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第6節 精神障害者

 1 精神障害とは

 (1) 精神疾患の種類

 精神障害は、さまざまな精神疾患が原因となって起こります。主な精神疾患には、統合失調症、そううつ病、精神作用物質(アルコール、シンナーなど)による精神疾患などがあります。厚生労働省では、障害者雇用促進のための各種助成金制度等の対象となる精神障害者の範囲を、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている人又は統合失調症、そううつ病、てんかんにかかっている人で、症状が安定し、就労が可能な状態にある人としています。また、雇用率の算定対象となる精神障害者の範囲を、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている人としています。

 なお、てんかんはWHO国際疾病分類では「神経系及び感覚器の疾患」の一部とされていますが、厚生労働省における精神障害者としての施策の対象としています。

 (2) 精神障害者

 ひと口に精神障害者といっても、医療、労働、福祉など、場面によって言葉の意味が違ってきています。医療、福祉の分野では、「精神疾患にかかっている人全般」をさしていうことが一般的です。つまり、「精神疾患」と「精神障害」はほぼ同じ意味で使われています。労働の分野では、精神疾患により「長期にわたり、職業生活に相当の制限を受けたり、職業生活を営むことが著しく困難な人」をさしており、さらに、各種助成金制度の対象となる精神障害者を、「症状が安定し、就労が可能な状態である(と主治医が判断した)人」としています。このことから、事業主の方々が「精神障害者」をイメージする場合、「症状が安定し、就労が可能な状態である(と主治医が判断した)人」ととらえるとよいでしょう。

 では、「症状が安定」した状態とはどのようなことでしょうか。先ほど、医療、福祉の分野では、「精神疾患」と「精神障害」とはほぼ同じ意味であると述べました。精神疾患の中で大きな割合を占める統合失調症では、疾患による症状は、「陽性症状」と「陰性症状」に分けることができます。

 統合失調症は思春期から青年期にかけて発病しやすい病気で、脳の神経伝達がうまく機能しないことが原因として起こるとされており、人口の0.8%に出現するといわれています。具体的な症状は、@存在しない物事が聞こえたり見えたと感じる幻聴や幻視、A人からどうかされるという訴えをもつ被害妄想、B現実と思考との混乱、支離滅裂な思考、C無表情・無感情で自分の殻に閉じこもる感情鈍麻や無為自閉などです。

 このうち陽性症状とは、幻聴・幻視などの幻覚、被害妄想、現実と思考との混乱などの症状です。これは、抗精神病薬などの薬による治療が有効となります。陰性症状とは、感情鈍麻や無為自閉など、いわゆる脳機能が低下する症状です。この症状には、薬による治療は十分ではありません。また、陽性症状と同じような意味で「急性期症状」とよび、陰性症状と同じような意味で「慢性期症状」とよぶ場合もあります。

 統合失調症は、薬その他の治療により陽性症状が改善しても、病前と全く同じ精神状態には戻らず、いわゆる陰性症状、慢性期症状が20〜30%は残るといわれています。服薬治療しても治癒しないというのは、内部障害や視聴覚障害などの身体障害、知的障害と同様にとらえられるものでしょう。このことから、「症状が安定」した状態のことを、治療により、陽性症状、急性期症状が治まり、陰性症状、慢性期症状が残っている状態と考えればよいでしょう。本稿では、これ以降、統合失調症を中心として、この状態の人を「精神障害者」と規定して進めていくこととします。

 精神障害者は、これ以外の人に比べて、再度、陽性症状、急性期症状が出やすい(これを「症状の再燃」ともいいます。)のが特徴です。そのために、医療機関において症状を再燃させないための服薬治療等を継続して行います。職場などでも、そのことの理解や援助が必要となってきます。

 (3) 精神障害者の「障害」

 では、精神障害者の「障害」について具体的にみていくこととします。

 @ 相手の言っていることを被害的に受け止めたり、又は、相手の感情に気づかないなど、相手の気持ちを正しく受け止められない。また、緊張、言語能力の低下などもあり、自分の気持ちを上手に相手に伝えられない。そのため、相手の感情を害したり、誤解、場違いな発言などが起き、対人関係づくりに支障が出る。このようなコミュニケーション能力の低下が起きる。

