

                     [Ni(acac)(tmen)]B(C6H5)4 + NaNO3

3) 合成した赤燈色ニッケル錯体を3種類の有機溶媒(ニトロメタン、アセトン、メタノール)に溶解し、溶液の色を観察する。溶媒により緑青色から赤燈色溶液まで観察される。また、これら溶液の可視部吸収スペクトルを測定する。

4)アセトン溶液において温度による色変化を観察する。灰青色(低音、氷浴)から、赤燈色(高温、体温)の色変化が観察される。

[注1]慣用名: N,N,N’,N’-テトラメチルエチレンジアミン

[注2]慣用名: アセチルアセトン

[注3]慣用名: (アセチルアセトナト)(ニトラト)(N,N,N’,N’-テトラメチルエチレン

ジアミン)ニッケル(II)

3.実験操作

(1) [Ni(acac)(NO3)(tmen)]の合成

硝酸ニッケル六水和物(MW: 290.81) 1.0g (0.0034 mol)100 mlビーカーにとり、これにエタノール20 mlを加え、磁気回転子を入れて、ホットプレートスターラーを用いて攪拌して溶解する(この過程は加熱の必要はない)。溶解したら、そのまま攪拌しながら、駒込ピペット(1 ml)N,N,N’,N’-テトラメチル-1,2-エタンジアミン(MW: 116.21, d=0.777)0.55 ml(0.0034 mol)加える。次に、駒込ピペット(1 ml)2,4-ペンタンジオン(MW: 100.12, d=0.975)0.35 ml(0.0034 mol)加える。この溶液に、薬包紙に計り取っておいた炭酸ナトリウム(MW: 105.99) 0.18 g (0,0017 mol)を固体のまま少しずつ加える。加え終わったら加熱しながら30分間攪拌を続ける[注1] [注2]。その後室温まで冷却し、白色の沈殿物をひだ付濾紙で濾過して除く[注3]。このとき、100 mlビーカーで緑青色の濾液([Ni(acac)(NO3)(tmen)])を受ける。さらに、以下(2)の操作を続ける。

[注1] この時、ビーカーに必ず時計皿をかぶせること、また、ホットプレートスターラーの温度調整目盛りは約80°Cに設定すること。

[注2] もしスラリー状の反応物がはねてビーカーの器壁についたときには、少量のエタノールで反応液に洗い込む。

[注3] ビーカーの器壁と濾紙上に付着している反応物は少量(1 ml X 3)のエタノールで洗い込み濾過して濾液に加える。

(2) [Ni(acac)(tmen)]B(C6H5)4の合成[注1]

上記のようにして得た[Ni(acac)(NO3)(tmen)]のエタノール溶液に、磁気回転子を入れ、ホットプレートスターラーで攪拌しながら、あらかじめ薬包紙に秤り取っておいたテトラフェニルホウ酸ナトリウム1.0 gを固体のまま少しずつ加える。加え終わってから室温のままで10分間攪拌を続ける。この間、反応の進行に伴って反応溶液の色がどのように変化するか観察せよ。その後、赤燈色沈殿をひだ付濾紙で濾過して得る[注2]。この沈殿は濾紙にはさんで15分程風乾させる。大体乾いた沈殿を100 mlビーカー中でアセトニトリル20 mlに溶解させる。青色溶液と白色沈殿が生じるので、沈殿をひだ付濾紙で濾過して取り除く[注3]。濾液はなす型フラスコ(200 ml)に受け、ロータリーエバポレーターを使用してこれを蒸発乾固させる。十分に乾燥したら、得られた赤燈色固体をスパーテルを用いてサンプルびん(あらかじめ重さを秤っておく)に取り出す。収量を求め、収率を計算せよ[4]

