お年寄り、障害者、若者……。収入の少ない人たちを狙い、分割払いを利用して高額商品を売りつける悪質商法がやまない。10月26日から始まったシリーズ「クレジット不信」には、消費者や業界関係者からさまざまな体験が寄せられている。来年の通常国会で、販売業者とともにクレジット業界の規制強化も審議される方針だが、実例をもとに改めて被害の実態と背景を考えた。【クレジット問題取材班】
■被害者の声■
◇「恥ずかしくて相談できなかった」--48歳・障害者男性
「恥ずかしくて誰にも相談できないうちに、どんどん契約させられてしまって」
仙台市の公営住宅。48歳の男性が電動車いすに体を預け、悔しそうに振り返る。テーブルにはクレジット契約書や支払い督促状が山積みになっている。
生後すぐ高熱で全身がまひし、日常生活全般で介助が必要な障害1級と認定されている。判断能力は健常者と変わらないが、滑らかに話すのは難しい。両親は他界し、1人暮らし。自力でベッドから車いすにも移れない。
ヘルパーが出入りするため、ドアのかぎはかけていなかった。そこに04年夏、浄水器の販売員が上がり込んできた。台所を調べて「水道管が腐食して水が汚れている」と力説する。不安に駆られ、55万円の浄水器をクレジット契約で購入した。
翌夏、布団の販売員が来た。寝込んでいたので「帰ってくれ」と訴えたが、「体調不良は布団のせいだ」と居座られた。追い出したい一心で、布団と掃除機計59万円の購入を承諾。販売員は申込書を代筆し、男性の印鑑を探し出して押した。
その2カ月後、同じ販売員が再び現れた。事前に商品名や必要事項を書き込んだクレジット契約申込書を差し出し、「はんこをもらわないと帰れない」とすごんだ。「警察を呼びます」と抗議すると、「やれるもんならやってみなよ」。31万円の毛布を購入した。
その後3カ月おきにさらに2度、同様の被害に遭った。相談を受けた大橋洋介弁護士(仙台弁護士会)が販売業者5社に電話したが、2社はつながらなくなっていた。
自立生活を送る障害者を標的にした悪質訪問販売。それを可能にしたのはクレジット会社のずさんな審査だ。
男性の収入は障害年金と生活保護を合わせ月13万円。クレジット申込書の勤務先には男性が代表を務めるNPO法人の名前が書かれ、年収は「300万円」とされていた。しかしNPOはボランティア団体で、男性は無職無給だ。
虚偽の記載をもとに大手クレジット5社は計289万円の契約をパスさせた。各社は支払金の返還に応じず、男性は自己破産の瀬戸際に追い込まれている。今も販売員が家に入って来る夢を見て、うなされるという。
◇「足の痛みが消える」とだまされて=埼玉県吉見町、無職、女性(81)
大正生まれで幼いころ山形から東京に下働きに出され、大空襲で焼け出されました。戦後は工場で働き、夫に先立たれ今は1人暮らしです。収入は年金だけ。働きづめの人生でひざを痛め、立っているのもつらくなりました。その痛みが「消える」と言われると、つい信じたくなります。
5年前、郵便局に行く途中、大勢の人が出入りしている場所がありました。行ってみるとそうめんや油をタダでくれました。通ううちに「足に効く」と約15万円の健康食品をすすめられました。わらにもすがる思いで買いましたが、全く効きませんでした。
クレジットの支払いが完済した2年前、足を引きずり玄関前を掃いていると、今度は2人の営業マンに「おばあちゃん、足が悪そうですね」と声をかけられました。「いい薬があるので説明しましょう」と上がり込み、「これで痛みが取れた人がたくさんいる」と勧めます。月々8300円と言われ、今度こそ効くかもしれないと思いました。
でも、やはり痛みは取れません。後になって、ただの健康食品で、手数料も入れた総額が50万円と知り、びっくりしました。消費生活センターに相談しましたが、クレジット会社は払ったお金を返してくれません。心臓も悪くなり医療費がかさみます。少しでも返してください。
◇認知症の母に1000万円契約=名古屋市、看護師、女性(55)
九州で暮らす両親の遠距離介護を続けてきました。母は認知症です。父の入院で気力が落ち、健康食品などを買い始めましたが、お金のことに周囲から口を出すのはためらいがありました。
2年前に帰省して驚きました。リフォーム業者が出入りし、屋根裏や床下に大量の換気扇などを取り付けていたのです。母の貯金はゼロになり、多額の請求書が届いていました。総額1000万円近く。行政に何度も頼んで解約に動いてもらいましたが、クレジット会社は娘の私あてに支払いを請求してきます。
玄関に来る営業マンは若くて優しそうな男性ばかりで、母は「あんなにいい人はいない」と言います。私はあまりの状況にうつ病になりましたが、必死に働き仕送りしました。
父は今年亡くなり、現在母は1人暮らし。最近また、眼鏡の点検といって10万円の契約をしていたことが分かりました。玄関に悪質販売業者間の暗号のようなものが張られているのに気づき、急いではがしました。どうかこんな状況から「普通の人」を守ってください。
