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書評

イスラエル・ロビーとアメリカの外交政策 I・II [著]ジョン・J・ミアシャイマー、スティーヴン・M・ウォルト

[掲載]2007年12月02日
[評者]酒井啓子(東京外国語大学教授・中東現代政治)

■米国の国益に反した偏重外交を喝破

 衝撃作である。しかも、超ド級の。

 何が衝撃か。米国の外交政策はイスラエル・ロビーに振り回されていて、それは米国の国益にならない、イスラエルを特別扱いするな――。そう言い切ったのも衝撃だし、言い切った本がイスラエル・ロビーの圧力にも負けず世界中で出版できたことも、驚きだ。出版後、米国内で一大論議を呼んでいる。

 内容は、これまで中東研究者なら誰しも主張してきたことだ。米国がイスラエルを過度に支援することで、中東で外交的に有効な主導権を取れないでいること。アラブ・イスラーム社会で反米意識が高まっていることや、テロ志願者が増えるのは、その米国のイスラエル偏重政策のせいだということ。イラクやシリア、イランは、米国とうまくやれない関係ではないはずなのに、イスラエルの危機意識が、米政権をこれらの国々との衝突、戦争に駆り立てていること。

 しかし中東研究者が言ったところで、中東オタクのたわごととしか聞いてもらえないのに(やれやれ、評者もどれだけそういう目にあったか)、本書の衝撃は、筆者がばりばりの米国保守本流の大物政治学者、しかもリアリストと呼ばれる学派に位置づけられることだ。主張する外交路線は、ブッシュ父政権期のベーカー国務長官らの考えに、近い。

 筆者が特に標的とするのはブッシュ現政権の核にいたネオコンで、彼らとイスラエル・ロビーが正当化するイラク戦争や対パレスチナ政策のロジックを、ことごとく見事に論理的に反駁(はんばく)していく。その切れ味のよさといったら! 読んでいて爽快(そうかい)感すら覚える。

 本書Iではまず、米国の対イスラエル支援がいかに特別で突出したものかを統計的に示し、その上で、米国にとってイスラエルは戦略的に重要なものではない、むしろ「お荷物」だと指摘する。中東産油国から石油を安定的に確保するほうが、よっぽど国益にかなっているはずだ、というのが、いかにもリアリストの発想だ。さらに、占領地政策など、道義的にもイスラエルを支援しがたい理由を挙げ、イスラエルに対して、「イスラエルは、パレスチナ人の権利を侵害した上で建国されたことを認める」べきだ、と求めている(II巻終章)。すごい。

 圧巻はII巻の、イラク戦争からイラン、シリアとの関係まで、いかにブッシュ政権が間違ってきたかを述べた個所だ。筆者はイラク戦争の開戦理由を、「イスラエルをより安全にするため」と看破する。そして近年高まる米国の対イラン攻撃ムードも、イスラエルのためであって米国のためではない、と断言。米国は中東から軍を引いて、域外から外交によって米国の権益擁護を図るべきだと、結論づける。そして、イスラエルの占領をやめさせることが、最優先課題なのだと。

 要するに、米国がイスラエル・ロビーにそそのかされて戦争したり、中東のその他の国々の憎しみの対象になったりするのはまっぴらごめんだ、ということが、とても理路整然と書いてある本。米国の中東政策を理解するうえで、最適の教科書だ。必読。

    ◇

 副島隆彦訳/John J. Mearsheimer 47年生まれ。シカゴ大政治学教授。Stephen M. Walt 55年生まれ。ハーバード大行政学教授。

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