 A 常に緊張感をもち続けてしまって気が休まらず、また、例えば長距離を短距離走のように走ってしまうなど、あせってペース配分がうまくできずにすぐに疲れてしまう。このために、作業なども長続きしない。また、緊張のために、普段ならできることでも、初めての場面や大事な場面では失敗したり、尻込みしてしまうことが多い。同じことでも、自信をもてばできるが、自信がなければできないなど、環境に左右されることが多い。このように、気持ちをコントロールする能力の低下が起きる。

 B ストレスに弱く、些細な判断も大きなストレスとなってしまう。そのため、臨機応変なこと、責任をもたされること、あいまいな状態であることが苦手であり、その状態を続けると、症状が再燃してしまうこともよくある。

 C 思春期から青年期にかけて発病することが多く、社会常識などの社会性を身につける機会を得られない場合がある。また、現実検討力が低下し、中途障害でもあるために、健康であった病前の自分を基準に考える。そのために、常識的行動がとれなかったり、自分の低下した能力を受け入れられないなどの障害が出る。

 D 意欲のなさ、元気のなさ、無口、無表情、緩慢な動作などの精神機能の低下が起きる。

 E 手指の不器用さ、ぎこちない動作、体力の低下などの運動能力の低下が起きる。

 F 一度決めたら変更できないなどの思考の固さ、偏った価値観、思い込みなど、精神機能の固さがみられる。

 主な障害は以上ですが、これらに関連した細かな障害も見受けられます。また、精神障害者といっても、ここにあげた障害を1人の精神障害者がすべてもっているわけではありません。また、本人の状態、環境条件などによって程度がかなり左右されます。これが、精神障害のわかりにくさといえるでしょう。

 なお、これらの障害を改善・軽減させるためには、服薬治療以外に、リハビリテーションによる精神機能の回復、職業的諸技能の(再)獲得等の訓練、環境調整による支援、各種援助制度の整備など、総合的な取組みが必要です。

 2 精神障害者雇用の現状

 (1) 雇用状況

 @ 概   要

 公共職業安定所の紹介による精神障害者の就職件数は、平成6年度は1,004人でしたが、平成18年度には6,739人となっており、年々増加しています。障害者の就職件数に占める割合も、3.5%から15.3%へと増加しています。また、障害者の有効求職者に占める割合は平成18年度で15.9%(平成6年度は3.6%)であり、このように、有効求職者数、就職件数とも増加傾向がみられます。

 厚生労働省は「精神障害者の雇用の促進等に関する研究会」を平成11年7月〜平成13年8月、平成14年7月〜平成16年5月の2度にわたって設置し、平成13年8月に『精神障害者に対する雇用支援施策の充実強化について』という報告書を、そして平成16年5月には『精神障害者の雇用を進めるために−雇用支援策の充実と雇用率の適用−』という報告書をまとめました。この中で、同研究会が、精神障害者を雇用している事業所に対してアンケート調査を2度行っています。そのアンケート結果と報告書の内容にもとづいて、精神障害者の雇用の現状を概観することにします。

 A 職場での能力(図1‐1、図1‐2)

  ア 職務遂行面

 図1‐1は、現在精神障害者を雇用している事業主が、精神障害者の職場での能力、特に職務遂行面をどのようにみているかを調査した結果です。これをみると、“問題あり”という評価が多いのは、「とっさの事態に対する判断力」「動作の機敏さ」「職務遂行の能率」「指示に対する理解力」の項目です。これらは、前項(3)精神障害者の「障害」で述べたことと共通すると思われますが、精神障害者が職業生活を送る上での障害といえるでしょう。このことから、事業主が精神障害者を雇用する際には、きちんと(職業)リハビリテーションがなされているかを確認すること、これらの障害を考えて作業に就かせることが大切と考えられます。“個人差が大きい”という評価もみられますが、これは、きちんと(職業)リハビリテーションがなされている人とそうでない人とが混在しているのではないかと考えられます。逆に、“問題ない”が多いのは、「基礎体力」「持久力」「職務への集中力」があげられています。これらの点は、(職業)リハビリテーションによって十分に改善できる項目といえるでしょう。


図1-1 職場での能力(職務遂行面、N=223事業所)

