◇「もし産めなかったら」
「予約が取れるまで、産めなかったらどうしようと不安だった」
川崎市北部のJR登戸駅前にある鈴木産婦人科(多摩区、19床)。5日昼、長女を5時間前に出産したばかりの鈴木千枝美さんは回復室のベッドに横になり、まだ疲れが残る顔で話した。
2年前、同市高津区のマンションから新興住宅地の麻生区栗木台の一戸建てに引っ越した。長男(5)と次男(3)は実家の埼玉へ帰省して産んだが、3人目は「長男に幼稚園を休ませるのがかわいそうだから」と自宅近くで産もうと考えた。ところが、出産を扱う産科が麻生区内にないことを知った。
近所の評判を聞き、交通の便もよい隣の多摩区内の鈴木産婦人科を選んだ。出産予約は妊娠17週目から。17週目に入るとすぐ検診を受け、その場で予約を入れた。
「受付では大丈夫と言われたけど、最悪のことも考えました。近くで産みたいと思っても産めるところが少ない。少子化のはずなのに……」
不安だった日々を思い出して顔を曇らせたが、生まれたばかりの長女の顔を眺めると笑顔に変わった。
× × ×
川崎市の昨年の出生数は1万3648人で、人口1000人当たりの出生率は10・2人。都道府県・政令市の中で沖縄県(12・1人)に次いで2番目に高く、全国平均の8・7人を大きく上回る。
出産を控えた若い世代の転入増が主因とみられるが、それだけに産科医不足はとりわけ深刻だ。鈴木産婦人科は市内トップクラスの年間約1400件の出産を取り扱う。常勤医は3人しかおらず、月に10回当直に入ることもある。
「もう手いっぱい。少子化だから何とかやっているけど、少子化対策が進んで出生率が上がったら大変だよ」
鈴木真(まこと)院長(48)は苦笑した。現在は妊娠がわかった時点で出産予約を取れるようにしているが、予約数は週30人余りに制限せざるを得ない。休日体制のため20人余りに抑える来年のゴールデンウイークは既に予約でいっぱいだ。
県産科婦人科医会のまとめでは、川崎市内で出産を取り扱う病院・診療所は計21施設で4年前から7施設減った。幸区、麻生区はゼロだ。産科医も98人から76人に減少した。「産科」を標ぼうしていても出産を扱わない診療所も多い。
「産科医を1人育てるより、マンションを建てるスピードの方が早い感じで、バランスが崩れている」
当直明けの昼下がり、石川雅一医師(52)は少し疲れた顔でそう言うと、帝王切開の母親が待つ手術室に入っていった。【笈田直樹】
毎日新聞 2007年12月12日