9月末、ワシントンに特派員として赴任した。渡米直前、米国の低所得者向け高金利住宅ローン(サブプライムローン)の焦げ付き問題が、欧米で金融危機に発展した。「サブプライムローン」。日本人にとって聞きなれない言葉が、世界経済を震撼(しんかん)させている。
サブプライムローンとは何か。私は説明を求められるたびに「消費者金融のようなもの」と答えてきた。
日本の住宅ローンを想像すると、本質を見誤る。担保は確かに住宅だが、ただの住宅ローンではない。借りた金の使いみちは広く、自動車や洋服の購入にも充てられる。それが米国の“住宅ローン”だ。価格の上昇する不動産を担保にすれば、借金可能な枠がどんどん広がる。「担保は住宅だが、むしろ消費者金融の融資に似ている」と私が理解したのはこのためだ。
米国に赴任後、現地で米国人の消費行動を見て、自分の推論が正しかったことを確信した。クレジットカードでも銀行口座でも、返済を後回しにして消費を優先できる仕組みが見事に整っている。「まず使って後で払う」というシステムが、米国経済の成長の源泉、過剰消費体質の個人消費を支えてきた。ところが今、住宅価格の下落とローンの焦げ付きでその仕組みが傷み始めている。
今年、米国内で「アメリカ衰退論」が盛んに論じられた。古代ローマ帝国の興亡などと比較した論調がほとんどだったが、過剰消費を生む米国式錬金術が行き詰まった現状にこそ、米国衰退の予兆を感じる。
今回のバブルが「新興国」への資金集中から始まったことも、時代の変わり目を暗示している。中国や中東の産油国は、経済成長や原油高騰で獲得した巨額の資金を一番安全な運用先に預けた。それが米国の銀行だった。銀行は集まり過ぎた金の運用先に困り、上昇を続けていた不動産につぎ込んだ。米国では、大手銀行の関連会社が、次々にサブプライムローンを組み込んだ商品を買いあさった。
この典型的な不動産バブルが「証券化」でさらに複雑になった。証券化は、90年代からリスク分散の切り札として欧米で盛んに利用されてきた手法で、それ自体には問題はない。
例えば、高層ビルを建てる時、事業者は資金を銀行からの融資に頼るより、100人の投資家から集めたほうが多額の借金を抱えずに済む。出資者も事業が成功すれば配当を受け取れるし失敗しても出資金をあきらめるだけで傷は小さい。
80年代の日本では、銀行が不動産融資にのめり込み多額の不良債権を抱え込んだ。その反省に立てば、証券化商品は「夢のリスク分散商品」だったはずだ。
ところが、である。欧米金融機関の作る証券化商品は年々複雑になり、一度作った商品を別のものと束ねて、さらにそれを別の商品に組み入れて--などと形を変えていくうちに、もともとの貸し借りがどんな姿だったか分からなくなってしまった。
通常、金を貸す時には、借り手の信用情報を吟味してから貸すものだが、証券化したことで借り手の顔が見えなくなった。焦げ付いた債権がどの商品に組み込まれているのか把握できなくなり、一部が焦げ付いただけでも、商品全体の価値が下落した。
中には優良債権もあったが、投資家は、危ないと思った証券化商品を早めに売ろうとしたため価格は急落、市場全体が疑心暗鬼に陥った。夏の金融危機はこうした構図で発生した。
経済協力開発機構(OECD)は、サブプライムローン問題の損失が最大3000億ドル(約33兆円)に達すると見通しを発表、「まだ我々は最悪期に至っていない」と警告した。米連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長も「最も悲観的な見通しを上回る損失になりそう」と話す。
いったい損失はどこまで膨らむのだろうか。日本はバブル崩壊後「失われた15年」を経験した。米国が同じ轍(てつ)を踏むとは限らないが、世界経済が米国への依存度合いを低下させ、中国やインド、ロシアなど新興国の影響力が相対的に増すことは容易に想像できる。
そんな折、米金融大手シティグループがアラブ首長国連邦(UAE)のアブダビ投資庁からの出資を受け入れた。その額は75億ドル。日本円で8000億円以上の巨額出資だ。米国最大の金融機関がオイルマネーに救われる構図は、米国の黄昏(たそがれ)と新興国の台頭を象徴している。
「20世紀初頭に経済の中心が英国から米国にシフトしたような、大きな経済の地殻変動が近づいている」。米国赴任から2カ月、日に日にそんな思いを強めている。(北米総局)
毎日新聞 2007年12月7日 0時21分