  イ 職場適応面

 図1‐2は、前項と同様に精神障害者の職場での能力のうち、職場適応面をどのようにみているかを調査した結果です。6割以上の事業主に“問題ない”と評価されている項目は、「出退勤等の労働習慣」「健康管理」「勤労意欲」となっています。逆に、“問題あり”と評価されている項目は、「精神的なタフさ」です。このことから、精神障害者を雇用する際に、事業主としては、出退勤等の労働習慣や健康管理及び生活管理の確立、勤労意欲については、雇用のために確立しておくべき条件として、障害者本人及びリハビリテーション機関に求めてもよいが、「精神的なタフさ」の問題については、精神障害者の職業生活への適応上の障害として受け止め、理解し、配慮することが必要でしょう。


図1-2 職場での能力(職場適応面、N=223事業所)

 B 職場での配慮

  ア 職務遂行面での配慮(図2)

 精神障害者を雇用した事業主が、職場の作業遂行場面で心がけていることは、「障害の状態に合った仕事への配慮」「根気よくわかりやすい指導」「特定の指導者の配慮」「障害の状態に合わせた仕事の仕方の工夫」「障害の状態に合わせた勤務時間への配慮」「仕事の手順の簡素化」などが多くを占めています。

 これらを見ると、ハード面での配慮ではなく、対人関係等の能力に応じた指導・配慮、労働時間、及び業務内容等の環境調整など、ソフト面の配慮が必要であることがわかります。そのためには、精神障害者を援助する(職業)リハビリテーション機関のスタッフの協力が不可欠といえるでしょう。

  イ 健康管理(図3)

 精神障害は、陽性症状、急性期症状が治まった結果であることはすでに述べました。また、精神障害者は、症状が再燃しやすい状態であることも述べました。精神障害者は、症状の再燃を常に考慮しながら職業生活を送る必要があります。そのため、精神障害者を雇用した事業主も、健康管理面の配慮を心がけています。


図2 職務遂行面での配慮(N=223事業所、M.A.)

 図3で具体的な項目をみると、「管理者の方から声をかける」「調子の悪いときは休ませる」「心身の状態への注意」「通院時間の確保」「職場を明るい雰囲気にする」「服薬の確認」など、多岐にわたって事業主が配慮しています。これらは、精神障害者の職場適応にとって必要な、事業主の配慮事項といってよいでしょう。


図3 健康管理面での配慮(N=223事業所、M.A.)


 C 事業主が雇用して良かったと思っている点(図4)

 精神障害者を雇用してよかったと思っている事業主がたくさんいることも忘れてはいけません。「障害に対する従業員の理解が進んだ」「障害者雇用のノウハウを学べた」「職場の意欲が向上した」「職場の雰囲気が良くなった」などは注目すべき事項です。精神障害者雇用は、職場におけるノーマライゼーション理念の推進に効果があり、さらに、職場全体の意欲を高め、雰囲気が良くなる効果があることがわかります。


図4 雇用して良かった点(N=223事業所、M.A.)

 D 職場定着支援者(図5)

 精神障害者が職場に適応するための事業主の配慮事項についてはBで述べました。また、配慮事項は専門的、個別的なものも多いため、リハビリテーション機関のスタッフの協力が必要であることも指摘しました。では、現実にどのような機関のスタッフが協力しているのでしょうか。

 図5を見ると、「ハローワーク(公共職業安定所)の職員」「障害者職業センターの(障害者職業)カウンセラー」「病院や関係機関のソーシャルワーカー(精神保健福祉士)」「家族」「作業所の指導員等」「主治医(本人の担当医師)」「保健婦(保健師)」「産業医療関係者」など、いろいろなスタッフがかかわっています。特に、採用後に精神障害者になった人の支援には、「病院や関係機関のソーシャルワーカー(精神保健福祉士)」の支援が多いことが特徴的です。これは、事業主の立場からみると心強く思えます。事業主の方々も、事業所だけで考えずに、これらの機関のスタッフを大いに活用し、積極的に協力を求めてよいのではないでしょうか。逆に、関係機関の協力は精神障害者の雇用にとって必要不可欠なものであることが、改めて浮き彫りになったといえるでしょう。


図5 職場定着支援者(事業主を除く)(N=223事業所、M.A.)

