ぼくたちと駐在さんの700日戦争

僕たちの目的は「呪われた750」に、本当に心霊が関連しているのかを知るためであって、エンジン細部などはどうでもいいわけです。
が、チャーリーは、むしろ整備士のようにしてあちこちさわってみたりしています。

チャーリー以外は、遠巻きに殺人750を眺めながら、
「なぁ。霊がついてるとして〜〜〜。どこについてんのかな？」
「え。どこって？」

「椅子か？」
「いや。椅子ってこたぁないだろ」。

「じゃ、ハンドルかな」。
「ハンドルは交換されてるだろうからなぁ。それも考えにくい」。

「じゃ。やっぱエンジンか」。
「ん〜〜〜〜心臓部だからな」。

「じゃ、キャブレターは？」

「あ？」

「キャブレターはエンジンの心臓部だからキャブレターとりはずすと、そいつにつくか？」

う〜〜〜〜ん。

「エンジンバラバラにされるととりつくほうも大変だな。4人死んだくらいじゃ分配できないだろ？」

そりゃそうだ。数百個の部品からなるエンジン。確かに不思議な話です。

「殺人750」には、プライスカードが貼られていませんでした。
ただ『価格応談』となっているだけです。
店員さんも、すでにこのバイクに人が群がるのには慣れているようで、相手をしにもきません。

が。

チャーリー。

「すいませ〜〜〜〜ん」。

　　？

「はいはい」。

「このCB750。いくらですか？」

えええええええええ！

一斉に驚いた僕たちですが、
　
　あ。そうか。どれくらい安くなっているか知りたいんだな。
　そうだ。これで本物の「呪われたバイク」かわかるってもんだ。

確か噂では9万円。当時では原付がせきのやまの値段です。

すると店員さん。
「え？君、この750、欲しいの？」
「ええ。まぁ。いくらでしょう？」
「君、限定持ってんの？」
「え・・・いや・・・・・」。

よほど冷やかしが多いのでしょう。店員さんもまじめに答えるつもりはないようです。

「30万円」。
「え・・・・」。

驚いたのはチャーリーだけではありませんでした。
僕たちもその価格に驚きです。
それなら普通のナナハンも同じ。やっぱりガセネタだったのでしょうか。

「30万・・・・ですか・・・・・」。

落胆するチャーリーを見て店員さん。

「んん？君、ほんとに欲しいの？」
「ええ」。

うん。いいクイツキだぞ！チャーリー！

「うーーーーーーーん」。

考え込む店員さん。

「これねぇ。少し曰く付きなんだけどね。それでもいい？」

「はい。でも30万じゃ買えないや」。

「うーーーーーーん」。

またしても考え込む店員さん。

「25万」。

いきなりの値下がり？しかも750で30万円を切るのは破格中の破格！やはりなにかあるのは事実のようです。

「25万か・・・・・・」。

「これねぇ。多少ボアアップされてんだよね。だから改造車なんだ」。

ボアアップとは排気量をアップすることで、当然アップするほどに性能が高くなりますが、車と違い、バイクの場合はボディが華奢ですから、突然じゃじゃ馬になったりしてうまくいくことが少ないのです。CB750には、当時でもいろいろなボアアップパーツが他社から出されていました。

「25万ですか・・・・・・」。

まだ殺人750を前に考え込むチャーリー。

「少し・・・。考えます・・・・」。
「うん。じゃ、決めたら呼んで」。

店員さんは去りました。

とたんに僕たちがチャーリーを取り囲みます。

「25万円かぁ。微妙なラインだな」。
「うん・・・」。

腕をかかえているチャーリー。

　ん？

「まさか、チャーリー。ほんとに買おうと思ってんじゃないだろうなぁ？」

するとチャーリー。

「うん。欲しくなった」。

「まままま、まじか？」
「さ、殺人750だぞ？わかってんのか？」
「心霊研究で25万も出すこたないだろ！ニコンF買えちゃうぞ？」

しかしチャーリーは本気のようでした。

「どうしても・・・欲しい」。

「なんだってまた・・・・」
「確かに安いけど」。
「チャーリー、限定ないだろ？」

「うん・・・。でもあとこんな安いのないし」。

確かに。

僕たちはチャーリーの「本気さ」に当然ながら驚きました。

騒然となった僕たちでしたが、僕は、いつまでたっても殺人750から離れないチャーリーを見て、なにか事情のあることを察知しました。

「わかった。チャーリー。値切ってやるよ」。

「値切る？」

「ああ。いくらなら買うつもりなんだ？」

「え・・・。9万って噂だったから。それくらいならと思って・・・」。

「ん。わかった。森田ぁ！」

僕は森田くんと打ち合わせをしました。

これを受けて森田くん。
そそくさと殺人750の前へとでると




「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時〜〜〜」

いきなり般若心経読経！

これにはさすがに店員さんどころか、店長さんもあわてたようで

「こ、こら！ななな、なにやってんだ！」

「え？読経ですけど」。

「なななな、なんだって読経なんか！」

ここで僕。
「なんかね。彼は寺の息子なんですが、うかばれない霊がたくさんついてるとか言って・・・不吉なんで買う前にとりはらおうとしてるみたいなんです」。

「照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空〜〜〜」
無視して続ける森田くん。

「いやいや。売物の前で読経なんか困るって！だいたいそれは・・・」

「それはなんですか？」

「い・・・いや。事故車なんだよ・・・・」。

ようやく店長さんが吐きました。

「あ。さっきの君。そ、それでもいいなら少しはまけるよ」。

やたっ！

「いくらです？」

「に、20万・・・・」。

「是諸法空相不生不滅不垢不浄不増不減〜〜〜」
さらに声を大きく読経する森田くん。

「どうだ？森田」。

首をふる森田くん。

「4人のうかばれない魂が・・・」

「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・」。
静かに怯える店長さんたち。

「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶・・・」

いつの間にか店長さんも店員さんも、商売そっちのけでこの「読経」を見守っています。
やはり噂は本当なのでしょう。

と、森田くん。
「うあああああああああああああ！」

突然、悲鳴とともに、その場にへたりこみます。

「店長さん。20万でしたっけ？」
「え・・・・。い、いや・・・。15万で・・・いいや」。

そうでしょうとも。

「こ、これ以上はダメだよ。実は、修理で18万近くかかってるんだ」。

「15万だって。チャーリー」。

「買います！」

びっくり。やっぱり本気だったんだ。

「でも、あの・・・。今日お金ないんで・・・手付けだけでいいですか？」

「ええええ？手付けだけ？」

「般若波羅蜜多是大神呪是大明呪〜〜〜〜」

「あ。いいよ・・・手付けで・・・。来週まで残りもらえれば、とっておくね・・・」。

店長さんも、どうやらこのバイクがはけるのは助かるようです。

しかし、チャーリーは4千円しか持っておらず（と言っても当時は大金です）、結局、みんなから借金しまくって3万円をかきあつめ、店長さんに渡しました。その中でも1万5千円はジェミー。さすがぼっちゃん。

「来週までだよ。うちではあれでも目玉だからね。キャンセルはなしにしてくれよ」。

念を押す店長さん。


「チャーリー。なんだって呪われたバイクなんか買うんだよ」。

「え・・・」。

これには返事を濁らせたチャーリーでしたが

「あ。みんな悪いけどさ。ちょっとつきあってくんない？」

僕たちはチャーリーの案内で、結局は僕たちの町にほど近い小さな山の林に導かれました。
殺人750となんの関係が？



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