誰かのサンタ
普段私はいわゆる「マネキンさん」という仕事をしていて、
本来は販売促進が目的の仕事なんだけど、
たまに依頼があればレジ専任で短期の現場のお手伝いをすることがある。
そのときも、よく入店する行き慣れた現場に入っていた。
ひとりのお客様がみえた時、
たまたま他の販売員の手がふさがっている状況だったので、
レジカウンターのところで、少し離れた場所に陳列してある商品の説明をすると、
その商品をご自身で取りに行ってくださり、買っていかれた。
普通、手元にない商品を説明すると、
おばちゃんてのはだいたい話半分、もしくは全く聞いてないので、
わかったわかったと言いながら別の品物を買っていって
「アンタが言ったから買っていったのにちがうじゃないの!!」とか
平気でクレームつけてくるもんなんだけど、
その初老の女性は質問や受け答えに全く無駄がなく、大変聡明な方だった。
結構、数分でその人の人柄ってのはわかることも多い。
私もあんな会話ができるようになりたいな、と思った。
ずいぶん時間が経ってから、お客様から電話が入っていると呼ばれる。
「M(私)はレジに入っているから代わりにご用件を伺いますよ、って言うんだけど
”手があくのを待つので構いませんからご本人を出してください”
って言われるのよ。」
血の気が引く。
私を名指しで電話かけてくるなんて問い合わせじゃなくて絶対クレームだ。
電話に出ると、予想に反してとても柔らかい声が返ってきた。
「ああ、Mさん?良かった。私、○時頃に××を買っていった者です。」
ああ、あの初老の女性だ!
「実は私、うっかりしてブルーの商品券をお渡ししてしまったの。」
!!! うっかりも何も私のミスなのだ。
簡単に言うと、一万円受け取るべきところを五千円札を受け取って、
「いちまんえんはいりまーす。」とやってしまったような感じだ。
幸い商品券でのやり取りだったので確認しやすく、レジ照合も電話口でできた。
「家に帰り着いてから綴りを見て気づいたのでお電話しました。
面倒だからご本人と話したほうがきっといいと思って。
今からバスに乗ってそちらに伺いますから、
20分後くらいになるけどまだいらっしゃる?」
不足分を支払いに来るとおっしゃるのだ。
「これは私のミスですので、先に上司に報告してから改めて連絡さしあげて・・・。」
「いえ、もう準備してるし、すぐバスに乗れるの。
まだいらっしゃるのなら、とにかく一度行きますから、
まだどなたにもお話にならないで。」
「でも・・・」
「とにかくすぐ行きますからそれまで待って?」
「・・・はい、わかりました。お待ちしております。」
ありえない。ありがたい。なんて、なんて・・・。
慌てて売場の人に少し時間をもらい、おいしいと評判の洋菓子を買ってきて、
その後しばらくは気持ちを入れ替えてレジに専念していた。
ふと気づくと、レジカウンターから少し離れた位置に背を向けて、
ずーっと立っている人がいる。
商品を物色している様子でもあるが、ずっと同じ位置にいる。
わかった、あのお客様だ。
レジ付近の人がいなくなるのを待ってくださってるんだ。
レジの手があいた途端、駆け寄ってきてくださり、
レシート、ブルーの商品券の綴り、
お釣りが不要なように用意された不足分のお金、を差し出された。
「ね、こっち(ブルーの商品券)の綴りはまだ未使用だったから、
何枚使ったのかすぐわかったのよ。
だからこの金額お渡ししたらもう終わりでしょ?」
「はい、終わりです・・・。」
「だったらもうどなたにもお話になる必要ないですよ。」
過払いを取り戻しにくるならまだしも、
不足分をわざわざ支払いにきてくださってこの言葉だ。
私が困らないように、というのを最優先してくださっているのがわかる。
ありがたい。
「これ、よかったら召し上がってください。」
洋菓子を差し出したら「こんなことしなくてよかったのに!」と驚かれた。
「ここの召し上がったことありますか?」
「いえ、まだ。オープンしたてっていうのは聞いてるのよ。」
「・・・おいしかったですよ。」とわざとニヤっとしてみたら
「・・・そうっ?じゃ、遠慮なく。」と笑いながら受け取ってくれた。
少女みたいだった。
それから数日経って仕事中に声をかけられた。振り返るとあのお客様だ。
先日のお詫びやお礼を繰り返す私に、
「いただいたお菓子がおいしかったから、また買いに来ました。」と
いたずらっぽくおっしゃるので一緒に笑い合った。
「ちょうどよかった。いらっしゃるならコレを差し上げようと思って。」
と紙包みを渡された。
少し躊躇したが「実は頂き物なんだけど」とおっしゃるので頂戴することにした。
日にちはしっかり覚えてる。去り際に「メリークリスマス」と言われたからだ。
バックヤードに戻ったときに包みを開けてみると、翌年のカレンダーだった。
頂き物だと言ってたけど、すぐ近くの売場の商品だったので、
私を見かけて、そこで買い物したんだと思う。
わざわざ来たと私が思わないように、あくまでついでなんですよ、
ってそぶりを見せるために
「また洋菓子を買いに来た」と何度もおっしゃったんだと思う。
一見、考えすぎのように思われるかもしれないが、
こういうことは人とやりとりする仕事を続けてると気づくようになってくるし、
たぶん間違いないと思う。
ありがたくて、暖かくて、なんだかすごく泣けてきた。
それまではメールならともかく、
人にクチ伝えで「メリークリスマス」って言うなんて空々しいと思ってたけど、
その方の「メリークリスマス」は、
今のところ人生一番かな、と思うほど心に沁みた。
宇宙人も幽霊もサンタも、いると思う人にはいるんだな、と思う。
子供のプレゼントにアタマを悩ますだけのサンタじゃなくて、
いつかそのうち誰かの
「なにげないサンタ」になれるよう振舞えたらいいなあ、と思う。
皆様、よいクリスマスをお過ごしください。
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