【第10回】つわり体験でワークライフバランス再考
ただこうした手助けをしてくれたのは、幸いなことに彼が大学の研究員で柔軟な働き方ができたためでもある。 米国の研究者は、“Publish or perish(出版か死か)”と言われるほど熾烈な競争社会で生きている。評価の高い学術誌に論文が掲載されないならクビ、という意味だ。彼らは皆、個人ウェブサイトを持ち、CV(英文履歴書)を公開している。評価は、良い論文をいくつ書いたかのみで決まるという厳しい世界だ。 このような究極の成果主義が、逆に言えば時間や場所を選ばない柔軟な働き方を可能にしているとも言える。夫の米国人の上司も、常日頃からこう言っていた。「君が何時間オフィスにいたかは、誰も気にしない。結果がすべてだからね」。 もちろん、企業の中でここまでの成果主義や「超個人主義」を貫くのは難しいかもしれない。ただ最近、多くの企業が導入を始めたテレワークの推進に当たり、こうした評価基準は参考になる。テレワークとは、IT(情報技術)を活用し、時間や場所にとらわれず柔軟に働くことだ。こうした中で、成果主義が人に自由を与えることもあるからだ。 また、ワークライフバランスの推進において大事なのは、企業の制度もさることながら、自分の職場の管理職の人柄や職場の雰囲気だ。私が出社できなくなったのは9月末、留学から戻ってわずか6週間後のことで、本格的に仕事を再開しようとしていた時だった。その矢先の「つわり休暇」は、上司や同僚にとっては迷惑以外の何物でもなかったと思う。しかし彼らは「だから女は困る」と言う代わりに、「とにかく体を大事に」と繰り返し言ってくれた。 また私が「自宅で作業をしたい」と申し出た時、上司は「妊娠に限らず、病気や親の介護で出社できない人も、今後は出てくるかもしれない。これはいい機会だから、在宅勤務の可能性を試してみよう」と言ってくれた。このように、さりげなく様子を気遣ってくれた同僚たちは皆、男性だったのだ。また、出社できない私に連絡事項を伝えたり、出産関連のアドバイスをくれた女性の同僚にも世話になった。 ワークライフバランスに関して、これまでの取材で私が注目してきたのは、企業内の育児支援制度の充実や女性管理職の数だった。しかし今回のつわり経験で、周囲の気遣いがいかに大事かということがよく分かった。特に私の場合は、多くの男性が支援をしてくれたことがうれしかった。ダイバーシティーの推進や女性活用を語る時、男性管理職はとかく「悪者扱い」されがちだが、こうしたことは性別や年齢によるものではなく、個人差なのだろう。 もう1つ、今回感じたことがある。私の場合、休んでいる間も給料が払われ、安心して自宅療養できた。しかし派遣社員やフリーランスなどで、そうもいかない場合があるかと思うと、心が痛む。彼らにも何らかの措置が講じられるといいと思う。正社員であるために有給休暇などを享受できるメリットもあるが、一方で「前のように目一杯働いていないのに、これでいいのか」という後ろめたさも感じる。 例えば私は、休んでいる間に自宅で原稿執筆や編集作業をし、それをメールで会社に送って後の作業をオフィスにいる同僚や上司にやってもらうことができた。彼らの好意はありがたかったが、だからといってそれに甘え続けるのはよくない。本来私がオフィスでやるべき作業を代わりにやってくれる人を臨時で雇い、その費用を自分で払えれば…と考えた。 多くの職場では皆が限界まで仕事を抱え、他人のフォローをする余裕などないだろう。そんな中で一人前に働けない人が出てきたら、たとえそれが法律で認められた休暇であっても、周囲の人は不公平感を覚えることもあるはずだ。妊娠だけでなく、家庭や個人の事情で一時的に仕事量を減らしたい人は、男女を問わずいるだろう。そんな時、仕事量や成果に応じて報酬を変動させることができればいいのではないか。 一方で出勤扱いになっている期間は、同等の賃金なら同等の働きをすべきだと思う。育児、病気、介護休暇明けなどに例えば7割の時間(または仕事量)しか働けないなら、それに合わせて賃金も7割にするのが、フェアというものであろう。 【お知らせ】 |
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