 (2) 採用前精神障害者

 雇用されている精神障害者には、採用前に精神障害者であった人、つまり、採用時にはすでに精神障害者であった人と、採用後に精神疾患にかかり、精神障害者となった人に分けられます。状況によっては違いがあるので、ここでは、採用前に精神障害者であった人についての状況について述べます。

 @ 利用した制度(図6)

 精神障害者の雇用のために利用した制度には、「特定求職者雇用開発助成金制度」が一番多く、その他は、「職場適応訓練制度」「障害者緊急雇用安定プロジェクト(現在の障害者試行雇用事業)」「重度障害者介助等助成金制度」「精神障害者社会適応訓練事業」など、多岐にわたっています。以前に比べて、公共職業安定所関連の制度が多く利用されていることがわかります。利用できる制度は複雑多様化していますので、それぞれの制度の特徴、障害者の特徴を勘案して、事例に合ったものを利用するとよいことがわかります。また、保健福祉と労働のそれぞれの制度をよく知っている専門家に相談することもよいかもしれません。


図6 雇用した際に利用した制度・支援(N=223事業所、M.A.)

 A 出勤状況(図7)

 働いている精神障害者の出勤状況は、正社員の79%が「9〜10割」の出勤率で、10%が「8〜9割未満」となっています。パートタイマーの場合は、72%が「9〜10割」の出勤率で、11%が「8〜9割未満」となっています。その他(臨時雇い)になると、66%が「9〜10割」の出勤率で、20%が「8〜9割未満」となっています。この結果から、特に正社員を中心に出勤率が高い人が多いということがわかります。したがって、ただちに精神障害者は欠勤が多いと断定するのではなく、このような出勤率で働いている、期待できるということを確認していただければよいでしょう。


図7 出勤状況(採用前精神障害者、N=286人)

 B 職務内容(図8)

 職務内容を見ると、「軽作業」に就いている人が一番多いことがわかります。次に多いのが「製造業」「サービス業」です。正社員では「専門技術」がその次に多くなっています。これは、精神障害の特性によるものが要因として考えられます。ストレスに弱いために、責任をもたされること、臨機応変な対応など、精神的負荷がかかる作業は症状の再燃を引き起こす場合があります。また、身体的負荷がかかる仕事も、疲れやすいという特性から同様に考えられます。それが一番少ないのが軽作業です。さらに、緊張のために能力が発揮できないこと、職業生活を送るだけでも疲労するのに、さらに複雑な作業を覚えるのでは負担が多すぎること、精神疾患にかかっていたために、専門的技能を身につける期間を闘病に費やしていたことなども要因といえるでしょう。「サービス業」及び「専門技術」も少なからずいるのは、対人関係が苦手でもサービス業は可能であること、技能を身につけることも十分に可能であることがうかがえます。特に、「サービス業」が増えていることが特徴です。


図8 職務内容(採用前精神障害者、N=286人)

 C 仕事の仕方(図9)

 仕事の仕方では、「障害のない人と混在の作業」の形態が一番多いようです。次いで、「単独作業」「障害のない人とペアの作業」「ライン作業」の形態となっています。「障害者のグループ作業」の形態は一般的になっていないようです。


図9 仕事の仕方(採用前精神障害者、N=286人)

 D 労働時間と加入保険(図10‐1、図10‐2、図11)

 所定労働時間は、1日当たりの労働時間と1週当たりの労働日数の両方をみる必要があります。1日当たりの所定労働時間では、正社員では約9割の人が「6〜8時間」となっています。パートタイマーでは、「6〜8時間」と「4〜6時間」がともに約4割となっています。

 1週当たりの所定労働日数は、正社員の約9割が「5日以上」となっています。パートタイマーやその他(臨時雇い)の場合は、7〜8割が「5日以上」で、1〜2割が「3〜4日」となっています。

 また、正社員の多くは1週当たりの所定労働時間は30〜40時間となっており、雇用保険の被保険者になっていると考えられ、短時間雇用の被保険者も含めると、ほぼ全員が雇用保険に加入しています。パートタイマーでは雇用保険被保険者は7割となっています。

 このことから、精神障害者は“疲れやすい”という特性があるといわれていますが、障害のない人と同様の労働時間で働ける人も多数いることがわかります。

図10-1 1日当たりの労働時間(採用前精神障害者、N=286人)


