新幹線で隣り合わせた怖そうな中年男性。言い掛かりをつけられそうで縮こまっていると、すっとガムを差し出し「兄ちゃん、食わんか」と優しい一言。また別の列車では、隣席の純朴な青年が、問わず語りに身の上を教えてくれました。
いずれも二十年以上前の出来事。「袖振り合うも多生の縁」というわけでもないですが、かつては、公共の空間で隣り合った他人同士が、たとえ一言二言でもコミュニケーションを交わすのは、今以上に自然なことだったように思います。
ところが、個人主義がまん延し、さまざまなシーンで他人の干渉を嫌う昨今。手元の携帯電話を操れば、遠く離れた顔見知りと声や文字で会話できます。たまたま隣り合わせたからといって、素性の分からない他人に、好きこのんで声を掛ける必要は無いのかもしれません。
そんなギスギスした現代にあって、昭和三十、四十年代を扱った街並みや商品などが人気です。その背景には、高度成長期のエネルギーだけでなく、人情味にあふれ、時には煩わしく思えるほど、人と人が濃密にかかわり合っていた社会の空気を懐かしむ気持ちもあるのではないでしょうか。
さて、先日訪れた百貨店の食料品売り場。隣で品定めしていた見知らぬ高齢女性から「いつもそれを食べてるの?。元気ねえ。わたしなんかとてもとても…」とほほ笑み掛けられました。見ず知らずの人が無表情に行き交う街中。近所のおばさんのような親しげな話しぶり。そのギャップがおかしく、心ぬくもるひとときでした。(玉野支社・小松原竜司)