[注1] アセトニトリルを用いる時にはドラフト中で行う。また、出来るだけアセトニトリルの蒸気を吸い込まないように注意する。

    [注2] ビーカーの底より沈殿を駒込ピペットで吸い取り濾過する。

[注3] ビーカーの器壁と濾紙上に付着している錯体は少量(1 ml X 3)のアセトニトリルで洗い込み濾過して濾液に加える。

[4] 収率(%)=(収量/理論量)X100である。ただし、理論量の計算にあたっては過剰に用いた物質を基準に選んではならない。

(3)[Ni(acac)(tmen)]B(C6H5)4錯体の赤外吸収スペクトルをKBr錠剤法で測定する

KBr錠剤の作り方および分光器の操作法は現場で指示する。

(4) [Ni(acac)(tmen)]B(C6H5)4溶液の溶媒による色変化と温度による色変化

合成した赤燈色ニッケル錯体を3種類の有機溶媒(ニトロメタン、アセトン、メタノール)に溶解し、溶液の色を観察する。溶媒により緑青色から赤燈色溶液まで観察される。合成した[Ni(acac)(tmen)]B(C6H5)4の赤燈色固体0.012 g(天秤で秤取る)を駒込ピペットで5 ml @ニトロメタンに溶解し約4 x 10-3 mol dm-3 溶液を作り(この時濁りや浮遊物が生じたら濾過する)、蓋のついたサンプルびん中に保存する。また、赤燈色固体0.12 gを駒込ピペットで5 mlのAアセトン、Bメタノールにそれぞれ溶解し約4 x 10-2 mol dm-3 の溶液を作り(この時濁りや浮遊物が生じたら濾過する)、蓋のついたサンプルびん中に保存する。@、A、Bの溶液の色を観察しなさい。また、これら溶液の可視部吸収スペクトル(波長範囲800 nmから400 nmまで)を測定する。吸収スペクトルの測定法については現場で指示する[注1

[注1]有機溶媒を使用するので、溶媒蒸気で分光器を汚さないように蓋付き石英

セルを用いる(高価なので絶対に破損しないように取り扱いには注意すること)。

(5)アセトン溶液Bにおいて温度による色変化を観察する。

灰青色(低音、氷浴)から、赤燈色(高温、体温)の色変化が観察される。

4.実験上の注意

(a)全般的

     @実験操作をよく読んで手順を頭に入れてから取り掛かること。

     A用いる試薬を無駄にしないこと。器具を大切に取り扱うこと。

     B実験の各段階をよく観察し、色の変化などを注意深く見ること。

     C後片付けをし、廃液処理に注意すること。指定された容器に捨てること。

     D特に、ニッケル錯体を含む溶液は絶対に流しに捨ててはならない。

     E用いるガラス器具、薬さじ等は乾燥器であらかじめ乾燥させておくこと。

     F加熱を伴う合成実験中は必ず保護メガネをかけること。

     G有機溶媒や試薬、錯体が手や皮膚に付着した場合には、出来るだけ
     速やかに石鹸と水で洗浄する。

     Hホットプレートスターラーでやけどをしないように注意すること。

Iアセトニトリルやメタノール溶液の取扱はドラフト中で行い、蒸気を
     出来るだけ吸
い込まないようにすること。

(b)器具の洗浄について

     ガラス器具等に付着した赤燈色のニッケル錯体は、水に溶けにくいため、丁寧に洗浄しないと落ちないことがある。どうしても取れないときには、ごく少量のアセトン(0.5 ml程度でも十分)を駒込ピペットでかけ、溶かして落とすこと。

(c)合成品、廃液の処理について

     @残ったニッケル錯体は指示された回収びんにいれておく。

     A廃液をすてる際には容器(ドラフト中)の種類を間違えないように
     注意せよ。

     Bニッケル錯体の有機溶媒溶液は、ニッケル廃液容器へ。

     Cニッケル錯体のついた濾紙は回収ポリバケツに入れること。

5.考察

     (1) [Ni(acac)(NO3)(tmen)]の合成で、炭酸ナトリウムを加えるのは何故か?

     (2) [Ni(acac)(tmen)]B(C6H5)4錯体の赤外吸収スペクトルを解析し、
      2,4-
ペンタンジオンのそれと比較しなさい。

     (3) それぞれの可視部吸収スペクトルについて、lmax /nmおよび、そこでの
      モル吸光係
e/mol-1 dm3 cm-1を求めなさい。

   (4) @ニトロメタン、Aアセトン、Bメタノール溶液の色と、得られた可視部
       吸収スペクトルとを対応づけなさい。


   (5) @ニトロメタン、Aアセトン、Bメタノール溶液中でのニッケル錯体の
       溶存状態(化学種)を考えなさい。
       また、このような違いが生じる理由を考えなさい。


   (6) Aアセトン溶液ではある平衡系が成立している。室温における
       この平衡定数を見積もりなさい。


参考文献:楽しい化学の実験室II,日本化学会編,F.Jalilehvand,福田豊
       「色の変わる配位化合物,金属錯体のクロモトロピズム」
        

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