図10-2 1週当たりの労働日数(採用前精神障害者、N=286人)



図11 加入保険(採用前精神障害者、N=286人)

 (3) 採用後精神障害者

 採用後精神障害者の実態は以前から指摘されており、平成10年に厚生労働省が実施した障害者雇用実態調査では、1万3,000人いることが明らかになりました。精神障害者の雇用の促進等に関する研究会が平成15年度に実施した企業調査では、1,000社のうち415事業所から回答が得られ、そこでは194人の精神障害者が雇用されていました。そして、そのうちの183人は採用後の精神障害者であるという状況でした。しかも、病名はそううつ病(気分障害)が8割以上の161人であり、そううつ病(気分障害)である採用後精神障害者支援が大きな課題となっています。

 また、2006年4月に障害者の雇用の促進等に関する法律が改正され、採用後に精神障害となった人を含め、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている人を障害者として雇用率にカウントすることができることとなりました。なお実際にカウントしようとする際には、障害者の把握・確認ガイドラインに留意して下さい。

 以下に、採用後精神障害者の状況について述べることとします。

 @ 雇用形態、労働時間

 採用後精神障害者は、183人のうち、1人がパートタイマーであるのを除き、全員が正社員となっています。労働時間は、85%の人が週30時間以上の勤務となっています。

 A 勤務状況

 採用後精神障害者のうち、特に問題なく勤務している人は約半数であり、現在休職中である人と休みが多いと評価されている人はそれぞれ2割ずつとなっています。また、障害を確認した時期から1年程度経過後に職場復帰し、特に問題なく勤務するという傾向があるようです。

 B 配慮事項(図12)

 平成13年度の調査によると、職場復帰促進のための事業主の配慮事項としては、「復職しやすいように配慮している」「就業規則に休職についての規定がある」「人事異動に配慮している」「相談窓口の設置」などがあげられています。平成15年度の調査では、さらに、「復職直後は仕事量を5割くらいとして徐々に7〜8割にする」「休職期間中に勤務時間等に配慮した職場復帰訓練を実施している」「通院しやすいように勤務時間を配慮している」などがあげられました。


図12 職場復帰促進のための措置(N=16事業所、M.A.)

 3 精神障害者の職業上の特性と対応

 (1) まじめであることを評価する

 まじめすぎるため、ストレスをコントロールすることが上手にできません。職業生活上では、手を抜かずに仕事をするというプラスの面がある一方で、休息が上手にとれない、一生懸命やりすぎて疲労してしまう、気楽な人間関係ができにくいといったマイナスの面もあります。プラスの面を評価することが自信につながり、全体的な職業能力が向上しやすいでしょう。

 (2) 心身が疲れやすいので、当初は休憩を多く労働時間を短く

 入院治療を経験すると心身の持久力が低下すること、職場では常に緊張状態でいることが多いこと、上手に休息をとれないことなどから、心身ともに疲れやすいようです。

 休憩の回数を多く設ける、1日あるいは1週間の労働時間を短くするなどして、仕事に慣れてもらい、その後、休憩の回数を減らしたり、労働時間を長くしていくといった配慮があるとよいでしょう。

 (3) 自己の職業能力の評価が適切にできないことがあるので、専門機関のスタッフを交えて解決を

 障害を受けた部分が精神機能であるため、自分の能力低下がわかりにくく、そのために低下した能力を受容できないことが多いようです。結果として、希望と能力との間にギャップが生じてしまいます。

 また、一度決めたら変更できないなどの思考の固さ、偏った価値観、思い込みなどの、精神機能の固さも多分に影響しているでしょうし、急性期症状が完全に消失せず、おき火のようにくすぶっている状態であることも一因として考えられます。

 このような問題には、本人が信頼している関係機関のスタッフと連携をとりつつ対応するとよいでしょう。

 (4) 判断・責任等の精神的プレッシャーに弱いことがあるので、当初は安全なストレスレベルから

 一般的に、細かい判断や責任を伴う作業、生産管理や労務管理的な作業、繁雑・複雑な作業、対人関係作業の他、臨機応変な作業が苦手です。

 ただし、どのような仕事についてどれだけのストレスを感じるかには個人差があり、本人や関係機関のスタッフと話し合いながら、可能な仕事を検討するべきでしょう。

 (5) 感情のとらえ方・伝え方が上手にできないことがあるので、表情を豊かにして気持ちを必ず言葉で伝える

 他人の感情や気持ちを認識する能力が低下するため、対人関係づくりが苦手なことが指摘されています。また、自信不足、無口、引っ込み思案、表情の乏しさという特徴もこの傾向を助長させています。