■業界関係者の声■
◇「カモリスト」使い回し--悪質で巧妙な手口
東京の訪問販売会社に勤めた経験のある男性(30)は、悪質訪問販売業者の巧妙な手口とクレジット会社のつながりを明かした。
次々販売では、1人の顧客が違う業者に相次いで狙われることがある。強引なセールスを断りきれない顧客の名簿が業者間で取引されているからだ。業者はこの名簿を「カモリスト」と呼ぶ。
しかし、この男性は「違う商品を販売する別の業者に見えて、実は同じ親会社のもとでグループ化されている」と証言する。「カモリストはグループ内で共有していました。人のいいお客さんは他社には渡しません。表現は悪いですが、自社で使いつぶすのです」
男性は10年前、業務内容を知らずに入社。夜勤の若い工員が日中寝ているアパートを狙っては「ダニの多い布団は体に悪く仕事に差し支える」と高額な羽毛布団を売りつけた。
1年後、オーナーの指示でグループ内のパソコン教材会社に移る。からくりが見えてきたのはそれからだ。
布団、浄水器、住宅リフォーム……。グループ内にはさまざまな会社が存在した。オーナーが部下を社長にしては会社を作らせ、社名も次々と変えていく。各会社の売り上げはコンサルタント料名目でオーナーの経営する親会社に流れていた。
「同一グループだと分かるには、金の流れまで見なければ無理です」と男性。でも「クレジット会社は知っていた」と言う。
新しい会社を作るたびに、オーナーがクレジット会社の担当者に紹介し、加盟店にするよう働きかけていたからだ。「顧客の支払い能力などほとんど審査せず、契約をパスさせてくれました」
法改正で今後、顧客は必要量以上の商品を買わされた場合、購入契約を取り消すことができるようになる。しかし、商品や業者名を変える手口を使えば、法の網をかいくぐるおそれがある。
その後業界から身を引いた男性は言う。「会社のトップに倫理観がなければ、いくら法律を改正しても抜け穴はできるでしょう」
◇「クレジットがなければ次々販売はできない」--呉服関連元社員=近畿地方、40代女性
次々販売で問題になった呉服会社のグループ企業で働いていました。展示会場には至る所に仕掛けがあります。「無料食事会がある」と言ってお客さんを誘い出し、着いたとたんに4人くらいの従業員で取り囲み、会場内をつきまといます。入り口近くには数百万円の商品を置きます。金銭感覚をまひさせ、後で紹介する数十万円の着物を安く思わせるためです。
「今しかない」「これしかない」「買うしかない」。これら「三しかない」のセールストークで購入を迫るよう、マニュアルで指導されました。社長の方針に反して展示会をやらなかった支店長は収益を上げられず、左遷されました。
会場にはクレジット会社の社員もいたので、「販売方法を知らなかった」という言い訳は通りません。次々販売は、手持ちの金がなくても高額商品を売りつけられるクレジット契約抜きには成り立たない商法です。
◇「荒廃した業界の方向修正を」--クレジット元社員=関東地方、50代男性
クレジット会社で督促や債権回収を担当してきました。最前線でお客さまの生の声を聞き、自社の顧客の支払い能力審査のずさんさと、あまりにも倫理観のない加盟店業者の実態にあぜんとさせられる毎日でした。
約15年前、不正まがいの販売方法でお客さまの支払いが滞った場合、営業部門に情報を伝えるシステムができました。しかし、情報は基本的に社内で無視されていたようです。「今後適切に指導する」「指摘されるような事実はない」と決まり文句を返されることがほとんどでした。
結局、自社の業務の荒廃や加盟店業者の不正と戦ってきた気がします。問題点を挙げればきりがありません。しかし、クレジット産業が我が国の流通に大きく貢献してきたのも事実です。業界の方向修正の指針となるような報道を熱望します。
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◇被害に遭わないために…一人で抱えこまないで
国民生活センターによると、01年4月から07年11月に全国の消費生活センターに寄せられた次々販売に関する相談は10万970件。6割がクレジットを利用しており、そのうち9割が商品の購入ごとに契約を結ぶ「個品割賦」だ。
相談内容からは、現金がなくても購入できるクレジット契約が購入額を引き上げる傾向がうかがえる。訪問販売の平均購入金額(06年度)は現金払いの場合32万1000円、個品割賦を利用したケースは78万3000円に上る。
また、次々販売相談の内訳を見ると、契約者のおよそ半数は60代以上。販売方法で最も多いのは「訪問販売」で、高齢者層では8割近くを占める。
悪質業者による被害、不本意なクレジット契約を防ぐにはどうすればいいのか--。政府の産業構造審議会小委員会で委員を務め、日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会の唯根妙子・消費者相談室長は「クレジットも借金だと理解してほしい。そして本当に今必要なものなのか、契約の前に考えてほしい」と話す。
