餌やり
2007/02/26 Mon19:50[里山不帰]
小学校低学年にはやや重い、数匹分の餌の入ったボールを持って犬小屋に近づくと、繋がれたまま興奮して跳ね回る犬達をまず黙って見る。食器の前でおとなしく「待て」をするまで。それからおもむろに餌をやるのが習慣だった。脇目も振らず食べる様子を微笑んで見下ろしていると、「よく食べるね〜」と気さくに声をかける人。犬小屋は家の前の田舎道に面している。
見ると近所の老婦人が畑仕事の格好で近づく。挨拶する。「梓ちゃん、家の手伝いだ、偉いね〜」大した仕事じゃないのに。ちょっと顔が赤くなる。
「でもね梓ちゃん、あんたみたいな子は何でも言うこと聞かなきゃ駄目。ここんちの本当の子供じゃないんだから。」心臓がドクンと鳴る。初めて知る事実でもないけど。「出されたら、たとえ犬の餌だって『いただきます』って食べな。そうじゃないといじめられるよ。あんたもお母さんも。」
返事もできない。ニコニコと去る老婦人。私の顔は多分青ざめていた。
(お婆さんは親切のつもりなんだ)(少しボケが始まっているんだ)(可哀想なお婆さん)自分が惨めにならずに済む解釈を懸命にする。子供にも自尊心はある。
母はその家に後妻として入った。私を連れて。姑と亡き前妻に苦しんだ母(結局、私を連れて家を出た)に比べ、私自身はさほど酷い扱いを受けた記憶はない(疎外感はあったが)。それだけに先の老婦人の一件は鮮明だ。
周囲にまだ里山の残る田舎で、私達母娘は一体どんな眼で見られていたのだろう?