 職場では、@必ず言葉にして伝える、言葉での指示以上の行動を期待しない、Aこちらの気持ち・感情を相手にさとすように理解させるという対処があるとよいでしょう。

 (6) 不器用である場合は改善は気長に

 精神疾患にかかると動作が硬くなってしまい、また薬の副作用のため、手指の器用さ、全身動作の身のこなしなどの能力が低下することがあります。そのため、細かな作業、素早く動き回る作業は苦手です。

 個人差があるので、どの程度の作業ができるかを把握することが必要です。また、慣れによる作業量の向上はあまりみられないと考えられています。

 (7) 工夫・応用が苦手なことがあるので、当初は作業の流れや手順を決めて

 工夫すること、応用すること、新しい知識を身につけることなどが困難です。就職(復職)直後は、手順の決まった、応用や工夫の不要な作業に就かせるとか、1日の流れと行うべきことを決める等の配慮をすべきでしょう。

 (8) 復職当初は自信のなさ、緊張が強いので、おだやかな対応を

 復職当初は、休職したことによる自尊心の低下、職務遂行、職業生活の維持への自信不足、過度な緊張感などの心理状態になります。そのため、笑顔で迎える、おだやかな対応をするなど、緊張を和らげる対応をするとよいでしょう。

 4 事業主が雇用を進めるうえでの留意事項と配慮事項

 前項では、精神障害者の職業生活上の特性と、その対処法について述べました。ここでは特に事業主に対して、採用(復職)時及び採用後の具体的な留意事項、配慮事項を述べることとします。

 (1) 採用時の留意事項

 @ 関係機関の意見を十分に聞くこと

 いままで述べたように、精神障害者の障害状況は個人差が大きいことが特徴です。これは、障害のレベルに個人差が大きいことと、(職業)リハビリテーションを受けた度合いにも個人差が大きいことが考えられます。

 そこで、事業主は採用に当たって、関係機関のスタッフに、障害状況や対処方法について聞くことが大切です。事業主は精神障害についての専門職ではないので、何も知らなくて当然です。送り出す側の関係機関スタッフは、事業主に対して、助言、協力する義務があると思って差しつかえありません。事業主の方は納得するまで、わからないことは関係機関のスタッフに何でも聞くとよいでしょう。

 A スタッフ同行の職場実習を行って判断すること

 事業主が関係機関のスタッフから精神障害者の障害状況や対処方法を聞いても、それはあくまでも予想であり、そこの事業所での実際の様子ではありません。また、よほど経験豊富なスタッフでなければ、的確な助言はできません。結局は、障害者に実際の作業場面を体験してもらい、自己の職業能力を評価してもらうとともに、事業主の目で評価することが確実です。精神障害者の場合、職業能力が過小評価され、障害の程度が誤解されたり過大評価される傾向があります。そのため、職場実習は、事業主に事実を知ってもらうための有効な方法です。特に、精神障害者の雇用が未経験であったり、過去にうまくいかなかった経験がある事業所の場合は、職場実習の際に関係機関のスタッフに同行してもらうと、適切に判断できる確率がぐんと上がります。

 職場実習の制度又は、それに関連する制度としては以下のものがあります。

  ア 短期職場適応訓練制度(窓口は公共職業安定所)

  イ 職場適応援助者(ジョブコーチ)支援事業(窓口は地域障害者職業センター)

  ウ 職務試行法(窓口は地域障害者職業センター)

  エ 精神障害者総合雇用支援自立支援カリキュラム(窓口は地域障害者職業センター)

  オ 精神障害者社会適応訓練事業(窓口は保健所)