契約後、おかしいと思ったら「早く声を出すこと」。自分が悪いとあきらめ、一人で抱えこむケースが少なくないからだ。特に高齢者はだまされたと分かっても、プライドがあるので子供には打ち明けたがらないことが多いという。
被害を打ち明けられても、家族には「お年寄りを責めないでほしい」と訴える。「業者は一度狙った客の所には何度も来る。被害に遭ったことを責められると、お年寄りは次の被害を言わなくなってしまう」からだ。
悪質業者は高齢者のさびしさにつけ込み、巧妙に近づく。親切な人と思わせるため、体を気遣う「ラブレター」を出したりする。被害が明らかになった後でさえ、手紙を大切に持っている高齢者がいる。
独り暮らし世帯は今後も増える。安らかな老後を守るため、対策が急がれる。
◇法改正で既払い金返還へ
クレジット取引を規制する割賦販売法と、訪問販売などの取引を規制する特定商取引法について、政府は来年の通常国会に改正法案を提出する方針。訪問販売では、必要以上の契約をさせられた消費者は売買契約を取り消せることになる。個品割賦契約では、加盟店がうそを言っていた場合、クレジット会社に支払った既払い金を返還させる規定を盛り込むが、経済産業省案では、訪問販売や電話勧誘などによる契約に限られている。
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◇代表的な悪質商法の手口
<アンケート商法>
「アンケートを取るだけ」と言って近づき、呉服やエステなどのサービスを売りつける
<SF商法>
会場に人を集め日用品などを無料同然で配り、最後に高額の布団や健康食品を売りつける
<資格商法>
「受講するだけで資格が取れる」などとうその説明で講座や教材を契約させる
<実験商法>
化学実験めいたことをして効果に裏付けがあると思わせ、浄水器や健康機器を売りつける
<デート商法>
恋愛感情を利用してデートに誘うふりをして呼び出し、高額の宝石や絵画を契約させる
<点検商法>
点検を装い家に来て、シロアリ駆除や耐震補強などが必要だとうそを言って契約させる
<展示会商法>
一定期間の仮設店舗に「来るだけでいい」と誘い込み、強引に着物や宝石を買わせる
<当選商法>
「あなたは当選しました」などと言って近づき、絵画や教材を売りつける
<マルチ・マルチまがい商法>
客に新たな客を探させてはマージンを与え、組織を拡大していく
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<消費者被害の主な相談先>
電話番号 開設時間
◆相談窓口
経済産業省消費者相談室 03・3501・4657 平日10~16時
国民生活センター 03・3446・0999 平日10~16時※
→各地の消費生活センターの相談受付先は、国民生活センターのホームページ(http://www.kokusen.go.jp/map/index.html)で紹介
日本消費者協会消費者相談室 03・5282・5319 平日10~15時※
◆法律・債務など
日本弁護士連合会 03・3580・9841 平日9時半~17時半
→各地の弁護士会を紹介
法テラス(日本司法支援センター) 0570・078374 平日9~21時、土曜9~17時
→法制度、相談先を紹介
日本司法書士会連合会 0120・552059 平日9~17時
→各地の司法書士会を紹介
全国クレジット・サラ金被害者連絡協議会 03・5207・5507 平日13~18時、月・木13~20時
◆土・日に開設している窓口
全国消費生活相談員協会 東京 03・3448・1409 土・日10~16時※
関西事務所(大阪) 06・6203・7650 日曜10~16時
日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会 東京 03・5729・3711 土・日12~17時
西日本支部(大阪) 06・4790・8110 土曜10~16時
※印は12~13時休み
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■次々販売で相談が多い商品・サービス■
全体 60代以上
第1位 布団類 布団類
第2位 アクセサリー リフォーム工事
第3位 エステティックサービス 和服
第4位 教養娯楽教材 健康食品
第5位 リフォーム工事 床下換気扇
平均契約・購入金額 約177万円 約194万円
※国民生活センター調べ
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情報をお寄せください。〒100-8051(住所不要)毎日新聞「クレジット問題取材班」。メールは表題を「クレジット」としてkurashi@mbx.mainichi.co.jpへ。
毎日新聞 2007年12月13日 東京朝刊