ぼくたちと駐在さんの700日戦争

やがて昭和40年代の大自動車ブームが到来し、この頃には「自動車」とつけば商売が成り立つようになります。
渉くんの家は別の場所にもうひとつの工場をつくってめでたく復活。
残った工場は、チャーリーの兄がひきついで経営されることになりました。形式上は分家です。

「うちのオヤジは金には厳しい人だからな。でなきゃそもそも郵便局なんかできないからよ。それが田畑売って助けたわけだから、よっぽどの親友なんだ」。

「そうだな」。

「実の息子にさえ金貸さねぇのによ」。

「うん。そりゃ別の意味だな」。
「ああ。父が正解だ」。
「父ちゃん正しいっ！」
「金にはシベリア」。

「・・・」。「・・・」。「・・・」。

「ウケろよっ！」

無理だよ。千葉。

「お正月になるとな。シベリア抑留の戦友4人がいつも家族ごと集まった。俺も渉もこの日がすごく楽しみだった」。

「4人？」
「ああ。同じ部屋で。体あっためあって眠った仲だって。そうしないと死んじゃうんだよ。寒すぎてな」。

「だろうな・・・」。

「4人のうち、ひとりは東京、もうひとりは愛知の人で、俺たちはそれぞれ”東京のおじちゃん”、”名古屋のおじちゃん”って呼んで慕ってた。2人とも俺と渉のこと、すっごいかわいがってくれたんだ」。


ある年のお正月2日。

「そのボールなにすんの？千晶くん」。
「え？渉はいくらお年玉もらった？」

「えっと。まだ2日だからね。300円」。

「東京のおじちゃんと、名古屋のおじちゃんからはもらったか？」
「まだ」。

「俺もまだだ。お前300円じゃやってけねーだろ？せちがらいこの世の中」。

小学生に言われたんじゃかないません。

「そこでこのボールだ。今日、辰巳屋商店、無理矢理開けてもらって買って来た」。

「なにすんの？」

「サインボールつくんだよ」。
「サインボールぅ？」

「いいか。東京のおじちゃんは、大の巨人ファンだ。そこでな。ONのサインをこのボールに書く！」
（ON=言うまでもなく、王貞治 長嶋茂雄のゴールデンコンビ）

「え？ONのサインなんて書けるの？」

「いや。書けないっ！」
「なに豪語してんの・・・」。


「だからさ。高校時代のサインってことにするんだよ」。

「な〜る・・・え〜〜〜！悪辣じゃない？それって」。

「クラスのうわさじゃな。となりの小学校にすっげー悪賢い小学生がいてよ。そいつはこれでお年玉荒稼ぎしたらしい」。

「うわ〜〜〜〜〜。悪いヤツだね〜〜〜〜〜」。

「だろ？正直もんは損する世の中なんだ」。
「そうかもね〜〜。それにしても悪いやっちゃ」。

「まぁ、中学入れば会えるだろうからな。今から楽しみにしてんだ」。

「うん。楽しみだね！」

「で。このボールあげれば・・・」
「東京のおじちゃんから、お年玉たんまり？」

「そういうこと！いくぞっ！」


居間では、コタツを囲んで、かつての戦友たちがテレビを見ながら盛り上がっていました。

「東京のおじちゃ〜〜〜〜ん！」

「お！おいでになったな？悪戯ぼーずども！どうした？」

「おじちゃん、巨人ファンだったよね！」

「ああ。そうだぞ。巨人、君らも好きか？」

「そりゃぁもう！俺なんかONの高校時代のサインボール持ってんだぜ！」

「高校時代の？ほう。そりゃすごいな」。

「それでね。おじちゃん。相談あるんだけど」。

「ん？なんだい？」

「もしクイズに答えられたら〜〜。このサインボール、おじちゃんにあげるよ」。

「え？王選手と長島選手の？いいのかい？」

「ほしい？」

「ああ。もちろんだ！高校野球時代なんてすごい希少価値だよ！」

すると名古屋のおじさんも
「え！2つあるなら、わたしも欲しいな。まぜてくれないかい？」

「うん。いいよ。でもケンカしないでね！」

「わかった！」「わかった！」


「それじゃ。クイズね」。

「うん」。「こい！」。

「第一問。今年は何年でしょ〜〜〜〜」。

「とり年」「とり」。

「あたり〜〜〜〜〜」。
パチパチパチ。

「じゃ、第二問。玉は玉でもこどもがよろこぶ玉はなーんだ？」

「野球ボール」。
「ソフトボール」。

「ぶーーー。2人ともはずれ！お正月に関係あります」

「お正月ぅ？」
「お正月？あーーーー。わかった。お年玉かい？」

「あたりーーー！じゃ、サインボール、あげるね！」

「おおおおおお！高校時代かぁ。でも軟式だっけかな。王選手」。

「な、軟式？」

「ま、いいや。でもこれ、すごい価値だよ」。

「でしょ？」「でしょ？」

わくわくとお年玉を待つ2人。すでに手がソワソワしています。

「ところでさ。千晶くん、渉くん」。
「はい〜〜」「はい〜〜」。
手をだす2人。





「玉貞治って、誰？」


「あ。こっちも長鳥茂雄・・・・」








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「失敗したね。千晶くん」。
「う〜〜〜〜。頭にお年玉あったもんだから、つい書き間違えた」。

「お年玉、もらえないどころか、今までもらったのも全部とりあげられちゃったね・・・」。
「くそ〜〜〜。うまくいくと思ったのに」。

修理工場の土間に並んで吊るされたまま、泣きべそをかきながらしゃべる二人。
そこにチャーリー母が様子を見に来ました。

「あ！母ちゃん！お願いだからおろしてよ！」

「ダメに決まってるだろ？まったくおじさんたちだまして！とんでもないよ！」

「え〜〜〜。だってとなりの小学校にはもっとすごいのがいるって・・・・」

「なにいってんだい！そんな小学生いるもんかい！」

実はその「もっとすごい」のと、中学校で親友になろうとは、まだ知るはずもないチャーリー母でした。




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