 B 各種援助制度の活用

 事業主が精神障害者を雇用する際には、上記の制度のほか、事業主の経済的負担の軽減を中心として、人的サービスまでを含めて多種多様な援助制度が整備されています。これらの制度は、障害程度、採用経路、所定労働時間、賃金などによって利用できるかどうかが決まり、また、サービス内容にも長短があります。意外と複雑なので、経験豊富な関係機関のスタッフ、公共職業安定所、保健所、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センター、各都道府県協会に相談するとよいでしょう。

 (2) 採用後の配慮事項

 @ 条件・環境など

  ア 短時間労働から始めましょう

 まずは、週の所定労働時間を15〜20時間から始めてみましょう。最低でも3週間後、慣れるに従って、本人や関係機関のスタッフと相談しながら増やしていきましょう。十分可能と判断できる場合は、30時間から始めてみましょう。決して無理をしないことです。

  イ 通院・服薬のじゅん守に配慮すること

 症状の再燃を防ぐために、通院の時間や服薬のじゅん守に配慮しましょう。慣れてくると、理解のある事業主ほど、本人のためにも「いつまでも薬に頼っているからよくならない」という誤解をして通院・服薬をやめさせてしまい、症状の再燃を招いてしまった例がたくさんあります。

 A 支援方法・接し方など

  ア 自信がつくように指導すると効果的

 「失敗してもいいんだよ」など、安心感をもたせたり、作業中に、できたことをほめる、柔和な態度を示すなど、自信をもたせるような指導は、本人の能力を十分に発揮させることになり、結果的に事業主にとっても大いにプラスになります。

  イ 教えるときは視覚的、具体的に

 言葉だけでの指示は抽象的すぎて、精神障害者はどうしてよいかわからなくなることがあります。やってみせて教えることは、精神障害者にとっては非常にわかりやすい方法です。特に、初めての作業は必ずやってみせ、理解できたかどうか確認しましょう。最初は時間がかかっても、結局は能率が上がります。

  ウ 作業時間以外のつき合いは

 精神に障害のない人は、休憩時間にみんなと談笑することが休息になります。しかし、精神障害者の場合、これがかえって負担になり、休息にならない人も多くいます。例えば、休憩時間は1人で寝ていたいなど、その人なりの休息方法を本人に聞き、保障してあげましょう。終業後のつき合いも同様です。必ず本人に聞いてからつき合い方を決めるようにしましょう。

 (3) 復職時の配慮事項

 @ 専門医への受診を勧める

 採用後精神障害者の多くはうつ病であるといわれています。残念なことに、うつ病の場合は、うつ病の専門医を受診せずに、他科等を受診する場合が多くあります。その結果、症状が悪化し、長期休職になってしまいます。うつ病が疑われた場合、長期休職を勧めない医師、心理教育・カウンセリングの時間が十分にある、家族への心理教育プログラムがある、サポートグループがある医療機関への受診を勧めることが職場復帰への近道といえるでしょう。

 A 復職支援体制を構築する

 不幸にして休職した場合、本人、上司、人事担当者及び産業医などの事業所内支援体制をつくることが大切です。さらに、本人のプライバシーに配慮しつつ、外部の専門家である主治医及びソーシャルワーカー等のスタッフ、職業リハビリテーション機関のスタッフを加えて、復職支援体制をつくることが効果的です。リハビリ出勤、地域障害者職業センターによる“精神障害者総合雇用支援の職場復帰支援”の活用、リハビリ出勤時のジョブコーチ活用など、さまざまな制度の活用と復職に向けての人的支援を得ることができます。

 5 おわりに

 精神障害者の障害、職場での現状、職業生活上の特性、配慮・留意事項について述べてきました。この中で強調したのは、「関係機関のスタッフを活用すること」です。採用時、採用後とも、少しでもわからないことがあったら積極的に活用しましょう。精神障害者の雇用が進まない原因として、“障害のわかりにくさによる事業主の誤解”が多数を占めています。まずこの問題をクリアしなければなりません。そのためにも、関係機関のスタッフを大いに活用し、逆に事業主がスタッフに注文や情報提供をしていただければ、さらに精神障害者の雇用が進むといえるでしょう。

 2006年4月に障害者自立支援法が施行され、その中では「雇用への移行」が大きな柱となっています。就業支援機関が増加し、事業主が活用できるスタッフも増えます。ぜひ関係機関のスタッフを活用していただきたいものです。

(倉知延章) 


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