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【社会】

政党ビラ配り逆転有罪 『高裁に憲法ないのか』 被告僧侶怒りあらわ

2007年12月12日 07時09分

逆転有罪判決を受け東京高裁前で抗議する荒川庸生さん(左から2人目)と弁護士ら=11日午後、東京・霞が関で

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 「憲法を無視した不当な判決。表現の自由が奪われれば思想・信条の自由も奪われる。最高裁まで闘い抜く」。マンションのドアポストに政党ビラを投函(とうかん)した行為の違法性が争点になった裁判の控訴審で、東京高裁から逆転有罪判決を受けた被告の荒川庸生(ようせい)さん(60)は十一日、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、怒りで声をふるわせた。

 逆転有罪は、まったく考えていなかった結果だった。「こんなことが犯罪になるなんて…」。荒川さんは言い渡しの瞬間、ぼうぜんと裁判長を見上げ最後に「東京高裁に憲法はないんですね」と法廷でつぶやいた。

 三年前の突然の拘置は正月をはさんで二十三日間にも及んだ。判決は未決拘置日数(二十一日間)を一日五千円に換算して刑に参入することを認めており、すでに罰金五万円は払い終えた計算になる。「有罪ありきの政治的な判決。この五万円が日本社会にどれだけの影響を与えるかと考えると、あらためて怒りがこみ上げる」と荒川さん。

 中村欧介弁護士は「判決は、住民がビラを通して情報を知る権利も侵害している」と指摘。「張り紙があれば住居侵入罪が成立するというのは、一般社会の実態をまったく考慮していない形式判断。世の中の集合住宅へのビラ投函はすべて刑事罰の対象になってしまう」と話す。

 政治色の強いビラだからねらい撃ちされたのではないか−。支援者からはそんな疑念も持ち上がっている。

 このマンションでは、宅配ピザ業者らがチラシをドアポストに投函するために頻繁に出入りしていたことが、証拠採用された防犯ビデオの映像で明らかになっている。

 「住民の総意で立ち入りを禁じていた」と指摘した高裁判決。中村弁護士は、住民の中に「ビラは不要なら捨てればいい。どうしてこんなことで犯罪になるのか分からない」という声もあったことを明らかにした。

<解説>言論や政治活動委縮

 「チラシ・パンフレット等広告の投函(とうかん)を禁じる」。どこにでもあるこんな張り紙を理由に、東京高裁は政党ビラを配布した荒川さんを逆転有罪とした。言論や政治活動を委縮させる懸念を考えると、判決は単なる住居侵入事件にとどまらない大きな影響を持つことになるだろう。

 捜査の過程から異例ずくめだった。荒川さんは任意聴取と思って赴いた警察署で突然「通報者に民間人逮捕されている」と通告され、正月を挟み長期拘置された。十数人の警官が子どもしかいない自宅を数時間かけて捜索したが押収すべきものは何も出てこなかった。

 マンションの住民が見ず知らずの人間に敷地内に入ってほしくないと思うのは、住民の防犯意識が高まる中での自然な感情だ。しかし、東京都立川市の自衛隊官舎への反戦ビラ配布事件以降、相次いだ摘発は、住民の防犯意識を利用して、特定の市民団体や政党の主張を恣意(しい)的に弾圧する手段に使っているように見える。高裁判決はこうした流れを支持したことになる。

 ビラ配布は、市民がメッセージを伝達する有力な手段だ。受け手にとっては、情報を得る機会でもある。捜査当局による逮捕、拘置など公権力の行使は住民に害を及ぼす危険性がある場合など、抑制的であるべきだ。

 「表現の自由」と「プライバシー権」がぶつかり合った事件だったのに、一、二審はほとんど憲法判断をしていない。「憲法の番人」である最高裁の判断が注目される。 (出田阿生)

■判決要旨

 政党ビラ配布をめぐるマンションへの立ち入りを住居侵入罪で有罪とした十一日の東京高裁判決の要旨は次の通り。

 【部外者の立ち入り】

 管理組合の理事会は、区の公報に限り集合ポストへの投函を認め、そのほかは禁止と決定。玄関ホールの掲示板にA4判、B4判の張り紙が掲示されている。

 弁護人は、政治ビラは政治的表現の自由に基づき、居住者の知る権利の対象にもなることから、投函の禁止は、住民の総意や管理組合総会の決定が必要と主張するが、民間の分譲マンションであれば、区分所有者らが手続きを含め自由に決定する権利を有することは明らかだ。住民の異論、苦情はなく、理事会の決定は住民の総意に沿うものと認められる。

 【正当な理由】

 原判決は、部外者立ち入り禁止の意思表示が来訪者に伝わるような実効的な措置が取られていたとはいえないから、立ち入り行為が「正当な理由」のないものとは認められないと説示する。

 しかし、マンションの構造、張り紙の内容、位置などによれば、工事の施工や集金などを除き、部外者の立ち入りは予定されておらず、各ドアポストへのビラ配布を目的とする者も立ち入りを予定されていないことは明らかであり、実効的措置が取られていなかったとはいえないから原判決は是認できない。

 【住居侵入罪の成立】

 マンションの構造に加え、ビラ配布のための部外者の立ち入りを許容していないことを被告が知っていたと認められることなどを考慮すると、被告の行為は、ビラ配布のために玄関内東側ドアより先への立ち入りはもちろん玄関ホールへの立ち入りを含め刑法一三〇条前段の住居侵入罪を構成すると認めるのが相当。

 【違法性阻却事由および可罰的違法性】

 弁護人は、本件立ち入りが違法性を阻却され、可罰的違法性を欠くと主張する。確かに被告は政治ビラを配布する目的で立ち入りに及んでおり、目的自体に不当な点はない。しかし、住民らは住居の平穏を守るため、政治ビラの配布目的を含め、マンション内に部外者が立ち入ることを禁止でき、本件マンションでは管理組合の理事会によりそのような決定が行われ、これが住民の総意に沿うものと認められる。

 マンションの構造などに照らせば、ビラの配布を目的として住民らの許諾を得ることなく立ち入り、七階から三階までの多くの住戸のドアポストにビラを投函しながら滞留した行為が相当性を欠くことは明らかであり、違法性が阻却されるとか、可罰的違法性を欠くと解することはできない。

 【憲法との整合性】

 憲法二一条一項は表現の自由を絶対無制限に保障したものではない。たとえ思想を外部に発表するための手段であっても、その手段が他人の財産権などを不当に害することは許されない。

 本件マンションに立ち入りドアポストに投函する以外の方法でもビラを配布することは可能だし、住民らが管理組合の決議などを通じてビラ配布のための立ち入り規制を緩和することができないわけでもないので、マンション住民の知る権利を不当に侵害しているわけでもない。

 【破棄自判】

 住居侵入罪の成立を否定した原判決は法令の適用を誤っており、原判決を破棄し、被告は相当な理由がないのに本件マンション内に侵入したとの事実を認定する。

(東京新聞)

 

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