話題

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

特集ワイド:前略、金正日総書記 権力世襲「3代」それで、どうする?

 ◇後継者、次男・正哲氏有力 「神話」創作、地歩固め

 厳寒の平壌で、あなたはきっと小躍りしているに違いありません。ブッシュ米大統領の親書を初めて受け取り、そのあて名が「親愛なる(国防)委員長殿」となっていたからです。「悪の枢軸」とののしっていたのがウソのようです。核兵器を持てば、世界の超大国も礼を尽くす、国交正常化も近い、これぞ先軍(軍事優先)政治の勝利、そう思っておられるのでしょう。

 むろんブッシュ大統領にいくら体制保証をしてもらっても、肝心の後継者がいなければ、内部から瓦解します。

 ところが、ここにきて後継者に次男の金正哲(キムジョンチョル)氏が最有力になった、との核心情報がもたらされました。朝鮮労働党組織指導部副部長の要職に就いた、というのです。私はかねて、在日の帰国者、高英姫(コヨンヒ)夫人との間に生まれた2人の息子(下は正雲(ジョンウン)氏)のいずれかが後継者になる、と読んでいました。02年夏に突如として「尊敬するオモニム(お母さま)」と、夫人を偶像化しだしたのが決定的でした。

 すでに正哲氏は軍部隊の視察に同行し、対米交渉もそばで見守っている可能性があります。その裏付けとなる写真を探しているところです。さりげなく新聞に掲載されているかもしれませんから。入手した幹部向けの内部資料「20世紀文芸復興と金正日 写真芸術」を読んでいたら、あなたの写真が初めて平壌のメディアに登場したいきさつが詳述されていました。覚えておられるでしょう。1963年2月5日の新聞「民主青年(現・青年前衛)」を--。

 あなたは金日成(キムイルソン)総合大学の学生でした。まだ後継者と決まったわけでもないのに、記者は写真をぜひ新聞に載せたい、と要請する。あなたは認めない。それでも再三の申し入れに、ついに学生仲間との集合写真なら、と応じる。撮影の際、中央に立たないで2列目の隅に立ちました。その姿にカメラマンは感動と興奮でシャッターを押した、と記されています。人びとは競ってその新聞を読んだとも。

 残念ながら、この新聞は未見ですが、あなたが大学を卒業して朝鮮労働党に入った翌年、早々と日本デビューしていた証拠を見つけました。お父さんのインドネシア公式訪問を特集した日本語版プロパガンダ雑誌「朝鮮画報」(1965年7月号)。当時のスカルノ大統領と植物園で談笑するお父さん、そのちょっとわきにネクタイにスーツ姿のあなたがいます。23歳、有能な秘書といった感じです。

 いま正哲氏は27歳、あなたが組織指導部副部長になったのと同じ年齢です。おそらく2002年、22歳のときに彼も入党し、補佐しはじめたのでしょう。あなたはちょうど還暦、儒教では親の労苦を和らげるのは、孝行息子の役目ですから。この年、配給制度の見直しなど大胆な経済改革に乗り出しました。そして、小泉純一郎元首相との史上初の日朝首脳会談で、拉致を認め、謝罪しました。メンツを捨ててもジャパンマネーを得て、韓国の「漢江の奇跡」のごとく経済成長を夢みたのでしたね。謎の多かった一連の平壌の大変化、「金正哲」という補助線を引けば、すべてが氷解します。

     ■

 それにしても、あなたの愛する子息、正哲氏とはいかなる人物なのでしょう。スイスに留学し、西側に精通しているのはわかります。政治手腕は未知数ですが、音楽への思い入れはあなた以上のものがあるようです。その一端を私は知っています。ギターの神様、エリック・クラプトンの日本公演のDVDが手に入らないか、そんな相談をある在日朝鮮人から受けました。すぐ平壌に送らなければならない、とあせっていました。

 そう、あなたたちが退廃文化という資本主義世界の音楽です。しかもDVDはまだ発売されていませんでした。それでも欲しい、そのわがままぶりに、ぴんときました。案の定、彼はドイツでのクラプトンのコンサートに出かけたところを、フジテレビにキャッチされました。その容姿はいかにも王子そのもの。そして、随行員はロイヤルファミリーの側近たち、あの成田空港で拘束された長男の金正男(キムジョンナム)氏とみられる男性と待遇が違うのは一目瞭然(りょうぜん)でした。

 ところで、ずっと私が気になっているのは、あなたの愛妻、高英姫夫人です。すでに死亡したとされますが、彼女の生い立ちがいまひとつ判然としません。脱北した多くの帰国者の新たな証言を拾っていくと、これまで、大阪の鶴橋で柔道家、高太文の娘として生まれて帰国した女性とは別の、もうひとりの「高英姫」が浮かんでくるのです。

 彼女の本名は高英子(コヨンジャ)、在日の帰国者であることは一緒ですが、お父さんは咸鏡北道のミョンガンの化学工場の労働者だった、と聞きました。夏休み、お母さんが平壌で舞踊を学んでいた大学生の娘を寄宿舎に訪ね、その帰り、2人が平壌駅で大泣きに泣いた、とのうわさが帰国者の間で広がったそうです。母と娘、そのドラマチックな別れは彼女があなたに見初められ、ロイヤルファミリーになる、と決心したからかもしれません。

 後ろ髪ひかれる思いで平壌駅をあとにしたお母さんは咸鏡北道への帰途、汽車の連結部にはさまれ、亡くなる。万寿台芸術団に入り、日本公演に訪れたのは従来の説の通りです。金日成主席が還暦を迎えたとき、工場労働者だったお父さんは、祝いの飾り盆をつくって贈り、英雄称号を与えられ、平壌に移住した、と脱北者のひとりは語っています。あなたは体制維持、そして自ら後継者になるためにも、せっせと「神話」を創作してきました。「尊敬するオモニム」はどんな脚色を施そうとしているのでしょう。

     ■

 さて、この12月24日は、高英姫夫人と同じく「尊敬するオモニム」と呼ばれた、あなたのお母さん、金正淑(キムジョンスク)女史の誕生日ですね。それも生誕90周年、故郷の咸鏡北道会寧では、かつてない規模の行事が予定されているようです。あなたがこの地を訪問するのではとも観測されています。そうしたイベントのプロデューサーこそ、正哲氏だ、と私はにらんでいます。あなたも後継者としての地歩を固めていくにあたって、祖先の偉業顕彰に努めてきましたから。

 ただ、忘れてもらっては困ります。3代にわたる権力世襲に対して在日社会の目は厳しいものがあります。日本人拉致問題の解決すら拒んでいては、なおさらのこと。政治決断さえすれば、いいのです。対日関係改善の道しか、あなたの切なる願い、かないはしません。心してください。

 草々。

 編集委員・鈴木琢磨

==============

 ◇「夕刊特集ワイド」へご意見、ご感想を

t.yukan@mbx.mainichi.co.jp

ファクス03・3212・0279

毎日新聞 2007年12月12日 東京夕刊

検索:

話題 アーカイブ一覧

ニュースセレクトトップ

エンターテインメントトップ

ライフスタイルトップ

 

おすすめ情報